後日談 その1
無駄な方向でオッサンホイホイ成分が過剰です。ご注意ください。
「なあ、先に一つ確認したいんやけど、ちょっとええ?」
禁書庫の攻略を終えた数日後。ローレンが落ち着くまでどうするか、と言う話し合いの席で、真っ先に宏が口を開いた。
「なんだ?」
「誕生日プレゼントっちゅう事で一週間自由にもの作ってええ、っちゅう話になったやん」
「ああ、なってたな」
「それ、船作って大霊窟いっぺん踏破した後にずらしてええ?」
いきなり物騒な事を言い出す宏に、表情が固まる一同。
大霊窟を攻略する、などと言う難易度の高い目的を提示してきたこともさることながら、その後で、と言うのが怖い。特に素材的な意味で。
「いつその権利を使うかは宏君の自由だけど、何か理由があるの?」
「素材がなあ、今ある奴やと微妙に足りへん感じでおもろないねんわ」
「……まあ、宏君の誕生日プレゼントなんだし、素材が足りない状態で好きに作っていいって言われてもって思うのは当然だろうし、そこは好きにしていいとは思うんだけど……」
宏の言い分に大きな不安を覚えながらも、一応表面上は物分かりのいい言葉を告げる春菜。
内心では、せめて大陸を吹っ飛ばすようなものは作らないでほしい、などと考えていたのだが、恐らくこの思考は関係者全員に共通であろう。
宏にベタ惚れで、基本彼の言葉に異を唱えない春菜ですらこの認識であるあたり、関係者から宏がどう思われているかよく分かろう。
「後ろにずらすんだったら、何か今やろうって思う事があるの?」
「そら、まずはライムの誕生日プレゼントやろ」
「それはもう用意するのが当たり前だから別枠として、他に、だよ?」
「一応、優先順位がむちゃくちゃ高い頼まれごとはあるで」
優先順位が高い頼まれごと、と聞き、不思議そうな表情を浮かべる春菜。
「どんな頼まれごと?」
「あの亜種のポメに対する対策や。できる限り特別な技能とかなしで継続できる手段が欲しいんやと」
「あ~……」
宏の答えに、全員揃って納得の声を上げる。確かに優先順位がとてつもなく高い。
「確かにそいつは優先順位が高いが、どうにかできる当てはあるのか?」
「やってみんと分からんとこやけど、一応当てはあるで」
「そうか。だったら、ライムへのプレゼントと並行でそっちをやるのか?」
「そうなるなあ。ただ、実験っちゅうか検証用に、亜種ポメをそこそこの数用意せんとあかんねんわ。それがちょっと怖い感じでなあ」
「あ~、確かになあ……」
この種の研究開発に常に付きまとう、危険物の管理。特に今回必要な亜種のポメは、直接的な破壊力こそ皆無ながら、発生させる精神系状態異常の強烈さと状態異常をばらまく範囲の広さから、都市一つを余裕で壊滅させうる危険性を持ち合わせている。
しかも、手早く数を増やせる生産方法が一歩間違えれば被害をばらまくやり方になるため、もしもの時のために色々と準備をした上で細心の注意を払って進めていかなければならない。
更に、上手くいったかどうかを確認するために、人体実験をする必要がある。人の身体を使って実験をするのだから、どのような方法で行うのか、誰が実験台になるのか、実験台になった人に対しての報酬その他をどうするのか、問題があった時にどう言う対処をするのか、など、事前にきっちり決めておかねばならない事がらも山ほどある。
実験台になる人間の選定もまた、厄介な問題だ。もしもの事があるため、最初の段階では余り虚弱すぎる人間は駄目。逆に、精神系状態異常に対する耐性が高すぎる人間も、効果があったかどうかの判定ができないためにアウト。戦闘能力、特に物理攻撃力が高い人間は錯乱した時に周囲の人間が危険すぎるため、ある程度効果があった事を認められる段階までは投入できないが、かといって実験台になった人が派手に暴れた時のために、暴走した人間を安全に抑え込める人員は必須。
優先順位が高く、可能な限り急いで対策を打つ必要がありながら、そのための準備がなかなか大変なのは、実に頭が痛い話である。
「そう言えば宏君、亜種のポメは確保してるの? あの島にいたのは、見つけ次第片っ端から結界で隔離して爆破してたと思うんだけど」
「バルドが持ち込んだっちゅう記録見つけた時点で、こういう話が来るっちゅうんは予測しとったからな。三つほど確保しとるよ」
「そっか。って事は、まずやらなきゃいけない事は……」
「事前に実験その他のための根回しやな。増やすんはそれ済んでからや」
宏の言葉に、全員が頷く。事が事で、ものがものだ。そこをおろそかにしては、色々と不要なトラブルを巻き起こしかねない。
「で、師匠。根回ししたら、どこで増やしたり実験したりするの?」
「安全策を取るんやったら、地底か灼熱砂漠の中心付近やな。地底は一層目の遺跡借りて、一層目と二層目をしばらく立ち入り禁止にしてもらっとけば、もし結界とかに不備があっても変な被害は出えへんはずやし。灼熱砂漠の中心付近に至っては、そもそも誰も足踏み入れたことあらへんしな」
「師匠。砂漠は環境の誤差が大きく出過ぎる」
「せやから、本命は地底やな」
「ん、了解」
宏の方針に納得し、口を閉ざす澪。実際、広大な地底の遺跡、その第一層目の端の方ならば、第三層以下に住んでいる大地の民には影響は出ないだろう。
地表までは何キロも無いため、地面を貫通するのかどうかは検証が必要ではあるが、なんとなくそこまでの貫通力は無い気がする。
「で、そこらへんの調整が必要になるから、今日は根回しだけで、本格的な作業は明日以降になると思うで」
「そうね。じゃあ、そっちの根回しはあたし達で動くから、宏はライムの誕生日プレゼントに専念ね」
「せやな。頼むわ」
「了解。任せて」
この一言で、とりあえずの方針が決まる。現在午前十時。今から動くと考えるなら、ある意味ちょうどいい時間帯である。
「じゃあ、ちょっとあっちこっち行ってくるわ。ファーレーンの王宮は春菜に任せるとして、あたしと達也はダール方面かしら?」
「そうだな。春菜、いけるか?」
「うん。ついでにエルちゃんとエレーナ様のところにも顔出してくるよ」
