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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

後日談 春菜ちゃん、がんばる?

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第18話

「さすがに、今日はエルちゃん、朝ご飯は神殿で食べるみたいだね」

「司祭役やからなあ」

 エレーナの結婚式当日。朝から食するには贅沢に過ぎる食事をとりながら、この場に不在のエアリスについて春菜と宏が話していた。

「とりあえず、エルの役目は式典が終わるまでや、っちゅうとったけど、そのあとほんまにフリーになるんかな?」

「さあ? でも、パレードは見られるんじゃないかな、って言ってたよ」

「せやったらええんやけどなあ」

 アズマ工房以外では、まだ王族や高位貴族の食卓、高級レストランなどでしか味わうことができないふわふわのパンを手に、今日のスケジュールについて話をつづける宏と春菜。なんだかんだと言ったところ、今日はどこまでも気楽なただの観客なので、割と他人事気分ではある。

「しかしまあ、王族の結婚式でパレードとかあるから気楽に参加できるが、これ日本の結婚式だったら間違いなく、披露宴で俺らのうち誰かのスピーチか出し物を求められるパターンだよな」

「ああ、そうかもしれないわね」

「で、この場合、スピーチとなると立場上ヒロか春菜だよなあ……」

「ん。妥協点で春姉、本命は間違いなく師匠」

「勘弁してほしいでな、それ……」

 達也の指摘に真琴と澪が同意のコメントを付け加え、宏が渋い顔でぼやいてオムレツを頬張る。グローダバードという鳥型モンスターの卵を使った高級品のオムレツは、宏達が普段食べているものを考えなければ十分すぎるほど美味い。

「にしても、朝からこの量と種類の料理を、ここに滞在してる人間の分全部作るって、大変そうよね」

「そうだね。まあ、いくらお祝いの日だって言っても、さすがに一般兵の人とかまでこんな豪華なメニューではないとは思うけどね」

「ん。でも、春姉。多分貴族と王族では分けてない」

「そこは多分、そうだろうね」

「というか、いいのかな~。春菜ちゃんたちはともかく、私は単にタッちゃんの奥さんっていうだけで、特にこの国に貢献とかしてないんだけど……」

「達也の奥さん、ってだけで、このご飯食べる権利は十分あるから安心して。ってか、詩織さんいなかったら、達也があそこまで頑張れたとも思えないし」

 一般庶民にはとても手が出ないような高級食材を使った、しかも食べ放題というかかっている費用を想像するのが怖い朝食に、そんな会話をしてしまう日本人組の女性陣。日本ではともかく、ファーレーンにいるときは朝からもっといいものを食っている点については完全に無視している。

「で、朝食済ませた後は、大聖堂に移動で良かったかしら?」

「その事なんだが、朝食に呼ばれたときに連絡があってな。迎えをよこすから、陛下たちと一緒に入場してくれ、だとさ」

「ああ、結局直接ブロックすることにしてくれたわけね」

「そういう事だろうな」

 達也から連絡事項を聞き、真琴がその理由に言及する。

「今更と言えば今更なんだけど、王家があんまり特定の集団を厚遇しすぎると、さすがにちょっとまずいんじゃないかなあ……」

「春姉。多分、そういうこと言ってられなくなったんだと思う」

「ぶっちゃけ、今回最初別行動の予定にしてたのも、ほぼ建前みたいなもんだったしなあ」

「というか、今回のエレーナ様の結婚式にほとんど面識ない私まで最前列で参列させるぐらいだから、その時点で普通に厚遇し過ぎって言われるレベルに達してると思うんだ~」

「そうなんだけど、王様やレイオット殿下と一緒に式場に入場するとなると、ちょっと話が変わってくるんじゃないかなって気がするんだけど……」

 春菜の危惧するところを聞き、思わず苦笑を浮かべる一同。春菜の言わんとしていることはよく分かるが、この場合はむしろ、ファーレーン王家がそういう対応に出なければならないほど面倒なことになっている、と考えた方がいいだろう。

 実際、宏達は全く実感がないが、アズマ工房はすでに、国家から独立した組織としては神殿や冒険者協会に続く三つめの大勢力と認識されている。発祥の地がウルスであり、一番大きな拠点がウルスにあるから形の上ではファーレーンに所属しているだけで、実際には神殿同様、国家の権威が及ばない相手となっている。

 そこに追い打ちをかけるように、宏達が日本に戻ってからこっち、トップである宏やその決定に一番影響力がある他の日本人メンバーに接触する難易度が、一気に跳ね上がってしまった。

 宏達に接触するのが難しくなると同時に、ファム達中核メンバーも外に対する態度が一気に保守的になったため、メリザなど日頃から恩義を感じている相手から直接頼まれでもしない限りは、たとえ冒険者協会や中央市場などの依頼でも新規のものは簡単には受け付けなくなっている。

 こんな状況で、トップから下っ端まで全員そろってぽつねんと大聖堂で待機させてしまえば、どんなに頑張ったところで貴族達をブロックしきることはできない。こんな絶好の機会を逃すような貴族は、そうはいないのだ。

「ついでに言うと、これは後付けでたぶん向こうは気が付いてもないだろうけどな、今のヒロの服装はヤバい。普段と違って異様に似合う上に、格好よく決まりすぎてて、女方面でも色々厄介なことになりかねんぞ」

「あ~、言わないでよ、達也さん……。意識しないように頑張ってたのに……」

「達兄、言わなきゃいけなかった事なのはわかるけど、意識させないでほしかった……」

 達也に指摘され、顔を真っ赤にしながら必死になって頭をクールダウンさせようとする春菜と澪。スイッチが入った訳でもないのにここまで恋する乙女の表情をダダ漏れにしている春菜も珍しいが、春菜と同レベルで恋する乙女の顔をし、しかも顔中を真っ赤に染める澪というのはウルトラレアもいいところだ。

