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第28話

『ヒャッハー!! 幻獣の面汚しどもは殲滅だぁ!!』


「ペガサスはそっち方面かよ!?」


 なんとなく、鬣がモヒカンのように見えるペガサスの群れ。そいつらの第一声に、思わず達也が全力で突っ込みを入れる。


「ねえ。今の異変って、一応かなり致命的な状況なのよね?」


「普通に冗談抜きで致命的やで。幻獣のイメージがどうとかそんなちゃちな話やないぐらいにな」


「とてもそうは思えないんだけど……」


「言動のせいでそう思えんだけで、現実問題として狂って攻撃的にはなっとるやん」


「あ~……、そういう考え方ね……」


 宏に指摘されて、疲れたように真琴が納得の言葉を絞り出す。


 変異したユニコーンとペガサスが揃いも揃って頭の痛い言動をするため、一見してファンタジーという概念を殺しにかかっているとしか思えない状況になっている程度と思いがちで事態が軽く見えてしまっているが、そもそも幻獣がここまでおかしくなっていること自体、かなり抜き差しならない状況なのだ。


 処女厨をこじらせた、とか、気性が荒くなって世紀末救世主的な感じになってしまった、とかいった表現になると微妙な笑いが浮かびそうになるが、ペガサスもユニコーンも何かの原因で狂気にとらわれて凶暴化し、一切の意思疎通が通じなくなったと表現するといきなりファンタジーっぽくなるのが不思議ではある。


『いつもいつも清らかな乙女清らかな乙女うぜぇんだよ、ゴミどもが!!』


『殲滅殲滅ぅ!!』


『ヒャッハー! 血祭りだぜぇ!!』


 宏達がくだらない話をしている間にも、ペガサス達は見事な編隊飛行で急降下爆撃や絨毯爆撃を繰り返す。見た目や言動は世紀末救世主に十把一絡げで粉砕されそうな連中だが、その攻撃能力は割と洒落になっていない。流星のように降り注ぐ不可視の衝撃波は、周囲の被害を着実に拡大していた。


 しかも、ただの急降下爆撃ではない。離脱の際に尻尾を炎で包んで振り回すという、それはペガサスの攻撃手段なのかと小一時間ほど問い詰めたくなる追撃まで行っているのだ。このままでは、冗談抜きで「汚物を消毒」されかねない。


「師匠、真琴姉、腑抜てる暇無い!」


「そうだよ! 一旦引いて、態勢立て直さなきゃ!」


「せやな! 森からも何か来とるし!」


「達兄も、突っ込みは後回し!」


「お、おう!」


 澪と春菜に叱られて、気持ちを切り替えて行動を開始しようとする宏達。周囲では、調査班が必死になってペガサスからの衝撃波による絨毯爆撃から身を守っている。見れば、衝撃波をよけそこなったアルチェムが、森の方に飛ばされて服を派手に木の枝に引っ掛け、ぎりぎりゴールデンタイムに放送できるぐらいの感じで胸元を露出させていた。


 と、そこに、森から飛び出してきた変異ユニコーンが、泡を吹きながら白目を剥いて倒れ込んでくる。またしても異常事態。一度に連続で発生したイベントに、宏達も一瞬反応が遅れる。


『色即是空、空即是色』


 続いて森の奥から白黒の斑模様のユニコーンが、般若心経を唱えながら現れる。二十頭を超えるユニコーンによる般若心経。音量も申し分なく、しかもやたら重々しく周囲に響き渡るそれを聞いたペガサスは、これまた見事に影響を受けて墜落した。


「ユニコーンのお経でも、効果あるんだ……」


「びっくりやなあ……」


 バタバタと墜落し、苦悶にのたうつペガサスを見ながら、宏と春菜が微妙に引きつった声で感想を漏らす。身体の色が激しく入れ替わっているところを見ると、恐らく落下のダメージよりも般若心経で苦しんでいるのだろう。


 宏達は知らない事だが、実のところペガサスは意外と落下の衝撃に強い。ペガサスに限らず幻獣分類のモンスターで飛行能力を持つ連中は、揃いも揃って種族特性として強めの落下耐性を持っているため、叩き落としてダメージを与えるやり方はかなり効率が悪い。ワイバーンやジズが持っていない落下耐性をペガサス達が持っているのは不思議な印象だが、恐らくこれに関しては、単純に重量の問題もあるのだろう。


 日頃は大きな恩恵を持つ落下耐性だが、今回に限ってはペガサスにとってマイナスに働いたようだ。


『遅くなって申し訳ない』


 三十数頭の斑ユニコーンを代表して、一頭がそんな挨拶をしてくる。


「来てくれただけでありがたいから気にしてへんけど、昨日は二十おるかおらんかぐらいやなかった?」


『あの後、安全地帯に戻るまで般若心経を諳んじながら歩いていたら、我ら同様マーラーに魅入られていた連中が次々と正気に返ってな。実はこれでも、この場には改心した黒ユニコーンの半分も来ておらぬ』


「うわあ……」


 斑ユニコーンの言葉に、春菜が思わずうめき声を漏らす。変異体よりはるかにましではあるが、無駄に濃い上にかなりファンタジーに喧嘩を売っているこのユニコーンが、少なく見積もっても七十頭以上。正直、春菜としては想像したくもない。


『とりあえず、天馬達も我らの経で正気に戻せそうだ。彼らについては我らに任せてもらえるか?』


「……せやな。ただ、正気に戻った結果がどうなるかだけは確認させてもらうで」


『ああ』


 宏と斑ユニコーンとのそんなやり取りの間に、ペガサスのうち一頭の痙攣が収まり、体毛の模様がユニコーン同様白黒斑で安定する。変化が終わったペガサスが、ゆっくりと立ち上がった。


