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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

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第27話

「んで、オレは何を作ればいいんだ?」

 そろそろ日暮れ時のオルガ村。マーヤに連れられて宏と澪が顔を出したのを見て、話を聞く前にシームリットがそう切り出した。

 この時春菜と真琴、達也の三人は森での出来事を調査隊に報告し、翌日の作業ポイントに印を入れるために再びベースキャンプまで戻っていた。

 余談ながら、地脈に異常があるポイントは、地味に春菜と澪も探知可能である。宏の説明を聞いてこっそり探知を試してみたところ、事前情報があれば十分見分けられる事が判明したのだ。なので、作業効率も考えて春菜がポイントにしるしを入れる側に回っている。

「話早くて助かるんやけど、その前に溶鉱炉と自分の作った道具類、ちっと見せてもろてええか?」

「おう」

 宏に促され、商売道具も含む自作の道具類を全て披露するシームリット。それらを見た宏と澪が、一つ頷く。

「思った通りやな」

「ん、これならいける」

「合格点もらったみたいだし、オレは何を作ればいい?」

 シームリットの問いに答えるように、宏が鞄の中から鉱石を次々に取り出す。その鉱石を見たシームリットが、真剣なものに変わる。

「ミスリル、か?」

「正確には、作るんは聖銀やな。自分、作れん事はないやろ?」

「ああ。ディーア族の村から注文が入るんでね。それ以外の出番はねえが、ミスリルだけは常にある程度ストックしてある」

「ほな、問題ないな」

 睨んだ通りの腕を持つシームリットに満足し、宏は必要な材料を次々に準備していく。それに合わせて、澪が他の道具類を取り出して並べる。

「処理の問題があるから、聖銀そのものは僕が作るわ。自分はそいつを杭に加工してほしいんよ」

「杭? どれぐらいの大きさだ?」

「大体二十五センチぐらいの径で一メートル半ぐらいの長さやな。大きさはそんなにシビアでなあてええけど、ちゃんと地面に刺さるように作ってもらいたいねん」

「それぐらいは大した問題じゃねえが、それ、どうやって地面に打ち込むんだ?」

「調査班には工兵もおるからな。その人らをこき使う予定や」

 宏の説明を聞き、シームリットが難しい顔をする。聖銀はミスリル同様、金属としては柔らかい部類ではあるが、ちゃんと地面に刺さるように加工すること自体は問題にならない。仮に強度に問題が出たとして、それぐらいはエンチャントその他でどうとでもなる。

 問題なのは、一メートル半という長さだ。このタイミングで作るのだから恐らく森の中で使うのだろうが、その長さ全てが地面に埋まるように打ち込むとなると、かなりの重労働である。

 やってやれない事はないだろうが、どうにも宏が想定しているよりはるかに時間がかかるのではないか、そんな気がしてならない。

「なあ、それって、道具あった方がいいんじゃねえか?」

「そうか?」

「工兵って職業がそういうのの専門だってのは知ってるが、今回は大した人数で来てねえだろ? 地元民としては、それこそ素人でもぶちこめるような道具でも用意しとかねえと、そんなにスムーズにいかねえ気がすんだよなあ」

「なるほどなあ。地元民の意見は大事やなあ。マーヤさんも同意見か?」

「そうですね。あの森、頑丈な根っことか地面いっぱいに広がってるので、三十センチ以上の深さになると杭とか物凄く入りにくいんですよ~」

 シームリットに続き、マーヤも同じ指摘をしてくる。地元の二人の意見を聞き、宏が楽観的な考えを修正する。

「そうなると、魔力かなんかで衝撃与えて一気に打ち込む道具が要るか。杭の方に細工するっちゅう手もあるけど、目的考えたら本命以外は強度上げるだけにしといた方がええやろうし」

「ん。地面に余計な干渉して、更におかしくなったらアウト」

 宏の考えに、澪が同意する。目的が地脈の情報に対するアクセス経路を作る事なのだから、物理法則にのっとった方法以外で、大地に余計な干渉をするのは避けた方がいいだろう。

「っちゅう事は、作るべきはパイルバンカーやな」

「ん」

 妙にわくわくした様子で提案する宏に、澪が目を輝かせながら頷く。パイルバンカー。ロボットもの、それも泥臭い戦い方をする作品が好きな人間にとって、それは魔法の言葉である。

 普通に考えて、むしろ今まで宏が作っていなかった方が不思議だと思われそうだが、これまで潜地艇以上に使いどころが無かったため、珍しく自重していたらしい。

 現実に、宏達が直接自分の手で杭を地面に打ち込んだのは、オルテム村のアランウェン神殿修繕の時ぐらい。それ以外の基礎工事は、大半が杭を打ち込むほどの作業が必要なかったり人海戦術でどうにかできたりと、杭打ち機が必要になる事がまったくなかったのだ。

 故に、今回のように口実があれば、まったく自重することなく余計なところまでハイスペックな物を作るのは当然だと言えよう。

「まず、要求仕様やな。誰がやっても簡単に位置決めできて、反動でずれたり倒れたりせんように装置全体固定したる必要があるな」

「ん。後、可搬性」

「せやな。森ん中持って運ぶんやから、取りまわし悪いんはアウトやな。ついでに、重量も軽くしたらんとあかんか」

「軽くし過ぎると、反動で動く」

「それは固定の方の課題やな」

 時間を無駄にしないよう、聖銀を作りながら杭打ち機の仕様を詰めていく宏と澪。その手際の良さと息の合い方に、目を丸くするマーヤの隣で、シームリットが何やら思案する様子を見せる。

