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コンフリクト  作者: 小岩井豊
本編
19/65

chapter18 天真害悪

 その日の放課後。

 屋上へ行き、いつものように絵を描く原村の横で、いつものように煙草を吸う。上を見上げ、やけに空が曇っているなとは思っていたが、案の定、突然の驟雨(しゅうう)が俺たちを襲った。

「そうだ、今日は雨が降るのをすっかり忘れていた。退避だ、今泉」

 原村はスケッチブックや画材道具を身体で守るようにしながらちょこちょこと屋上出口へ向かう。俺はまだ煙草一本目を二口しか吸っておらず、とはいえこの雨で吸えるはずもないので、とても口惜しい気持ちでしぶしぶ原村のあとを追った。災難だ。昼休みだって一本も吸ってないのに。

 俺も原村も今日は傘を忘れてきた。俺たちはさっそく図書室へ向かう。そこ以外で他に暇をつぶせる場所など俺たちにはなかった。

 図書室入り口付近の廊下で、鍋島一行と偶然鉢合わせる。鍋島、村瀬、城川の中、小、極小トリオ。

「また屋上で煙草を吸っていたんですね」

 鍋島は俺を見咎め、挨拶なしにそんなことを責めなじってくる。

「なんで分かったの」

「あなたは今、昭文くんと一緒に上の階から降りてきました。さらにそのにわか雨に濡れたシャツ、そしてかすかに鼻腔をつく煙草の匂いがなによりの証拠……」

「犯人はお前だっ!」鍋島を押しのけ、村瀬が俺を指さす。

「そういうことです。どうです、当たりでしょう」

 村瀬の割り込みに釈然としないながらも得意げな鍋島。安っぽいシャーロックホームズですね。

 それから俺たちは図書室に入り、受付の扉を開けて中に入るのだけど、何故か鍋島一行は談笑を交えながら普通に俺たちについてきた。受付に座っていた依子も、この大所帯にはさすがに顔を上げる。宮下はいない。あいつは結局サボるのか。

