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ほのか  作者: 環 円
candy store
6/19

ふたつめ 手作りは基本です。

お題:キャンディ(飴/ドロップ)

 それは今までにない食べ物だった。

 献上品として差し出されるほど、保存にも適し、一口食べると癖になる味がする。

 べっこう、と呼ばれている品だという。不思議な響きの名である事も、彼女の興味を引いた。赤や黄、緑や青、色とりどりは目にも鮮やかに輝く。

 

 「ふふ、いくつでも食べてしまいそうですわね」

 細い指先が琥珀に似た色合いに触れる。そしてそれを口に含み、舌で転がし味わった。無くなってしまうのが惜しいくらい、程良い甘さが喉を潤す。

 砂糖という甘味料があるのは知っていた。

 そしてそれを使った菓子が毎日、午後のお茶会に出されている。だがこのような物は初めてだった。ビン、という保存容器に入れられた色とりどりの飴というものは、いくらでも口に入ってしまう。

 毒味役が眉を下げて彼女を見ているが、味を確かめさせるつもりはなかった。

 たったひとつも、分けるつもりはない。

 この食べ物で死ぬならば、本望ですらある。そう思えた。

 そしてもっと多くをここへ持って参れ。と命じたくなるほどの品だ。

 もし彼女がそう命じたならば、侍女を通し入手に向けて宮中が動き始めるだろう。


 しかし次が届く前にきっと、この甘味は確実に底をつく。

 ならばこのべっこうを作った者をここに呼べば。そしてその手法を城の誰かに覚えさせればよいのだ。望むのならば召し抱えてもよい。

 彼女はその紅を弧に形作る。手に入らないものなど、今までに無く、これからも無いだろう。それにこれを作ったのはなんと、青の森に隣接する小さな村の住人であると言う。それにとって王都は煌びやかであろう。満月が空に昇った以上の光が都には毎日溢れている。きっと呼ばれる事、に感謝すらしてくるに違いない。それに民草が城に登城を許されるなど、名誉ではないか。

 「紙とペンを持ちなさい」

 楽しげな、ころころと笑む声に侍女たちが頭を下げその足元へ恭しく膝まづき、匠を凝らせたインクつぼと羽ペンを差し出した。



 甘い香りが新緑の中に金の路を作る。

 籠には器に入り切れずに零れてしまうほど、山盛りのキャンディが入っていた。

 木で作られたボウルの器には、ミルクを練り込んだ新しい味が山となっている。

 村の近辺で手に入れられる砂糖がどうしても黒しかなく、ミドリは数日間頭を壁に叩きつけながら、水あめを作った。

 正確には水あめの作り方を無理矢理脳から思い出させた、ともいう。

 「ミドリのおバカさん。こんなに頭にたんこぶを作って。もう、綺麗な緑の髪がぐちゃぐちゃじゃない」

 ミドリは怒られてしまった。

 しゅんと落ち込んでいるとティナが倉庫から大きな、ひとりだと広いが、ふたりだと狭い、そんな大きさの木桶を転がしてくる。

 すっかりと家の中を把握しきっており、何がどこに収納されているのか、ばっちりだ。

 「お水入れてね」

 「はい」

 ミドリは素直に転がし役を継いで、井戸の側へと置いた。

 

 村では収穫祭が行われる。

 その準備にティナも参加し、森へ来る日が随分と減ってしまっていた。

 ティナが来なければミドリは、身だしなみを整えない。無頓着と言ってもよかった。

 井戸から水を汲み上げ、木の桶に注ぐ。そうして火の石を入れた。放っておけば、温かくなってゆく。

 「ティーナ、石鹸取って」

 「はあい」

 ていやっと投げられたのは緑の塊だった。

 手作りの為、やや形や色にむらがあるが、泡立ちも良く香りもいい。

 村ではミドリが作る石けんが人気になっている。材料を持ちこめば、タダで作って貰えるのがよいのだろう。そういう時はティナ経由でオレイフ油が持ちこまれた。


 作り方は簡単だ。

 オレイフ油を釜炊きし、その中に大量の海水を突っ込む。そうすれば鹸化してドロドロの塊が出来るのだ。

 ミドリはその中にはちみつを入れたり、森の恵みとして香草や香樹を摘んで精製したものを混ぜている。そして固めて乾燥させれば出来上がりだ。

 村に行商に来る商人たちが、

 「是非買わせて下さい」という伝言を寄こすのだが、ミドリは売って利益に変えるつもりはない、ときっぱり断って追い返していた。

 そもそも手作りを始めたのは、ティナの柔らかな髪が王都で人気だという、石鹸を使ってごわごわになってしまったからに他ならない。

 お気に入りの密色が切れて玉になり、一度剃ってしまった方が良いとまでになっていたからだ。

 そんな事は絶対にさせない。

 涙するティナの為に、ミドリは作りあげた。

 小人たちに急ぎの仕事として、オレイフ油と海水の調達を依頼し、見事ティナの髪を守ったのだ。

 村に広まったのは、ティナの髪が綺麗にほどけたのも理由のひとつにあげられるが、その香りと使い勝手の良さからだった。

 高価な石鹸を買っても、肌が荒れてしまうのだ。

 しかしミドリ印のオレイフ石鹸はしっとりと、肌に心地が良いと御婦人からも好評だった。


 「汗かいちゃったから、わたしも入るね」

 突然のティナ乱入で、ミドリは慌てた。

 ふくー!服着てぇぇぇ!

