第25話
「宏君、そろそろご飯だよ」
「もうそんな時間か」
散々製造欲求を満たし、宏の顔がつやつやしてきた頃合に、春菜が夕食のために呼びに来る。
「春菜さん、これ」
「もうできたの?」
「できたで」
チェーンブレスレットを渡しながらきっぱり言い切る宏に、思わず春菜が目を白黒させる。
さすがに物が物だけに、もう少しかかるものとばかり思っていたのだ。
「まあ、出来たっちゅうても、実際に着けてもらって、経過観察しながら調整せなあかんところが多いんやけどな」
「それでも、こんなに早くできるとは思ってなかったよ」
「作ってる最中にちょっと暴走した自覚はあるけど、別に手は抜いてへんで?」
「そこは信用してる。っていうか、宏君はこういう一品物、理由なしに手を抜くのは嫌いでしょ?」
受け取ったチェーンブレスレットを左手首に巻きながら、宏の主張に苦笑しつつそう応じる春菜。
実際、宏がものづくり関連で手を抜いたことがあるのは、アズマ工房以外で量産する必要があり、なおかつコストの問題が絡んだものばかりである。それとて、厳密には手を抜いたというよりは、問題にならない範囲ぎりぎりで最高の品質を追求した、というのが正しいところだ。
一品物に関しては、予算や国家間の力関係、組織内部のパワーバランスなどが絡んで、その時作れる最高の品を作るわけにはいかなかったことは多々ある、というより、ローレン以降はむしろそちらのパターンの方が多い。
いずれにせよ、手を抜いたというよりは手加減した、という方が正しいケースばかりと言えよう。
「せやねんけど、今回は見た目がそれで、しかも春菜さんが予想しとったより早くに完成品渡しとるやろ? 疑問に思われとんちゃうかな、思ったんよ」
「私はこういうシンプルなの好きだし、シンプルなデザインのものって実はかなり難しいのも知ってるから、見た目だけで手抜きだとかは思わないよ。それに、このデザインにしたのも、意味があるんだよね?」
「一応は。っちゅうても、基本常時身に着けとかなあかんもんやから、あんまり派手で目立つデザインにしてまうと、向こう戻って学校に復帰したときに先生とか風紀とかに目ぇつけられると面倒や、っちゅうだけやけどな」
「そうだね。確かに、これぐらいだったら割と誰も何も言わないけど、ダールの女王様とかがつけてるレベルになるとさすがにもめるよね」
「せやろ? で、シルバーなんは、おんなじシンプルな鎖やったら、金より銀、それもつや消ししたやつの方が落ち着いた雰囲気の方が春菜さんに似合うかな、思ったんよ。派手なんも悪かないとは思うけど、春菜さんの趣味やなさそうやし」
宏の言葉に、嬉しそうにうなずく春菜。普段の生活や行動原理からも分かるように、基本的に春菜は派手な装いは好まない。そうでなくても容姿が派手なのに、服装やアクセサリまで派手なもので着飾るのはためらいがあるのだ。
もっとも、春菜が派手な装いを嫌がるのは、本人が地味な性格をしているからだけでなく、派手な格好をすると下品で頭が悪そうに見えるから嫌だ、というある種の偏見が混ざっているのも理由の一つではある。
実際、派手な格好でも下品にならないようにするのは、結構難易度が高い。派手と下品の境界線は割と曖昧な上、失敗すると悪趣味に見えかねないという別の問題も絡む。相当高度なセンスと、それに釣り合う容姿か物腰が要求される、間違っても素人が手を出してはいけない領域なのだ。
春菜の場合は普段の立ち居振る舞いなどに品があるため、少々どころかかなり派手な服装をしても問題はなかろうが、宏辺りだとどう頑張ったところで下品で実力もないのに粋がっている小物のチンピラにしか見えないのは間違いない。
そういう人物をたくさん見てきた春菜の場合、ある意味派手なのがデフォルトである舞台やフォーマルなパーティ以外で、派手な格好をするという選択肢はない。
この場合、方向性は違えど地味な格好も同じぐらい難易度が高い、という点は突っ込んではいけない。
「ただ、それに収納した武器防具は正直、かなり派手になってもうたんやけど……」
「……まあ、神器は真琴さんの刀以外どれも結構派手、というか外連味あふれる外見になってるから、そこはある程度予想はしてたけど」
「割とそんな次元やなく派手やねんわ」
宏のその言葉に、春菜の顔が引きつる。宏の神斧レグルスや達也の神杖ジャスフィニアも大概派手なのに、それより派手とか考えたくもない。
「とりあえず、どんなビジュアルかは飯食ってから確認してや」
「そうだね。ちょっと不安はあるけど、そうするよ」
もう出来てしまったものはしょうがない。そう割り切って、さっさと夕食を済ませることにする春菜。
「あ、その前に、ちょっと調整させて」
「は~い」
早速調整が必要な部分を見つけ、食事の前にさっさと調整を済ませる宏。身に着けた状態で調整する必要があるため春菜の左腕を手に取っているが、もはや春菜相手に常識の範囲で触れるぐらいで、宏が怯えたり緊張したりすることはない。
むしろ、春菜の方が宏に腕を取られるというシチュエーションにドキドキしているぐらいだ。
「よし、終わり」
「もう少し時間かかるかと思ったよ」
