故人を偲ぶ
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何とかゲルドを退けたジン達だったが、それはまさにギリギリの勝利だった。特にジンを初めとした前衛で戦った三人が受けたダメージは、決して軽いものではない。
ゲルドが所持していた大剣はかなりの業物だったようで、それと何十合も打ち合いをしたジンのグレイブも刃こぼれをおこしていた。また、ザック達『巨人の両腕』の面々もゲルドの強烈な攻撃を受けた鎧の損傷が酷く、このまま継続して依頼を行えるような状態ではなかった。
そういう事情もあり、ジン達は当初の予定を変更してザック達と共にトロンの街へとUターンする事にした。
幸い馬車を使えばトロンの街はそこまで遠くはなく、遅くとも夕方までには到着する見込みだ。
馬車には総勢九名が乗り込み、ゆっくりとしたペースでトロンの街を目指して進む。御者席にはダメージを受けていないアリア達が座り、周囲の警戒等を一手に引き受けてくれている。一方で、荷台にはジンと共に『巨人の両腕』のメンバーがその疲れた体を休めていた。
そしてもう一つ、ジン達と共に馬車の荷台に載せられているものがあった。
ゲルドの遺体だ。
ギルドにより指名手配されていたゲルドには賞金が掛けられている。今回はゲルドの所持品にあったギルドカードだけでも討伐証明としては充分で、わざわざ遺体を運ぶ必然性はない。
しかし、必要かそうではないかではなく、そうしたい、そうすべきだと感じたからジン達はゲルドの遺体を運んでいる。それはジンと『巨人の両腕』の面々に共通する気持ちだった。
「「「本当にありがとう(ございます)」」」
もう何度目になるかわからない礼を再び口にし、ザック達が頭を下げる。
それはジン達に命を救われたという事ももちろんだが、ゲルドの遺体をこうして運んでいる事や、彼が最後に浮かべた笑みに対する礼でもあった。
ゲルドの遺体はジンが何かの役に立つかと買い込んで『無限収納』に入れていた大きな布に包まれている。
その遺体を見つめるザック達の表情は深い悲しみを感じさせるものだ。それは殺されそうになってもなお残る、ゲルドへの敬愛の念の表れという事だろう。
勿論、だからと言って彼らにゲルドを倒したジンに対して含むところなどは無い。ジンがいなければ確実に自分達は殺されていた事も、ゲルドが変わってしまっていた事も骨身に染みて理解していた。
ゲルドを解放したのが自分達でない事に対しては不甲斐なさは感じていたものの、ザック達のジンに対する感情はただ感謝のみだった。
一方、礼を言われる立場のジンだったが、いつもと違って浮かべる笑顔には力が無い。ザック達を救えたという喜びはあれど、人を殺したという事実がジンの精神に負の影響を与えないはずも無かったのだ。
しかし、だからと言ってジンは後悔をしている訳ではなかった。全てがギリギリのあの状況では、そうしなければ死んでいたのは自分達だったという確信めいたものがあったからだ。例え時を戻せたとしても、ジンは同じ事を繰り返すだろう。懸かっているのはジンだけでなく、仲間全員の命だったのだから。
だがいくら後悔していないとはいっても、ジンが平気だという訳ではないのも事実なのだ。
「皆さんが知っているゲルドさんのお話を聞かせてもらえますか?」
ザック達の礼を受け入れて次にジンがそう尋ねたのは、興味本位でもなければ過去を思い出させてザック達を苦しませる為でもない。
故人を偲ぶというのも一つの供養だと思ったのと同時に、変わってしまう前のゲルドを知っておくのがその命を奪った自分の責任だとジンは感じたのだ。
「……ああ。聞いてくれ」
リーダーのヒギンズが代表して口を開く。
自らが殺した相手がどんな人物だったかを知る事など、普通に考えれば聞きたくも無い話のはずだ。それを自ら聞こうとするジンの姿勢は、彼らにとって決して不快なものではなかった。
「俺達がゲルドさん達と初めて会ったのは……」
そうして語られるゲルドの姿は、確かに尊敬に値する冒険者のものだった。
『巨人の両腕』のリーダーであるヒギンズとガストン、そしてザックは同じ村出身の所謂幼馴染だ。その彼らがトロンの街に来てメリーとアシュリーに出会い、パーティを組んだのが後の『巨人の両腕』の始まりだった。
まだパーティ名も定かでないその頃、若さゆえの根拠のない自信に満ち溢れた彼らが無謀な行動の末に全滅の危機にさらされたのは、悲しい事に少なくは無い話だ。しかし、普通なら全滅というその危機から救われた彼らは幸運だった。しかもその救い手がゲルドが率いる『怒りの巨人』だった事は、彼らにとってそれ以上に幸運な事だった。
