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コンフリクト  作者: 小岩井豊
本編
29/65

chapter28 寒い食事

 煙草を吸い終わって、ドトールの前で待っていると、十分ほどで依子と城川が出てきた。

 城川の目は真っ赤だったが、一応泣き止んでいた。いつもこんな顔してるイメージあるけど、ここまで本気で泣いたのは初めてだと思う。城川は両手で持った携帯を気にしていた。

「お母さんから電話があって、もう遅いから早く帰ってきなさいって」

 俺は腕時計に目を落とす。午後八時二十五分。今から帰っても、余裕で九時超えるな。

「あたしも、ママからメールきてた」

 依子の方は、別に見せなくてもいいのに、叔母さんのメールを開いて渡してきた。

『きようは遅くなるのかな。みたらDENNWA』

 道子叔母さんのメールは、そこはかとなく依子と同じ匂いがした。どういう風に打ったらこうなるんだろう的な。すごい勢いで血つながってるんだろうな。

 しかし、こうして家族から電話やメールをもらえる依子と城川は幸せだと思う。帰りを心配する着信が来ないのは俺だけだ。いや、別に気にしてないけど。

 ノーコメントで依子に携帯を返す。

 城川の家はここから歩いて帰れる距離らしいので、俺たちはその場で城川と別れた。

 依子と共に一原駅へと戻る。切符を買い、ホームで電車を待ちながら、ちょっと気になっていたことを尋ねる。

「もう叔母さんに電話した?」

 依子は首を横に振った。

「なんで? さっきのメール、見たら電話してって書いてあったじゃん」

 依子はしばし沈黙して、「そうだった」と小さく言って、鞄から携帯を出した。

 大丈夫かよこいつ、と思ったけど、城川の話を聞いてから、依子も色々考えごとをしているのかもしれない。顔には出さないけど、意外と動揺しやすいやつなのだ。

 依子は電話帳を開くのに相当苦戦していたが、俺は依子のためを思って、というか、もう教える作業にうんざりしていたので手伝わなかった。

 依子が携帯を耳にあてた。道子叔母さんはすぐに電話に出たようだった。三、四言くらいの短い会話をして、依子は電話を切る。

「あたしの家に、健一叔父さんと、美紀叔母さんが来てるんだって」

「親父と母ちゃんが? 雄二は来てねえの」

「わすれてた。雄も来てるって」

 すごい懐いてるのに、依子に忘れられる弟は可哀想だ。

「あたしんちで、純たちの家族と一緒にご飯食べるつもりだったのにって、ママがいってた」

「まじか。で、俺らどうすりゃいいの。さっさと依子の家行った方がいいのかな」

「あたしたちだけ、外でご飯食べてきなさいっていわれた」

 俺たちも結構可哀想なのかも。つか、それだけの理由があるのに、依子にだけメール来て、俺には親からの呼びかけが全く無いっては、いったいどういう了見なのだろう。そのへんで野垂れ死んでやろうかな。



 電車を降りて、改札を通り、駅の構内にある定食屋に入る。かなり客も入っており、空いている席は外側のテーブル席のみだった。そこに座り、俺はロースカツ定食を注文して、依子は天ぷらうどんを注文する。

 俺と依子で共有できる話題など、ほぼ皆無に等しいので、一原駅のホーム上でのやりとり以降、俺たちの間に会話はなかった。

 茶木製のテーブルに肘をつき、ガラス張りの窓越しに外を見る。そこから見えるのは駅の中の様子だけで、構内を無造作に行き交う人間たちくらいしか観察出来ない。あくび出てきた。超ねみい。

「三時間くらい、ここで寝てていい?」

「いただきます」

 俺の冗談は息を吸うようにシカトされ、依子はそのまま天ぷらうどんを前に割り箸を割った。もう慣れたからいいけど、いつのまにうどん来てたんだ。

 依子が食べ始めると、まもなくしてロースカツ定食も運ばれてくる。俺は無言で割り箸を取る。

 ふと、依子からの視線を感じた気がして、俺はいちおう顔を上げてみるのだが、微妙に視線が合わなかった。

 振り返ると、後方の壁に、落語会の告知ポスターが貼ってあった。依子はそれを見ていたらしい。俺は前に向きなおって、黙ってとんかつを食べなおす。

 恐ろしく会話がなかった。夏にしては随分と寒い夕食だった。我が家での食事だと、うざいくらい母ちゃんと弟が話題をふってくるので、毎回うっとおしい思いをしていたけど、ここまでサイレントな状態で誰かと食事をするのも、中々息苦しいものだった。ほかのテーブルの客が馬鹿みたいに喧しいので、余計つらい。