「何で三姉妹まで入ってくんだよ」

「ここは僕らの秘密基地だ。よそ者は出てけ!」

 ブーイングで追い立てる俺たち。村瀬が不満げに城川を指す。

「心結は昼休みにここへ来たんだろ。あたしらだけ入れてくれないなんて、ずるいじゃないかっ」

「村瀬さんの言う通りです。私たちだけ仲間外れなんてひどいですよ」

 鍋島の後ろで城川だけは小さくなっているが、三姉妹の方も負けてはいない。なんだかとても不毛な争いをしている気がしてきた。

 原村は唸り、それから依子の方を見る。

「ここは公正に、図書室受付の長の判断をあおごう」

 あれ、原村って図書委員長じゃなかったっけ。

 依子は俺たち五人の顔をなめるように見回し、やがて目線の高さで人差し指と親指で丸を作った。受付入室許可の意である。



 俺たち五人は受付奥の長机に座った。

 俺の右隣に原村。そして俺たちと対面する三席に三姉妹が座る。左から城川、鍋島、村瀬。位置的に合コンのようで緊張する。合コンしたことないけど。

 城川がお菓子を持っていた。カントリーマアムとコンソメポテチ。三姉妹はそれぞれ校内の自販機でジュースを買ってきている。本気でくつろぎに来たようである。

 原村は正面に座る村瀬の顔をまじまじと見つめた。村瀬も負けじと原村の顔を観察するように見る。

「君はもしかして、レズ疑惑の村瀬彩音だな」

「そういうあなたは、神隠しの原村昭文先輩だ」

 不名誉な通り名ついてんな二人とも。

 やがて村瀬が笑いながら柏手を打つ。

「昭文だから、アッキーって呼んでいい?」

「いいよ。じゃあ君は村瀬だから、村瀬って呼ぶよ」

「おぉ、シンプルイズベスト。尊敬します」

 変なノリで馬の合いそうな二人。ちょっと俺にはついていけない。

 鍋島と城川の方を見るも、二人はすでにカントリーマアムを食べながら談笑を始めていた。早くも取り残される俺だった。

 もし左隣に依子が座っていればちょっかいでも出すところなんだけど、あいにく彼女は受付と読書で忙しいようだった。

 仕方がないので漫画を読もう。スラムダンクの続きを読むため、席を立ち受付横の引き出しに手をかけると、原村からの声がかかった。

「あ、ベルセルク五巻から適当に持ってきてくれる?」

 原村の要望通り、ベルセルクを引き出しから取り出し、それから俺の分の漫画も出してから長机に戻った。

 原村は俺からベルセルクを受け取ると、鞄からヘッドフォンを出して装着した。

「僕はこれに集中したいからさ、あとは一年連中で仲良くやってくれよ」

 はーい、という三姉妹の小学生児童のような返事。俺もスラダンを開き、原村みたいにダレて椅子に座った。

 正直俺は女子との会話は苦手なので、こうやって漫画でも読んでいる方が楽だ。というか一人が好き。だから俺って友達少ないのかな。

 それはそうと、原村のヘッドフォンから漏れ聞こえる音がやかましくて仕方がない。

 原村は「なんかかっこいいから」という理由でいつもオーケストラやジャズを聞いているんだけど、今日に限って聞こえてくるのはハードロック調のものだった。原村の組んだ足もそれに合わせて小刻みに揺れる。気分転換かなにか知らないが、マジでうるせえ。

 城川はときおり依子に話しかけるが、依子は昼休みほどの気の利いた反応はしてくれない。城川はしょんぼりした。依子も、みんなの前で話すのが恥ずかしいのだろう。

 三姉妹が談笑を続ける中、俺は古書棚の間から覗く窓から、外の景色を眺めた。

 驟雨だと思っていた雨は断続的になっており、図書室が締まるまでには降り止むだろうと踏んでいたのだが、文字通り雲行きが怪しくなってきた。

 まぁいいか。スラダン読も。



「おい、おいバカ泉ー」

 村瀬から名前を呼ばれ、漫画へ向けていた集中を解く。何度も俺を呼んでいたのか、村瀬は呆れたような顔をしていた。

「悪い、なんか用?」

「なんだよ、寝ちゃったのかと思った」

 村瀬は明るく笑い、俺も苦笑いを返す。

 なんだろうと待っていると、村瀬は笑顔で、というかにやにやしながら口を開いた。

「今泉ってさ、平野とはもうやったの?」

 とてつもなく嫌な予感。鍋島と城川は耳を疑うように村瀬の方を見る。

 これ、なんて返せばいいの。とりあえずとぼけてみようか。

「なにが?」

「平野とはもうセックスしたのかって聞いてんの」

 なに言ってんだこいつ。

 当然だが場は凍る。誰もが下手に発言出来ないようだ。

 受付の方からページをめくる音がした。聞こえてるくせに、依子は普通に本を読んでいる。

 俺の隣で、原村が漫画を読んで吹き出していた。ヘッドフォンのせいで聞こえていないらしい。ていうか、ベルセルクって笑えるところあったっけ。

 村瀬が諦めるまで聞こえないふりで通そう。そう思って、俺は申し訳なさそうに頬を掻いて聞き返す。

「ごめん、ちょっとよく聞こえなかったんだけど」

「だから、平野と、今泉は、もうセックスしたの、って聞いてんだろ!」

 ちょっと怒ってる感じの村瀬。キレたいのはこっちの方だ。

 セックスセックス連呼するあたりが激しく中学生臭い。こいつってこういうキャラだっけ、という風に鍋島や城川に視線を送るが、彼女らも唖然として村瀬の顔を見るばかりだった。

 村瀬の方もようやくこの空気に気づいたのか、きょろきょろと俺たちの顔を見回した。赤縁眼鏡の位置を直してから、ついでに破顔一笑。

「なに、もしかしてみんな童貞? 処女? なんだよ、このあたしがおかしいみたいな雰囲気はさー」

「いやおかしいだろ。エロ本読みだした思春期の男子みたいだから、お前」

「そうかなぁ」

 まぁあたしも処女だけどねー、という村瀬のどうでもいい補足。聞いてねえから。

 俺も落ち着いてきたので、ようやく村瀬の顔を見据える。

「いや、俺と依子って親戚だからさ。そういう関係じゃねえの。知らなかったっけ?」

「いとこってのは言い訳にならないね。今泉と平野ってかなーりいい感じじゃん。それにほら、うちのクラスに家庭教師と付き合ってるやついるだろ。実はその家庭教師ってのがいとこらしいぜー」

