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サツキとダンの新しい世界  作者: 手絞り薬味
続・サツキとダンの新しい世界
70/101

続ー10ダン編      歓迎会

 照りつける太陽、乾いた風。まばらに生える丸く大きな植物――。


 トーラから一歩踏み出しただけで、世界は変わった。初体験の砂埃に早くも辟易する。それでもなんとか日が落ちる前に、街に着くことが出来た。

 途中何度か小さな邪獣に襲われるが、俺が斬るまでもなくチャマが鋭い爪で切り裂いてくれたのでとても楽だった。うむ、優秀なチャマだ。

 街ははっきり言って小汚い。そして驚くことに、端から端まで歩いても、おそらく十分もかからないほどの大きさしかなかった。これは予想外の小ささだ。

 レンガや木で出来た煤けた建物と、ゴミと人が転がる道。酷い異臭に眉を寄せながら見回すと、それでも宿屋や店などは一通り揃っているようだった。

 チャマを連れて歩くと、周りの視線が俺に集中する。そしてそれは友好的とは言い難いものが多い。新参者への荒い歓迎が待っているか……。

 警戒した方がよいかと思った時、スッと一人の女が寄ってきた。長いクリーム色の髪が美しく、顔も美人の分類に入るだろう。無論サツキの可愛らしさの足下にも及ばないが。

 女は、豊満な胸と尻をギリギリまで露出した服を着ている。髪の色と太股の刺青から察するに『ヒッジ人』か。そう思いながら見ていると、女は俺の右腕に馴れ馴れしく触った。


「ねえ、お兄さん、もしかしてタアズに来たばかり?」


 流暢なトーラ語だな。勿論、サツキの片言の方が可愛いが。

「あれ? トーラ人じゃなかったかな?」

 首を傾げる女に、俺は答えた。

「いや、トーラから来たばかりだ」

 女がパッと笑顔になる。

「やっぱり!」

「トーラ語が上手いな」

「あら、ありがとう。この街はトーラから近いから、トーラ語を話せる者が多いわよ」

「そうなのか?」

 それは都合がいい。俺はあまり他国の言葉が得意ではないからな。

「あーあ。そんな初心者丸出しな感じじゃ危ないわ。ね、色々教えてあげるから一緒に来て」

 女が俺の手を引く。教えてくれるのか? それはありがたい。街に来て早々、親切な女に出会ったな。

「ねえ、早く」

 女が俺の腕に胸を押し付けた。

 うむ、ニナより一回り小さいな。だがサツキのおよそ七倍はある。

「なあに、そんなにじっとみて。うふふ。早く、こっちよ」

 女は俺の手を引いて裏通りへ行き、小屋のような建物の中へと入った。

 そこは女の住処なのか、一人用のベッドと小さなテーブルセットが置いてあり、女はベッドまで俺を連れて行くと、首に腕を絡めてきた。


「…………」


 これはもしかして、そういう誘いか?

