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第11話

「やっと見つけた……」


 大霊峰と呼ばれる山脈の片隅、ウルスから三日ほど山道を歩いた先、澪はようやく目的の物を見つけた。彼らが今いる辺りからもう少し獣道を登ったあたり、澪の視力と観察力で無いと発見できないような位置関係のところに、藍色の果実を鈴なりに実らせた木が何本か立っていた。


「やっとかよ……」


「全く、大霊峰って言っても、こんな中腹付近にアクティブがわらわら出てくるなんて、おかしいわよ……」


 死屍累々と言う感じの死骸を崖下に蹴落としながら、澪の報告に思わずぼやく達也と真琴。途中、フィールドボスクラスが二体同時に出て来た時は、流石にどう逃げるか真剣に考えたものだ。前日の夜に宏からワイバーンレザーアーマーが届いていなければ、正直まともにやりあう気は起こらなかった。


「なあ、真琴」


「何?」


「大霊峰に、この手の闇属性の、それも瘴気バリバリのモンスターなんか出て来てたか?」


「仮にも霊峰の名をもらってるんだから、闇属性はともかく瘴気をまき散らす奴なんて、いなかったはずだけどね……」


「だよなあ……」


 いろいろと釈然としないものを感じながらも、とりあえず気分を切り替えて死骸の処理を続ける。もはや、討伐証明部位を集めるのも面倒になって、ほとんどの雑魚はそのまま崖下に蹴落としている。解体のためにブロック分けした相手など、ヘルハウンドとイビルタイガーぐらいなものだ。因みに言うまでもなくどちらもフィールドボスクラスの大物で、瘴気をこれでもかというほどばらまく生き物である。さっさと処理をしないと、血のにおいや死骸から出てくる瘴気に惹かれて、更に大量のモンスターを相手にする羽目になってしまう。


「これはさすがに、殿下やエレーナ様に報告して、いろいろ確認した方がよさそうね」


「そうだな」


 多分、大霊峰でのおかしなモンスター分布については、現時点では誰も把握してはいないだろう。ついでに言えば、地元民でもない達也と真琴では、普段とどれぐらい違うのかも分からない。もしかしたらこれが普通で、ゲームの時の分布がおかしい、という可能性もある。が、植生やら何やらを考えると、ここに居るのはおかしい連中も結構いる。中には明らかに南国にいるべきタイプの、このあたりのような比較的涼しい山の中腹に出てくるはずがないものまでいる。


 そして何より、ほとんどのモンスターが瘴気で変質したものらしく、やたら奇形が多い。奇形ゆえにあまり強くは無かったのが救いではあるが、正直あまりいい感じはしない。


「で、澪。ソルマイセンは収穫できそうか?」


「問題なし。ただ、達兄も真琴姉も触らない方がいい」


「は?」


「何で?」


 澪の言葉に、たかが果物だろう? という考えを前面に出しながら問いかけてしまう二人。その質問に対し、行動を持って示す事にする澪。


「……ほい」


「わわ!」


「ちょっと待て、いきなりだなおい!」


 何の前触れもなく、いきなり切り取ったソルマイセンの実を二人に投げてよこす澪。その握りこぶしほどの実を慌ててキャッチして、すぐに澪の言葉の意味を知る。


「何これ!」


「ちょっと力入れて掴んだだけで、もう傷み始めてるじゃねえか!」


「地面に落ちると即腐る。指先でつつくとそこから腐る。上手く採っても半日もすれば腐り始める」


「足が早い、なんてレベルじゃねえな、おい!」


 表情一つ変えずに補足説明を入れる澪。洒落にならない腐りやすさに、思わず全力で突っ込んでしまう達也。その言葉を気にするでもなく、するすると器用に木の上に登った澪は、じっくり果実を選定したうえで一つ慎重に切り落とし、一旦ポシェットに入れて保管したうえで飛び降りる。


「これが多分、一番食べごろ」


 そう言って、先ほど仕舞ったソルマイセンを取り出し、三等分に分けて二人に渡す。食べて大丈夫だと示すように果実をかじる澪を見て、思い切ってかじってみる二人。断面の白い果肉から無色透明の果汁が滴り落ちる。じっくり味わってなんともいえない表情になった達也と真琴が、正直な感想を漏らす。


「……ほとんど味がしないな」


「下手すると、水の方が味が濃いかもしれないわね」


「ソルマイセンが食用にならないのは、それが理由」


 何とも個性的な果実に、どうにもコメントできない二人。果実と言うやつが甘いのは、基本的にはほかの生き物に種を運んでもらうためである。味がしない、腐りやすい、なんていう特徴は、自然界の仕組みや生存競争の輪と言う奴に真っ向から喧嘩を売っているような気がしてならない。


「因みに、唾液か胃液と混ざるか、火を通せば腐らなくなる」


「つまり、食って腹を壊す事は無い、ってか?」


「うん。あと、味のせいか虫や鳥がつく事は無くて、木に生ってるやつを強く握っても腐らない」


「本気で変な果物ね……」


 コメントに困る情報を淡々と告げる澪に、思わずげんなりした顔で感想を述べる真琴。


「そう言う訳だから、周囲の警戒よろしく」


「了解。どれぐらいいるんだ?」


「薬の材料としては使い勝手がいいから、採れるだけ採っていく」


「分かった」


 澪の言葉に頷き、周囲の警戒を続ける二人。こまごまとした雑魚を蹴散らしながら、澪の作業が終わるのを待つ。三本生えていた木から、それなり以上に熟した果実を全て回収し終えたところで、澪が慌てて飛び降りてくる。


