番外編 -未知への訪問- 04 帝国の事情とお好み焼き
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本日『月刊少年シリウス』HP『 http://shonen-sirius.com/ 』にあるリンク先にて、漫画版の第一話が無料で試し読み出来るようになりました。
未読の方は、是非とも御覧になってみて下さい!
グラサム大佐は緊張した面持ちで、通信画面の先の人物へと敬礼した。
相手は南部方面治安維持軍の、最高司令官たるミッシェル中将である。
グラサム大佐が緊張するのも無理はない。
何しろミッシェル中将は、南部方面治安維持軍の最高司令官であると同時に、南部都市の総督でもあったからだ。
◆◆◆
大戦前、この世界には七つの"都市"が存在した。
当時の最先端の科学技術を集約して造られた、完全循環型積層都市。
人口収容力は、五千万人を誇る。
全世界が協力しあい、夢の自動制御型支援環境を実現したのだ。
この完全なる都では、人は働く必要がない。
正確に言えば、人工知能による完全制御の下で、悠々自適な生活が保障されていた。
都市の運営に携わる一握りの者達が運営方針を決定するだけで、全ての雑務は機械が行ってくれたのである。
最低限度の衣食住と、公的な娯楽の享受。
この全てが、五千万人の市民全員に約束されていたのだ。
だがしかし――
当時の総人口は、百億人。
人口の増加によって、世界は飽和しつつあった。
完全なる安息が約束される者と、その恩恵に与れぬ者。
百億の中で、楽園に住めるのはほんの一握りの選ばれし者のみだったのだ。
その格差により、怨恨が生じるのは必然だったと言えるかも知れない。
統一世界政府によって、都市建造計画は順次進められていた。
だが、それを待てぬ一部の者達の不満は募る。
自分達の怠惰さを棚に上げて、いや、怠惰であるからこそより深く、"都市"に住む者達を羨み、憎悪した。
戦争とは、思慮なき者の短気と、些細なきっかけで起きるものなのだ。
コンピューターの予想よりも早く、世界の気候変動が原因で水不足が深刻となった。
残りの都市が完成するよりも早く、大飢饉が発生するという予想が現実味を帯びた時、ソレは起きた。
暴動である。
都市に入れなかった者達が、都市に対する攻撃を開始したのだ。
暴動は世界各地に広がり、争いの火種は大きく成長する。
かくして、戦争は起きた。
――そして現在。
七つあった"都市"の内、現存するのは五つのみ。
これが、機械化帝国アルムスバインの版図である。
都市運営の最高指導者であったアルムスバインを皇帝として戴き、生き残った都市住民は臣民として帝国の版図を守る兵士となった。
それこそが、この過酷な環境を生き延びる最善の手段だと、誰もが納得していたからだ。
戦争の原因となった暴動が起きた都市――そこは、都市建造を後回しにされた地方政府の嫉妬による暴走により、最初の核攻撃の餌食となった。
暴動する民衆が都市内部に潜り込んだ事で、防衛システムを起動出来なかったのだ。
これに慌てた他の都市は、周辺環境との交わりを断ち、独立。
核戦争の最中であっても、その卓越した防衛システムにより生き残ったのである。
戦争終結後、生き残った人々と融和しようとした都市があった。
人道的な観点から核戦争を生き延びた人々を受け入れたその"都市"は、彼等が救おうとしたその者達の手で荒らされ、滅びた。
ここに至り、機械化帝国アルムスバインに所属する者達は、自分達以外の者を信じるのを止めたのである。
決定的な決別は、核戦争後、一年もせずに生じたのだった。
都市に住めぬ者達は、広大な地下シェルターに隠れ住むようになっていた。
全世界の地下空間に広がるシェルターだったが、人が生活可能な環境を維持出来る場所は少ない。
また、逃げ込んだ動物が変異し超獣と化して、人類を拒む空間も存在する。
それら各種様々な超能力を持つ超獣は、武装していない人類では太刀打ち不可能な脅威だったのだ。
この世界に住む人類は今、急速な滅びへと向かっている。
百億いた総人口は、今や数億しか残っていないのだ。
それでも尚、人類の生存圏は限定され、生き残った者全てを養うには狭すぎた。
生き残った者達は自身の生存を賭けて、この世界での生き残りをかけた戦いに身を投じているのだった。