 ソーシャルゲームだと、それこそ平均で十万円以上の課金をしなければいけないぐらいのレアさ加減である。

 ここまであえて触れなかったが、実は今までの会話、春菜と澪は宏を直視しないように割と不自然に目をそらしていた。直視してしまえば恋愛感情との相乗効果で、思考回路がショートするのは目に見えていたが故の緊急対応である。

 そんな二人に年長組が生暖かい視線を向けるどころか、むしろよく耐えていると内心で賞賛を送っているぐらい、恋する乙女たちにとって今の宏の魅力は危険なのだ。

 なんとなく予想がついていて前もって心構えをしていた春菜達ですらこれだ。ライム以外の普段はダサいという認識しかもっていなかった工房職員たちは、動揺のあまり完全に言葉を失っている。

 なお、ライムは平常運転だが、空気を読んでというか環境と雰囲気に合わせてというか、そういう感じでとりあえずコメントを差し控えておとなしくしている。ライムにとって宏は唯一無二の格好いい存在であり、それはダサいビジュアルが改善されようがされまいが関係ない。

「初めてこのお城でお世話になった時に春菜が言ってた言葉の意味を、こんなに早くこんな形で実感するとはねえ……」

「あん時とそんなにデザインとかに差はねえのに、ちょっと貫禄出ただけでこれだからなあ……」

「ここまでくると、ファッション誌に出てくる類のカジュアル系は、ダサいとか以前の問題でアウトねえ。服の軽薄さって言えばいいのかしら? そういうのが不必要に際立っちゃうっていうか……」

「だよなあ……」

 かつての春菜の見立て通り、異様なまでに様になっている宏の略礼装姿に、ため息交じりにそうこぼす真琴と達也。神衣や神鎧オストソルの時もダサいとか格好悪いとかいう訳ではなかったが、あの辺になると装備や服自体が持つ迫力やオーラが非現実的すぎて、似合うかどうかなどどうでもよくなっていた。

 だが、今回の略礼装はデザインが無難なだけにいろんな意味で落ち着いていて、しかも霊布という最高位素材のおかげで華やかでありながら浮ついた印象を一切与えない仕上がりとなっている。

 そこに、様々な修羅場を乗り越え神になるに至った宏の、歳に似合わぬ貫禄が加わるのだ。美形でないからこそ出せる男前ぶりも相まって、もはや格好いいだの決まっているだのといった軽い表現では、今の宏の日ごろからは想像もつかない魅力を表現することはできない。

 むしろ、普段との圧倒的な落差が更に宏を男前に見せており、どう見ても同一人物なのに同一人物に見えないという、実に複雑な状況になっている。

「えらい過剰反応されとるけど、普通の略礼服やで?」

 あまりの過剰反応に、どことなく困ったような表情を浮かべる宏。今まで服装についてダサい以外の評価をもらったことがないため、正直どう反応していいのか分からないのだ。

 褒められ慣れていない人間を褒めた時の、典型的な反応である。

「まあ、そうなんだが、ちょっと普段とギャップがデカすぎるっつうか……」

「作務衣とかみたいな作業服系統の時との比較だと、それほどでもないんだけど、ねえ……」

「っちゅうか、前ん時は触れへんのが優しさ、みたいな態度やったやん。そん時とガワはほぼ何も変わってへんのに、えらい態度違うやんか?」

「そこはもう、雰囲気というか貫禄というか、そういう部分の差ね」

「顔だちは同じでも、顔つきは全然違うしなあ」

 どうにも腑に落ちないらしい宏に、真琴と達也が思っていることを率直に告げる。

 むしろ、この期に及んでなお、礼装の類と作業服系統以外は、たとえスーツであってもいまいち様にならずどことなくダサい事の方が脅威である。

「なんかこう、もういっそ普段から作務衣とか着ちゃえば少しはギャップも埋まっていいんじゃない?」

「ダメダメ! 宏君の今の状況とか考えると、作務衣は格好よくなりすぎるよ!」

「ん。こっちだと、確実に変なのが寄ってくる。かといって、師匠が見た目だけで馬鹿にされるのもすごく腹が立つ」

 宏が少しでも容姿に自信を持てるように、という真琴の提案は、春菜に即座に却下される。同じく反対した澪だが、かといって現状の評価をよしともしたくない、そんな複雑な心境が漏れ滲んでいる。

 格好よくなったからと言って宏が女性に囲まれるようなことになるとは思えないが、春菜と澪の言わんとしていることも分かる真琴。普段の宏は、身内である自分たちですらフォローしきれない程度にはダサい。それが服装一つでいきなりガラッと変わった日には、良くも悪くも変な注目を集めるのは間違いない。

「ん~。春菜ちゃん、澪ちゃん。私思ったんだけど、こういうことはプロに相談して、ダサくならずに普通に見える服、っていうのを仕立ててもらったらどうかな? 具体的には未来さんとか」

「あ~、そっか。それも手だよね。でも、大丈夫かなあ……」

「春菜ちゃんの心配も分かるけど、普通は、ダサくない服着たから格好いいっていう訳じゃないから。宏君の作務衣とかが極端すぎるだけで、ちゃんと浮きもせずダサくもないデザインの服が絶対あるはずなんだよ。少なくとも私はそう思うよ」

