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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ファーレーン編

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第10話

「確認したいんだが、この後どうするつもりだ?」

 エレーナが工房に来た翌日。朝食後、代表で達也が宏に問いかける。治療と言う作業が主体となるため、現段階では、チームの行動を決めるのは宏に一任されている。

「兄貴らには帰って来てすぐで悪いんやけど、また採集に行って欲しい。澪やったら、ソルマイセンは分かるやろ?」

「ん」

 宏の指示に頷く三人。

「兄貴らが行ってる間、僕は出来る範囲でエレ姉さんの治療をやって、空いてる時間にワイバーンの革で鎧でも作っとくわ」

「私は?」

「春菜さんは、基本は待機。エレ姉さんの介護で、頼みたい事とかいろいろ出てくるはずやし。待ってる時間がもったいないから、適当に空いてる機材で、注文の等級外ポーション作っといて」

「了解」

「後、これは出来たら、でええんやけど、おっちゃんとかリーナさんと協力して、エルをちょっと鍛えたって欲しい」

 宏の意図するところを理解し、名指しされた三人が真剣な顔で頷く。所詮十歳児にできる護身術などたかが知れているが、直接命を狙われた以上は、そのたかが知れている護身術でも身につけないよりはましだろう。付け焼刃はかえって危険だ、という指摘もあるが、この場合、重要なのは心構えである。

 それに、エアリスは聡明な少女だ。護身術を身に付けたからと言って、襲われた時に相手を撃退しようとするような、そんな無謀な真似はしないだろう。当人も意図を理解しており、三人に向かって、よろしくお願いします、と頭を下げている。

「あ、そうそう。おっちゃん、そんなようさんでなくてええから、どっかから鉄鉱石、仕入れられへん?」

「伝手をたどれば出来ん事は無いが、何故じゃ?」

「エルと姉さんのな、護身用の懐剣打っとこうか、ってな」

「鉱石の方がいいのか? 何なら、鉄塊を買ってくることもできるぞ?」

「どうせ溶かしていろいろ細工するところからやから、鉱石の方が都合がええ」

 宏の言葉に頷くと、頭の中で調達の算段を立て始めるドーガ。

「懐剣を作る、で思ったんだけどさ」

「真琴さん、何か?」

「そろそろ、宏も自分の武器、ちゃんとしたのを作ったら?」

「まあ、そのうちな。今回は、時間的にも材料的にもちょっと厳しいからパス」

 そんな気のない返事に、思わず苦笑する一同。他のメンバーはまともな武器を手に入れたと言うのに、この男はいまだに伐採用の手斧や採掘用のツルハシ、採集に使う大型スコップ、鍛造用のハンマーなどを使いまわしているのである。そうでなくても攻撃用の技がスマッシュしかないと言うのに、さらに戦闘能力を下げる要因を放置しているのは、冒険者としてどうなのかと思わなくもない。

「後、宏も戦闘訓練、ちゃんと受けた方がいいんじゃない? うちのチームだと、あんたが必然的に前で敵の攻撃を食い止める事になるんだからさ。時間的に攻撃周りは後回しにするとしても、せめてフォートレスとアラウンドガード、アウトフェースぐらいは身につけておいた方が、後々楽よ」

「真琴さん、その辺は使えるん?」

「あたしも一応できるけど、元々タンク専門じゃないから、そんなにがっつりとはやってない。でも、ドルおじさんはむしろそっち方向でしょ?」

「うむ。斧の技は無理じゃが、そこらへんの技とスマッシュの派生系ぐらいは伝授できるぞ?」

「それも、余裕がある時に。多分、そこまで手をあけるんは、しばらくは無理や」

「もちろん、治療がひと段落してから、の話よ」

 これまでと違い、当分は宏に振られる仕事量が多い。エレーナの治療にエアリス達の武器作り、そして、材料の問題でこれまで手つかずだった防具の充実。他にも、もしもの時のための保険として、エレーナの治療着やら何やらも強力なものを作らねばならないし、今までのように趣味に走って妙なものを作るような余裕は、しばらく手に入らないと考えていいだろう。

 なお、フォートレスとは防御力向上、アラウンドガードとは広域防御、アウトフェースは威圧型の集団挑発である。どれもこれも、普通壁役として前に立つならほぼ必須と言われている類のスキルだが、今まで宏は無しでやってきた。これに関しては、難しいダンジョンに潜った事がない事に加え、各個撃破で仕留めていくのであれば、スマッシュと挑発を駆使すればある程度何とかなるからでもある。

 それに、VRMMOは性質上、俯瞰視点で遊ぶゲームに比べるとどうしても死角が大きいため、複数で行動する場合、壁役が出来る前衛一人しか用意せずにダンジョンに潜る、などと言う事はほとんどしない。なので、元々専門扱いされていない宏の場合、一緒に潜る連中も、敵を完全に抑え込むことについてはそれほど期待していなかったのである。むしろ、スキル構成の割には優秀な壁役だった事もあり、これまで文句を言われた事は一度も無い。

「そこらへんの事はまあ、腰据えてやらなあかんから、まずは治療の方、目途つけてまおう」

「だな。ヒロが前衛として完璧な働きを出来るようになりゃ確かに楽だが、現状急ぐ必要がある類の事でもない」

「でも、余裕ができたら、絶対にやらなきゃ駄目だからね」

 真琴の言葉に苦笑しながら頷くと、それぞれの行動を促す。

「さて、長距離移動の準備だが……。澪、そのソルマイセンとやらがある場所までどれぐらいかかる?」

「戦闘が全くなくても、移動だけで二日は要る」

「了解。食料が難儀だな」

「あ、それについては、言ってくれれば用意するよ。共有化してるから、いつでもそっちに送れるし」

「そっか。なら、装備と鞄だけ持って行けばいい訳だな」

 春菜の提案に、ありがたそうに頷く達也。正直、まともな食事にありつけるかどうか、と言うのはかなり大きい。この一点だけでも、鞄の共有化はメリットが大きい。個人所有出来るアイテムが無くなるとか、いろいろ問題があるのも確かだが、どうせ一蓮托生のこの状況、チーム内でのレアアイテムの奪い合いなど意味がない。多分そのうち、男のロマンがはちきれんばかりに詰まった書物とかを買いたくなる日が来るだろうが、その時はそっち用の袋なりなんなりを用意すればいいのである。