「そらまあ現状やと、体質のオンオフ制御と絶対起こらへん事は起こさんようにするようリミットかけるんが限界やから、そない複雑な調整はできんでな」
「うわあ……」
宏の説明に、思わず絶望的な表情を浮かべる春菜。せっかく補助具を作ってもらったというのにそれとか、自分の体質だけに不安しかない。
「そんな顔しいな。神具も春菜さんも成長の余地はあるんやから。で、まあ、今度こそ飯やな」
「そうだね。ちょっと待たせちゃったし」
慰めるような宏の言葉に、絶望的な気分から一転、派手に高鳴る鼓動をどうにか抑えながら春菜がうなずく。早く食堂に行かないと、特に澪がうるさそうだ。何しろ澪は、料理の最中もおなか減ったを連呼していたのだから。
夕食を今か今かと待っている澪と冬華の顔を思い浮かべることで二人だけの時間を引き延ばしたくなる衝動を抑え、どうにか食堂に戻るまでに平常心を取り戻す春菜であった。
「師匠、遅い」
「すまんすまん。春菜さんにいろいろ説明とか調整とかしとってな」
食堂に入ってすぐ、澪から文句が飛んでくる。空腹をこらえながら宏が来るのを今か今かと待っていたらしく、視線は目の前の料理に釘付けである。
ちなみに、今日の夕食は日本人チームに冬華とアンジェリカである。エアリスは慰霊祭の打ち合わせのためにアルチェムとともにアルファト城に出向いており、他の工房メンバーはテレスの味付けその他の特訓のため、ウルスの工房で別メニューだ。
最近のローリエはレラ同様使用人的な立場にこだわりがあるようで、今日も夕食は給仕に徹している。無理に誘っても本人が納得しないため、妥協点として全員が揃わなかった時や何かの祝い事などは一緒に食べるように、という取り決めをした上で好きにさせている。
久しぶりに、ひそかにラーちゃんが宏の背中に這い上がり、食事の席に同席しているが、かつてよく見た光景なので誰も気にしていない。
「何を説明してたかも割と気になるが、そういうのは飯を食いながら、だな」
「そうね。澪がそろそろ限界だし、冬華も待ってるしね」
ものすごく分かりやすい感じで料理に釘付けになっている澪と、同じようによだれをたらさんばかりの表情で夕食に熱視線を送る冬華を見ながら、苦笑を浮かべて食事を促す達也と真琴。おとなしく行儀よく座って我慢している冬華がかわいそうになってきたのだ。
「せやな。これ以上待たすんもあれやし、さっさと食おか」
周囲の催促に応じ、迅速に自分の席に座っていただきますを宣言する宏。その声が消えるか否かのタイミングで、早速澪が焼き魚に箸をつける。
「今日は魚にしたんや」
「お肉が続いてたからね。まあ、一番多いのは野菜料理だけど」
「せやな」
大根と人参の炊き合わせを食べながら、春菜の言葉にうなずく宏。確かにメインは焼いた魚の切り身三種ではあるが、全体の品目と分量は野菜の方が多い。
宏が食べている大根と人参の炊き合わせのほかにも、ほうれん草の胡麻和え、もやしとピーマンとブロッコリーの炒め物、きんぴらゴボウの四品が小鉢や添え物として並んでおり、何より味噌汁にも大根と里芋が入っている。
言うまでもなく、魚の切り身はリヴァイアサンの各種部位で、野菜類は全て神の野菜である。
割と子供が嫌いそうな野菜が混ざっているが、誰に似たのか冬華は嬉しそうに、美味しそうに野菜料理をバクバク平らげている。
この様子だと、春菜やエアリスほどではないにしても、好き嫌いとは縁がなさそうだ。
「ふむ。子供というのはピーマンや人参、ブロッコリーなどが苦手なことが多いが、冬華はそうでもなさそうだのう」
「ピーマンはこの苦みが癖になりそうなの!」
「それはまた、変わった好みをしておる」
「小学生の頃の澪は、ピーマンも人参もブロッコリーもほうれん草も駄目だったのになあ……」
「達兄、今は美味しく食べてるんだから、蒸し返さない」
食欲旺盛で好き嫌いをしない冬華を見て、澪との違いにしみじみ感心する達也。そんな昔のことを蒸し返され、居心地が悪そうに達也に抗議する澪。
今でこそよく食べる澪だが、もともとは持病もあって食が細く、非常に偏食が激しい子供だった。肉類は食べやすくておいしい高級部位以外はめったに口にせず、魚も骨や内臓をちゃんと処理し、手間をかけなくても食べられるものしか食べようとしなかった。野菜に至っては、ポテトサラダ以外は見向きもせず、ピーマンなど見ようものなら無表情のままかんしゃくを起こしていたぐらいである。
その後、事故で栄養摂取は点滴以外では不可能となり、こちらの世界に飛ばされた後も三日ほど絶食させられるなど、食事に関して不自由な状況が続き、食べられることのありがたさを思い知らされた澪。その結果、単なるわがままと大差ない種類の偏食は大方矯正されたのだが、それだけにその頃の難病持ちの子供だからと言って許されるものではない好き嫌いに関しては、黒歴史として封印したい過去となっている。
とはいえ、元が元だけに、実は偏食そのものは完全に矯正されたわけではない。レバーを始めとした内臓類やホタルイカのような珍味の類、もずくの酢の物のように極端な味付けでないと食べづらいようなものなど、どうしても食べられないものは結構多い。
