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第45話 優しい手

 光太郎side ―


 「なぁ中谷、広瀬」


 あの日、最悪な形で終わった悪魔討伐。拓也が家族と一緒に帰ってから俺と中谷もすぐに後に続いた。中谷の場合は制服が血で汚れ体操服での帰宅になった。次の日、当たり前なのだろうか、学校に拓也の姿は見えず、十分休みに中谷と話していると上野たちが話しかけてきた。


 「今日拓也休み?」

 「あ、うん」


 上野はそっかぁ。と呟き、隣にいた桜井は茶化しながら上野の肩を叩いた。



 45 優しい手



 「連絡しても返信こねーしさー。電話も出ねーし、なんでかなーって」

 「お前絶対さぁ、拒否られてんだって」

 「マジで!?着拒!?それって滅茶苦茶ショックじゃね!?」


 桜井は上野をからかって遊んでいる。上野もショックと言いながらも本気にしてはいないようでゲラゲラ笑っているが、俺と中谷は顔を見合せて俯いた。


 拓也は今日学校を休んだ。


 やっぱり昨日のことがショックで仕方がないんだろう。そうだよな……俺も人を殺したら、仕方ないとは言えパニックになると思う。でもそんな事情を知らない上野と桜井は着拒だーやらサボリだーやら騒いでいる。


 違う!そんなんじゃない!


 そう叫びたいが叫べない。だって本当のこと言っても信じてもらえないだろうし、言ってはいけないことだと分かっているから。拓也がこんなに苦しんでいるのに、何も知らない奴らにイライラする。

 俺達はサボりだなんやらで騒いでいる桜井たちを少しだけやるせない気持ちで見ていた。


 ***


 「松本さん」


 学校帰り、見舞いなのかな?拓也の家に向かっている途中で、玄関の前に立っている松本さんの姿を中谷が発見した。松本さんはインターホンの前に立っており、押そうとしているところだった。


 「あ、広瀬君に中谷君」

 「拓也の見舞い?」


 松本さんは「うん」と頷く。


 「今日学校いなかったでしょ?風邪でも引いちゃったのかなって」


 松本さんには話してないのか。

 拓也は松本さんに惚れてるからなぁ。こんなこと話したくなんてないだろう。


 「広瀬君達もお見舞い?」

 「あ、うん」

 「一緒だね」


 小さく笑った松本さんに対して中谷はバツが悪そうに頭を掻いた

 インターホンを鳴らしてすぐに拓也のおばさんが出てくれた。


 『はい』

 「あ、おばさん?澪です」

 『……澪ちゃん』


 なんかおばさんの声、少し疲れてる感じがする。


 「拓也、今日学校休んでて……大丈夫ですか?」

 『ありがとう。でもあの子、今少し気分が悪いみたいだからごめんなさいね』

 「そう、ですか……」


 松本さんが落ち込んだ声を出す。

 俺はそのインターホンに思い切って声を出した。


 「あの!俺、広瀬です。学校のプリント持ってきたんですけど」

 『そうなの?ありがとう。ちょっと待っててね』


 しばらくすると、おばさんが玄関から出てきた。中谷が鞄からファイルに入ったプリントをおばさんに渡す。


 「わざわざ有難う」

 「拓也は大丈夫なんですか?」

 「うん、まだ時間はかかるけど、きっと大丈夫だから」

 「どうしても会えないんですか?俺、あいつに謝りたいんです」

 「どうして?広瀬君は関係ないでしょう?」


 確かに関係はないかもしれないけど、肝心な時に何もできなかった。おばさんがこれ以上聞いてくるなという空気を出して、会話を終了させる。松本さんは話しについて行けないのか首をかしげている。


