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エピローグ

「バーストさんが、ワイバーンにさらわれた!?」


「また、どんな状況でそんな話になったんよ……」


 別口で作業があるというアルチェムとセシリアを森に残し、ユニコーンの亡骸を回収して戻ってきた宏達を待っていたのは、そんな何処から突っ込んでいいのか分からない報告だった。


「そもそも、ワイバーンの群れなんか何で襲ってきたん?」


「多分、邪神教団のさしがね」


 親玉と思わしき悪魔系モンスターの頭部を見せながら、レイニーが宏の問いに力強く答える。そのまま、何があってどういう状況でバーストが持っていかれたのか、できるだけ詳細に宏達に説明する。


「……まあ、森の中も連中がうろうろしとったみたいやから、あいつらが何か行動を起こすんはおかしなこっちゃないわなあ」


「ただ、何で今頃、それもものすごく不自然なワイバーンだったのか、なんだけど……」


「そんな連中の事情までは、知らんがな」


 邪神教団の行動原理を探ろうとした春菜の言葉を、宏がサクッとぶった切る。今までだって、何でこのタイミングでこんな事を、と思わざるを得ない事をさんざんやってきているのだ。今回だけ考察してもしょうがない。


「でも、それを調べないと、バーストさんが何処に連れ去られたかが分からないし……」


「それが分かっても、多分変態兄さんの救助は間に合わんで。連れ去られてから、時間経ちすぎとる」


 地味にバーストを助けに行こうと考えていたらしい春菜に、宏が厳しい現実を突きつける。バーストを連れ去った理由によって生存確率や生存時間は変わるが、最終的に餌にされる点は変わらない。


 せいぜい、冬ごもりのための食糧目当てに連れ去った場合、バーストの力量なら生還できる可能性がある、という程度だ。


 何より、ワイバーンの行動範囲は広い。邪神教団が何処から呼び寄せたかは分からないが、住処が何処であれ、このベースキャンプからは相当距離がある事だけは間違いない。仮に何処から来たかが特定できたところで、そこにある無数のワイバーンの巣からバーストを探すのは、いろんな意味で難しい。


 もっとも今回の場合、それらの否定的な要素以上に、バーストを助けようという積極的な理由が特にないのが、春菜以外救助しようという意見が盛り上がらない原因であろう。


「そうだとしても、可能性があるんだったらどうにかしないと……」


「春姉、春姉」


「何?」


「あの手の変態が、ワイバーンに食われかけたぐらいで死ぬとは思えない」


「いやいやいやいや! 普通に死ぬから!」


 澪の中々に薄情な言葉に、春菜が大慌てで突っ込む。澪がその突っ込みを受けた瞬間、同じ事を考えていたレイニーとジョゼットがそっと目をそらす。近い事を考えかけていたのか、達也と真琴も小さく苦笑する。


 救いようのない変態でさえその命を最優先に考える春菜の姿勢に、自分達が汚れた人間である事を突きつけられたようで妙に居たたまれない。


 と、そこへ身内代表として、マーヤが口を挟む。


「ハルナさん、現実問題として、私達がお兄様を探し出して助けるのは難しいと思います。助けられるなら、助けたいですけど、ね」


「分かってる。分かってるんだけど、せめて何か方法が無いか検討だけでも……」


「お兄様の身内として、あえて言わせていただきます。お兄様の場合、私達が下手に動くより、信じて他に優先順位が高い事を進めておいた方が、邪魔にならなくていい。そう思うんですよ~」


 身内の言葉という無視できない意見に、春菜が口を閉ざす。結論は同じだが、他の人間が手遅れだからとかやる必要を感じないからとか割と後ろ向きな理由だったのに対し、マーヤの意見はバーストに対する一定ラインの信頼をベースにしている。


