26 実技訓練
槍士、弓士と模擬戦は進み、最後の魔術師の番となった。
弓士と魔術師の実技は、今回は模擬戦とは言え対抗形式ではなく、的に向けて放ち発動速度、飛翔速度、命中精度、威力等を比較するだけである。
生身に当たればただでは済まないのであるから、当たり前であった。
順番に、次々と放たれる攻撃魔法。
火球、水球、火矢、氷矢、石矢、業火、炎爆……。
大きさ、速さ、威力は様々であるが、さすがにエクランド学園とは比較にもならない。そもそもあそこには攻撃魔法を撃てる者自体がほとんどいなかった。
そして驚いたのは、レーナの攻撃魔法であった。
「燃え盛れ、地獄の業火! 骨まで焼き尽くせ!」
迸る紅蓮の炎。渦巻くその炎は、的を巻き込み焼き尽くした。
「凄い……」
マイルの呟きに、得意そうな顔を向けるレーナ。
(これが、『赤のレーナ』の由来か……。
でも、あまり魔力が強いようにも見えないし、特別イメージ力が優れているようでもないけど……)
マイルは、なぜかある程度の魔力を感知することができたが、その理由を考えるのはやめておいた。疲れるだけのような気がしたので。
賢明であった。
『それは、情念が強いからです』
「ひっ!」
耳元で突然囁かれ、思わず声をあげたマイルを何人かの同期生が怪訝そうな顔で見たが、マイルが何でもない風を装うと、また魔法を使う同期生の方に向き直った。
(お、驚かさないでよ!)
『済みません。情報の提供をお求めのようでしたので』
(ただの考え事よ! でもまぁ、せっかくだから聞いておこうかな。
情念って、どういうこと?)
『はい、我々ナノマシンは、受信感度や選択度をランダムで設定しております。これにより、思念波の到達範囲内でも、その思念の明瞭度により反応するナノマシンの数が変わり、更にそのイメージの明確さで作業効率が変わり、魔法の結果の差となって表れます。
しかし、時たま、強度も明瞭度もイメージも他の者とさほど変わらないのに強力な魔法を行使する者が現れます。それを我々は「情念が強い」と呼んでおり、何と言いますか、思念波がどろどろと煮えたぎっていると言いますか、かなり感度を低く設定したナノマシンでも反応してしまうのです』
(ふぅん……)
何か、分かったのか分からないのか分からない説明に、マイルは適当な相づちを打って思考と鼓膜振動による会話を終わらせた。そろそろ自分の番である。
(今までの様子だと、多少強めにしても大丈夫かな。
同期生の間で5位の成績を取るためには、人数比から考えて、魔術師の中で2位を取ればいいかな。なら、レーナより少し弱くすればいいわけだ……)
そう考え、マイルはレーナと同じ魔法を、威力を8割くらいにして使った。
「燃え盛れ、地獄の業火! 骨まで焼き尽くせ!」
そしてレーナの時と同じく、紅蓮の炎が渦巻き、的を巻き込み焼き尽くした。
「なっ………」
他の者は、マイルが放ったレーナに続く威力の魔法に普通に驚嘆していたが、収納を使えるのだから他の魔法も強力であって当たり前かと納得していた。
しかし、ひとりだけ納得していない者がいた。
「マイル、あとで聞きたいことがあるわ」
レーナに凄い眼で睨まれたマイルは、ビビった。
「な、何で………」
マイルのあとは数人で攻撃魔法が終わり、あとは支援魔法。
治癒魔法は、誰かに怪我をさせるわけには行かず、今回は見送りに。
治癒魔法だけしか使えない者はおらず、他の魔法で腕を見せることができたので問題はなかった。
実技訓練が終わり、本日はグラウンドでの現場解散となった。
マイルは、何やら不穏な雰囲気のレーナを避けて、他の者の陰に隠れるようにこそこそと食堂の方へと歩いていた。
「マイルさん!」
「ひぇっ!」
いきなり後ろから肩を叩かれたマイルは、ビクビクしていたこともあり、びっくりして声をあげた。
「あ、ごめん……」
マイルが振り返ると、そこに立っていたのは、先程の剣技の模擬試合でマイルの2戦目の相手であった男子学生であった。
「驚かせてごめん。それと、さっきの模擬戦も、ごめんね。
実はあれ、教官の命令で、仕方なく……。
でも、いくら教官の指示とは言え、防具のないところばかり狙ったのは本当に悪かった。ごめん!」
「え? あ、いや、別に構いませんよ! 戦いなんだから弱そうなところを狙うのは当たり前だし、教官の命令なら仕方ないじゃないですか」
「そう言ってくれると助かるよ。じゃ!」
そう言って去って行く男子に、マイルは感心していた。
「う~ん、やっぱり、大人は違うなぁ……」
「マイルちゃん、さっきはごめんね!」
マイルが再び食堂に向かって歩き始めると、また男子から声を掛けられた。
振り向くと、さっきの模擬戦の1戦目の相手であった。
「痛かった? ごめんね。
それでさ、夕食後に、さっきの模擬戦の反省会をしない? 俺から色々とアドバイスしてあげられる事もあるからさ!」
にやけた顔に、膨らんだ鼻の穴。
なんだか魂胆が丸分かりで、うんざりするマイル。
「すみません。夕食のあとは、パーティで会議をするので……。
それに、私は魔術師で、剣士じゃありませんから、剣技に欠点が多いのは当たり前です。
あくまでも咄嗟の護身用に過ぎない剣技を磨く時間があれば、その分を本職の魔術師としての訓練に廻した方が良いと思いますし……」
「あ、え、その……」
「では、失礼しますね」
相手が適切な切り返しを思い付く前に、マイルはさっさと歩き出した。かなりの早足で。
15歳以上の大人でも、やはりダメな男はいるようである。
食堂では、いつものように同室の、と言うか、パーティの4人で一緒に夕食を摂った。マイルは恐る恐る様子を窺ったが、レーナは気にした風もなく普通に食事をしており、ひと安心であった。
だが、みんなで部屋へと戻った途端。
「第2回、パーティ会議!」
突然、大声で叫ぶレーナ。
「マイル! 何よあれは!」
「え、何って、何が?」
「とぼけないで! あんたが使った、あの魔法よ!
