鎮魂の宴
お待たせして申し訳ありませんでした。
約束の時間が迫ってきた為、宿を出たジン達は待ち合わせ場所であるギルド酒場へと足を運んだ。もちろん「10分前行動」を忘れてはおらず、ジン達は約束の10分以上前にギルドへと到着した。
だが、ジン達がギルドの中へ入ろうとする前に見知った顔が声をかけてきた。
「よお、早いな」
ジン達へと声をかけてきたのはザックだ。そこにいるのはザック独りで、他のメンバーの姿は見えない。
わざわざ近づいて話しかけてくるところを見ると、どうやら自分達を待っていたようだとジンは思った。
「そっちこそ。それで、どうかしたの?」
不思議そうに問いかけるジンに、ザックはばつが悪そうに答える。
「それなんだがよ、ギルド酒場は別の奴らが依頼達成の祝いとかで騒々しくてな。お前らも目立っちまうのは嫌だろうし、すまねえが場所を変更させてくれ」
「なるほど、だから待っててくれたんだね。気をつかってくれてありがとう」
確かに騒がしい雰囲気の中でお金の受け渡しは、変に悪目立ちしてしまいそうだ。それに今日はゲルドの通夜のようなものなのだからと、ジンにとっても落ち着ける場所へ移動するのは望むところだった。
もちろんアリア達にとっても否があろうはずもなく、早速ジン達はザックと共にその場を離れた。
そうしてザックに案内された場所は、酒場と言うよりレストランに近い店だった。完全個室ではないものの隣のテーブルとは衝立で区切られており、比較的間隔も空いていて落ち着ける雰囲気だ。
「よお、二度手間になってしまって、すまんな」
ヒギンズが到着したジン達に声をかける。既にザック以外の『巨人の両腕』のメンバーは席に着いていた。
「いや、こっちこそ気を遣わせてごめん。おかげで助かったよ」
ジンは笑顔でそう言うと、空いていた席にアリア達と共に座った。
「それじゃあ始める前に報奨金を渡しとくよ。大金貨5枚の半分で、大金貨2枚と小金貨5枚だ。確認してくれ」
大金貨5枚という事はおおよそ500万円くらいになる。それがゲルドにかけられた懸賞金だったという事だ。
「ああ。……確かに。ありがたくいただくよ」
ヒギンズから渡された小袋をしっかりと両手で受け取ったジンは、中身を掌の上に出して確認する。もちろん彼らの事は信用しているが、これは信用するしないとは別の次元の話で、こと金銭問題に関してはちゃんと目の前で確認しておく方がお互いの為になるとジンは考えているのだ。
金額に関しても馬車の中で話し合って決めた事なので、ジンも今更ここで自分達の取り分が多過ぎるなどと言い出すことはしない。これは言ってみればゲルドの命の値段だ。ジンは心してお金を受け取った。
「よし、それじゃあ用事も終わった事だし、後は食って飲んで騒ごうぜ!」
ジンが懐に小袋をしまったのを確認して、ザックが陽気に声をあげる。そのタイミングにあわせて人数分の酒と何品かの料理も運び込まれ、テーブルの上に並べられた。
「よし、では乾杯といこう。そうだな。俺達の出会いと、それと別れに。……乾杯!」
「「「乾杯」」」
ヒギンズの掛け声と共に、全員グラスを掲げて唱和する。ちょっと聞いただけならば別れの宴の際にする挨拶のようだが、勿論ここで言う別れとはジン達との別れというよりゲルドとのものだ。直接その名前を言わないのは、他人の耳があるこの場ではその名前を出すのも避けた方が良いという判断からだ。
人間無意識でも、関心のあるワードに関しては耳が良く拾ってしまうものだ。少なくともゲルドの埋葬が終わるまでは、ザック達は慎重に行動するつもりだった。
その後しばらくはザックが言ったように食べて飲んだ。騒ぐまではいかなかったが、笑い声も聞こえる宴となった。それぞれがゲルドについて思うところはあったが、それでも笑顔でいようとしていた。
酒がすすんだ事もあり、そこかしこで笑い声やはしゃぐ声が増えていく。