 春菜と澪をなだめるために、詩織がそんなアイデアを出してくる。そのまま、当人をそっちのけで宏の服装改造計画が始まりそうになったところで、扉がノックされる。

「どうぞ」

「お邪魔する」

 代表して宏が出した入室許可を受け、レイオットが入ってくる。どうやら、宏達を迎えに来たらしい。

「おう、レイっちか。おはようさん」

「おはよう。朝食の方は……、ふむ。まだ食べるなら、もう少し用意させようか?」

「澪以外はこれで十分っちゅう感じやけど、澪はどないする?」

 宏に問われ、最後に残ったフルーツを口に入れて首を左右に振る澪。どうやら、それで腹八分目というところらしい。

「レイっちが来たっちゅうことは、もう移動か?」

「いや。単に朝食が済んでいたら、一度私達の控室に合流してもらおうと思っただけだ。我々は参列者の中で一番最後に入場するから、それほど慌てる必要はない」

「さよか。ほな、面倒かけんように、とっとと場所移すか」

「そうだね」

 レイオットの言葉を聞き、さっさと合流することを決める宏達。だったら最初から朝食も王家の控室で一緒に済ませればよさそうに思えるが、それでは宏達はともかくライムを除く職員組がいろいろと大変だ。

 ファム、テレス、ノーラの三人は王族と食事することには慣れているが、こういう半ば以上公的な場所で公に王族と一緒のテーブルを囲んでマナーを守っての食事、というのは初めての事である。夕食が正餐になるというのに、朝までマナーに気を配っての食事というのはいくら何でもかわいそうだとの国王の配慮により、朝食は給仕以外の目が入らない気楽な席にしてくれたのだ。

 その配慮を宏の略礼装が粉砕してしまったのだが、そこを追求しても仕方がなかろう。

「とりあえず、迎えに来たのは正解だったな。ヒロシ、今日は絶対に単独で行動するな。それこそトイレに行く時も、絶対に誰か、それも最低でも二人以上連れていけ」

「いきなり物々しい事言いだすなあ、レイっち」

「今のお前の姿なら、おかしな気を起こす愚か者が出ても不思議ではないからな」

 レイオットにまで言われ、礼服を着た自分はそんなに普段と違うのだろうかと首をひねってしまう宏。

 今までダサいダサいと言われ続けた結果、一部の服装をした時の自分がどれほど魅力的なのかを自覚できぬまま、エレーナの結婚式に挑むことになる宏であった。







「……うわあ……」

 純白の衣装をまとった花嫁と花婿がバージンロードに現れた瞬間、聖堂を感嘆のため息が埋め尽くした。

 絵に描いたような美男美女の組み合わせ。花嫁の方は現在ベールで顔を隠しているが、その奥に隠された顔がどれほど美しいのか、それを知らぬものはこの場にはいない。

 そんな、ある意味理想のカップルが、今まさに夫婦にならんと司祭の前に到着した。

「それでは、これより結婚の儀に入ります」

 讃美歌がやみその余韻が消えたところで、新郎新婦に勝るとも劣らぬ美貌を誇る麗しい少女の司祭が、その可憐な口から厳かに儀式の開始を告げる言葉を発する。

 霊布で仕立てられた最上位の司祭装束を纏った少女司祭は、この会場で唯一、主役となる新郎新婦の衣装を上回る華麗な服装で儀式に臨んでいた。

 もっとも、その美しさは、あくまで神の代理人としての美しさ。絶世のという冠詞をつけたくなる当人の美貌と相まって、他を圧倒するほどの美しさを見せてはいるものの、決して主役である新郎新婦の存在を食うものではない。

 むしろ、神の代理人たる美しい少女の存在はこの場の権威を高めるとともに、新郎新婦とともにその存在を引き立て合っていた。

「新郎、ユリウス・フェルノーク。新婦、エレーナ。汝らは病める時も健やかなるときも、互いに愛し支え合い、死が二人を分かつまで共に歩みつづけることを誓いますか?」

 体つきこそ大人のそれになっているものの、まだ成人も迎えていないどこか幼さすら感じさせる司祭が、堂々と、粛々と儀式を進めていく。そこにたどたどしさはなく、彼女が本日の婚儀を進めるに足る存在であることを存分に知らしめている。

 その姿は、まさに聖女と呼ぶにふさわしいものであった。

「「誓います」」

 新郎ユリウスと新婦エレーナの誓いの言葉が唱和する。誓いの言葉を受け、本日の司祭であるファーレーンが世界に誇る聖女エアリスが、儀式の仕上げに移る。

 ユリウスとエレーナの左手の薬指に収まっている指輪を受け取り、一礼して祭壇にささげる。跪いて聖句を唱え、この日のためにあつらえた神具を定められた手順で真心を込めて振るう。

 二つの指輪に神聖でありながらも温かみを感じる光が宿り、目立たぬよう取り付けられていた指輪の無色透明な宝石に二人を象徴する色が宿る。

「世界は、お二人の結婚を認めました。互いに相手の指輪をつけ、抱擁にて世界に誓いを示しなさいませ」

 エアリスの言葉に促され、お互いに相手の左手の薬指に自身の色が宿った指輪をつける。その瞬間、指輪から温かな祝福の光があふれだし、新郎新婦を包み込む。

 新郎が新婦のベールを上げ、そっと優しく、だが力強く抱きしめる。新婦が新郎の背に腕を回し、これまた力強く抱きしめ返すと同時に、二人を包み込んでいた光が聖堂を覆い、天まで届く一本の柱となる。

 麗しき聖女に見守られ、光に包まれながら誓いの抱擁を交わす新郎新婦。この日参列していた者たちが後に、まるで名画のような光景だったと口をそろえて言う、そんな結婚式の仕上げであった。

