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こぼれ話 その2

1.夏の友


「今日は暑いよね~……」


「まあ、ルーフェウスが北にあるって言っても、夏場は夏場だものね……」


 アズマ食堂開店三日目。その日はルーフェウスは大層暑かった。


 緊急事態に対応するために待機していた春菜と、この日の講義がすべて終わった真琴は、ルーフェウスの工房のリビングで完全にダレ切っている。一応工房内は空調がきっちり効いているが、それでも窓から容赦なく侵入してくる熱気は、冷房の効果など無視して暑さを思い知らせるのに十分である。


「それにしても、本当に暑いよね~……」


「ウルスの夏も割と暑いけど、ルーフェウスもなかなか……」


 子供達にはとても見せられないようなだらけきった姿勢で、今日の暑さについて愚痴りあう春菜と真琴。空調が効いた室内でも、窓際だと汗が止まらないほどだ。外はとても出歩きたくない環境になっているに違いない。


 いくら空調が効いていようと、いくら装備で快適な温度が保たれようと、外の環境が度を越していれば、暑いものは暑いし寒いものは寒いのだ。


「あ~、そうだ。冷たいおやつ作ろう」


「あ~、いいわね。あたしにもお願い」


「もちろん」


 結局我慢しきれずに、とりあえず錬金術も駆使してアイスでも作ろうかと考え、材料を用意しようと食糧庫を覗くと。


「あれ?」


「どうしたのよ?」


「あ、うん。大したことじゃないんだけど……」


 そう言って、食糧庫から取り出したそれを真琴に渡す春菜。


「ガ○ガ○くん?」


「うん。見たら入ってたんだ」


 そう。春菜が思わず声を上げたそれは、低価格氷菓のロングセラーとも言える商品であった。元祖鳥ガラの時のように、パッケージまできっちり再現してあるあたりが芸が細かい。


 なお、春菜が取り出したのは定番中の定番、ソーダ味だ。


「どうせこんなもの隠れて作るのは宏でしょうけど、毎度のことながら色々と芸が細かいわねえ……」


「だよね」


 などと苦笑しつつ、だが今日のような暑い日にはこのアイスは非常にありがたい。袋から取り出して、遠慮なくかぶりつく春菜と真琴。


「……食感も味も、記憶にあるそのままなのが、本当に芸が細かいわねえ……」


「なんかこう、このチープさが安心するというか……」


「あったの、ソーダ味だけ?」


「コーラ味となし味、グレープ味はあったかな?」


「定番は揃えてある訳ね。てか、宏の性格的に、コーンポタージュ味とかカルボナーラ味とか再現してないのが不思議なんだけど……」


「……」


 色々話題になった、アイスでやるようなものとは思えないフレーバーを例に挙げると、何故か沈黙する春菜。それを見て、ピンと来るものがある真琴。


「……あったのね?」


「……うん」


「まあ、再現してない方がおかしいとは思ったけど……」


「最初、本気で再現したのか確認しようかって思わなくはなかったんだ。ただ、冷たいものを食べて落ち着きたいって時に手を出す勇気がちょっと……」


「別に、無理に変なもの食べなくてもいいんじゃない? あのへんの味って、なまじっかちゃんと再現されてる分、氷菓で食べたいものじゃないってのが大半だったと思うし」


「そうなんだよね。コーンポタージュみたいに好き嫌い分かれるかな、ぐらいで済むものもあるんだけど、大抵は積極的に食べたい味じゃないんだよね」


 新作が出るたびに正気が疑われるフレーバーの数々。某飲料メーカーの期間限定ラムネあれこれと並ぶ、罰ゲームの定番商品。たまに何故か大当たりが出て、作ったメーカーの方が慌てるのも風物詩となりつつある。


 そんなアイスを再現するのはいいが、向こうならともかくこっちの世界で誰が食べるのか、と言う事を考えているのかどうかは微妙に疑問が残るところだ。


「春姉、真琴姉。二人だけそんないいもの食べてずるい……」


 そんな話をしていると、帰ってきた澪が恨みがましい目で、二人だけ優雅に涼みながらアイスを食べていた春菜と真琴を睨みつけていた。


「あ、澪ちゃん、おかえり」


「まだあるみたいだから、好きに食べればいいんじゃない?」


「食糧庫に一杯あったから、ノーラさん達にも適当に配ってね」


「ん」


 春菜と真琴にそう促され、素直に自分のアイスを取りに行く澪。数分後。


「春姉、真琴姉、これすごい……」


 食料品リストの底の方にひそかに紛れ込んでいた究極のネタアイスを発見してしまった澪が、食堂でまだだれていた年上二人に声をかける。


「……これ何?」


「ガ○ガ○くん・ベヒのかば焼き味って……」


「ベヒって事は、ベヒモスだよね、多分……」


 見せられたアイスに絶句した後、何とか言葉を絞り出す春菜と真琴。宏の事だから、日本で普通に発売されているものだけを再現するとは思っていなかったが、よもやこんな爆弾を仕込んでいるとは想像していなかった。


