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フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~ 作者:埴輪星人

ローレン編後日談・こぼれ話

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こぼれ話 その1

1.誕生日パーティの参加者達

「そう言えば、プリムラやジュディスとこうして話するのも久しぶりねえ」

「そうですね。ウルスの神殿でお世話になるようになってから、ジュディスともども神殿の敷地から外に出る機会はありませんでしたからね」

 宏の誕生日パーティ。宏が管理人一同から挨拶を受けているその頃、会場の片隅で真琴がノートン姉妹と話をしていた。

「それで、最近はどう?」

「アルフェミナ神殿での修業がかなり本格的なこともあって、あまりあれこれ考える余裕がないのが助かります」

「そっか。あたしが聞くのも何だけど、達也の事は……」

「どうにか完全に吹っ切れました。あの日々の事は、私の中ではいい思い出です」

 素敵な笑顔でそう語るプリムラ。当人の言葉通り、既に達也の事は自分の中で昇華できているようだ。

「ジュディスの方は……」

「まだちょっと、いろいろ複雑です。お姉ちゃんと違って、当って砕けることすらしなかった臆病な自分が色々悔しくて、でも、どうあっても上手くいく気がしないのが悲しくて、たまに悶々としています」

「まあ、宏はいろんな意味で難しいものねえ……」

 恋愛経験が豊富とは言い難い真琴だが、宏の身近にいるだけにジュディスが言わんとしている事は理解できる。

 宏相手に恋心を成就させる、と言うのは、実にハードルが高い。まず、本人が徹底的に女性と距離を縮めようとしない。春菜とエアリスが根気強く自分達は絶対危害を加えないとすりこんで、ようやく近付ける距離が七十五センチなのだ。彼女達ほどの女性でそれなのだから、そのハードルの高さがうかがえよう。

 更に、その春菜とエアリスが巨大な壁として立ちはだかる。二人とも、宏相手に誰が惚れようとそれ自体は気にしないが、そんな女と勝負しなければいけない、なんていうのは正直かなり厳しい。そこに加えて、アルチェムや澪と言う十分すぎるほど魅力的な女も控えているのだ。並大抵の女では、勝負を挑む前に心が折れる。

 その上で、それ以外の人間も宏に接触する女には色々と神経をとがらせているのだ。ジュディスのような普通の少女には、いろんな意味で厳しい相手であろう。

「でも、あきらめきれてはいないんでしょう?」

「せめて、ちゃんとした状態で玉砕できれば、あきらめもつきそうなんですけど……」

「難しい話よね……」

 ジュディスの複雑な乙女心に、何とも困ってしまう真琴。自分で振った話題ながら、正直真琴の恋愛経験ではまともなコメントなどできない。

 単に振られるだけなら簡単だ。今の宏に告白すれば、誰が相手でもきれいさっぱり振ってくれる。だが、それは女性恐怖症だからという、ジュディスの個性とは一切関係ない理由によるものだ。その理由で振られて納得などできようはずがない。

 仮に真琴がジュディスの立場であっても、今の宏に振られるのは絶対に納得できないだろう。が、身近にいる分、宏の葛藤も分からないではないため、無責任な事は一切言えないのだ。

 コメントに困り、どう話題転換するべきかと悩みかけていた真琴に、救いの手が差し伸べられる。

「プリムラ、ジュディス」

 プリムラとジュディスに、マグダレナ妃を伴ったダール王太子が声をかけてきたのだ。

「お久しぶりです、殿下」

「息災なようで何よりだ。二人には、いろいろすまない事をした」

「いえ、女王陛下や殿下が悪い訳ではございません。ですので、お気になさらぬよう」

 公式の場では無いとはいえ、王族だというのにあっさり頭を下げるダール王太子に、困った表情を浮かべるプリムラとジュディス。聖職者として充実した日々を送る二人にとって、ダール王家のごたごたはもはや関わりたい事柄ではないのだ。

