表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/247

第9話

「さて、次やらなあかんのは……」


 夕方。話し合いを済ませ呼び寄せた人間の受け入れを終え通信機を作り、と、怒涛のような時間を過ごした後の事。


 チェックリストを確認し当座すぐに必要な作業を全て終えた事を確認した宏は、重要性も緊急性も高いが最優先ではない作業数点に移ろうとしていた。


「……何は無くとも、管理者やな。巫女さんの魂魄結晶もええ加減何とかしたらんとあかんし、城の方も僕が居らなんだら防壁機能以外ほとんど死ぬようではあかんしなあ」


 神器装備の製造と並んで優先順位が高い、城の管理者の用意。管理者自体は別に普通の人間でも問題ないのだが、管理者として長期間神の城とつながっていると、普通の生き物だとだんだんと神様寄りの存在になってしまう。


 それで何か不具合が出るという事も特には無いのだが、あまり神様寄りの存在がぽこぽこ増えるのもどうかという考えが無くもない。寿命が普通の生き物程度だと代替わりが色々面倒くさい事もあり、結局当初の予定通り先代エルザの巫女の魂魄結晶に身体を与え、管理者として登録することにしたのだ。


「まずは、動力として賢者の石。ベース作るのに神珪土、馴染ませるために生命の海……」


 神の城を管理させる都合上、普通の生き物の身体ではまずい。故に普通にホムンクルスを作るより数段高度な素材を使い、強靭で能力の高い肉体を作る必要がある。


 なお、補足しておくと、ゲーム「フェアリーテイル・クロニクル」で作る事ができるホムンクルスは、多少自律行動ができる生きた人形、程度の物でしかない。似たような特性を持つ下級アンデッドやゴーレムとの違いは、普通の回復魔法で治療ができる事、鍛えれば高度な魔法も覚えられる事、その分再生能力が高いアンデッドや頑丈なゴーレムに比べると著しく脆い事の三点である。


 そのあたりはこの世界でも大した違いは無く、普通のホムンクルスを作ってもゴーレムの代用品にしかならない。寿命も一番長く生きた個体でも十年ほどで、肉体構造上繁殖能力を持っているはずなのに、繁殖に成功するどころか生殖行動が成立した事例すらない。故に、生体ではあっても生命とはとても言えず、いまだに錬金術で生命を作りだした人間は存在しない。


 寿命が短いだけでなく死ぬ時の姿がむやみやたらと凄惨な事もあり、錬金術を志す者たちの間で倫理的な問題に関する議論が起こったため、現在ではまともにホムンクルスを作る事ができる錬金術師はほぼ存在しない。技術そのものはある程度の応用が聞くため細々と伝えられているが、この世界の錬金術は最大の目標の一つである生命の探求に関して、ほぼ挫折した状態で止まっているのである。


「宏君、晩御飯はいつぐらいにする?」


「師匠、ちょっと確認したい事がある」


 材料を混ぜてこね始めた所で、春菜と澪が顔を出す。


「あ、作業中?」


「せやねん。ちょっと今手ぇ離せんでなあ」


「何作ってるの?」


「巫女さんの身体になる予定の素体や。最後までやりきらんと、下手にほったらかしにしたら何に化けるか分かったもんやあらへんでなあ」


 せっせと肉となる部分をこね、神鉄と三大食材モンスターの骨を混ぜて真火炉で焼き固めて作った骨格に巻きつけながら、春菜の問いに答える宏。宏の言葉を聞き、ようやくかと小さく頷く春菜と澪。先代エルザの巫女の最後は、彼女達の心にも鮮烈な印象を刻み込んでいる。


 なので、どんな形であれ彼女が癒されるならそれに越した事は無く、宏の手によって新たな人生を送れるのであれば、その人生が幸せなものになるように全力を尽くすつもりはある。


「それで、結局どんな風に作るの?」


「外見とか性別とかはまあ、魂魄結晶に自分で決めさせるとして、一応肉体構造そのものは人間とほぼ同じになるように作ってんで。ただ、初めてやる事やから、成長とか生殖とかそっち方面は何とも言えん」


「あ~、まあ、その作り方だと、そうなるよね」


 まるで粘土細工のように作り上げられていくベースボディを見て、春菜が言う。一応こねる際に若干配合は変えているようだが、はっきり言ってこねた肉が内臓になる部分なのか皮膚なのかそれとも筋肉なのか、内臓だとしてどの臓器なのか、見て分かるようなものではない。


 作り上げられた形状自体、全長十八センチほどののっぺりとした人型で、バランスこそ大体八頭身になっているが細部の形状はわざと適当にしてある、男女の識別ははおろか凹凸自体ほとんど無い作りだ。生殖能力を持たせるために丹田のあたりにベヒモスの卵子と精子をほんの少量埋め込んであるが、それ以外はいわゆる内臓の類は一切使われていない。


「師匠、一つ質問いい?」


「なんや?」


「ベヒモスの精子と卵子を茶さじですり切り一杯ぐらい入れてたけど、それってふたなりとかにならない?」


「……また中学生の女子が真顔で聞くような事やあらへんストレートな質問来たけど、ホムンクルスに生殖能力持たす場合、なんかの生物の精と卵を入れて生殖方法を定義したらんとあかん、っちゅうシステムに従っただけやからな。正直初めてづくしやからならんとは断言できんけど、魂魄結晶が自分の性別をそう定義せえへん限りは多分ならへんはずや」