 初耳だしどうでもいいし知らねえし。

「で、どうなのよ、ぶっちゃけ」

「ぶっちゃけない。ないっていうかあり得ない」

「んだよつまんねー」

 悔しそうに机をぺしりと叩く村瀬。ここで若干だが、凍った空気が解け始める。鍋島と城川が引きつった笑みを浮かべた。

 俺も漫画に視線を落とすが、やはり村瀬の動向が気になり、ときおり漫画から目を上げると、彼女は頭の後ろで手を組み、わざとらしくきょろきょろと視線を這わせていた。

 やがて村瀬と鍋島とが視線を合わせる。鍋島が少し身構えた。

「ほんとは今泉と平野なんてどうでもいいんだよねー」

 獲物に狙いを定め、にやつく村瀬。鍋島さん、ご愁傷様です、と俺は心の中で合掌する。

「アッキーとはさ、もうキスくらいしたわけ?」

 鍋島の顔が瞬時に赤くなる。城川はもう、鍋島の後ろに隠れて縮こまっていた。

 原村が漫画で爆笑した。原村の立場が羨ましくなる。俺も明日からipod持ってこようかな。

「あ、昭文くんとはそういうんじゃないんですってば」

「由多加とアッキーって、てっきりできてるもんだと思ってたんだけどなぁ。違うの?」

 鍋島は真っ赤にした顔を下げ、一度原村に視線を送り、それから城川みたいに指いじりをし出す。

「そもそも、好きとか、そういうんじゃなくて、ただの中学時代の部活友達ってだけで……」

「ほんとに?」

「は、はい……」

 ほとんど聞こえないくらい小さな返事をする鍋島。城川も視線を下げて指をいじっていたから、本気で二人が姉妹みたいに見えてきた。

 村瀬はひどくつまらないという表情で「ふぅん」と呟く。

 沈黙。鍋島と城川は同じ角度で頭を下げ、村瀬はじっと鍋島の頭を見つめ、原村は横でくすくすと笑い、俺は漫画から微妙に視線を上げ、依子は受付で本を読んでいた。

 村瀬は一体何がしたいのだろう。原村が聞こえていないから、だからこんな質問を平気で投げかけてくるのか。

 なら俺と依子のことはどう責任を取ってくれるんだ。今後が気まずくて仕方がないだろうが。依子は気にしないだろうけど、俺は出来ればこれを忘れるまで依子と関わりたくない。