「なあ、ちょっといいか?」

「なんや?」

「その杭打ち機、武器として使えねえか?」

「……まさか、こっちの人間からそういう意見聞くとは思わなんだわ」

 シームリットの発想力に、宏が戦慄する。常識的に考えるなら、見ただけで武器としては使い物にならないと分かる土木用のパイル。それを武器として使おうなんて発想を、いくらマルクト人とはいえこちらの世界の人間から聞くとは思いもよらなかったのだ。

 そもそも、単純な杭打ち機が武器として成立するのは、最低限ちゃんと杭が刺さる相手という前提条件がある。柔らかすぎたりサイズが小さすぎたり、逆に杭が刺さらないほどの強度だったりすると、杭を打ち込むための衝撃で吹っ飛んだり滑ったりして全くダメージにならない。

 また、生身で使う場合、杭打ち機の反動に負けないだけの手首や腕、足腰の強さが求められる。それだけの肉体能力があれば、大抵の重量武器を使いこなせるので杭打ち機を使う意義が薄い。

 さらに、それらの条件を満たしても、相手が固定されているか杭打ち機の衝撃程度では動かないほどの重量でなければ、衝撃が逃げてやはりダメージにならない。打ち込む時に結構長い時間、使い手の動きも完全に止まってしまうリスクも考えると、使える条件は非常に限られてしまう。

 そんなこんなから、杭打ち機は余程巨大な相手以外には単なるロマン武器となってしまうのだ。故に、宏もいずれやりたいと思いつつ、実用性の低さとやるべき事の多さから後回しにしていたのである。

 宏ですら後回しにせざるを得なかったような実用性の低いものを、ちょっとした会話を聞いただけで思いついたシームリット。なかなかの有望株かもしれない。

「とりあえず、ものっそいデカイ奴以外には使いもんにならんで」

「だろうとは思うが、具体的には?」

「使う杭の大きさにもよるけど、最低ラインは全長十メートル以上やろな」

「そんなにでかいやつじゃないと駄目か?」

「そんぐらいの大きさやないと、杭が刺さる前に衝撃で弾き飛ばされて大したダメージにならんと思うんよ。それに、それ以下のサイズやとな、大概は普通に大技か魔法で殴った方が手っ取り早いやろうし」

「あ~、なるほどなあ」

 宏の説明に、シームリットが納得する。一部例外を除き、まともな冒険者がどつきあいできるサイズの限界は十メートル以下で、そのあたりまでは割とダメージを与える手段がある。

 余談ながら、一般的なモンスターの討伐難易度は、全長が大体五メートル大きくなるごとに跳ね上がる。理由は不明なれど、五メートルまでは順当にサイズに従い鈍重になっていた動きが、境界線を超えた途端に三十センチ程度の大きさのモンスターと同じ機動性を持ち合わせるようになるのである。

 それが、五メートル刻みの境界を超えるたびに繰り返され、その癖生命力や皮膚の厚み・頑丈さなどはちゃんとサイズに比例するため、どんどんどんどん難易度が上がっていくのだ。

 もっとも、全部がこの法則に従う訳ではないし、同一種の機動性は普通にサイズに比例して鈍重になっていく。四メートル半の超大型ポイズンウルフが、成長して五メートルを超えた途端に、すばしっこいモンスターの代表格であるファーラビット顔負けの機動性を見せる、などという事はない。

 また、機動性が上がるのもある程度限界はあり、流石に三十メートル級が三十センチ級と同じようなすばしっこさで動く事はまずない。それでも、図体の大きさや重量から見ると破格のスピードで動き回るので、まったく救いにはならないのだが。

 宏が提示した十メートル以上、というのは、そう言ったもろもろを踏まえた数字でもある。

「つうかさ、それだと使う人間も二メートル以上でそれ相応の体重と筋力がいるんじゃね?」

「使い方次第やけど、相手に固定せんとぶっ放すんやったらいるやろな」

「だよなあ。そもそも、相手に固定するとか、どうやんだよって感じだし」

 などと言い合っているうちに、五本分程度の聖銀が完成する。溶鉱炉の大きさの問題で、一度に作れるのはこれがほぼ限界である。それでも携帯用溶鉱炉よりは一度に精製できる金属の量が多いので、作業効率で言えばかなり違いがある。

「まあ、細かい仕様は後で考えるとして、今は杭を作るん優先やな」

「だな。じゃあ、オレも始めるか」

 渡された材料を手にとって観察、一つ頷くと、シームリットはハンマーに魔力を込める。そして

「オレのじゃねえし!」

 例の掛け声とともに、気合を入れてハンマーを振り下ろす。その掛け声にぎょっとして、思わずシームリットに注目してしまう宏と澪。

 そんな二人にかまわず、真剣な表情でハンマーを振るい続けるシームリット。職人にあるまじき掛け声とは裏腹に、作業そのものは実に丁寧に行われている。

「なんっちゅうかこう、びっくりな掛け声や」

「ネタ師以外でああいう掛け声、初めて」

 あんまりにもあんまりな掛け声に、我に返った宏と澪が作業を再開しながら何とも言い難い表情で囁き合う。そんな状態でも、たかが聖銀の加工や処理ごときでは失敗しないあたりは、流石だと言えよう

「あ~、シームリットさんが修行した工房、そういう流派だったらしくて……」

「どんな流派やねん」

「踊りながら足で踏んで鍛えるよりはよっぽどマシだ、とか言ってましたよ~?」

「師匠、マルクト奥が深い……」

「ほんまになあ……」

 マーヤから説明された内容、その奥の深さに何処となく遠い目をしてしまう日本人組。フェアクロのプレイヤーだったと思われる人間がいたのが約三百年前と比較的最近だからか、マルクトはネタ方向で日本人的な感性を感じさせる要素がやたらと多い。