「因みに、お昼はおそばにするつもりだから、食べたい具とかあったら言ってね。可能な限り用意するから」

 そば、と聞いて、エアリスの顔が輝く。彼女は、そばが大好きなのである。もっとも、彼女は大抵のご飯を喜々として食べるのだが。

「そうか。カレー南蛮とかも、いけるか?」

「了解。澪ちゃんと真琴さんは?」

「天ぷらそば、今のマイジャスティス」

「肉系が入った奴がいいかな。後、山かけそばも捨てがたいから、出来たら二杯食べたい」

 真琴の、体育会系かと言いたくなるような宣言に苦笑しながら、了解の返事を返す。

「じゃあ、ちょっと仕入れに行ってくるけど、いいよね?」

「頼むわ。僕はこれから、薬処方するから」

「じゃあ、俺達は道具を用意したら、すぐ出かける」

 目先の行動が決まり、三々五々散っていく。チーム総出でのプロジェクトが、幕を切って落とされた瞬間であった。







「さてと、このワイバーン肉、どうするかな?」

 昼食も終わり、エアリスの訓練、その初日をつつがなく終了したところで、微妙に手待ちになった春菜が、食糧庫を確認して考え込む。流石に十メートルを超える獲物だけあって、肉の量も半端ではない。首を落とした以外のダメージが、翼の付け根に刺さった矢だけだったため、ほぼ丸々一匹分素材が取れているのである。

 夕食には少々早い時間だが、仕込む量によっては相当手間がかかる。それに、未知の食材なのだから、最初は時間をかけて検討した方がいい。まだ時間が早いのであれば、練習も兼ねて薬を作ればいいのでは、と言われそうだが、いくら腕が良くなっていく実感があるとはいえ、延々と等級外ポーションを作り続けるのは、それはそれで心が折れそうになる。宏じゃあるまいし、十六時間ぶっ続けで調合作業など、まともな人間には不可能だ。

「とりあえず、毒はちゃんと抜けてるだろうけど、生はまずいよね?」

 流石に、このクラスの生き物に寄生虫などいないとは思うが、そこは絶対とは言い切れない。確実を期すなら、きっちりと火を通すべきだろう。なお、春菜は未知の食材を料理する時、声に出して考えをまとめるため、普段に比べて独り言が多くなる。

「無難なのはステーキかシチューだけど、これだけあるんだから携行食も含めて、いろいろ試すかな」

 そう呟いて、とりあえず手頃な腿肉のブロックを取り出す。まずは味見するのに適当な大きさに切って、無難に焼いてみることに。

「……鶏肉に近い感じかな? それも、普通の鶏より軍鶏とか比内地鶏に近い感じ?」

 鶏肉、と言うと思いつくのが焼き鳥と唐揚げ。だが、焼き鳥はタレを仕込むところからスタートになる上、そのタレがちょっと寝かした方がよさそうな気がする類の物なので、今回はパス。と、なるとまずは

「唐揚げかな。でも、普通に唐揚げにするのも芸がないから、ちょっとひねってみるかな」

 いろいろ材料を確認したうえで、思い付いた料理のための準備に入る。ざっと材料を揃えたあたりで、厨房に誰かが入って来る。

「エルちゃん?」

「ハルナ様、少々よろしいでしょうか?」

「どうしたの?」

「お姉様が、喉が渇いたとおっしゃられまして」

 そう言って、空になった水差しをおずおずと差し出す。

「ん、了解。ただの水でいい? それとも、何か飲み物を用意しよっか?」

「少し味があるものがよろしいかと思います」

「んっと、じゃあ……、先週仕込んだサフナのジュースがあるけど、それにする?」

「はい。お姉様も、サフナのジュースはお好きです」

 エアリスの言葉に頷き、食糧庫から良く冷えたジュースを取り出す。なお、サフナとはリンゴのような形状をした柑橘類で、柑橘類としては酸味が少ないのが特徴だ。良く熟したものは手で皮がむけるほど柔らかくなり、軽く絞っただけで大量の果汁があふれ出るほど水気が多い。水気が多すぎるため、食用に使うには熟す前のもの、飲み物に使うのは完熟したもの、と言う感じで使い分けられている。柑橘類としては胃に負担が少ないのも特徴で、病気の時はお湯で割ったものを飲むことも多い。

「それで、エレーナさん、晩御飯は肉料理、大丈夫そう?」

「それについては、食べられるように薬処方しといたから、春菜さんは好きに料理したって」

 春菜の疑問に答えたのは、いましがた厨房に顔を出した宏であった。

「薬って、具体的には?」

「食欲増進の薬と、消化剤やな。まあ、普通の胃薬も用意してあるから、量を調整すれば、少々重くてもいけるやろ」

「毒の方は、どんな感じ?」

「根治まではまだまだやけど、とりあえず幻痛を押さえるぐらいまでは抜けたみたいやで。用をたすぐらいは自力で出来るとこまではどうにか回復したから、大げさな介護は要らんのんちゃうかな」

 宏の言葉に、ほっとしたようにため息をつく春菜とエアリス。その様子を見て、何かを思い出して深く深くため息をつく宏。

「正直なところ、王族、言うんは大したもんや」

「……どうしたの?」

「澪の触診の結果とかから考えたら、エレ姉さん、普通の人やったら我慢できへんでのたうちまわってるほどの痛みがあったはずや。それやのに、しんどそう、言うぐらいで割と普通の態度やったから、物凄い我慢強いなあ、って」