『見苦しい行動でご迷惑をおかけした。申し訳ない』


『正気に戻ったか、よかった』


『正気というのがどういうものか、その定義をせん事には私が正気かどうかは決められんが、少なくとも先ほどまでの己を恥じるぐらいには意識が変わっている』


 先ほどまでの頭の悪そうな言動とは打って変わって、いきなり小難しい事を言い始めるペガサス。これがペガサスのスタンダードだとすれば、ユニコーンとは違う意味で面倒くさそうな連中である。


「とりあえず大丈夫そうやし、これ以上邪魔が入らんうちに作業に入った方がよさそうやな」


「だったら、お兄ちゃんも三カ所ぐらいやるわ。これでも短距離転移と中距離転移は使えるし、森から戻ってくるついでに場所チェックしてポイント設定済ませてあるし」


「そら助かるわ。ほな、レイニーが行ってへん側でいっちゃん遠いところ、頼んでええ?」


「了解了解。お兄ちゃんに任せとけって」


 宏に頼まれ、自信満々に胸を張るバースト。今一つ信用できない態度だが、ここまで仕事自体はちゃんとしている。女性の美容と健康が絡まない限りは国や故郷に不利益を与える事は無いだろうと考えれば、緊急事態である現状、どっちも絡みようが無い、しかもそれ自体は素人でもできる特殊な道具を使った杭打ちを任せるのは問題ないだろう。


 宏が下したそのあたりの判断は、ティアンやジョゼットはおろか、マーヤですら異を挟む事が無かったため、そのままサクッと話が進む。


「荷物小分けにするん面倒やから、杭と道具は作業班のん一個そっちに回すわ。転送石も渡すから、遠いところから五カ所やってくれへん?」


「オーケーオーケー。転送石使っていいんだったら、そっちの工作員ちゃんが回る側を二カ所ほど、追加で潰すわ。それだったら、作業班は移動方向が揃うだろ?」


「せやな。それで任すわ。後、この転送石そろそろ期限近い奴ばっかりやから、残そうとせんと優先して使い潰したって」


「おう、助かる」


 宏から十個ほどの転送石を道具と一緒に受け取ったバーストが、早速サクッと転移して作業に入る。それを見届けたレイニーがバイクを取り出し、最高速度で一気に最初の一カ所まで移動を開始する。


『では、我らは残りの作業班を護衛しよう』


『ユニコーンだけに任せておくのも不安だ。こちらも空から警戒しておこう』


 般若心経で元通りとはとても言えない状態になったユニコーンとペガサスも、異変の解決のために協力を申し出てくる。それに小さく頷いて作業班を見送ると、宏達は最後の打ち合わせに入る。


「森の中やけど、まず僕と澪と春菜さんは全員一緒にならんように分かれんとあかん。回復能力の観点で春菜さんと兄貴も分かれた方がええやろう。浄化能力が必要になるかもしれんから、春菜さんとアルチェムも別行動やな」


「あたし個人の意見としては、宏とアルチェムも別行動の方がいいと思うわ。アルチェムの特性考えたら、人数減ってフォローしづらい状況でアレが出ちゃうとまずいし」


「そうだね。それを踏まえて考えると私と宏君、澪ちゃんと達也さんとアルチェムさんは確定、かな?」


「そうなると、あたしがちょっと悩ましいところね。人数バランスと火力を考えるなら宏と春菜についていくべきなんだけど、澪の方は前衛が居ないのよね」


 ある程度チーム分けが決まったところで出てきた難題に、微妙に頭を悩ませる宏達。


 実際の所、アルチェムがエロトラブル誘発体質でさえなければ、宏と達也とアルチェムが組むだけで解決する問題だ。だが、アルチェムのエロトラブル誘発体質は悪化こそしていないが、改善している訳でもない。そのあたりは、先ほどの衝撃波での状況を見ていれば一目瞭然であろう。


 シリアスな状況では誘発しないのは確かだが、ユニコーンとペガサスのおかげで今がシリアスな状況だとは少々断言しづらい。その断言しづらさが、組分けにもどうしても影響してくる。


「大体の話は理解したっちゃ。うちとマーヤがヒロシ達に同行すれば解決するべ」


「今回は、私達も関係ない訳じゃないですからね~」


 悩んでいるポイントを理解したらしいセシリアとマーヤが、宏達にそう提案してくる。


「……そうだな。これ以上悩んでる時間が惜しい。セシリアとマーヤにヒロ達と一緒に行ってもうか」


「せやな、了解。ほな、さっさと行動開始やな」


 セシリアとマーヤの申し出を受け入れる宏達。正直なところ、マーヤはともかくセシリアは微妙に不安なのだが、彼女もバースト同様、こういう状況で余計な事はしないだろうとは想像できる。


 もっとも、セシリアが浮気を持ちかけたり性的な方向で暴走しそうになったりしても、恐らくマーヤが戦士見てる式制裁術でブレーキをかけてくれるだろう、という信頼性がなければ、もう少し組分けを考える事になっていただろうが。


「二手に分かれた後、僕らの方は手当たり次第に杭ぶちこんでくから、場所は澪の方で調整したって。最終的には一番奥の一カ所で合流な」


「了解」


 宏の指示を受け、森に入ってすぐのポイントに杭を打った後、そのまま二手に分かれる一行。ユニコーンの森の異変は、一歩ずつ最終局面に近付いていくのであった。








「ねえ、宏君……」


「……春菜さんも、嫌な予感するか?」


「うん……」


 何事もなく四カ所目の杭打ちを終えた所で、その余りの順調さに違和感を覚えていた春菜が、宏と意見を共有する。


 ユニコーンやペガサスの様子を考えると、いくらなんでも順調過ぎる。変異ユニコーン全員がお経を聞いてまともになった訳でもあるまいし、襲撃が一切ないのは不自然にもほどがある。


