挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

邪神編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

145/220

プロローグ

「なんだ、ありゃ?」

 その日、ウォルディスとマルクトの間にある小国家・ウォルナート、そのウォルディス側の端にあるジョグ村に、異変が起こっていた。

「どうした、チェン?」

「ん? ああ。なんか妙なものが見えてなあ」

「妙なもの? ……あの黒い染みみたいなのか?」

「ああ。なんだと思う?」

「さあ、なあ?」

 畑と街道につながっている農道、その先。人間の視力で見えるぎりぎりぐらいの場所に、黒い染みのようなものが見えた。

「どうする? 村長に報告するか?」

「気にしなくていいんじゃないか?」

 不気味ではあるが、この時点では害があるようには見えない。騒ぎ立てて空振りだったら恥ずかしいだけでなく、農作業にも支障が出る。

 このジョグ村は、七世帯約五十人ほどが住む小さな村だ。主要街道からは大きく外れており、そこと村をつないでいる道はどうにか馬車が通れるぐらいの幅の、農道に毛が生えた程度のもの。多少は特産品と呼べるものがあるので辛うじて行商人が来てくれるが、それも年に片手で足りる程度の回数。それ以外は年に一度、徴税官が税を取り立てるぐらいしか外部から人が来る事は無い。

 そんな村なので、そろそろ冬支度を始めねばならないこの時期、大した問題にならないような事で騒ぎを起こし、そのせいで農作業が滞ってしまうと冗談抜きで凍死や餓死の危機に直面する。

「……なあ、チェン」

「……なんだ、ゴサック?」

 気を取り直して農作業を始めようとして、ふと虫の知らせのようなものを感じたゴサックが先ほどの染みに再び視線を向け、それを発見してチェンに呼び掛ける。

「あんなところに、人いたか?」

「……俺が見た限りでは、さっきまではいなかった気がするが……」

 人影、という点に不審なものを感じ、一つ顔を見合わせてからもう一度、人影が見えた方を凝視するチェンとゴサック。目をそらしていた時間はほんのわずかだというのに、今度は見間違いようのないほどの数、人影が現れていた。

「ありゃ絶対おかしいぞ、ゴサック!」

「ああ! 村長に報告だ!!」

 まぎれもなく、異常事態。そう断定して、大慌てで村長のもとへ走っていくチェンとゴサック。

 何度も言うようだが、ジョグ村は辺境にある、これといった特徴のない村だ。外から来る人間は全て顔見知りで、それも年に何回もない。隣の村まで徒歩で一日以上かかるため、そことも滅多に行き来が無い。主要街道から外れているため他所者が迷い込んでくることもなく、国が毎年更新している詳細な地図にすらまともに載らないことも珍しくない、本当に小さな村である。

 こんな村に何人も人が来る、それ自体が既に異常事態なのだ。

「なあ、チェン。なんだと思う!?」

「俺に聞くなよ!」

 産まれてからこの方、一度も行商人と徴税官以外の他所者を見た事が無いチェンとゴサック。五十過ぎの村長ですら、産まれてから村から出たことが一度も無いような筋金入りの田舎である。単なる農民でしかない彼らが他所から来た不審人物の意図を察するなんて、できる訳が無いのだ。

 しかもそれが、外を知らない筋金入りの田舎者にすら異常だと分かる、そんな現れ方をした連中となると完全にお手上げである。

 分からないから、村長に判断を仰ぐ。彼らにとって当たり前の行動は、だが既に手遅れであった。

 いや、そもそもの話、事態が起こってしまった時点で、この村の人間に打てる手などなかった。誰も来ないような辺境ゆえ、ジョグ村の農民は主要街道沿いの農村に住む農民に比べればはるかに戦闘能力が高いが、それでも所詮は農民。継続してモンスターと戦っているのは狩人一人だけ、日頃は自警団すらまともに組織していないような小さな村が、こんな異常に対応できる訳が無い。