「そんなに、ひどかったのですか?」

「まだ毒を盛られ続けとったと仮定するんやったら、あと三日遅かったら、国を挙げてのお葬式やったと思うで」

 あっさり言ってのけた宏の言葉に、完全に凍りつくエアリス。そこまできわどかったとは、さすがに予想もしていなかったのだ。

「まあ、間におうたんやし、その手の不吉なたらればは気にせんでええやろう。とりあえず、ジュース持って行ったげて」

「あ、はい」

 宏に促されて、水差しとジュースの入ったコップを持って厨房を出ていくエアリス。彼女を見送ってから、春菜が宏に質問する。

「そう言えば宏君、台所に何か用?」

「ちょっと、コンロ借りに来てん」

 そう言って、調合などに使う大鍋に、水をなみなみと張って火にかける。

「……何するの?」

「鎧の表面処理に使う薬剤をな、作りたいねん」

「もう縫い終わったの?」

「後は仕上げてエンチャントするだけや。とりあえず、ソフトレザーでよかったやんな?」

 宏の質問に頷きながら、その腕に感心する春菜。本当に、物を作らせたら無敵だ。

「で、春菜さんはもう、夕食の準備?」

「うん。デザートまで考えたら、ちょっと卵が多くなるかなって思わなくもないけど、別にいいよね?」

「まあ、死にはせんと思うで」

 そんな事を言いながら、怪しげな液体をぐつぐつと煮込み続ける宏。その様子に苦笑しながら、ついでに別の鍋でゆで卵を作ってもらう事にする春菜。

「大体メニューの想像ついたけど、この程度であの肉食べ尽くせるん?」

「今日は前哨戦。あ、そうだ」

「ん?」

「骨って、何かに使う?」

「別に、どっちでもええ、言う感じやな」

「じゃあ、明日ちょっと、ガラでダシを取ってみるよ」

 などと、のんきな会話を続ける二人。ワイバーンと言う魔物の脅威を知っている人間が聞けば、ダシ? 骨でダシ? などと突っ込む事請け合いである。いや、そもそも、肉を調理する、という発想の時点で引くに違いない。何しろ、普通の包丁だと、肉を切り分けたりしたらすぐに修復不能なレベルでぼろぼろになるし、普通の人間が普通に火を通したとこで、食べられるほど柔らかくはならない。そもそも、相当な性能の刃物を使って、ちゃんと手順どおりにやらなければ、解体そのものが出来ない生き物なのだ。

 当人達はピンと来ていないが、ワイバーンのような上級魔獣を調理しようと思うなら、相当な腕と道具を持っていなければスタートラインにも立てないのである。いろいろ調理しているうちに傷んできたから、なんて理由で打ち直した包丁が、まるで魔剣のようにワイバーンの肉をスパスパ切っているなどと言うのは、見る人が見ればめまいを起こしかねない光景だろう。もはや慣れた(諦めたともいう)ドーガやレイナが何も言わないからこいつらはそれが普通だと思っているようだが、言うまでもなく一般的な光景ではない。

 自分達の異常性を認識していない二人は、宏が台所での作業を終えるまで、いつものようにいろいろとメニューについて話し合うのであった。








「さて、こんなもんやな」

 かき混ぜていた鍋を火からおろし、作業場の方へ運んでいく宏。この後荒熱を取り、鎧の表面に塗りたくるのだ。これを塗って乾燥させ、エンチャントをかければ完成である。

「ゆで卵も出来てるから、後は任すで」

「了解。腕によりをかけて、美味しいご飯を作るから」

 そう言って、時間がかかるデザートの下ごしらえを済ませたら、粗めに濾したゆで卵をはじめ、みじん切りにしたタマネギなどの材料とマヨネーズをあえて大量にタルタルソースを作る。手頃な大きさに切り分けたワイバーン肉を処理し、どんどん揚げていく。山盛りになったそれを皿に一人分ずつ分け、タルタルソースを添えて完成だ。採集チームの分は保温容器に入れて、タルタルソースを入れた別の容器とセットですぐに食糧庫の方に入れておく。

 並行作業で作っていたカスタードプリンを蒸し器から取り出し、魔法である程度冷ましてから冷蔵庫へ投入。ついでに作っておいたジャガイモのポタージュスープを火からおろし、メインディッシュと同様に採集チームの分を保温ポットに入れてこれまた食糧庫へ。最後に手早くサラダを作ると、パンを用意してカートに乗せ、ダイニングに一気に運ぶ。なお、言うまでもないが、この工房で焼かれているパンは、酵母を使って生地を発酵させた、いわゆる現代のパンである。今日はバターロールとクルミパンらしい。

「ご飯出来たよ~」

 館内放送(無いと不便だろうから、と、宏がつけた)で宣言をすると、エレーナを抱えたレイナが、誰よりも早く食堂に姿を見せる。

「実にそそる香りだが、今日のメインディッシュはなんだ?」

「ワイバーンの腿肉竜田揚げ、タルタルソース添え。お代りもあるから言ってね」

 レイナの問いかけに対してさらっととんでもない食材を告げた春菜に、それは美味そうじゃの、と後から入ってきたドーガが平常運転で返す。

「……ワイバーン? 本当に食べられるの?」

「普通に美味しかったよ?」

「いえ、味がどうでは無くて……」

 唖然とした様子のエレーナが突っ込みを入れようとして、自分の席に着いたドーガと自分を椅子に座らせたレイナが、首を左右に振るのを目撃する。

「……冗談かと思っていたが、本当に食うのか……」

「あ、レイっちも来たんや」

「お兄様!」

 何とも言えない感じの沈黙を纏っていたエレーナの代わりに、唐突に表れたレイオットが突っ込みを入れる。姿を見せたレイオットに、エアリスが実に嬉しそうな顔を向ける。

「ああ。昨日の晩は特に問題になるようなものは出ていなかったと聞いたが、姉上が少し回復したと聞いて、少々食事内容が不安になってな。無理を言って、こっちに確認しに来た」

「殿下も食べていく?」

「ワイバーンの肉は、滋養強壮にええで」

「……そうだな。いただいて行こう」

 レイオットの言葉を聞き、先ほどにも増して喜びの表情を浮かべるエアリス。その様子を微笑ましそうに見守りながら、急遽一人分余分に盛りつけを済ませる春菜。元々急な来客の可能性を考え、余分目に作ってあったので一人分ぐらいは問題ない。兄が席につくのを確認した後、彼の分が配膳されるのを大人しく待っているエアリスだが、その取り繕った澄ました表情とは裏腹に、きらきらと輝く瞳が目の前の竜田揚げをロックオンして離さない。ワイバーン肉を調理している、と言う異常事態について全く疑問に思っていない、と言うより、そもそも何が異常なのか全く理解していない顔だ。昨日の夜に、出されたものを食べる時にいちいち顔色を窺わない、と窘められたため、今日は食欲全開で目の前の食事に意識を全部投入している。