「なるほど」


 澪の中学生女子が保健体育や生物の教師以外の異性に聞くには色々問題がありそうな質問に、宏が若干顔を引きつらせながら何とか表面上は平静を保って答える。


 正直に言って、宏はこの種の性的な話はいまだにかなり苦手だ。オタク仲間と人気のない場所でひっそりエロトークで盛り上がるぐらいならいいが、異性とその種の話をする、もしくは異性がその種の話をしている場に居合わせると、反射的に身体が身構えてしまう。


 宏の通っている高校は押し並べて男女ともにそのあたりは慎み深く、場を盛り上げるためにムードメーカー的な人物がわざとそういうネタを不快にならない範囲で口にする以外は、基本的に不特定多数の人間がいる場所でその手の話題を口にする事はまずない。やってせいぜい、芸能人の服装についてとか生物や保健体育の授業の内容を真面目に話し合うとか、その程度である。


 おかげで高校入学当初からすれば随分と耐性はついているが、それでも中学時代のトラウマが払しょくされている訳ではない。澪のように真正面からがっつりエロトークというのは、問題ないと分かっていてもどうしても微妙な恐怖心があるのだ。


「とりあえず身体はこんなもんとして、魂魄結晶と動力の賢者の石入れて様子見よか」


「動力の賢者の石って、必要なの? 魂魄結晶だけじゃ駄目?」


「いけるとは思うんやけど、魂魄結晶って、ものとしては単なるCPUに近いからなあ。制御信号としてエネルギーは出すけど、多分外部入力なしやと単独で人体動かせるほどのエネルギーは持ってへんで」


「そっか、なるほどね」


 春菜の素朴な疑問に、素材として観察した内容を宏が告げる。実際には恐らく、生物として安定するまで一時的に補ってやるだけで十分なのだろうが、どうしても未知の分野なので色々過剰になってしまうのだ。


「で、師匠。わざわざ簡易ベッド広げるのは何で?」


「サイズがどないなるか分からんからな。今のサイズやったらともかく、ちゃんと人間サイズになったらこの作業台の上やとやばい」


「毛布は何のために?」


「そんなん、外見確定した時点で服なんか着てへんからに決まってるやん」


 などと言いながら、ベッドに移したベースボディの胸に賢者の石を、頭部に魂魄結晶を埋め込んで毛布をかぶせる。その作業が終わった時点ですぐに反応が始まり、あっという間にエアリスと同年代前後ぐらいの少女の姿になる。サイズの方も宏が予想した通り普通の人間大となっており、色々な機材が残っている作業台の上だといろんな意味で問題があったのは間違いない。


 容姿の方は春菜やエアリスほどではないが、普通にかなりの美少女に入る顔立ちである。いわゆるフォーレ美人というタイプで、宏達には分からないが実は、その容姿は先代巫女が生前、呪いで老婆になる前の姿を美化百二十パーセントぐらいにした上で数年幼くしたらこうなる、という顔だ。


 顔立ち以外で先代巫女の時との大きな違いを上げると、髪の色が濃い緑になっていることだろう。素材に世界樹の葉が入っているため、その属性が大きく出てしまったようだ。元の髪が大地を思わせる深いブラウンだった事を考えると、随分と印象が変わっている。もっとも、その森を思わせる緑も大地属性と縁が深い色なので、元の性質から大きく変わった訳ではない。


 今は瞳が閉じられているので分からないが、恐らく瞳の色もこげ茶色から別の色になっているだろう。それらを合わせると、生前の彼女を知っている人間が見ても、なんとなく面影がある別人という判断をするに違いない。


「……胸が膨らんでるから、多分ちゃんと女の子の身体だと思うけど……」


「……ん、ちょっと確認する」


「頼むわ。僕はその間、そっち見んように残った材料でもう一体作っとく」


 確認を澪に任せ、全身全霊でもう一体に意識を集中する宏。無我の境地で骨格を作り、転移機能で移動して真火炉で焼き、肉を巻きつけ盛っていく。


「むう……」


 その間に管理者の身体を確認していた澪は、いくつかのポイントで妙に不満そうな声を漏らす。


「どうしたの、澪ちゃん?」


「……こっち来た時のボクよりおっぱい大きい。それに、期待したのについてなかった」


「……えっと、そこ?」


「ついてたら面白かったのに。ついてたら面白かったのに……!」


「二回言った!?」


 あまりに駄目な澪の発言に、ショックを受けたように絶叫する春菜。その会話を必死の形相でシャットアウトし、二体目のベースボディを完成させる宏。


 一応澪の名誉のために言っておくと、元巫女の体が無難な形で落ち着いたことについては、普通にちゃんと喜んでいる。ただ、ダメ人間のサガとして、先ほどまで話題に上がったことをネタにしないという選択肢が存在しないのだ。