「達兄、帰還魔法!」


「やばいのか?」


「不確定名・ワイバーンが三!」


「よし、逃げよう」


 取り巻きになりそうな雑魚が居ない現状、勝とうと思えば余裕で勝てる相手ではあるが、流石に疲れているこの状況で三匹も同時に相手にするのは、はっきり言って御免こうむりたい。それに、ワイバーンがらみの素材は過剰在庫になっている。故に、澪の報告を聞いた瞬間に帰還魔法を発動し、慌ててゲートを開く達也。開いたゲートに一目散に飛び込み、さっさと帰還する三人。獲物に逃げられたワイバーンは、怒りの声を上げながらいつまでもその上空をぐるぐる回り続けるのであった。








 達也達三人がひいこら言いながら山登りをしていた同じころ。


「またいかついもんを調達して来てんなあ……」


 用意された鉱石を見て、呆れたように宏が突っ込みを入れていた。


「僕が加工出来へんかもしれへん、言う可能性は考えへんかったん?」


「ちらりとは考えたがの。ハルナの剣を間に合わせと言いきった以上、この程度を加工出来ん訳がない、と判断したのじゃが?」


「まあ、設備的に精錬するんがきわどいとこやけど、一応加工は出来るで。出来るけど、ようもまあ、こんな早くに魔鉄鉱石とミスリル鉱石なんか用意出来たもんやで……」


「そこはそれ。腐っても王城関係者じゃからな」


 しれっと言ってのけるドーガに、思わず苦笑しながら納得する宏。達也に作った杖が木製だった事もあり、最近まともに鍛冶で武器を作っていない宏にとって、肩慣らしとしては丁度いいと言えばちょうどいい素材である。


「せやなあ。ハンマーと金床用に、少し材料貰うで」


「おう。余りは好きに使って構わんよ」


「ありがたい話やけど、微妙に使いどころに困る分量やねんなあ……」


 用意された鉱石を見て、頭を悩ませる宏。正直な話、二人分の懐剣を加工するとなると、最低限金床とハンマーは配分を変えた同じ金属で作らないと、道具の方が負けてしまう。欲を言うならば溶鉱炉も新調したいところだが、それをするには素材も時間も足りない。最低限必要な制作物をハンマーと金床、懐剣二本と考えると、材料が大量に必要な大剣や両手斧、戦闘用ハンマーの類は厳しい。


「作れるとしたら、片手剣か短剣、レイピア、槍の穂先だけ、っちゅうところになるけど……」


「この剣もそんなに使ってないのに、新調するのはちょっとねえ」


「せやろうなあ……」


 同じ間に合わせと言っても、鉄製と魔鉄・ミスリルの合金製では、攻撃力も耐久性も段違いだ。だが正直なところ、春菜の戦闘能力だけ増やしても意味がない。むしろこの場合、元々大火力から手数勝負までオールラウンドにこなせる春菜より、攻撃手段が適当に殴るかスマッシュで吹っ飛ばすかの二択しかない宏が、もっといい武器を持つ必要があるのである。


「まあ、とりあえず、や。まずは道具と懐剣二本を作るところからスタートやな」


 二つの金属の鉱石を台車に積みながら、これからの事を告げる宏。


「折角だから、見学してもいいかしら?」


「かまへんけど、暑い上に面白いもんでもないで」


「武器を作るところなんて、こんな機会でもなければ見る事は無いでしょう?」


「まあ、そうやろうけどなあ……」


 エレーナの言葉に、微妙に面倒くさそうに答える宏。ギャラリーがいると集中できない、などというつもりは無いが、作業場にあまりよく知らない女性がいるのは微妙に落ち着かない。しかも、春菜の剣を作った時に比べて、作業スペース自体が幾分狭い。はっきり言って、あまり歓迎できる要素は無い。


「とりあえず、暑くても文句言わんといてな」


「分かっているわ」


「アルフェミナ様に誓って、文句など申しません」


「エルも来るんかいな……」


 まあ、ええけど、などとため息をつきながら、台車を溶鉱炉近くまで押す。その後ろをぞろぞろついてくるギャラリー達。流石に春菜とレイナ、ドーガまで一緒となると、作業の邪魔になるほどではないにしても、随分手狭な感じにはなる。


「熱いし危ないから、絶対こっち来たらあかんで」


 作業場の注意として再度釘をさすと、大量に魔力を注ぎ込みながら、溶鉱炉に火を入れる。宏によって魔改造された中古品のはずの溶鉱炉は、あり得ないほど早く、それこそ瞬く間にと言っていいほどの時間で、金属を溶解しうるだけの温度に達する。


「まずは金床とハンマーやな」


 段取りを確認するようにつぶやくと、魔鉄とミスリルの鉱石を、非常に大雑把につかんで炉に放り込む。更に合金にするための添加剤として、ワイバーンの牙を一本一緒に入れて、精錬を開始する。


「混ぜてしまっていいのか?」


「合金にするからかまへん。ちゅうより、ミスリルは所詮銀やからか、そのままやとちょっと柔らかいし焼きも入らんから、基本的にはなにがしかの金属と合金にせなあかんねん」


「なるほどのう」


 宏の宣言に納得するドーガ。だが、言うまでもなく、普通は鉱石の段階から混ぜたりなどしない。まずはちゃんと精錬したうえで、重量を量って割合を決め、再度溶かして合金にしなければ、ちゃんとした品質の物を作るのは難しい。今回に関しては、宏がその技量をフルに使って、生産系魔法でどうにかするらしい。


「さて、魔鉄の精錬の場合、ここからが本番や」


 そうつぶやきながら、今までとは比べ物にならない量の魔力を注ぎ始める。今までですら、並の魔法使いなら絶句するレベルだったと言うのに、今回のそれは下手をすれば儀式並の量である。


 それもそのはずで、魔鉄の精錬については、ドワーフたちでも数人がかりで儀式を行う必要があるほど、大量の魔力を消費する。鍛造の時にも大量に魔力を要する、鍛冶スキルと精錬スキルの二番目の壁ともいえる素材なのだ。故に、言うまでもなく、エンチャントのスキルがなければ、採掘は出来ても加工も精錬も出来ない。魔力を際限なく、と言っていいほど吸収するがゆえに、この金属は魔鉄と呼ばれているのである。