「ボクはいつものように弟子たちの教育。たぶん、亜種ポメ対策のためにも必要になってくる」
「おう、頼む。そっち方面は俺達にはどうにもできんし、ヒロには他の事をさせておいた方がいいしな」
などと、勝手に役割分担を決めて出ていく達也達。
「さて、ライムの誕生日プレゼントの前に、一応結界具の類は準備しとかんとな」
何事も準備は前倒しにしておくに限る。今日は作業に入らない亜種ポメ対策の準備を済ませるべく、倉庫内の素材リストを再確認する宏であった。
「地底?」
「うん。何かあった時に、どこが一番安全かって考えて、地底の遺跡で作業する事にしたんだ。ダールの女王様や大地の民の人たちにも許可は取らなきゃいけないんだけど……」
「……まあ、確かにあそこならば、居住区の対角で作業をすれば、余裕で十キロ以上離れはするが」
「灼熱砂漠の真ん中あたりだから、もし地面を貫通しても、あんまり人に影響しないかな、って言うのもあるんだ」
「なるほどな。他国の領土内の話だけに、ファーレーンとしては賛成も反対もできんところだが、理にはかなっているな」
ウルス城。早速話を通しに来た春菜を迎え入れたレイオットは、エレーナとエアリスを同席させて茶飲み話に興じていた。
「それで、いつからの予定だ?」
「根回しが済んだらすぐに、だと思う。ただ、ダールの人たちの予定とかもあるだろうから、明日すぐにって訳にもいかないかな、って」
「だろうな。あそこでは時々、大規模な訓練も行われている。その日程調整も必要になるからな」
春菜の言葉に頷き、ティーカップに口をつけるレイオット。昼食が近いこともあり、出されているのはお茶だけだ。昼食は、この場にいるメンバーで一緒に済ませる事で話がまとまっている。
「ねえ、ハルナ」
「何?」
「詳しい話を聞いていないから何とも言えないのだけど、そこまで警戒しないといけないほど、その亜種のポメって厄介なものなの?」
「対策に不備が出たら、それこそ普通に沢山の死人が出るほど危険。実際、あのポメが原因で、港が三つもある割と大きな島が壊滅してるし」
「……今まで、よく被害が出なかったわね……」
一瞬絶句し、その後どうにか絞り出したエレーナの感想に、無言で頷く春菜とレイオット。
「毎回毎回この手の面倒事の対策を押し付けて申し訳ないが、現実問題として既に人が生活していた地域に持ち込まれてしまっている。あれがどの程度の範囲に拡散しているか分からない上、ばら撒く状態異常が強力すぎて、我々の力では対策の打ちようがない。情けない話だが、アズマ工房に頼らねばどうにもならない」
「分かってるよ。それに、あれを放置しちゃダメだってのはみんな骨身にしみてるから、宏君も根回しが終わったらすぐに始めるつもりみたいだし」
「それはありがたいな」
「だけど、対策を形にしたとして、どうやって上手く行ってるかを確認するかが問題なんだよね」
「実験台が必要、か……」
「正直、気が進まない話だけど、絶対に必要な事だし……」
場合によっては命が危ない事、それも実際に少なくない死人が出ている行為をわざわざ試す。その事を強要しなければいけないのは、部下に命を捨てさせる覚悟を決めている権力者にとっても、気が重い話である。
既に自身のあり方として部下の命を使い捨てることを受け入れているレイオットですら気が進まない事なのだから、宏や春菜がいまいちやりたくないと思うのも当然であろう。
「お兄様、ハルナ様。その事についてご報告申し上げることがあります」
「何かあるのか、エアリス?」
「はい。その件については、アルフェミナ様の神託により、神殿から十五名が既に選定済みとなっています。見習いの方から司祭級まで幅広く指名されていますので、精神系状態異常に対する耐性も丁度いい具合に分散していると思います」
「……本当に、アルフェミナ様の神託か?」
「はい。アルフェミナ様としても、邪神教団が亜種のポメを持ちこんで大きな被害を出すのは、色々な意味で困るそうです。ですので、本来越権行為であると承知の上で今回の神託をくださったそうです」
少しずつ話が大事になっていく亜種ポメ対策。アルフェミナがわざわざ乗り出す程度には、あれが人の生活圏に持ち込まれて広げられるのは困るのだろう。
「実験に付き合ってくれる人が決まってるんだったら、とりあえず、亜種ポメに関係する話はそんなところかな?」
「そうだな。騎士団や文官からもある程度人数は出す事になるが、それはこちらの話だ。この場で話す必要がある事はこんなものだな」
「だったら、今ローレンがどんな感じなのか、聞いてもいい?」
「それはかまわないが、さして時間がたっている訳ではないから、ヒロシに話したこと以上は話せんぞ?」
「分かってるんだけど、ルーフェウスでの用事が終わってるようで終わってない感じだから、目途だけは知っておきたいんだ」
春菜のその言葉に頷き、ローレンの現状について話し始めるレイオット。とはいっても、三日後に迫った追悼式典までは、目立った動きは無い。自覚無き反逆者達を拘束する仕事は終え、すでに主要な連中の処罰は決定しているが、全員の裁判が終わるまでにはやや時間が必要だ。
罪が確定したうち、一族郎党全ての死刑が決まった連中に関しては、追悼式典前に血なまぐさい事は避けるべき、と言う理由で現在、刑の執行は先送りにされている。口実はそれだが、実際には追悼式典と裁判で手が足りておらず、やるならまとめてという事で放置されているだけだ。
そんな状況ゆえ、宏達がローレン国内に足を踏み入れても大丈夫、と胸を張って断言できるまでとなると、二月ぐらいはかかりそうな情勢である。
ただし、影響力がある連中の処分さえ終われば、そこまで警戒する必要もなくなる。そのラインであれば、二週間もかからないところだろう。
「あと、そいつらの処分が終わったところで、まず議会による決定に対する王の権限と責任を大幅に減らす事が確定している。一応議会の暴走に対するブレーキ役として、責任を負わないある程度の拒否権は与えられるようだが、これまでのように命令書による強制までは不可能になる」