ただ、食べられないものはほぼ全て、大人でも好き嫌いが分かれる類の、食べられない人間はどう頑張ったところで食べられないものなので、好き嫌いで注意をされることはなくなっている。
「それにしても、こっちでも人参とかピーマンは、子供の嫌いな野菜なんだ」
「少なくともうちの隠れ里では、あまり子供が好まない食材ではあった。もっとも、そもそも今日ここに並んだ食材がすべて存在しておる地域なぞ、おそらく神域や隠れ里の類の一部かファーレーンぐらいではあろうが」
「あ~、それもそうだね」
アンジェリカの指摘に、言われてみればと春菜もうなずく。少なくとも大根やゴボウはマルクトでは見なかったし、ピーマンはフォーレにはなかった気がする。ダールには人参とほうれん草がなく、ローレンでは里芋に近いタイプの芋は見ていない。
こう考えると、類似品とはいえ基本的にこれら全てが揃っていたウルスやオルテム村は、食生活の面では実に豊かだったのではないかと思わざるを得ない。
無論、ファーレーン全域から食材が運び込まれてくるウルスと言えど、見かけない食材というのは当然のごとく存在している。だが、国内で揃う食材のバリエーションだけでいうならファーレーンを超える国はなく、ウルスを超える都市も存在しない。
「でも、こっちの人たちって全般的に、そこまで好き嫌いを言う余裕はないんじゃないかな、と思ってたんだけど……」
「我の里でも、食えぬと駄々をこねる子供はそれほど多くはなかったが、な。やはり、どうしても食いづらいものはある。特にピーマンと人参は、時に大人でもよう食わぬほどおかしな味のものが出来るから、それに当たったことがある子供はまず間違いなく嫌いになる。そうでなくてもピーマンの苦みや人参の独特の匂いなんぞは、子供が嫌いになりやすい類のものだしな」
「あ~、そういう事情なんだ」
「うむ。無論、四の五の言ってられん環境で育てば、好き嫌いなんぞ言わんがな。ファムとライムを見ればわかろう?」
基本的に余程でなければ好き嫌いを言わないファムとライムを引き合いに出され、心底納得する春菜。実際、ファム達が好き嫌いを言ったのは、せいぜいファムが炭酸飲料を受け付けなかった時ぐらい。それ以外で食材に文句を言うのは、自分たちの身の丈に合わないと思っているようなモンスター食材か春菜ぐらい悪食でなければ食う発想が出てこないような無茶なもの、後は食文化の問題で口にしないものや万人が食えないほどまずいと認定したものだけである。
そんなファム達を見ていたからそれが標準だと思っていたが、やはり庶民でもそれほど食うに困ったことがない層では、ある程度の好き嫌いはあるらしい。特にファーレーンや隠れ里の場合、毎回満腹になるほど食えているかどうかは横に置くとしても、選り好みができるぐらいには食料にも庶民の懐具合にも余裕があるのだ。
もっとも、おそらくアズマ工房で暮らしていれば、違う意味で好き嫌いなどしていられないだろう。匂いや食感がどうしても生理的に受け付けない、過去にそれを食べて死にかけたトラウマがある、などの理由がない限りは、好き嫌いなどするような勿体ない真似ができないほど美味いものばかり出てくるのだから。
「しかし、種類も量も、子供には少々多いのではないかと思ったが……」
「食べきってるわね……」
「これは、親兄弟の誰の影響が大きいのやら……」
そんな話をしているうちに、見るといつの間にやら冬華が自分の割り当てを食べ終え、満足そうにデザートを堪能していた。食後のデザートなど、本来全員が食べ終わるまで待って給仕すべきものではあるが、冬華の場合はいまだにいつアップデートのための再起動モードに入るかわからない。なので、起きていられるうちに用意したメニューを全て食べさせるようにしているのだ。
「ごちそうさま!」
「ちゃんと食べたね、えらいえらい」
「ママのごはん、美味しいからたくさん食べられる」
春菜に褒められ、嬉しそうにそう宣言する冬華。だが、満腹になったからか、それとも今日経験したことに合わせてアップデートするためか、すでに表情が眠そうになっている。
「だったら今日はもう、歯磨きしてお休みしようか」
「うん」
よしよし、と頭を撫でてから、ローリエに冬華を預ける。食事を中座するのはどうかと思うが、かといって終わるまで冬華が起きていられそうにない。この後それなりに大事な話もするので、素直に冬華をローリエに任せることにしたのだ。
「それで、春菜に何か説明してて遅くなった、とか言ってたが、その鎖か?」
「せやで。春菜さんの神具ができたから、それについて軽く説明しとってん」
「なるほどな。しかし、えらくシンプルで地味な、ってそういうことか」
「最近、あんたたちが高校生だってこと、忘れそうになるわね……」
春菜の神具となったチェーンブレスレットを見て、あまりの地味さに突っ込みを入れかけて、すぐに宏達の本来の立場を思い出す達也と真琴。さすがにこの世界で二度目の年越しともなると、そのあたりのことは微妙に忘れがちになる。
「で、そいつの説明って、そんな大層なことだったのか?」
