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03 学園へ

 王都への乗合馬車の旅、2日目の夜。

 アデル達は街道脇の草原で野宿していた。

 金持ちの旅行ではないのだ。乗合馬車で移動する者は、ただ寝るだけのために宿賃を払うようなことはしない。

 乗客の男性陣は紳士揃いであったのか、馬車は女性達に提供し、自分達は草むらに寝転がって寝るつもりのようであった。

 アデルも馬車の中で寝るようにと言われたが、狭い馬車で雑魚寝するのは気が進まず、外で寝ると言って馬車から降りていた。

 寝相の悪い者やいびきの酷い者でもいたら堪らない。


(あ、そういえば、試験があるんだった……)

 アデルは、父親に言われたことを思い出した。


 本来、平民が学園にはいるには試験に合格することが必要である。貴族は無試験で構わないのだが。

 今回、アデルは家名を名乗ることは許されていないため、本来ならば試験を受けなければならなかったが、アデルを試験のために王都に行かせることを面倒がったのか、お金を惜しんだのかは知らないが、父親は学園長に対して『貴族の娘だから無試験で入れろ。但し、貴族であることも家名も秘密にし、平民の子供として扱え』との無茶な要求をして、これを無理矢理通したのであった。もしかすると、アデルが不合格になって家から追い出す理由が無くなると困る、と考えたのかも知れなかった。


 とにかく、そういうわけで、平民という触れ込みなのに試験を受けていないアデルは、同じく無試験で入学する貴族達と一緒に入学前に試験を受けることになっている。

 勿論それは入学試験ではなく、クラス分けのための実力測定に過ぎないが。

 貴族と一緒に試験を受けたら、自分の微妙な立場が丸分かりではないか。アデルはそう思うのだが、大人達はそのあたりは気にしないのであろうか。


 色々と考えても仕方ないので、アデルはとりあえず魔法の練習をしておくことにした。


 魔法。

 心躍る言葉であった。

 友達がいなかった海里にとって、魔法とは小学生の時に観たアニメと、中学、高校の時に勉強の息抜きにとほんの少しやっていたゲームに出てくるものであった。それが、この世界には実際にあり、自分にも使える! 何と心が躍る響きだろうか、『魔法』!


 ……だが、分かっている。

 確かに、昔アニメで見たような魔法が使える者達もいる。宮廷魔術師とか、魔法師団の団員とか、魔術師ギルドやハンターギルドに所属する魔術師とか…。

 しかし、今の自分はただの10歳児。アデルの記憶によると、自分の魔法は魔術師としては人並みであり、訓練前の幼女の『人並み』というのは、つまり、とてもショボい、ということだ。

 焚き火に点火できる程度の火が出せ、洗面器1杯分くらいの水が出せる。

 いや、それでも充分凄い。なにしろ、旅において水の心配がないということは、荷物の大幅な軽減になるのである。魔法が使えない者の方が遥かに多い中で、文句を言っては罰が当たる。この点だけは、平均より少し上の能力に思えるが、アデルはあの神様に文句を言うつもりはない。

 もしかすると、『魔法が使えない者』と『すごい魔法が使える者』の平均値として、『少し魔法が使える』という能力になったのかも知れない、という考えもあった。




 この世界の魔法には、火魔法とか水魔法とかの名称的なジャンル分けはあるが、魔術師の系統としての火系統の魔術師、水系統の魔術師、というような区分はない。

 火の精霊とか水の精霊とかが司っているわけではないので、当たり前である。


 魔法は全て、同一タイプであるナノマシンによって引き起こされる。

 そのため、ナノマシンに自分の意志を注ぎ込み、その意志の通りに現象を起こせるかどうかが全てである。

 意志を思念波として放射出来るかどうか。それがナノマシンが受信し認識できるものかどうか。意志の内容が実現可能なものかどうか。希望する現象に対するイメージが決まっているかどうか。そして、禁則事項に抵触していないかどうか。


 だから魔法の種類により習得の可否が分かれるわけではないが、得手不得手は存在する。それは、術者のイメージの問題である。砂漠の民には大量の水や氷のイメージが湧きにくいのは当たり前であろう。

 しかし一般的には、すごい魔術師は、だいたい全ての魔法において凄かった。ショボい魔術師も、また同じ。




 魔法の行使はアデルとしての記憶にあるだけで、自分の記憶が戻ってからはまだ一度も使っていない。一度試しておいた方が良いだろう。

 そう考えたアデルは、水を出してみることにした。

 夜に火とかを使うと目立つし、万一のことがあるといけない。その点、水ならば安心である。ついでに、身体を拭けるから丁度良い。このルートは川から離れているため、水は飲料水として積んでいる分しか無いのだ。

