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コンフリクト  作者: 小岩井豊
本編
39/65

chapter38 人物相関図

 三人でだらだらと歩き、学校へと向かう道中。

 アンジェリーのリードを引く役目を負わされ、前方では原村と浅海さんが肩を並べて歩いていた。

「そういや彰くん、夏祭りで捕ったっていうあの金魚、どうしたの?」

「あー、エミカのこと? 金魚鉢に入んないくらい肥大化したから、近所の小川に放流した」

 二人が普通に会話していた。

「うわ、言ってくれれば僕ん家の水槽で飼ったのに」

「いいけど、昭文んとこの水槽くせえじゃん。エミカが可哀想だろ」

「それはそうだけど、その辺の川じゃ、金魚死んじゃうと思うよ」

「そうなの? やっば、どうしよ」

 当たり前のように談笑していた。別に変だっていうわけじゃないけど、いや、でもなんか違う。やっぱ変だ。

「お前ら、適当に話してるだろ」

 二人がこちらを振り返る。昭文と彰。ダブルアッキー。どうでもいいか。

 ぽかんとして、俺とアンジェリーを交互に見ていた。

 やっぱ似てるわ、そんな浅海さんの言葉を無視しつつ、俺は原村へと視線を移した。すると、原村が納得したように柏手を打つ。

「そっか。そういうことか。ほら、去年の卒業生で、今泉みたいに屋上に通ってた先輩がいたって、前に話したじゃん」

「それが浅海さんだっての?」

「そういうこと。なんだ、彰くんと知り合いならもう気づいてると思ってたのに」

 こっちは、浅海さんが俺らと同じ高校に在籍していたことすら知らなかったのに。そしてこの人まで屋上に。同じ法律無視の未成年喫煙者だとはいえ、いくらなんでも世間は狭い。

 浅海さんの案内誘導により、線路沿いの道を折れ、学校への近道らしい川沿いの道を歩く。アンジェリーは大人しかった。常にはぁはぁ言ってるけど、見た目に寄らず無口だった。

 リードの輪に手首を差し込み、ハイライトに火を灯す。

 浅海さんが今吸っている煙草も同じ銘柄だ。というか、彼が俺に勧めてきたのがその銘柄だったため、俺もそのままハイライトを吸い続けてるだけなんだけど。



 中学時代、サッカー部のグラウンドに浅海さんが顔を出したのは、期間にしてたった二週間ほど。特に理由もなく、ただ暇つぶしに来ただけだと彼は言っていた。グラウンドの隅っこでリフティングをしながら、ぼうっと俺たちの練習試合を観戦していた記憶がある。

 俺は対して気にも止めなかったし、浅海さんがどういう人なのかも興味がなかった。

 ある日、プール付近の人気のないトイレの個室内で、未成年であるはずの浅海さんが煙草をふかしていた。俺がそのトイレに立ち寄ったのは偶然のことだった。慣れない匂いに気づき、その個室を開けたのも、ほんの気まぐれでしかない。

 当時から癖っ毛気味の茶髪で、在校生に見つかったのに一切反応を見せず、生気もやる気もない面持ちで、閉じた便座の蓋の上に座っていた。

 ――付き合ってよ、一本だけ。

 しばらく無言で視線を交わしていると、浅海さんがそう言った。

 俺たちがまともに会話を交わしたのはそれっきりで、どうして物覚えの悪い俺が名字しか知らない彼を覚えていたのか、やっぱり、喫煙のきっかけをよこした人だからだろうと思う。それだけ浅海さんはミステリアスだったし、あの喫煙姿も妙に印象に残っていた。



 やがて、見慣れた町並みが視界に入ってくる。

 俺の通っていた中学校の校舎が、民家からひょこりと頭を出していた。ぽつぽつと住宅が増えていき、行きつけの煙草屋のある商店街を進んでいく。

 俺の斜め前を歩きながら、浅海さんが尻尾キーホルダー付きの携帯をいじっていた。すごく操作しづらそう。

「吉岡美野里って、知ってるよな」

 尋ねてみると、彼はタヌキの尻尾を肩にかけ、ディスプレイに顔を近づけて答えた。

「知ってるもなにも、あいつって俺の従妹だから」

 そうだったのか。あんたらもいとこ同士か。そうかそうか。ええーっ。

「いや今泉、さすがにそこは知っておくべきでしょ」と笑う原村。お前は知ってたなら教えろ。

 それにしても、なにかが腑に落ちない。俺の中の人物相関図のどこかが破綻している気がする。

 気を落ち着かせ、じっくり過去を掘り下げる。貧困な記憶力に渇を入れ、今までの情報を整理してみる。

 そう、二組のあいだで、密かにささやかれている噂がある。誰がどう噂したのかあんまり覚えてないけど、たしかこんな感じだった。

 ――うちのクラスに、家庭教師と付き合ってるやついるだろ。実はその家庭教師ってのがいとこらしいぜー。

 これとか。

 ――他にも親戚とくっついてる子がいるって話じゃん。ただの噂かもだけど。

 ――あー思い出した! あれでしょ、いとこでカテキョっていうあれ。

 これとか。だんだん頭が回らなくなってきた。もう嫌な予感しかしない。

「浅海さんって、バイトか何かしてる?」

 細々と尋ねてみる。浅海さんはなんでもないことのように答えた。

「むしろ、最近はバイトしかしてないね。個人経営の喫茶店の手伝いがメインで、あとはピザ屋と、たまに家庭教師とかもやってる」

 もろじゃねえか。

「ちゃんと大学も行かなきゃだめだよー」と原村がせせら笑う。今だけは本当に黙っていてほしい。

「え、なに。親戚なのに、もしかして吉岡と付き合ってたりする?」

「どうしてそうなる」

 浅海さんは怪訝に眉をひそめ、くわえた煙草を手に持ち変えて言った。

「まぁ、付き合ってるっつーか、たまにやるだけだけど」

「やる、って」

「だから、従妹兼セフレ」

「セ……」

 それ以上何も言えなくなって、笑顔のまま硬直する原村と顔を合わせた。こいつもここまでは知らなかったようだ。

「あいつおっかねーし、欲しがりだし、別に興味ないんだけど、半分強制なんだよな。って、あれUFOじゃね?」

 浅海さんは暗み始めた空を見上げ、天気の話でもするみたいにぼやいた。彼の指す空を見る。どう見ても飛行機だった。

 浅海さんは携帯からぶら下がる尻尾をくるくると振り回して、煙をいっぱい吐き出した。

 ドン引きする俺たちにも全く気づかないようで、やがて前方に開けた大通りが見えてくると、彼はやはりどうでもよさそうな口調でこう告げた。

「学校はこの道の先だから。俺、ジョギングに戻るわ」

 無言でリードを浅海さんに手渡す。彼は一度アンジェリーの頭をかき撫でると、振り返らずに元来た道を駆けていった。

 黙ってその背中を見送り、俺は切実な質問を原村に振る。

「で、結局あの人はなんなの」

「僕の口からは何も言えない」

「なんだそれ」

 辺りはもう薄暗くなっており、浅海さんとアンジェリーがマンションの影に入ると、すっかり姿が見えなくなってしまった。蒸し暑さのせいか鈍りきった頭で、もっと深い突っ込みを入れるべきだったのだろうかと後悔したが、だんだん面倒くさくなってきて、俺たちはどちらともなく学校へ向けて歩きだした。

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