「……ベヒモス肉汁三パーセントって……」


「さっき見た時、グレープ味は普通に無果汁だったのに……」


「……流石師匠……」


 律儀に記載されたその情報に、その場にいた全員が呆れざるを得ない。どうやら、味の再現のためにわざわざベヒモスを焼いて、その肉汁をアイスに使ったらしい。無駄に余っているとはいえ、伝説級の食材を何に使っているのかと、小一時間ほど問い詰めたいところである。


 霊糸をベーコン作りのための吊るし糸に使っていたので今さらだろう、と言うコメントは聞こえない事にする。


「……見つけた以上、チャレンジ」


「別に無理しなくてもいいんだよ?」


「ここは無理するべき時」


 しばしの沈黙の後、春菜の制止を振り切って澪がベヒのかば焼き味のアイスにかじりつく。しばらく咀嚼した後、出てきた感想は……。


「うん。ベヒモスのかば焼き」


 であった。


「氷菓だと思わなければ、普通に美味しい。このガリガリした食感が新鮮」


「そ、そうなんだ……」


「でも、氷菓で食べたいものかと言われると……」


「まあ、そうだよね。普通、そうだよね……」


 澪の実に当たり前の感想に、無条件で同意するしかない春菜と真琴。


「で、宏の事だから絶対に他にネタ仕込んであるはずだけど、他にどんなものが隠してあった?」


「後は熊カレー味とかジャッテ味とか春菜姉さんのテローナうどん味とかその程度」


「なんか、こういう事で名前使われるのって、いろいろ複雑な気分……」


 どれも氷菓で食べたいかと言われると困るラインナップに、そんなところまで本家を再現しなくてもと呆れかえる一同。


「そう言えば、ノーラ達にはなに渡したの?」


「ソーダ味とコーラ味とグレープ味を適当に。流石にチャレンジャーなライムでも、これとかナポリタンとかは食べる気にならなかった」


「でしょうね。でも、エルなら食べるかもしれないわね」


「……エルなら確かに」


 チャレンジャーぶりで言えば恐らく日本人一行を上回るエアリス。彼女ならこんな良く分からないアイスでも普通にチャレンジするであろう。


「……師匠が帰ってきた」


「流石にベヒのかば焼き味に関しては、ちょっと問い詰めた方がいいわね」


 などと言いながら、宏が食堂に入ってくるまで黙々とベヒのかば焼き味を平らげる澪。正直、捨てていいなら捨ててしまいたいが、ベヒモスの肉汁と言う貴重品を考えると、捨てるのももったいないのだ。


「なんや、もうばれたんか」


「お帰り、宏君。で、これはどういう意図で?」


「そらもう、定番商品だけ再現するなんざ片手落ちやん。こういう変なんもあってこそのガ○ガ○くんやろ?」


「否定はしないけど、流石にベヒのかば焼き味はやり過ぎだと思うんだ、私」


「それ作んのに、どんだけ失敗作試食したか……」


 そう自白する宏に、呆れた視線が突き刺さる。


「……当りが出た……」


「もう一本やな」


「流石に二本目は要らない……」


 律儀に当りを仕込んだ宏に、疲れたように拒絶の言葉を告げる澪。こんなものを二本も食べたがる人間は、そうはいない。


「ちなみに、この世界限定フレーバーで一押しはテローナうどん味や。しっかり味がしみ込んだテローナうどんの風味と氷菓の食感が意外とええハーモニーでなあ」


「それ、本当に美味しいの?」


「好き好きやな。多分まずいっちゅう評価が八割で」


「そんなのに、私の名前使うのはどうかと思うんだ……」


「味付けは春菜さんの奴そのままやし、それに身内だけの一発ネタで外に広める気はあらへんし、仮に妙に受けて量産するっちゅう事なっても、名前はテローナうどん味に変えるだけやし」