「ご、ゴサック!」

「なんだ、チェン!? って、うわあ!!」

 集落の入り口にたどり着いたのとちょうど同じタイミングで、彼らの目の前に人型をした何かが現れた。

 ベースは人間。どう見ても人間。だが逆に言えば、ベースが人間である事しか分からない。中途半端に人間だと断定できるが故に、逆に表現しようがない姿。そんな異形が村の中からにじり寄ってくる。

「なんだよこいつら!?」

「知るか! どう見てもやばいから、逃げるぞ!!」

「逃げるってどこに!?」

 などと言いあいながら、とりあえずさっきまで向かおうとしていた畑と逆方向に逃げようとして、二人同時に前のめりに転倒する。

「なんだ!?」

「あ、足が!!」

 なにがあったか分からず足元を見て、膝から下がきれいさっぱり消失している事に気がつくチェンとゴサック。異形達はただぼんやり立ちすくんでいるだけで、何かをされた訳ではない。痛みも何も感じなかった。なのに、彼らの膝から下は完全に消え去っていた。

 いや、消え去っていた、ではない。現在進行形で、少しずつ崩れている。

「ど、どういう事だ!?」

「だから俺に聞くな!!」

「な、なんだよ! なんでだよ!!」

「俺達が何か、悪いことしたってのかよ!?」

 身体が徐々に崩れ去っていく。そんな恐怖にパニックを起こしわめき散らす二人を、異形達が取り囲んだままぼんやり観察をする。

 いつの間にかまた増えた異形。完全に錯乱しながらそれらを観察していたチェンが、どんな悪意か気がついてはいけない事に気がついてしまった。

「ルゥリ!? もしかしてルゥリか!?」

 異形達の姿に、ほんのかすかに残る娘の面影を見てとって、大きく絶叫する。その名を呼ばれた異形が一瞬反応し、だが再びぼんやり立ちすくむ。

「嘘だ! 嘘だと言ってくれ! 頼むから嘘だと!!」

 隣で一緒に錯乱していたゴサックにすがろうとして、チェンは思わず息をのむ。

 見ている目の前でゴサックの姿が完全に崩れ去り、新たな異形が生まれていたのだ。

「ご、ゴサック……!?」

 わずかな希望にすがろうと、目の錯覚を期待してゴサックの姿をもう一度確認したところで、チェンの意識はそこで途切れる。

 チェンの身体が完全に崩れ落ちたところで、村のあちらこちらでぼんやり立ちすくんでいた異形達の姿が消え、それと同時に建物が崩れ去り、そこに村があった痕跡は集落を囲うわずかな柵だけとなってしまう。

 こうしてジョグ村は、この日同じように消滅した十七の村、及び六の都市国家と同じく、滅んだという事実すら誰にも認識される事無くその歴史を終えたのであった。







「さて、祭りはどのような状況であるか?」

 ウォルディスの謁見の間。醜く肥え太った男が、玉座の上からその場にいる人間すべてに、そう声をかける。その声に真っ先に反応したのは、同じぐらい肥え太った官僚風の男であった。

「現時点で結果が出ているのは十三の村、全て成功でございます。残りに関しましても、推移は順調との事です」

「まだすべて終わっておらぬ理由は?」

「終わっておらぬところは全て、都市国家であったり無名の割には規模が大きな農村だったりと、単純に人口が多い場所でございます。人口が多いと、どうしても全て処理が終わるまでに時間がかかります故」

「ふむ。道理であるな」

 官僚風の男の答えに、玉座の男が納得して見せる。やろうとしている事を考えれば、人数が多ければ時間がかかる、なんて当然の理由で結果が出るのが遅くなったのを叱責する気は無い。それ以前にそもそもの話、結果が出た件数が多かったために全て終わっていない理由が気になっただけで、実際のところはそれほど焦っている訳でもない。

 自分達の目的を考えるなら、極端な話全部失敗でもそれほど問題は無い。時間がかかったとしても、その間不安や恐怖が続くのであればそれはそれで成功だし、失敗したところで相手に負の感情を与えられればそれでいいのだ。