 そういう理由で手を出さないようにと言われてしまうと、助けに行きたい理由が顔見知りが死ぬのが嫌だというだけの春菜が、強硬に救助を主張する事は出来なくなる。


 それに、宏達が動くべき事、宏達にしか解決できそうにない事は沢山あり、せいぜい飛んでいった方向ぐらいしか絞り込めないワイバーンの行方を捜す余裕はない。


「……分かったよ。ただ、バーストさんの事で何かあったら、すぐに動けるようにしておきたいんだけど、それはいい?」


「そらもちろんやで。いくら変態やっちゅうても、一応手伝ってもらった相手やからな。できる事があって何もせんのは寝覚め悪いし」


 春菜の要請を、宏が快く受け入れる。積極的に行動する気が無いだけで、無事でいてほしいし助けられるなら助けたい、というのは宏だって同じだ。


 感覚としては、海外で事件に巻き込まれた日本人の無事を祈るのが近いだろうか。宏と春菜の違いは、宏が言ってしまえば大多数の日本人と同じ、いわゆる目に入るところで支援活動をしていたら協力することもある、という感覚なのに対し、春菜は実効性がある種類の署名運動や募金、救援物資の募集などを自分から割と積極的に探しては協力、場合によっては直接支援に行くボランティア活動にも参加するタイプだというところであろう。


 達也は宏と同じか若干冷めた感じで、真琴は自分一人が協力したところで、と考えてしまうタイプ、澪は自身が弱者に分類されるからか、割とそういうケースには手厳しい意見を持っている。さすがに、そんな迂闊な人間は死ねばいいのに、なんて事は誰も考えないが、全員が被害者に無条件で同情的かというとそうでもない感じだ。


 もっとも、春菜がバーストの救助にこだわっていたのは、どちらかというとマーヤやシームリットの気持ちを慮ってという面が強い。さすがの春菜といえども、好感度がもろもろ合わせて辛うじてプラスマイナスゼロの変態のためだけに、仲間を巻き込んでまで一から十まで積極的に動く気はない。多少なりとも好意を持った知り合いが悲しむのを見たくないからこそ、どうにかできないかと検討していたのだ。


 無論、救助できるのであれば救助するし、別に死んでほしいと思うほど嫌いな相手でもない。故に無事でいてほしいとは思っているが、ではマーヤやシームリットと顔を合わせていなければどうだったかと言うと、恐らく宏がどうしようもないと判断した時点でレイニーかティアン達に調査を依頼、自分で動くのは後回しにしていただろう。


 マーヤが春菜を窘めたおかげで、結果的にバーストだけならどうだったか、というケースと同じになったのが面白いところである。


「で、やるべき事は山積みだけど、どれ優先してけりをつけるのよ?」


「せやなあ。順番的にも緊急度合い的にも、ペガサスかグリフォンやな。カーバンクルはウォルディスとの国境に近いらしいから下手したらもう手遅れかもしれんし、そうでなくても外国人の僕らが動くんは、ちょいリスクでかい気ぃするわ」


「ん~、手遅れになってない可能性があるんだったら、そっち先にやった方がいいんじゃないの?」


「そこが悩ましいとこやな」


 とりあえずバーストの事は後回しにし、真琴の質問に答える形で今後の方針を打ち合わせする。


 冥界神ザナフェルの復活、霊帝織機をはじめとする最高位の生産機材の製造、神器クラスの装備や神酒クラスの消耗品の生産、避難場所の強化など優先すべき作業はいくらでもあるが、現時点では当然、幻獣達の異変の調査・解決が最優先になるだろう。マルクトから公的に依頼されている上、異変が割と抜き差しならないところまで来ているのだから。


 問題となるのは、最優先と言っても何処から手をつけるか、だ。ユニコーンについては、後の事は時の流れに任せるしかないにしても、それでもあと三カ所残っている。残り三カ所もユニコーン同様、最初の調査隊はどうおかしくなったのかまで正確に調査できておらず、現地に行かねばなにが起こっているかが判断できない。


 そこに地理的要因も重なって、方針の決定が非常にやりづらくなっている。


「俺としては、ペガサスはユニコーンが協力してくれるみたいだから、一旦そっちに任せちまってもいいんじゃねえか、って気がしてる」


「そうかもしれんなあ。実際、仏教系ユニコーンのお経でも効果あるみたいやから、ある程度は頼んで大丈夫そうやし」


「って事は、消去法でグリフォン?」


「そうなるなあ」


 達也の意見を元に宏が決定した内容を、念のために春菜が確認する。その結論には特に誰も異論が無いようで、まずはグリフォンの異変を解決する事に決定しかける。


 そこに、森の中での用事を済ませてきたアルチェムとセシリアが戻ってきて、宏達に声をかけてくる。


「ヒロシさん、アランウェン様からの伝言です」


「なんや?」


「カーバンクルとグリフォンは根っこが同じ、故に主原因であるカーバンクルを優先せよ、との事です。あと、ユニコーンの森の原因が取り除かれた事で、ペガサスの異変も進行が止まったそうで、後は私達が後処理をすれば時間が解決してくれるかもしれないそうです」