 まあ、ついていたら面白かったのに、というのがまったく本音ではなかったのかと問われると、それもまた否、ではあるが。


「ん。とりあえず確認した感じ、おかしいところは特にないと思う。ちゃんと命は宿ってる。これ以上は時間経過で確認するか、お風呂の時にでもオクトガルに性的な意味で襲わせるぐらいしか確認できない」


「性的な意味で襲わせるのはともかく、時間経過で確認するしかない、って言うのはなんとなく分かるよ」


 澪の確認結果に同意する春菜。いかにブラが必要なサイズの胸があるとはいえ、全体的に見て肉体が成熟しているとは到底思えない。その胸にしたところで、澪の掌にすっぽり収まって余裕がある程度の大きさでしかない。普通なら、明らかにまだまだ育つ体格体型である。


 ここからまだ成長するのか、肉体の成熟度合いがどの程度なのか。そういった事は、実際に目を覚まして生活して初めて分かる事であろう。


「とりあえず服」


「そうだね」


 澪に言われ、とりあえず間にあわせで適当な作務衣を着せておく春菜。寝かせておくのに丁度いい服が他になかったのだ。


「ほな、次のんもそっち移しとくわ」


「そのベースボディはどうするの?」


「魂魄結晶とかその手のもん持ってへんから、自然に任せるしかあらへんな」


 ベースボディを別の簡易ベッドに移しながらの宏の言葉に、なるほどと頷く春菜と澪。恐らく、それが本来のやり方なのだろう。


「そんで、澪は何の用事で僕んとこ来たんやっけ?」


「忘れてた。ファム達に作らせるポーション以外のもの、達兄とかとの話し合いで優先順位を変えたから、もう一度確認して欲しい」


「飯食いながらでもええか?」


「もちろん」


「じゃあ、晩御飯用意するね」


 とりあえず魂魄結晶関係についてはこれで終わり、と、後回しにしていた事に話を移す宏達。この時、もう一つのベースボディに被せた毛布に春菜の髪の毛が一本ひっついており、それが丁度ベースボディの上に乗ってしまった事には誰も気がつかないのであった。








「ヒロシ、相談したい事ができた」


「何や?」


「リーファ王女の事だが、ウルス城で預かっていると、少々面倒な事になりそうでな。すまないが、こちらで預かってもらう事は出来ないか?」


「そらまあ、特に問題は無いけど、どないしたんよ?」


 夕食の席。渋い顔で申し訳なさそうに頼みごとをするレイオットに、不思議そうにしながらも宏が了承する。


 レイオットがそんな顔をするぐらいなのだから、相当面倒な事になっているのだろう。そう思うと、親友としては断る選択肢は無い。


 それで厄介事に巻き込まれていれば世話は無い、と言われそうだが、こちらの世界に飛ばされて来た当初に、エアリスの事情に深入りした時点でいろんな意味で手遅れだ。今更リーファ王女の事ぐらい大した差にはならない。


「ウォルディス国内を探っていたうちの密偵が、脱出の際にリーファ王女を旗頭にしていた一派の残党と合流したらしい。リーファ王女をマルクトまで護衛してきた男も腹に一物あるようでな、その両者が合流するとどうなるか予測がつかん」


「なるほどなあ。つまり、万が一にも遭遇せんように、こっちに隔離しときたい、っちゅうことか」


「ああ。お前達に更に迷惑をかける事になるが、できるだけ不安要素は無くしておきたい」


「っちゅうか、そんなに不安やったら、レイっちがもっと頻繁に面倒見たらええやん」


「こんな無愛想な強面の男が、まだどこの国でも成人していないとはいえ未婚の血縁でもない女性の周りをうろうろしては、王女の評判に傷がつく。彼女はこれから良縁を探さねばならぬ身の上、私がその邪魔をする訳にはいかないだろう」


 自分がその良縁という奴になる可能性をすっぱり無視したレイオットの言葉に、宏達日本人チームだけでなく各国の王様達、更にはアズマ工房職員一同からも、何言ってんだこいつと言わんばかりの視線が突き刺さる。日ごろそういう判断や認識を意識的に避ける宏ですら、レイオットなら良縁じゃないのか的な視線を向けるところが趣深い。


 男女間の好き嫌いについて意識的に判断を避けて深入りしようとしない宏ですら、あと数年待つ前提でならレイオットとリーファの組み合わせはいいんじゃないか、と思っているぐらいだ。この場にいる他の人間はそれこそライムですら、リーファがレイオットを異性として好きになっている事を正確に認識している。


 レイオットは自分が子供、特に女の子には受けが悪い自覚があるため、リーファ王女に対しても同じように嫌われている、もしくは怖がられているという前提で物事を考えてしまっている。更に、残念ながら周囲の目で見ると、リーファではいかに王位継承者といえど、レイオットとは釣り合わないと考えられてしまう事も察している。


 その上レイオットの女嫌いは有名だ。それは子供相手であっても大した違いはなく、今の状況はリーファが弱者で保護されている立場を利用して、女嫌いのレイオットに取り入ろうとしているように見えなくもない。


 結果として、いくら保護者と被保護者に近い間柄であっても、レイオットがリーファをあまり気にかけると、リーファが一方的に悪評を被るのだ。これに関しては、今まで女性と見れば基本切り捨てる方向で接してきたレイオットの自業自得の部分も大いにある。