「詳しい事は知らないんだけど、王太子殿下とプリムラ達って、血縁関係なんでしたっけ?」

「うむ。甥と叔母、という関係になるな」

「うわあ……」

「もっとも、この関係はごく一部にしか知られていないのだがな」

 どうにも生臭い事実に、顔をしかめるしかない真琴。王や貴族に隠し子の一人や二人は珍しい話ではないが、王太子とジュディスの歳があまり変わらないのは、生臭いにもほどがある。

「それで、何やら悩み深そうな話をしておったようだが……」

「いわゆる恋愛がらみの話で、しかも結構厄介な状況なんですよね」

「その類の話は、無骨な男の出番はなかろうな」

「殿下。あなたが向いていないのは否定はしませんが、いずれ臣下の恋愛や結婚に口を挟むことになるのですから、少しは勉強しましょうね」

 真琴の説明を聞き、あっさり関与をやめようとするダール王太子。それに呆れた口調でマグダレナが釘をさす。

「とは言え、殿下には荷が重いのも事実でしょうね。相手がヒロシ殿だというのも厄介だけど、ジュディスの今の立場も色々と複雑なようだし」

「そう言えば、ジュディスが今のエルザ様の巫女なんだっけ?」

「私はエアリスからそう聞いているわ」

 真琴とマグダレナ、二人から確認するように視線を向けられ、苦笑しながら頷くジュディス。

「正確には、まだ仮免許と言う感じなんですけどね。森羅結晶が今日に間に合うよう、かなり無茶して色々やったので、まだまだ巫女としての力はまともに扱えません」

「それはまた、大変だったみたいねえ」

「それでも、少しぐらいは好きになった人のお役に立てたので、無茶をした甲斐はあったと思っています」

 少し大人びた笑顔でそう真琴に答えるジュディス。その笑顔を少しまぶしく感じながら、こちらに来てから宏が妙に愛されている事を、少し嬉しく、少し妬ましく思う真琴。

 別に今更男が欲しいわけではないが、女性恐怖症さえ克服すれば相手がより取り見取りの宏が羨ましい、と思ってしまうのも本音である。

 腐女子だからと言って、モテたいという欲求が完全にゼロでは無いのだ。

「とりあえず、ライムちゃんの誕生日パーティが終わった後ぐらいに継承の儀式を行いますので、その時は立ち合いをお願いします」

「了解。宏にも伝えておくわ」

 ジュディスからの業務連絡に一つ頷いて酒を飲み干す。その後、ダール王太子とマグダレナも交えてプリムラとジュディスの近況を聞いていると、またしても恋愛がらみの話が。

「そう言えば、サーシャ様もヒロシさんを好きなご様子ですが……」

「あの人は、よく分かんないのよねえ。あたしとは接点がほぼないってのもあるんだけどさあ」

 プリムラから、先ほどの話を蒸し返すような質問をされ、非常に困ったように頭をかく真琴。一度工房に顔を出しているため辛うじて面識はあるものの、人となりを把握できるほどの接触はしていない。

「目を見る限り一応本気だとは思うんだけど、その割にはあんまり本気でアプローチしに来ないというか……」

「マコト殿なら、ヒロシ殿がリサーチなしで行動を起こしていい相手かどうかぐらい、分かっておられると思うのですが?」

「いやまあ、そうなんだけどさ。って言うか、どこから聞いてたの?」

「丁度今、ですね。プリムラ殿が私の名前を口にしたので、どんな話題になっているのかが気になったのです」

「なるほどね」

 突如割り込んで来たサーシャに対して、どことなく呆れをにじませてそう答える真琴。

「まあ、宏について効果的なアプローチのためにリサーチする、ってのは分からなくもないわ。そうでなくても接点が少ないのに、レイニーみたいに接触のたびに無茶やって周囲から余計な警戒されるのも馬鹿馬鹿しいっちゃ馬鹿馬鹿しいし」