「なるほど。ユニコーンの森とペガサスの群生地は、地脈でいうたら同じ系統やった訳か」


「そうみたいです。特に太くて分岐が無い一本がさっきの中心ポイントとつながっていて、そこから変質したエネルギーが群生地に流れ込んで地脈だまりに蓄積、若干のタイムラグを持ってペガサス達を狂わせていったみたいなんですよ」


 アランウェンのお告げと自身が後始末のついでに調べた事を、宏達に告げるアルチェム。その話を聞き、ふと気になった事を確認する宏。


「ここからペガサスの群生地って、実は近いん?」


「近い訳ではないんですが、森を通って行けばいくつかの難所を迂回できるため、ユニコーンの足で一日ぐらいだそうです。ユニコーンは、森の中を移動する時はずっと走っていられますし、長距離を走るときの速さがゴーレム馬車と大差なく、森と平地で走る速度も変わりませんし」


「なるほどなあ。っちゅう事は、空から行ったらそんなにかからん訳か」


 それらの情報をもとに、大体の位置関係を把握する宏達。実際、アルファトからペガサスの群生地までが遠いのは、あっちこっちをぐるぐる迂回したり、速度を出せない場所を慎重に進む必要があったりする場所が多いからだ。直線距離で考えれば、必要な日程は半分ぐらいまで短縮される。


 空の旅ならそれこそ、一時間もかからずに到着できるだろう。ワイバーンが出没するあたりとなると、そこから更に結構な距離の移動が必要だが。


「何にしても、色々決まった事やし、調査隊の割り振り決めて移動やな」


「そうですね。調査隊の再編成と報告書の作成のために、とりあえず一日だけ時間をください」


「慌てんでもええで」


 調査隊の責任者であるティアンの申し出を、宏が苦笑しながら受け入れる。宏達にしても、カーバンクルの群生地が何処にあるのかを確認したり、念のために聖銀の杭を作ったりといった時間が必要だし、それ以前に宏は先ほど大量のエネルギーを消費している。


 それらの事を考えるなら、一日二日は休息と準備に割り当てておいた方がいいのは間違いない。


「とりあえず、バーストの事をご家族に連絡するのは、私達の方でやっておきます」


「頼むわ。正直、現場見てへんからどう説明すればええんか分からんし」


「お任せください。あれの存在の是非はともかく、事件の解決に貢献した上での出来事です。後始末は責任者である我々がすべき事です」


 調査隊の再編を始めたティアンと入れ違いで、ジョゼットがバーストの事についてそう申し出る。その申し出を受けたことで、宏達はとりあえず一旦フリーとなる。


『此度の事、誠に申し訳ない』


『拙者がもう少しちゃんと見ていれば……』


『お主だけの責任ではない。拙者とて、お主の尻馬に乗って確実に撃墜すべしと追撃を入れたのだから』


「あの状況ではしょうがない。あの変態は、ただ運が悪かっただけ。いや、むしろ日ごろの行いが悪かったからかも」


 何やら深刻な感じで反省会を開いているユニコーン達を、そんな感じで慰めるレイニー。彼女の場合、ちょっと前の自分は人の事を言えない、という自覚は一切ない。


「とりあえず、村に戻ろう」


「せやな。大分戻ってきたっちゅうても、まだまだ使うた分の三割ぐらいしか回復してへんし」


「むしろ、もう三割も回復してる事にびっくりだよ……」


 相変わらずの宏の異常な回復能力に目を丸くしながらも、少し気遣わしげな視線を向ける春菜。予想される宏の回復能力から言えば、恐らく彼が使ったエネルギーは魔力・スタミナ共に、最大の三割から四割といったところだろう。


 この消費量は、ちょうど消耗によるペナルティが発生するかしないか、ぐらいのラインである。一度ペナルティが発生すると、強めの薬で無理やり体調を整えるかきちっと休憩するかをしないと解消しない。