 それ以外のちょっとした細かい事もいくつか積み重なり、四カ所目でついに気のせいと誤魔化せなくなったのだ。


「マーヤさんとセシリアさんは、どう思います?」


「今回の件と直接関係あるかどうかは分かりませんけど、私も少し気になってた事はあるんですよ~」


「あ~、最近姿見せねえ雄の方のでかいのだか?」


「はい。元々人間嫌いの傾向があったので、最近見ないのもあまり気にしてなかったんですけど、状況が状況ですから……」


 マーヤの言葉に、ますます嫌な予感が膨れ上がる宏と春菜。人間嫌いのユニコーン。普通に考えれば珍しくもなんともない、むしろユニコーンとしては人間となれ合っている方がおかしいはずなのに、この状況下ではどう考えてもフラグである。


「そういえば、昨日変異ユニコーンを止めてくれた大きなユニコーンも、今日は出てきてないよね」


「せやな。こっちに来たん、全部斑のユニコーンやし」


「ユニコーンの長ですから、安全地帯の方に居るのかもしれません」


「あれも色々気を配らにゃならねえでな。割と忙しいっちゃ」


 巨大ユニコーンことユニコーンの長について、宏と春菜にいろいろ教えてくれるマーヤとセシリア。とはいっても、今日は二人ともディーア族の村ではなくオルガ村に泊まっている。早朝からこのあたりをうろうろしていたバーストと違い、今日は宏達とずっと一緒に行動しているので、残念ながら今日のユニコーン達の動向は分からない。


 そのあたりも微妙に不安要素ではあるが、考えても仕方が無いのでとりあえず考えない事にする。


「……五カ所目。やっぱり順調すぎるでな」


「……うん」


 気になる事を話し合っているうちに、ついに宏達の担当エリア最後の一カ所に到着する。その順調さと、それにもかかわらずどんどん異変の気配が強くなっていく事に対し、宏も春菜ももはや予感ではなく確信を持つに至っていた。


「こら、絶対何か起こるな」


「お約束通りだったら、多分森の一番奥にあるポイントだよね」


「せやろうな。っちゅうか、兄貴らのグループももう五カ所目みたいや」


 杭を打ち込む前に、地脈の様子を確認して状況を告げる宏。


「達也さん達も、似たような話をしてるかも」


「せやな。まあ、とりあえず先に作業や」


 細かい話は後回し、とばかりに、宏がサクッと杭を打ち込む。これで、終わっていないのは森の一番奥にあるポイントと、外の作業班が担当しているポイントが一カ所だけ。レイニーとバーストが担当したポイントは、既に全て作業が終わっている。


 外のポイントにしても、単に移動時間の問題で終わっていないだけなので、奥の一カ所が終わる頃には間違いなく終わっているだろう。森から結構離れた場所なので、ここまでの段階で襲撃を受けていないなら、変異ユニコーンに襲われる確率は低い。


 もっとも、変異ユニコーンに襲われたところで、斑ユニコーンがお経を唱えまくっているのでまともな襲撃は難しいだろうが。


「とりあえず、状況確認のために兄貴らと連絡やな」


「そうだね。パーティチャットモードに入るので、しばらく声をかけられてもすぐに返事できなくなります」


「了解っちゃ」


「分かりました」


 宏の言葉に頷き、セシリア達に一言断りを入れてから達也達にパーティチャットを繋ぐ。声をかけようと春菜が口を開きかけた瞬間、真琴の声が聞こえてきた。


『宏、春菜、今大丈夫?』


『丁度今声をかけようとしたところだけど、何かあったの?』


『むしろ、何もなくて不気味だから声かけたのよ』


『あ、やっぱりそっちも?』


 ある意味で予想通りだった真琴の言葉。それを聞いて、少し困ったような表情を浮かべる春菜。予想通りだったからと言って、決して楽観できるような事でもない。


『それで、こっちは五カ所目が終わったんだけど、そっちは?』


『こっちも、今終わらせたところ。宏君となんかおかしいよね、って話してて、そっちはどうなのか確認しようとしてたんだ』


『なるほど、状況は同じってことね。だったら、さっさと合流しましょ』


『了解。下手に動きまわるとややこしいから、最後のポイントに向かうね』


『OK、こっちもそうするわ。じゃあ、後で』


 大体の合流場所を決め、パーティチャットを終える。黙ってじっと話し合いが終わるのを待っていたマーヤとセシリアの視線を受け、春菜がこれからどうするかを話すために口を開く。


「とりあえず、最後のポイントで合流しようって話になりました。向こうも特に何もなかったらしくて、不気味だから速く合流した方がいい、って」


「その方がいいでしょうね~。なんだか、ここに杭を打ち込み終わったぐらいから雰囲気が変わり始めてますしね~」


「んだべな」


 春菜の説明を聞き、方針に合意するマーヤとセシリア。彼女達もはっきり分かるほど、森の雰囲気がおかしい。その余りの雰囲気のおかしさに、それ以上誰も口を開かず最終ポイントに向けて歩き始めるのであった。








「この流れ、どうもなあ……」


 十五分後。後五分もすれば最終ポイント、という辺りで、宏がぽつりとつぶやく。そのつぶやきを拾った春菜とマーヤの視線が、宏に集中する。


「どうしたの、宏君?」


「このパターン、高確率でボス戦がありそうやなあ、ってな……」


「あ~……」


 宏の感想に、反論できずに声を漏らし、そのまま沈黙する春菜。むしろ、ない方がおかしい。


「そろそろ兄貴らも近くまで来とるし、細かい話は合流してからにしよか」


「そうだね」


 お互いに相手の気配がはっきり感じ取れる距離に来ている事に気が付き、やや進路を変えて合流を優先する一同。宏ではないが、ボス戦がありそうな流れなのは否定できないのだ。