 「だって……」

 「もういいから、ね?あの子のことはそっとしておいてあげて。中谷君、制服ごめんなさいね。弁償するからサイズを教えてもらっていいかしら?」

 「あ、いいっす。俺兄貴も同じ高校の卒業生で、昨日のも兄貴の制服なんで。まだ家に3着あるからそんな心配いらないっす!」

 「でも悪いわ。ごめんなさいね、折り返しまた連絡するわね」


 家の中から物音が聞こえ、おばさんが家の中に戻ろうとした瞬間、顔を歪めた。そこに拓也が立っていたから。

 おばさんは拓也に走り寄り、部屋に戻そうと肩を押す。


 「何してるの?部屋で寝てなさい。疲れてるんでしょ?」

 「ストラス迎えに行くんだ」

 「拓也、なに言ってるの?迎えに行く必要ないでしょ。ストラスのせいで貴方はあんな目に……」

 「あんな目?どういうこと?」


 松本さんに問いかけられて、俺は言葉を濁した。

 でも拓也は聞く耳を持たない。


 「ダメだ。ストラスは俺の相棒なんだから、迎えに行かないと」

 「拓也お願い、ここに居て。もうあんな目に遭わせたくないの。拓也の気持ち、お母さんすごくわかる」

 「分かる訳ないじゃん。肉が切れる感触は?噴き出る血の生ぬるさは?血で体がべたべたになる感じは?血が腐った臭いは?本当に全部わかんの?」


 答えられないおばさんの手を拓也がどかす。


 「どうにかなりそうだ。理解してくれる人が欲しい。俺の全てを分かってくれる人が……ストラス達しかいないんだ」


 その中に、俺と中谷は入れてくれないんだろうか ―


 拓也は靴を履いて無言で俺たちの横を通り過ぎる。後ろ姿は酷く震えているように感じて、思わず目をそらしてしまった。


 「拓也……!」


 松本さんが思わずその腕を掴むが、拓也は松本さんの手を払いのけた。


 「触んな」

 

 俺達はみんな呆然とする。拓也が松本さんにあんなこと言うなんて!

 俺達はそのまま拓也が消えるまで動くことができなかった。


 「どういうこと?ねぇ、血が噴き出るって何?また誰かが死んだの?」


 松本さんは答えを欲している。

 拓也があんなことになっている原因知りたがっている。


 「ギリシャで何があったの?隠さないで教えて」


 拓也が言わないことを俺たちが言えるわけない。しかも、あんな内容を。拓也は松本さんに知られたくないから言わないんだから。それにここには拓也のおばさんもいる。事実を確認するような話をして傷を抉る様な真似はしたくない。

 でも松本さんも心配なんだろう。食い下がって引こうとしない。


 「話してよ。拓也がおかしい原因はギリシャで何かあったからなんでしょ?どうして教えてくれないの?」


 おばさんの目にも涙がたまり始めている。

 中谷も下唇を噛んで悔しそうに下を向いた。


 「拓也が人を殺したのよ……」


 松本さんの目が見開かれる。池上のおばさんは泣きながら緊張をほぐすように笑った。


 「嘘みたいでしょう?でも本当。昨日は髪の毛も顔も制服も全部真っ赤に染まってた」


 松本さんは俺たちに振り返る。その目が否定してほしいと訴えているけど、全部本当なんだ。


 「拓也が人を殺したなんて嘘だよね?だって拓也はあんなに優しいんだよ?」

 「本当だよ。あいつはギリシャで悪魔と契約してた人間を殺した」


 俺の言葉に松本さんの腕がだらんと垂れる。

 そしてカタカタと震えだす。


 「でもあいつは最後まで説得しようとしてたみたいなんだ。でも相手はそれでも池上を殺そうとした。仕方なかったんだよ……」

 「ヴォラク君達は?何してたの?」

 「俺と中谷は昨日ギリシャに行けなかった。だから俺達と契約してるシトリーとヴォラクも契約者以外の奴とは行動を共にできないって、ギリシャに行かなかったんだ」

 「パイモンさんは?あの人は強いんでしょう?」

 「あいつはついて行った。でも悪魔が拓也と契約者を結界に閉じ込めたらしい。パイモンは悪魔を倒して結界を壊さなきゃいけなかったらしくて、手が出せなかったんだよ」

 「そんなことって……」


 松本さんは走り出す。まさか池上のとこに行く気なのか!?

 行ったところで何もできない。あの場にいなかった俺たちには気休めしか言えない。それなのに行こうとしたら駄目だ!


 「行ったって何もできないんだ!傷に塩を塗るだけだ!」

 「拓也はあたし達には分からないって言った。あたしはわかりたいし、拓也を1人にしたくないの」


 無理だよ。あの拓也を救えるのは俺達じゃない。俺達からの言葉の何が拓也を変えられる?昨日、俺たちは普通の生活をしてたんだ。拓也が契約者を殺してしまった時、普通に飯食って勉強して、部活とかをしてたんだ。拓也を助けたいって……助けられなかったんだよ。


 「松本さん、馬鹿は幸せになれないんだよ……上辺だけしか協力できない松本さんに励まされたって……苦しいだけだろ。なんで拓也のこと分かってやれないんだよ。知られたくなかったから言わなかったんだろ!?俺達はあの場所にいなかったんだ。そんな俺達があいつになにをしてやれるんだよ!?」


 俺の言葉に松本さんの目から涙がこぼれおちる。泣きたいのは俺だって同じだ、だけど……どうすることもできないじゃないか。中谷も俯いて唇をかんでいる。


 「馬鹿でもいい、幸せになれなくてもいい!あんな拓也を一人にするなんてできない」


 松本さんはそう言って池上の後を追いかけて行った。


 「広瀬、俺達にできることしよう。池上を一人にさせないように。俺、もっともっと強くなるから。池上もお前も守れるくらい、あいつに頼りにされるくらい強くなるから」


 中谷が泣きながら笑う。俺も、強くなるよ。頑張って、拓也のこと全部わかってやれるように。

 目元をぬぐって俺も頷く。拓也は松本さんに任せよう。俺達にできることを一つずつやっていこう。


 俺達はおばさんに頭を下げて、それぞれの帰路についた。


 ***


 拓也side ―


 俺はマンションのインターホンを鳴らす。

 