「いや、そういう問題じゃなくて……」


 まず間違いなく、分かっていて悪ふざけをしている。そんな宏の言葉に、微妙に脱力しながらどう文句を言うべきかを考える春菜。身内だけの悪ふざけに気軽に自分の名前を使うようになったのは少し嬉しい半面、内容的に今回のものはちょっと許容できない感じなのが複雑なところだ。


「まあ、造ったんは十本だけでパッケージの原版は残してへんから、今回は許してえや」


「……しょうがないなあ。次からは、事前に教えてね?」


「善処はするわ」


 宏の誠意のない返事にため息を漏らしつつ、しょうがないかと色々と許容する春菜。ここまで不快感を見せればちゃんと配慮はしてくれる。そう信用する程度には宏の事は理解しているし、この程度の身内ネタに対してあまりしつこく怒りすぎて、女性恐怖症をこじらせるのも嫌だ。


 もっとも、惚れた弱みが一番大きいのは間違いない事実だが。


「それはそれとして、明日も暑いみたいやし、かき氷あたりの仕込みはしとこか」


「そうだね。小豆がないからミルク金時は無理だけど、それ以外は色々楽しめそうだし」


 などと言いながら、かき氷のシロップとかき氷用の氷を準備するために食堂を出ていく宏と春菜。


「春姉、師匠に甘い」


「春菜だもの、しょうがないわよ」


 結局追及が不発に終わった事にため息をつき、食堂の入口でなし味のガ○ガ○くんをかじりながら状況を見守っていた達也に視線を向ける。


「で、黙ってアイスかじってたあんたは、何か言う事は無かったのかしら?」


「現物見てねえからなあ。それに、展開が早すぎて口挟めなかったしな」


「……まあ、いいわ」


 達也の言い分を寛大な心で認めてやると、とりあえず原稿を描くために立ち上がる真琴。なんだかんだで、宏の悪戯は微妙に不発気味なのであった。








 なお、後日エアリスにこの話をしたところ、テローナうどん味とベヒのかば焼き味に凄まじく興味を示し、


「……まあ! 確かにテローナうどんの味がします!」


「……本当に、テローナうどんだよ……」


「こっちはベヒモスのかば焼きです!」


「うん。こっちは澪ちゃんの反応から予想はしてた」


 一人で二本は多いからと春菜を巻き添えにして試食、見事な味わいに驚きながらも妙に気に入り、全部根こそぎ持って帰る事に。ついでにネタフレーバーをすべて回収して家族で試食し


「ヒロシ様! 可能であれば、ベヒのかば焼き味とテローナうどん味をそれぞれ五十ほどお願いできますか!?」


「またえらいでかいロットやなあ……」


「お城で地味に人気がありまして」


 アイスなどに対する先入観が少ない城の人間に対する布教に見事成功し、後に作られるリヴァイアサンの海鮮汁味やジズの旨煮味などと一緒になぜか大ヒットする。


 そんな風に妙なアイスが広まる一方で、宏が食糧庫の片隅にこっそり隠してあった「夢と希望に満ちたロマン味」や「切ない初恋味」、「わびしい孤独な老後味」、「青春の苦い味」といったよく分からないガ○ガ○くんはついぞ発見される事は無かったのであった。








2.とある悪役達の末路


 目の前で一人、火達磨になる。その様子を、呆然と見守る料理人。


「放火の現行犯で逮捕する!」


 呆然としているうちに、いつの間にか忍び寄っていた兵士に捕獲される料理人やチンピラ。松明と非常に燃えやすい油が入った瓶を持っていたのが決め手である。


 魔法による明かりが街路沿いに設置されている以上、明かりのために松明を持っていた、なんて言い訳は通じないし、放火目的でもなければ、ここまで燃えやすい油を松明と一緒に持ち歩いたりはしない。


 しかも、丁度松明を壁に投げつけて跳ね返ったタイミングで兵士達が出て来ているのだから、完全に詰んでいる。


「大人しくお縄につけ!」


「なんだてめえら!」


「オレ達が放火した証拠でもあんのかよ!?」


「そこで火達磨になってる奴が、この建物に向かって油をかけて松明を投げつけていたところを全部見ていたからな」


「何言ってんだよ! そいつ、何もしてねえのにいきなり燃えたんだぜ!? この店の持ち主こそ傷害罪じゃねえのか!?」


 もはや現場を抑えられ、しかも新任の裁判官や検事まで一緒に一部始終を見ていた事も知らずに、今までなら現行犯でさえなければかろうじて通った可能性がある無理やりな無罪の主張をわめき散らすチンピラ。だが、それも