アリア達も『巨人の両腕』のメリーやアシュリーと話が弾んでいたが、その話題のメインはジンとアリア達三人との関係についてだ。時々ちらちらと彼女達の視線がジンの方に飛んだが、ザック達男衆と話していたジンは気付かなかった。
もっともジンもザック達にアリア達との関係性を尋ねられており、「誰が本命だ」「まさか全員か、この野郎」などとからかい混じりの追及を受けていた。ジンは笑ってその追及をかわしつつ、逆に『巨人の両腕』内での恋愛事情について聞き出すなど、久しぶりに男同士だからこその話の盛り上がりを楽しんでいた。
相手が20代半ばということもあって、会話の内容がエロスなお店の話になる事もあった。ジンはこの世界に来て知り合った男性といえばグレッグのような大人や妻帯者か、ダン達のような若者しかいなかった。なので、こうした若い男特有の馬鹿話はこの世界に来て初めてだ。ジンも若い頃を思い出して盛り上がり、気持ちが若返っていることもあってとても楽しい時間だった。
ちなみにそんな弾けているジンの姿を見て、アリア達が意外なものを見たような、けれどどこか安心したような顔をしたのはジンは気付いていない。そんな三人の様子にメリー達が食い付き、女性陣の方でも再度盛り上がったのも同じくだ。
そうしてそれぞれが楽しんでいる中、突然思い出したようにザックが叫ぶ。
「そうだ。俺はまだジンに謝ってなかった!」
その声は意外と響き、アリア達も会話を止めてザックの方へ視線を移した。
「最初に会った時、絡んじまってすまなかった」
何事かと思ったジンに、ザックは頭を下げる。言われて初めてジンは思い出したが、思い出したからには親しい仲間として言わなければならなくなった。
「あの時は、たまたまだったのかな?」
確か酒を飲むと人が変わるという話を聞いた気がするけどと、ジンは確認の為に尋ねる。
「いいえ。ザックは酒癖が悪くて、結構絡んだりして人に迷惑かけることが多いのよ。私達はいい加減やめなさいと言ってるんだけどね」
「うるせえ。だからこうして謝ってるんだろうが」
「いつもそうじゃない。大体あんたは……」
ジンの問いにメリーが答えると、痛い所を突かれたザックがメリーに噛み付く。しかしメリーも言われっぱなしではなく、ここぞとばかりに反論し始めた。
そうしてしばらく口論が続いたが、ジンが片手を挙げてそれを止めた。関係の薄い人にまで世話を焼くつもりはジンには無かったが、こうして親しくなったザック達にはちゃんと身内として対応するつもりだ。
「大体分かったよ。ありがとう、メリー」
ジンはまずメリーにそう礼を言った後、ザックに体ごと向き直って尋ねた。
「で、いつまでそんな事を続けるつもりだ?」
ジンの言葉は軽いものではなく、それは真面目な問いだった。
「いつまでって、その……」
ついさっきまでは男同士の馬鹿話で盛り上がっていたが、今のジンはそんな事を感じさせず、真剣そのものだ。
ジンの表情に気圧され、しどろもどろになったザックはすぐには答える事ができない。「謝ったらそれで終わり」が、これまでのザックの常識だった。
「お前が単なる知り合いだったら、さっきの謝罪を受け入れてこの話を終わりとするのもいいのかもしれない。だけど俺はお前の事を単なる知り合いではなく、生死を共にした仲間だと思っている。だからお前はうざいと思うかもしれないが、あえて言わせてもらう」
ジンはそう前置きをして、自分の考えを話す事にした。
「さっきザックは謝ったよな。俺はそれは大事な事だと思うし、謝ってくれた事を嬉しく思うよ。でもさ、謝ったらそれで終わりなのか? メリーの話し振りじゃ、今までも同じ失敗をしては謝ってきたんだろ? これからも同じ事を繰り返すのか?」
酒という物は気分を明るくさせてくれたり悲しみを紛らわせてくれたりとプラスの効果がある一方で、時には人の理性を飛ばして暴れたさせたりとマイナスな影響を与える場合もある。酒は百薬の長という言葉もあるが、過ぎれば人の命を奪う毒にもなる。それは自分の命だけでなく、時には他人の命を奪う事もあるものだ。