「あ、でも師匠」

「なんや?」

「ヒヒイロカネの加工だったら、どっちも有効かも」

「あ~、ありそうやなあ……」

 そのあたりの真相は分からないが、ヒヒイロカネの加工に関する特性を考えると、確かに有効かもしれない。

「まあ、そのあたりはどうでもええから、さっさと杭の数揃えて杭打ち機試作しよか」

 横道にそれた思考を切り替え、今やるべき事に全力投球する。必要な杭は二十七本。予備も含めて三十本として、現在用意できているインゴットは五つ。後五回、精製作業が必要だ。

「うっし、一本目終わり! 次! オレのじゃねえし!!」

「最終処理終わり」

「次の五本分、そろそろ精製終わりやで」

「三本目、行くぜ! オレのじゃねえし!!」

 意識を切り替え作業に集中すると、一気に加工効率が上がる。一時間かからないぐらいの時間でシームリットは第三ロットまで杭に加工し、宏も精製作業を終える。

 その間、マーヤは何をしていたかというと……。

「お酒はこんなものとして……」

 大量の酒類や酒のつまみ、夕食の材料などを調達し、家の中を片付けて、といった感じで、最近バタバタしていて手抜きになっていた家事を一気に進めていた。

 料理はともかく、普通片付けや掃除などは作業のためとはいえ客人が来ている時にはやらないものだが、どうせ全員作業に没頭していて、作業場はともかく居住スペースの方は誰も気にしないだろうと、暇にあかせて一気にけりをつけたらしい。

 やはり、バーストやシームリットと仲良くやっているだけあって、マーヤも結構変わった女性だと言えよう。

「あの分だとまだまだかかりそうですし~、夕食はちょっと時間のかかる煮込み料理にしましょうか~」

 あくまでもマイペースに、自分の好みに合わせて夕食を決めるマーヤ。とは言え、恐らく昼に食べているであろう山菜の煮物は避け、燻製肉を主体に根菜多めのシチュー的なものにするぐらいの配慮はしている。

 昨晩の残りものでもない限り、この村で時間がかかる煮込み料理が昼食に出てくる事などない。継ぎ足しながらずっと煮込んで、いつでも食べられる状態にするなんて文化は、オルガ村には一切存在していないのだ。

「お~、ええ匂いやな~」

「おっ、今日はシチューか。うちの嫁、戦士だけど料理は上手いんだぜ」

「師匠、後で食材補填」

「わかっとる。何がええやろな」

 結局、宏達が作業を終えたのは、シチューが完成してついでにもう一品、森の幸の焼き物を完成させたところであった。

「お疲れ様です。作業は全部、終わりましたか~?」

「杭打ち機だけ明日実際に使ってテストせなあかんねんけど、それ以外はできたで」

「それは良かったです。じゃあ、明日は朝から、ですね」

「せやな。全部終わったら、この酔いどれ兄さんと杭打ち機武器にする研究、っちゅう感じやけど」

 自分達の仕事を終え、すがすがしい笑顔でマーヤに明日以降の予定を告げる宏。それを聞いてマーヤも笑顔を浮かべる。彼女は、自分の夫や宏、澪といった愚直なまでに職人仕事にこだわり、思いついたものを実現するために努力や工夫を惜しまない人間が大好きなのだ。

 そのままマーヤの料理をご馳走になる宏達。自分達でつくる料理には劣るとはいえ、味だけで言えばテレスが作るものより美味しいその料理に感心し、地味に結構高レベルのモンスター食材も調理できると聞いて容赦なく余りに余った食材を補填及び報酬の一部名目で押し付ける。

「ヘルハウンドですか。美味しいんですか~?」

「塩焼きが最強、っちゅう感じやな。ただ、火ぃ通し過ぎたらいきなり歯ぁ立たんほど硬なる上に、えぐい匂いしおるからそこは要注意な」

「この砂鮫のキャビアっての、飲兵衛には最強だな」

「ん、自分で取らなきゃ高級食材」

「あ、このお菓子初めて見ます。美味しいですね」

「シュークリーム。春姉が子供達のおやつに作って余らせて、存在忘れてた。腐敗防止の食糧庫に入れてなかったら、かなりアウト」

 などと、あれこれ話し合いながら、押し付けられたものを吟味していくシームリットとマーヤ。渡した方も渡された方も物価に疎いため、口では高級食材などと言いながら、実際にそれらがどれだけの値段になるかを全く理解していないのが面白いところである。もっとも、どれもこれも流通に滅多に、もしくは一切のらない類のものなので、そもそも売りに出された事のないシュークリーム以外は、貴族でもなければ値段など知らないのが普通だが。

 結局、夫婦はそうと知らずに、全て換金すれば十年は余裕で食っていけるだけの食料品を押し付けられるのであった。







「ハニー」

「おう、レイニーか」

 シームリットの自宅兼鍛冶場を出て、宿泊場所へ向かう途中。そろそろ春菜が準備したコテージが見えてきた所で、宏達にレイニーが声をかけてきた。

「殿下に用があるってタツヤから聞いた。定時連絡ちょっと遅らせたから、その時に一緒に話をする」

「了解。ほな、うちのコテージ使う方がええな」

「使っていいの?」

「話の間だけやけどな」

 思いもよらない話に、レイニーが澪の方を見る。レイニーの視線を受けて、一つ頷く澪。それで、仲間内ではもう話がまとまっている事をレイニーが理解する。

 地味に、健康な状態のレイニーを宏達の方からプライベートスペースへ招き入れるのは初めての事だが、それなりにレイオットからの仕事をこなしてきた今のレイニーは、ここで羽目を外しては二度とチャンスは巡って来ないことも理解している。