 もっとも、上手く行くならその方がいいのは当然なので、十三の村で成功した、というのは言うまでもなく喜ばしい結果である。

「そう言えば、食いそびれた人形がおったはずだが、あれはどうした?」

「はっ。どうやら運よくマルクトに到着、そのままファーレーンに亡命したとの情報が入っております」

「そうかそうか。それはまた、面白い事になっておるようだのう」

 かつて王が戯れに第二王位継承者に指定した、この国で生き残るにはまともすぎて心が壊れた小娘。入れ替わりの瞬間を見られた、否、わざと見せた後、あえて直接的には手出しせずに放置してあったのだが、よもや生き延びるとは思わなかった。

 基本的に何の力もない人形。軽い御輿としては機能していたが、それ以上の存在価値は一切なかった。そんな小娘が思った以上に奮闘して、状況をかく乱してくれている。

「あれを御輿として担いでおった連中に、生存の情報を流してやれ。無駄な悪足掻きをして、もっと楽しませてくれるはずだからな」

「御意に」

「何も知らずに内輪でもめておるバカ息子どもが、この話を聞けばずいぶんおもしろい反応を見せてくれるであろうなあ」

「そうでしょうなあ。もっとも、ファーレーンに逃げ延びた人形に対して、あれらにできることなど一切ありませんが」

 王太子と第三王子が見せるであろう醜態を想像し、せせら笑う王と腹心一同。元々が長く混乱させる事だけを目的としている事もあり、情勢が流動化する要素が増えるのは大歓迎らしい。

 しかも、権力争いをしている王太子と第三王子は、揃いも揃って丁度いい具合の無能。権力を乱用して下の者から長く絞り取るのは上手いが、国をまとめて発展させるような能力はゼロを通り越してマイナスという人材だ。その癖、どちらも無駄に軍事的な才能を持っており、その才能をいかんなく発揮して内輪もめを繰り返すほど、ウォルディスも周辺国家も混乱が激しくなるという、謁見の間にいる連中にとっては実にありがたい人材である。

「それで思い出したが、バカ息子どもは今、どのような状況であるか?」

「そろそろ、小競り合いから本気のぶつかり合いに移行するころ合いかと思われます」

「ふむ。朕を本物と入れ替えたことで、慢心しておるようであるな」

「恐らくは」

「それもまた、祭りを彩る華よ。上手く煽って、大きく咲かせるがよい」

「御意に」

 玉座の男の言葉に、謁見の間に居る者たちが、揃って恭しく頭を下げる。その表情は、祭りに対する期待で彩られていた。







「生き延びたのは、これだけか……」

 ウォルディスの王都・ジェーアンから北西へ百五十キロほど離れた、国境沿いの山岳地帯。そこで、くたびれ果てた一団がへたり込んでいた。

 その集団の人数は、おおよそ三十人ほど。身にまとっているのは辛うじてまだ服と認識してもらえる、元は上等なものだったであろうボロ衣と、既に用を果たさなくなっている鎧。長い逃避行に不利だからか、金属製の防具など誰も身につけていない。

 彼らは、リーファを旗頭にしていたいくつかの派閥のうち、最も急進的な一派であった。

「一時は万を超える兵力を持っていた我らが、今やこの体たらくか……」

「仕方あるまい。よもや、奴らがあそこまでおおっぴらにモンスターを兵として動かしてくるとは思わなったからな」

「だが、おかげで我らはもはや再起不能。生き延びた人間がいること自体、奇跡の範疇だ。ここまで情勢を見誤った我が身が情けない……」

 リーダー格の男が、うなだれたまま消え入りそうな声で吐き捨てる。一万を超える兵力が、わずか三十人。それも、散り散りになって逃げた結果ではなく、撤退の最中に彼らの目の前で食い散らかされたのだ。

 彼らが逃げ延びた百五十キロというのは、食われた兵たちの死体が稼いだ距離である。最初の戦で三千が食われて士気が崩壊し、だが周囲を囲うように仕掛けられていたため散り散りに逃げることもできず、誘導されるように北西へ逃げ続けた数日間。その数日で、襲撃のたびに五百人、千人と食われて行き、ついにここまで追い詰められてしまったのだ。