 しまった。なんということだ。サツキと出会う前ならいざ知らず、今はそういう関係に興味はない。俺は女の腕を引き剥がす。

「悪いが間に合っている。他を当たってくれ」

 そう告げると、女は驚いた顔をして、帰ろうとする俺の腕を掴んだ。

「え? ちょっと待って! 何よ、ここまで来て――」

 うーむ、しつこい。

「俺は、妻より劣る女に興味はない。もっとも俺の妻は新世界で一番可愛いので勝てる女など存在しないが」

「な……!」

 女は真っ赤になって、歩き去る俺に下品な言葉を浴びせてきた。

 うるさい女から早足で遠ざかり、もとの道に戻る。そのまま真っ直ぐ歩いて行くと、前方に宿屋らしき建物が見えた。

「今夜の宿はあそこにするか……」

 俺は呟いて建物まで行き、入り口の扉を開けた。

 一階は酒場になっているようだ。絵に描いたような、ならず者達の視線が集まる。

 俺がそのまま中へ入ろうとすると、奥から宿屋の主人らしき人物が現れて俺に言った。


「お客さん、立派なチャマだね。だが中に入れられたら困るよ。裏に獣小屋があるから、チャマはそっちに置いてきてくれ」


 うむ、確かにそうだな。チャマを連れて宿屋の裏へと行く。しかしそこは――。

「これは駄目だ」

 信じられないほどボロボロで、汚かった。

 うーむ、さすがに王子のチャマをこんなところに置いておくのは気が引ける。いくらか多めに払ってチャマも部屋に入れさせてもらうか。

 そう考えて宿屋の中に戻ると、主人が片眉を上げた。

「お客さん。チャマは駄目だって言わなかったかい?」

 それは分かっている。俺は財布を取り出した。

「二人分払うから、一緒に泊めてくれ」

「ああ、そうかい。じゃあ二人分でこれだけだ」

 主人が指を二本立てる。

 これは……いくらだ? 取り敢えず二万ニャオを出してみた。

「おやおや。お客さん、『ニャオ』なんてトーラの金は、タアズでは使えないよ」

 ニャオは使えないのか。

「両替所は何処にある?」

「両替? 獣石は持ってないのかい?」

「獣石?」

 ああ、邪獣を倒すと稀に手に入る石のことか。たいして綺麗ではないが、幸運を呼ぶとか魔力が上がるとか青春を取り戻せるとか言われ、高い値で取り引きされているな。

「タアズでは獣石が金の代わりだよ」

 そうだったのか。

「うーむ、持っていない」

「じゃあ駄目だな」

「両替は……」

「そんなもんは何処の店でもできないよ。邪獣を倒して手に入れてきな」

 それは困った。もう日が落ちかけているのに、今から獣石を取りに行くのはさすがにきつい。

「今夜だけでも何とかならないか?」

「無理だな」

「後日必ず払う」

「無理だ」

「そこを何とか頼む」

 そうして俺が主人に頼み込んでいると――。


「兄ちゃん、しつこいな」


 突然、酒を飲んでいたならず者の一人がそう言った。ならず者達は立ち上がり、ゆっくりと歩いて俺を囲む。


「タアズにはタアズの決まりってもんがあるんだよ。俺達が教えてやるぜ!」


 うーむ、これはもしや、新人歓迎会の始まりか。

 懐かしいな。騎士団に入団した時にもこれと同じことがあった。歓迎会は仲間に入るための儀式のようなもの。俺には仲間となるだけの強さがあることをしっかりと見せなければならないな。

 飛んでくる拳を避けて、逆に殴り付ける。

「この野郎!」

 ならず者達が一斉にかかってきた。手伝ってくれようとするチャマを制し、一見分からない程ごく薄い魔力で拳を覆って、全員をきっちりと殴り飛ばす。

 うん? 終わりか。思ったより手応えがなかったな。もう少し強いかと思っていたのに。

 少々残念に思っていると、背後から声がした。


「ヒイッ!」


 ん? 何だ?

 声の方を見ると、宿屋の主人が床に座っていた。そして気付く。


 しまった。店内を汚してしまった……。


「すまない」

 外に出るべきだったと反省しながら謝ると、主人が何度も首を横に振る。うむ、許してもらえたようだ。

「ところで宿泊だが、やはりなんともならないか?」

 野宿するしかないのだろうか。半分覚悟を決めてそう訊くと、何故か主人は両手を合わせて祈るような姿勢になった。

「ど、どうぞどうぞ!」

 ん? もしかして泊まっていいのか?

「ニャオしか持っていないが、後日必ず払いに来る」

「お、お代は結構でございます」

「そういう訳には……」

「いや、大丈夫!」

 うーむ、突然どうしたのだろうか?

「では部屋へ案内してもらえるか?」

「はい!」

 俺は横たわるならず者達を踏まないように避けて、主人の案内で二階の部屋へと行った。


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