「その拒否権って、ちゃんと効力があるの? 乱発されたらどうするの?」
「効力については、正直何とも言えないところだな。結局、最高権力者なんぞと言っても、周囲が命令に従わなければ単なる空手形にすぎんと今回の一連の騒ぎで証明しているからな。ただ、乱発に対しては議会からも司法からも独立した外部組織や長老会議、元老院なんかが乱発に至った経緯なんかも含めて検証し、問題があった側に対して警告や制裁を行うシステムを構築する予定のようだが」
「……他所の国の事をどうこう言えるほどえらい人間じゃないけど、今までの経緯を聞いてる感じだと、どうしても不安になるよね」
「所詮人間がやることだ。どんなに考えて制度を構築したところで、トップに碌でもない人間が来る事を完璧に防ぐ事はできん。できることがあるとすれば、できるだけ被害が大きくならんよう迅速に不適格者を排除する事だけだ」
もはや完全に信用を失っているローレン政府に対する春菜の不安、それに対してある種の諦めが混ざった口調でレイオットが答える。
他国の事だというのもあるが、どう頑張ったところでこの種の問題を防ぐ事はできない事を、ファーレーンの事例から色々と思い知っているというのが実情だろう。
「あまり楽しくない話はこれぐらいにして、ライムの誕生日の話をしたいのだけど、いいかしら?」
「あ、うん。そうだね。と言っても、上手い具合に日は重なってないから、四日後の追悼式典終わった次の日にやるつもり。今回は私と宏君と澪ちゃんでお料理頑張って、プレゼントは宏君に一任、って感じ」
「だとしたら、一週間好きにものづくりをする権利はライムのプレゼントと亜種のポメに対する対策でほぼつぶれることになる訳ね」
「それなんだけど、宏君の要望でね。船をつくって大霊峰の山頂にある大霊窟の探索を終わらせてから、って事になったんだ。素材的にちょっと物足りないから、って言ってた」
春菜が白状した危険な話に、思いっきり絶句するファーレーン王族一同。
「……物凄く、思い切ったわね……」
「……我々にやるなと言う権限は無いが……」
「……大陸が無事だといいわね……」
「大霊峰の素材まで使いたいなんて、ヒロシ様はどんな素敵なものを作られるのでしょうか?」
乾いてひび割れた声で不安を吐露するレイオットとエレーナ。そんな二人とは正反対の、色々期待して目を輝かせまくっているエアリス。そんな彼らの態度に、こちらも乾いた笑みを浮かべるしかない春菜であった。
「なるほど。第一層で実験であるか」
「そうなんだよ。ものがものだけに、迂闊な場所でやる訳にはいかなくてなあ」
「妾としても、ウルスやダールで行われるのはまずいのでな。お主たちが反対せん限りは反対する理由がないのじゃ」
「正直、ものすごく勝手な話をしてる自覚はあるんだけどねえ……」
春菜がレイオット達と話をしているのと同時刻。地底の遺跡では、大地の民の代表であるモグラ男とダールの女王が、達也と真琴が持ち込んだ話について打ち合わせをしていた。
「第一層は一辺が五十キロはあるのであるから、場所を選んでもらえれば特に問題は無いのである。それとも、その広さ全部に被害が出るほど物騒な実験なのであるか?」
「効果範囲は、分かってる限りでおおよそ半径五キロ程度みたいだから、そこまで広くは影響しないはずよ」
「ならば、このあたりで普通に実験すればいいのである。ここからなら、大地の民の居住施設まで三十キロは離れているのである」
真琴からもたらされた影響範囲から、大地の民にとって安全な場所を提示するモグラ。それを受けて地上との位置関係を検討しはじめる日本人二人。
「確か、転送陣の位置が大体街道から十キロほど砂漠に入ったところ、だよな?」
「そうそう。で、そこから大体四十キロぐらい南西に進んでるから……」
「陽炎の塔ともイグレオス神殿本殿ともかなり離れてるな。そっちに向かう街道ともかなり離れてるし、ここなら衝撃波が岩盤を貫通しても問題ないか」
「そうね。特に何かがある場所でもないし、迷子になった人でもなきゃこんなところはうろうろしてないでしょ」
自作の地図をもとに、そんな風に結論を出す達也と真琴。国土と言う面では正直厄介なことこの上ない灼熱砂漠だが、こう言った実験の類には非常にありがたい土地である。
「問題なさそうだから、後は作業を始めていい日程を決めてくれると助かる」
「我々はいつでもいいのである。女王の日程にあわせてくれればいいのである」
「そうよのう。念のために現在演習中の部隊を引き揚げるとして、日程で言うと少々半端なところなのがのう」
達也から振られて、日程のすり合わせを行う女王とモグラ。大地の民は基本的にどうとでもなるため、主にダールの日程が問題になる。
「のう、タツヤ殿。今ここでやっておる演習が、どれも明後日で終了予定なのじゃ。中止をしてもいいが、できれば終わらせてしまいたいのじゃが、かまわんかのう?」
「別にこっちはそれでも構わんのですが、完成がいつになるか分からないのに、二日も後ろにずらして大丈夫なんですか?」
「正直、何とも言えん所ではあるがのう。ローレンで活動しておったバルドが、なぜルーフェウスで直接あれを破裂させなかったのかが分からんだけに、早く終わらせるに越した事は無いのは事実じゃが……」
「研究日誌から見るに、十年以上はあの島で研究開発を続けていたはずですから、多分何か直接破裂させられない理由があったとは思いますが……」
「まあ、ポメの類はそうでなくとも不安定じゃからのう。お主らのように安全に貯蔵や運搬ができる手段がなければ、運用は難しかろうがのう」
女王の言葉に、苦笑しながら頷く達也。実際、亜種は普通のものより更に破裂しやすく、バルドもドルテ島に持ち込むまでに千個単位で破裂させていたりする。
実のところ、亜種のポメは上級の採取スキルを習得していない人間が触ると、非常に簡単に破裂してしまう特性がある。絶対にとまでは言わないが、少なくとももったまま空を飛ぼうとすればまず間違いなく破裂するだろう。バルドがドルテ島に持ちこめたのは、ある種の奇跡のようなものだ。