「まだ、大した話はしてへん。せいぜい色んなもんを収納しとるっちゅうことと、そこに収納してあるレイピアと鎧のデザインがものすごい派手になってもうた、っちゅうことぐらいやな。どっちかっちゅうたら、調整にちょっと時間がいったんよ」
「派手、ねえ。その派手さってのは、春菜の容姿を食っちまうレベルだったり、ゴテゴテと下品になっちまったり、って感じなのか?」
「いやいや、そういう方向性やあらへん。どっちかっちゅうたら神像とか仏像とかそっち方面やな。ベースの素材が素材やから、そんな品のない感じにはなってへん、っちゅうか、どう頑張っても神話方向にしかいかへんよ」
「なるほどな。まあ、一応春菜も女神さまなんだから、そっち方面で派手でも問題はないだろうよ」
宏の説明を聞き、いろいろ納得する達也。言われてみれば、つなぎとして神鋼や世界樹で作った武器防具は、どれも神話的な形状ではあるが品がないとか厨二病すぎとか、そんなイメージとは離れている。
実際のところ、神鋼や世界樹だけで作ったつなぎ装備はまだしも、神器として作ったものは形状に宏の意思は一切反映されていない。コア素材を融合させながら普通に鍛造や切削を行うと、自然とあの形になるのである。
「実のところ、春菜さんが装備したらどんな風になるかは、僕もまだ見てへんねんけどな」
「私も、すごく派手になったっていう話しか聞いてないから、どんなデザインかは全然知らないんだよね」
「まあ、装備は逃げへんから、まずはご飯済ませてからやな」
「そうだね」
わざわざ食事を中断してまで、装備の確認をするなど必要ない。そう意見が一致し、残り三分の一ほどの夕食を落ち着いた態度で平らげていく宏と春菜。その様子に苦笑し、うまい酒とともに料理を堪能する達也と真琴。
よく考えてみれば、このメンバーでこうして夕食を囲める回数も、もうそれほど残っていないのだ。無粋なことはせず、料理と会話を楽しむべきだろう。
「そういえば、そのブレスレットって、名前とかあるの?」
「それがなあ、ええ名前が思いつかんで保留にしてるんよ。少なくとも既存の神様と縁がありそうな名前は避けるべきやし、っちゅうたかてその手の言葉の語源って結構神様とか神話に関係あることが多いし」
真琴に問われ、宏が苦笑交じりにそう答える。神具ともなると、名前一つつけるにも下手なことはできないのだ。
「あ~、冬華の名前決めた時と同じってこと?」
「そういうこっちゃ。せやから、間違ってもアルフェミナ様を連想するような名前は付けたらあかんでな、ええ名前が思いつかんから春菜さんに丸投げしようか、思ってんねん」
「てかさ、いっそあたしたちの間では春菜の腕輪でもいいんじゃないの? 神具とかって、後から信者とか庇護された人間とかが勝手に名前つけてるケースも結構あるし」
「まあ、春菜さんの神具やからそれでもええっちゃええんやろうけど、仮にも神具にそれってええんか? っちゅう疑問がどないしてもなあ……」
「私、そういうのあんまり気にしないから、春菜の腕輪でもいいと思うよ?」
「本人がそれでええんやったらそうするか。その名前やったら、他の神様と変な縁ができる、っちゅうこともあらへんやろうし」
春菜の鶴の一声で、非常に安易な名前に決定する神具のブレスレット。いろいろややこしい事情があって仕方がないとはいえ、仮にも神具に対してあまりに適当で安易な名前を付ける宏達の様子に、思わずアンジェリカが遠い目をしていたのはここだけの話である。
「まあ、話が決まったのであれば、今後お前たちがどう動くかを聞いておいて構わんか? その動き次第では、こちらの民の撤収時期にも影響が出る」
「せやなあ。とりあえず明日からの話にはなるけど、春菜さんの神具と武装の調子確認したら、とりあえず奈落の方も踏破しとこうか、思うんよ。で、それから、天空神アンゲルト様と太陽神ソレス様の神殿回ってから、最後の準備して邪神に喧嘩売ろうか、っちゅう感じや。まあ、神殿と奈落はどっち先行くかはまだ未定やけど」
「なるほど。では、長く見ても三日程度、と考えておけばいいわけか」
「そんなもんやろうな」
長く見て三日程度、という言葉に、春菜がピクリと反応する。その様子に気が付いた澪が、春菜に話を振る。
「春姉、何か心残りとか?」
「……分かっちゃった?」
「ん。って言っても、師匠と一つ屋根の下に未練、っていうのは却下」
「そっちも、っていうか、みんなとこうやってわいわい暮らすことに対する未練もないわけじゃないけど、そっちじゃないよ」
「じゃあ、何?」
「大したことじゃない、というか、今更それか、って言われそうな類のことなんだけどね」
今更、という台詞に、何かを悟った様子を見せる宏達。そんな宏達に、怪訝な顔をしてしまうアンジェリカ。
「何やら悟ったようだが、ハルナは何に未練を残しておる?」
「本当に大したことじゃない上に今更なんだけど、帰る前に一度、屋台やりたいなあ、って」
「……屋台?」
「うん。ある意味で私たちの原点だし、結構長い事やる機会がなかったから、久しぶりにやりたいな、って」
「……女神が、屋台?」