 今回はミスリルとの合金になるが、ミスリルに比べて魔鉄の量が多いため、必要な魔力も多くなる。因みにこの世界の場合、ミスリルの最大の特性は変質を防ぐ事。錆はもちろんの事、瘴気を浴びて呪われたり、などという事もない。そのため、エンチャントを施すのも恐ろしく難しく、特に完成品には並の技量ではエンチャントをかける事は不可能である。今回の組成では、魔鉄の際限なく魔力を食う特性が抑えられ、呪いを受けにくくなるのだが、これが逆になると、エンチャントを多少かけやすく、かつ瘴気を払いやすくて呪われない、焼き入れで硬度を上げられるミスリルになるのだ。


「……何とかいけたか」


 冷やして固めたインゴットを取り出し、仔細に眺めて確認をして、安堵のため息を漏らす宏。正直なところ、絶対の自信までは持っていなかった。


「そんなにぎりぎりなの?」


「炉がな、向いてるとは言い難いねん」


 そうでなくても中級の壁、と呼ばれるほどに厄介な性質をした金属だ。それを魔改造したとはいえ、中古の溶鉱炉で精錬したのだから、流石の宏の腕でも、絶対の自信は無かった。実際のところは、ちゃんとした設備でドワーフたちが精錬したものよりも上質の合金ができているのだが、宏からすれば微妙に不満が残る出来らしい。


「さて、次は皆さんお待ちかねの鍛造やな」


「なんか聞いてると、本当に道具が足りてるのか結構不安なんだけど……」


「まあ、炉はともかく、ハンマーはこれでアウトやな。とりあえず、先に金床を作ってまうか」


 あっさりそんな事を言いながら、魔法で圧延した合金を熱処理し、特殊な砥石の魔道具で研磨して金床を作り上げる。その上に熱した小ぶりのインゴットを乗せ、鍛造用ハンマーに過剰なほどの魔力を通して叩き始める。


 一打ごとに飛び散る火花に目を奪われながらも、素材に飲み込まれていく魔力に顔をしかめるエレーナ。仮に自分が宏の立場だった場合、これだけの魔力を注ぎ込んで平気で居られるか、という事を考えると、背筋に冷たいものを感じる。


「まあ、こんなところか……」


 ほぼハンマーと呼べる形になったところで、局所時間加速魔法で一度冷ましながら、ため息交じりに呟く宏。


「出来たの?」


「荒加工はな。この後熱処理して、ちゃんとした形に整形したらんとあかん。春菜さんのレイピア作った時も、そういうやり方しとったやろ?」


「ん、そうだったよね、確か」


 そう雑談しながらも、日ごろのヘタレた表情とは打って変わった鋭い目で、熱せられて色が変わっていくハンマーを睨む。素人目には違いが良く分からないレベルで加熱加減を調整してしばらく温度を維持し、適度なところで一度謎の液体に突っ込む。派手な音を立てて液体が蒸発し、ハンマーが冷却される。


「その液体は、なんだ?」


「焼き入れ用の油。そのうち使うやろう思って配合しといた、魔鉄系に特化したやつ。流石に、こんなに早うに使うとは思わへんかったけど」


「そんなものが必要なのか?」


「物によりけり。ただの水で冷やしてもええもんもあるしな」


 レイナの質問に答えつつ、焼き戻しの作業を終える。鍛冶において一番気を使うのが、この焼き入れ焼き戻しの工程だ。焼きが入りすぎると、硬くなりすぎて脆くなるし、場合によってはその場で割れる。焼き戻しに失敗すれば脆さの解消にいたらず、むしろかえって脆くなることもある。かといって、焼き戻しをしなければ、大抵の金属は脆すぎて戦闘用には使い物にならない。あえて焼きを入れないものもあるにはあるが、少なくとも今使っている金属は、武器として使うにはちゃんと熱処理をする必要がある。


 実際のところ、金属というやつは総じて、加工する時は世間一般のイメージよりはるかにデリケートなのだ。


「よし、これでええやろ」


 それっぽい形になったハンマーヘッドを眺め、一つ頷く。そのまま今まで使っていたハンマーの頭を柄から外し、今完成させたばかりの物と交換する。


「……うわあ」


「ん? どないしたん?」


「そっちの、古いほうのハンマー……」


「そらまあ、普通やったら一方的に負けるぐらい柔らかいハンマーで無理やりやっとってんから、終わったらぼろぼろになってるわな」


 宏の言葉は、当然の道理ではある。が、それでも、外から中から大量のひびが入ったハンマーヘッドを見れば、春菜が絶句するのも仕方がないだろう。しかもこのハンマー、宏が自動修復のエンチャントをかけてあった特製品で、少々のダメージなら勝手に直るはずなのだ。それが再生する兆しも見せないのだから、下位の道具を使って上位の道具を作ると言うのがどれほどの事なのか、良く分かる。


「さて、前座は終わりや」


 完成したハンマーにさらに何ぞのエンチャントを施した後、びっくりするぐらい男らしい表情で宏が宣言する。いつもはダサさを増幅する太い眉も、この時ばかりは男ぶりを上げるパーツとして一役買っている。


「前座って、このまま続けるの?」


「そうですよ、ヒロシ様! ここまでかなりの魔力を使われているはずです!」


「神鋼の加工と比べたら、この程度ちょろいもんやで」


 周囲の人間を絶句させるような事を言い放ち、本命である二本の懐剣の加工に移る。その様子に、思わず春菜の方を窺うエアリス。エアリスの顔を見て小さく苦笑すると、ポシェットを漁って何かを取り出す。