「と言うか、それでヒロシ殿本人の心証を悪くしてしまっては、元も子もないではありませんか」

「まあ、そうなんだけどね。ただ、サーシャってこう、典型的な下準備に時間をかけ過ぎて時期を逃して、結果的に埋没しちゃうタイプのような気がするのよね」

「……否定できないところが辛いところですね。しかも、ハルナ殿とエアリス殿下、それにアルチェム殿にミオ殿という、いずれ劣らぬ強敵ぞろいで、接触時間的にも積み重ねてきた期間的にも最後発の私は不利どころの騒ぎではありませんし」

 意外としたたかに自身の立場を理解しているサーシャ。半端に積極的に動きながら、その実態はまごまごしていただけと言う感じのジュディスとはえらい違いだ。

「正直、皆様がルーフェウスで行動されているうちに、一度ぐらいは攻勢に出たいところです。ですので、絶対にやってはいけない種類のアプローチだけでも早い段階で割り出したいところでして」

 地味に頭脳派肉食系女の本性をむき出しにして見せるサーシャ。結局翌日以降の大図書館攻略において、宏達の行動に振り回されて碌にアプローチなどできなかったのだが、自分がそこまでヘタレる羽目になるとは、サーシャはこの時点では想像もしていない。

「そう言う訳で、私もチャレンジするチャンスぐらいは欲しいので、ヒロシ殿相手に絶対にしてはいけないアプローチ方法のヒントだけでもいただきたい」

 埋没するという危機感を全開にし、真琴に詰め寄るサーシャ。この後、話題は身内から見た宏の生態にシフトしていくのであった。






 一方その頃、同じ会場の別の場所では。

「きゅっ!」

「ふむ? どうした?」

「きゅっ! きゅきゅっ!」

「悪いが、私は鳥語は理解できん」

「きゅっ!」

 何処となく様子がおかしかったローレン王のもとにひよひよが寄って行き、できもしない意思疎通を図ろうとしていた。

「きゅっ! きゅっ! きゅっ!」

 結局埒が明かぬと見たひよひよは、ローレン王の頭上にひよひよひよと飛び乗り、翼で適当な料理と飲み物を指し示す。わざわざ頭上に乗った理由は不明だ。

「陛下、どうやら料理と飲み物が欲しいようですが……」

「そうか。それはすまない事をした。アズマ工房の者たちと違い、私には君の言葉は理解できないのでな」

 そう言いながらも、素直にひよひよが指示したらしい料理を取り皿に取っていくローレン王。一国の王が立食パーティで自分で料理を取り分けるなど、本来あってはならない光景だ。あってはならない光景なのだが、この会場にいる人間は誰も気にしない。

「陛下もお食べになられてはいかがですかな? どうにも、食が進んでおられないようですし」

「ああ、そうだな。折角だからいただこう」

 ひよひよに誘導されるように、リヴァイアサンのカルパッチョをはじめとしたいくつかの料理を口に運ぶローレン王。そんな様子に我関せずといった体で、取り分けてもらった料理を翼を使って器用に平らげるひよひよ。

「あ~、ひよひよ。こんなところにいたの!」

「きゅっ!」

「あんまりうろうろしたら駄目なの!」

 そこへ、いつの間にか居なくなっていたひよひよを探しに、ライムが寄ってくる。後ろには、オクトガルもついてきている。

「迷子~」

「誘拐~」

「身代金~」

「遺体遺棄~」

「人様の誕生日を祝う会で、そう言う物騒な事を言うのはいかがなものかと思うが?」

 相も変わらず物騒な連想ゲームを行うオクトガルに、淡々と突っ込みを入れるローレン王。そのまま、この会場でただ二人しかいない年齢一桁の女の子の片割れに声をかける。

「アズマ工房の関係者と思うが、名を聞いても?」

「ライムなの! もうすぐ六歳!」

「そうか」

 元気よく自己紹介をするライムに、目を細めるローレン王。学院長も、ライムの愛らしさとローレン王の様子が少しまともになった事に目を細める。この穏やかな空気に色々と油断し、学院長は翌日の大騒動に対する心構えができなかった事を後悔することになる。