「世界が、今日より共に歩む新たな夫婦を祝福なさいました。皆様も、この新たな夫婦に惜しみない祝福と力添えを」

 聖女然とした笑みと共に、柔らかな声色で婚儀の成立を宣言したエアリス。その言葉に、すべての参列者から惜しみない拍手が送られる。

「お義兄様、お姉様。本日は本当におめでとうございます」

 儀式の終わりを示すように、聖女から年相応の少女の家族に向ける笑みへと表情を変え、心から嬉しそうに祝いの言葉を告げるエアリス。盛大な拍手に遮られ本人たちにしか聞こえないその祝福の言葉に、同じく心の底から嬉しそうな笑みを浮かべて一つ頭を下げる新郎新婦。

 至近距離でそれを見ていた宏とレイオットが思わず

「……ユーさんの嬉しそうな笑顔とか、初めて見たで」

「……というか、ユリウスもああいうふうに笑うことができるのだな」

 などと大層失礼な事を言ってしまうほど、その時のユリウスは幸せそうな笑顔を満面に浮かべていた。

 そのまま、盛大な拍手がやむ前に、新郎ユリウスが新婦エレーナをいわゆる御姫様だっこの体勢で抱え上げ、周囲に見せつけるようにバージンロードを戻っていく。

 ユリウスが祭壇の前を完全に離れ、最前列の参列客であるファーレーン王の前に足を踏み出したタイミングで、空から花びらがひらひらと舞い降りてくる。

「お祝い~」

「花びら散布~」

「ライスシャワ~」

 これまで大人しくじっと出待ちをしていたオクトガル達が、ようやく出番とばかりに張りきって花びらをばらまき始めたのだ。

 しかも恐ろしい事に、オクトガルだというのに、物を投げて落とすという作業なのに、空気を読んで「遺体遺棄」のワードを使わないというありえないことをやってのけている。

 それだけでも異常事態だというのに、工房で留守番していたはずのひよひよが、二人の頭上高くで一生懸命ホバリングして、自身の産毛をまき散らそうと頑張っていたのだ。

 何故か神聖な雰囲気こそ損なわれなかったが、厳かなとか神秘的なとかいった空気は完全にどこかへ消え失せていた。

「……まあ、ありっちゃありやけどなあ……」

「神の眷属と神獣からの祝福、と言えば聞こえはいいが、到底そうは思えんこのビジュアルはどうなんだ……?」

「そういう『らしい』ビジュアルしとるんは、全部神域の守護者やっとるからなあ……」

 色々な意味で表情の選択に困りながら、そんなひそひそ話を続ける宏とレイオット。どうやら他の参列客も同じらしく、ユリウスが前を通った時は心からの笑顔を見せて拍手を贈るものの、それ以外の時は上空にいるチーム謎生物に複雑な表情を向けている。

ここで一つ補足しておくと、今回王族と宏達は、バージンロードを挟んで男女で別れている。王族とアズマ工房だけの総人数で言えば女性の方がかなり多いが、今回王家と並んで前方最前列を陣取る人間を全部合わせれば、男女比は均衡する。

 また、結婚式という祝いの場で硬い事を言うのは無粋だ、という事で、口調に関しては無礼講となっている。今までも口調に関してはいろいろ手遅れな感じではあったが、仮にも公式の場で王族とタメ口で話すのはこれが初めてである。

「ありゃ、まず間違いなくファルダニアの結婚式でやったいたずらに味を占めてやがるな」

「あいつら、向こうでなんぞやっとったっけ?」

「ひよひよは居なかったが、オクトガルはパレードの時に上空から花びらをまいてたな」

「ああ、味占めたっちゅうんはそういう事か……」

 達也から自分たちが不在だった時の出来事を聞き、色々と納得する宏。レイオット達もなるほどという顔をしている。

「とりあえず、ビジュアルに関しちゃあ本人らの責任やあらへんし、姿見せんようにとかそういうひどい事はいう気ないけどなあ。外出るまでは、台詞聞こえんようにやってほしかった感じやなあ、主に雰囲気とか空気とかの面で」

「そうだな。俺も、奴らが花びらをまいてる姿より、むしろあの気の抜ける口調で気の抜ける台詞を言いまくってる事の方が気になったしなあ」

 オクトガル達の行動に、なんとなく生温かい笑顔になりながら正直な気持ちを口にする宏と達也。別にオクトガルのお祝いの仕方を全否定するつもりはないのだが、今回に関しては直前が厳かで神秘的だっただけに、せめて神殿を出るまではその空気を維持してほしかったのだ。

 逆に言えば、今回のようにエアリスが本気を出しすぎた結婚式でなければ、オクトガルとひよひよがタッグを組んだファンキーでファンシーなお祝いの仕方は大いにあり、というのが宏達の、というよりこの場にいる大部分の意見の一致する所である。

 ある種のいたずらのようなものではあっても悪ふざけでやっているわけではないし、それにオクトガルの花びらや紙吹雪の撒き方は実に見事で見ごたえがあり、なんとなくこれはこれでものすごく幸せな結婚生活を送れそうな気がするのだ。

 何より、神獣と神の眷属がお祝いをしてくれるのが、悪い事であるはずがない。あくまで問題なのはビジュアルとオクトガルのコメントだけなのである。

「レイっちらの時は、エルにちょっと手加減するように言うとかなあかんでな」

「あいつらが私の時も同様に祝ってくれるとは限らないぞ?」

「むしろ、もっと気合い入れて企画立ててくるんちゃうか?」

 宏のありえないとは言い切れない指摘に、思わず不安を抱くレイオット。その表情が一瞬表に出かけて、ファーレーン王につつかれて慌てて取り繕う。

 そんな宏達の、正確にはレイオットの様子を、バージンロードを挟んだ反対側の最前列にいるリーファがじっと見つめていた。

「なんか、リーファ王女がレイオット殿下の事をものすごく見てるんだが……」

「まあ、そういうことだ。王女の歳の事もあるから態度を保留にするのも大目には見ているが、我が息子ながら実に往生際が悪くてな」

「確かに年回りだけで言うなら、レイオット殿下よりマーク殿下の方がバランスが取れてますからねえ……」

 何やら察するものがあった達也の言葉に、ファーレーン王が王家の内部で頻繁に議題になっていることを暴露する。その暴露内容にやっぱりという顔をしながら、達也が一応レイオットのフォローをしておく。