「宏君」


「何?」


「必要ないって言うのは信用するけど、とりあえずエルちゃんのためにも、せめてそれだけは飲んでおいて」


「ん? ああ、了解や」


 エアリスの心配そうな様子を見て苦笑し、春菜が投げてよこした五級のマナポーションを飲み干す。本当ならもう一本ぐらいは飲んでおいた方が安心するのだろうが、マナポーションとスタミナポーションの場合、三十分以内に三本飲むともれなく中毒を起こすと言う素敵仕様があるため、あまり沢山は飲めないのだ。因みに、二十四時間だと二十本という制限がある。


「ほな、気を取り直していくで」


 焼け石に水程度ではあるが一応魔力を回復したところで、再び引き締まった表情でやっとこでインゴットを熱し、金床の上に乗せる。声に出さずに気合を入れてハンマーを振りあげ、最初の一打を叩き込む。


 祈るように真摯に、挑むように猛々しく、宏は鉄を叩き続ける。まるで、目の前の物言わぬ塊と対話するように、時折小さく、時折強く、高らかに槌音を響き渡らせる。先ほど同様、一打ごとに恐ろしい量の魔力を注ぎ込み続け、ただの塊だったそれが懐剣の刃を形作ったところで、ついに注ぎ込まれた魔力を吸収しきれずにあふれださせる。


「よし、一本目の荒加工は終わりや」


 そう宣言し、二本目の鍛造に移る。先ほど同様、熟練を感じさせる見事な手際で、祈るように、対話するように、ハンマーを振り下ろし続け、同じように魔力がオーバーフローを起こしたところで、きっちり懐剣の鍛造を終える。なお、実際のところ、魔鉄を加工するのに、魔力をオーバーフローさせる必要はない。ただ単に、余裕があると余計な影響を受けやすいので、念のためにオーバーフローさせているだけである。


「まずは熱処理済ませて形整えて、バランス調整かな?」


 とは言え、宏のような熟練工が、使う人間の体格体型を見て製造したものだ。そんなに極端にバランスの狂った完成品になる事はまずない。春菜の時もそうだったが、せいぜい研磨で多少調整すれば違和感が無くなる程度のものである。


「ちょっと振ってみて。っちゅうても、注文つけられるほどの技量は多分あらへんか……」


「そうね。それに、私は体がこれだし」


 シンプルだがやけに綺麗な柄をつけ、これまた凝った装飾は一切ないくせに、見る者の目を引き付けて離さない鞘におさめられた懐剣を渡され、困ったような表情を浮かべる姫君姉妹。宏の注文は、正直無茶振りにもほどがあるのだ。


「まあ、こっちで判断するから、とりあえず適当に振ってみて」


「分かったわ」


「頑張ります!」


 春菜に促され、工房の外で記憶にある基本の型をなぞる二人。昨日今日始めたレベルのエアリスは正直、気負い過ぎもあってバランス以前のレベルではあったが、それでも大体のところは分かる。


「懐剣だし、こんなものだと思うけど?」


「じゃのう」


「そうだな」


 春菜の言葉に同意する騎士二人。そもそも暗器使いでもあるまいし、こんなもので本格的な戦闘など普通しない。懐剣なんてものは、基本的には不意を突いて一突きするか、自害するためのものである。


「バランスはそんなもんでええとして、持ちにくいとかは?」


「それも大丈夫。まるで吸いつくように手になじむわ」


「凄く持ちやすいです」


「ほな、銘を彫っていろいろ仕上げるから、ちょっと貸して」


 宏に言われて、今渡されたばかりの懐剣を返す。


「仕上げって?」


「作っといてなんやけど、こんなもんで直接切りあいなんぞするんはただのアホや。せやから、魔道具としての機能をつける」


「……なんか、聞いちゃいけない言葉を聞いた気がするけど、どうするの?」


「まあ、そこは仕上げをごろうじろ、っちゅうことで」


 そう言ってマッドな笑みを浮かべながら、ここ数日で嫌になるほど充実してしまったモンスター系素材を並べ始める宏。正直微妙に引きながらも、宏が言う以外の選択肢がない事を理解しているため、あえて余計な突っ込みは入れない春菜。その後、完成品を披露されたとき、その無駄にすさまじい数々の機能に目を輝かせるエアリスとは裏腹に、他の四人はちゃんと突っ込みを入れなかった事を後悔することになるのはここだけの話である。








「ちょっと拙い事になってる感じ」


 完成した懐剣をお披露目し終えた直後に戻った真琴は、武装解除もせずに開口一発そう言い放った。


「拙いって、なにが?」


「正直なところ、出来ればレイオット殿下にも話を聞いて欲しいところなんだけど、連絡は取れる?」


「無理ではないが、それほどの事かの?」


「大霊峰の中腹にヘルハウンドとイビルタイガーが出た、って言うのが些細な問題だったら、別に騒がなくてもいいけど?」


「……それは大事じゃな」


 真琴の言葉に真顔になり、連絡を取ろうとユリウスを呼び出しかけたところで


「ん、向こうからきたみたい」


 索敵範囲の広い澪が、転移魔法で工房の入り口に現れた気配を拾って口を挟む。


「やなあ。ユーさん以外にも他に二人ほど連れて来とる。っちゅうか、レイっち、意外と暇なん?」


「そんな訳あるか!」


 宏の失礼な台詞に全力で突っ込むレイナ。その言葉にかぶせるように、呼び鈴が鳴る。とりあえず出迎えに立ち上がるドーガを見送り、まずはソルマイセンの検分を行う事にする宏。正直な話、こいつが今回の本命であって、大霊峰の調査なんておまけの目的にすら入っていない。