「ライム! ひよひよ! 子供や鳥でも、もうちょっと礼儀作法は必要なのです!」

「申し訳ありません、陛下! あまりこういう場での礼儀作法については、ちゃんと教育できていませんで……」

 初対面の相手に割と無礼な口を聞くライムと、見た目が鳥ゆえに割と無礼な行動をするひよひよを見つけて、大慌てで回収に来るノーラと頭下げに来るレラ。それを見たローレン王が、声を上げて笑う。

「気にする必要はない。公の場では困るが、ここは基本的に非公開だ。それに、ファーレーンの国王陛下やダールの女王陛下、フォーレの国王陛下にも似たような態度で接していて、私だけ例外と言うのも子供相手には通じないだろうし、さびしい話だ」

 やけに気分のよさそうなローレン王に困惑しつつ、それでも何度も頭を下げるノーラとレラ。

「ファムも、今はもうちょっと無礼でもいいんじゃないかな?」

「無理! あんな心臓に悪い行動は絶対出来ないし、そもそもアタシは自分がかわいげが無い子供だって分かっちゃってるし」

「そう言う事を言っちゃうから、かわいげが無いって思われるんじゃない?」

 そんなライム達の様子を観察しながら、出遅れたファムとテレスがそんな話をしていたのであった。







2.パーティ不参加の人たち

「人脈を作るいい機会だったんじゃないですか?」

「無茶言うな。オレごときがあのメンバーの中に混ざれる訳がないだろうが」

 ウルスのとある酒場。宏の誕生日パーティが開かれているちょうどその頃、その大して広くは無い店で、メリザが幾人かの冒険者たちと一杯やっていた。

「元々、うちはウルス東地区専門の、地元密着型の商会だったんだよ。他所の国の王家とコネを作っても、それを活かせるような規模もノウハウも無いんだよ」

「勿体ないなあ……」

「身の丈に合わねえ成長の仕方をしたら、大ゴケするからな。何事もほどほどが一番だよ」

 本気でもったいなさそうに言うランディにそう答え、手元の酒をちびりとやる。宏達が時折くれる試作品に比べれば、いろんな意味で大きく格が落ちる一杯だが、それでも飲み慣れた味がなんとなく安心する。

「そう言うお前さんはどうなんだ、ランディ?」

「それこそ、無茶言わんで下さいよ。オレ達なんて、装備や道具のおかげでやっと六級になれたような小物ですよ?」

「それ言い出したら、アズマ工房はタツヤと真琴以外は全員六級以下だぞ?」

「あいつらはいろいろおかしいんですよ。ワイバーンを単独で狩れてベヒモスがボスやってるダンジョンを踏破出来るのに、まだ一番上が五級のままとか普通にあり得ない」

 メリザから逆襲を受けたランディが、苦笑交じりにそう言い切る。実際、ワイバーンを単独で狩れる冒険者がちらほら現れるのは三級からで、クレストケイブのダンジョンを踏破出来るとなると、普通に二級ぐらいの実力と判断される。間違っても、五級程度の冒険者に可能な真似ではない。

「あいつらが素材にするのを優先して提出してない討伐証明部位、全部出したらそれだけで全員五級はかたいはずですよ」

「そうそう。他にも聞こえてくる噂だけでも最低三級、実際には一級クラスだと判断してもおおげさじゃないものもありますしね」

「それが全部手続きの問題で実績になってないってんですから、でたらめにもほどがありますよ」

 何とも鬱屈した言葉を言い放つランディとクルト。だが、二人の表情は言葉ほどにはきつくない。むしろ、どこか呆れながらも面白がっている様子すらうかがえる。

 実際のところ、ランディもクルトも口では六級程度の小物と言ってはいるが、自分達のランクについて卑屈になっている訳ではない。そもそも、冒険者の総人口で言うなら、七級にもたどり着いていない人間の方が圧倒的に多いのだから、彼らが自分達を低く見積もっては浮かばれない人間が多すぎる。

 それに、冒険者として最も需要が多いのは、八級から五級にかけて。逆にいえば、そこを超えるランクはある種の英雄としてもてはやされはするが、言うほど人々の役には立っていないのだ。