 再起不能、どころか、この三十人が生きて落ち延びる事ができるかどうかすら怪しい。それほどまでに彼らは疲弊していた。

「食料も、切り詰めてあと二日、といったところか」

「いざとなれば、この老いぼれを食えばよかろう。正直、そろそろ足がまともに動かん」

「そんな事、できるものか!!」

「だが、儂は恐らく、山を越える事はできん。もはや、できる事は奴らの餌となって足止めするか、お主らの飢えを満たすかのみよ」

「ふざけるな!!」

 厳しい現状認識を告げる老将に、リーダー格の男が食ってかかる。彼らとて、この老将に険しい山を越える体力など残っていない事ぐらい、言われるまでもなく理解している。だが、それを認めて老将の言葉に従ってしまえば、人としての最後の誇りや良心すらも無くなってしまう。

 それでは、今ウォルディスに跋扈している魑魅魍魎とまったく同じではないか。その思いが、リーダー格の男をかたくなにする。

「誰かが生きてここで見たものを外に告げねばならん。そのためには、仲間の死体を食うぐらいの覚悟は必要ではないか?」

「生きてあの化け物どもの罪を告げるためなら、泥水だろうと喜んで啜ろう! 蛆だろうが糞だろうが、それで生きられるならいくらでも食うさ! だが、だがな! 仲間の死体を口にしてしまえば、我々は奴らと同類になってしまうではないか!」

 老将に心の底から反発して見せる若きリーダー。その様子に、どこか諦めの表情を浮かべて老将が首を左右に振る。

「奴らの栄養になるぐらいなら、お主らが生き延びるための糧にしてくれた方が、儂としては何倍もありがたかったのだが……」

「できる訳無かろう!!」

「ああ。それはもう、どう頑張っても無理だよ、将軍……」

 吠え続けるリーダーに同調するように、見張りをしていた青年が怯えで震える乾いた声で告げる。その声と内容で、自分達が最悪の事態に追い込まれた事を思い知る。

「もう、来たのか?」

「ああ。もう、来た」

 彼らの中で、最も目がいい青年。彼が指さす方向に、小さな影が見えた。

「逃げる時間は、さすがに無いな……」

「結局、一万の命を無駄に捨てさせた揚句、我らも奴らの餌か……」

 最後の最後で完全に心が折れ、だがせめてもの抵抗とばかりにかつては名品だった武器を手に取る男達。そんな彼らの儚い抵抗をあざ笑うかのように、小さな点にしか見えなかった影が急速に近づいてきて、老将の首を一口で

「させるか!!」

 食い千切ろうとして阻止される。

「ヤルバ!?」

「将軍は、まだ生きてもらわないといけない」

「何を言うか!?」

「いやだって、俺もう動けないし……」

 ヤルバと呼ばれた若者が、力の入らない声で老将に反論しつつ、人型である事以外は名状しがたい姿をしたその化け物に対し、倒れ込むように己が繰り出せる最後の一撃を叩き込む。その執念が実ってか、心臓を貫かれた化け物が動きを止め、ぐずぐずと音を立てて崩れ落ちる。

「実は、三日前の襲撃で受けた傷が治ってなくてね……。俺、もう限界だったんだ……」

 薄れゆく意識の中、化け物の肉を浴びて全身から煙を上げながら、消え入りそうな声でそう告げるヤルバ。この時点で既に全身の感覚が死んでおり、自身の身体が化け物の死肉で焼き溶かされていることすら分からない。

 だが残念ながら、庇われた老将には、そのヤルバの今際の言葉を聞くような余裕はなかった。

 なぜなら、今度こそその老体を食い散らかさんとばかりに、新たな化け物が老将に襲いかかっていたのだ。

「ぐっ!!」

 必死になって手にした剣を横に払い、化け物を弾き飛ばしてその場をしのぐ老将。だが、ヤルバよりマシとは言えすでに限界を超えたその身体には、悲しいかな化け物を相手取れるほどの力は残っていない。