 所詮は一番軽いペナルティなので、別に無視してもそれほど問題は無い。だが、状況が状況なので、休憩して体調を整えておくのは重要だ。


 それ以前に、ペナルティの有無に関係なく、春菜は宏の身体が心配でならない。片思いフィルターによる補正が無くても、普通に心配してしかるべき量のエネルギーを使っているのだから。


「とりあえず、さっさと帰って休みましょ。特に宏は大人しく休憩してないと、心配で心配でたまらない春菜に押し倒されるわよ?」


「そら物騒やな。早いとこ引き上げよっか」


「物騒って言うのは酷いと思うんだ……」


 そんな事を言いながら、バーストに関する事からすっぱり気分を切り替えて身体を休めに戻る宏達であった。








「ユニコーンの森は、失敗した。主様の欠片は、アズマ工房の手に落ちた」


「なんと……」


 ウォルディス国内の某所。異界化したとある土地の中で、見た目にも仰々しい集団が深刻な顔で話し合っていた。


「またしても、アズマ工房か……」


「三千年探して見つからなかった主様の欠片、マルクトの幻獣群生地にそれらしい反応が見つかったと聞いた時にはいよいよ我らの宿願が大きく前進すると思ったのだが……」


 一般人なら近付くだけでおかしくなり、一歩でも足を踏み入れた時点で人ではいられなくなるほどの瘴気の中、どこからどう見てもモンスターの集団としか思えない一団が、実に忌々しそうに言葉を吐き出す。


「やはり、姫巫女を救助されてしまった時点で、なんとしてでも始末しておくべきだったのだ」


「確かにそうだが、今更言っても遅い。それに、あの当時はあの方々もまだ本調子ではなかった。度々舞台装置どもに邪魔をされ、七度目のウォルディス勃興により、ようやくまともに復活していただけたばかりだった。あの方々が復活なされた事を隠し、力を取り戻していただくために大陸東部を混乱させ、破壊と絶望を振りまきながら方々を腐敗させる。この作業にどれだけの人手とエネルギーを要したか、忘れたとは言わせんぞ?」


「言われずとも分かっている。大陸西部や大陸中央に、あれ以上の干渉ができなかったこともな。だが、その結果、いかに予想外だったとはいえ、他所者にこうも次々と計画を狂わされては、何の言い訳もできぬ」


「これ以上放置はできん。なんとしてでも、連中を始末せねば」


 失点続きの中、ようやくウォルディスを望むとおり掌握し、東部をいい感じに混乱させて情勢を立て直したところで、再びの大失態。邪神教団の中枢に近いと思われる彼らにとって、ついにアズマ工房が最優先で潰すべき集団となった瞬間であった。


 今更か、と言われてしまいそうな話だが、この世界の神々に余裕が無かった程度には、彼らにも余裕が無かった。中途半端なリソースを突っ込んだ結果大失敗した西部三大国家の事を考えれば、まずは足場固めのために、持てるリソースをほぼ全てウォルディスに集中するという判断が間違いだったとは言い切れない。


「何をごちゃごちゃとくだらない話し合いをしているのかしら?」


「オルディア様!?」


「もう動かれて大丈夫なのですか!?」


「完全体とまでは言えないけど、そこらの町を聖気に変えるぐらいの事は、指一本も必要ないわね」


 嫣然と微笑みながら、オルディアと呼ばれた女性がフェロモンたっぷりの声で部下達に答える。


 もっとも、その声を聞いて、まともな感性の持ち主が感じるのは色気だけではないだろう。どこか媚びたように聞こえる声でありながら、聞くものにはっきりとした恐怖を与える声。背筋を走るゾクリとした感覚が、色に魅入られたためか本能的な恐怖ゆえか、それすらはっきりしないほど思考を麻痺させる声。


 容姿も男をたぶらかす事だけに特化している。そう評価するしかないような、どこか幼さが残っているようにすら見える甘い美貌と、メリハリがきいた豊満な熟れた肢体。とろんとした表情が、男の生存本能を麻痺させる。


 やや童顔でメリハリがきいた豊満な肢体、と言うだけなら春菜もアルチェムも同じだが、彼女達にはどう逆立ちしても、このオルディアのように微笑みだけで男の理性を奪い尽くすような、そんな圧倒的な色気とエロスを発揮する事は不可能だ。