 当人の気持ちや親兄弟に同盟国の王達の思惑を一切合財無視している事を除けば、レイオットの考え方はあながち間違っていないのが難儀なところであろう。


「レイオットの戯言は置いておくとして、こちらに避難していただく間、王女にはどう過ごしていただくかが課題だな」


「そうですなあ。こっちおる間は多分、ライムも結構忙しなるでしょうし、王女様の相手できる人間もやってもらうこともほとんどあらへんのが難儀ですわ」


 レイオットの懸念を一蹴し、身柄を引き受けるに際しての問題点について詰めるファーレーン王と宏。


「父上、戯言という訳ではないぞ。ヒロシも王女の評判については重要な問題なのだから、さらっと流さないでもらえるか?」


「王女に悪評が立って嫁ぎ先に困る、というのであれば、お前が娶ればよいだろうが」


「こちらはそれで良くても、王女がそれを良しとする訳がなかろうが。それに、仮に私が王女を娶ったとして、結局悪評を肯定するだけだ。あの繊細な王女に好いても居ない男と結婚させた揚句に悪評をなすりつけるなど、さすがに人としてどうかと思うぞ」


「その時はお前が王女を守ればよかろうが。それとも、ファーレーンの王太子は、后一人いわれのない悪意から守ることもできんのか?」


「そう言う問題ではない」


「そう言う問題だ」


 珍しく思いっきり藪蛇になったレイオットを、ここぞとばかりに攻め立てるファーレーン王。王太子の嫁取り問題に一番頭を悩ませていた人物だけあって、いろんな意味で容赦がない。


 レイオットも完全に論点がずらされてしまっている事に気が付いているが、男女間の問題にはもともと疎い上、相手は外交ではタヌキと名高い自身の父だ。完全に劣勢に立たされ、挽回の糸口すら見つけられない。


「うちの婿殿に言わせれば、別に王太子殿は子供に受けが悪い訳ではない、というか、むしろまともで繊細な人間性を持つ子供の方が、下手な大人の女より王太子殿を好意的に見ておるんじゃがのう……」


「妾に言わせれば、意識的に逃げているだけでちゃんとある程度は自身への好意を察していた分、工房主殿の方がはるかにましじゃな。ほんに王女の自己評価の低さも問題じゃが、王太子殿の鈍さと女性への敵愾心の強さも難儀な話じゃのう」


「リーファ様の自己評価に関しては、時間が解決するのを待つしかないと思います。正直、過酷な逃避行を成し遂げ、あのウォルディスから生きてファーレーンまで亡命してのけた方が無能などとは誰も考えていないとは思うのですが……」


「姫巫女殿の言うとおりじゃな。ほとんどの工作員が生きて帰ってこれなんだウォルディスから逃げ伸びただけでも十分評価されるべきなのは事実じゃが、王女の亡命が多数の屍の上に成り立ったこともまた事実よ。

 さすがにあの年頃の娘にその命を背負って立派に振舞えと言うのも酷じゃし、屍の山に自分の無力と無能を嘆きたくなる気持ちも妾には分からんでもない。姫巫女殿とて、工房主殿に救われた過程で似たような経験をしておるのじゃろう?」


「そうですね……」


 レイオットをいじる権利を完全に父親に譲り、気楽な第三者として呑気に雑談する王族たち。レイニーから第一報が入って以来、張りつめた気持ちのまま慌ただしく動いていたのだ。夕食ぐらいは気を抜いて食べたい。


「話を戻すのですが、結局リーファ殿下のお世話はどうするのです? ノーラ達は洒落にならないノルマがあるので、とてもではないですがそこまで手は回らないのです」


「その話だが、ここにリセットを連れてきておる。どうせじー様も我も動き回る事じゃし、王女の教育も兼ねてリセットに世話をさせればよかろう」


「ああ、それは助かります。正直、作らなきゃいけない家具とか薬とか膨大な量で、とても他人の面倒までは見れそうもないんですよ……」


 色々ともめそうな空気を察し、アンジェリカが一番問題が少なそうな提案をする。


 オートマタのリセットは、貴人につく侍女としては基本、完璧な働きができる。何しろ、癖は強いがその気になれば宮中作法を完璧にこなす真祖連中に何千年も仕えてきているのだ。侍女としての年季が違うため、王侯貴族のための教育も不可能ではない。


 リーファに欠けているのは基本、心構えも含めた王族としての教育である。現状そのための人員を連れてこれない事を考えると、リセット以上にリーファの世話に適した存在はいない。


「まあ、忙しいんは一週間か、せいぜい二週間ぐらいの話やからな。そっから先は、よっぽどでない限りは自分らこきつかわなあかん状況やなくなるはずや」


「だといいんだけど、親方の仕事がらみの説明は、たまに全然当てにならないよね」


「状況っちゅうんは常に揺れ動くもんやからな」


 ファムのジト目の突っ込みに、視線を泳がせながらそう言って逃げる宏。


「で、結局レイオット殿下とリーファ王女って、どうなるのかしらね?」


「リーファ王女がその気であれば、恐らくそのまま婚姻が成立するのではないか? 少なくとも、ファーレーン王と姫巫女殿がその気であるから、ローレンとしては特に異を唱える理由はないからな」