「師匠、春姉」


「良かったわ、ちゃんとこっちに気付いて合流してくれて」


 合流のために進路を変えて一分もしないうちに、澪と真琴が姿を現した。合流してすぐに放たれた真琴のその第一声に、宏と春菜が怪訝な顔を浮かべる。


「師匠、春姉。最終ポイントのすぐ近くに、ユニコーンの気配が三つ。そのうち一つは、昨日の巨大ユニコーン」


「……やっぱ、ボス戦がありそうやな……」


「でも、ユニコーンだったら、オキサイドサークルで終わるかも」


 真琴の言葉の真意を理解し、そんな正直な感想を漏らす宏と春菜。そんな二人とは裏腹に、ユニコーンの長が来ていると聞いて、マーヤとセシリアの表情が変わる。


「ミオさん、昨日の大きなユニコーンがどうなっているかは分かります?」


「ごめん、まだ分からない」


「そうですか……」


「長が出張ってきてるっちゅうのは、きな臭いっちゃ。急いで確認した方がいいべ」


 いよいよきな臭くなってきた状況に、マーヤの表情が不安に染まり、セシリアが前のめりになる。


「待て待て待て。急いでいくのは賛成だが、先に補助魔法だ。他にも、先に使っておいた方がいい技があったら今のうちに使っておけ」


 そう言って焦りを見せるセシリアを押しとどめ、歩きながら補助魔法を詠唱する達也。それにならい、春菜も積層詠唱で一気に人数分の補助魔法を発動する。


「それにしても、妙に静かやな……」


 全ての補助魔法が発動したあたりで、宏が今までにないぐらい真面目な顔で、全員に注意を促すように言う。


「あ~、やな感じだったの、それが原因ね……」


「言われてみれば、森の中なのに葉がすれる音とか何かの鳴き声とか、そういうのが全然聞こえねえな……」


「澪ちゃん、周囲にユニコーン以外の気配は?」


「ない。普通の動物のも全然」


 この期に及んで、ようやく異変が抜き差しならないものだと思わせる事態に遭遇する一行。変異ユニコーンや変異ペガサスのせいでいまいち緊張感が維持しづらかった達也や真琴も、流石に認識と心構えを変える。


『こんな事を続けていれば、排除されるのは我々の方ですよ!?』


『何を言うか! 本来この森は、我らが先に住んでいたのだ! 後から来た人間が好き勝手するのを、なぜ黙って見過ごさねばならんのだ!』


 最終ポイントまであと少し、というところで、ユニコーン同士と思われる言い争いが一同の頭の中に流れ込んできた。


『だとしても、それは生かしておいてはいけません! それを生かしておけば、人間だけでなく他の幻獣に、いえ、我が同胞にまで害を及ぼします!』


『人間どもに迎合する幻獣など、どうなったところで知らぬ!』


『そこをどきなさい、バルザック!!』


『やれるものならやってみるがいい!!』


 バルザックと呼ばれた何者かがそう叫ぶと同時に大地が大きく揺れ、更に馬同士の喧嘩で使うとは思えないほどの魔力が集められる。


『我の邪魔は誰にもさせん!!』


 揺れに足を取られそうになりながら慌てて駆け込んだ宏達の目に入ったのは、崩れた地面に足を取られて動けなくなっているユニコーンの長と、角に蓄えた大量の魔力を今まさに長に向かって解き放とうとしている同じぐらい巨大な白い(・・)ユニコーン、そして魔法を放とうとしているユニコーンにかばわれるように眠っている漆黒の異形のユニコーンだった。


『さらばだ! オルフィア!』


「させるかい!」


 バルザックと呼ばれたユニコーンが角に蓄えた魔力を超高密度の荷電粒子に変換して解き放った瞬間、長の前に宏が割り込んだ。


 正面から宏を飲み込もうとした荷電粒子の帯は、圧倒的な魔法抵抗力にそのエネルギーを削り取られ、あっという間に消失する。


『な、何だと!?』


「こんぐらい、何ぼのもんでもないわな」


 必殺を期した一撃が完全に防がれ、がく然とするバルザックを宏が鼻で笑う。オルガ村ぐらいなら更地に変えられそうな火力ではあるが、今更その程度の魔法が宏に通じる事は無い。それ以前に、ベースキャンプの結界すらぶち抜けないだろう。


 はっきり言って、この程度で人間全部を敵に回そうなど、無謀もいい所だ。敵も己も知らなさすぎる。


『貴様、何ものだ!?』


「アズマ工房の工房主、東宏や。マルクトの依頼で、この森の地脈を直しに来た」


『そういって、人間どもの都合のいいようにいじりまわすのだろう!? 認めぬ、認めぬぞ!!』


「これに関しては、アランウェン様の依頼でもあってな。これ以上神も手ぇ出せんような呪われた土地増やすんは、絶対に阻止させてもらうで」


『人間風情が、神の名を騙るな!!』


 宏の宣言に激怒したバルザックが、角をドリルのように高速回転させながら突っ込んでくる。それを正面から受け止め、足を止めた所でスマッシュで弾き飛ばす宏。


 恐らく三級程度の冒険者なら、場合によってはこの突撃で鎧を抜かれ、腹を裂かれて瀕死の重傷に追い込まれていたであろう。だが、残念ながら宏相手には、いや、日本人チームにはほぼ通用しない。もっとも防具が薄い達也ですら、今の装備はベヒモスとリヴァイアサンの合成皮革を部分的にグレータードラゴンの鱗で補強した物を着ている。