むしろ、これだけ運搬に難があるからこそ、発見した時にそのまま兵器として使おうと言う考えを打ち砕かれ、ドルテ島にわざわざ研究施設をつくってから運び込むという手間のかかる真似をしたのである。
わざわざドルテ島に運んだのは、自生していた場所がとても研究施設を作れるような場所では無く、かといって研究施設を作れて培養するための温泉が湧いている場所は、ドルテ島以外は距離が遠すぎてバルドの能力では破裂させずに運びこめなかったのだ。
そういう条件ゆえ、邪神勢力側もすぐに亜種ポメ爆撃が可能になる訳ではないのだが、そんな裏側の事情など女王もアズマ工房一行も知るはずがない。なので、あまり後ろにずらしたくないという思惑は一致する。
「そもそも、今回の演習は大規模なものでのう。軍を引き揚げるのに、どうしても二日ほどかかる。演習で使い潰す予定であった道具類の処理も考えれば、引き揚げ作業がもう一日延びる可能性もある。どの道今日は動きようがない事を考えれば、大した差は無いと思うのじゃが……」
「荷物を置き去りに、と言う訳には?」
「機密に抵触するものやデリケートなものもある故に、人様の土地に放置するのは気が進まぬ」
非常に納得できる女王の言葉に、反論も思いつかずに沈黙する達也。
「ライムの誕生日も近い事じゃし、申し訳ないがしばしそちらに注力しておいてはもらえんかの?」
「そうですね。引き揚げ含めて四日なら、ライムの誕生日の準備に丁度いい」
「すまんのう。妾たちから頼んだくせに、妾の事情を優先させてしまって」
「理由が理由ですから、仕方ありませんよ」
状況的に心苦しそうな女王に対し、気にしないように告げる達也。現実問題として、ダールの軍がここでよく演習を行っているのは前々から知っていた事だ。それゆえに根回しと日程調整に動いていたのだから、この程度の問題は最初から想定内である。
むしろ、中止できない種類の演習中、なんて状況でなくて良かった。そう思ってしまうぐらいだ。
「じゃあ、日程はそう言う事で、帰って伝えておきます」
「うむ。頼む」
話がまとまったのを受け、戻って宏に日程を告げようとしたところで、モグラが達也達に声をかける。
「ついでだから、ヘタレ男にこれを渡しておいてほしいのである」
「……これは?」
「特殊鉱の鉱石と宝石の原石なのである。幼子の誕生日プレゼントに使ってほしいのである」
「了解。ヒロに渡しておく」
モグラ男からプレゼントの材料を受け取り、ついでにコーヒーも補充して今度こそ工房へ帰る達也と真琴であった。
「……師匠、それ何?」
十一時半。工房。そろそろ昼食の準備を、と思って宏に声をかけようとした澪は、師が手に持っている物を見て、思わずそう確認を取ってしまった。
「魔法のバトンやけど?」
「それぐらい、見れば分かる」
手の中にある鶴と亀をあしらったおめでたいデザインのバトンを魔法のバトンと言う宏も大概だが、それを見れば分かると切り捨てる澪もなかなかのものだろう。
「ライムの誕生日プレゼントにな、自衛手段も兼ねて色々こねくり回しとるんよ。これは全部、デザイン見本やな」
「……師匠、微妙に路線ずれてるのもある」
ナースキャップの変種っぽい物を手に取りながら、宏の発言にそう突っ込みを入れる澪。他にもセーラー服ベースの妙に恥ずかしいデザインの衣装に変身する美少女戦士達が使っていたアイテムや、いちいちウェディングドレス姿になった後お色直しとなどと言って戦闘衣装に変身するという手間のかかるシステムだった連中のアイテムなども。
そのあたりの単独で変身できるものはまだマシで、愛と勇気と希望の名のもとに変身するためのアイテムは二人ほど男の子を侍らせる必要がある事を考えると、いかにひよひよと言うそれっぽい生き物が存在したところで実用性の面でどうかと言いたくなる。
いくつかの作品は変身アイテムではなくマスコットの力を借りて変身するのだが、どうやら宏は原作をちゃんと見ている訳ではないらしく、それらの作品で武器として使っていたものを変身アイテムとして作っていたりする。
「後、これとかこれとかはライムじゃなくて、むしろ春姉の領分」
某美少女仮面だったりどう見ても素顔を隠せていないナイルな人だったりに関係するアイテムは、確かにいろんな意味で春菜の領分かもしれない。特に美少女仮面は変身ヒロインのパロディネタとしては鉄板と言えるもののひとつだから、春菜に押し付けて変身させて、羞恥プレイに走るのは基本中の基本であろう。
「まあ、そのあたりは最初からあんまり採用する予定はあらへんかったし、単にこんなんも作れんで、っちゅうだけの話やからな」
「ん、了解。他にとりあえず駄目出しするのは……」
そう言って手に取ったのは、魔法の杖と言うにはやけにメカニカルでやたらとごつい、魔法少女と言うより魔砲少女と言った方が正しい作品に出てきた杖。
「年齢は誤差の範囲だから置いておくにしても、これを持たせると話し合いより先に砲撃に走りそうで教育に悪い」
「流石にそれは誤解やと思うけど、言わんとしとる事が妙に納得できるんは何でやろうなあ……」
世間一般に広がっているイメージをもとに駄目出ししてくる澪に、微妙な反論のしづらさから苦笑する宏。全体的にあの作品のイメージに関しては言いがかりに近い部分はあるのだが、内容はともかく描写的にそう認識されても仕方がない部分が多々あるのが辛いところである。
「ほな、とりあえずこの辺も省くとして、残るんは古典の作品系列か基本肉弾戦の作品系列かのどっちかやな」
「古典系列でいいと思う」
「変身パターンはそれでええとして、ステッキとか、日ごろのライムの行動パターン考えたらものごっつ邪魔やない?」
「……そこは縮小で」
「それでもええんやけど、普段使わへんもんやと存在忘れんでな」
「……確かに」
宏の指摘に、しぶしぶ頷く澪。ライムの普段の生活は、同年代の友達と遊ぶ時間を除けば、宏達生産廃人と大差ない。そのライフスタイルに、縮小したところで魔法のステッキが割り込む余地などなさそうだ。