春菜の未練の内容に、思わずジト目になりながら疑問形で突っ込みを入れるアンジェリカ。残念ながら、アンジェリカとの合流後は丁度いい隙間時間がなかったこともあり、彼女は宏達が新しく拠点にする街に腰を据えるたびに屋台を行っていた過去を知らない。
「まあ、春菜さんがやりたい、っちゅうんも分かるんやけど、屋台は邪神終わってからでも間に合うで」
「そうなの?」
「せやで。っちゅうかな、多分うちらが向こうに戻れんの、最低でも慰霊式典とかそのあたりの後始末が終わってからやで」
「どうして?」
「そんなもん、砂漠で天地波動砲ぶっ放した後、すぐ動けんかったんとおんなじ理由やで。あんないかつい障害物が急になくなってみいな。時空間とか世界の壁とかにものすごい影響が出おるで」
非常に説得力のある宏の言葉に、全員が一発で納得する。
考えてみれば、破片が復活したり消滅したりするだけでも、あちらこちらにかなり影響が出ていたのだ。大本の邪神がいなくなれば、それはもう洒落にならない影響が出るだろう。
「それにな、戻るにしてもいっぺんアルフェミナ様らに時系列とか調整して戻してもらわんと、僕と春菜さんが自力で適当に戻った日にゃ、向こうのどの時間軸に出るかわかったもんやあらへん」
「宏と春菜が組んでも、そんなもんなの?」
「なんぞ過剰な期待しとるみたいやけどな、所詮僕も春菜さんも新米や。世界間の移動とかノウハウ全くあらへんねんから、一発で成功するわけあらへん」
「春菜の豪運だったら、って、そもそもかく乱体質の方でどんな偶然を引き当てるかわかったものじゃないわね……」
「そういうこっちゃ」
いろいろ納得させられる話に、もうしばらくはこの世界でお世話になるしかないか、と、あっさり受け入れる真琴。達也には悪いが、もうここまで来たら、半月や一月ぐらい大した違いではない。
「まあ、その辺の話も、無事に邪神をしばき倒せる前提での皮算用やけどな」
「ヒロは無理だと思ってるのか?」
「勝てるとも勝てんともいえんところや。所詮こっちは新米の、自分の権能の把握すらおぼつかん未熟な神やからな。勝負にはなるやろうけど、どんな事故が起こるかはわかったもんやあらへんし」
これまでの色々を思い出しながらの宏の言葉に、反論の余地もなく沈黙する一同。頭をよぎるのは、やはりパーティ壊滅の憂き目にあった三幹部戦。
トラウマという意味ではすでに乗り越えてはいるが、やはりあの一連の出来事はいろんな意味で刻み込まれているのである。
「後、あんまり先のこと言うたら鬼が笑いおるし、終わった後の話ばっかりするんって、フラグ臭いしな」
「言いたいことは分からんでもないが、あまり敵を強大に見積もりすぎるのも良くはないぞ。別に、一度の出撃でけりをつけねばならん訳でもなかろうし、我に言わせれば引き際を間違えずに普段通り対処すればいいだけの話だと思うのだが?」
「このあたりはゲン担ぎみたいなもんやからな。どっちにしても、まずは明日のダンジョン攻略と神殿探しや」
「その前に、春菜の装備の確認であろう? ちょうどいい具合に全員食べ終わったことだし、そろそろお披露目といってはどうだ?」
「そうやったな。他にも澪の弓とか僕と春菜さん以外の防具とか、作れる神器装備は一気に全部作ったからな」
そう言いながら、全員に新装備を配布する宏。今後のためを思ってか、新装備はすべてワンタッチで着脱可能な仕様になっている。
「……まあ、俺らの防具はこんなもんだろうな」
「そうね。でもこれ、プラとかで作ったら絶対にちゃちなコスプレか厨二こじらせた痛い人にしか見えないわね」
「まあなあ。つうか、防具ってのはそもそもそういうもんだって考えりゃ、しょうがねえさ」
ハーフプレートの神器、神鎧オウサムを身にまとった真琴の言葉に、ローブの神器、神套オルステッドを羽織った達也が苦笑交じりにそう応じる。どちらもファンタジーRPGの最終装備だけあって、実に外連味あふれる尖ったデザインをしている。
澪の革鎧、神甲シェルフィールに宏の神鎧オストソルまで並ぶと、そのビジュアルはなかなかに強烈だ。
この集団はいったい何なのか。正直そんな疑問がどうやっても避けられない姿である。
「にしても、これで澪も武器の制御に苦労する日々が来るわけね」
「……あんまりありがたくない」
「で、肝心の春菜は、っと……」
そういって真琴が春菜の方に視線を向けると、そこにはオーロラのように刀身の色を変えるレイピアを手に苦悩の表情を浮かべる春菜の姿が。
「……確かに、派手と言えば派手ね」
「うん。武器がこれだと、鎧がどうなってるのか怖くてどうにも踏ん切りが……」
「まあ、派手っていうよりは神秘的、とか幻想的、とか、そういう表現の方が正しい感じだし、鎧も多分そっち方面のはずよ?」
「だとは思うんだけど、これと同系列の鎧を着込むとか、ちょっとどころじゃなく嫌な予感が……」
「その剣持っていろんな意味で様になってる時点で手おくれなんだから、諦めてとっとと鎧着ちゃいなさい。どうせ邪神を相手にするときは装備しなきゃいけないんだから」
「……うん、そうだね」
真琴に言われ、覚悟を決めて鎧を身にまとう春菜。戦闘用装備がすべてそろった時点で、髪型が勝手にハーフアップに変化し、ブレスレットと神衣のデザインも自動的に変化する。