 故に、今回は宏の用件だけか、せいぜい昼のうちに作った地図を渡して、ついでに細々とした報告をする以上の事はしないつもりだ。春菜が厚意でお茶などを用意してくれた場合はありがたく頂くが、これに関してはむしろ、そっちの方が波風が立たないからである。

「ただいま」

「お帰り。準備はできたんだ?」

「明日朝、実験はせなあかんけどな」

「実験?」

「ここが地元のシームリットさんとマーヤさんに言われてな。あの森、三十センチも掘ったら根っことかびっしりで、普通にハンマーでたたいたぐらいやと杭が刺さらんのちゃうか、っちゅうから、杭打ち機も作ってん。でも、急造品やから上手く動くかは実際に使ってみんと分からへんから、明日一カ所目でちょっとチェックしてみよか、ってな」

 出迎えた春菜に、宏がざっと作業内容を説明する。その説明を聞き、なるほど、という感じで春菜が頷く。地元民の意見を軽視するような、そんな傲慢さは春菜にもない。

「春菜さんの方は、どない?」

「ちゃんとポイントはマークしてきたよ。ただ、森の中は無理っぽいから断念したけど。これ、マーク入れてきた場所の地図」

「さよか。……特に問題はなさそうやな」

「真上に来たらはっきり分かったから、多分大丈夫だと思うよ。ただ、おかしくなってるって聞いてなかったら、多分違和感なかったと思うけど」

 明日の作業に関わってくるポイントへのマーキング。それについて春菜から報告を受け、小さく頷く宏。実のところ、そっちはさほど心配していない。

「で、レイニーさんが一緒って事は……」

「これから定時連絡するっちゅうことやから、そこに便乗させてもらうことになった」

「了解。お茶用意するから、食堂使って。もう私達もご飯食べたから。レイニーさん、晩ご飯は?」

「もう食べた。ありがとう」

「そっか。じゃあ、お茶だけ用意するね」

 ダールの頃を思えば、嘘のように穏やかで和やかな関係を見せる春菜とレイニー。レイニーが待てを覚え、ある程度自制がきくようになったのもあるが、フォーレの時に弱ったところを春菜達が保護したのも、関係改善には大きかったのだろう。

 春菜にしろ真琴にしろ、今ではレイニーをちょっと困った性癖をもつ、常識にかなり疎い妹ぐらいの感覚でとらえつつあるのだ。

「定時連絡、定時連絡」

『レイニーか。時差を考えても、今日は妙に遅かったな』

「ハニーから殿下に頼みたい事があるって言うから、ハニーの作業が終わるのを待ってた」

『ヒロシが私に? 随分久しぶりのような気がするな。そこに居るのか?』

「居る。今はハニー達の厚意で、宿泊場所の食堂を使わせてもらってる」

『そうか。代わってもらえるか?』

「了解」

 レイオットとのやりとりを済ませ、宏にバトンタッチするレイニー。レイニーから通信具を受け取り、ついでに同席している人間全員の声を拾えるようにモードを切り替え、宏が会話を始める。

「レイっち、ばんは」

『ああ。こんばんは。出先で私に頼みごとを持ちこむとか、どう言った風の吹きまわしだ?』

「ちょっと情勢が色々あやしなってな。先手打って準備はじめとかんとヤバそうな感じなんよ」

『……どう言う事だ?』

「とりあえず、その話は先にレイニーの定時連絡済ませてからにしよか。そっちはそっちで、多分それなりに重要な話もあると思うし、僕の話先にやって、そういうのを上の空で聞き流したり軽く考えたりもまずいし」

『ああ、そうだな。レイニーに代わってくれ』

 宏に言われ、先に定時連絡を済ませる事にするレイオット。宏に指摘されたように、レイニーからの定時連絡はそれなりに重要な話がいくつかあり、通信機の向こうで眉をひそめる事になる。

『幻獣の異変は、なかなか深刻な事になっているようだな。お前達に同行していなかったはずのレイニーですら、これだけの情報を拾ってきているのか……』

「僕も今聞いてびっくりや。ユニコーンだけやなしに、野生馬の一部もおかしなっとるとはなあ……」

『これは、マルクトの王家と一度話し合っておいた方がよさそうだな。お前達が首尾よく解決してくれたとしても、影響がすぐに消えるとは思えん』

「せやな。いっぺん出た影響は、結構長い事残ると思うわ」

 レイニーの報告を聞き、渋い顔をする羽目になる宏とレイオット。お茶を用意してきた春菜や、宏の頼みごとがダイレクトに影響してくる他の日本人メンバーも、かなり表情が硬い。

『それでヒロシ、お前の頼みたい事とは?』

「ちょっとな、城建てられる土地貸してほしいんよ」

『土地? というか、城を建てる、だと?』

 宏の言い出した、どう聞いても大事にしかならなさそうな言葉を思わず聞き返すレイオット。宏は簡単に言うが、城を建てるのもそのための土地を用意するのも、そんなに簡単にできる事ではない。

「土地自体は、城が出来てもうたらすぐに空くねんわ。ただ、流石に築城そのものに一カ月ぐらいはかかりおるから、その間占有してても問題あらへん土地を借りたいねん」

『……やりたい事は理解した。正直、城が建ってしまえばすぐに土地が空く、という点がなぜそうなるのか理解できないが、土地の用意自体は可能だろう。ただ、今日言って明日、というのはさすがに無理だ』