 そんなミドリの叫びなど聞こえないティナはちゃぽん、と胡坐をかいていたミドリの足の間に座る。

 出会ったころは幼く、手を出すつもりもなかった。

 よいお友達になれると、思っていた。

 のだが、この所、可愛さはそのままにティナが美しさを付加させて成長していた。ミドリの内心的にはいろいろと危険思考が主導権を握りつつある。このままでは、ミドリが狼さんになってしまいかねない。

 ミドリは森から出られなかった。

 村で手を出されないように、見せつけるなど夢物語だ。

 それに自分がまだ何者かも解ってはいない。悪いものであるかもしれないと言う恐怖は、色褪せなかった。人間であるティナには、きっとふさわしい相手がいるのだろう。それにここに来ているのはただ単に、親しみを覚えてくれているからにすぎないからだ。

 村には残念ながら、同年代の女の子はひとりもおらず、男の子だけだという。

 きっと近いうちに、告白を受けるだろう。

 そうでなくとも気になる人が居るの、なんて恋の話を振られたなら、寝込んでしまうかもしれない。

 ラブ、ではなくライク。

 成長したとはいえ、まだまだ子供であるティナに聞けるはずも無かった。

 言えばきっと、答えてくれるだろう。

 けれど。もしも。を思い浮かべてしまい、踏み出すどころか何歩も後退してしまっている。


 白いうなじに唇を落とした。

 そうすればくすぐったいとティナが笑う。

 金色のふわふわがさらさらと顔に触れた。

 自分のものに出来れば、自分のものだと言う証をつける事が出来たならば、どんなにこの気持ちが楽になるのだろう。

 そんな思いなど、ティナは露ほども知らないように石けんを含ませた布で体を洗い始める。ミドリは自制心をフル稼働させ、耐えた。耐える、しか出来なかった。

 

 夕方、ミドリは自身を弾く境界線ぎりぎりまでティナを見送った。

 かなり以前だが、帰りが遅いティナを心配した両親が森まで迎えに来た事がある。

 話にだけ聞いていた青年、ミドリに初遭遇した訳だ。

 その際に初めまして、と握手をするため境目を何気なく越えようとしたのだ、が、透明な壁は無情だった。見事ミドリは凄まじい形相で顔面衝突してしまったのだ。その様はカエレロが踏みつぶされたような、無様な姿だったという。呆れたように溜息をつくティナと、慌てて駆け寄り声をかける両親のそれを遠くに聞きながら、ミドリは気を失ってしまった。


 幼い少女の両親は、身を固くしていた。それはそうだろう。

 娘から話を聞いてはいるものの、つい最近まで恐ろしい魔獣が跋扈ばっこしていた、森にひとりで住んでいるというのだ。何者かと訝しむのは当たり前だった。

 だがその初対面で、ミドリは笑いを誘った。わざとでは無い。

 「もう!ミドリったらこの前もぶつかったのに覚えてないのかしら」

 折角のきれいな鼻筋が、曲がってしまうわ。

 目を回した青年の側に娘がしゃがみ込み、両親も知らない顔をしてやさしく額に触れる。その様子を両親は驚きと、嫉妬で見た。

 ドジで人当たりの良い、娘が懐いている青年を両親は、好意的に迎え入れた。多少、パパとしては釘を刺さす言葉を幾つか放ったが、それは娘を持つ世の父ならば必ず一度は通らざるを得ない道だろう。

 それに村に居住するまで、世界を旅していたふたりが呆気に取られるほど、無害でもあったからだ。

 それ以来、ティナの両親は青年をミドリの君と親しく呼んでいる。


 額、頬、そして唇に軽く。

 口づけを落とし、ミドリはティナを抱きしめた。

 ティナも抵抗はしない。そのままを受け入れ、心配性ね、と囁く。

 「明日も行くから。ちゃんと寝てね?」

 わたしが来ないと、お風呂も寝る事も忘れちゃうんだから。

 ミドリはティナの言葉に頷く。

 「待ってる」

 ボクはティナが居ないと、死んでしまうかもしれない。

 最後の一文をミドリは飲みこみ、手を振った。

 「また、明日」

 

 森からの帰りみち、ガラスの中に入れられた飴をひとつ、ティナの口の中に含む。

 以前貰った容器はあげてしまっていた。


 きらきらと光る沈む夕日のような飴の材料は砂糖と水、果汁と酢だ。

 季節の果物があればそれを覆うようにし、固めれば簡単に果物飴が出来た。

 今までは黒っぽい色になってしまっていたが、別段気にしていなかった。素材そのままの綺麗な色だと、ティナは思ていたくらいだ。

 最近小人達が海に近い農村で、白い砂糖を大量に仕入れてきて以降、綺麗な琥珀色をしたべっこうが出来るようになっていた。

 飴は売り物では無い。

 ティナの両親が営む小さな食堂で"ご自由にどうぞ。おひとりひとつまで"と置いているのだ。

 先日、東の国から王都に戻ると言う老人が、余りの美味しさに感嘆した。そして娘にも食べさせてやりたいとガラス容器に入ったべっこうを譲ってほしい。そう願われたのだ。

 なんでも病気がちの娘さんらしく、きっとこれを食べれば元気も出るだろうと。

 話を聞いたティナは頷く。


 「どうぞ、元気のおすそわけです」

 

 ティナは快く譲った。

 きっとミドリは怒らず、褒めてくれるだろう。そうティナは思ったからだ。

 翌日ミドリにそれを伝えれば、その娘さんが元気になればいいね。伝わるといいね。ティナの気持ちが。

 と、思っていた通りの言葉を言ってくれたのが嬉しくてティナはミドリに抱き付いた。

 そして今日、新しく作り直したとミドリが新しいビンを渡してくれたのだった。

 「おじいさんのお姉ちゃん、元気になったかなぁ」


 ティナはべっこうと同じ色の空を見上げた。

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