 ランディもクルトも、冒険者になったきっかけはモンスターの大規模襲撃で口減らしが必要になったからではあるが、今まで続けられてきたのは、依頼人から頼りにされ、感謝の言葉をもらい続けてきた事が大きい。

 なので、もともと七級になったあたりからはそれほどがっついてランクを上げに走っていなかった。宏達を羨ましいと思う事はあるが、それは冒険者として並外れた能力を持っているからでは無く、大抵の困りごとに対応できる事の方なのだ。

 故に、彼らは自分達の今の立場に満足しているし、王族なんて係わり合いになどなりたくないのである。

「モツの味噌煮、おまたせ」

「おう、来たか」

 なんとなく宏達のでたらめさ加減に話が移りかけた所で、注文していた料理が出てくる。

 最近、この界隈で競って作られるようになった、味噌煮である。オルテム村から安くてそこそこの品質の味噌が持ち込まれるようになったため、庶民に手が出る値段で提供されるようになったのだ。

 他にもしょうゆベースのタレを使った照り焼きや、海産物でダシをとり醤油と味噌で味を整えたテローナなど、新しい料理が次々に誕生している。

「おやっさんもモツ煮か?」

「おう。ハンサムもこいつか?」

「ああ。よく冷えたエールと一緒に食うと、たまらないからな」

「気があうな。ヒロシがくれる酒との相性も抜群だが、やっぱりこういうのは庶民の酒と合わせるのが一番だ」

 隣の席で飲んでいたハーンが、メリザも同じものを頼んだのを見て声をかけてくる。見ると、他にも何人かがモツの味噌煮を頼んでいる。地味に稼ぎだけで言えばこんな安い店でたむろしているのはおかしい連中ばかりだが、普段はともかく一仕事終えた後、もしくは明日から大仕事と言う場合は、駆け出しの頃から出入りしていた店で飲み食いする冒険者は珍しくない。

「好き好きっちゃあ好き好きなんだろうが、ヒロシ達が調味料とかダシのとり方とかを広めてくれたおかげで、臓物料理は全体的に美味くなった気がするなあ」

「違いない。色々感謝してる事はあるが、オレ達深緑の牙は何に一番感謝してるって、美味い料理を増やしてくれたことに感謝してる」

「おう、そうだな。おかげで俺の商売も色々幅が広がったしな」

 そう言って笑いあうメリザとハーン。そのあと何やら思いついたように、メリザが店員に声をかける。

「全部のテーブルに焼き鳥の盛り合わせを頼むわ」

「あいよ」

 この店は早くから味噌や醤油、みりんにポン酢などを取り入れているため、モツ煮系だけでなく焼き鳥も美味い。

 元々この店は、宏と春菜が小さな部屋で暮らしていた頃にたびたび訪れていた店である。ウルス城でのごたごたが終わった後も時折顔を出し、自分達では消費しきれない日本の調味料を提供し料理の開発を進めていた、和風ファーレーン料理の草分け的な店なのだ。

 実のところ、メリザが宏や春菜と知り合ったのも、この店で夕食を食べていた時だった。冒険者協会での仕事の後処理に手こずって夕食が遅れた二人に、きまぐれで一品奢ったのがきっかけである。

 その時のことをふと思い出し、今も駆け出しと思われる若いのがいることに気がついて、あの時のように駆け出し連中にも美味いものを食わせてやろうと思ったのだ。

「おう、小僧ども。奢ってやるからたんと食え!」

 店の隅っこで質素な食事をしていた、あからさまに駆け出しと思われる少年少女に声をかけるメリザ。彼らが食べているのは初めて出会った当時に宏達が食べていた、黒パンとくず野菜のスープと言う一番安いメニューだ。

 当時の宏達は拠点となる工房を手に入れるために、金に余裕があるにもかかわらず外食するときは可能な限り質素なメニューに抑えようとする傾向があった。特にその日は彼らの基準では稼ぎが悪く、なんとなく反省も込めて一番安いメニューにしていたそうだ。