「そらそうやろう。すぐに用意できんと思ったから、幻獣がらみが始まったばっかりのこのタイミングで声かけてん」

『なるほどな。とりあえず、一度父上に話を持っていく。恐らく最終的には、マルクトも含めた同盟国との話し合いになるだろうが、主体が何処になるかはともかく土地そのものは間違いなく用意できるはずだ』

「分かった。頼むわ」

 今までにない大規模なお願いに、話が大きくなりそうな予感を覚え腹をくくるレイオット。色々と便宜を図ってもらっている三カ国同盟にとって、蓄積している借りを多少でも精算できるチャンスなのだから、否はない。

 借りの清算としてはジズの解体の時にファーレーンとしてアズマ工房のために人を出したが、実のところリヴァイアサン料理により騎士団が微妙にパワーアップしたため、借りを減らした事になっているかどうかは微妙だという認識になっている。

 つながりが深く、人を出す機会が多いファーレーンですらそうなのだから、最近は見合わない値段で安く色々やってもらう一方になっているダールやフォーレ、色々面倒事を解決してもらったのに碌に報酬も渡せていないローレンなどは、この機会にそれこそ何でもやろうとするだろう。

 そのあたりの調整はレイオットの手に余るので父に丸投げになるが、間違いなく何処がイニシアティブを握るかで紛糾しながらも、土地の選定や必要な土木作業の開始は異常な速さで行われることになるに違いない。

『それにしても、なぜ今になって城を造ろうと思ったのだ?』

「色々きな臭い話が出とる上に、地脈の情報まで狂っとるからな。ほんまの意味での絶対安全圏を作るんに、デカイ方の森羅結晶で神の城建てといた方がええか思ってん。あれやったら出入りは僕らが完全に管理できるし、基本空に浮いとるか亜空間に隠れてるかやのどっちかやから、それこそ世界が滅んでも内部は安全やし」

『……またしても、国際的なパワーバランスに激震を与えるつもりなのか……?』

「そうなるかもしれんけど、多分必要になるで。まあ、それ以前の問題として、あんなデカイ森羅結晶何年も死蔵しとったら、それこそ碌な事にならんし」

『いっそ、どこかに領地でも持つか、ミダス連邦か大陸中央あたりの領有権が曖昧な場所で都市国家として独立してくれないか? 正直、そろそろお前達がフリーの一工房というのは、色々無理が出てきている』

「無茶いいな。故郷(くに)に帰るんが目標の僕らに、都市国家とか領地とかの運営なんざできる訳あらへんやん」

 宏の言い分に、思いっきり眉をひそめてしまうレイオット。聞かされた内容が内容だけに、どうにも非常に胃が痛い。

 エアリスを通じてアルフェミナから、宏がもはや神の一柱となっている事は教えられている。その時に、いずれ本人の意思とは関係なく、というより本人にそのつもりが無いままどこかに神域を作るだろうと言われていたが、こんなに早くその通りになるとは思いもよらなかった。

 相手は神なのだから、無茶ぶりの十や二十は仕方がない。そうは思うものの、できる事なら神域作りになど関わりたくなかった。

「で、まあ、どないしたところで下準備の土木工事と実際の築城に何カ月かはかかりおるやろうから、その間に色々準備しつつ、せっかくの誕生日プレゼントを使わせてもらうつもりや」

『……多少は自重してくれると助かる……』

「約束はできひんなあ」

『本当に、頼む……』

 大量に投下された爆弾に、恥も外聞も投げ捨てて頭を抱えるレイオット。彼にここまでの態度を取らせる事ができたのは、後にも先にも宏だけである。

 まったく自慢できない話だが。

「とりあえず、こっちの用件はそんだけや」

『分かった。レイニーの方は、他には何もないか?』

「特にはない。殿下、指示の追加・変更は?」

『すぐに決められんことばかりになっているからな。しばらくは現状維持だ』

「了解」

『では、用件は全て終わったようだから、これで通信を終える』

 周囲の声を拾っている事に気がついていたレイオットが、そのままレイニーに確認を取ってから話を切り上げる。通信が終わったところで、黙って聞いていた春菜と澪、いつの間にか食堂に来ていた達也と真琴が、色々聞きたそうに宏に視線を向けた。

「ねえ、宏君。色々質問いいかな?」

「色々説明せなあかんやろうから、何でも聞いてや」

「うん。じゃあ、まず手始めに、神の城、っていうほどのものが、一カ月で完成するの?」

「あれはな、敷地の定義した上で必要量の資材積み上げて、コアの部分作って設置したら、後は勝手に敷地内の資材を取りこんで築城しおるねん。そんときに足らんかっても後から追加できるし、上位の素材突っ込んで成長させることもできるしな」

「あ~、もしかして、いわゆるシミュレーションゲーム的な建築システムになってるの?」

「そんな感じやな。一カ月っちゅうんは、半分がそのコアの部分の製造時間、残りが実際に城が建つまでの時間や」

 春菜の質問に対し、宏が丁寧に答える。実際には築城時間自体はスキルの熟練度も影響し、色々な方法である程度短縮できるのだが、そのいろいろな方法に関しては準備している間に城がほぼ完成するので、今回はあえて口にしていない。

 なお、今回初めてのはずの神の城の建築方法について何故宏が知っているのかというと、これは単純にスキル習得クエストで実際に建築しているからだ。コアを作るのに半月というのも、クエストで実際に作るのにかかった時間である。