 この場に出入りして正気を保てるような男でなければ、オルディアにたぶらかされずに済む事などあり得ない。容姿の好みも性癖も関係なく、あっという間に堕ちてしまうだろう。


 一見して色事に特化しているだけの存在に見えるのに、それに惑わされない人間の目にはドラゴンすら足元にも及ばないほど致命的な戦闘能力を有している事が分かってしまう。


 邪神教団の大幹部であり、邪神の腹心の一人・オルディア。彼女もまた、本質は破壊するものであった。


「それで、つい先ほどから少し聞いていたのだけれど、あなた達は実にくだらない話し合いをしているわね」


「も、申し訳ありません!」


「確かに主様の欠片は、取り返せるならそれに越した事は無いのだけど、そこに無駄なコストをかけるならば、その分どこかを破壊し焼き尽くし混乱させる方に回しなさいな。その方が結果的に欠片を取り返すより力が増えるはずよ」


「まさしくおっしゃるとおりです!」


 部下達の恐縮する姿を、冷めたような呆れたような視線で観察するオルディア。正直、この場に居る雑魚が何をどうしようと知った事ではないのだが、こいつらが失敗して末端が消耗すると、邪神の力も無駄に消耗する。


 そういう意味では、失敗した無能といえど、こいつらをこの場で処分するのもよろしくない。同じ処分するのであれば、どこかで暴れ回って破壊を振りまき、負の感情をたっぷり発生させた上で舞台装置どもの陣営を消耗させる形で使い潰す方が何倍もマシだ。


「とりあえず、そのアズマ工房っていう連中は、私が始末してあげるわ。あなた達は、そうね。まずは何人かは私が現状把握するのを手伝いなさい。他の連中はとりあえず、このウォルディスで内戦を起こすなり、周辺国家を侵略して潰して回るなり、聖気を効率よく増やす事に力を注ぎなさい。場合によってはもう一国ぐらい、ウォルディスのように陥落させるのもありね」


 部下達にそう指示を与え、外に出ようとするオルディア。その後を、部下達がついてくる。


「さて、世界情勢の確認が終わったら、まずはアズマ工房とやらについてありったけの情報を確認ね。相手を知らずに動いて返り討ちなんて、そんな無様な真似をこのオルディアがする訳にはいかないもの」


 部下を無能だと断じつつも、オルディアは人間達を、そしてアズマ工房の事を、決して甘く見てはいなかった。邪神が劣勢になったのも、自分達邪神の腹心が中々復活できないところまで痛めつけられたのも、全て人間の手によって引き起こされた出来事だ。


 人間は時々、舞台装置である神々など比較にならないほど化ける事がある。それを、ファーレーン建国王との戦いに敗れて眠りにつく羽目になったオルディアは、痛いほどよく知っている。


「オクトゥムやザーバルドは動けるようになっているのかしら?」


「まだ、そのような報告は受けておりません」


「そう。彼らが目覚めたら、真っ先に教えなさい。協力もせずに適当にやっていては、前回の敗戦の二の舞になるわ」


 必要な指示を出し、頭の中に送り込まれてくる情報を整理しながら、自分達にとって聖地とも言える場所に向かうために飛び立つオルディア。


 邪神教団にとって、ようやく本来のスペックを発揮できそうな環境が整いつつあるのであった。








 二日後。


「カーバンクルの群生地に行くんは、こんだけやな?」


「はい」


「経過観察の人員は、そんで足りる?」


「既に追加手配をかけてあります。それに、ディーア族の皆様やユニコーン自身、セシリア殿も協力してくれますので、恐らく問題は無いかと思われます」


「そうか。ほな、船出すから積み込みやな」


 十分な休息を取り、準備を済ませた宏達は、いよいよカーバンクルの群生地へと移動することになった。船を取り出し、積み込み作業が始まったところで、何やら調査隊に預けていたシームリットが宏達の所によってくる。


「ユニコーンに変態兄さんの事もあるから、カーバンクル終わったらここらに転移陣設置しに戻ってくるわ」


「いいのか? 転移陣の設置って、割と大事なんだろう?」


「うちらが責任負う事かどうか微妙な変態兄さんの事はともかく、ユニコーンはこっちも無関係っちゅうわけやないからなあ。僕らのせいで、あいつら今までとは違う意味でおかしなってもうたし」