「じゃあ、今日も美味しいご飯にありつけた事を感謝して、いただきます」

 配膳を終えた春菜が宣言すると、食前の祈りをささげ終えた他のメンバーも次々と料理に手を伸ばす。一口サイズの竜田揚げをフォークに刺すと添えられたタルタルソースをからめ、恐る恐る口の中に入れるレイオットとエレーナ。

「理不尽ね……」

 タルタルソースと相性ばっちりの竜田揚げの味に、複雑な表情でエレーナがつぶやく。ワイバーンの腿肉は、基本淡白ながらもしっかりした味があり、ジューシーな肉汁がタルタルソースの味と見事なハーモニーを成して、口の中一杯に広がっていく。実に幸せな味だ。

「何が?」

「あんな獰猛な生き物が、どうしてここまで美味しいのかしら……。そもそも、ワイバーンなんて、調理できるものなの……?」

「そもそも、ヒロシとハルナが理不尽の塊ですからなあ」

「え~?」

「料理ぐらい、練習すればだれでもできるやん」

 練習したぐらいでワイバーンを調理出来れば、誰も苦労はしない。そんな事を一切理解せず、口々に苦情を申し立てる二人。

「まあまあ、お兄様、お姉様。とても美味しいのですから、文句は無しにしましょう」

 満面の笑みを浮かべながら食事を続けるエアリスに窘められ、不承不承納得する王族二人。もっとも、その複雑な表情も、美味の前には長続きしない。

「レイオットからいろいろ聞いていたから、どんな食事が出るのか不安だったのだけど……」

「素材以外はまとも、どころか実に美味だな。毎日こんなものを食べているのか?」

「今のところ、好みに合わないものはあっても、不味いものはありませんな」

「たまに、考えない方が幸せになれそうな素材を使った料理が食卓に並びますが、そこは気にしない方が幸せになれると学習しました」

 レイオットとエレーナの質問に、真顔でそんな事を答えるドーガとレイナ。因みに、考えない方が幸せになれそうな素材の代表例が、ピアラノークの足肉である。流石にワイバーンには大幅に劣るとはいえ、これまた普通の料理人が調理するのは厳しい素材だ。味はカニから独特のしつこさをなくした感じで、これまたびっくりするほど美味しいのだが、自分達が食われかけた相手を食う、と言うのは、ドーガとレイナにとってはなかなか複雑な気分だった。

 他にもいろいろあるが、特に真琴が合流してからが、その手の食材の登場確率が上がったのは間違いない。何しろ、彼女が依頼や採集先で仕留めてくるモンスターときたら、間違っても七級冒険者が相手にするような生き物でもなければ、このあたりでそうそう見かけるようなものでもない、というか見かけてはたまらない相手ばかりである。よくもまあこんな依頼ばかり見つけてくるものだ、と、呆れるしかない。

 それを全て調理してのけるのだから、宏も春菜も大概である。

「じゃ、デザート出すよ~」

 全員が食事を終えたのを確認し、デザートのプリンを持ってくる春菜。良く冷えたそれは、今までレイオットもエレーナも見た事が無い、蒸して作ったものだ。プリンは無いのにアイスクリームやシャーベットの類は存在しているあたり、世界が違えば発達の方向性や状況も大きく変わるものである。

「美味しいです」

 出てきたプリンに目を輝かせ、嬉しそうにスプーンを入れたエアリスが、一口目を飲み込むと同時に、実に幸せそうにコメントする。

「エルちゃん、プリン大好きだもんね」

「プリンも、言うんが正解やな」

「ヒロシ様とハルナ様が作ってくださる食事は、どんなものでも大好きです」

 にこにこしながら幸せそうに語るエアリス。多分この中では、彼女が一番いろんな事について無頓着であろう。実にシンプルに、美味しいは正義を断言している。

「エアリスは、もう少し出されたものに警戒をしてもいいと思うが……」

「お二人が食べられない物を出す訳がありませんので、その警戒は不要だと思いますよ」

 どうやらエアリスは、食に関しては二人に全幅の信頼を寄せているらしい。実際、二人とも調理してみて不味かったものはすべて処分しているのだから、食えないほどまずいものが彼女の口に入る事はあり得ない。そしてそもそも、食事というものにこだわっている人間が、食べ物に毒を混ぜるなどという真似をする訳がない。

「見事に胃袋をつかまれてるな……」

「あなた、姫巫女の役目に戻れるの……?」

「……戻った時には、頑張ります」

 あまりに警戒心の薄い妹に、思わず頭を抱えつつも、こんなに穏やかな団欒風景はいつ以来だろう、などと少し遠い目をしそうになるエレーナ。むしろ、エアリスが食事のときに自然な笑顔を浮かべているところなど、初めて見たかもしれない。そもそも食事時に限らず、エアリスが自然な笑顔を見せたところなど、ここ三年ほど見た記憶がない。その一点だけでも、正直とても喜ばしい事だ。

 意外かもしれないが、行方不明になる前のエアリスは、食事というものに全く関心を寄せない少女だった。王族ですらめったに食べられないような豪華な料理も、家畜のえさと変わらぬほど粗末な食事も、彼女にとっては全く同じ価値しか持ち合わせていなかった。無駄に気を使うエアリスは、毒物でさえなければ、どんなものでも笑顔を張り付けて淡々と平らげてきたが、多分本当に美味しいと思った事は一度も無かったに違いない。

 残念なことに、エアリスにとって家族の食卓というのは、カタリナからのいびりを必死になって受け流しながら、誰にも心配をかけないように笑顔を張り付けて義務的に食事を平らげる、という作業以上の物ではない。それが作業である以上、味覚が正常に仕事をしたところで、味など全く分かるまい。そうでなくても、出されたものは常に冷めているのだ。レイオット達ですらそれほどうまいと思わずに食べていたのだから、彼女が食事に関心を寄せる訳がない。