新聞やTVなどで、ジンは酒が原因となったたくさんの痛ましい事件や事故を見聞きしてきた。その数は情報伝達が発展していないこの世界の人間には想像もつかない量だろう。そうした出来事を知っているからこそ、ジンは黙ったままではいられなかった。
「いや、確かにいつも後で謝る事が多いが、そこまでひどい迷惑をかけた事も無いし……」
自分が間違っている事を無意識で自覚しながらも、ついザックはそう反論してしまう。しかし、それは自分が本当の意味では反省していないと言っている事と同じだ。ジンは大きなため息を吐く。
「……あのさ、ザック。もしお前が誰かに頭を叩かれてさ、そいつが口ではごめんと言っておきながらまた叩いて来たらどう思う? しかも何回も何回も同じ事を繰り返していたら? そんでそいつを問い詰めたら、そんなに痛くないから迷惑じゃないだろうとか言われたらどう思うよ?」
「あ、その……すまん」
さすがに自分が言っている事が恥ずかしい事だと気付いたザックがジンに謝るが、もちろんそれで終わるはずも無い。
「ザックだって酒の怖さは理解しているだろう? 今までは謝って済んでいたかもしれないが、お前の酒癖がもっと悪くなる可能性もあるぞ? それにもし絡んだ相手が厄介な輩だったら? お前の酒癖は自分の問題だけでじゃなく、仲間達にも迷惑をかけてるんじゃないか? 酔っ払うと頭だけじゃなく、体も利かなくなるのはお前もよくわかっているだろう? お前自身の為にも、それに仲間達の為にも、ちゃんと考えなきゃいけないんじゃないか?」
そこでジンは一旦言葉を切り、ジンの話を黙って聞いているザックを見つめて言った。
「お前が反省しているなら、とるべき行動は限られているんじゃないか?」
あえて厳しい口調でジンは言い、言われたザックはしばらく考えこんだ。それはふてくされてそうなった訳ではなく、ザックが真剣に考えたがゆえの事だった。
「……酒をやめるという事か」
長い沈黙の後に、ザックはそう答えた。その顔は苦渋に満ちていたが、どこか吹っ切ったようでもあった。
命の恩人が言う言葉という事もあってか、ザックはジンの言葉を素直に捉えていた。
「うん、そうだな。俺は酒をやめ「そこまでは言わないよ」……」
ザックは断酒宣言しようとしていたが、ジンがその言葉を遮る。ジンだって酒に救われた事は何度もある。酒の全てが悪いなどと言うつもりもないのだ。
あっけにとられるザックに苦笑しながら、ジンはさらに言葉をつなげる。
「極端なんだよ。なあザック、お前今何杯目だ?」
「え? ああ、酒か。3杯目だ」
「それくらい飲んでもまだまともだよな? いつもおかしくなるのは、どれくらい飲んだ時からだ?」
ザックは自分では答えられず、ヒギンズやガストンに目で助けを求める。
「完全に酔っ払ってからだから…… 早い時で7~8杯目くらいからか?」
そのヒギンズの言葉に、ガストンだけでなくメリーやアシュリーも頷く。
「ふむ、ならザックは酒は5杯までと決めたらどうだ? その方が禁酒するよりいいだろう? まあ、酒の種類によってはもっと減るかもしれんが、いずれにせよ完全に酔っ払うとお前の悪い酒癖が出るのなら、そうなる前に飲むのを止めればいいんだよ」
そのジンの提案は、ザックにとって断酒するよりかは遥かにマシなものだった。
「本当にそれでいいのか?」
しかしザックは断酒するつもりだっただけに、やさしいとも思えるジンの提案に戸惑いを隠せない。だがジンも甘いだけではなかった。
「勘違いするなよ、これは最後のチャンスだ。お前がこれを守れず、次に同じ事を繰り返したら…… わかるな?」
「ああ、わかった」
ジンから感じる静かなプレッシャーに気圧されつつも、ザックも真剣に答える。その返事を聞いたジンは頷き、そして少しその空気を緩めてさらに口を開いた。