「お経、とか言うのを唱えるようになっちまったんだって?」


「せやねん。それが案外効果あるみたいなんが、またいろいろややこしいてなあ」


 見送りに来たシームリットに対し、もう一度戻ってくる事を告げる宏。その理由が理由なだけに、微妙な顔をしてしまうシームリット。彼からすれば、ユニコーンはまだしも兄の事は、変態な兄貴が迷惑かけて申し訳ない、という感じだ。


 そこまで深刻に気にしている感じではないが、かといって接した時間の割には気にしているといったあたりで、あんな変態によくもまあ、と、弟としては本当にありがたいやら申し訳ないやら複雑な心境である。


「あ、そうそう。マーヤが昨日、ユニコーン達から角を大量に預かって来てんだよ。積んどいてもらうように頼んできたから、後で確認しといてくれや」


「そらありがたいな。代わりにお礼言うといてくれる?」


「分かった。迷惑料みたいなもんだから、別にいらねえとは思うがね」


「理由が何であれ、貰ってうれしいもんもらってんねんから、礼ぐらい言うで」


 してもらった事にはありがとう。ある意味当たり前の礼儀を語る宏の姿は、シームリット的には大国の上層部をがっちりつかんで放さない新進気鋭の超一流工房を運営する職人とは思えない。


 バーストの事といい、そんなお人よし具合で大丈夫なのか、と心配になってきたところに、更に先行きが心配になる爆弾を投下してくる。


「そうそう。折角転移陣つなぐんやから、自分も仕事の間ぁ見て、うちでちょっと修行せえへん? 鍛冶がらみでうちの弟子らに刺激与えられる人材がちょっと足らんねんわ」


「……魅力的なお誘いだが、オレみたいな飲兵衛でいいのかね?」


「問題あらへん、問題あらへん。そもそも鍛冶の本場のフォーレやと、基本鍛冶屋は大酒飲みの酔っぱらいや」


「ならいいか。あんたが直接教えてくれるのかい?」


「いんや、当分は無理や。ただ、兄さんまだまだ学んだら伸びる要素あるからな、そこをうちの弟子らに教わって、その代わり鍛冶・精錬の関係を弟子らに仕込んだって欲しいねん。一応カカシさんっちゅう、フォーレから来とる正統派の鍛冶屋の人はおるんやけど、あの人腕はええんやけど魔力がちょっと少なあてな。魔力使って精錬の段階から付与するようなやり方に関しちゃ、自分の方が何倍も腕がええねんわ」


「それ、オレよりその人の方が単に鉄鍛えて何か作るのは腕がいいって言ってるのと同じだぜ?」


「実際、そのジャンルはカカシさんの方が上やからな。っちゅうても、別段兄さんの腕が悪いんやのうて、カカシさんがおかしいだけやけどな」


 宏の説明を聞き、色々盗めるものがありそうだとわくわくして来るものを感じるシームリット。飲兵衛で作業の時の掛け声が「オレのじゃねえし!」であっても、やはり職人は職人らしい。


「まあ、それもこれも、カーバンクルとグリフォンが終わってからや」


「そうだな。そういや、そろそろ荷物積み終わるみたいだが、いいのか?」


「あ、ほんまやな。ほな、ちょっと行ってくるわ。杭作るん、ほんまに助かったで。カカシさんは魔力たらんし、ウルスで修業しとる連中はそもそも論外やったから、最悪僕と澪だけでやらんとあかんかと思っとったし」


「あんなんでよけりゃ、いつでも声かけてくれ」


「また何かあったら頼むわ」


 そう言って、シームリットのもとを立ち去ろうとする宏。そこへ、何者かが転移してくる。


「ヒロシ!」


「アンジェリカさんやん、どないしたん?」


「緊急事態だ! 手を貸してくれ!!」


「緊急事態?」


「我が情報収集で向かった村が、見たこともない人型モンスターの集団に囲まれておる!」


 血相を変えて転移してきたアンジェリカの叫びに、その場にいた人間の動きが固まる。


 ちらほら見え隠れしていた不穏な気配。それが、急激にその姿をあらわにするのであった。

世界編と邪神編はもともと境界線があいまいなので、こういう形で切らせていただきました。

なお、終わり方からお分かりいただけるように、世界編には後日談はございません。

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