 そのエアリスがここまで美味しそうに、楽しそうに、自然な笑顔を浮かべて食事をしているのだ。今まで、何を出されても全く関心を示さなかった彼女が、出された皿を食い入るように見つめている姿には、思わず目を疑ってしまった。その上で、見た目よりもはるかに警戒心が強いエアリスが、全幅の信頼を寄せていると宣言しているかのようなあの発言である。たかが十日ほどだと言うのに、よくもまあここまで手懐けたものだ。

「何にしても、あのエアリスが食べる事にちゃんと関心を持てるようになったのは、多分あなた方のおかげなのでしょうね」

「神殿の食事に戻れるかどうか、という不安要素はあるが、少なくとも食事がただの義務ではなくなった、というのは、兄としては喜ばしい事だな」

「そうなん?」

「ああ。少なくとも、こんな風に楽しそうに食べている姿は、長い事見ていないぞ」

 レイオットとエレーナのコメントに、申し訳なさそうに下を向いてしまうエアリス。何しろ、ここでの態度ときたら、兄や姉との食事より宏達と食べた方が楽しいと言っているようなものなのだから。

「エアリス、あなたは何も悪くないのだから、顔をあげなさい。別に、責めている訳ではない、というより、むしろ私たちが謝るべき事なのだから」

「あの席では、お前が食事に関心を持てなくなっても、誰も責める事は出来んさ。むしろ、カタリナ姉上をどうにもできなかった、私達の責が大きい。そもそも私自身、それほど家族の団欒を楽しいと思っていなかったのだから、お前が楽しいと思わないのも、むしろ当然だ」

 慌ててエアリスに謝罪と慰めの言葉をかけるレイオットとエレーナだが、大好きな兄たちとの食事より、ここでのまだまだなじみが薄い人たちとの食事の方が楽しかった、という事実は相当ショックだったらしい。俯いたまま肩を震わせ、顔を上げようとする気配は無い。

「なあ、エル」

「……なんでしょうか……」

「多分大方一カ月ぶりぐらいになるはずやと思うねんけど、久しぶりにお兄さんとお姉さんが一緒におる晩御飯は、楽しなかったか?」

「……とても、楽しかったです……」

「ここ十日ほどと比べて、どうやった?」

「……今日の方が、ずっとずっと、楽しかったです……」

「ほな、別にええやん」

 何でもないようにあっさり言いきる宏。その言葉に顔を上げるエアリス。目があった宏が、その不細工とまでは言わないが整っているとは言い難い顔に、ニッという擬音が似合う感じの、綺麗でも格好良くもないが愛嬌のある笑顔を浮かべる。その顔につられて、涙目のまま少し顔をほころばせるエアリス。

「なあ、レイっち」

「何だ?」

「問題ないんやったら、たまにこっち顔出してや。豪勢な食事、っちゅう訳にはいかんけど、出来るだけ美味いもん、用意するから」

「……そうだな。姉上の治療状況を確認する必要もあるし、出来るだけ顔を出そう。さしあたっては、近いうちに兄上とマークを連れてくる事にする。その時はまた、変わったものを頼むぞ」

「了解。ただ、ワイバーンのお肉がまだまだたくさん残ってるから、何回かはワイバーン料理が重なるかもしれないけど……」

 春菜の言葉に、軽く苦笑するレイオット。全長十メートル以上の飛竜を解体したのだ。十人やそこらでは、そうそう食べきれるわけがないだろう。

「そこは任せる。美味ければ文句は言わんさ。あと、まだ残っているなら、少し包んでくれないか? 父上や兄上と、こいつで軽く晩酌をしようかと思うのだが」

「はいな。とりあえず、珍しい料理に関しては、ワイバーン以外にも食材はいろいろあるから、それなりに期待してて」

 春菜の言葉に一つ鼻を鳴らすと、エアリスの頭を二、三度、親愛の情をこめてぽんぽんと叩き、用意された竜田揚げを受け取って転移魔法で城へ帰ってゆくレイオット。

「さて、デザートも終わったし、後片付けしたら、みんなで一緒にお風呂に入ろっか?」

「そうね。昨日は体調的に体を拭いてもらうのが精いっぱいだったし、エアリスと一緒にお風呂に入るのも久しぶりだし」

「だったら、急いで片付けてくるね」

「あ、僕がやっとくわ」

 話の流れを受けて、後片付けを買って出る宏。どちらにせよこの後、革鎧の最終仕上げをしたり、新しい薬の処方をしたりと、まだまだ風呂に入る余裕は無い。因みに、風呂自体はレイナが食前に準備してある。鍛錬でかいた汗を流す回数の都合上、大概風呂の準備はレイナかドーガが行っている。

「頼んでいい?」

「うん。台所でやっときたい作業もあるから、気にせんと先済ませて」

「了解。じゃあ、お先に」

 そう言って一旦自室に引き上げていく春菜達を見送ると、皿を集めて厨房へ引っ込む。実際のところ、風呂上がりの女性陣は結構な危険物なのだが、春菜との共同生活開始から一カ月半、いい加減それなりに慣れてはいる。

「さて、折角やから、ついでに風呂上りのフルーツ牛乳でも用意しとこうか」

「おぬしもまめじゃのう」

 ミキサー的な何かに牛乳八と半、果物一とちょっと、残りを砂糖などの材料、と言う感じの割合で入れる宏を見て、呆れたようにドーガが突っ込むのであった。







「やっと飯にありつけるのか……」

「大猟」

「全く、弱いくせに数だけは多いんだから……」

 死屍累々となった雑魚を片し終わり、ため息交じりにぼやく三人。まだ街道からそれほど大きく外れている訳でもないのに、あちらこちらからびっくりするほどの数が襲いかかってきたのだ。大半の獲物は食材としても採れる素材的にも、これと言って見るものが無かったため、討伐証明部位だけ切りとって達也の手によって焼き払われている。解体したのは肉が美味いもの、皮が高く売れるもの、内臓などが何かの材料になるものに絞ったが、それでも大概な時間がかかってしまった。半数ぐらいは真琴が一撃で仕留めたものだとはいえ、正直かなり疲れたのは事実である。