 ヤルバの死を少しでも意味のあるものにするため、死に物狂いで悪あがきをする老将。そんな老将の抵抗をあざ笑うかのように、人と大差ない体格から繰り出されたとは思えぬ破壊力の一撃を繰り出す化け物。辛うじて受け流したところで、老将の持つ剣がへし折れる。

「これまでか……」

 剣と同時に心もへし折られ、ついに抵抗を諦める老将。ようやく餌にありつけたとばかりに、再び老将に飛びかかろうとする化け物。

 今度こそ老将の首が食いちぎられようとしたその時、太陽の光が完全に遮られると同時に化け物の身体が白い炎で焼き尽くされ、破片一つ残さず消滅した。

『人の庭先で、血なまぐさい事をしてくれるな』

 それをなしたであろう存在が、実に不機嫌そうにドスの効いた声で言い放つ。その迫力に、人間も化け物も皆動きを止める。彼らの視線の先には、極めて大きな身体と圧倒的な魔力を持つ、ファンタジーにおいて強大な種族の代名詞とも呼ばれる生き物がいた。

「ど、ドラゴン!?」

『我がドラゴンである事に、何か文句でもあるのか?』

「い、いや。ただ、ドラゴンが我々を助けた事が意外で……」

『汝らを助けた訳ではない。そこの瘴気まみれの腐った連中が、我が庭を汚すのが気に食わんだけだ。本来なら貴様らもまとめて始末するところだが、汝らまで殺すと瘴気が増えて後始末が面倒だ。見逃してやるから、どこへなりとも消えるがいい』

 不機嫌そうにリーダー格の男にそう言い放ち、化け物をまとめてブレスで焼き払うドラゴン。圧倒的な火力でありながら、目標以外のものには一切影響を与えないその高度な制御能力が、目の前のドラゴンがグレータードラゴン程度のようなちゃちな存在ではないことを物語る。

 否。そもそも人に語りかけている時点で、このドラゴンがモンスター扱いされるグレータードラゴンなどと同程度の存在ではあり得ないのだ。

 第一、グレータードラゴンはせいぜい全長三十メートル程度。このドラゴンはどう小さく見積もっても五十メートルはある。どう考えても、並のドラゴンなどではあり得ない。

「我々の都合で、あなたの領域に腐った化け物を連れ込んでしまって、まことに申し訳ない……」

『ふん。どうせウォルディスの腐った連中が、裏で糸を引いておるのだろう? ならば早いか遅いかだけだ。さすがの我も、生存本能に従って逃げてきただけの者に文句を言うほど心は狭くないつもりだ』

「寛大な言葉、感謝する」

『感謝は要らん。とっとといね』

 ドラゴンに威圧され、顔を青くしながらふらつく足で立ち去る急進派残党たち。追い立てられた先にあった水場で水を補給し、道中で必要最低限よりはやや多い程度の食料を採取し、山越えの道を進み始める。

『まったくもって、面倒なことだ』

 それを気配で確認したドラゴンは、自身の縄張りからやや離れたところまで飛びまわり、化け物を片っ端から焼き払って回る。

 わずか三十名をしつこく追い回していた化け物の軍勢は、このドラゴンによって一体残らず始末されてしまうのであった。







「アンジェリカさん、確認ええか?」

「なんだ!?」

「猶予は、どんぐらい?」

 真剣な表情で問いかける宏を、アンジェリカが睨みつける。わざわざ転移で飛んできたのだ。猶予などある訳が無い。

「猶予など!!」

「慌てて飛んでくるぐらいやから、切羽詰まっとるんは分かっとる。ただ、三十分やそこら、稼ぐぐらいはできんか?」

「……三十分程度でどうこうなるほどやわな結界は張っておらぬつもりだが、何故だ?」

「見ての通り、船に荷物積みおわっとるんよ。移動先がカーバンクルの群棲地やから三十分もあれば余裕で着くし、後々の事考えたら、一旦カーバンクルんとこまで行ってポイント記録して、それからそっち行った方が合流がスムーズに行くし」