 巨大といったところで十メートル強のバルザックでは、突撃で弾き飛ばして体勢を崩させる事は出来ても、鎧を貫く事は不可能である。


「さて、しばらく暴れて頭冷えたら、話し合いは通じるんかいな?」


『残念ながら、無理でしょう。バルザックは心の底から人間を憎んでいますから』


「……何でそこまで、っちゅうんは聞いても無意味やとして、どないしたもんかが問題やな……」


『ユニコーンの長としてお願いします。バルザックを……、殺してください』


 宏のつぶやきに答えるように、ユニコーンの長が頼みを告げる。その内容に、側にいた宏だけでなく、その場にいた全員の視線が長に集中する。


『もはや、バルザックは超えてはいけない一線を超えてしまっています。規律を守る意味でも、我らの安全を守る意味でも、生かしておく訳にはいきません』


「……ほんまに、ええんやな?」


『はい。本来なら私の手で行わねばならぬ事ですが、残念ながらこの足ではバルザックに勝てません。嫌な役目を押し付けてしまいますが、よろしくお願いします』


 依頼を躊躇った事を見透かしたような宏の問いかけに、今度ははっきりきっぱり躊躇いも迷いも見せずに言い切る長。その返事を聞いた宏が、達也に目を向ける。


「了解や。兄貴!」


「おう!」


 宏の言わんとしている事を察し、達也が即座に詠唱に入る。最近ちょっとだけ出番が少ない、オキサイドサークルだ。


『オルフィア! 貴様、同胞を人間に売る所まで堕ちたか!?』


『黙らっしゃい!』


 虫のいい事をわめくバルザックを、長が一喝して黙らせる。その声に反応したのか、奥で眠っていた変異ユニコーンが、のそりと立ち上がる。


「また、凶悪な面構えね……」


「あの駄馬が行きつく所まで行きついたら、あんな感じ?」


 完全に理性など失っていそうな変異ユニコーンの姿に、真琴と澪が冷や汗をたらしながら囁き合う。戦闘能力的にはまったく怖いと感じないのだが、それ以外の理由で本能が拒絶反応を示す、そんな外見だ。


 これがいっそ見ているだけで正気を削られて行きそうな種類の外見ならむしろネタにできるのだが、そこまでは到達していないのが面倒なところである。


「春菜、一応お経、やってみてくれる?」


「……了解」


 真琴に言われ、少しためらった後に般若心経を口にする春菜。これまでのあれこれでお経に対して色々思うところが出来ているが、それはお経が悪いのではない。むしろ、修行している訳でもないのにお経を唱える事で怪現象を起こしまくっている、自分達に問題があるのだ。


 そう考え方を切り替え、真剣に祈りながら般若心経を詠む。バルザックがフリーな現状、昨日のように全員がシンクロしてしまうとかなり危険なのではないかという心配が頭をよぎるが、お経を唱えているのが春菜だけだからか、どうやら今回は他のメンバーまで引きずり込まれる事は無いようだ。


 もっとも、その分だけ効果は覿面に落ちているらしく、元からお経で改心するかどうかが怪しかったバルザックはもとより、変異ユニコーンの方もかなりいらついた様子を見せる程度で、普通の変異ユニコーンほど影響が出ている様子はうかがえない。


 恐らく、このあたりが丸暗記によるなんちゃって仏教の限界なのだろう。ちゃんと修業を積んだ訳でもない人間が、適当に覚えた作法に従って経典だけ正しく読み上げたところで、たかが知れているのだ。むしろ、春菜が内包するそっち方面の能力を活かしたいなら、もっと効率のいい方法がいくらでもある。


 そもそもの話、バルザックや変異ユニコーンの動きに気を取られ、真剣に祈っているつもりで雑念が入りまくっている事自体、修業をまったく積んでいないことの証左である。いかにお経が数千年の歴史で練磨されたものであろうと、真剣さが足りていない人間が唱えて効果が出る道理が無い。真言宗でもないのに南無大師遍照金剛と唱えてしまうなんちゃって仏教の限界は、同時に春菜の人としての未熟さも浮き彫りにしていた。


『訳の分からぬ言葉をぶつくさと、気でも触れたか!?』


 特に効果が無かったお経を、バルザックが嘲る。それを聞いていた達也が、頃合いだと見て発動を遅らせていたオキサイドサークルを展開しようとする。


 その瞬間、達也の行動に反応した変異ユニコーンがいななきを上げ、そのタイミングに合わせて宏が


「やかましいわ!!」


 馬達にアウトフェースを叩きつける。宏のアウトフェースが変異ユニコーンから発せられた何かを吹き散らし、そのままの勢いでバルザックと変異ユニコーンを威圧、恐怖のどん底に叩き込む。


『な、何故だ!? 何故我が人間ごときに!?』


『人間を甘く見るからそうなるのです。このあたりが田舎だからそこまでの強者が居ないだけで、各国の首都に行けば単独でこの森を制圧しかねない人間が、少なからずいるのですよ?』


 この期に及んで目の前の現実を受け入れようとしないバルザックに、憐みの目を向けながら世界の真実を教える長。ユニコーンなど、モンスターとして見るならば強くてせいぜいワイバーンと同格。基本群れで行動するから面倒なだけで、各国の中枢にいる実力者なら片手でひねる事が出来てもおかしくない程度の強さしかないのだ。


 だが、バルザックがその言葉を聞き届けたかどうかは分からない。なぜなら


「オキサイドサークル!」


 長の言葉が終わると同時に、達也が多重起動したオキサイドサークルが、変異ユニコーンともどもバルザックを閉じ込め、一気に窒息死させていたのだから。


「さて、こいつどけて最後のポイントに杭打ち込もか」


 完全に生命活動を停止した二頭のユニコーンを引きずってどかし、最後のポイントに杭を打ち込む宏。その間に、春菜と澪が地面に埋まった長の足を掘りかえし、回復魔法で癒す。


「なんや?」


 杭を打ち込み終わる直前に妙な手ごたえを感じ、怪訝な顔をしながら地面に手を当て、地脈を再確認する宏。その様子に気がついた真琴が、宏の傍に近付いて声をかける。


「どうしたのよ?」


「なんぞ、変なもん埋まっとったみたいやねん」


「変なもの?」


「ちょい、引っ張り出してみるわ」


 変なもの、と聞いた真琴が、不思議そうな顔をする。ポイントの真上に変異ユニコーンが居座っていたので断言はできないが、何かを埋めたような痕跡は見当たらなかった。スキルが足りないだけかと念のために澪やアルチェム、セシリアといった専門家に視線を向けると、彼女達も首を横に振る。