Cランクになったばかりのゲルド達はザック達をただ助けただけでなく、その後しばらく彼らの面倒を見た。ゲルド達が何を思ってそうしたのかは不明だが、彼らがトロンの街を離れるまでずっとザック達の面倒を見続けたのは変わらない事実だ。
ゲルドの拳骨と共に叩きなおされたその日々は、彼らにとって厳しくもかけがえの無い日々だった。初心者講習さえ受けていなかった彼らは、そこで初めて冒険者の何たるかを学んだのだ。
そこで身に付けた様々なものが、今日のザック達の基礎となった。若くしてB級冒険者まで成長出来たのは、ゲルドを始めとした『怒りの巨人』のメンバーのおかげだと彼らは思っていた。
そうして話をしたのはヒギンズだけではなく、他のメンバーも補足したり各々の思い出を語ったりして会話に加わっていた。
初めの内はしんみりとした雰囲気だったが、徐々に彼らは笑顔で話すようになっていた。
「訓練や依頼の後は、毎回酒場で宴会だったな」
懐かしそうにガストンが口を開く。
「そうそう。あの頃はザックもお酒が得意じゃなくて、随分ゲルドさんに鍛えられたわよね」
メリーが悪戯っぽく笑って言う。
「まあな。そんでゲルドさんが無理に飲ませるなとジェシーさんに怒られてな」
「そんでいつの間にかいちゃつきだすから、やってられっかとロゴスさん達が『彼女欲しい』と騒ぎ出してたな」
ザックの返しにヒギンズが乗っかり、騒がしくも笑いが絶えなかったその光景を思い出す。
「ふふふっ。でもそれがいつものお約束で、本当に楽しかった……」
笑顔のアシュリーがそう話すが、最後に目元に浮かんだ涙を拭っている。
そんな楽しかった日々は、もう二度と帰って来ないのだ。
「ゲルドさん、ジェシーさん、ロゴスさん、ガロスさん、マイクさん、皆素晴らしい人達だった。俺達は彼らに憧れ、いつか追いつきたい、いつか恩を返したいと思って『怒りの巨人』にちなんでパーティ名を『巨人の両腕』にしたんだ」
彼らがゲルド達と過ごした時間は、期間にして一ヶ月もないくらいだ。
ザック達の成長を感じたゲルド達はそれからすぐに新天地に向けて出発し、以降は会う事はなかった。久しぶりの邂逅が、つい先程の戦闘だったという訳だ。
そうして全てを語ったザック達だったが、微笑は浮かべつつも再びしんみりとした空気になっていた。
彼らに話をしてくれたお礼を言ったジンは、続いて感じた事を素直に口に出した。
「もしかすると、ゲルドさんは皆さんに会いたかったのかもしれませんね」
「「「え?」」」
思わず問い返す声がいくつか重なる。
「皆さんのお話を聞いて、『怒りの巨人』と『巨人の両腕』が親密な関係だったと知る事が出来ました。そしてそれは別れた後も、皆さんがそうだったようにゲルドさん達も同じだったのではないでしょうか。だってゲルドさんは皆さんの名前をスラスラと言ってましたからね。ただ、会った結果がああでしたので、本人も無意識だったのだとは思います。だけど私には皆さんに会いに来る以外に、わざわざゲルドさんがトロンの街の近くまで来る理由は無いように思えます」
ジンはそこで一呼吸置くと、視線をゲルドの遺体へと落としてしみじみと呟いた。
「もしかしたらゲルドさんも戻りたかったのかもしれませんね。『怒りの巨人』と『巨人の両腕』の皆さんが、全員生きて笑い合っていた頃に」
「「「……っ」」」
そのジンの言葉が引き金となり、堪えきれなくなったザック達が涙をこぼす。
馬車の中に彼らの嗚咽の声が響いた。
そうしてしばらくの時が経ち、気持ちが落ち着いたところで再びヒギンズが話し始めた。
「すまなかったな。見苦しいところを見せた」
「とんでもありません。私こそ少し無神経だったかもしれません。申し訳ありませんでした」
悲しませるつもりはなかったので、反省していたジンが頭を下げる。
「いやいや、寧ろああ言ってもらえて嬉しかったんだよ。たとえ無意識でも、それが極僅かでも、昔のゲルドさんがまだ残っていたって事がね」
ヒギンズの言葉に他の面々も頷いて同意を示す。
ゲルドが盗賊に堕ちてからやった事は許される事ではない。指名手配されていたこともあり、ゲルドはいずれ何処かで命を落とした事だろう。
もう少しで殺されるところだったとは言え、無意識にでもゲルドが自分達に会いに来てくれたからこそ、最後にゲルドが解放される様を直接見る事が出来た。