「失礼する」


 ざっと検分を終え、十分使える事を確認したところで、勝手知ったるなんとやらという感じで、ドーガを置き去りにして食堂に入って来るレイオット。


「レイっち、ちょうどよかったわ」


「……何がだ?」


「真琴さんが、報告したい事があるらしいねん。それも、なかなかの厄介事みたいや」


「厄介事か……」


 来て早々に言われた言葉に、らしくもなく顔をしかめるレイオット。


「なんか、ものすごい嫌そうやな、自分」


「折角、美味い飯を楽しみに来たと言うのに、飯が不味くなりそうな話を聞かされると分かっていい顔など出来るものか」


「まあ、せやろうな。でも、遅いか早いかの違いやからなあ」


「分かっている。それで、どういう話だ?」


「大霊峰に、ヘルハウンドとイビルタイガーが出たんやと」


 その報告には、特に反応を見せないレイオット。一緒についてきた二十歳前後の青年も、これと言って表情を変えたりはしない。唯一、澪と同年代ぐらいの少年が顔色を変えて食ってかかる。


「それ、大事じゃないか!」


「マーク、落ち着け」


「兄上こそ、どうしてそんなに落ち着いているのですか!?」


「ワイバーンが出た時点で、覚悟を決めていたからな。もっとも、いい気分ではないが」


「!?」


 ワイバーンが出た、という言葉に絶句しているマークを放置し、背後の兄と一つ目配せをする。


「詳しい話の前に、とりあえず紹介しておいた方がいいだろうな」


「まあ、予想はついとるけどな。そっちの色男はお兄さんで、こっちのイケメンな坊ちゃんは弟さんやろ?」


「ああ。兄のアヴィン王子と、弟のマークだ」


 レイオットの紹介を受け、平然とした態度で軽く会釈してのけるアヴィンと、ようやく衝撃が抜けたらしく、ぎこちなく挨拶を返すマーク。


「なあ、おっちゃん」


「なんじゃ?」


「こういう場合の十台前半から中盤の反応って、レイっちとマー君のどっちが一般的なん?」


「普通の十代で戦闘に関わる人間なら、マーク殿下の方が一般的じゃな。レイオット殿下はこういってはなんだが、いろいろと規格外なお方でのう……」


「エルンスト! 兄上と比べれば、大体の人間は凡庸扱いされる! それからそこの間抜け面! その失礼な呼び方はなんだ!?」


「やっぱり、これが普通やんなあ」


 宏の感極まったような言葉に、周囲の生温い視線がマークに集中する。


「マークはまだまだ修行不足だからね、職人どの。失礼な態度を取って、申し訳ない」


「いや、普通に考えて、失礼なんは明らかに僕の方やん」


「分かっててわざとやっているのだろう?」


「何のことやら」


 アヴィンの言葉に、わざとらしくとぼけてみせる宏。もっとも、宏がわざとやっているのは事実だが、そこにはそれほど深い理由は無い。単に、ファーレーン王家の人たちが、どの程度洒落がきついのかを確認しているにすぎない。というよりは、レイオットがレイっちなどという呼び方に喜んだため、弟もそう言う感じなのかと試しただけの話である。


「とりあえず、お茶入れてくるね」


「春姉、手伝う」


「の前に、澪ちゃんはお風呂に入った方がいいと思うけど……」


「ん」


 春菜の指摘に、素直に一つ頷く。実際、三日間も野山をかけずり回っていたのだ。いくら身につけている物に汚れ防止のエンチャントがかかっているとはいえ、厨房に立たせるには少々抵抗を覚える。


「彼らは、いつもこうなのかい?」


「大体は」


 余りのマイペースぶりに苦笑がちに問いかけたアヴィンに、同じく苦笑がちに答えるドーガ。その様子に顔を赤くしながら、申し訳なさそうにする真琴と達也。こういう時、常識人は損である。


「で、話を戻すとして、だ」


「まだ、僕らも詳しい話は聞いてへん。真琴さん、どんな感じやったん?」


「詳しくはまあ、荷物に突っ込んだ解体前の獲物を見てもらえば分かるとして、一言で言うと異常」


「それだけじゃ分からないだろうから補足すると、やたらと奇形のモンスターが多かったのと、闇属性や瘴気をばらまく性質を持つ奴の割合が高かった」


 真琴と達也の証言に、そうか、と一つ頷いて考え込むレイオット。


「思った以上に猶予は少なそうだな」


「おや、レイっち。そっちからも厄介事?」


「間違いなく、厄介事だな」


 レイオットの言葉に小首をかしげる、宏。正直、この男がやってもかわいらしさも何もあったものではない。


「兄上、厄介事、なんて軽く話すような内容では……」


 余りにも平常運転の兄に、思わず余計な突っ込みを入れてしまうマーク。


「深刻に話したところで、やる事も結果も変わらん」


「それはそうかもしれませんが……」


「まあまあ、マーク殿下。どうせこういうパターンで王族がうちらみたいな一般人に持ち込むような話って、大概ろくでもない厄介事やから、わざわざ深刻ぶったりせんでもええで」


「……なんか、お前にマーク殿下と呼ばれると、どうにも妙に座りが悪いな……」


「ほな、やっぱりマー君にしとく?」


「……それでいい」


 不承不承という感じで頷くマーク殿下。なお、このマー君という呼び方、いつの間にか彼の母親や王妃、他の側妃、果ては姉たちにまで知られ、非公式の場ではずっとマー君マー君と呼ばれる羽目になるのはここだけの話である。


「でまあ、話を戻すとして」


「戻す前に確認だが、エアリスは?」


「エルなら、さっき禊がどうとかいって、風呂の方に行きましたが?」


「戻ってきたあたし達の姿を見て、すぐに」


「やはり、幼くとも稀代の姫巫女という事か」


 微妙にかしこまったままの達也と真琴の言葉に、感心するように顔をほころばせ言葉を漏らすレイオット。レイオットの言葉と同時に、感極まったように吐息を漏らすアヴィン。少しばかり希望を見つけた、と言わんばかりのマーク。