「そんな悠長な事を!!」

「この案やと、もう一つメリットがあってな。移動途中でそっちの話聞けるから、ロスが少ないんよ。そっちほど切羽詰まってへんだけで、カーバンクルの方も余裕ある訳やないし」

 幻獣がらみの事情を言われ、アンジェリカが言葉に詰まる。アンジェリカが向かった村ですら、幻獣がおかしくなった話は伝わってきていた。それを踏まえれば、幻獣関係もさして余裕が無い、というのは想像がつく。

「どっちにしたところで、詳しい状況聞かんと対処しようないから、すぐに飛んでいってもあんまり変わらん。むしろ、ここで押し問答しとる時間がもったいない」

「……そうだな。向こうの者達には悪いが、少し時間をもらおう」

「ほな、急いで移動やな。調査班の人らも、さっさと船に乗ったってや」

 宏とアンジェリカの話がまとまったと見て、大慌てで船に乗り込む調査班。それを見届けたところで、宏とアンジェリカも船に乗る。

 全員が乗り込み、ゆっくりと船が空に浮かび上がる。

「それで、どう言う状況なん?」

 船が航路に乗ったところで、宏がアンジェリカに説明を促す。宏に説明を促され、先ほどよりは落ち着いて冷静になったアンジェリカが、何があったかを口にする。

「我も正確なところは把握できておらん。分かっているのは、妙な力場の発生を感じて結界を張ったら、いつの間にやら村の外に見た事のないモンスターがひしめき合っていた、という事だけだ。難儀なことに、いろんな手段で殲滅したが、何をしてもすぐに復活しおってな。正直、何が起こったのかは我の方が聞きたいぐらいよ……」

「そいつら、攻撃的な行動はとっとったん?」

「いや。あくまで結界にそってぼんやり立ちすくんでおるだけだった。変な言い方だが、見ていて自分が正気かどうか疑わしくなる事以外、そ奴らから受ける害など皆無といっても過言ではないな。もっとも、それがなおの事不気味ではあったが」

「……何とも言えん感じやな」

 アンジェリカの説明を聞き、宏が正直な感想を漏らす。はっきり言って、説明された事だけでは、アンジェリカが泡を食って宏を呼びに来るには不足だ。

 恐らく、アンジェリカにそこまでの行動を取らせる、それだけの何かがあったのだろう。だが、それが何かというのは、現場を見ない事にははっきりしない。

「村人は、外に出とるん?」

「いや。結界を張った後すぐに、最後の一人まで探しだして食料と一緒に教会の中に放りこんできた。教会にも結界を張ってあるから、恐らくそう簡単に何かが起こるとは思えんが、絶対とも言い切れん」

「なるほどな。となると、外部にバックアップ要員を置いといた方がええか……」

 などと打ち合わせを進めている間に、カーバンクルの群棲地にもっとも近いスーシャ村に到着する。到着まで十分かからなかったあたり、なんだかんだで宏もそれなりに焦りのようなものがあったようだ。

「とりあえず、目的地についた事やし、二手に分かれて行動やな。話聞いた限りやと真琴さんは多分、向こう行ってもあんまりやる事なさそうやから、澪と一緒にこっちに残って積み荷降ろして、打ち合わせとか聞き取り調査、ベースキャンプ地の選定とかそのあたり進めとって。アルチェムもこっちやな」

「了解。簡易転移陣はどうする?」

「念のために、適当な場所に片割れ設置しといて。場合によっちゃあ、それでこっちに来てもらう事なるかもしれんしな。作業は澪ができるから、真琴さんは調査班の人らと場所の設定頼むわ」

「OK、任せておいて」

「ん、頑張る」

「分かりました。気をつけてくださいね」

 宏の指示を受け、真琴と澪、アルチェムが調査班に声をかけに行く。それを見送ったところで、アンジェリカの方に視線を向ける。

「ほな、頼むわ」

「ああ」

 宏達に一つ頷くと、アンジェリカが転移魔法を発動させる。

 世界を巻き込む大事件。その宏達にとっての始まりは、案外地味なものであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