48話 魔王来襲
魔王ミリム・ナーヴァ、魔人グルーシス、魔人ミュウランの3人は、リムル達の町"テンペスト"が見下ろせる高台にて今後の打ち合わせを行っていた。
魔人グルーシスは心の中で溜息をつく。
走り続けて休み無く、やっと開放されたのだ。
恐ろしいお人よ! 少し対応を間違えると大変な事になる。身に染みて実感した。
だが、ここからどのように話を持っていくべきか…。
少しの付き合いで判明したが、魔王ミリムには裏表が無い。無さ過ぎた。
確かに、魔物は嘘が苦手ではあるが、世間一般で思われているほど不自由な訳では無い。
上位の悪魔族は別だが、その他の魔物にとっては少々の嘘など問題ない話。
本当の事を話さないというテクニックも併用すれば、交渉毎も簡単に行える。
しかし、魔王ミリムには交渉という概念があるのかすら疑わしい。
直球で要求を行い、拒否されると暴れる。そんなイメージしか持てなかった。
実の所、グルーシスは様子を窺い、上位魔人である事を隠して接触する予定だったのである。
だが、魔王ミリムにはそんなつもりは更々無さそうだ。一緒に行動したら、隠密に長けるも何も全く無意味になってしまう。
さて、どうしたものか……
どう話を切り出し、別行動出来るように持っていくか…。
魔人グルーシスは必死に考えを巡らせる。
魔人ミュウランにとっても、今回の任務は成功のイメージが持てないでいた。
当然、ネックは魔王ミリムである。
そもそも、力だけの魔王なんて、隠密作戦に向いてない以前に、邪魔でしかない。
面と向かって邪魔だ! などとはとても言えないけれども…。
大体、魔王クレイマンでさえ、魔王ミリムを抑える事が出来なかったのだから、自分が文句を言われる筋合いは無い! そう思う。
なーにが、人形傀儡師よ! こんなお荷物魔王を押し付けて、バレ無いように! なんて、無理に決まってるでしょ!
人形傀儡師などと言うくらいならば、もっと上手く魔王であっても操って見せて欲しいものだ。
そんな愚痴ともつかぬ考えを心に仕舞い、この先の方針を考える。
もう一人の魔人、グルーシスも同様に考えていたのか、お互いの目が一瞬交差した。
成る程、彼もミリム様が邪魔だと考えているのね! 一瞬で理解に到る。
ここは共闘した方が賢い。
少なくとも、魔王ミリムは別行動して貰わなければ、自分達の作戦に影響が出る。
魔王クレイマンの読みでは、魔王カリオンの目的は、部下の勧誘。
謎の仮面を被った魔物の配下に鬼人族が何名かいたらしい。
理想は仮面の魔物の勢力毎の取り込みであり、無理でも何名かの鬼人を引き抜くのが魔王カリオンの目的だと予想していた。
グルーシスはその目的に添って動くだろう。ならば自分はそれを補助するように動く。
弱みを握るネタの仕入れ等、何か起きない限り早々に仕入れれるものではない。
グルーシスに行動を起こさせて、様子を見ればいい。そう結論付けた。
魔王ミリムの行動には期待は出来ない。だが、大きな投石にはなるだろう。
その波紋が大きければ大きい程、自分達が目立たずに進入可能だ。
ミュウランの方針は決まった。後は実行に移すのみである。
魔王ミリムは眼下に広がる町を観察する。
良く出来た町だ。住む住民の魔素量も高い。皆、高等魔族であるようだ。
高等魔族とは、知能の発達した魔物の事であり、力の強弱は関係しない。協調性のある魔物集団であるのは一目で判った。
"竜眼"を用い、一人一人の能力を測定していく。
素晴らしい。信じられない事に、恐らく全員が名持ちであった。
コイツ等全てに、名前を付けたってのか!?