「ウォルディスの王位継承者で数少ないまともな人材である、という点についても、ウォルディスの内情を考えると、王女自身に復興その他を押し付けるより、王太子と結婚させてその子供に王位を継がせる前提でファーレーンに立て直させた方がよっぽどましであろうしなあ」


 更に話を戻した真琴の問いかけに、特に反対する理由はないとあっさり言いきるローレン王。ファルダニア王も、ウォルディスを自国と同じファーレーンから分かれた新たな国にした方が余程マシだと、ネックとなる継承権問題自体を一蹴する。


 結局のところ、当のリーファがまったく意識していないだけで、既に外堀は完全に埋まっているのだ。後は、過去の経緯でこの件では頑なになってしまっているレイオットの意識改革だけなのである。


「どう転んだところで、そのあたりはウォルディスの侵攻を何とかして、戦を続けられぬようにしてからでないと進まん。儂らはまず、目先のウォルディス対策を進めんとな」


「そうよの。フォーレ王の言う通りじゃ。工房主殿や真祖の娘殿が見たような連中が攻めてくるとなると、化け物対策をもうちっとどうにかせんとな」


「そのあたりについてだが、実はレイニーから追加情報が来ている。化け物兵も色々種類がいるようで、少なくともヒロシ達が対応した奴らとウォルディスから脱出してきた密偵達がやりあった連中、それからガストールを滅ぼした兵はそれぞれ別物だったらしい。実際にやりあわねば分からんことも多いが、多少は参考になるはずだ」


 リーファ王女の話題から逃れる格好の機会とばかりに、レイオットが化け物の情報を公開する。話題から逃げたレイオットに冷たい視線を向けながら、内容としては重要な話なので何も言わずに話題転換に従う出席者たち。その様子にただ一人宏だけが、レイオットも大変だと同情するように見ているあたり、やはり一番の親友は違うのだろう。


「とりあえず、共通するんは度合いの差はあれ姿見ただけでヤバい、っちゅう事だけやな」


「そうだね。それ以外は戦闘能力も特殊能力もばらばらだから、一様な対策って難しそう」


「報告書だけでは分からないことも多いし、こりゃ一度この中の誰かが直接会って詳しい話を聞いた方がよさそうだな」


 結局、息抜きの時間も兼ねての夕食だったはずなのに、そのままウォルディスに対する準備についての会議に突入してしまうのであった。








 宏達が会議を兼ねた夕食を続けている、その同時刻。


「……」


 作業所の簡易ベッドに寝かされていた管理者が目を覚まし、その身を起こす。


「……」


 生命の気配が一切ないその部屋をぐるっと見渡し、様子を確認する管理者。管理者と言ってもまだ神の城とのリンクは行われておらず、現時点では単なる魂を持つ高級ホムンクルスでしかない。


 呪いの影響を排除するため、魂魄結晶となる際にほとんどの記憶と経験は失われている。そのため、今の彼女には人格と呼べるほどのものはまだない。


 彼女が持つ記憶は一般常識と言葉、この城についての知識、己に与えられる予定の業務以外は、仕えるべき主の顔・性格とその人物に対する思慕の念のみ。


 故に、まだ名前も決まっていない彼女がとった行動は、至極当然のものであった。


「……」


 主の姿を探すため簡易ベッドから降り、再び部屋をぐるりと見渡す。やはり生き物の姿も気配もなく、これと言って特に注目すべきものもない。


 あるとすればせいぜい、自分の隣にもう一つ簡易ベッドが置かれ、十八センチほどの人型が毛布をかけられた状態で安置されている程度だろう。


 その人型を見た時最初に彼女が思った事は、これは自分と同じ存在だ、であった。そして次に思ったのは、この二つのベッドがこの位置にあるのは、明らかに作業の邪魔になる、という管理者としての本能に近い思考。


 主を探したいという衝動と管理者としての本能。その二つが数秒間彼女の中でせめぎ合い、主を探そうにも手がかりが無いという理由で管理者としての本能が勝利する。


 結局、彼女が起きて一番最初に行った行動は、簡易ベッドの移動であった。


「……」


 三度部屋を見渡して、機材や道具、作業台などの配置を再確認。頭の中で動線を描き、己の足で動いてみる。生産に関する知識は現時点では一切持ち合わせていないため、実際の作業がどのようなものかは彼女には分からない。だが、ただ歩いてみただけでも、二つのベッドはあからさまに邪魔なのは確かだ。


 この作業所のスペースは広い。小規模な工房なら数軒は入るだろう。だが、主がどんなものを作るか分からない以上、可能な限りデッドスペースは小さくすべきだ。一番簡単なのは壁際にどける事だが、何処の壁際が一番邪魔にならないかは動線をもう一度考えないと断言できない。