「でも師匠」
「何や?」
「それ最初から分かってるんだったら、何でわざわざデザイン試作品?」
「そんなもん、ライムの行動パターンやと邪魔になるんに気ぃついたんが今やからに決まってるやん」
物凄く駄目な事を、ものすごく力一杯断言する宏。いろんな意味でアズマ工房の未来は暗そうだ。
「まあ、ブレスレットかペンダント、ネックレス、ブローチあたりがええとは思うんやけど」
「いっそ、ペンダントにして魔法のステッキ」
「せやなあ。首から下げといて、いざという時はオートモードで変身っちゅう感じか?」
「バンク入って決めポーズから決め台詞まで全自動?」
「その手のは、今はええけどちょっと育ったら凄い黒歴史になるからなあ……」
宏の言葉に、言われてみればと納得してしまう澪。ああいうのが痛くないのは、せいぜい自分の歳まで。中二病の気がゼロでは無いとはいえ、それぐらいの事は澪にも分かる。ついでに言えば、恐らく自分が今の歳で変身ヒロインをやったとして、今はそれほど恥ずかしいとは思わないが、十年後には自分の行いが黒歴史になるのも大体想像できる。
「……春姉と真琴姉で実験」
「何物騒な事言ってんのよ、澪」
「せやで。流石にやめたげようや……」
黒歴史と言う言葉から余計な事を思い付いて口にした澪に、地底から戻ってきてすぐに顔を出した真琴が即座に突っ込みを入れる。いくらなんでも真琴にやらせるのはどうかと思ったらしく、宏も澪を窘めに回る。
「つうかヒロ、俺ですら生まれる前のネタがやたら多いんだが、どこで仕入れてきたんだ?」
「どこでっちゅうか、テレビとか動画サイトで特集やっとんのを見た程度やで。内容知っとんのはごく一部やし、形状も大半はうろ覚えや」
宏の言葉に首をかしげながら、デザイン製作の各種アイテムを観察する達也。確かにデザイン的に怪しい、無理矢理誤魔化している雰囲気が漂っているものが結構多い。
「言わんとしてる事は分かるんだが、その割には種類が多いよな?」
「昔な、職人で集まっとったら、ゲーム始めたばっかりの身内が、魔法少女とかできるんかって聞いてきた、っちゅう奴がおってな」
「つまり、その時に集められるだけの資料を集めて再現できるものを片っ端から再現した、と」
「そう言うこっちゃな。まだ当時は持っててエクストラスキル一種とかやった頃やし、正直オリジナルほどの性能は再現できんかったけどな。そんなんでも結構難しい仕事やったから、熟練度もバカスカ上がったわ。それに、目標も無しに漫然とやっとってもおもろなかったし、そういう意味でも丁度ええ遊びやったんよ」
宏の言葉に、納得する達也。今までに聞かされた逸話から考えれば、今回の話はそれほどおかしな事でもない。と言うより、ある程度生産物の自由度が高いゲームだと、まず一度は目指すのが変身ヒーローや魔法少女の再現であろう。
ただ、そういうイベント的なものが、職人プレイヤーだけの内輪で完結してしまっているのが勿体ないといえば勿体ない。
なお、この当時はそこまで大したものを作れなかった上にアバターの外見年齢及び体格体型を一時的に変えるようなエンチャントは存在自体していなかったため、大人に変身するタイプのアイテムは最後まで再現できなかった。
また、ゲーム内でわざわざキーワードで装備変更する必要はなかったのでは? という外部からの突っ込みに誰も反論できず、最終的に職人プレイヤーが引きこもらざるを得なかったこともあって、せっかく作った装備も結果として大して活用されなかったという落ちが付いている。
「で、結局はどのカテゴリーの物を作るのよ?」
「一応は魔法少女変身アイテムや。できたら大人になってからも使えるように、衣装のデザインは年齢にあわせて自動でいじる方がええかな、とか思ってんねんけど、肝心の変身前のアイテムをどうするか、でちょっと話しとったんよ」
「そうね。普段の行動を考えるなら、ステッキとかはアウト。作業するから指輪は駄目、って考えたら、腕輪かペンダント、ブローチなんかになってくるわね」
「やっぱそうなるやんなあ」
真琴が出した結論は、宏と澪が出したものと同じだった。
意見を求めて達也に視線を向けると、同意するように頷く。やはり、共同生活をしていると似たような認識になってくるらしい。
「ほな、とりあえずペンダント、それもスリとかに目ぇつけられへんように、見た目だけはチャチい感じでつくるわ」
「まあ、そんなところでいいんじゃない?」
「で、や。変身する先の衣装は縫わんとあかんから、型紙起こすんに真琴さんと澪にも手伝い頼みたいんやけど」
「澪はともかく、あたしも?」
「せやで」
いきなり手伝いを頼まれ、目を白黒させる真琴。これまで、こういうものを作るという事柄で、彼女が材料収集のためのモンスター狩り以外で手伝いを頼まれた事は無い。そのため、意表を突かれてあたふたしてしまったのだ。
「師匠、何をすればいい?」
「魔法少女の衣装、大量にデザインしてほしいねん」
「あ~、そういうことね」
宏の頼みごとを聞いて、納得の声を上げる真琴。確かにそれなら真琴でも手伝えるし、宏一人でやるのは本人も周囲も精神衛生上よろしくない。
「なんっちゅうか、僕一人で幼女向けの服大量にデザインして縫うんって、なんか自分が変質者になったみたいな気分になってなあ……」
「それは子供服デザイナーに対する偏見が混ざってるとは思うが、確かにヒロ一人でやるのはどうかってのはあるよなあ」
「せやろ? しかも、今回は魔法少女系やからなあ。今まで作った服は基本性別とかあんまり関係ないとか、とりあえず無難に格好よさげな奴とかやったから特に問題なかったけど、そっち方面ってもろに趣味の世界やん?」
「男が魔法少女ものの服を大量にデザインしてリアルに縫うとか、向こうの世界だったら、『おまわりさん、こっちです!』ってネタにもろ直撃しそうだよなあ……」
「あくまで掲示板でのネタの範囲には収まるとは思うけど、世の中世知辛いから、本気で変質者扱いしそうな人もいるわよね、実際……」