「ただ、今日みたいに酔っ払いたい気分の時もあるよな? そんな時は他人に迷惑かけないように自分の部屋で飲むか、それか仲間達に許可をもらってから飲め。もし悪い癖が出たならば、殴ってでも止めるように頼んでな」
既にゲルドの事を吹っ切っている様に見えるザック達だが、恩人を失ったという事実は変わらない。こういう時こそ酒の出番だと言えるのに、こんな時にまで酔うなとはジンに言うつもりは無いのだ。
真剣に考え込むザックから視線を外し、次にジンはヒギンズ達に目を向ける。
「ヒギンズ達も反省して欲しい事がある。ザックが俺に絡んできた時、お前達はザックを止めなかったよな。 あの時はたまたま気分が荒れていたからなんてのは理由にならないからな。仲間が間違った事をしたのなら、殴ってでも止めてやるのが本当の仲間だと俺は思うぞ?」
ジンからそう言われ、ばつが悪そうに首をすくめる四人。勿論彼らも極力ザックを止めるようにしていたが、ジンが絡まれた時に動かなかったのは事実だ。それにメリーだけはザックに酒をやめるように言っていたが、それ以外のメンバーはザックの酒癖を諦めていたところもあったので尚更だ。
「いやジン、皆を責めないでくれ。メリーには酒をやめるように言われていたし、悪いのは俺だ」
完全に反省したザックが殊勝な事を言うが、それを聞いたジンがニヤッと笑う。
ザックがきちんと反省して決めた以上、もう説教の時間は終わりだ。次はこの盛り下がった空気を変える番だった。
「うん、分かった。もう言わない。しかし、ふ~ん。メリーがね~」
ジンはさっきアリア達との関係をからかわれた仕返しとばかりに、ニヤニヤ笑いでザックとメリーの顔を順に見つめる。さっきのパーティ内の恋愛事情の話で、この二人がお互いを憎からず思っている事はわかっているのだ。
ジンはアリア達の会話の内容を知らないが、似たような事も話していたアリア達もクスクスと笑い始める。
「ちょ、おま」
「あ、あたしは仲間として当然の事を言っただけだし……」
真面目な話からの落差と内容にザックは慌て、同じく慌てて弁解したメリーも段々顔が赤くなって尻すぼみになっていった。
「あはははは」
そんな二人の様子を見て楽しそうに笑うジン。
「「「ははっははっははは」」」
その笑いはヒギンズ達にも広がり、最後はザックやメリーも加わって全員で笑い続けた。
一頻り笑ったジンは、タイミングを見計らってグラスを掲げる。
「今日は酔っ払っても俺が面倒見るから安心してくれ。ザックの誓いに乾杯!」
「「「乾杯!」」」
そうして再び皆のグラスが掲げられ、楽しい時間もまた始まった。
ジンに言われたとおり今日は安心して酔ったザックだったが、不思議と悪癖の絡み酒は出なかった。ただ、仕返しのつもりなのか、懲りずにジンの女性関係については根掘り葉掘り聞こうとしたのはご愛嬌だろう。
勿論ジンもネタとして提供するのはやぶさかではないのだが、この世界ではやましい事をしていないジンなので提供できるのは女性の好みや好きな仕草などの軽いものしかない。後はかろうじてグレッグ達と行った女性がいるお店の話くらいだ。
しかし、それはそれで男達は盛り上がったし、耳を大きくして聞く女性も少なくとも三人はいたので問題はなかったようだ。
まあ、うち一名がジンをそんな店に連れて行った男達にどうやって釘を刺すか考えていたくらいだが、それも笑い話の範囲だろう。
こうして途中にジンの説教めいた話は入ったものの、ゲルドの供養とも言うべき宴は笑顔のままで終了した。
その後はザックも含めて面倒を見なければならないような人間は誰もいなかったので、その場で解散してジン達も宿へと戻って眠りにつくのだった。
次回こそリエンツの街に帰り着く予定です。
次回更新は15日を目安に若干前後するかもしれませんが、どうぞ宜しくお願いします。出来るだけ早めにお届け出来るよう頑張ります。
ありがとうございました。