「で、それとこれと、どういう関係が?」


「近いうち、それこそ明日にでも、一度あれをアルフェミナ神殿に連れて行って欲しい」


「その心は?」


「神官たちでは、地脈の浄化が追い付いていない可能性がある」


「なんか、やばそうな話やなあ……」


 物騒な事を平気で言うレイオットに、思わず呆れた口調でぼやく宏。本来ならこの手のやり取りは達也か春菜に丸投げしたいところだが、同類のシンパシーゆえか、どうにもレイオットは交渉相手を宏に定めている傾向がある。


「明日すぐに、言うんは流石にきつそうやな。いろいろ準備もした方がええし、何より今日はエルとエレ姉さんのために懐剣打ったところでかなりへたっとるし」


「ほう? もう完成させたのか?」


「完成はさせたけど、たかが懐剣やからなあ。手は抜いてへんけど、やっぱりいろいろ知れてるわ」


「あれを知れてるとか、相変わらず剛毅じゃのう」


「ワイバーン相手に通じるか言うたら、かなり微妙なところやで」


 明らかに基準が間違っている宏に、さじを投げたかのように肩をすくめて首を左右に振るドーガ。


「ワイバーン? 懐剣で?」


「流石というかなんというか、君と話していると、常識というもののありかが分からなくなってくるよ」


 正気とは思えない宏の言葉に、比較的常識人らしい反応を見せるマークとアヴィン。レイオットの方はと言うと、国宝の武器の数々も基本的には誰かが作ったのだから、と言う理由で、宏がどれだけ物騒なものを作っても驚くに値しない、と考えているらしい。


「うちの職人関係の知り合いやったら、あれぐらい普通やで。それに、設備も何もかも間に合わせに近かったから、性能自体がいまいちやったし」


「あんな兵器を作っておいて、それでもいまいちとは恐れ入るな、全く……」


 普段こういう状況で口を挟む事は一切ないレイナが、呆れと感心の混ざった複雑なため息とともに突っ込みを入れる。


「一体何を作ったんだ、お前は?」


 何を作っても不思議ではない、とは思っていても、直接見ていた関係者がこうも突っ込み全開であるところを見ると、さすがにスルーは出来ない程度に疑問を覚えたらしい。レイオットが真顔で質問する。


「ちょっと小粋な機能をつけた、ただの懐剣や」


 切り札は秘密にしとくもんやし、などとニヤニヤしながらしらばっくれる宏に、追及しても無駄だと諦めるレイオット。どうにも口をはさめなかった達也達は、どうせ宏が妙なものを作るのはいつもの事、と、話が落ち着くまで大人しくしている事にする。丁度そこに、茶器満載のカートを押して春菜が戻ってきた。


「宏君の制作物はちょっと置いといて、一旦お茶にして落ち着こう、ね?」


「そうだな。で、お茶受けの皿に乗っているのは、どう見てもバウムクーヘンだと思うんだが、こっちにそんなものはあったか?」


「少なくともこの一カ月半、私はウルスでは見てないね」


「あたしも、三カ月ぶりに見るわね」


 こういう時、速攻で話が逸れるのはこのチームの特徴であろう。もっとも今回の場合、達也が意図して逸らしたと言うのが正解なので、いつもの脱線とは違うのだが。


「まあ、どうせヒロが暇を持て余して作ったとかそんなところだろうから、この話はここでしまいだな」


「ぶっちゃけ、美味しければなんだっていいしね」


「ええ加減やなあ」


「お前に言われたくない」


 などとごちょごちょやっていると、エアリスとエレーナを引きつれた澪が、食堂に入って来る。


「あらあら。今国内に居る王族の大半が集まってるなんて、大魔法でも叩き込まれたら一巻の終わりね」


「エレーナ、あまり物騒な事を言わないでくれ」


「冗談よ。それに、ここの結界具を突破して私達を皆殺しにするとか、普通の魔導師にはたぶん無理ね」


「そうなのですか?」


「ここでは、私たちの常識は捨てなさい、マー君」


「姉上、どうしてその呼び方を!?」


 マークの慌てぶりを、くすくす笑って受け流すエレーナ。ぶっちゃけ、宏が呼びそうな名前ぐらい、考えなくても分かる。


「まあ、厄介な話はお茶を済ませてからにしましょう。どうせ、今からすぐに動ける訳でもないのだし」


「そうですね。折角ヒロシ様が作ってくださった、珍しいお菓子もあるのですし」


「やっぱり宏君が作ってたんだ、バウムクーヘン……」


「エルの食い付きがすごかったから、つい面白半分でなあ……」


「本当に、食いしん坊になったわね、エアリス……」


「お姉様!」


 落ちに使われて、顔を真っ赤に染めて姉に食ってかかるエアリス。緊急事態だと言うのに、その何とも気の抜けた雰囲気に何もコメントできなくなるマークであった。








「で、本気で作らなあかんの?」


「うん、本気」


「澪がやったらええやん」


「ボクと師匠だと、性能が三割は違う」


「いや、なんちゅうか、それは何ぼなんでもまずいで……」


 夕食後。結局きちっと準備をした方がいいということで合意し、今日に続いて翌日一日はいろいろ準備に充てることにしたのはいいのだが……。


「なあ、エル。当事者の自分はええん? 男にそんな胸とか尻の形とか大きさ知られてもうて」


「はい。まだまだ子供ゆえ、貧相なのが申し訳ないですが……」


「申し訳ないって、なにが?」


 何ともピントがずれたエアリスの言葉に、苦笑しながら突っ込みを入れる達也。


「いえ、ですから、私のような子供の貧相な体など、詳細を知っても別に楽しくは無いだろうな、と」


「ちょっと待て、エル。その発想は危険だ!」


 現代日本では、下手をすると手が後ろに回る類の発言に、思わずあわててしまう達也。そもそも宏の反応を見ていれば、子供といえども女体の詳細なスペックなど、知るだけで余計なダメージを受けるに決まっている。