世知辛い世の中に対する愚痴も込めて、宏の言いたい事に同意する年長者二人。コスプレも随分と市民権を得てはいるが、それでもまだまだ偏見は根強い。宏の外見や雰囲気でオリジナルデザインの魔法少女系衣装なんて子供に着せた日には、周囲からどんな目で見られるか予想できない。
ただ着せているだけなら、どこのブランド? などと聞かれる程度で済むだろうし、当の子供が喜んでいれば特に問題にもならないだろう。ただし、それが自分でデザインした自作の服と言った時点で、残念ながら好意的な視線が消える可能性が少し出てくる。
宏達の暮らす日本は、その程度には世知辛いのだ。
「まあ、そう言う訳やから、頼むわ」
「了解。方向性とかある?」
「せやな。基本的には年齢変化がないタイプの魔法少女でええとして、とりあえず大人モードも搭載する予定やから、十代後半から二十代前半に着せてもあんまり痛くない感じのんも欲しい。サイズに関しては、自動調整のエンチャントでどうにかするからあんまり気にせんでええで」
「OK、任せといて。ライムをプリティでラブリーで完璧な魔法少女にしてあげるわ!」
「目指せ、小さい女の子の憧れ」
どうやら、そう言うのも大好物らしい。真琴と澪が妙に気合を入れる。
「ほな頼むわ。僕はコアになるペンダントと、変身後に装備する武器もしくは魔法のステッキの類を先作っとくわ。ついでに、リヴァイアサン素材いじって、使えるもんないか試してみてっちゅう感じや」
「了解。明日までにそれなりの枚数用意するわ」
「その前に師匠、真琴姉。まずは今日のお昼ご飯」
すぐにでも作業にかかりそうな宏と真琴を、澪が制止する。
結局昼食は、リヴァイアサンのアジフライ定食となった。
そして迎えたライムの誕生日当日。
「ライムちゃん、誕生日おめでとう!」
ギター片手にハッピーバースデーの歌を歌い終えた春菜の祝いの言葉を合図に、パーティが始まる。乾杯が済んですぐ、参加者が口々におめでとうを言う。
今回は宏の時とは違い、パーティ自体の参加人数は控えめだ。まだあれこれ混乱が続いているローレンからは誰も顔を出していないし、ダールの女王も急な予定が入って涙をのんでいる。ファーレーン王室にしてもローレンの事に対応するためにレイオットが欠席しているし、昼間にアランウェン神殿でお祝いをしたからという理由で、オルテム村からは神殿代表も兼ねてアルチェムが来ているだけ、オクトガル達も昼間に騒ぐだけ騒いだので、夜の部には不参加だ。
管理人達もオルテム村に行く前に存分にかわいがってお祝いをしたからという事で、今はパーティ料理のおすそわけで夕食を済ませ、職務に励んでいる。会場がウルスの工房の食堂なので、彼女達まで参加するとかなり手狭になるからというのも理由の一つだ。似たような理由に加え、王族が来る場に同席したくないというたっての希望により、ジノ達新人もダールの工房でご馳走を食べている。
そのため、ライムの誕生日祝いに関しては、ウルスの工房の食堂で普通にまかなえる人数に収まった。もっとも、ゴヴェジョンとフォレダンが来るようになった際の改装で、食堂をかなり広めに拡張してあったからどうにかなったのであって、元の広さのままだと全然足りないのだが。
「ライム、プレゼントや」
「ありがと~、親方!!」
参加者からの祝いの言葉が一段落したところで、宏からライムにプレゼントが渡される。例のペンダントだ。
「おお、カッコイイ!! 親方、これ何!?」
「ライムのための御守りみたいなもんや。首から下げたらちょっと立って、そのまま手に持ってセットアップっちゅうてみ」
「えっと、セットアップ?」
宏に言われて席を立ち、皆から見える位置に移動して言われた通りにするライム。次の瞬間ライムの全身を光が包み、光が消えるとすっかり服装が変わっていた。
どうやら変身バンクの類は存在しないらしい。存在していたら宏の立場は地に落ちるので、なくて当然なのだが。
「おお? おおお?」
「よっしゃ、ばっちりやな」
一瞬で服装が変わったことに驚いているライムを見て、実にいい笑顔で上手く行った事を宣言する宏。一応真琴と澪でテストはしたのだが、サプライズのために本人でのテストはしていなかったのだ。
そのため、体格的にシステムエラーを起こすかもしれないという不安がほんのちょっとだけあったのである。エラーを起こしたからと言って全裸になったり、ライムの身体に悪影響が出たりはしないのだが、注目を集めた状況でエラーが発生して起動失敗と言うのは、非常に間抜けでいたたまれないものがある。
「まあ!」
「さすがあたし! 完璧なコーディネイトね!」
「ライムちゃん、かわいい!!」
「ボクお持ち帰りしたい……。ライムの家ここだけど……」
フリルたっぷりのフェミニンな、だがそれでいて上品なデザインの服装になったライムを、女性陣が目をハートマークにしながら褒めたたえる。長い髪を飾る大きなリボンが、プリティでビューティフルな感じである。
「それはそうと、ヒロシ様……」
ひとしきりライムをちやほやしたところでクールダウンしたエアリスが、気になった事を確認するために宏に声かける。ようやく、ライムが身につけている服の異常さに気がついたのだ。
「随分ととんでもない素材をたくさん使っているようなのですが、解説していただいてよろしいでしょうか?」
「せやな。っちゅうても、生地は大体予想つくやろうから、それ以外のパーツとかを解説したらええ?」
「はい、お願いします」
エアリスに促され、それではと言う事で解説を始める宏。
「まず、衣装とステッキ、武器の金属部分は、リヴァイアサンの胆石からとれた神鋼を使うて、そこに各国の王家とか大地の民とかから貰うた宝石とか、エルとアルチェムから事前に貰うた石を魔力結晶化したやつをふんだんに組み込んでんねん」
「リヴァイアサンから、神鋼が取れるのですか?」