「残念ながら、裁判所から公式に認められた記録装置でお前達が放火しようとしている挙動をしっかり記録している。それに、この建物は四度目以降の攻撃を自動で跳ね返す仕様になっていると軍や司法に届け出があり、ちゃんと認可もされている」


「そう言う名目で登録してあるだけで、実際には無差別に火をつける魔法かもしれねえだろうが!」


「松明を投げた事がしっかり確認されている人間だけが燃え上がっている時点で、無差別に火をつけるシステムであることなどあり得ないだろう?」


「言いがかりだ!」


 必死になって無意味な言いがかりをつけ、無罪を主張し続けるチンピラ達。その見苦しい姿に特に感情を見せることなく、淡々と拘束を進めていく兵士達。


「さて、学院の食堂で働く料理人や学院の事務局の人間が、こんな時間に他所の建物に油をかけて松明をかざしている理由を、しっかり説明していただこうか?」


「先に言っておく。この場には学院長が来ている。一部始終も確認していたから、今更言い逃れはきかんぞ?」


 兵士達の言葉に、絶望の表情を浮かべる学院の事務局員一同。チンピラ同様最後まで見苦しく抵抗しようとしていた料理人と違い、大人しく罪を認める。


「まったくもって嘆かわしく、恥ずかしい話ですな……」


「が、学院長……」


「品格を問われるルーフェウス学院の、それも事務局などという対外的にも重要な職場で働いていながら、本来無関係であるはずの学外の食堂に火をかけようとするとは……」


「も、申し訳ありません!」


 学院長の心の底からの嘆きに、事務局員の一人が松明を消して地面に投げ捨て、土下座せんばかりに地面に跪く。


「私はどのような処罰も受けます! ですから、妻と子供だけは助けてください!」


 涙声になりながら、必死になって兵士たちに訴える事務局員。見ると、他の人間も似たような様子である。


「……どう言う事ですか?」


「事務局長と料理長の命令で、ここにいるチンピラ、その元締めが……」


 事務局長と料理長を睨みつけながらそう言いかけた所で彼のもとに何かが飛んできて、物陰に隠れていた人物に叩き落とされる。


「これで証拠は十分?」


「ええ。芋蔓式に、全て行ってしまいましょう」


 投げナイフを叩き落とし、ついでに事務局員を始末しようとした誰かを捕縛したレイニーの確認に対し、学院長が一つ頷く。


「あなた達の家族には、盗賊ギルドの人間がついている。腕利きぞろいだから、恐らく今頃は全員捕縛されてるはず」


「あなた達の家族を助けるためです。司法の場で洗いざらい全て吐き出しなさい。内容によっては、情状酌量の余地があるかもしれません」


 レイニーと学院長の言葉に、涙ながらに頷き、再び頭を下げる事務局員達。この場にいる事務局員の大半は、どうやら好き好んでこんな犯罪行為に手を染めていた訳ではなさそうだ。


「さて、ハニー達が行動を起こす前に、早く全部片付ける」


「そうですな。こんな恥ずかしい事件に、客人達の手を煩わせる訳にはいきません」


「それもあるけど、ハニー達が動いたら、話が無駄に大きくなって、最悪この国の中身が別物になりかねない」


「そ、それはまた……」


 この時のレイニーの言葉が効いてか、情状酌量の余地が大きかった事務局員の大半を除き、実に速やかにかつ苛烈に犯罪者たちの処罰が進む。


 もっとも、レイニーの一言を過剰に警戒して宏達に頼らないように頑張りすぎたのが、最終的に国王が追い詰められ過ぎた一因となってしまったのだが、その事には最後まで思い至らない学院長であった。








3.オルテム村の新神事


「おじちゃん、遊びに来たの!」


「よく来たな」


 エルフとフォレストジャイアントの集団に連れられたライムが、アランウェンに元気よく挨拶する。手には酒とつまみらしきものが入ったバスケットが。


「おじちゃん、これお供え」


「おお、すまんな」


 宏から預かっていたお供え物を祭壇に乗せ、これから始まる神事の舞台に視線を向けるライム。その顔は、期待に満ちている。


「さて、今日は特別ゲストにイグレオスも来ている」


「そりゃ気合はいんべ!」


「今日こそおら達が勝つだ!」


「何言うだ! 百年はええべ!」


 アランウェンの言葉にヒートアップし、互いを挑発し合う二組のフォレストジャイアント達。七人ずつ、計十四人のフォレストジャイアントが舞台の東西に分かれ、開始まで待機する。