オーロラを鎧にしたような春菜のブレストプレート。それに合わせて靴も膝まであるブーツに変化、マントと合わせて隙のないたたずまいになる。
フル装備になったことで増幅され、にじみ出るようになった神力。溢れ出る神としての威厳。
その美貌と相まって、春菜は誰の目にもまごう事なき女神としてそこに君臨していた。
「……これは……」
「……マジかよ……」
「……うわあ……」
完成された春菜の姿。その威厳と神々しさに飲まれ、言葉を失う達也と真琴、澪。今まで特に意識してこなかった、春菜がもはや自分たちとは違う存在である、という事実。真琴たち人間組はこの時、ついにその事実を心底思い知ってしまったのだ。
頭が高い。早く跪かなければ。なぜ今まで、対等だと思っていたのか。慈悲深く優しい我らが女神。これからは心を入れ替え、忠実なる従僕として一生涯仕えなければ。
完全に神気に当てられ、宗教方向に思考停止し始める達也と真琴、澪。そんな彼らの様子に怯えるように、不安そうな、泣き笑いのような笑みを浮かべる春菜。その春菜の表情を見て、真っ先に己の醜態に気が付いたのは真琴であった。
「……っ!?」
「……真琴さん?」
「我ながら、情けないわね」
「えっ?」
「春菜がこうだってのは、あたしと達也を生き返らせた時点でわかってたじゃない。それなのに、ちょっとちゃんとした恰好しただけで飲まれてあがめようとするとか、情けないにもほどがあるわよ……」
そういって、思いっきり己の頬を叩く真琴。パーンといい音が響き、見事なモミジがその両頬に浮かび上がる。
「ま、真琴さん!?」
「っつう……! 目ぇ覚めたわ……」
唐突な行動に目を丸くし、どこか慌てた様子で声をかける春菜。そんな春菜に、うめくような言葉で応える真琴。他のメンバーもいきなりの真琴の行動に驚きの表情を浮かべて固まっている。アンジェリカも己の態度を決めかねており、普段通りなのはどこか見透かしたような顔で事態を見守っている宏だけである。
「ごめん、春菜。今完全にあんたに飲まれてた。あたしが発破かけて無理やりそれ装備させたってのに、やらせた張本人がそれとか、本気で情けない。宏のことをヘタレとか言えないわ……」
「神様が戦闘モードになったら、普通の生き物がビビんのはある意味当たり前やけど?」
「鎧着ただけで戦闘モードってわけじゃないでしょう? それに、中身変わってないのに外見がそれらしくなっただけで委縮するとか、春菜にたかってくるナンパ男とどう違うっていうのよ?」
よほど自分が情けなかったらしく、宏の助け舟を自分でぶった斬って沈没させる真琴。そのままうなだれ、際限なくへこんでいく。それを見ていた達也と澪も、真琴と同じようにうなだれる。
「あんまりへこむと、それはそれで春菜さんショックみたいやで?」
「分かってるわよ。ただ、もうちょっと反省させて。今ちょっと自分が情けなすぎて、そう簡単に切り替えられないから」
「まあええんやけど、僕とかこっちの神様とかとは、えらい態度ちゃうやん」
あまりにへこんでいる真琴たちを見かねてか、からかうように余計な茶々を入れる宏。それに対して、意外な相手からコメントが入る。
「こちらの神々は、基本舞台装置に徹しようとするが故、本当に必要な時以外は威厳とかそういったものを表に出さんからな。それに、ヒロシはハルナと違って、容姿も雰囲気もそういった威厳というやつとは無縁だ。我とて、真祖の視覚でその生き物にあるまじき力と神の威を目にしておらねば、お主が神だとは到底思えん」
「うわ、えらい言われようや」
「……言われてみれば、師匠って神様は神様でも、イメージ的には『とんでもない、あたしゃ神様だよ』とか言いそうなタイプ」
「コントネタかい」
アンジェリカの尻馬に乗って澪が漏らしたコメントに、苦笑しながらノータイムで宏が突っ込む。
「……結局、この顔のせい、っていうのが大きい、って事?」
「顔っちゅうか、雰囲気含めた見た目の印象全体やな、多分」
「……私、また見た目で損した感じだよね」
「まあ、ハルナは自分の見た目を生かした行動とかできるタイプではないからな。せめて姫巫女殿ぐらいの割り切りか、ノーラぐらいの図太さがなければ、そこまで突出した容姿をもって生まれて得などできまい」
ようやくペースをつかめたらしいアンジェリカが、真琴たちの態度にへこむ春菜に対して冷静にコメントする。
「自分で選んだことだし、達也さんと真琴さんのことを考えたらどうしようもなかったんだけど、今初めて自分が神になったことを後悔したよ……」
「まあ、後々のこと考えたら僕みたいに誰も敬ってくれへんっちゅうよりはましやで、多分」
「仲間に狂信者になられるぐらいだったら、敬われない方がずっといいよ」
装備を解除し、完全にへこみながら愚痴をこぼす春菜。それを妙な理屈で慰める宏。
「っちゅうか、一回着てアップデートしたから、今後は別にあの鎧無理に展開せんでも防御力そのものは変わらんようになるし」
「……そういうことは先に言ってよ……」