「鍛冶用ハンマーと金床作ったら、ライムの服のパーツ作る程度の量しか残らんかったけどな。で、貴金属部分は、これまた王様とかから貰うた金とかプラチナを特殊加工して組み込んであって、ステッキの木材部分はイビルエント材を使うてあんねん。謎素材の部分は、リヴァイアサンとベヒモスの骨を錬金術で昇華させたら割と幻想的な感じの結晶素材になったから、丁度ええかって事でデザインを強調するためのアクセントと全体的な機能の補強にぶっこんでみてん」
「つまり、現時点で作ることができるほぼ最高の品物が、このライムさんの衣装、と」
「せやねん。ライムにこれ作るんが最初っから大体決まっとったから、一週間のフリータイムを今やるんはおもろないなあ、っちゅう感じやってん」
宏の言い分に、非常に納得してしまうエアリス。確かに、それでは意欲もわくまい。
「それにしても、ものすごい神力を発しているのですが、ヒロシ様はいつの間にこの力を?」
「大図書館の禁書庫でな、最後にまとめて押し付けられた中に、神力とやらの扱い方があったから、今回練習も兼ねていろいろ頑張ってみてん。エンチャントも触媒要らずでできるようになったから、すごい便利や」
「まあ!」
巫女でもないのに神の力を扱えるようになった宏に、本気で目を丸くするエアリス。
「スペックはまあ、詳しい説明はパスするわ。バルド第二段階ぐらいまでやったらどうにかできる、でええと思うし」
ついに装備の力だけでどうにかされるようになってしまったバルド。凋落が止まらない彼の立場に、内心で思わず十字を切ってしまう真琴。もはや、ボスの威厳どころか雑魚としてすら存在意義が無くなりつつある。
「で、もう一個機能があるんよ、あれ。ライム、グローアップ、っちゅうてみ」
「ぐろーあっぷ?」
疑問交じりのライムの声に反応し、再び光がライムを包みこむ。そして
「まあ!」
「お~、ライムは将来、こう育つんや。予想はしとったけど、すごい美人さんやなあ」
「なんか、ちょっとミステリアスな雰囲気があるよね。ライムちゃんって言うより、ライムさんって感じ?」
一瞬にして十代後半から二十代前半ぐらいの歳に成長したライムが、大人になるタイプの変身ヒロイン、その定番的な衣装に身を包んでたたずんでいた。清楚な感じの衣装だが、意外とはっきりと身体のラインが分かるのは割と最近の変身ヒロイン、それも大きなお友達向けのものの傾向にあわせたからだろうか。
言うまでもなく、こういうデザインをするのは澪である。当初はそれこそ未成年御断りなシーン続出になりそうな、一見ひらひらで可愛らしいデザインに見えて、その実やたらとセックスアピール過剰な妙に露出度の高い衣装をデザインしていたが、初級の着火型攻撃魔法を覚えた真琴が片っ端から焼却したため、一番際どくても今ぐらいのデザインに落ち付いている。
「むう、ボクの将来よりかなりおっぱい大きい……」
「てか、下手すると春菜より大きくない?」
「うん。アルチェムさんほどじゃないけど、私よりは多分大きいと思う」
「抜かれなくてほっとするような、結局私は胸だけ扱いなのが悲しいような……」
背も胸も驚くほど成長したライムをみて、そんな風にコメントする女性陣。中身が所詮今日六歳になったばかりの子供なので色気は無いが、それでもメリハリの利いた身体と言うのは、それだけである種のエロスを発散させる事は否定できない。
「親方、タツヤさん。できるだけ早い段階から、ライムに男を見る目を鍛えさせた方がいい気がするのです」
「いろんな意味で、ライムには変な男が寄ってきそうな感じです」
あまりに美しく魅力的に育つ事が確定したライムに、早くも将来の心配を始めるテレスとノーラ。美人だと言っても、いい事ばかりではない。
「そこらへんの教育はまあ、必要になったら自分らとかレラさんとかがちゃんとやるっちゅう信頼をもっとる訳やけど」
「恋愛経験も無いノーラに丸投げされても困るのです」
「最悪、城の女性騎士のみなさんとかメリザさんとか、そういう教育ができそうな人間の心当たりはいくらでもあるし、それ以前に、子供の頃からレイオット殿下みたいな一流どころと日常的に接してるんだから、心配しなくても普通に人を見る目は磨かれるんじゃねえか?」
「アタシとしては、それはそれでライムが嫁き遅れそうで不安なんだけど……」
人を見る目が厳しくてもゆるくても、身内としては心配が尽きない。ファムとしては人を信用し過ぎて悪い男に引っかかりすぎるのも嫌だが、かといって厳しすぎてずっと独身だったり、春菜のように善良ではあるがものすごく難儀な男にいれ込んだりするのも困る。
どうせ稼ぐだけならライム一人でいくらでも稼げるようになるだろうから、貧乏でぱっとしない容姿でもいいから、他人に騙されない程度に賢明で悪い事に手を出す心配が必要ない程度に善良でまともな男と結婚して、幸せな家庭を築いてほしい。それが、偽らざるファムの本音である。
言うまでもなく、安定志向が大量に滲み出たその男性像はファムにとって現時点での理想であって、他のメンバーが同意する意見ではない。
「まあ、細かい事は置いとこうや。細かい機能とか性能は明日実地で説明するとして、とりあえずまだ使用者限定かけてへんから、ちょっとかけてまうわ」
「親方、今ならまだ他の人も使えるのですか?」
「そら、テストは真琴さんと澪がやっとんねんから、使えん訳あらへんわな」
「だったら、ファムやエル様が大人になったところも見てみたいのです」
「や、そうやけど、ライム。お姉ちゃんらにちょっとの間だけ貸したってくれるか?」
「うん!」
ノーラの要望に快く答え、宏の指示に従って変身を解除してファムに渡す。受け取ったファムが変身した姿は、スレンダーなそこそこの美人、といった感じであった。
具体的に言うなら、大抵の学校の大抵のクラスなら二番目から五番目ぐらいには可愛いと言ってもらえる程度だ。美人とか可愛いという扱いを受けるかどうか微妙なラインだが、ブスとだけは絶対言われないタイプである。そばかすも消えて、意外とあか抜けた感じの雰囲気になっているのがプラス要素であろう。