 何度も作業所の中をうろうろ歩きまわり、想定される動線を全て確認し、ようやく納得できる位置を確定。慎重に簡易ベッドを動かす。


 幸いな事に、彼女の身体は第二次性徴が早めの十歳前後、という風に見える寸法とは裏腹に、実にパワーがあった。管理者として作られているからか、パワーの割に繊細な制御も可能だった。その能力を十二分に生かし、人型が安置されていた方のベッドを、一切振動や衝撃を与えることなく壁際に移す事に成功する。


「……これで良し」


 二つの簡易ベッドを一番邪魔にならないであろう位置に動かし終え、達成感に任せて思わずぽつりとつぶやく。つぶやいた次の瞬間、自分の耳に入ってきた可憐な声に戸惑ってきょろきょろとあたりを見渡す。


 自身が声を出したという自覚すらないつぶやき。自覚が無いが故に、彼女は人の気配もないのにいきなり声が聞こえてきたように感じてしまったのだ。


 何度も何度もあたりを確認し、探し回り、声の主が何処にもいない事を確認し、黙考。しばらく考え込んで、もしかしたら無意識に自分が声を出していたのではないか、とようやく思い当ったところで、部屋の外に人の気配が。


「ここも広いの!」


「きゅっ!」


 何者かと身構える管理者の警戒をすかすかのように、小さな女の子が雛鳥のように見える自身の顔より大きな謎の生き物とともに、元気良く入ってくる。


 微妙に想定外だった小さな侵入者に、反応に困って硬直する管理者。硬直したまま侵入者達を観察していると、その少女とばっちり目が合ってしまう。


「おねーちゃん、誰?」


「……」


「ライムはね、ライムなの! アズマ工房で見習いみたいな事やってるの! こっちはひよひよなの!」


「きゅっ!」


 ライムと名乗る女の子の自己紹介と、ひよひよと紹介されて挨拶するように片羽を上げる雛鳥の鳴き声を聞き、どう反応するか思わず考え込んでしまう管理者。どうやらこの城をある程度自由に動き回る事を許された存在であるようだが、どういう立ち位置なのかがいまいちわからない。


 もっと言うならば、目の前のライムと名乗る女の子以上に、自身の定義や立ち位置が曖昧だ。この城の管理者である、という事は胸を張って断言できるが、では管理者とは何をするのか、と問われると色々困る。する事自体は具体例を上げていくらでも答えられるのだが、実際にできるかどうかといえば、現状では不可能である。それでは管理者とは到底名乗れない。


 もう一つ困ったことに、現在彼女には名前が無い。管理者と言うのは役割であって彼女自身の名前とは違う。なので、どう名乗ればいいのかが分からない。


「おねーちゃん、どうしたの?」


「申し訳ありません。名乗ろうにも現在私には名前がありません」


「お名前、ないの?」


「はい。私は先ほど起動したばかりで、管理者という役割以外何一つ与えられておりません」


「そっか……」


 平坦な口調で話す管理者の言葉を聞いて、ライムが何かを考え込む。そしてすぐに何かを思いついたようにぱっと顔を輝かせ、元気一杯に宣言する。


「ちょっと親方呼んでくる!」


「きゅっ!」


 こういうときは、大好きな親方に相談する。ライムにとって当たり前の考え方で即座に結論を出し、さっさと鍵の機能を使ってどこかへ転移してしまう。


 あまりに慌ただしいライムの行動に、思わずぽかんとしてしまう管理者。起動して間が無いというのに、意外と表情が豊かである。


 ライムが転移して数秒後。今度は同時に数人の人物が直接転移してくる。


「あっ……」


「ほんまに起きてるやん」


「ちゃんと動けるようで良かったけど、丁度食事時だったのはちょっとタイミング悪かったかもしれないよね。フォローできなかったって意味で」


 先頭に並んでいた男女。正確にはそのうち男の方の姿を見た瞬間、管理者の思考はあっという間に飽和する。会いたかった人物の姿を見ての歓喜。自分が彼の目にどう映るのかの不安。これからどう扱われるかという微かな懸念。ちょっと距離があるとはいえ、傍らに並んでいる女性の存在に対する疑念。


 そういった様々な感情を抑え、管理者の中を埋め尽くすのは、狂おしいまでに圧倒的な慕わしさ。ほぼすべてがリセットされ、本来人格らしい人格などまだ存在しないはずの管理者が、感情と衝動に任せて行動を起こす。


「マスター……!」


「えっ? わっ、なんや!?」


「会いたかった、マスター!!」


 言葉も何も思いつかず、ただただひたすら主にしがみつく管理者。一瞬主から怯えを含んだ悲鳴が聞こえたような気がするが、その意味を考えることもできずにしがみつく腕に力を込める。


「えっと……、どうしようか……」


「ヒロの顔色考えると、とっとと引きはがすべきなんだろうけどなあ……」


「そうしたいんだけど、それってものすごく空気読んでないように見える上に、何か私が嫉妬に負けて八つ当たりみたいな事してるような感じになりそうで……。でも、宏君の限界までそんなになさそうだし……」