 現在、リーファは十歳。二年前のエアリスと比較すると現時点での発育は悪いが、それでも第二次性徴の兆しは既に現れている。さすがにいろいろ幼すぎる上にリーファ自身の境遇的な問題もあり、現時点ではまだ婚約の話も出ていないが、それもせいぜいあと一年か二年の猶予であろう。

 レイオットとリーファの関係がどうなるかは、リーファの発育がここからどれだけ加速されるかと、レイオットがリーファの純粋な想いから逃げ切るかどうかの二点にかかっているといっていい。

 そのまま、レイオットを取り巻く現状について話を続ける達也とファーレーン王。二人の会話に居心地の悪さを感じ始めた宏が、自分に降りかかってこないように力技で意識をそらして新郎新婦の様子を見守り続けた。

「……そういえば、アヴィン殿下の結婚式ん時にも思ったんやけど、こっちやとブーケトスはないんやな」

 オクトガルとひよひよのいたずら兼お祝いに動じることなくバージンロードを歩き切り、神殿を出てパレードのために控室に直行した新郎新婦を見てポツリと気になったことを口にする宏。

 思ったよりも広範囲に届いた宏の言葉に、ファーレーン王をはじめとした男性陣だけでなく、王妃達女性陣の注目も一気に集めてしまった。

「ヒロシよ。ブーケトス、とは?」

「うちの故郷、っちゅうか故郷と友好関係にある国にある風習でな。花嫁さんが、幸せのお裾分けと称して、でよかったっけ? ……まあそういう感じで、式終わってから参列客に向けてブーケを投げる風習があるんよ。で、そのブーケをキャッチした未婚女性が、次に結婚できるっちゅう俗説みたいなもんがあって、そらもう、結婚願望があって相手おらん未婚女性は目の色変えて奪い合いやで」

 宏の微妙に偏った解説に、ふむふむとうなずくファーレーン王。同じくブーケトスを知らなかった女性陣が、そのいろんな意味で美味しい風習に目を輝かせる。が……。

「ただまあ、こっちやったらブーケ投げたところで、オクトガルが空中でキャッチして恣意的にありえへん人に投げ渡したりしそうやから、今やと多分成立せんやろうなあ」

「あ~。ブーケキャッチした挙句に幼児とかに『遺体遺棄~』とかほざきながら投げ渡しそうな感じではあるなあ」

 続く宏と達也の会話に、それもそうかと目の輝きを消す。

「それで、陛下。私達はこれからどこに移動すればいいんでしょうか?」

 ブーケトスとオクトガルの話題で微妙な空気になったところへ、助け舟とばかりに春菜が今後の予定について確認という形で遠回しにせっつく。

「そうだな。ユリウスもエレーナも立ち去ったことだし、こちらも控室に戻ろう。すでにエアリスも引き上げておるから、下手をすると待たせることになりかねん」

 春菜にせっつかれ、これ幸いとそろそろ軽食が用意されているであろう王族専用の特等席へ、移動を開始するファーレーン王。こうして、当初の期待とは若干ずれたものの、無事にユリウスとエレーナは夫婦となったのであった。







「それにしても、今回のドレスはすごいよね」

 パレードが始まって直ぐ、小さなため息とともに春菜が称賛の声を上げる。

 パレード用にお色直しされたエレーナのウェディングドレスは、パッと見た時の印象をあえて抑えめにしてあった結婚式のものとは違い、誰の目にも明らかなほど華やかで熱意のこもった素晴らしいものであった。

「品質とか性能はともかく、デザインまわりはどないしても本職にはかなわんなあ、やっぱり」

「そういうのはセンスと歴史とどれだけいいものを見てきたかも関わってくるから、ボク達みたいなにわかだとちょっと辛い……」

「デザインの許容幅が広くて好みとかも絡んでくるカジュアル系はまだしも、フォーマル系はそういう傾向がかなりあるよね~」

 ファーレーン王家お抱えの針子たちが見せた本気に、春菜同様ため息交じりに敗北を認める宏と澪。詩織も多少のフォローはしつつも、そのあたりの事は否定しない。

「そういえば、宏君。エレーナ様のドレスってプレセア様のドレスと比べてものすごく生地の質がいい気がするんだけど、何か特別なものを納品とかした?」

「ファーレーン王家の針子さんが加工できるぎりぎりの生地、っちゅうことで、スパイダーシルクを特殊加工した奴を糸と生地セットで各色五反分ぐらいずつな」

「……えっと、蜘蛛仕留めに行った記憶がないんだけど、そのスパイダーシルクの原料はどこから仕入れたの?」

「神の城の原生林にな、いつの間にか良質のスパイダーシルク作る大蜘蛛が発生しとってな。ラーちゃんらが繭玉作って回収しとったらしいから、ありがたく使わせてもろてん」

「……その繭玉の芯が何だったのかが気になるような、聞くと後悔しそうな……」

「とりあえず、ラーちゃんらが閉じ込められとった訳やないから、安心し」

 宏の回答に、更に不安になる春菜。ラーちゃんが閉じ込められるのも嫌だが、ラーちゃん以外を捕食して蜘蛛が増えている状況というのもなんとなく嫌だ。

 何より不安なのが、本来捕食される側であるはずの芋虫が、捕食者である蜘蛛を管理してスパイダーシルクを生産しているという事実である。それを成功させているラーちゃんの謎生物度合いは、もはや天井知らずだ。