「誰か埋めたにしても、昨日今日の話やなさそうやな。なんせ、杭が完全に埋まる直前の深さにあったし」


「それは、誰かが埋めるのは難しそうですね~」


「少なくとも、人間がやるのは大変だと思います」


 宏の言葉を聞き、即座に誰か人間が埋めた説を否定するマーヤとアルチェム。この森の地中は、杭打ち機を使わねば杭が入っていかないほど、硬い根っこが絡み合っているのだ。わざわざ物を埋めるだけのために一メートル半も地面を掘るのは、簡単な話ではない。


 もし人為的にやったのであれば、浅めに埋めて地殻変動などで徐々に深くなるのを期待する方法になるが、仮にそうだとしたら百年単位の時間がかかる。


「まあ、そのあたりの考察は引っ張り出してからやな。ベンディングマテリアルとグリードフィールドで何とか引っ張りだせそうやから良かったわ。掘りかえすってなったら、何のために杭打ったんか分からんところやった」


 そういいながら、宏が目的の物体を引っ張り出す。出てきたのは、砕けた破片全てを集めても赤子の小指の爪ほどしかない、小さな灰褐色の石であった。妙な手ごたえを感じさせるにしてはあまりに小さなそれに、見守っていた人間の疑わしそうな視線が集中する。


 特に瘴気の類を出している訳でもないその石を観察し、宏が一つため息をつく。


「……なるほどな。今回の異変の原因、分かったわ」


「そうなんですか?」


「多分、間違いあらへん。かなり気ぃ長い話やけどな」


 石を聖水入りの瓶に入れて蓋をしながら、呆れを隠そうともせずにアルチェムに答える宏。気の長い話と聞いて、その場にいる人間が訳が分からないという顔をする。


「この石な、ほんのちょっとだけ、周りのもんを変質させる性質がありおるみたいでな。木ぃとかみたいに成長するもんにはほとんど影響ない程度のもんやねんけど、地脈とかみたいに流れはあっても変化はせえへんもんには無視できん程度に影響しおる感じや。

 で、このあたりの地脈はちょっと浅い所にあってな。一メートル半っちゅうんは、このポイントの場合ちょうど真ん中ぐらいなんよ」


「つまり、その石のせいで変質した、ってか?」


「多分な。恐らくやけど、何千年か前にこのあたりにこいつが落ちて、千年ぐらいかけて地殻変動その他で地脈の中心に来て、それからまた千年ぐらいかけてじわじわ地脈変質させて、っちゅうとこやと思うねんわ。

 考えてみたら、ここも他に杭打ったポイントも、分岐したり合流したりで流れが弱なる所やから、影響が残ったり蓄積しやすいねんわ。特にここはここら一帯で一番大きい地脈だまりやし、ここにこいつが落ちたら影響範囲も広いわなあ」


「そりゃまた、気が長い話だな。で、その石による変質、方向性はあの駄馬どもを見れば分かるとして、どのぐらいの期間でどの程度変わる感じだ?」


「近い感覚で言うと、地殻変動で山の高さが年間一ミリ二ミリ高くなる、っちゅう感じや。ついでに言うとこれ、瘴気による汚染やなくて変質やから、浄化系スキルとかやと影響受けんように土地を保護する事は出来ても、元に戻すんはできん感じやねん。

 邪神像から影響受けんのは防げても、洗脳されてもうたら戻されへんのと同じようなもんやな」


 宏の解説を聞き、何処となく納得した様子を見せるアズマ工房組。邪神像的なケースではさんざん苦労しているため、どういう状態なのかが実によく分かるようだ。


「それ、大丈夫だべか?」


「今回は本来の地脈情報が残っとるから、元に戻すん自体はそんな難しい事やあらへん。ただ、影響が消えるまでは結構時間かかりおるけどな」


「影響が消えるまで、どれぐらいかかるんでしょうか?」


「何とも言えんけど、ユニコーンが狂うほどの影響は、一カ月もしたら無くなるはずや。それ以上は最低でも何十年か、下手したら何百年、っちゅう単位で時間かかるかもしれん。

 どういう変質があったか分からんから僕が強引に戻すんも無理やし、そんな真似したら今度、どこにどんなひずみが出るかも分からんしな」


「そうですか~……」


「こういうんは、目に見えるほどの変化が始まったら、実際にはかなり進んでんのが普通や。一気に進んだ分は割と一気に戻せるけど、その土台になったとこまではなあ」


 宏の説明を聞き、ほっとしたようながっかりしたような様子を見せるセシリアとマーヤ。厄介な影響は割とすぐに消えるようだが、それでも、おかしくなった森が完全に戻る訳ではない。それが、この地に住むディーア族と森とともに生きるエルフにとって、とても悲しい。


『……バルザックも、この森の変質にとりこまれたのかもしれませんね……』


 ようやく動けるようになった長が、悲しそうに己の推測を語る。ああなるには色々な要因があったはずなので、それが全ての原因とは言えないだろう。だが、無関係とも思えないし、思いたくない。


「まあ、何にしても、や。杭は全部打ちおわっとるみたいやし、やろう思ったらできそうな感じやからさっさと地脈元に戻してまうわ」


 これ以上はただの根拠のない推論にしかならない。そう判断し、やるべき事を優先する宏。この場で儀式も行わずに地脈を戻すには、エクストラスキル・神の道と特殊陣を組み合わせ、地脈を整備・舗装し直すというやり方が必要になる。少なくとも、宏がこの場で即座に修正するとなると、権能その他の問題でこれ以外の方法は使えない。


 本来なら土木系のスキルは地脈に干渉などできないのだが、エクストラスキルである事と大地そのものに干渉する特殊陣との組み合わせ、そして媒体として杭を打ち込む事で土木工事だと定義をすることで、神の道の能力で地脈を整備できるのだ。


 そんなこじつけに近いやり方でも、もはや神の一柱、それも特定の世界や信仰に依存しない存在となっている宏なら、強引に進めることが可能だ。エクストラスキル・神の匠を取得する前なら厳しかったかもしれないが、今ならばまったく問題なく余裕で実行できる。世界に依存している訳ではないため、この世界の神々のように、直接干渉を禁じるルールにも引っかからない。