彼女は驚愕と感嘆の混ざった感情が湧き出るのを感じた。
そんな面倒な事、彼女にはとても真似出来ない。まして、自らの力の一部を譲渡し、その力が回復しない可能性もあるのだ。
魔王たる彼女は、自らの力の流失を嫌う。
今回出向いてきたのは、単なる暇つぶしである。
本気で彼女が動いたとなると、フレイはともかくカリオンとクレイマンは激怒するだろう。
二人同時にかかって来られると流石に面倒だ。そうなったとしても負けるつもりは無いけれども…。
来て良かった! そう思えた。
この町を魔物が創ったというのが面白い。
自分の住む城は、人間に造らせた物である。彼女を神と敬う信者共。
魔族領土に住む人間の町を、上位魔獣が襲撃していた。たまたま通りかかった彼女がそれを仕留めてやったから、勘違いでもしたのだろう。
そこは彼女の領土になった。
他の魔王は文句を言わない。彼女に文句を言える者は数少ないのだ。
今回も、別に部下が欲しくてやってきた訳では無い。彼女の退屈を紛らわす手段、カリオンやクレイマンの悔しがる顔が見たかった。
ただそれだけの理由でやって来た。
からかい終れば、彼等が欲しがる戦力等、くれてやるつもりだったのだが……
これは!
この町に住む魔物、その質の高さ。それを従える魔物、その能力の高さ。
そして、彼等を統べる魔物! 面白い!
単純な彼女の頭には、最早、カリオンやクレイマンの事など存在しない。
彼女は見つけてしまったのだ!
この町に、魔王に匹敵する魔素量の持ち主を!
そして彼女は行動を開始する。
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町の特産品として、中位回復薬を売る事を決定し、量産へ向けて研究を進めるべきだろう。
中位回復薬の作成用に、自分で作成した回復薬を幾つか渡しておいた。
抽出率の違いだが、酸素との結合ではないか? 俺はそう考えている。
体内での抽出はスキルにより行っているのだが、工程はほぼ同じなのだ。
違いと言えば空気中か体内か、それだけでしかない。
その事をベスターに伝えると、真剣に聞いていた。
この世界にも元素の概念は存在する。魔法にも組み込まれているらしいし、精霊魔法に対になるのが、元素魔法なのだ。
魔法の概念は俺は詳しく無いので判らないけれども、ベスターには理解出来ている様子。
酸素が影響してるんじゃないか? という俺の意見を検討すると言っていた。
適当に閃いた事を言っただけなので、間違っていたとしても知らんけどね。
実験は、幾つもの失敗の上に成り立つもの。違ったとしても、それは一歩前進になるだろう。
と、人事だから軽く流して、俺はその場を後にした。
カイジンはベスターと一緒に色々話込んでいる。仲違いしていたのが嘘のような、親密な間柄になっていた。
やはり、根っこの部分では趣味が合うのだ。仲良くなれて良かった。
洞窟の魔方陣から町へと戻る。
町の門横に魔方陣を設置しておいた。
兵士の詰め所の前にある空き地になる。万が一、魔物が転移された場合に備えての事だ。
ベスターが言うには、それは絶対に有り得ないとの事だったけどね。
呪文を唱えないと発動しないから、起こりえ得ないのだそうだ。
俺の心配しすぎなだけだとは思う。理論の判らないものを使うのに、躊躇いを覚えるだけであろう。
早いところ、魔法を習いに行きたいものである。
さて、リグルドの所に成果を伝えにいこうか、そう思った時だった。
俺の『魔力感知』が、強大な魔力の塊が飛来してくるのを捉えた。
ヤバイ! 一瞬の判断で、俺は門の外へと飛び出す。
案の定、魔力の塊は、空中で軌道を変化させ、俺を追尾して来た。
とんでもない速度だ。
町の外の広場に出た所で、俺は迎え撃つ事にする。町の中へと逃げずに良かった。建物に被害が出る所であった。
覚悟を決め、相手を観察する事にした。
距離は一瞬で詰められてしまっている。目視でも十分判別出来るほどだ。
美しい少女。銀髪をツインテールに結び、黒色に統一されたゴシックドレスに身を包んでいる。
人形のように愛らしい少女である。その纏う雰囲気は、愛らしさと真逆であったけれども…。
強大な魔力の塊、いや、その美しい少女は、ピタリ! と俺の前で静止した。
恐ろしい事に、地面にも周囲にも、衝撃波が一切発生していない。
超高速で飛翔し、完全にその速度を操っているのだ。
ひょっとすると、慣性法則そのものを支配しているとか?