 『拓也?』

 「開けろよ」


 セーレは慌てて鍵を開けてくれたのを確認して、エレベーターで10階まであがって部屋に入った。


 「拓也、どうして……」

 「ストラス迎えにきた」


 俺はどんどん進んでいく。パイモンもヴォラクもシトリーも驚いた顔をしている。そんな中、ストラスだけが怯えたような目で俺を見てくる。なんでお前が怯えてんだよ、怯えるのはこっちだろ。


 「帰ろうストラス」

 『しかし私は……』

 「俺はお前の契約者だろ。俺がこんな目に遭って後悔してもう近寄らないっつーのは間違いだ。最後まで俺と一緒にいろ。全部ちゃんと終わらせることで償え」


 ストラスは俺の肩に飛び乗る。


 『平気なのですか?私が……』

 「きっとお前がいなきゃ耐えられない。お前らしかわかってくれないから」

 『そうですか……』


 ストラスは大人しく頷いた。

 パイモンたちも俺の前に来て、それぞれが頭を下げる。謝る必要なんてないのに、確かに最悪の結果だったけど、皆俺を守ろうとしてくれた。


 「主、申し訳ありません。我らの不注意が原因でこのようなことに……」

 「もういいよ。お前らも精いっぱいだったんだし、気にしてないって言えば嘘になる。守ってくれて有難う」


 俺はできる限りの笑顔をあいつ等に向けた。

 その時インターホンが鳴り、セーレが画面を覗き込んだ。


 「澪?」

 『拓也いますか?鍵を開けてください!』


 セーレは俺に振り返る。


 「俺も話したい。さっきは当たっちゃったから」


 俺の返事を聞いてセーレは解錠ボタンを押した。

 少しして玄関が開き、澪は走ってリビングまで向かってきた。


 「拓也、話は聞いたの。あたしきっと励ませない。上手いことも言えない。でもあたし拓也の味方でいたいの!拓也に笑っててほしいの!」

 「澪……」


 澪は俺に手を伸ばす。


 「帰ろう拓也、みんな待ってる。あたしこんなことしかできないけど、手を繋ぐくらいならできるよ」


 澪の手は綺麗だ。それに引き換え俺の手は血で汚れた。

 ためらっていると、シトリーが背中を押す。


 「お前さ、俺たちの手汚れてると思うか?」

 「え?」

 「俺達はお前より遥かに人を殺したし傷つけた。でもお前は俺たちに平気で手をのばした。確かに俺たちが人を殺す現場を見てないからかもしれないけど、お前は俺たちに手を伸ばした時、俺たちの手に何を思った?」


 何を思った?何も思わなかった。汚いなんて全く思わなかった。

 俺は目を見開いた。

 シトリーはそれを見て、少し満足そうに笑った。


 「おんなじだよ。澪ちゃんはな〜んにも考えてねーよ」

 「それあたしが馬鹿みたいじゃないですか!」

 「ごめんごめんっ!そんなつもりはないんだけどさ!でも拓也、そうなんだよ。中谷も光太郎もお前の手が汚れてるなんて微塵も思ってないんだよ。お前はいつでも帰れるんだ」


 シトリーの言葉に背を押されて、澪の手を恐る恐る掴む。あったかい手。そんな俺を見て、澪は嬉しそうに微笑んだ。

 あ、やばい泣きそう。

 そう思った瞬間、俺の目からは涙があふれ出した。澪が心配そうに俺の顔を覗き込む。


 「感動してんだろ」

 「そーだよ。悪いかこのヤロー!だってお前ら優しいんだもん!こうやって手のばしてくれて、軽蔑しないでくれて……!」

 「そんなの当たり前じゃん。拓也がそんな人じゃないのは皆がわかってるんだから」

 「うあああぁぁああ!」


 俺かっこわりぃ。

 その言葉が嬉しくってまた大声で泣いてしまった。

 澪も俺につられて泣いて散々だったけど、でも嬉しかった。嬉しかったんだ。


 ***


 「母さんになんて謝ろう。俺を心配してくれてただけなのに」

 「いつも通りの拓也のままでいてくれたらきっとそれだけでいいと思う」

 『それならば私の方が気まずいですよ』


 帰り道、母さんになんて謝ればいいかをストラスと考える。

 きっと許してはくれると思う。でも当たり散らした俺は最低だ。

 胸のつっかえはまだ取れる訳もなく、しこりの様に俺の心の中に存在する。


 絶対に忘れない。


 あの子の痛みを、自分のしてしまったことも。

 だからもう絶対にあの子みたいな人は出したくない。俺に手を差し伸べてくれた皆を守るためにも。


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