 また依子から見られているような気がしたが、どうせ俺じゃなくて、また後ろのポスターを見ているんだと思う。どんだけ落語に興味示してるんだ。

「村瀬さんって、なにがしたいの」

 ようやく、自分が話しかけられているのだと知って顔を上げる。依子は、純粋な疑問をぶつける顔をしていた。俺は口の中の物を咀嚼しながら考えて、飲み込んでから言う。

「村瀬、鍋島と原村が仲良くしてんの、気に食わないっぽい」

 依子は斜め十度くらいに首を傾げた。髪が肩から垂れ落ちる。

「原村に嫉妬してんだよ、あいつ」

 傾けたまま、懐疑的に眉をひそめられる。

「いや、変な意味じゃないと思うんだけど、そのまんまの意味で。たとえ男が理由でも、友達がとられた気分になって、嫌なんだって。説明し辛いけど、そういうことだよ」

「意味がわからない」

 普通の反応だと思う。それだけの理由であんな露骨な態度を示すのだから、俺も初めて聞いたときはこんな感じだった。

「村瀬さんは、おかしいの?」

「まぁ、おかしいっちゃ、おかしいんだろうけど……」

「じゃあ鍋島さんは、なにも悪くないんだよね」

 俺は何も言えなかった。この確認を取るような質問に嫌な感じがした。鍋島は悪くない、なんて安易に答えでもしたら、依子は一体どんな行動を出るのだろう。また厄介なことをしでかしそうだ。

「誰が悪いとかじゃねえんだよ、こういうのは」

 語感を強めて、会話を打ち切る。未だに疑問を浮かべる依子から視線を外して、窓の外を流し見る。

 そこで、高校生くらいの男子が、窓越しのすぐそばを通り過ぎていく。それがうちのクラスの男子だと分かったのは、彼が一度足を止め、俺と目が合った瞬間だった。

 確か添野という名前で、うちのクラスの副委員長だ。ちなみに委員長は鍋島。

 添野は私服姿でコンビニ袋を手に提げていた。彼は挨拶程度に手を上げると、俺の正面に座る依子を見た。視線をこっちに戻して、ちょっとにやけてる。何か勘違いされているような。

 俺は軽く手を振って、適当に否定を表現しておいたが、添野はにやついたままの腹立つ顔で歩き去っていった。

 それからも、相変わらずの沈黙は続く。こんな風なのに、依子とのただれた関係を疑われるのは、ひとえに俺と依子が、他のクラスメイトと交流しなさ過ぎるからなのかもしれない。自分でもかなり閉鎖的なコミュニティだと思う。

 時間はあっさり過ぎていき、お互い食べ終わって、早急に帰宅するべく伝票をとる。

「おごって」

 依子が無表情をひっさげて言った。伝票を掴んだままの俺の右手が止まる。

「あ?」

「おごって」

 周囲の温度が二℃くらい下がった気がした。なんのつもりだろう。男が女におごるのは当たり前みたいなしきたりが、いとこ同士においても成立すると思っているのだろうか。

「なんで俺、依子に奢らなきゃなんないの」

「お金ないから」

 反論しかけた口を閉じる。依子の顔色を慎重に窺うが、相変わらず表情からは何も情報を得られない。しかし、大体の事情は察したので、それ以上の詮索をやめて短く息を吐く。

「わかったよ。つか、そういうの最初に言えよな」

「おこづかいもらったら、返すから」

 いつもは図々しいくせに、妙な所だけ律儀なのも面倒だ。俺は伝票を持って席を立つ。

「奢るっつってんだから、返さなくていいよ」



 その後も会話らしい会話はなく、駅の駐輪場から自転車に乗り、途中まで並んで走る。廃れたアーケード街の一角、親父の知り合いの婆さんが経営するタバコ屋の前で、俺は自転車を止める。

「ちょっと寄っていい? 煙草買いたい」

 依子は自転車から片足を地面について、迷惑そうに俺を見ただけで、そのままペダルに足をかけて帰ってしまった。アーケード街の薄暗い照明の中、小さくなっていく依子の背中を見つめながら、いいようのない怒りと虚無感に苛まれる。

 窓口で居眠りをしている婆さんを叩き起こして、ハイライトを三箱要求していると、ポケットの中の携帯が震えた。

 タバコ屋の壁際にはスタンド灰皿が設置されており、そこで俺はハイライトを咥えて、ポケットに手を突っ込む。どうせ親父か母ちゃんだろう。やっと電話よこす気になったのか。いや、別に心配してほしいとか全然思ってないけど。

 携帯を開き、画面上で表示された名前に吃驚した俺は、火の点いた煙草を口からこぼしかける。

 着信一件。早川沙樹からだった。

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