「危険、ですか?」


「ああ、危険だ」


「ですが、ハルナ様と比べると、私など本当に子供子供していますよ?」


「姫様、あれは特殊例です!」


「エルの胸、そこまで小さくない」


 とことんまで危険な事をほざくエアリスに、ガンガン突っ込みが飛び交う。


「あえて口をはさまなかったけれど、本当にヒロシに懐いてるわね、エアリス」


「そうでしょうか?」


「では聞くけど、同じ情報を……、そうね。ボルドー王子あたりに知られたら、どう思う?」


「……なんでしょう、この生理的な嫌悪感は……」


「良かったわ。そういうところはまともなのね」


 何とも口をはさめない会話に、非常に居心地の悪いものを感じる達也と宏。正直、男にはこの手の会話はつらい。


「それにしても、エアリス」


「なんでしょう?」


「達也の言葉ではないけど、そろそろいろいろ気をつけた方がいいわ。記憶にあるよりも、ずいぶん女らしい体になってきているのだし」


「初めて一緒にお風呂に入った時から、3.5ミリ大きくなってる。下手をすれば、カップサイズが変わる」


「だから、そういう話は僕らのおらんところでやってくれへん?」


 挑発しているのか男にカウントしていないのか、実に際どい会話を平気で続ける女性陣に、がくがくふるえながら頭を抱える宏。何とも余計なトラウマを刺激されて、正直意識を保っているのがつらい。


「そう言う訳だから師匠、丁度いい機会だし、リハビリも兼ねてエルの下着お願い」


「いやせやから、どういう訳やねん……」


「人命が関わってる。少しでもいいものを作るべき」


 澪の性急すぎるとしか思えない言葉に対し、押し問答を続ける宏。


「ここには、下着作ったぐらいで師匠に悪さする人はいない」


「ミオ、あまりあわてて話を進めるものではないわ」


 どんどん顔色が悪くなっていく宏を見かねて、エレーナが割り込んで澪を窘める。


「さて、このままだとヒロシが使い物にならないから、話を変えるとして」


「変えるとして?」


「薬の材料は、揃ったのでしょう?」


「そう言えば。いきなりいろいろ言われたから、正直忘れとった」


 申し訳ない、と、頭を下げる宏に、苦笑しながら気にしないように告げるエレーナ。実際のところ、小康状態を保ち、アクセサリや魔道具の効果によってある程度の日常生活は支障なく送れるエレーナの治療は、現状では決して優先順位の高いものではない。しかも薬の材料が揃ったのであれば、毒を消すだけならいつでもできるのである。


「とりあえず、まずは解毒剤を作って来るわ」


「そういや、あの恐ろしく腐りやすい果実、そんなに重要なのか?」


「あれな。果汁を上手い事濃縮出来たら、万能薬の材料に出来るねん」


「は? てか、どのレベルの?」


「頑張れば、三級まではいけるで」


 またしても常識から大幅にずれた事を言いきる宏に、自分の認識の甘さを痛感する真琴。いい加減突っ込む気力も尽きたらしいエレーナは何とも言えない顔で、三級の万能薬って何、と呟いている。


「なあ、一つ聞いていいか?」


「何?」


「近場ってほどじゃないけど、そんなに遠くない場所に生えてるような果実で、本当にそのレベルのものが作れるのか?」


「ゲームでもそうやったで。まあ、ぶっちゃけた話、あれだけあっても他の材料が集まらへんから、万能薬とか作れるようになるんは相当先の話やし。そもそも、ソルマイセン自体、収穫できるようになるまでかなりかかるし」


「あ~、なんか納得した」


 あの腐りやすさだ。開始直後のプレイヤーが収穫するのはほぼ不可能だろう。


「で、濃縮するって、具体的にはどのレベルまでやるんだ?」


「まあ、五倍濃縮で大体五級ぐらいの万能薬が作れる感じ。三級を作りたかったら、百倍濃縮ぐらいまで頑張らんとあかんけど」


「そこまで濃縮すれば、少しは味がするのか?」


「ん? そんなん、どんだけ濃縮したところで水より味が薄いに決まってるやん。まあ、百倍も濃縮したら、それ自体が五級と四級の中間ぐらいの万能薬になるけどな」


 宏の言葉に呆れてしまう達也。本来味というのは、良きにしろ悪きにしろ体に影響を与えるものを察知するためのものだ。つまり、それほどの薬効があるものは、本来それなりの味がするはずなのである。なのにほぼ無味。ファンタジーに常識を持ちこむのは無粋とはいえ、正直それはどうなのかと激しく問い詰めたい。


「まあ、今回は三倍も濃縮すれば十分やし、他の材料も十分あるし、手早く作ってまうわ」


 そう言って、厨房に向かう宏。まだ未熟な澪ならともかく、宏にとってはこの程度の作業、作業とも言えないレベルのものだ。本来なら専用の瓶が必要な類の薬だが、それは完全な薬効が製造後六時間程度しか持たず、何故か腐敗防止でも薬効が消えるのを防げないからであり、今回は出来てすぐのものを飲むのだから関係ない。


「あれ? 宏君?」


「春菜さん、台所に用事?」


「ワイバーンの胸肉を一ブロック、ちょっとスモークしてみようかと思って」


「さよか。僕はエレ姉さんの薬作りに」


「ああ、忘れてたね」


 春菜の言葉に苦笑する宏。彼女は今まで見聞きしたすべての事を記憶しているが、それは思い出そうと思えばすぐに思い出せる、と言うだけの事にすぎない。単に度忘れとかそういう事が無くなるだけで、スケジュールを忘れるとか飛ばすとかいった事をやらかさない訳ではないのだ。