 実のところ、この半月の大半は加工途中で発生する反応が終わるまで、だとか、かけた術が定着するまで、だとか、その手の待ち時間であり、本人の作業時間は三日程度。ゲーム内では時間が四倍の速さで流れるため、待ち時間はほぼ全てログアウト中に進んでいた。

 この加工時間は神の城スキル未習得での時間なので、色々やって地味にスキルの熟練度が多少上がっており、更にメイキングマスタリーのエクストラスキルである神の匠スキルを持っている今の宏だと、恐らくもう少し短縮される。それでも、恐らく最低で十日はかかるので、見積もりとそれほどの差は出ないだろう。

「なるほど。じゃあ、次の質問。神の城って、何ができるの?」

「まず城やから結界と防壁は自動的にあるとして、それ以外の基本機能は空に浮く事と光学迷彩、亜空間収納やな。亜空間におる間もちゃんと二十四時間で昼と夜が来るし、太陽も月も星空もあるで」

「それって、もはや別の世界って言わない?」

「そうかもしれんな。城の敷地から外には何もあらへんけど」

 聞いていて非常に不安になる事を言い出す宏に、一瞬春菜が絶句する。だが、仮にも神の城と名乗るぐらいだから、それぐらいで驚いては話にならない事に思い至り、すぐに気を取り直して次の質問に移る。

「基本機能、って事は、応用機能もあるの?」

「応用、っちゅうんかは分からんけどな。敷地内には自動的に森と鉱脈ができて、その気があるんやったら畑も可能や。川もあって魚もおるから、釣りとかもできるで。それと、拡張すれば城の地下とかにダンジョンも作れたはずや」

「それ、森羅結晶だけでまかなえるの?」

「今回は多分、世界樹も植樹するからエネルギー的にはまったく問題にならんと思うで。ただ、城の内部で採れる資材は、城を成長させたらんと質も量もしょぼかった記憶があるわ」

 宏の回答に、何となくほっとする春菜。特に成長させねば採れる資材がしょぼい、というのは、宏が引きこもる可能性が下がるという点において大いにありがたい話である。

 ただし、このあたりもあくまで宏の言い分が正しければ、の話である。成長させなければ資材がしょぼいのは事実だが、高品質でサイズも大きな森羅結晶をコアに使い、世界樹を何本か植樹するとなるとエネルギーはむしろ派手に余る。

 築城の時や外部からエネルギー生産能力を持つものを持ちこんだときは、自動的に余剰エネルギーをある程度消費するように各機能を強化するため、場合によっては最初からテレス達の腕では採取も採掘もできないようなランクのものが生産されてしまう可能性すらある。

 ダンジョンだけは所有者が拡張しなければ使えず、基本城の自動調整機能によって勝手に強化される事はないので、コアの性能に関係なく最初は同じ規模になる。が、素材も何もかもが自給自足できるこの神の城、その気になれば無制限に成長できてしまう。

 エネルギー保存の法則と質量保存の法則に関しては、突っ込むだけ無駄であろう。コアさえ成長させれば海に山に周辺の村に、なんてこともできるのに、そのあたりの法則を順守している訳が無いのだ。

「攻撃機能に関してはどうせ聞くまでもないだろうから、お城がらみはこれぐらいでいいかな。色々準備の色々って、何?」

「まずは全員の装備を神鋼とかそのあたりの素材に切り替える作業やな。何ぼか神器も作れるから、作れるやつは作ってまいたい」

「他には?」

「エルザ様の先代巫女の魂魄結晶、いい加減何とかせんとあかんやろう。この際やから、神の城の管理者として使える体作って、あそこで魂のダメージが無くなるまでのんびりやっといてもらおうか、思うんよ」

「なるほどね。でも、恋をしてみたかったって言ってたのに、閉じ込めるのはちょっとひどくないかな?」

「最終的に出入りは自由にするで、そら。ただ、しばらくは身体に慣れる時間と勉強の時間、それから魂をある程度癒す時間が要るやろうから、その時間を安全圏でエネルギーが十分ある神の城で過ごしてもらった方がええかな、ってな」

 宏の言い分に、ある程度納得する春菜。悟りを開いて解脱した訳でもないのに、輪廻の輪に戻れないほどダメージを受けているのだ。魂魄結晶になった時点で記憶も失われているのだから、どこかで一旦魂を癒しつつ、色々と学ぶ時間も必要であろう。

「ねえ、宏。ちょっといいかしら?」

「次は真琴さんか。何が気になる?」

「先代の巫女さんを管理者にするのはいいんだけど、出入り自由だと何かあった時に困らない?」

「まず、当然普通の攻撃ではそう簡単に殺せん身体にするし、よっぽどでない限りは帰還機能を封じるんは無理やで。異界化しとってもゲートぐらいはこじ開けられるし」

「そこはさすがに神の城、ってことね。でも、逆にそれだけのものだと、一人で管理とか無理じゃない?」

「それに関しては、リセットさんみたいなオートマタを用意するつもりや。いずれ巫女さんも輪廻の輪にもどさなあかんから、それまでに魂を持つ可能性があるオートマタを男女適当に混ぜて、っちゅう感じで考えとる。それも、色々な準備っちゅう奴やな」

「そこまで考えてるんだったら、あたしの方は何も言えないわね」

 宏の考えを聞き、真琴が追及を終える。注意しなければ趣味と興味で何処までも突っ走る宏だが、結構ちゃんと考えて行動している時もあるのだ。

「まあ、神の城がらみはそれでいいとして、だ。なあ、ヒロ。誕生日プレゼントの方はどうするつもりだ?」

「そんなん、期間終わってからのお楽しみにきまっとるやん」

「……くれぐれも、くれぐれもある程度で自重してくれよ?」

「自重か。一応心がけて行動しとった頃もあったなあ……」

「おいっ!?」

 一番の不安要素に対する宏の言葉に、達也が全力で突っ込む。今までは素材の都合だの状況との兼ね合いだのである程度ブレーキがかかっていたが、今回はそれが一切ない。こうなってくると、一体何を作るか想像もできないのが困る。