「なあ、真琴」

「何?」

「お前、こっちに飛ばされてから、このあたりに来た事は?」

「依頼で何回か、ってところ。多分達也が聞きたい事は、その時はこんなに湧いたのか、だと思うから先に言うけど、答えはNOね」

 真琴の返事を聞き、思わず難しい顔をする達也。とりあえず魔物よけの結界は張ったので、少なくとも明日の朝までは襲撃を食らう事は無いが、あまり気持ちのいいものではない。

「それで、何か気になる事でも?」

「ん~、どう言えばいいかな。昨日のワイバーンの時、澪が瘴気が濃くなってる、って言ってただろう?」

「うん。このあたりもちょっと瘴気が濃くなってるよ、達兄」

「やっぱりか。まあ、話を戻すと、だ。普通、ワイバーンなんざ、こんな麓の方では遭遇しないはずだ。少なくとも、ゲームの時は、イベント以外では相当山の上の方まで行かなきゃ、かちあう事は無い相手だった」

「だよね」

 ワイバーンは強いモンスターだが、どういう訳かあまり平地の方には下りてこない。ワイバーンに限らず、強いモンスターの生息域は限られており、普通の生き物が分布しているあたりにはそれほど現れないものである。

 むろんこれは、人間にせよ動物たちにせよ、そう言った強い生き物の生息域を避けて暮らしている、という事実も当然関係している。だが、それとは別に、まるで見えない壁でもあるかのように、強力なモンスターはほとんど特定の生息域から出てこないのだ。しかも、そう言った生き物のほとんどが、元々人間が住むには適さないような、極めて厳しい自然環境下で暮らしている。

「俺達が捕まった盗賊団だが、ここ最近は、魔獣制御のオーブとやらであのあたりには普段生息していないような魔物を操って標的を分断、護衛の冒険者とはぐれた人間を捕まえて売っぱらってたんだろう?」

「そういう風に聞いてるわね」 

「これはヒロとも話してたんだが、おかしいと思わないか?」

「……確かに、おかしいわね」

「言っちゃあなんだが、連中は三流、とまでは言わんが、正直大したことは無かった。右も左も分かって無かった当時ならともかく、今なら素手でも殲滅出来る程度でしかない。そんな連中の稼ぎで、魔獣制御のオーブなんざ手に入るものなのか?」

 達也の台詞に、何とも言えないと言う意味を込めて首をかしげて見せる。そんな真琴の様子を見た達也が、ため息交じりに苦笑を漏らし、一つ頷いて見せる。

「達兄」

「どうした?」

「お腹すいた」

 達也と真琴の会話を興味無さげに聞いていた澪が、話を遮って夕食を催促する。いい加減日もとっぷり暮れて、既に夕食の時間としては遅いぐらいになっている。向こうと違って自分の口でいろんなものを食べられるからか、澪はややもすると、エアリスと変わらないぐらい食べることにこだわる。

「ま、そうだな。情報が足りない状態で、あーだこーだ言っても始まらないか」

「そうね。それに、お約束ってやつから考えれば、大体原因の予想はつくしね」

「だな」

 真琴の言葉に一つ頷くと、とりあえず春菜が用意したであろう夕食を探す。

「……ワイバーン腿肉の竜田揚げ、か……」

「タルタルソースもあるわね」

「竜田揚げにタルタルソースって、どうなんだ?」

「そう言うお弁当もあるから、別におかしくないんじゃない?」

 などと口々に緩い会話をしながら、用意された夕食を取り出していく。

「しかしなんだ」

「何よ?」

「亜竜を竜田揚げにするってのも、なかなかのセンスだよな」

 達也の割とどうでもいい感想に、思わず噴き出す真琴と澪。冷静に考えれば面白くもなんともない発言だが、なんとなくつぼにはまった感じである。

「そう言えば、ワイバーンとかあのへんの肉って、結構な能力修練値が無かったか?」

「あんまり覚えてないわね~。職人連中みたいに隠れてはいなかったけど、熟練三百を超えるような料理人も、そんなに一杯はいなかったし」

「どっちにしても、ボク達ぐらいの能力値だと、食事の修練値なんて気休めだと思う」

「ま、そうだがな」

 澪の指摘に、まいったと言う感じで同意する達也。実際、食事による能力値の修練がはっきり意味を持つのは、全ての補正を抜いた値が五十ぐらいまで。そこから先は、無駄ではないにしても、食事だけで分かるほどの上昇は見込めなかったのだ。能力値を確認できないにしても、そう言った部分がそれほど大きく変わるとは思えない。もっとも、食事うんぬん以前の問題で、素の能力値が五十を超えたら、レベルアップでの自動配分以外では、分かるほどの能力変動など無かったのだが。

「しかし、うまそうだな」

「本当ね。これがあの大型トビトカゲだとは思えないわね」

 などと感想を言い合いながら、とりあえず荷物から取り出したテーブルの上に皿を並べ、適当に竜田揚げを分ける。ポタージュスープの入った魔法びんをあけ、マグカップに注いでパンやサラダとともに配置すると、そこには野営地での食事だとは思えない、見事な夕食が並んでいた。この場に他の冒険者がいたら、その食の充実度合いに目を見張り、羨ましさのあまり眠れなくなる事請け合いである。

「それじゃあ、いただきます」

「いただきます」

 手を合わせて食前のあいさつをする達也と澪を横目に、さっさと竜田揚げに手をつける真琴。三人の中では一番体を動かしたため、正直辛抱たまらなかったのだ。

「美味し~い!」

「美味いな、本気で」

「幸せ」

 容器だけでなくエンチャントの影響もあって、まだ温かい竜田揚げ。それを夢中で頬張りながら、美味を賞賛する三人。残念ながら山登りが待っているため下手に飲む訳にはいかないが、達也と真琴にとっては、これで良く冷えたビールでもあれば完璧という味だ。

 因みに、俗に腐敗防止と言われているエンチャントだが、実際の働きは微妙に違う。このエンチャントは腐敗を防止しているのではなく、影響下にある物質の変化を全て止めているのだ。なので、この中に生き物を入れても死ぬ事は無いし、温かいものはずっと温かいまま、冷たいものはいつまでも冷たいまま保存されるのである。何気に高度な事をしているエンチャントではあるが、古代の超人たちが全身全霊を持って改良を続けた成果か、触媒なしで普通に付与できると言う、エンチャントとしては驚きの低難易度だったりする。