「まあ、作るんはすぐやから、ちょっと待っててな」


「ん」


 そう言って、宏にプレッシャーを与えない程度の距離を置き、薬を作る作業を見守る春菜。多少製薬についての技量が上がった事もあり、宏がやっている作業が自分の手に負えない事ぐらい、見ればすぐ分かるようになった。


「完成」


「早いね」


「まあ、薬としては単純やからな」


 全方向に強力な薬効を持つソルマイセンを、いくつかの材料と反応させてエミルラッドに効果を特化させるのが、今回の作業である。


「それにしても、やっぱり製薬用のコンロとか、別口で用意しといたほうがええかもなあ」


「だね」


 飲みやすい温度になるまで荒熱を取っている宏の傍らで、ワイバーンのブロックをつるしてスモークの準備に入る春菜。グリルを密閉し、外に煙を追い出す段取りを済ませてからチップに火をつける。


「とりあえず、一晩燻してみるよ」


「了解や。まあ、そこら辺は好きにやってくれたらええで」


 粗熱が取れ、飲みやすい温度になった薬をコップに移し、口直しのものを用意する宏。それを見て、食糧庫から何かを取り出す春菜。取り出されたのは、一口サイズの果物がゼラチンのような物の中に入り、その周辺を半透明の求肥のようなものが包んだ、多分お菓子というのが妥当な食べ物だった。


「何これ?」


「マナイーターのゼラチンと皮を使ったお菓子。折角だから、夜食にどうかな、って」


「僕ばっかり槍玉にあがるけど、春菜さんも大概いろんなもん作ってるやん」


「まあ、私は食べ物ばかりだけどね」


 宏の突っ込みに、苦笑しながら言い訳をする春菜。因みにマナイーターとはその名の通り、魔力を食ってパワーアップする半実体のゼリー状生命体である。普通は魔法使いの天敵だが、半実体のくせに酸素が無ければ生存できないため、餌であるはずの達也によって酸欠で仕留められたという、哀れな生き物でもある。


 なお余談ながら、マナイーターのコアはウニのような味がするため、今日の夕食である、なんちゃってミニ懐石の八寸に使われていたりする。死ねば完全に実体化するとか実に不思議な生態ではあるが、春菜にとっては割とどうでもいい事である。なお、この日のなんちゃってミニ懐石、最大の目玉はワイバーンのガラでとったダシを使った小鍋で、ほかにもちょっと変わった生き物の卵をつかったダシ巻、ご飯の代わりに用意されたそばの実雑炊など、繊細にして高度な技をガッツリ投入した品々が並んだ。もっとも、なんちゃってでミニなので、本来のものに比べ品数も少なく、料理を小出しにせず全部まとめて配膳したのが格式と言う面では微妙なところではあるが。


「とりあえず、作ってきたで」


「早かったわね」


「材料さえあれば、大した作業やあらへんからなあ」


「ボクだったら、ここの機材でその薬作るの、成功率八割ぐらいなんだけど……」


「そこは年季の差や。諦めて練習に励むしかあらへん」


 そう言って、人肌ぐらいの温度まで冷めた薬をエレーナに差し出す。他の薬効成分のおかげで、青緑という何とも言えない色合いになってしまったその薬を微妙な表情で受け取り、何とも形容しがたい微妙な味のそれを一気に飲み干す。余りに微妙な味に顔をしかめるのも束の間、すぐに全身を熱さが駆け回り、体の隅から隅まで蝕んでいた何かを駆逐していく。その熱さが引いた後には、対症療法の薬では消しきれていなかった微熱や頭痛、吐き気、そして何よりこの約一月、常に付きまとっていた絶望的なまでの倦怠感が嘘のように消え去っていた。


「凄い……。頭痛も、吐き気も、倦怠感も……、ウソみたいに全部無くなってる……」


「まあ、後遺症まではどうにもならへんけど、これで今回の毒が原因で死ぬ、言う事は無くなるはずや」


 後はリハビリで体力をつけるぐらいしか、治療としてできる事は無い。


「とりあえずの注意事項として、体力も抵抗力も相当落ちてるはずやから、絶対無理したらあかんで。肝臓もよわっとるから、お酒も控えめに」


「ええ。折角助けてもらったのだから、不養生をやらかして死ぬつもりは無いわ」


「その方がええ。正直、姉さんの葬式なんざ真っ平御免や」


 宏の言葉に苦笑すると、まだ口の中に残る微妙な味を口直しのジュースで洗い流す。そして、春菜が用意していた正体不明のお菓子を、何のためらいもなく口に運ぶ。


「さっぱりしてるのに濃厚とか、不思議な味ね。この不思議な食感のものと表面の皮は何かしら?」


「マナイーター。癖が無くていいゼラチンだったから、ちょっと試してみました」


「……結局、そう言う落ちなのね……」


 油断すると、綺麗に盛りつけられたモンスターの死骸を食わされる食卓。美味いし体に害が無いからいいが、正直油断も隙もない。ワイバーンぐらいならまだ、驚きはしてもさほど抵抗は無いが、流石にマナイーターとなると、正直食べたいと思えるものではない。


「さて、お風呂入って寝よう」


「ほな、僕も適当にいろいろ用意したら、さっさと風呂済ませて寝るわ」


「師匠は下着作り。もう型は作ってある」


「マジかい……」


 結局命に直結する部分だからと押し切られ、今後の危険性を考えてしぶしぶながら血を吐きそうな顔で作業に入る宏。翌朝春菜が見たのは、澪のイラスト通り綺麗に仕上げられた子供向けの(と言っても、年を考えると意外と大きい)ブラとショーツと、部屋の片隅で土気色の顔をしてぴくぴくやばい感じで痙攣している宏であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >味がしない、腐りやすい、なんていう特徴は、自然界の仕組みや生存競争の輪と言う奴に真っ向から喧嘩を売っているような気がしてならない。 腐ってるからね。生存競争を諦めていても仕様がないね。
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