「んだば、本日の審判はおら、アルテ・オルテムのチェットがやらせてもらうだ」


「うむ。よろしく頼む」


「楽しみなのである!」


 舞台の上に上がったチェットが宣言をすると、アランウェンの隣にいつの間にか顕現していたイグレオスが、実にいい笑顔でチェットにそう告げる。


「では、第三回の神事を始めるだ。第一試合、赤コーナー! 情熱の山脈、ライジング・ジャイダン!」


「今日の神事はおらが貰うだ!」


「青コーナー! 逆巻く雑草魂 ギネ・クジョー」


「なめた事いってんじゃねえべ! おめえごときにおらが負けるわけがねえべ!」


 チェットにコールされ、二人のフォレストジャイアントが舞台に上がる。


 ここまで来ればもうお分かりかもしれないが、今回の神事の舞台は青いマットの四隅にコーナーポストが立てられ、ポストとポストをロープでつないで囲った、いわゆる格闘技のリングになっていた。


「KOもしくは相手を三秒押さえ込む事で決着がつくだ。武器の使用は基本禁止、その他反則を三秒以上すると無条件で負けだべ」


 もう三回目とはいえ、一応ちゃんとルールを説明するチェット。説明を終え、両者を試合開始位置まで移動させたところで容赦なくファイトコールを宣言する。


 ファイトコールと同時に、ギネがジャイダンを蹴り飛ばす。その蹴りを胸板で受け止めると、そのまま捕まえてロープまで大きく突き飛ばすジャイダン。律儀にロープの反動を受けて走って戻ってきたギネを、ジャイダンのドロップキックが迎える。


「おお! おおお!」


「うむ! すばらしい姿勢なのである!」


「流石にフォレストジャイアントのドロップキックは、見ごたえがあるな」


 宙を舞う三メートルの巨体に、観客達も大興奮だ。


「ふむ、ここでパフォーマンスか。初回から比べればずいぶんとツボを心得た動きをするようになったな」


「む? ジャイダンがトップロープに上がったのである」


「恐らく、必殺のミサイルキックだろう」


 アランウェンの言葉を肯定するように、トップロープからコーナーポストに移り、起き上がった直後のギネに対して豪快かつ華麗にミサイルキックを炸裂させる。


 再びダウンするも押さえ込まれる前にどうにか立ち上がり、プロレスの投げ技の基本・ボディスラムでジャイダンを投げ飛ばし、インターバルを取る。そのまま連続で打撃を入れて少しでもダメージの釣り合いを取ろうとするギネ。


 その後しばらく一進一退の攻防が続き、双方に蓄積したダメージが限界を超えた頃に、ついに勝負が大きく動く。


「うおらああああああああああああああああああああああ!!」


「甘えだ!!」


 全力でジャイダンをロープにふり、気合とともに渾身のラリアットを放つギネ。だが、この勝負どころでその必殺技が来る事を予想していたジャイダンが、相手の勢いを利用して腕を取り、そのままアームホイップと呼ばれる投げ技で投げ飛ばす。


「ぐあ!」


 かなりの勢いで叩きつけられたギネにはもはや押さえ込みを押し返す体力は残っておらず、そのままスリーカウントでジャイダンの勝利が決まる。


「おおお!?」


「ふむ。第一試合からなかなかのものだったな」


「健全なる肉体がぶつかり合って高みを目指す。実にすばらしいスポォツなのである!」


 特別観客席でフォレストジャイアントたちのぶつかり合いをガッツリ堪能したVIPたちは、興奮も冷め遣らぬまま手元のドリンクを口にして次の試合を待つのだった。








 プロレスがなぜオルテム村で神事になっているのか。その理由は宏達がダールでの用事を終えたころまでさかのぼる。


 ちょうどその時期に新たに流れ着いた映像ディスクの中にプロレスの試合を記録したものが大量にあり、アルチェムやオクトガルの目を通してその映像を見たアランウェンが、やけに気に入ってしまったのが始まりであった。