 触媒なしで付与できるのであれば、宏達がこちらに飛ばされた初日に、わざわざバーサークベアの内臓を薬に加工しなくても良かったのではないか、と言われそうだが、ゲーム中で滅多に使わない事もあって、あの時点ではきれいさっぱり存在を忘れていたのである。春菜に至っては、エンチャントの細かい仕様など全く知らないのだから、指摘しようにも出来る訳が無い。

「あのトビトカゲ、肉食のくせに臭くないんだな」

「うん、あたしもかなりびっくりしたわ」

「幸せ」

 いろいろな意味で予想を超えたワイバーン肉の味に驚きつつ、瞬く間に平らげてしまう三人。そのままの勢いで食後のプリンを制覇し、満足そうな顔で夜空を見上げる。

「全く、ヒロと春菜がチームに居るってのは、こういう状況では最強の条件だよな」

「油断すると趣味に走りすぎるのが、問題っちゃ問題だけどね」

 真琴の台詞に苦笑する達也。実際、二人だけで外部から一切の突っ込みを受けずに一カ月ちょっと行動した結果が、明らかに帰る気が無いと思われるやたら充実した調味料のストックなのだから、真琴の言葉を誰も否定できない。第一、何をどう間違えれば、帰る手段を探すという出発点からカレーパンを屋台で売るという発想になるのか、正直いまだに理解できない。

「さて、そろそろ明日の事を打ち合わせしましょう」

「了解。っつっても、明日一日は山登りなんだがな」

「ソルマイセンとやらが生ってる場所まで、どれぐらい登ればいい?」

「明日一日だと、ちょっと厳しいぐらいの距離、かな?」

 澪の心もとない返事に、思わずため息が漏れる。因みに言うまでもない事だが、澪とてソルマイセンの正確な生育場所など知らない。単に地図と知識を照らし合わせ、高確率で自生していると思われる場所を特定しただけである。

「因みに、それは純粋に距離の問題? それともエンカウント率?」

「両方」

「達也、何かいい魔法とかない?」

「微妙なところだな。認識阻害の結界って手はあるが、さっきみたいに既にロックオンされてると意味がない。後、相手の感知能力が高いと、普通に喧嘩をふっかけられる」

「それ、さっきの連中ぐらいだとどんな感じ?」

「あのレベルだけなら、よっぽど下手を打たない限り、そう簡単に見つかりはしないとは思うが……」

 達也の言いたい事を察し、渋い顔をする真琴。真琴も全てのフィールドを知っている訳ではないため、どこにどんなフィールドボスがいるのかに関しては、それほど詳しい訳ではない。このあたりにしてもそうで、基本的に普通の戦闘廃人がうろうろするような地域ではないため、何が居るのかなど全く知識に無い。

 それに、昨日のワイバーンのようなイレギュラーがあれば、多分一発で発見されてしまう。

「一応確認するが、あの数の雑魚とセットでワイバーンクラスが来たら、どうにかできるか?」

「流石にきついわね」

「諦めて、サーチアンドデストロイ」

 あっさり極論を言いきる澪に苦笑しながら、それしかないかと腹をくくる達也と真琴。

「いっぱい頑張ればご飯が美味しい。ご飯が美味しければ、結果的に幸せ」

「……まあ、そうだな」

 澪の割と能天気な発言に、そんなものかもしれないと笑う達也。

「ま、腹決めて頑張るか」

 どうせ、もともと最低三日はかかる、という前提で組んだ行程だ。仮にスムーズに行ったところで、結局は明日収穫作業というのは厳しいのである。ならば、少々疲れるが、サーチアンドデストロイでも構うまい。

 そう腹を決めて、さっさと眠りにつく達也であった。







「レイオット、エアリスの様子はどうだった?」

「元気だった。それに、ずいぶんと楽しそうだった」

 軽めの果実酒を口にしながら、兄の問いかけに応えるレイオット。なお、ファーレーンでは十五歳が成人で、それぐらいから基本的に酒は合法である。ただし、やはり度数のきつい蒸留酒などについては、暗黙の了解で二十歳ぐらいまで飲む事は無い。店の方でも、ある程度の年まではほとんどジュースと変わらない果実酒しか売ってくれないのだ。

「楽しそう、か……」

「エアリスが楽しそうにしているところなど、ずいぶん長く見ておらんな……」

「あと、いい雰囲気でちゃんとしたものを食べているからか、ずいぶんと血色がよかった。今のあれを見て、笑顔を張りつけた人形、などというやつはいないだろうさ」

 レイオットの報告を聞き、何とも言えない気持ちで沈黙する国王とアヴィン王子。

「因みに、今日出されたものを少し包んでもらってきたのが、これだ」

「ふむ……。揚げ物か?」

 レイオットが取り出した竜田揚げを珍しそうに眺めながら、国王がレイオットに質問を返す。

「ああ。竜田揚げ、という料理だそうだ」

「何の肉だい?」

 兄の質問に一つにやりと笑うと、特大の爆弾を落とす。

「ワイバーンだ。それも、黒だな」

「なんだと!?」

「ちょっと待て! 黒のワイバーン、だって!?」

「ああ。ほのかに魔力が残っているから、間違いないな。これは、明らかに竜種の物だ」

 レイオットの言葉に、思わず絶句するしかない王とアヴィン。

「……そんなものを料理できる料理人を、我々が知らないと言うのもおかしな話だな」

 高位のモンスターを調理できる料理人など、世界中を探しても両手両足の指の数をやや超えるかどうか、と言ったところだろう。そんな人間がウルスにいるとういう事を、全く知らなかった事を訝しく感じる国王。