「ごめんごめん。サクッと説明忘れとったわ。まあ、早いか遅いかでいずれ通る道やとは思うけど」
割と重要な話をサクッと忘れていた宏に、本気でガクッと来る春菜。このあたりの普段と何も変わらぬやり取りのおかげで、風呂に入るころにはすっかり元の距離感に戻ることができたアズマ工房一行であった。
「ここが、太陽神ソレス様と天空神アンゲルト様の神殿?」
「の、はずやで」
翌日の昼前。邪神に挑む前の最後の下準備として、五大神の最後の一柱である太陽神ソレスの神殿がある、空に浮かぶ全周一キロほどの浮遊島にたどり着いていた。
それなりに巨大な島ではあるが、島があるあたりはロック鳥などのような大型モンスターが飛び回る危険地帯で、高度もかなり高く、何より光学迷彩的なもので姿を隠しているため、その存在はほとんど知られていない。
宏達は知らぬことだが、外部からの訪問者は実に数千年ぶりだったりする。
なお、実は朝からすでに一度、最後の攻略予定ダンジョンである奈落に挑んでいる。が、奈落は雑魚からボスまですべてアンデッドというモンスター構成だ。そのため残念ながら、澪が新たな装備に慣れるための時間を取った以外は、ほとんど時間をかけずにサクッと攻略が完了してしまい、昼前にソレス神殿に到着できてしまうようなペースですべてが終わってしまったのである。
いかな最高難易度のダンジョンとはいえ、アンデッドのみで構成されたダンジョン、というのはいかにも分が悪い。結局、昨日の鬱憤が残っていた春菜が、己の神具に仕込まれたマイクと楽器機能をフルに活用し、思いっきり全力で般若心経ゴスペルを歌い続けたせいで、雑魚だろうがボスだろうが関係なく一瞬で消滅して一時間もかからずにダンジョン攻略自体は終わっていた。
ここまでやられてしまっている以上、恐らくしばらく奈落には、最弱クラスのスケルトンやゾンビ一体すら湧くことはないであろう。
「しかし、連絡先も連絡手段も知らないから直接きちまったが、勝手に敷地内に入ってよかったのかね?」
「まだ門はくぐってへんから、ええんとちゃう?」
「だといいんだがな」
今更のように礼儀の面で不安になった達也に対し、宏がやけに気楽なことを言う。なんだかんだと言って、新米ではあるが神が二柱もいる以上、門前払いということはなかろう。だが、達也的には、神といったところで所詮新米の若造が、連絡を取る努力もせずに踏み入れるなど相手がへそを曲げかねないのでは、という懸念がある。
その懸念を肯定するように、神殿のある小山の山頂から、全長五十メートルほどのドラゴンが飛んできた。
実のところこのドラゴン、かつてウォルディスの国境でリーファ派の残党をウォルディスのモンスター兵から救ったドラゴンと同一人物(人物、という表現が正しいかどうかは横に置いておく)なのだが、そもそもそのエピソードを知らない宏達は、見ただけでは意思疎通可能かどうかなど分からない。
故に、ドラゴンが飛んできた、というだけでどうしても警戒態勢に入ってしまうのである。
「……やっぱり、へそ曲げちまったか?」
「……そういうのじゃない感じね。どっちかっていうと、来訪者の確認と観察、ってところじゃないかしら」
お互いに近接攻撃がすぐにできない程度の距離を置き、ゆっくりと慎重に着陸するドラゴン。それを見て、達也と真琴が今後の展開についてひそひそと相談しあう。
この時、その隣にいるアズマ工房の主で神の城の主神でもある生産ジャンキーが、やたらとワクワクした表情で目を輝かせていたことに、年長組は気づくことができなかった。
『珍しく客人が訪れたと思えば、知られざる大陸から来られた新たな神々であったか。あまりに上手に神力を隠されておられるから、すぐに気づけず失礼した』
「うちらは普段からこんなもんやから、気にせんでええで。神やっちゅうてもまだまだ自覚も制御も甘い感じやし。それより……」
妙に恐縮するドラゴンにあっけらかんとそう答え、上から下までなめるようにその姿を確認する宏。その挙動に嫌な予感を覚えた達也と真琴が突っ込みを入れて制するより先に、宏が致命的な言葉を発する。
「生え変わったとか抜けたとか手入れしたときに切ったとかでええから、素材として鱗とかもらわれへん?」
「会話できてる相手から素材を強奪しようとするな!!」
いきなり失礼なことを言い出す宏に、フルスイングでハリセンを叩き込む達也。ある意味身構えていただけあってか、その速さは驚異的である。昨日春菜の神気にあてられて狂信者化しかかっていた男と同一人物とは思えない、見事な早業だった。
「今日はいつにもまして容赦ないなあ……」
「そりゃ、お前が失礼な真似するからだ! 大体、もう神器装備も神器級の消耗品も揃ったってのに、何作るつもりだ!? 必要ねえだろうが!!」
「そんなもん、こんだけのドラゴンからもらえる素材があったら、作るもんなんざいくらでもあるに決まってるやん。大体、必要な素材だけしか集めへんとか、生産系失格やで」
「必要ないのに失礼な真似すんな、つってんだ!」
どうにも悪びれる様子のない宏に、再度フルスイングでハリセンを叩き込む達也。いくら仲間内とはいえ、あまりに容赦のない行動に戸惑いつつ、フォローするようにドラゴンが口を開く。