「じゃあさ」

 沈黙を破ったのはやはり村瀬だった。彼女はパイプ椅子から立ち上がり、無邪気に笑んだ。

「こういうことをしても、由多加は別に気にしないわけだ」

 そう言って村瀬が歩み寄ったのは、原村の真横すぐだった。鍋島と城川はほぼ同時に顔を上げる。

 原村の肩に、村瀬の手が置かれる。原村も不思議そうに村瀬を見上げた。

 村瀬が何をしようとしているのか、今更ながらに予測した俺だったが、もうその時点で村瀬の顔は原村に接近していた。村瀬と原村の距離がゼロになる。

 唇を合わせる二人に、俺は既視感を覚える。鍋島にとって、これは恐らく、以前の早川と同様の視点。彼女らの気持ちが分かる気がしてくる。

 村瀬の唇が離れた瞬間、原村は頬を赤くしてヘッドフォンを外し、しきりに辺りを見回した。

「え、なにこれっ、なになに、王様ゲーム!?」

 んなわけねーだろキノコ頭。

 村瀬は子供っぽい笑みをたたえ、驚愕する鍋島を見下ろした。それから三十秒たっぷりの無言が続き、ようやく俺は口を開く。

「なにしてんの、お前」

「どっきりチュー」

 まんまだった。うん、いやいやいや、え、はぁ? 俺はそんな顔で村瀬を見る。ゆでだこ状態の原村は発言した俺と村瀬を交互に見つめた。本当に何も分かっていないらしい。

 またしても沈黙。

 鍋島が視線を落とし、自分の膝を見つめた。掠れた声が彼女から漏れる。

「村瀬さん、昭文くんのことが好きだったんですね」

 そんなことを言い出す鍋島。

「それならそうと言ってくれればいいのに、私、一人で舞い上がっちゃって、馬鹿みたいじゃないですか」

 それを返すのは嘲笑を交えたような村瀬の言葉だった。

「いんや全然。つーかあたし、アッキーと話すの今日が初めてじゃん」

 それから村瀬はくすりと笑い出し、原村の肩に肘を乗せる。

「ここで今泉と平野がチューしたって話聞いてさ、ずっと面白そうだなぁって思ってたんだよね。だからやってみた」

 理由にならない理由だった。彼女がどういう原理で行動したのか、悪いけど全く理解できない。呆然とする俺の頭も回らなかった。

 城川は何か言いたそうに口を蠢かせていたが、いくら動かしたところで言葉にならないようだった。鍋島は自分の膝を見つめたまま、つっかえるように声を出す。

「そうだ、塾。私、これから塾があるので、もう帰ります」

 鍋島は挙動不審に床に置かれた鞄を取り、荒々しく席を立つ。城川が痛ましい目で彼女を見上げた。

 そのまま足早に受付扉へ向かう鍋島に、またしても声をかけたのは村瀬だった。

「帰るんなら、もう一回アッキーにキスしちゃうぞー」

 それでも鍋島は一瞬も足を止めず、まるで聞こえていないかのように、突き飛ばすように扉を開け、ほとんど走るように図書室を出ていった。

 そんな彼女の背中を全員が見送る。

 俺は深くため息を吐き、机を両手で思い切り叩いてから立ち上がった。そして村瀬を睨む。

「なにがしたいんだよお前」

「刺激の足りない学校生活に、あたしがおもしれー燃料を注いでやったのさ」

 俺の睨みに一切の怯みを見せず、村瀬はまたあざ笑うように言った。

 拳を握る。別に殴ろうというわけではない。怒鳴りたくなるのを抑えたかった。城川も原村も、不安そうに俺の拳へと視線を送る。

「いつまでもふざけたこと言ってんじゃねえよ。本当にそれだけの理由なら、今すぐ鍋島追いかけて土下座してこい。絶交されるぞ」

「はぁ、なにそれ」

 村瀬は興ざめだとでもいうように顔をしかめる。原村の肩から肘を離し、床の鞄を取り上げ、頭の後ろで組むように鞄を提げた。

「あーつまんね。心結、もう帰ろうぜー」

 城川はびくりと身を震わせ、一歩も動けないでいた。村瀬はそのまま城川の後ろを通り過ぎていく。俺の視線に目もくれず、悠然と扉の方へと歩いていった。

 そのときだった。

 受付の方から椅子を立つ音がした。村瀬は手に持った鞄を膝辺りにぶらりと下げ、彼女と対面する。

「なに?」

 依子が村瀬の前に立ちはだかり、村瀬の道を塞いでいた。依子は、寒気を覚えるほどの無表情をたたえた。

「ねぇどいてくんない? 通れないんですけど」

 村瀬が笑う。次の瞬間、肌を打つ乾いた音が辺りに飛んだ。

 依子が、平手で村瀬の頬を叩いていた。村瀬の赤縁眼鏡は床を滑るように転がり、遅まきに城川の小さな悲鳴が上がる。村瀬は頬をおさえて半歩後ずさり、依子はそんな彼女を冷淡な目で睨み据えた。

「へらへらしてんな」

 俺の口の悪さでも移ったか。ともかくとして俺は二人のもとへ駆け寄ろうとしたが、今度は村瀬の方が動いた。

 また同じ音。

 しかし、村瀬が依子の頬を叩く音は、さきほどのものよりも幾分痛々しく聞こえた。依子は二歩下がり、受付の壁際に手をつく。二人の体格は同じぐらいだったが、村瀬の方がいくらか本気だった。村瀬はそれでも依子に食いかかり、彼女の胸ぐらを掴む。