春菜やライム、エアリスのような圧倒的な美人ではないため、男の側も交際を申し込むのにハードルが低く、結果的に何となくもてる感じの女性。それが、大人になったファムである。
因みに衣装はボーイッシュな感じながらフェミニンなデザインのクロスレンジ型美少女戦士風。真琴の力作の一つだ。
「むう。大きくても邪魔そうだから別にいいんだけど、案外育たないんだなあ……」
「それでもテレスや今のミオさんよりは大きいのです。ウルスの下町の平均には届いているのです」
「まあ、確かに今のノーラよりは大きいけど、さあ……」
意外ともてそうな外見に育つファムだが、妹に胸のサイズまで大きく水をあけられている事には、色々と内心複雑なものがあるらしい。顔で負けるのは大体分かっていたため気にもならないが、それ以外の要素で勝負できるのが身長ぐらいなのはちょっと悲しい。
「エル様の前に、ノーラも変身して見せてよ。まだ成長止まってないんだよね?」
「確かにノーラはまだ成長期なのですが、多分それほど変わらないと思うのです」
と言って変身した姿は、やけにアダルトなお姉さん。カップサイズで一つぐらい春菜に届かないバストは、バニーガール的な方向で無駄に色気とエロスがたっぷりである。露出が少ないながらボディラインが分かりやすい衣装に化けたのも、その印象を補強している。
「……なんか、異常に恥ずかしいのです……」
「ヒロがビビってるから、エアリスにチェンジだな」
「はい、がんばります!」
色気づく歳かどうかの違いが如実に出ている反応に苦笑しながら、さっさと本命のエアリスに話を進める達也。
余談ながら、テストで変身した澪は、一見物静かな和風美女に育っていた。本人が気にしていた胸のサイズは、DとEの境界線からそこそこDよりぐらい。背は結局百五十センチにぎりぎり届かなかったものの、その分儚げでやたらと保護欲をそそる女性に育つ事が確定していた。
これで中身が手遅れなのは詐欺もいいところだ、と言うのは達也と真琴の一致した意見である。
「それでは、参ります」
おごそかにそう宣言し、大人モードを起動するエアリス。その、まさに聖女と言わんばかりの雰囲気と容姿に、ライムを除く参加者全員が息をのむ。
大人になったエアリスは、春菜とまったく同じ背丈と体型になり、春菜同様若干の幼さが残る以外は完璧と言っていい容姿に浮かぶ微笑みは、見る者全てを虜にして離さない。本気で真面目に、かつ全力で歌を歌っている時の春菜に通じる神々しい雰囲気は、余程の自信家でも後ろ暗いことがある時点で声をかける事を躊躇わせるだろう。
言ってしまえば、隙の無くなった春菜。それが、大人になったエアリスの印象である。顔立ちや髪の色などは違うが、どちらの方が優れている、と言う種類の違いではない。
衣装がネットゲームでよくある聖職者系上級クラスのものに近いデザインだったのも、その印象に拍車をかけていたのは間違いない。
「エル様カッコイイ!」
「ありがとうございます、ライムさん」
「……我が娘ながら、これはまた……」
「何が何でもヒロシに貰っていただかないと、私とは違う意味で嫁ぎ先に困るわね……」
無邪気にエアリスをほめたたえるライムと、ライムの感想に何処となく嬉しそうに微笑むエアリス。そんなエアリスを見ていたファーレーン王とエレーナが、頭を抱えながら乾いた声でそんなやり取りをする。
「エル様、だっこ!」
「はい」
大人達の困惑をよそに、大人モードのエアリスの膝を占拠してご満悦のライム。実の母親より春菜やアルチェム、今のエアリスの膝の方が好みだったりするあたり、恐らく後頭部のフカフカした感触が気に入っているのだろう。無論、そこに性的な意味はまったくない。
因みに、男性陣の膝で気に入っているのは宏とフォーレ王のものだ。どちらもしっかりした安定感がいいらしい。
「まあ、折角だし、ライムが健やかに一つ大人になった事を祝おうではないか、の」
「せやな。つい余興的な事で盛り上がってもうたけど、腹減ったしまずは飯やな」
「ごはん、ごはん!」
「きゅっ!」
フォーレ王の一言により、ようやく食べる前に中断した食事を再開する運びになり、空気を読んで大人しくしていたひよひよが飯を要求しはじめる。
「ほな、ライムがこれからも健やかに育つ事を願って、いただきますや」
大人モードのままのエアリスの存在にやりづらさを感じつつ、食事に入る宏達。そのやりづらさも、結局中身が変わる訳ではない事を証明したエアリスの言動のおかげで、食事が終わるころには解消し
「折角ですので、ハルナ様やマコト様、ミオ様が変身しているところも見てみたいです」
「ライムもみたい!」
「きゅっ!」
と言うエアリスの要望で日本人女性三人も変身を披露させられ、
「普通に痛い真琴と普通に問題ない澪はともかく、春菜は何でこう、いろんな意味で歌っている時以外は直視しづらいんだろうな……?」
「あの清楚な衣装で下品にならない形で色気とエロスを発散するのは、ある種の才能じゃな」
オーソドックスな露出少なめ、フリルたっぷり、ボディラインが割と綺麗に出つつ胸などのサイズはいまいちはっきりしないという系統の魔法少女衣装に身を包んだ春菜が、一曲要望されて思わず本気で歌った後にその感想をぶつけられて、がっくり地面にうなだれる羽目になるのであった。
明らかにローレン編の反動が出てる後日談。書いた三本とも割りとこういうノリです。
魔法少女ネタ、ミンキーな人やパステルの人なんかの古典系ももっと充実させる予定でしたが、キリがなくなるのでカット。
なお、澪、ファム、ライム、ノーラの体型変化は、過去作品で使った成長チャート:体型を流用してサイコロで決めています。
地味にレラさんがスレンダー体型であることが判明していますが、細かいことは気にしない方針で。
どうでもいい追加情報として、現時点でのアズマ工房職員で最終的に一番残念になるのは貧乏貴族の妹。断崖絶壁で合法ロリというには背とか見た目の年が若干行き過ぎるのに、モデル体型というにはちびすぎる、そんなかわいそうなことに。
サイコロの神様、そんな無理やりバランスとろうとしなくてもいいんですよ?