「しゃあない、俺が悪役になるか……」


「ごめんなさい……」


「いや。この場合、女が引きはがしに行くのもやばいだろう……」


 動くに動けない他の人物のそんな話し合いなど、一切耳に入っていなかった管理者。彼女が正気に戻るのは、主ではない方の男性によって主から引きはがされた後の事であった。








「やっと落ち着いたなあ……」


「申し訳ありません、マスター……」


「いやまあ、起動直後で僕の情報とかあんまりなかったんやろうから、しゃあないんやけどな……」


 十分後。宏が完全復活した所で、とりあえず場所を変えて話を進める事になり、一旦適当な食堂に移動する一同。


 なお、色々やっているうちにライムは限界が来たらしく、宏が復活したのを見届けたところで安心して気が緩んだかこてんと寝入ってしまったために、ここに移動する前に真琴が寝室まで運んでいる。


「とりあえず、自己紹介は一旦後にして、名前つけて管理者登録せなあかんな」


「そういえば、名前は決まってるの?」


「いんや。ええ名前が思い付かんかって、相談しながら決めようか思っとってん。ほんまやったら晩御飯の時に話し合いしようかおもったんやけど……」


「あ~、ご飯のときって、ウォルディスがらみの話ばかりになっちゃったんだよね」


「せやねん」


 宏と春菜のやり取りを聞いて、納得したように頷く一同。リーファとレイオットの話などのように、政治的に堅苦しい話ばかりではなかったのだが、他の話をするような空気ではなかったのも事実だ。


「そんで、名前の候補やねんけど、誰か先代巫女さんの名前、知ってるか?」


「確か、カーラさんって言ったと思う」


 前もってジュディスから聞いてあった先代巫女の名を告げる春菜だが、無表情ながら管理者の反応は明らかに芳しくない。


「その名前は、気に入らんか?」


「どうしてもとおっしゃるなら、不満はありません」


「それ、要するに不満やっちゅうてんのと一緒やで」


「申し訳ありません」


 無表情のまま恐縮して見せる管理者に苦笑しつつ、とりあえずカーラという名前は没と言う事にする。


 別に悪い名前ではないし、元々の名前でもある。故に宏達には何が不満なのかは分からないが、むしろ元々の名前だからなのだろうとはなんとなく察している。


 どちらにせよ、元の持ち主が嫌がっているのだから、宏達としても違う名前をつけるのに否はない。


「で、何ぞ候補はあらへん?」


「ん。管理人といえばキョーコさん。ひよこのエプロンが基本」


「見た目が明らかに日本人じゃねえから却下だな」


「むう」


「つうか、多分元ネタはあれだろうと思うが、どっちかっつうと雰囲気や立ち位置はレラさんの方が近いだろうが。さすがにまだこの子には似合わねえし、元ネタ通りになると未亡人確定とか縁起でもねえ」


 しょっぱなにネタに走って達也に却下され、不満そうに唸る澪。反論の余地もないのが更に不満らしい。


「他に候補は?」


「うーん、そうねえ。アマーリエ、ヴィルマ、ブリュンヒルデ、ガブリエーラ、ブリジット、辺りかしらねえ……」


「真琴姉、何でドイツ風?」


「ベースがフォーレ人だから、なんとなくね」


「なるほど」


 真琴の言う理由になんとなく納得しつつ、どうにもどの名前もピンとこない一同。言った当の真琴自身も、どちらかと言うとそういう印象らしい。


 やはり、響きが強めの名前が多いのが影響しているのだろう。今の管理者の全体的な容貌や雰囲気は、あまり勇ましかったり気が強かったりする感じではない。


「つうか、相談してくれるのは嬉しいんだけど、やっぱりこういうのは主である宏が考えて決めるべきよね」


「外国人の女の子の名前なんざ、そうそう思いつくかいな……」


 真琴にそう言われ、難しい顔で考え込む宏。だが、一生を左右するのだからちゃんとした名前を考えねば、などと気負ってしまい、思考が空回りして名前らしいものすら思い付かない。


 結局それほど経たずに考えるのを諦めて、助けを求めるように春菜に視線を向ける。


「春菜さん、何かある?」


「無くはないけど、もうちょっと考えてもいいんじゃないかな、って思うよ」


「いや、でもなあ」


「一生を左右するんだからちゃんとした名前を、って言うのは分かるんだけど、あえて難しく考えずに、見たままの印象から名前を決めてもいいとは思うよ。変な名前とか悪い名前とかになりそうだったら、私たち全員で止めるし」


 だから、気楽に、と言う春菜の助言に従い、一旦ややこしい事は全て横に置き、もう一度じっくり管理者の姿やしぐさを観察する宏。


 ぱっと見て目を引くのは、やはり若葉のような髪だろう。みずみずしい緑は、さわやかな生命力を感じさせる。次に印象に残るのは、アメジストのような澄んだ紫の瞳。何処となく、理知的な印象を与える瞳である。


 顔の輪郭などはフォーレ人の特徴であるややシャープで力強い曲線を持っているが、全体的な印象はむしろ大人しそうな感じである。少なくとも、フォーレ人の共通仕様であるパワフルさは感じさせない。


 身体全体は細く未成熟だが、既に出るべきところが出始めていることもあって、強く若々しい生命力と未来に対する期待を全身からにじませている。評価するなら、若木か若草であろう。