あれはどういうことなの!」
レーナの剣幕に、怯むマイル。
そして、黙って経過を見守るメーヴィスとポーリン。
「え、レーナが使ったのと同じ、普通の火魔法だけど……」
「そう。私と同じ、ね。『赤のレーナ』の十八番、オリジナル魔法『赤い炎獄』をそっくりそのまま再現しておいて、『普通の火魔法』ねぇ……」
「ええっっっ!」
それから延々と問い詰められて、マイルはとうとう白状させられてしまった。
勿論、本当のことを全て喋った訳ではなく、マイルが咄嗟に考えたカバーストーリィを、である。
「それで、あんたの才能を狙った大臣が魔王の手先と手を組んで、あんたは王子様の手引きで無事脱出に成功した、と……」
「はい! あの時は、死ぬかと思いました!」
「誰が信じるか、ボケがああぁぁぁ~っっ!!」
「え、どうしてバレたの……」
「その小説は、私も読んだわよっ!」
「あぁ!」
ぽん、と手を打って納得するマイルであった。
再び締め上げられて、白状するマイル。
「じゃあ、あんたは収納以外の魔法も色々とできて、魔力も大きくて、みんなから特別扱いされるのが嫌で堪らなかった、と。
そして、家の後継者問題で殺されそうになって逃げた、ってこと?」
「はい……」
色々と混ざってはいるが、各要素のひとつひとつは本当のことであり、説得力はあった。少なくとも、先程のロマンティック大活劇よりは。
「まぁ、分からなくはないわよ。ここに来た者の多くは、大なり小なり、その優れた才能を狙った者に利用されたり売られかけたりした経験があるからね。
ここは、そういった者達を保護するという意味合いも持っているのよ」
苦々しそうな顔でそう言うと、レーナはようやくマイルの襟首を掴んでいた手を離してくれた。
「ところでマイル、食堂に行く途中で話していた男、あれは何だったのかな?」
「何いっ!」
メーヴィスの言葉に、せっかく離されたばかりのレーナの手が再びマイルの襟首を掴んで締め上げた。
「ぎ、ギブギブ! し、締まってるぅ………」
ふたりの男子との会話を詳細に説明して、ようやくのことで再び解放されたマイル。
「まぁ、そういう事なら仕方ないわね。
でも、最初の男は要注意ね。メーヴィス、今度その男がマイルに近付いたら、阻止して頂戴!」
「あ、ああ、善処するよ……」
苦笑しながらも了承したメーヴィスは、ふと気になった事をマイルに訊ねた。
「でも、どうして教官はわざわざそんな事を? マイルは魔術師志望なのに……」
「さぁ……」
頭を捻るマイルに、メーヴィスは何気なく訊ねた。
「そういえば、マイル、どうして2戦とも、最後の一撃だけ防がなかったんだ? 特に2戦目は、それまでの速い攻撃を全部とめておきながら、最後のわざと遅く振った一撃だけまともに喰らったのはどうしてだ? フェイントか何かに引っ掛かったのか?」
「………え?」
「いや、明らかに、最後の一撃は遅くて弱い攻撃だっただろう?」
『教官の命令で』
『防具のないところばかり狙った』
『わざと遅く振った一撃』
「………やられた!」
「ど、どうしたのよ、いったい!」
教官に実力を試され、わざと負けていることも確認された。
そう知って崩れ落ちたマイルは、再びレーナに根掘り葉掘り問い詰められて、剣技もかなりできることを吐かされてしまった。
まぁ、教官にバレた時点で、みんなにバレるのはもう時間の問題であった。
それならば、仲間には先に自分から話しておいた方がいい。
そう思ったマイルは、剣技のことも吐いてしまったことに後悔はなかった。
(『仲間』か………)
そしてそこには、色々と秘密を吐かされたのににやにやしているマイルを怪訝そうな顔で見詰める、3人のマイルの『仲間達』の姿があった。