 もっとも、メリザが一品振舞った少年少女は、装備のくたびれ具合や表情などから、正真正銘金がないだろう事は間違いないが。

「えっ?」

「そんな、悪いよ……」

「いいからいいから。おっさんはオマエさんたちみたいな駆け出しに食わせるのが趣味みたいなもんだからな。たんと食って力をつけて、立派な冒険者になってくれや」

 そう言って、リーダーらしい少年の肩をぽんと叩くメリザ。隣のテーブルにいた似たような雰囲気の、だが最初に声をかけたグループよりは幾分希望に充ち溢れた少年達にも声をかける。

「お前らも、奢ってやるからがっつりいけ!」

「あ、ありがとうございます」

「おう。今日のここの払いは全部持ってやるから、遠慮せずにじゃんじゃん食えよ!」

「あ、メリザさんだけいい格好してずるい。おっちゃん、ひよっ子達のテーブルにお勧め一品ずつ!」

 メリザが上機嫌に料理をふるまったのを見て、負けじとブラッディローズのリーダー・イルヴァが声を張り上げる。基本金銭面では羽振りがいい彼女も、駆け出しに飯を食わせるのが好きなタイプだ。

 もっとも、彼女達のクラスになると、装備の手入れや消耗品の補充だけでも何百クローネどころか千クローネ単位になることもざらなので、こんな庶民向けの飯屋兼酒場で、客全員に満腹になるまで飯を食わせた所で誤差の範囲に収まってしまうのだが。

「おいおい、イルヴァ。この場であれもこれも食わせたら、食いきれない料理が出てくるだろうが。ってなわけでオヤジ、ひよっこどもに日持ちする奴を包んでおいてやってくれ」

「なんか顔が暗いぞ~? 悩みがあるんだったら、おっさんたちに言ってみな?」

 駆け出しの冒険者は、中堅やベテランにとっては宝物だ。メリザの行動を皮切りに、店で飲み食いしていた冒険者達が次々とひよっ子達に声をかける。

 自分たちだって散々先輩の世話になった自覚がある冒険者たちにとって、駆け出しの後輩に対して先輩風を吹かせながら色々おごってやるのは、ひそかな目標だったのだ。それがかなう立場になってみると、当時の先輩達がどんな思いで自分達の世話をしていたのかが身にしみるため、優越感や達成感よりも親心的な感覚の方が勝ってしまう。

 それに、こうやって飯をおごってやった後輩に助けてもらったり、その後輩が誰かの世話をしたりするのも、冒険者稼業の醍醐味だ。最終的に身一つでやっていかねばならない冒険者にとって、現場での横のつながりは何よりの財産になる。

 彼らだって生きていれば、いつかは中堅になり、ベテランになる。冒険者として挫折したとしても、意外な形で芽が出ることもある。宏達のように突然変異を起こす連中はまれにしても、彼らが生き延びるための手助けをして、マイナスになることなどほとんど無い。それ以前の問題として、そもそも冒険者は需要を供給が満たしきれていない職業の典型だ。一人でもちゃんと育ってくれれば、皆が幸せになれる。

 もっとも、現在この店に集まっている冒険者全般、アズマ工房と直接取引ができるような連中だ。それなりに酸いも甘いも噛み分けてきてはいるが、基本的にお人よしぞろいである。依存させるほど面倒を見るような甘さは無いにしても、後輩達をかまいたい人間が多いのは仕方がないだろう。

「こういう光景は、いつ見てもいいもんだな」

「あんたも、ひよっ子には甘いからなあ」

「そうでなきゃ、こんな連中が集まりはせんよ」

 大量に料理を並べ終えた店の店主が、二十年来の親友でもあるメリザとそんな風に語り合う。

「まあ、正確にはもう過ぎてるつっても、今日はヒロシの誕生日を祝う日だ。あいつを直接祝えない分、存分にひよっ子達を甘やかす事にしようや」

「おう」

 こうして、この日はベテランたちが宏の誕生日を祝う代わりに、未来の英雄候補達を徹底的にかまい倒すのであった。
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