 ならばアデルが皆のために出してやれば良いのだが、人との付き合いが少なかったため、アデルとしても、海里としても、それには思い至らなかった。


 アデルは馬車から持って降りていたバッグからタオルを取り出すと、少し離れた木陰へと移動した。そのあたりは、馬車が駐めてある方向とは逆方向へと少し急な下り坂になっていた。


 アデルは、記憶が戻る前の自分が魔法を使った時のことを思い出し、掌を差し出して呪文を唱えた。

『水よ集え、我が許へ! 水球生成!』

(ナノマシンさん、よろしくね!)


どっぱあぁぁぁ~ん!


「ぎゃああぁ~!!」




 下り坂の遥か下まで流されたアデルが、何事かと飛んで来た馬車の乗客達に発見されたのは、しばらく経ってからの事であった。




(おかしい。どうしてあんな大量の水が……)

 乗客達にこってり絞られた後に下着を替え、年上の女性が貸してくれたぶかぶかの服を着てようやく人心地がついたアデルは考え込んでいた。

(確かに、呪文は間違えていない。と言うか、呪文を間違えてあんな水量が出せるなら、それは間違いではなく、より強力な新しい魔法の誕生だろう…。

 ならば、魔力量が多かった? 記憶が戻ったから、魔力量が上がった?

 ありそうだけど、私の魔力量は『平均値』のはず。いくら記憶が戻る前の私が屋敷からあまり出たことがなかったとは言え、本も読んでいたし勉強もしていた。その私の常識から考えて、この世界の平均的な10歳児があんな量の水を出せる程の魔力量であるはずがない。たとえ、万一また『中央値』とか『最頻値』とかと間違えられていたとしても……) 


 まずい、とアデルは思った。

 明日は王都に、そして学園に到着する。もう練習する時間はない。

 と言うか、今度やらかしたら他の乗客に怒られる。

 あとは思索により原因を究明し、ぶっつけ本番で行くしかなかった。




 翌日の昼過ぎ、乗合馬車は無事王都に到着し、アデルは荷物を持って学園へと向かった。荷物と言っても、バッグ1つ。軽いものであった。

 プリシーが通う予定のアードレイ学園は王城に近い場所、つまり王都の中央部にあるが、アデルが行くエクランド学園は、王都外壁の北門近く、つまり王都の端っこにある。王都の正門とされるのは南門なので、裏側の端っこである。両校の立場の違いが如実に表れている。


 乗合馬車の終着駅である中央広場からかなり歩いてようやくエクランド学園に到着したアデルは、入学許可証を示して門を通り、門番のおじさんに教えて貰った女子寮へと向かった。

 お世話になるのは、優しい寮母さんか厳しい寮監様か。それによって3年間の運命が決まる。



 ……寮監様であった。

 眼鏡をかけた、キツそうな眼の初老の女性。

 アデルが挨拶すると、ギロリと睨め付けた後、部屋の鍵を渡してくれた。


「荷物はそれだけですか」

「は、はい、そうですけど……」 

「中身は?」

「替えの下着と洗面具、筆記具です」

「それだけ?」

「はい」

「そう……」


 寮監様はしばらく考えた後、言葉を続けた。

「もし週末に仕事がしたければ、私のところに言いに来なさい」


 もしかすると、割と良い人なのかも知れないな。

 そう思いながら、ぺこりと頭を下げ、アデルは与えられた自分の部屋へと向かった。



 自室。

 4畳分ほどの広さだろうか。その2畳弱くらいのスペースをベッドが占め、残りを机と椅子、そしてクローゼットが占め、それで満杯。

 10~13歳児の寮なのだからこんなものか、個室であるだけありがたい、と、アデルとしては満足できる部屋であった。少なくとも、あのまま実家で暮らすよりはずっと住み心地が良いであろう。


 荷物整理は40秒で終わった。

 洗面具をクローゼットの上に置き、替えの下着を入れ、筆記具を机の上に置いただけで完了したので。

 多分、40秒で支度しな、と言われても余裕で間に合うだろう。


 入学式は4日後である。

 明後日は貴族組と共に実力検査、3日後は制服や教材の配布、入学式の説明等がある。自由なのは明日だけであった。

 アデルはベッドの上にごろりと横になり、思索にふける。

 さて、あの水魔法の原因は何であろうか、と………。


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