 そんな抜け道を利用しまくった宏の圧倒的なエネルギー量により、地脈の整備はあっという間に終わった。


「……こんなもんやな」


「もう終わったの?」


「ちゃんとした準備しとったし、単に調整したエネルギー流しこむだけやからな」


「そっか。見た目に変化もなかったし、すごいエネルギーが動いた事しか分からなかったから、終わったかどうかが分からなくて」


「浄化と違って地脈の整備は地味やからなあ……」


 などと春菜と話しながら、相当疲れたように首や腕を回す宏。個人の持つエネルギーだけで広範囲の地脈を修正したのだから、疲れるのも当然である。


 そもそも、本来は十日から二週間ぐらいかけて、森の外と中から一カ所ずつ修正していく予定だったのだ。それをできそうだったからという理由で、自分一人のエネルギーだけを使って一気に修正したのだから、疲れない方がおかしい。


 しかも今回は、本当なら何日もかけてちょっとずつ修正すべきところを、ほんの数分で修正している。その分発生する反動も大きく、それを全て宏が一人で押さえこんだのだ。むしろ、消耗していなければこの世界の神々の立場が無い。


 そうでなくても舞台装置である神々以外が地脈に直接干渉するのは、ある意味では世界に喧嘩をふっかけるのと変わらないのだ。一見フォーレの時に直接干渉していたように見える闇の主達ですら、呪いやら何やら下準備をした上で、時間をかけて間接的に影響を与えることで成し遂げている。そうしなければ、闇の主どころかその生みの親でも、下手をすれば消滅の危機にさらされるぐらいの反動が来る。


 それなのに宏は、儀式をはしょっての直接干渉をウルスより広大なユニコーンの森全域に対して行った揚句、期間まで短縮しているのである。エルザあたりに言わせれば、この世界由来の神でもない宏がそんな真似をして何故無事に存在していられるのか、小一時間ほど問い詰めたい事案という事になるだろう。


『ありがとうございます。新たな神であるヒロシ様、いえ、まだ神として敬われるのはお嫌いなようですので、あえてヒロシ殿と呼ばせて頂きましょう。ヒロシ殿に、ユニコーンの長として感謝させていただきます。

 お礼と呼べるかどうかは分かりませんが、我々が管理しているユニコーンの角の一部と、そこにある愚か者たちの亡骸を差し上げます。不要なら適当に捨ててくださっても構いません』


「そらありがたいけど、ほんまにええん?」


『もちろんです。ユニコーン全体を危険にさらした愚か者どもではありますが、せめて死体だけでも何かのお役にたてれば、少しは償いになるでしょう』


 同胞に対して、案外シビアなユニコーンの長。その言い分に顔を引きつらせつつ、死体そのものはありがたく素材としていただくことにする。


「ねえ、師匠、春姉」


「なんや?」


「どうしたの、澪ちゃん?」


「ユニコーンって、馬刺しにできる?」


「一応新鮮だし、作ってみて変な影響が残ってないか確認してから、かな?」


「せやな。いけそうやったら、馬刺しだけやなしに叩きとかにもしてみよか」


 何処となくしんみりした雰囲気を叩き潰すかのように、いきなり食い気に走る学生組。その切り替えの速さに驚き、思わず年長組を凝視するユニコーン関係者に、平常運転だとばかりに肩をすくめて首を左右に振る達也と真琴。


 こうして、最後までシリアスになりきれぬまま、ユニコーンの森の異変は解決したのであった。








 一方その頃、森の外では……。


「こんなところに、ワイバーンの群れだと!?」


「作業班の避難状況は、どうなっていますか!?」


「作業班、結界内への避難が完了しました!」


 ブラックワイバーンの群れが調査隊を襲撃していた。その出現タイミングは、まるでペガサスを追いかけて来たかのようだ。


 このあたりはワイバーンが好むような高山からは遠く、また人間の集落やユニコーンのような戦闘能力の高い生き物の住み処が近いため、余程の事が無い限りは本来ワイバーンが飛んでくるような場所ではない。


 それが飛んできているだけでもおかしいのに、その数がまたおかしい。見て分かるだけでも十数体。更に後ろからも続々と飛んできている。


「むう……」


 そんなワイバーンの一体を叩き落とし、首をはねて仕留めたレイニーが不満そうに唸る。


「何か問題でもあるのか?」


「ワイバーンなんて、いくら狩ってもハニー達のお土産にならない……」


 同じように急降下して襲ってきたワイバーンの首を跳ね飛ばしたバーストの質問に、実に不満そうにそう言うレイニー。


 他の人間がワイバーンへの対処でいっぱいいっぱいだというのに、やけに余裕である。


「そりゃまた贅沢な話だねえ」


「ハニー達、ワイバーンの素材なんて腐るほど持ってる」


「あの連中だからなあ」


 ユニコーン達が唱和するお経をBGMに、降下してくるワイバーンを次々屠りながら、妙に温い会話を続ける暗殺者組。


 もっとも、一見余裕そうに見えるバーストとレイニーだが、現実にはそれほど簡単にワイバーンを仕留めている訳ではない。


 本来、バーストやレイニーのようなタイプは、今回のような乱戦に向いている訳ではない。ワイバーンのようなタフで攻撃力があり、空を飛びまわっていて攻撃機会を作りにくい相手との乱戦というのは、彼らにとって最悪の状況の一つである。


 何とかなっているのは単純に、味方が余計な事をしないでくれている事と、ワイバーンの動きが何故か荒く、技量を駆使すれば不意打ちと変わらない状態で攻撃できるからという二つの要素があるからにすぎない。