 もっとも、そもそもの話、邪神を拘束してお持ち帰りできる糸を吐き出している時点で、そのあたりの話は今更なのだが。

「ちなみに、その特殊加工したスパイダーシルク、素材ランクとしては上から五つ目ぐらい、裁縫の中級と上級の境目ぐらいの奴やねん」

「……へえ、すごい。で、一番上は霊布として、あとの素材って何?」

「一個上がベスティアスコットンっちゅう綿で、さらにその上に同じランクでゴールデンシープウールとジズの羽毛、さらに上に世界樹系繊維があって霊布やな。世界樹系の繊維は木綿的な奴とか麻っぽいやつとか何種類かあるけど、原料からの加工手順と用途が違うだけで、原料になっとる素材とランクは同じやな」

「ジズの羽毛って、羽から毟るだけならファルダニアに行く途中の私達でもできたんだけど……」

「毟るだけやったら、最低限の採取スキルと腕力握力があれば行けるからな。そこから糸にしたりっちゅうと一気に難易度あがりおるけど」

「なるほどね」

 ファーレーンに飛ばされて大して経たないうちに霊糸を手に入れた事もあり、今まであまり話題にならなかった繊維系素材について話す宏と春菜。

 なお、ここでは特に話題にならなかったが、この特殊加工したスパイダーシルク、服などを仕立てる難易度は跳ね上がるが、防具としての性能はスパイダーシルクとさほど変わらなかったりする。主に変わるのは着心地と見た目の美しさや高級感であり、防具に使うなら同じランクの別の素材の方が向いているのだ。

 また、標準のスパイダーシルクと特殊加工したスパイダーシルクの間にもいくつか素材が存在するが、ここでは割愛する。

「とりあえず、衣装が今まで見た結婚式で一番すごい気がしたのも、いろいろ納得したよ」

 宏の解説を聞いたうえで再びエレーナを観察、その気高くありながらも実に幸せそうな姿にもう一度感嘆と羨望のため息をついて、心の底からの感想を漏らす春菜。

 その春菜の言葉に反応し、今まで嫁いでいく姉の姿を嬉しそうにニコニコと見守っていたエアリスが口を開いた。

「そうですね。おそらくヒロシ様が直接仕立ててくださりでもしない限り、あと一世紀以上はお姉様の婚礼衣装がほぼ上限になりそうです」

「あ~、分かる気がするよ。デザインを工夫すればもっときれいなドレスは作れるだろうけど、それが必ずしも今回よりいいとは限らないし」

「飾りに使う宝石やアクセサリも、あれほどの衣装となると釣り合うものをあつらえるだけでもそう簡単には行きませんし……」

「何より、ユリウスさんとエレーナ様ほどの品性を備えた美男美女か、逆に服に負けないぐらいの貫禄とか品性と存在感がある人でなきゃ、完全に衣装に食われてかえって手をかけない方が良かったって事になりそうだしね」

 幸せそうに輝く笑顔で手を振る新郎新婦に目を向けたまま、思わずこれ以上の事が可能かどうかや他人に同じことができるかどうかを検討してしまうエアリスと春菜。

 間違いなく、今後数年はこれを超える結婚式など不可能だと断言できる、ある種究極ともいえる結婚式。そもそも新郎新婦自体がこの世界で屈指の血筋や身分、実績、名声を持つ人物であり、容姿も端麗。この時点ですでに、超えられる可能性がある未婚の人物はレイオットぐらいしかいない。

 さらに、最低でも今回のスパイダーシルクを仕立てられる仕立て屋との伝手と、発注できるだけの資金力が必要となる。しかも、その仕立て屋が、依頼人の魅力をさらに引き立てる衣装を作れるとは限らない。

 そう考えると、気楽な参列客として今回以上の結婚式を見られるかどうかは、完全にレイオットにかかっている感じである。

 なお言うまでもないことかもしれないが、春菜もエアリスも自分を除外しているのは、宏以外の相手を考えられないことに加え、あくまで見る立場で検討しているからである。いかに今回の結婚式を超えられようと、自分たちが主役になってしまうとリアルタイムで見ることができないので意味がない。

「でも、パレードはともかく、結婚式にはあこがれるよね、やっぱり」

「はい。いつか私も、こんな風にお互いを想いあい、周囲に祝福されるような式を挙げられたらと思います」

 見る立場ではレイオットの式を待つしかない、とサクッと割り切り、わざとらしく宏をチラ見しながらそんなことを言い出す春菜とエアリス。

「その時は三番目でも四番目でもいいから、ボクもちゃんと混ぜてほしい」

「そうですよね」

 春菜とエアリスのわざとらしい露骨な、だが直接相手を示さないやり方でのアピールに便乗し、澪も結婚願望を口にする。さらにこれまで一歩引いた立場できらきらと目を輝かせながら結婚式とパレードに見入っていたアルチェムまで加わり、にわかに色恋ムードが高まる。

「なあ、ヒロ。あいつらかなり露骨にアピールし始めたんだが、いいのか?」

「正直、あんまり良うはないけど、僕が口挟むんも角立つやろうしなあ……」

「そのあたりは全員わきまえてるから、釘挿せば一旦は大人しくはなると思うんだが?」

「せやろうけど、結婚式っちゅうおめでたい場で、自分らもいずれこういう式挙げたい、みたいな出て当たり前の会話に文句言うんも感じ悪いやん」

「まあ、そうだけどなあ……」

 宏の言葉に、なんとなく困った顔をしてしまう達也。宏の言い分も分かるが、それで一人だけ居心地の悪い思いをするのも、おめでたい場にふさわしくはないのではないか、そう思わずにはいられない。