今、目の前で起きた現象について、考察する時間は無かった。
「初めまして! ワタシは、魔王ミリム・ナーヴァ!
お前がこの町で一番強そうだったから、挨拶に来てやったぞ!」
美しき魔王は、俺に向けて、そう告げた。
魔王かよ!
一体魔王が何しに来やがった……
というか、どうせ来るにしても普通は配下の使者とか四天王とか、そういう者じゃないのかよ!
猛烈に突っ込みを入れたいが、自重した。
しかし…。何と答えたものか。
俺は今、スライムの姿である。当然だが、妖気が駄々漏れという事は無い。
最近では魔力操作にも慣れて、無意識に完全に押さえ込む事が可能である。
つまり、何も知らない者から見れば、俺は単なる雑魚魔物のスライムでしかないハズなのだ。
分身して確かめてみたが、自分を『魔力感知』で測定してみてもスライムとしか思えぬ程、完璧に妖気を押さえ込んでいたのである。
それなのに…、あっさり見破るとは、どういう事だろう。
「初めまして…。この町の主、リムルと申します。
よく、俺が一番強いと判りましたね?」
実際に一番強いのは、ハクロウかも知れない。そう思いはしたが、言う必要もない。
様子見がてら、質問してみた。
「ふふん! そんな事、ワタシにとっては簡単な事よ。
この眼、"竜眼"は相手の隠している魔素量まで測定できるのだ!
ま、ワタシの前では、弱者のフリは出来ぬよ!」
解析効果のある眼という事か。
やっかいな相手だ。俺の解析結果によると、明らかに魔力は向こうが上。
技量も間違いなく、魔王が上だろう。
これは勝てない。
もし戦闘になるなら、スキルを駆使してうまく駆け引きして隙を覗うしかないな。
流石に、魔王モドキの豚頭魔王とは格が違うようだ。
「すごい眼ですね。で、今日は挨拶との事ですが、御用は何ですか?」
用件を聞いてみる。
何するにしろ、相手の目的を確かめるのが先決だし。
「む? 用件…だと? 挨拶だけだけど?」
「……」
「……」
困ったヤツだ。
口八丁で上手く言いくるめて、あわよくば帰って貰おうと思っていたのだが、いきなり躓いた。
目的ないんかい! 焦って損した気分だ。
「あ! そうそう、思い出した!
お前、魔王を名乗ったり、魔王になろうとしたりしないのか?」
突然、少女魔王がそんな事を言い出した。
何言ってるんだ、コイツ…
「え? 何でそんな面倒な事しないといけないんです?」
おれが逆に問うと、え!? という顔で戸惑っている。
「え、だって、魔王だぞ!? 格好いいだろ? 憧れたりとか、するだろ?」
「しませんけど?」
「……え?」
「え?」
俺と魔王ミリムには考え方に大きく差異があったようだ。
意見が合わずにお互いの顔を見つめあった。スライムに顔があれば、だが。
「じゃあ、尋ねますけど、魔王になって良い事って、何かありますか?」
「え? そりゃ、強いヤツが向こうから喧嘩売ってくるよ? 楽しそうだろ?」
「いやー、そういうの、間に合ってますし、興味無いです。」
「えええ? じゃあ、何を楽しみに生きてるんだ?」
「そりゃ、色々ですけど…魔王になって、楽しみって、喧嘩以外に何かあるの?」
「無いけど…」
「退屈なんじゃないですか、そんなの?」
俺の言葉に、雷にでも打たれたかの如く、衝撃を受けた表情になる魔王。
退屈していたようだ。
俺の言葉が図星過ぎて、言葉も出ないのだろう。
ここで話していても仕方無い。
魔王がショックを受けている隙にお引取り願いたい。
「じゃあ、お話も伺いましたし、お引取り下さい!」
上手く切り出せたと思ったのだが…、
「待て! おま、お前! 魔王になるより面白い事してるんだろ!