 若葉、若木、若草。全体的に植物のような印象が強い事に気が付くと、そこからするするといくつかの単語が連想ゲームのように思い浮かぶ。


「せやなあ……」


「何か思いついたの?」


「ローリエ、とかどない?」


「悪くないと思うけど、どういう由来?」


「何かな、髪の毛見とったら若葉みたいな印象があってな。日本人的な風貌やったらそのままつけても問題ないんやけど、さすがにこの容姿で若葉はないやろう、っちゅう感じで考えてん。で、素直に考えたらリーフやけど、リーファ王女と紛らわしいから、ちょっとひねってローリエ、っちゅう感じでな」


「なるほどね」


 宏の説明に何度も頷く春菜。やればできるじゃない、と言う表情で親指を立ててみせる真琴。達也と澪もそれぞれに問題ない事を態度で示す。


 仲間達の反応で大丈夫だと確信し、じっと観察されて無表情のまま恥ずかしそうにしていた管理者に再び視線を向ける宏。宏の視線が再び自分に向き、ついに来たかと身構え、確認の言葉を待つ管理者。


「ほな、自分の名前は今日からローリエな。不満があったら先言うてくれたら、また頑張って考えるわ」


「いいえ。ローリエがいいです。ローリエでなければ嫌です」


「気に入ってくれてよかったわ。とりあえずそれで城の方に登録な」


「はい」


 宏の確認に、前のめりで気に入った事を告げる管理者ことローリエ。その様子を、微笑ましいものを見守る一同。


 非業の死を遂げたエルザの巫女・カーラは、宏の手によって神の城の管理者・ローリエとして、新たな人生を歩み始めるのであった。








 その日の深夜、マルクト北北東の国境地帯。


「……来やがったか」


「……ああ。情報の通り、化け物ばかりだな」


「……お前達、任務の内容を忘れるなよ。俺達の役目は、あいつらの殲滅じゃない。使える手を何でも使って時間稼ぎしながら、ある程度の戦力を把握して逃げることだ。間違っても先走って突っ込んで行って無駄死にするんじゃないぞ」


「……分かってる。そもそも、あんな化け物が見て分かるだけでも街道埋め尽くすぐらい居やがるんだ。俺達の装備と腕で勝負になるかどうかぐらい分かる」


 ガストール方面からついに現れたウォルディス軍を目視で確認し、哨戒に当たっていた兵士たちがひそひそと話し合う。彼らの駐屯地はここから数キロ離れた場所。すべきことは、そこに到着するまでの時間稼ぎと戦力の確認である。


 とはいえ、哨戒任務など、そんな大人数では行わない。なので、できることなど限られている。


「……とりあえず、報告に行ってくる。お前達もほどほどのところで引けよ」


「分かってるさ。ここらに仕掛けた罠を三つ。それが限界だろう」


 リーファの亡命を切っ掛けに、近いうちに必ずウォルディスが仕掛けてくるとの確信のもとせっせと積み重ねてきた準備。そのうちの一つが、ついに実を結ぶ日がやってきた。


 とはいえ、本格的な装備に関してはつい最近中核となる精鋭部隊を中心に配備されたところで、残念ながらこちらまでは回って来ていない。本来なら最前線を最優先すべきなのだが、輸送と予算の都合で彼らのような下っ端にいい装備を与えるのは不可能であった。


 故に、彼らができる事といえば、思いつく限りの数仕掛けた罠を有効利用し、その精鋭部隊が前線に駆けつけるのを待つ事だけである。


 だが、いい装備などいくらあっても、伝説に残るような強さの敵が一人いればあっという間に壊滅させられる。彼ら軍属の人間はその事をよく知っている。それに、本格的な装備こそ精鋭部隊に全部持っていかれているが、代わりに魔鉄製の装備が配備されている。


 今までなら魔鉄製ですら夢のまた夢だったのだ。それが本来なら最前線で使い潰されるような部隊に配備されている。それだけでも、マルクト上層部が彼らの命を軽視している訳でも、無駄死にさせるつもりでもない事がはっきり分かる。食料をはじめとした消耗品など、今まで戦場はおろか普段の生活ですら手にした事のないものが持ち込まれている。


 現場の人間としては、それだけでも十分、祖国のために命をかける気になれるのだ。


「さて、タイミングを計るぞ。連中の侵攻ルートなら、まずは三番だな。位置につけ!」


「おう!」


「化け物なんぞに、我がマルクトをいいように踏み荒らさせてなるものか!!」


 絶望的な数、絶望的な力量差を前に、士気も高く挑んで行く哨戒チーム。ウォルディスとマルクトの戦は、静かに幕を上げるのであった。

ローリエの性別に関しては、さいころをいくつか振った上で

奇数が男性、偶数が女性、一番小さい奇数と一番大きい奇数が性別なし、二番目と三番目に大きい奇数、および小さい奇数を両性ということで判定しました。

一応元が女性なので、女性になる確率を上げて判定しています。

結果はご覧のとおり。妥当なところに落ち着いてよかった(ならさいころ振るな)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 管理者は男性にして欲しかったかなぁ… これ以上女性を増やすのは宏にとって負担でしかないような。もう一体も女性確定ぽいし。 いいじゃん宏に忠誠を誓う男性管理者…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