「当然だ。連中は冒険者であって、料理人では無いからな。だが、噂ぐらいは聞いているはずだぞ」

「噂?」

「父上、兄上。カレーパン、というものを知っているか?」

「ああ。街で噂になっている、一風変わったパンの事だろう? ……という事は」

 アヴィンの言葉に一つ頷くと、言葉を続けるレイオット。

「あいつら、知られざる大陸からの客人だけあって、常識というものに相当疎くてな。ワイバーンぐらい、練習すればだれでも調理できる、などと真顔で言っていたぞ」

「建国王の時代ならともかく、今の時代にあのクラスの魔獣を調理できる料理人などほとんどいないのだが、な」

「この城の料理長ですら、ワイバーンとなると微妙なところだろうね」

「四級ポーションと言い、この料理と言い、流石は知られざる大陸からの客人、という事か」

 そう言って、まだ温かい竜田揚げを、タルタルソースに絡めて口に入れる国王。それに続いて手をつけるアヴィンとレイオット。口の中に広がる美味に、相好を崩す国王とアヴィンに対し、二度目となるそれの味に、少し苦笑するレイオット。

「実にうまいのだが、あまり納得いっていないようだな」

「いや、なに。やはり時間がたつと、どうしても味が落ちるのだな、と思っただけだ」

 揚げものの宿命として、時間がたつとどうしても油が回ってしまう。それにほとんどの肉料理は、冷めてくると少し固くなる。

「それにしても、エアリスは毎日こんなうまいものを食べているのか?」

「我が妹ながら、羨ましい話だね」

「味もそうだが、食べる時の雰囲気も大違いだ。団欒とは、ああいうのを指すのだろうな」

 レイオットの言葉に、沈黙を返すしかない二人。

「カタリナ、か……」

「余としては、同じように愛情を注いできたつもりなのだが、な……」

「あれは、エアリスが本来自分がなるはずであった姫巫女の地位を奪った、などと逆恨みしているからね。それも、生まれてすぐに神託が下りる、という努力では覆しようのない形で奪われたのが、よほど気に食わないらしい」

「カタリナ姉上は、自分がいまいち敬われていない理由をそこに持ってきているようだが、裏で手を回してエアリスの侍女を自分の都合がいい人間にしたり、実の妹を最悪の子供だとねつ造したりするような品性が外に漏れている事に、全く気が付いていないあたりが末期的だ。そういう性質を完璧に隠し通せると思っていること自体、頭が足りていない」

 レイオットの容赦のない言葉に、深くため息をつくしかない国王とアヴィン。本来ならもっと強く釘を刺すべきだったのだが、切っ掛けがあるたびに用事を作ってはのらりくらりと逃げをうち、ほとぼりが冷めたころにまた同じような事をする、というたちの悪い事をつづけられてしまったため、まともに叱る事も出来ないまま、どうにもならないところまで来てしまったのである。

「それはそれとして、父上」

「何だ、レイオット?」

「どこまで進んでる?」

「あらかた、捕捉は終えた。後は機を見て排除するのみ、だ」

「カタリナ姉上は、どうするおつもりだ?」

「表向きは病気療養中に病死、という形になるだろうが、本質的には反逆罪で死罪、だな」

 自分の娘を手にかけるしかない、という事実に対し、深い苦悩を見せる国王。だが、残念ながら彼女を許すには、少々問題がある証拠が集まりすぎた。しかも、突っ込んで調べると、カタリナの周りに集まった世話係の類は、侍女から教育係まで全て、あまりよろしくない集団の息がかかってる事が判明している。一度直に会って話した結果、いろいろな意味でもはや手遅れだと判断せざるを得ないほどゆがんでしまった王女など、生かしておけばそれだけで国が傾きかねない。

「とりあえず、その言葉を聞いて安心した。が、問題は……」

「あのバルド、という男だな」

「あれだけの真似をし、しかも証拠をきっちりと押さえられたと言うのに、こちらが証拠をねつ造した事にしてのけるような男だからね。一筋縄ではいかないだろうね。正直、ああいう保身にだけは長けた小物が、一番性質が悪い」

 カタリナをたぶらかしたバルドという男、言動そのものはどこからどう見ても小物だというのに、法の不備や隙間を上手い具合について、誰が見ても明らかに有罪であろう案件を限りなく黒に近いグレーで無罪を勝ち取っている。

 今回のエアリス行方不明事件も、決定的だと言い切れる証言が出来る人間はすべて行方不明、もしくは死亡していること、犯行時刻と思わしき時間帯にはアリバイがあることなどから、証拠不十分ということで追求を逃れきり、逆に王家が証拠を捏造したと批判したのだ。

 転移魔法だろうがなんだろうが、下準備をすればその場にいなくてもいくらでも発動させることができるのだが、発動した後から術者が誰かを特定するのは、残念ながらファーレーンの魔法技術では不可能だった。そのため先代が制定した、冤罪防止のために立証に完璧を求めすぎる法の壁に阻まれて、バルドに止めを刺すにはいたらなかったのである。

「一体いつから準備をした計画なのかは分からないが、私ではなく姉上とエアリスを狙うあたり、この国を本気で破壊しようとしているらしい」

「最悪、エアリスさえ生き延びれば、国を立て直す事は出来る。彼らには悪いが、もうしばらく娘を預かってもらうしかないな」

 一見同意するしかない国王の言葉に、だが少し言いづらそうに口を挟むレイオット。

「残念ながら、そこまで悠長な事を言えるかどうかは難しいところだ」

「……どういうことだ?」

「このワイバーン、冒険者の中でも比較的足が速い連中が、という条件ではあるが、東門から徒歩で一日程度歩いた場所で仕留めたそうだ」

「……なんだと!?」

「その時、瘴気が濃くなっている感じがした、と言っていたからな。どうしても、近いうちに一度はエアリスを神殿に返さねばならないだろう」

 レイオットの言葉に、苦渋の表情を浮かべる国王。

「とりあえず、下準備として兄上とマークを連中に引き合わせたい。流石に今日言って明日、というのは厳しいだろうが、出来るだけ早いうちに時間を作ってほしい」

「分かった。何とかしよう」

「頼む。向こうにも料理の準備があるだろうから、出来るだけ早く連絡をくれ」

 レイオットの要請に頷くと、残りの竜田揚げを平らげにかかる三人。素晴らしくうまいはずのそれは、話が終わってからは今一味を感じなくなるのであった。
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