ジン達に助けられて全員無事だからこそ言える事ではあるが、ゲルドの死に立ち会えた事は彼らにとっても救いだったのだ。
「それより、その敬語はなんとかならねえか? お前さんは俺達の命の恩人だし、はっきり言って俺達の誰より強い。なのに敬語で話されちゃあ、ちょっと具合がわるいぜ」
さっきまでの悲しい雰囲気はもうないが、それでも少し気まずさが残る空気を変えようとザックが話題を振った。
「確かに。俺達が若干年上なのかもしれんが、普通に話してくれ」
「だね。まさかそんなに若いのに同じBランクとは思わなかったけどね。同じランクなんだし、別に気を使う必要はないわよ?」
それにヒギンズやメリーも同意するが、その中には誤解も混じっていた。
まさかAランクとは思わないまでも、ゲルドとあれだけ渡り合っていたジンだからと、同じBランクだと思い込んでいたのだ。
「あ~っと。その、私はDランクなんですよ」
ジンは頭をかきつつ、ばつが悪そうに訂正した。
「「「「D!?」」」」
思わずハモる『巨人の両腕』の面々。
「正確に言うとCランク昇格試験中で、今はその帰りなんですけどね」
信じられない話にしばらく言葉が出ない状態だったが、リーダーのヒギンズがいち早く気を取り直す事に成功した。
「いや、たとえDランクでも敬語は無しで頼むよ。君が命の恩人である事実も、俺達より強いという事実も変わらないからね」
「ああ、だな」「そうだな」「ええ、けど本当にDランク?」「凄すぎます」
慌ててヒギンズに同意する他の面々だったが、まだショックを引きずっている者もいた。しかしそれは言葉だけの同意ではなく、Dランクだとしても対等な付き合いを彼らは求めていた。
此処まで言ってもらえるのならば、ジンも敬語にこだわるつもりも無かった。
「分かった。それでは改めて自己紹介させてもらうけど、俺の名前はジン。向こうにいる獣人の戦士がエルザ、エルフの神官がレイチェル、俺たち三人がDランクで昇格試験中だ。そして魔術師の彼女がアリアさんで、俺達の試験監督をしてくれているギルド職員だ。これからは同じ冒険者仲間という事で、敬語を使わずに普通に話させてもらう。よろしく」
「「「よろしく(お願いします)」」」
ジンの紹介にアリア達も振り返って頭を下げ、最後の台詞に合わせて全員で挨拶を交わした。
悲しみが完全に取り去られるはずもないが、それでも馬車の中が和やかな雰囲気に変わる。
「しっかし凄いよな。あんだけ前に出て戦えるのに魔法も使えるなんてな」
「そうそう、しかもあれって初めて見る魔法だったし、詠唱も省略してたわよね」
ザックが感心したように呟くと、反応したメリーも同意する。しかし、それは出来るだけジンにとって隠したい情報だった。
「その事だけど、出来れば今後俺についての情報は秘密にして欲しい。皆も理由は分かると思うけど、冒険者にとって己の情報は秘密にしておくべきものだからね」
今回ジンがゲルドに勝てたのは、ギリギリまで魔法の存在を隠し通して不意打ちしたからだ。もし今回の件が広まれば、ジンの特異性だけでなく情報面での優位性も一つ消えてしまう事になる。それはまだ目立ちたくないという意味からしても、ジンにとって避けたいところだった。
「すまん。確かにそうだな。この事は今後口外しない事をゲルドさんに誓おう」
真剣な表情になったザックがそう誓うと、「俺も誓う」「私も」と『巨人の両腕』のメンバー全員が秘密にする事を誓った。
ゲルドに誓われたその約束は、決して破られる事がないとジンに確信を抱かせた。
「ありがとう。それともう一つお願いなんだけど、今回の件はあくまで『巨人の両腕』がメインで、俺達は皆を手伝っただけという形にして欲しいんだ。俺達はまだCランクにもなっていないし、目立ちたくないんでね」
このジンの願いは『巨人の両腕』にしてみれば簡単に承諾できる話ではない。ジン達に助けられた身でそれを主張するのは、彼らにとっては羞恥心を激しく刺激される行為だ。
それから話がまとまるのに少々時間はかかったものの、せめて「ジン達がいなければ負けていた」程度の主張はする事で合意が得られた。もちろんそれでもザック達にとっては不本意だったが、命の恩人のたっての頼みという事で譲歩した形だ。
そうして他にもいくつかの決め事をしつつ馬車は走り続け、夕方になる前にトロンの街に無事到着する事が出来た。
今回は思っていたより話が長くなってしまいました。
リエンツの街に戻るまでもうあと少しの予定です。
次回更新は4日を目処に頑張ります。
ありがとうございました。