『新神様からの頼みとあれば、抜けた牙やはがれた鱗ぐらいいくらでも差し上げるが、それは我らの間では婚姻の申し込みだと知っておられるのか?』
「そうなん? ほなええわ」
『いや、いくらなんでも神となられたお方にそのような要求をするつもりはないが……』
「そういう問題じゃねえだろうが……」
ドラゴン相手に全力でずれた会話をする宏に対して、額を押さえながら再度達也が突っ込む。
「っていうか、ドラゴンさんは女の子だったんだ」
『うむ。まあ、あなた方人間に初見でドラゴンの性別を見分けろ、などと無理難題は言わんので、安心してほしい』
「いや、そういう問題でもないからな、春菜」
せっかく宏に突っ込みを入れて軌道修正しようとしたというのに、新たな刺客により再び話が横道にそれようとする。そのことに対して眉間のしわを深くしつつ、春菜にも突っ込みを入れて話の軌道修正を図る達也。そんな達也の苦労を察したか、ドラゴンが横道にそれた話を戻すのに協力してくれる。
『それで、お客人。皆様はソレス様に御用か?』
「そうね。先触れもなしにいきなりで悪いんだけど、会わせてもらえる? 都合が悪いなら出直してくるけど」
『いや、問題ない。昨夜、そろそろ皆様が訪れるであろう、とアルフェミナ様から連絡があった。なので、いつでも迎えられるよう準備はしてある。後、先触れに関しては気になさらずとも結構。この神殿は故意に外部との接触を断っているから、こちらの神々以外には訪問の連絡などそもそも不可能なのだ』
「それでも、不作法は不作法だから、ちょっと気にはなっちゃうのよね」
『なに。こちらとしても、皆様がソレス様の客人だとすぐに分からず、確認の間むやみに警戒させてしまったのだ。お相子というものだろう。とりあえず立ち話もなんだ。客間に案内するので、ついてきていただけるか?』
そういって背を向けようとし、何かに気が付いたように再び宏達に向き直る。
『そういえば、自己紹介がまだだったな。しかも、このような威圧感たっぷりの姿のままで案内しようとするとか、我ながら失礼にもほどがある』
「ドラゴンの姿は見ごたえがあるから、別に気にしなくていい。ボク的にはむしろ、そのままで案内してほしい」
『いや、そういうわけにもいかぬ。それに、皆様がソレス様を訪れた理由を考えると、どのみち一度は姿を変える必要がある』
そういってドラゴンが一声吠えると、その姿が瞬く間に小さくなる。
後に残ったのは、凛々しいと可愛らしいの中間ぐらいの容姿をした、すらっと背が高い標準的な体形の、ヒューマン寄りの外見の人間系種族の女性であった。
ヒューマン種との違いを上げるなら、やや尖った耳とドラゴンの名残を感じる尖った二本の角、そしてそこかしこに残る鱗ぐらい。恐らくドラゴニュート系の種族だと自己紹介されたら、だれ一人疑わないであろう、そんな姿である。
「改めて自己紹介させていただこう。私はバルシェム。ドラゴンロードの一人にして、ソレス様の巫女をさせていただいている。恐らくなんだかんだと長い付き合いになるであろうから、以後よろしく頼む」
ドラゴンことバルシェムの自己紹介を聞き、真琴がその場に凍り付く。一瞬遅れて真琴が凍り付いた理由を思い出し、愕然とした表情を浮かべる宏達。
「えっ? ドラゴンロード?」
「うむ」
「バルシェム?」
「ああ」
「ソレス様の巫女?」
「いかにも」
数秒後。ようやく解凍した真琴が、震える声で聞かされた内容を確認する。そんな真琴の態度に不思議そうな表情を浮かべながら、バルシェムが肯定の言葉を続ける。
「……ええ~!?」
バルシェムが嘘をついていないらしい、と理解した真琴の、心の底からの驚きの声。その声が、島中に響き渡るのであった。
どうでもいい余談:ドラゴンロード・バルシェム
フェアクロ最強のフィールドユニークボスでかつフェアクロにおけるくたばれ運営スレの三大構成要素の一つ。残りの二つは煉獄と生産スキル。
なお、バルシェムに関しては、主に下記の内容で罵倒されている。
ボスの住処が上空一万メートルぐらいにある浮島。その周りにはロック鳥やグレーター以下のドラゴンがガンガン湧く危険地帯。
ボスの行動範囲が極端に広く、かつやたら不確定。基本的にはマルクトとウォルディスの国境付近に出没するが、たまに遠く離れたファーレーンやファルダニアでも襲ってくる。
特に何もしていなくても、ボスが出現したときに居合わせただけで普通に殲滅される。
出没する気配があると、大体NPCはとっとと消えている。
基本的に相手の奇襲からスタートし、九割の確率でアタッカーやヒーラーを優先して狙う。
煉獄中級装備で固めた800レベルのタンクが、カス当たりで瀕死になる。
普通の戦闘よりダメージによる痛みが激しいくせに、死亡後も痛みが継続する。しかも、全滅するまでセーブポイントに戻れないというおまけ付き。
エクストラスキル「メテオストーム」を直撃させてもHPバーが1%ぐらいしか減らなかった。
なお、実はこのバルシェム、三回以上成長した神器装備で全身を固めて挑めば、割とさくっと倒せるのはここだけの話。