 幸か不幸か、流出元である日本出身の、それもとんでもない技術力を持つ人間がいたこともあり、アランウェンが神託と言う形でプロレス興行を要請。それを受けたアルチェムが宏達に頼み込んで、簡単に移設できるリング一式を作ってもらい、例によって何故か無駄に詳しかった澪と地味にそれなりに試合を見に行っていた達也、それから護身術として色々格闘技を仕込まれている春菜から二日ほど基礎的な指導を受け、受け身を主体とした練習を一カ月以上続けて今につながる。


 元々肉体的にきわめて頑丈で強靭なフォレストジャイアントだからこそ、一カ月やそこらの受け身の訓練だけで、派手で破壊力の大きなプロレス技をまともに受けて壊れない身体を作り上げるのに成功したが、守護していたのが他の種族であったなら、おそらく最初の試合はあと一年は先になっていただろう。


 その後、フォーレでの用事を終えて行き来できるようになった宏達から定期的に新しい技を教えてもらい、それをもとに訓練することで徐々に技のバリエーションや駆け引きの内容も増え、三回目にしてようやく、ショーとして見栄えのする試合ができるようになった。


 とは言え、パワーボムやジャーマンスープレックスのような、頭から落とす技は現状ほとんど存在しない。受け身の技量がまだ十分とはいえないため、安全を重視して教えていないからだ。辛うじて裏投げもどきのバックドロップがあるが、それも現状では背中から落ちる形が主体になっている。


 三メートルを超えるフォレストジャイアントのパワーボムやジャーマンスープレックスは大迫力でさぞ見栄えがするだろうと思うと残念ではあるが、首の怪我が致命傷になりやすい以上、たまに加減を失敗してあとに引っ張る打撲が出ている現状では、危なっかしくて伝授できないのも当然であろう。


 とは言え、神事の皮をかぶったこの世界で唯一のプロレス興行は、娯楽に飢えたオルテム村の村人には大好評で、現時点でのチャンピオンはすでに村のヒーローになっている。








「まだ、試合は終わってない?」


「これから最終試合だ」


「だったら間にあった」


 順調に興業が進み、この日の最終試合。澪が神殿に駆け込んでくる。


「ビールとおつまみの追加」


「感謝する」


「うむ、実にありがたいのである!」


 澪が祭壇に供えた新たなビールとつまみを、ありがたそうに手に取るアランウェンとイグレオス。どうやら、プロレス興行はビールと決めているらしい。よく冷えたビールを手酌で注ぎながら、次の試合が始まるのを待つ神様二柱。


「赤コーナー! 大森林の生きる伝説、ジャイアント・モリ!」


「おらはどんな相手でも逃げも隠れもしねえ! いくらでもかかってくるだ!」


「青コーナー! 大森林の地雷原、グレイトフル・キコリ!」


「今日こそおめえさを倒して、おらがチャンピオンになるだ!」


 審判からコールされ、リングに上がってにらみ合うチャンピオンと挑戦者。


 リングを使う格闘技の場合、チャレンジャーとチャンピオンの入場順やどちらのコーナーから入ってくるかと言った様式はちゃんと存在する。が、一応神事と言う皮をかぶっている上にこちらの世界ではまだまだ誕生して間もない事もあり、現状は「細けえ事はいいんだよ!」の精神でかなり適当にやっている。要は、迫力のあるプロレスの試合が見られればそれでいいのだ。


 余談ながら、割とメジャーないくつかの魔法のおかげで、この世界にも地雷と言う概念は存在する。なので、グレイトフル・キコリ選手の大森林の地雷原、と言うキャッチコピーは一応通じる。もっとも、そこはプロレスラーのキャッチコピー。この男の何が地雷原なのか、と問われると色々困る程度には意味不明ではあるが。


「ファイッ!」


 試合開始前のパフォーマンスも終わり、審判のチェットから試合開始の合図が入る。


 まずは立ち上がりと言う事で、お互い相手の肩や胸板に張り手やチョップをぶつけあって静かにテンションを上げていく。いきなりロープに振る所からスタートした第一試合とは対照的な、ストイックな立ち上がりである。


 その後、モリがキコリのチョップを受け止め、脇固めに移ろうとしたところをひねられてたまるかとキコリが飛び蹴りで阻止。飛び蹴りを受けてよろめいたもののダウンせずに踏ん張ったモリが、蹴りの挙動によりマットに倒れたキコリに対し、お返しとばかりにエルボードロップを叩き込む。