「このお茶菓子、美味しい」

「ん、春姉渾身のラングドシャ。恐らく、日本でもこれに匹敵するラングドシャはない」

「あ、お茶おかわりいる? なんだったら、お茶菓子ももうちょっと用意するけど」

「いいの?」

「うん。お菓子の在庫、意外と減ってないから、レイニーさんも消費を手伝ってくれたら助かるよ」

「春姉、ボクもおかわり」

「は~い」

 言うだけ無駄な宏に対する突っ込みをしている達也をよそに、確認するべき事が思い付かなくなった春菜と澪が、レイニーと一緒に優雅に夜のティータイムに入る。

「お前ら、もっと危機感ってものをだな!」

 それを見た達也の絶叫が、むなしくコテージに響き渡るのであった。







「今日の作業説明するけど、準備はええか?」

 翌朝。調査隊メンバーが全員ベースキャンプに揃ったのを確認し、宏が説明を始めようとする。

「ちょっと待った。お兄ちゃん、ちょっと報告事項」

 説明を始めようと準備を確認した宏に、バーストが待ったをかける。

「何ぞあったん?」

「ああ。こいつを見てくれ」

 そう言って、バーストがデーモン系モンスターの頭部と邪教集団の衣装を取り出す。

「……森ん中にこいつらがおったん?」

「ああ。こそこそなんかやってたから、問答無用で狩った。今までも他のところで似たようなのとやりあったが、生かして捕らえても背後関係は何も知らない事が多い上にすぐに死体も残らない方法で自殺するから、死体残るように仕留めた方が情報源になるかと思ったんだが、まずかったか?」

「いんや。こいつらが大した情報持ってへんのは事実やし、この手のが異変に関わっとるっちゅう証拠が出てきたんはありがたいで」

 バーストの説明を聞き、思うところを正直に告げる宏。恐らく関わっているだろうとは思っていたが、明確な証拠が無かったために先入観を持たないようにしていたので、対策その他を若干絞り込めるようになったのは非常にありがたい。

「とりあえず、今日のところはあんまり関係あらへんけど、この後どうするか決めるんには物凄い参考になるわ」

「そうか。役に立てたんなら良かった」

 それだけ言って、隅っこの方に引っ込むバースト。どうやら、現時点では他に報告することも質問することもないらしい。

 そのプロフェッショナルな姿勢と早速上げた成果に、これで変態でさえなければとその場にいる人間全員がしみじみと思ってしまう。

 しみじみと思った人間の中に、人の事は決して言えないレイニーが普通に混ざっていた事は御愛嬌だろう。何しろ、レイニーは待てを覚えただけで、本質や本性は一切変わっていないのだから。

「他に、何ぞ報告とかある?」

 バーストの事があったので、とりあえず念のためにそこを確認する宏。ざっと見渡した限り、特に誰も言う事は無いらしい。

「特に何もないみたいやし、作業の説明に移るわ。今日やるんは地脈に発生した情報エラーの修正作業、その下準備や。具体的には、昨日のうちに用意しといた杭を、所定の場所に打ち込んで回るねん」

 作業班全員に地図を配りながら、宏が説明を続ける。

「森ん中はうちらアズマ工房が、外はマルクトの調査班が担当な。森の外のポイントには印つけてあるから、地図を参考に探してほしいねん。一応杭打ち機も用意したしこの後どう使うか実演する予定やけど、普通にハンマーで打ちこんだ方が慣れて正確にできる、っちゅうんやったらそっちでもええで」

 そこまで話をしたところで、質問のためにティアンが手を上げる。

「質問、よろしいですか?」

「どうぞ」

「我々が森の外で、皆様が森の中という分け方には理由があるのでしょうか?」

「単純な話で、森ん中は目印つけられへんかってん。せやから、おかしいポイントを探知できる僕と澪、もしくは春菜さんが分かれて打って回るつもりやねん。物凄い微妙な感覚やから、地脈の探知に慣れてへんと教えても分からんと思うんよ」

「なるほど。そういう事情なら」

 宏が示したチーム分けに、すんなり納得するティアン。マルクトは高位の神官と巫女以外、地脈の力を扱って何かをする人間がいない。そのどちらもそう簡単に動けず、それ以外には地脈の探知なんてできる人材はいない。

 もっとも、このあたりの条件は、ほとんどの国家で共通だ。下手に地脈をいじられるとそれこそ国全体に影響してくるのだから、そっち方面の技術開発や人材育成なんて怖くてそう簡単に行えない。

 本来ならマルクト王家と密接な関係がある神、技芸神セリアンティーナが巫女を通じて教えなければならないのだが、今回の地脈の異変は規模が余りにも小さく、神の中では地脈の扱いが苦手なセリアンティーナでは発見できなかったのだ。

 せめてエルザに余裕があればよかったが、そもそも冥界神ザナフェルを欠く五大神には余裕なんてものは一切ない。特にここ数年は色々ありすぎて、宏が集中して探知しなければ発見できない規模の異変に気付くのはほぼ不可能、と断言できるほど忙しかったのである。