ズルイぞ! ずるいずるい!!!
もう怒った。教えろ! ワタシにも教えないと、許さんぞ!」
逆切れかよ!
一瞬、子供か! と叫びそうになったが、必死の努力で我慢した。
相手は魔王、下手に怒らせると不味いかも知れん。
むしろ、子供だと思って接するなら、チョロイかも知れないし。
こういう場合は、深読みしてはいけないのだ。
俺の中では、魔王ミリム=親戚の子供、くらいのイメージに落ち着いていた。
「わかったわかった。教えてやるよ!
だが、条件がある。
お前、今度から俺の事は、リムルさん! と、さん付けで呼べよ!」
「何ぃ? ふざけるなよ! 逆だろ!
お前がワタシの事をミリム様と呼べ!」
「……」
「……」
「よし、じゃあ、お前の事はミリムと呼ぶ。
お前も、俺の事をリムルと呼んだらいい。どうだ?」
「むむむ…。そうだな。わかった!
お前に、ミリムと呼ぶ事を許してやる。
感謝しろ! こう呼んでいいのは、魔王達だけだぞ!」
「ああそうですか。じゃあ、お互い呼び捨てな!」
激しく火花を散らし、言い合いをしてから一転。
お互いに呼び捨てをするという事で話は纏まった。
「じゃあ、中を案内するけど、勝手にウロチョロするなよ?」
「わかった! リムル!」
「よしよし! 素直じゃないの。で、俺の許しなく町では暴れるの禁止ね。
約束するなら、仲間にしてやろう!」
「そんな事、容易い事だ! 約束する、リムル!」
しめしめ。
コイツ、思った以上にチョロイな。飴玉で言う事を聞かせられる子供のようなヤツだ。
魔物って、約束が絶対なんだっけ?
これで一応大丈夫だろ。そう考えて、俺はミリムを案内し、町へと入っていった。
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町の中にスライムと連れ立って、魔王ミリムが入って行く。
その様子を、"遠視"を用いて眺めていた魔人グルーシス。
呆然としながら、
「なあ、魔王ミリム、抜け駆けして先に町に入って行ったぞ?
弱そうなスライムを手懐けたみたいだし……」
「そうね。でも、これで良かったと思うべきね。
魔王ミリムが一緒だと、隠密も何もあったものじゃないし!」
「だな。厄介払い出来た、そう考えるべきだな。」
そしてお互いに頷き合う。
一緒に行動していたら、作戦も何もあったものではなく、全て台無しになるのは眼に見えていたのだ。
こうなってくれた方が、今後動きやすくなるというものだった。
「で、どうする? どうやって潜入する?」
「そうね……」
二人が思案していたその時、魔人グルーシスの"遠視"が町に向かっている人間の一団を発見した。
「おい、人間の一団がいるぜ! 魔物の討伐隊か?」
「そうね…。魔物の町が出来ている事、人間は知っているのかしら?」
二人は顔を見合わせ、
「あいつらに合流して探ってみるか?」
「それが良いわね。人に化けて、町に潜入しましょ!」
話は纏まった。
二人は上位魔人であり、人化はお手の物である。
軽く打ち合わせを行い、町へと向かう人間の一団に合流すべく動き出す。
向かう先は、魔物の町"テンペスト"。
こうして魔人二人は、人間ヨウムと出会う事になったのだ。