 かといって、宏の言う通りこの程度の会話にいちいち釘をさすのも感じが悪く、そうでなくても色恋がらみに関して春菜達はずいぶんいろいろと我慢をしてきている。浮かれて当然のこの状況で、出てこないのが不思議としか言いようがない内容の会話をするぐらいは大目に見るべきではないか、と宏が居心地の悪さに耐えようとするのも理解できてしまうのだ。

「結局のところ、向こうが愛想尽かさん限り、いずれは避けて通れん話ではあるんやろうけどなあ……」

「そうだろうが、じゃあ、今話が盛り上がって結論出せるのかっつうと、そうじゃないんだろう?」

「そらまあ、いろんな意味で先送りしたいところやで……」

「だろうな。つうか、それとは別の問題として、なんか一夫一妻にこだわってた春菜ですら、最近はエルたちと一緒なら独占できなくてもいいか、みたいな雰囲気になりつつあるんだよなあ。そうなってくると、全体的に寿命の問題から解放されつつある現状、どうにか頑張って一人に決めても問題は解決しそうにねえんだが……」

「言わんといてや……」

 達也の指摘に、悩ましい表情でうめく宏。宏の症状が改善するに従って、このあたりの問題については問題点が随分と変わったが、それは必ずしも解決の方に向かったわけではない。

 むしろ、特定の異性に限れば、宏の身も心も女性を受け入れられるだけの体制が整い始めているからこそ、問題がややこしくなっているのだ。

 もっとも、その変化の速度はナメクジの歩み寄りも遅く、全体的にヒューマン種の寿命から解放されてしまいつつある状況でなければ、素直に諦めろと女性側を諭すべきなのは間違いないのだが。

「つってもまあ、しばらく先送りにしても問題ない環境ってのは確かだし、その間はリハビリもかねて恋愛ごっことかそれ未満のレベルでお茶を濁してもいいんじゃねえか? いくら日本人と比べると発育がいいっつってもエルはまだ十二だし、同い年になっちまった澪に至っては、中身はともかく外見的には年齢に追いついてない感じなんだしな」

「先送りはともかくとして、恋愛ごっことかそれええんかいな……」

「それぐらいでも喜びそうだから、いいんじゃねえか? どっちにしても、エルがこっちでの成人年齢になるまで残り三年を切ってるんだし、そこからは多分、今みたいな温い状況のままっつう訳にはいかねえだろう。だったら、そういう事やってお互いに慣れつつ、色々シミュレーションしておくのは悪い事じゃねえさ」

 チャラ男っぽい行動を推奨する達也に、思わずジト目を向けてしまう宏。ばれないように宏と達也の会話に耳をそばだてていた春菜、澪、エアリスの三人が、達也の言葉に同意するように何度もうなずいているが、女性陣から目をそらしている宏はそれに気が付いていない。

「なんかこう、それって女とっかえひっかえしとるようで、ものすごい感じ悪そうやねんけど……」

「俺の経験から言わせてもらうと、事実関係がどうであれ、複数から言い寄られてる時点でそのイメージから逃れられねえから、そこはあきらめるしかないだろうな」

 身も蓋も、さらに言えば情けも容赦もない達也の断言に、がっくりうなだれる宏。実際のところ、事情や経緯を詳しく知るテレスやノーラですら、宏に同情的ではありながらも多少はジゴロのようなイメージを持っていたりする。部外者となれば、このあたりはどうにもならないだろう。

 なお、どうでもいい余談ながら、澪やエアリスの存在を知った蓉子たちの間では、断れるほどの能力を持たないヘタレが逃げ切れずに複数の女に性的な意味で食われた場合、浮気したことになるのかどうかという何とも言い難い議論が交わされているのは、宏はおろか春菜すら知らないここだけの話である。

「……とりあえず、あんま余計なこと考えんと、パレードに集中やな」

「……そうだな。まだ猶予はあるんだし、今はのんびり祝おうか」

 色々怖い考えに行き着きかけ、強引に話を切り上げる宏と達也。

「……なんだか、羨ましい、です……」

 そんな宏と恋する乙女たちの反応に、どことなく切実な色をにじませながらリーファがつぶやく。そのリーファの様子に気が付いた詩織が、不敬を覚悟のうえで慰めるように軽くリーファの頭をなでる。

「焦らなくても、大丈夫ですよ~」

「……そうで、しょうか……?」

「はい」

 どことなくうれしそうに、気持ちよさそうにしながら、未だどことなくたどたどしさが残るファーレーン語で詩織の言葉にそう確認を取るリーファ。リーファの問いに、にっこり微笑んで力強くうなずく詩織。

 力強く勇気づけてくれる詩織に対し、うれしくなってぎゅっとしがみつくリーファ。髪と瞳の色が近いだけあって、その姿はまるで親子のようだ。

 実際、この世界では、詩織とリーファぐらいの年齢差の親子は珍しくない。

「焦るかもしれませんけど、リーファ様はむしろ、まだ子供でいないとだめだと思いますよ~?」

「……そう、なのかな……?」

「ええ。ちゃんと子供を経験しないと、ちゃんと大人になれませんからね~」

 しがみつきながら上目遣いでそう聞いてくるリーファを、あふれんばかりの母性でぎゅっと抱きしめて甘やかす詩織。初めて見せるリーファの本当に子供らしい姿を、三人の王妃が実に羨ましそうに見つめる。その表情は羨ましさ六、嬉しさ三、母親的な役目を取られた悔しさ一といった所であろうか。