 何か一つ状況が傾けば、暗殺者組は瞬く間に窮地に追いやられかねないのだ。


「……親玉らしいの発見。仕留めに行く」


「こっちも見つけた。あいつらを何とかすれば、こいつら巣に帰るのかね?」


「やってみないと分からない」


 ひときわ大きなワイバーンの背中に乗っている、人型の何か。それを発見した暗殺者組が行動を開始しようとするより速く


『そこのセバスティアンとディフォルティア! 我らの背に鞍なしで乗って、空中戦を行う技量はあるか!?』


「その程度、問題ありません!」


「天馬の背で華麗に舞うのは、ディフォルティアの必修科目ですわ!」


『では、我らの背に乗れ!』


 ティアンとジョゼットが斑模様のペガサスに乗り、空中戦に移行する。


「さて、お兄ちゃんは空中戦の手段がねえんだよなあ……」


 いつの間にかバイクで空を走り回っているレイニーと、既に空中戦を始めているティアン達を見上げてぼやくバースト。


 その間もワイバーンが急降下しては、バーストを食い散らそうと襲いかかってくる。


 倒しても倒しても新たに飛来するワイバーン。どうやら、本格的に親玉を殲滅しなければならないらしい。


「こりゃまいったね」


 どうにかして空中に上がろうと色々模索しながら、更に仕留める事三体。ワイバーンの巨体により、ついに地面が埋め尽くされる。


 これ以上仕留めると、どんどん足場が悪くなっていく。そうなると、いずれ詰む。周囲の斑ユニコーンも一生懸命角から仏教ビームを発射して改心させているが、残念ながら減る数と増える数は均衡している。


「しゃあない。いっちょやってみるか」


 数を減らす事をあきらめ、回避に専念しながらバーストは覚悟を決める。自力で飛べないのなら、飛んでいる生き物を利用すればいいのだ。


 おあつらえ向きに、ひたすらバーストを食おうと頑張っている、ひときわ大きなワイバーンが一体いる。そのワイバーンに狙いを定め、次の急降下のタイミングをはかる。


「よっと!」


 突っ込んできたワイバーンをジャンプでかわし、その首の付け根に飛び乗る。食おうとした標的を見失い、わたわたしながら空へ舞い上がるワイバーン。


 首尾よく空へ上がることに成功したバーストは、タイミングを見切って次々に新たなワイバーンを足場にして飛びまわり、新たに飛んできたワイバーンに乗った立派な角を持つ親玉っぽい何かの背後を取る。


(当たりだといいんだがねえ)


 そう心の中で呟きながら、容赦なく首を落とし四肢を分断し、心臓をえぐり出す。


 バーストが親玉っぽい何かを仕留めると同時に、バイクをパワードスーツ形態に変形させたレイニーが三体目の悪魔系モンスターを、ティアンとジョゼットがそれぞれ二体目を仕留める。


 親玉っぽい悪魔系モンスターを全て仕留めたところで、飛来しようとしていたワイバーンが方向転換し、遠くへ飛び去る。どうやら、これで正解だったらしい。


「さて、後はどうやって下りるか、だなあ」


「変態、つかまるといい」


「おっ、悪いね」


 いざとなれば短距離転移で、と考えていると、パワードスーツ形態のまま飛び回っていたレイニーが、文字通り救いの手を差し伸べてくれる。


 ありがたくその手にすがろうとしたその瞬間、それまでの悪行が祟ったか、バーストに不幸が襲いかかる。


 まず最初に起こった不幸、それは、バーストが足場にしていたワイバーンをユニコーン達が誤射し、撃墜してしまった事だ。


「あっ」


「おろ?」


 ワイバーンがきりもみしながら墜落した結果、レイニーの手を取り損ね、空中に投げだされるバースト。そこに更に追い打ちをかけるように、新たな不幸が襲いかかる。


 先ほど執拗にバーストを狙い、足場にされたワイバーンが、ユニコーン達の放つ弾幕をすりぬけてバーストをパクリと咥えたのだ。


「えっ?」


「あっ」


 バーストを口にくわえ、そのまま悠然と飛びさるワイバーン。その後に続くように、他のワイバーンも規律正しく編隊を組んで飛び去っていく。


 何故かカラスの鳴き声が唱和しているのが、シュールさを何倍にも増幅する。


「……惜しくない変態をなくした」


「これから、ちょっと不便になりそうですね」


 春菜達の真似をして合掌するレイニーに、特に困った様子も見せずに割と酷いコメントで同意するジョゼット。


「いや、さすがにそれはちょっとどうかと思うんですが!?」


「でも、腕が落ちるだけで代わりはいますよね?」


「そうかもしれませんが、そうではなくて!!」


 中々薄情な事を言うジョゼットに対して、頭を抱えながら必死に突っ込みを入れるティアン。不便にはなるが、居なければ居ないでさほど惜しくない。そんなバーストの立ち位置を否定できないのが、ティアンにとっては一番頭が痛い。


 もっとも、突っ込みを入れているティアンにしたところで、報告書が面倒だとか、アサシンギルドに対する補償のための予算が、とか、そっち方面の心配が一番先に来ているので、薄情さでは五十歩百歩だろう。


「ハニー達が戻ってきたら、どんな反応するんだろう?」


「それほど仲良く行動してた訳でもないのが、予想しづらいところですね」


「というかディフォルティアの人、地味にあれがあの程度で死ぬと思ってない気がする」


「あれぐらいで死ぬようなら、そんなに対処に困らないんですよね。というか、あなたもあれで死んだと思ってないでしょう?」


「ああいう変態は、死体を見るまでは死んだと断定できない」


 好き放題言いまくるレイニーとジョゼットに、突っ込みをあきらめて沈黙するティアン。自業自得とはいえ、こういう状況でも誰も身を案じてくれない、なかなかに哀れなバーストであった。

お兄様がこうなるのは、登場時点で確定してました。

ただ、どこで挟むかだけが決まってなかったという。

これに関しては、本編中に一応非常に遠まわしな伏線も張ってありますし。


なお、次が世界編のエピローグです。

おそらくそのまま、邪神編に入ります。

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