 そのまま一分ほど、お互いに相手に関節技を仕掛けては阻止される展開を続け、しびれを切らしたキコリがモリを引きずり起こしてロープに振る。反動で戻ってきたモリにラリアットを叩き込む。


 これでダウンを取れていればキコリの優位に話が進んだであろうが、流石にチャンピオンだけあって、モリもそう簡単にダウンを取らせてはくれない。あっさり踏ん張ると、そのまま掴んで投げ飛ばし、マットに叩きつける。


「まだまだ甘ぇだよ!」


 マットに強かに叩きつけられたキコリの両足をつかみ、ジャイアントスイングで振り回しながら叫ぶモリ。三メートルを超えるフォレストジャイアントが振り回されているのだ。その迫力は凄まじく、観客席から悲鳴とも歓声ともつかない叫びがあがる。


「この程度で負ける訳にはいかねえべ!」


 思いっきり振り回された揚句にロープに投げ飛ばされたキコリが、ふらつきながら立ち上がり、コーナーポストによじ登る。


「おらの新必殺技、食らうがいいだ!」


 余裕を見せて自分の挙動を見守っていたチャンピオンに対し、全身全霊を込めた必殺の一撃を叩き込まんと、高く跳び上がるキコリ。そのまま空中で一回転し、浴びせるように蹴りを叩き込む。


 流石のチャンピオンも、この一撃に完全に耐えきる事はできなかったらしい。吹っ飛ばされてダウンする。


 すぐに立ち上がれないモリを押さえこむべく、キコリが動く。だが、それはモリの罠であった。


「残念だったべな! いい一撃だっただが、おらはまだ健在だべ!」


 そう言って押さえこみに来たキコリの腕を、腕ひしぎ十字固めにして締め上げる。幸か不幸かロープ近くであったためにすぐにブレイクが入るが、この時点で完全に流れが変わる。


「おめえも腕さ上げたが、まだまだチャンピオンにゃはええだ!」


 キコリを豪快に持ち上げたままロープをかけ上り、全体重をかけてバックドロップ方式で背中から叩き落とす。雪崩式などと呼ばれている派手で威力の高い投げ方だ。


 そのまま駄目押しでコーナーポストに上がると、一発アピールの後にムーンサルトプレスを決めて止めを刺す。結局キコリはムーンサルトプレスからの押さえこみを押しかえせず、チャンピオンは二度目の防衛に成功するのであった。


「流石にタイトルマッチは見ごたえが違うな」


「チャンピオンはなかなかなのである」


「まだ技の種類が少ないのが残念」


 フォレストジャイアントの巨体による、派手で迫力満点の見ごたえがある試合が終わり、そんな風に感想を言い合う神二柱と澪。アランウェンの膝の上のライムは、先ほどからすごいすごいとしか言わない。


 レスラー自体まだ少人数で、いまだベビーフェイスとヒールに分かれる段階まですら至ってはいないが、それでも単純に重量級の肉体が派手にぶつかり合う試合は説得力満点で、もうしばらくは複雑な内容などなくても十分に楽しめそうではある。


「もう少し受け身が安定するようになれば、スープレックス系の技やパワーボムも解禁してもいいのではないか?」


「ん。また今度練習見て、春姉と相談する」


 そう言って、ライムを回収して片付けが始まった会場を後にすべく立ち上がる澪。なお、宏や春菜が観戦に来ていないのは、単純に他にやる事があったからだ。春菜はともかく宏はプロレスの試合に興味があるのだが、ものづくりより優先するほどではないので今のところ観戦に来た事は無い。


「次はいつ?」


「少々間隔を詰め過ぎたからな。一カ月後といったところか」


「了解」


 去り際に今後の予定を聞いて、今度こそそのまま帰る澪とライム。


 その後、ジャイアント・モリは世界初のプロレス団体である大森林プロレスリングの初代チャンピオンであり、歴代最強のチャンピオンとして歴史に名を残す事になるのだが、プロレスと言うショースポーツの誕生に関わったアズマ工房の日本人達とは、大して関わりを持たずに終わるのであった。

フォレストジャイアントのキャッチコピーとリングネームは、ライジング・ジャイダン以外は友人に考えてもらいました。

こんな人数考えきれぬ。


なお、作中ではアランウェン様が名づけた設定だったり。神事だし。

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