「多分、普段はそう簡単に素直にはなれないでしょうけど~、こっちにいるときは、いつでも甘えに来てくださいね~」

「……いいの?」

「大歓迎ですよ~。ただ……」

「ただ……?」

「あちらの皆様にも、ちゃんと甘えてあげてくださいね~」

 そう言って、全身から羨ましいというオーラを高濃度で発散させている王妃達に視線を向ける詩織。それを見て、恥ずかしそうにしがみつきなおし、人見知りするように詩織の陰に隠れようとするリーファ。

 その仕草を見て完全に火がついてしまった王妃達が、どうにか自分達も詩織位に甘えてもらおうと全力で愛を注ぎに来るのだが、ファーレーンに来るまで愛された経験に乏しかったリーファには、そんな先のことまで見通すことは到底無理なのであった。

「……まあ、この様子なら、数年以内に次の式には至れそうで、何よりだな」

「……父上、私やヒロシにそれを期待するのは、さすがに先走りすぎではないか?」

「正直、どちらもすでに外堀は埋まっているようにしか見えんが、それともお前は王女が適齢期になる前にあれ以上の、それもお前と年回りの釣り合いが取れそうな女性が現れると思うか?」

「……」

 王の言葉に、思わず黙り込むレイオット。実のところ、リーファがまだ子供故に現時点で恋愛感情こそ持ちようがないが、未婚で自身と歳が近い彼女と同等以上にいい女、というのが高望みにもほどがあることはいやというほど分かっている。

 相手がまだ子供という点で今結婚相手として検討することにはどうしても抵抗があり、だが明確にノーを突きつけられるほど嫌っている訳でも論外だと思っている訳でもないため、つい逃げの態度を取ってしまうレイオット。それがどれほど格好悪く、何より相手にとってどれほど不誠実か、など、昨日のエアリスの指摘と叱責がなくても十分自覚はある。

 宏とは逆に、態度の決定という意味では自分はそろそろ潮時なのだろう。だが、もう少し、せめてリーファがちゃんと大人になるまでは時間が欲しいというのも、割と切実な本音ではある。

「……とりあえず、父上」

「なんだ?」

「王女は、エアリス以上に子供でいられた時間が少ない。シオリのおかげで、今日ようやく本当の意味で子供になれたのだから、王女にはもう少し子供でいてほしい。子供として愛された上で、ちゃんと大人になる時間を持ってほしい」

「そうだな」

「私自身も、ちゃんと子供を経験せぬままの王女に対しては、正直どんな答えを出しても納得できそうにない。私が王女に対してどう答えるかは、王女が正しく大人になれた時ではいけないのか?」

「昨日までのお前の言葉であれば、却下だったがな。往生際の悪い逃げ口上ではないようだし、王女の事を考えるならその方がよさそうなのも確かだ。今は彼女を見守る時間という事で、かまわんよ」

「そうか、ありがたい」

 そう言って一つため息をつき、おっかなびっくりという感じではあるが詩織に全力で甘えるリーファを、どこか慈しむように見守るレイオット。その様子に、よもや父性愛に目覚めんだろうな、などと心配しつつ約束通りしばらくは傍観することにするファーレーン王。

「なんだか、結婚式にあてられてあっちこっちで恋の花が咲いているのです。正直、非常に居心地が悪いのです……」

 そんな風にあちらこちらで色めいた話がささやかれ続け、居心地が悪いにもほどがある状況になったノーラが、やさぐれた表情でケッと吐き捨てる。

 それに同意してうなずきつつ、色恋ムードに耐えきれなくなって逃げてきたマークにテレスが話を振る。

「マーク殿下は、そういうのは大丈夫なんですか?」

「こっちは、兄上が形になってくれないとというのもあるが、そもそも空白の世代という感じで成長待ちという部分が……」

「お互い、大変なのです……」

「まったくだ。というか、お前たちとこんな形で居心地の悪さを共有するとは思わなかったぞ……」

「居心地の悪さを共有しているうちに、既定路線的な感じでくっつけられたりしないといいんですけど……」

「さすがにそうなってしまうと申し訳なさすぎるので、同士が居なくなるのは寂しいのですが少し離れていた方がいいかもしれないのです」

「そっちが嫌なら全力でつぶすから、心配はいらない。というか、オクトガルにいじられておもちゃとして遊ばれるような王子なんて、対象外だろう?」

 マークの自嘲気味の台詞に、わずかに目をそらしながら否定も肯定もしないテレスとノーラ。仮にマークと結婚することになっても拒否感はないが、かといって恋愛対象として見るのは少々厳しいのも事実だ。

 テレス達にとって、マークは弟属性が強すぎ、恋愛的な観点ではどうしても一歩足りないところがある。結婚相手としては申し分なく、家庭を作る相手としては悪くないどころか上の上なだけに、そのあたりが響いてどうしてもマークという個人を評価していないのではないかと悩んでしまうのだ。

 政略結婚も当たり前、という価値観で育ってきたわけではないテレスとノーラの場合、そこを割り切るのは難しい。そういう引け目があると、上手くいくものも上手くいかないと本能で悟っているがゆえに、マークの問いには答えようがないのである。

「……まあ、お互い、なるようになるだろうさ」

「……この件に関しては多分、割り切り方と割り切りどころを知っている殿下の方が分がよさそうな気がするのです……」

 自分も同じような立場であるマークに慰められ、へこみ度合いをさらに大きくするノーラ。結局、ユリウスとエレーナの結婚を全力では祝えない心境になってしまったからか、テレスとノーラ、マークの三人には最後までこの結婚による特需的なカップル成立ラッシュの恩恵は及ばないのであった。
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