 結果として、微妙に管轄外のアランウェンが幻獣がらみという口実で行動を開始するまで、異変に対しては誰も手を出せなかった。セリアンティーナの巫女と神官は、マルクトの中枢都市であるアルファトに問題が発生しないようアルファトに走る地脈の状態を維持するだけで手いっぱいだし、そもそもエアリスやアルチェムのように、神殿を長期間空けてホイホイ他国に出入りできる巫女は現在少数派なのだ。

 そんな状況なので、調査班と言いながら、地脈関連を触れる人間だけはどうしても用意できなかったのである。

「説明続けるで。杭打つポイントは森の外が十五カ所、中が十二カ所。一カ所はかなり離れとるから、そこは個人で高速移動手段もっとるレイニーに任すわ。それ以外の場所は、基本最低でも護衛五人以上に作業者一人の組み合わせで班作って、現場の判断で進めといて欲しい。昨日の調査やと、馬系のモンスターとか野生馬の類も影響受けとるらしいっちゅうんが分かっとるし、変異ユニコーンが出てきて襲いに来るかもしれんからな。
 後、学者先生と文官の皆さんは、昨日時点での現場レベルの報告とか資料まとめて情報整理、そこから今後の予測と国に出す報告書の作成頼んどくわ。恐らく僕らはそこまで手ぇ回らんし、こういうのは時系列順に毎日作っといた方がええし」

 宏に作業を振られ、全員が同時に頷く。昨日時点での報告で、変異ユニコーンが唐突に襲撃をかけてくる可能性があるのは分かっている。そのため、足手まといになる可能性が高い学者や文官は、言われるまでもなく事務仕事や聞き取り調査の続行に力を入れる予定であった。

 しかも、昨日一気にあれこれ進んだため、まとめねばならない報告が少なくない。それらのすり合わせや、まだ聞き取りが終わっていない冒険者の人数などを考えると、ついていっても足を引っ張るだけでしかない杭打ち作業に関わるような無駄な事は出来ないのである。

「ほな、ここから一番近いポイントでやり方説明するから、作業班はついてきてや」

 宏に促され、作業班全員でぞろぞろと最初のポイントに移動する。最初のポイントは森と平地の境界線、もしくは森の入口と表現するのが正しい場所にあった。

 そこに刻み込まれた大きなバツ印。その中心が、今回杭を打ち込む場所である。

「用意した杭打ち機は、これな。打ち込む杭はこいつや」

 そう言って、荷物から取り出した杭と杭打ち機を見せる宏。

 宏が杭打ち機として見せたのは、魔力こそある程度込められているものの、基本的にはどう見ても長さ一メートルほどのただの筒。それでどうやって杭を打つのかと作業班一同が疑問に思っていると、すぐに宏が作業を開始する。

「まずは穴の中心が目印の真ん中に来るように、上から覗いて位置調整して固定。位置が決まったら杭をセットして、ここに折り畳んであるハンドル起こしてな、両方にあるトリガーボタンを握るねん。それで、杭打ちが始まりおる」

 そう説明しながら、分かりやすいようにゆっくり杭打ち機をセットする。ただの筒のように見えていた杭打ち機だが、位置決めの時点で収納されていたスタンドが展開され、杭をセットすると同時に折り畳まれた状態で隠れていたハンドルが姿を現す。

 それらの作業を一つ一つ確認させてもらい、トリガーを引く手前までの手順を全て覚える作業班。全員がその手順を理解できたと判断した宏が、杭を打ち込むためにトリガーを引く。

 トリガーが引かれた瞬間、ものすごい音を立ててどんどんと杭が地面にめり込んで行く。五度ほどの打撃音の後、杭は完全に地面に埋まっていた。

「とまあ、こういう感じや。作業するときの注意点として、多少ずれても構わへんけど、できるだけ中心狙ってほしいねんわ」

 あまりにあっさり打ち込まれた杭に硬直する作業班。そんな彼らの様子を一切気にせず、注意事項を告げる宏。

 そのまま、容量拡張と重量軽減がかけられた杭が数本と杭打ち機が入った袋を各人に渡し、作業開始を告げようとしたところで宏と春菜、澪の三人が何かに気がつく。

「なんかが走ってくる音がすんなあ。恐らくユニコーンやと思うけど、またえらい勢いで走って来とるな……」

「そうですね。さっきの音に怒ってるのかもしれません」

 宏が音に言及してすぐに、耳のいい幾人かが地響きのような音を拾う。

「早いとこ移動した方がええな。場合によっちゃあ、一旦ベースキャンプに逃げ込んで……」

 突如空から爆撃のように撃ち込まれた衝撃波のおかげで、宏は最後まで言葉を告げる事ができなかった。他の人間も、不意打ちの衝撃波に体勢を崩され、即座に反応できるような状況ではない。

「なんや!?」

「師匠! ペガサス!!」

「宏君! 何だか様子がおかしい!!」

 澪と春菜の叫びに慌てて空を見上げると、恐らく澪の探知範囲すら超える高度を走ってきたらしいペガサスの群れが、いつの間にか目視可能な高さまで下りてきていた。

 目を血走らせて空を駆ける漆黒の馬体のペガサス達は、春菜の言うように明らかに様子がおかしい。もしかして、ユニコーンのように処女崇拝をこじらせ切っているのか、と警戒しつつ体勢を立て直すと、十メートルほどの高度まで下りてきたペガサスが、とんでもない事を口にした。

『ヒャッハー!! 幻獣の面汚しどもは殲滅だぁ!!』

 なんとなく、鬣がモヒカンのように見えるペガサス。そいつの言葉は宏達をさらなる混乱の渦へと叩き込むのであった。
全部の幻獣が異変で変態になったなんて、誰も一言も言っていない件について
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