「やっぱお前は気に食わねーよ、平野」

 裸眼のまま依子に顔を近づける村瀬。ここでやっと俺は二人の間に割って入った。

「止めろって、どうかしてるよお前ら!」

 俺の脇に一発だけ村瀬の拳が入るが、それは気にしない。受付のひらけた場所から見える図書室内の風景。当然だが、生徒は一人残らず俺たちに視線を集めていた。

 依子も村瀬も、俺に押し退けられて一端身を引く。両者荒く息を吐き出していた。俺は先に依子の方を見た。

「なにいきなり殴りにかかってんだよお前っ」

「むかついたから」

「むかついただけで殴っていいんなら今頃みんな青あざだらけなんだよ! つーかお前、人のこと言えねえからな!」

 村瀬は依子の真似をしたらしいし。それでも意味分からんけど。

 叩かれる際に村瀬の爪が当たったのか、依子の左頬には一線の赤が引かれており、そこから血が滲んでいた。

 俺は村瀬の方を振り返る。村瀬の瞳孔は開いていた。

「依子のことはこの際もういいよ。どうして鍋島の前であんなことをした」

「どけ今泉。そいつ、もう一発殴らせろ」

 聞こえてねえのかよ。どっちが不良だ。

「止めとけ、これ以上やると停学になるぞ」

 村瀬の右手人差し指の爪が赤くなっていた。爪の周りから血が溢れている。

 村瀬はしばらく俺と睨みあうが、やがて苛立たしげに舌打ちをした。鞄を持ち直し、小走りで俺たちの横を通り過ぎていった。受付の扉が村瀬の手により、叩き壊されんばかりに強く閉められる。

 みんなの息づかいだけが、音として残った。

 俺も息を落ち着かせ、それから依子の顔を見る。依子はいつもの彼女然とした平静さを取り戻しており、俺は依子の心臓の強さに呆れてしまった。頬の傷は細いが、割と深く刻まれているようだ。

 ここからどうすればいいのか逡巡するが、ともかく依子の顔の傷が心配だ。

「保健室行くぞ」

 依子にそう言って、それから城川と原村の方を振り返る。城川は意外にもまだ泣いておらず、それでも気力の抜け落ちた顔をしていた。原村は依子の傷を見て痛そうに顔を歪めている。

「城川は村瀬を追いかけろ」

「えっ」城川が目を見開いて俺を見る。

「本当の理由だけでも聞いてくれ。俺が行っても悪化するだけだし、城川だけで行った方があいつも落ち着くだろ。大丈夫、お前なら殴られないから」

 多分ね。ややあって城川は二、三度頷く。彼女が椅子を立つのを見届けて、今度は原村に声をかける。

「原村、説教ついでに依子を保健室に連れていくから、あとは受付頼む」

「待て今泉!」

 依子を引いて歩き出そうとすると、原村が手を前に出して俺たちを引きとめる。城川は村瀬の赤縁眼鏡を拾い上げ、相当慌てているのか、さっさと受付を飛び出していってしまった。

「何から何まで訳が分からない」

「俺もほとんど分かってないから安心しろ」

 村瀬が何故故意に友達の鍋島を傷つけるようなことをしたのかとか、依子はどうしてここまで怒るのかとか。

 この分だと原村は、何故鍋島があんな様子だったのかすら分かっていなさそうである。てっきり原村は鍋島の気持ちに気づいているものと思っていたが、本当に罪作りな男だ。

 はっとして、自分の頬の傷を撫でようとする依子の手を弾いた。血はもう顎の辺りまで伝っている。

「触るな、結構深いから」

 依子とともに受付を出る。図書室出口の前で足を止め、俺は図書室内の生徒たちに頭を下げた。

「お騒がせしました。こっちで解決できそうなんで先生は呼ばないでください」

 教師に知られると、二人とも本気で停学になりそうだし。もしここに宮下が居たらどうなっていただろう。もたついて役に立たなさそうな印象だ。

 俺の言葉に室内の生徒たちはざわめき始めるが、こんなもんでいいだろうと俺たちは図書室を出た。

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