――そこに善悪の概念はなく、種としての生存本能のみがあったのだ――
◆◆◆
五つしか残っていない"都市"の総督――その権力は絶大である。
それはつまり、彼女こそが南部都市の王であるというに等しい。
その冷たく碧い瞳は、揺ぎなく強い意志を秘めて輝く。
淡い色彩の金髪はサラリと肩口で切り揃えられており、彼女の潔癖さを表すかのよう。
その美しくも怜悧な容貌は、彼女の部下達に根深い信者を養成する土壌となっていた。
外見だけを見ると、まだ二十歳になったかどうかと言った感じだ。
それ故に、血縁によって与えられた地位だと思われがちだが……。
しかしそれは、彼女を知る者からすれば失笑ものの勘違いである。
何しろ彼女ことミッシェルは、紛れもない化け物の一人なのだから。
正式名称は、四甲機将――ミッシェル。
帝国における"最強"の代名詞の一人であった。
ミッシェルは報告を聞き、溜息を吐いた。
いくら世界が既に汚染されているからと言って、旧兵器の中でも最悪に分類される核兵器を使用するなど、越権行為も甚だしいと憤慨して。
しかしその表情は小揺るぎもせず、内面の憤りを包み隠している。
「――レジスタンス共が新型の兵器を開発したというのは、可能性として覚えておきましょう。それで、その後の対策はどうなっている?」
ミッシェルの副官ジギルが、画面向こうのグラサム大佐に鋭い視線を向けて、問う。
ジギルはミッシェルと長い付き合いで、妙齢の女性であった。
しかしその鋭い眼光で、男をまるで寄せ付けない。
ふたまわり以上年上であるグラサム大佐も、ジギルの厳しい追及にタジタジとなっていた。
「ハッ! 報告によりますと、現在は追跡部隊を編成し、奴等の拠点を探らせております。謎の兵器に関しましては、可能ならば捕獲せよ、と申し伝えております」
グラサム大佐の返答を聞き、ミッシェルは眉を顰めた。
単機で殺人機犬を三匹も撃破する敵性体を相手に、如何なる者を差し向けたのか気になったのだ。
兵士の使い捨てなどミッシェルの意に叛く行為であり、グラサム大佐がそれを知らぬはずはない。
だとすれば、少なくともそれなりの戦力を差し向けたと考えるべきであり……。
「――グラサム大佐。差し向けたのはカルマン少尉率いる機甲化分隊ですか?」
凛とした姿勢を崩さずに椅子に座したまま、ミッシェルがその名を口にした。
グラサム大佐は少し驚愕したが、そのまま不敵な笑みを浮かべるとミッシェルの予想を肯定する。
「ハッ! ご明察、恐れ入ります。尚、引き続きヒイラギ中尉が戦闘解析を続行しておりますれば、万が一の場合も安心で御座います」
そう言って一礼するグラサム大佐に、ミッシェルは更に苦々しい思いを抱いた。
ミッシェルは南部方面治安維持軍の最高司令官の責務として、自分の部下全員の名と能力、そして性格を熟知している。
それに照らし合わせて考察すると、グラサム大佐が動かせる戦力の中で条件に合致するのは、機甲化分隊しかいない。
とはいえ、それはミッシェルが考え得る策の中でも、最悪の選択であった。
グラサム大佐が言う万が一というのは、機甲化分隊の敗北の可能性を示唆しているのだろうが、それを心配する以前の話である。
ヒイラギ中尉とカルマン少尉。
この二人の相性が最悪なのだ。
仲が悪いという訳ではなく、寧ろその逆。
二人は非常に近い感性を持っており、同じ作戦に携わった場合の成功率は大きく向上する。
その点だけ見れば望ましいが、問題はその過程にあった。
ヒイラギ中尉が迷いなく核を使用したと報告にあるように、二人の行動は被害をまるで考慮しない。
合理的に、結果だけを追い求める。
勿論だが、味方への損害は極力減らすように配慮しているのは間違いない。しかし、敵に関してはその限りではなかった。
相手の事情を一切考慮せず、与えられた作戦目的の達成のみを至上として行動する。
研究馬鹿で、作戦に一切の情けをかけないヒイラギ中尉。
戦闘狂で、勝利のみを追い求めるカルマン少尉。
この二人が組んだ時、戦場はより一層凄惨さが増すと言われていた。
相性が良すぎる故に、この二人を組ませるのは最悪なのである。
軍属としては非難されるべきではないのかもしれない。
しかしミッシェルは、この二人の事が好きではない。
嫌い、と言い切ってもいいほどに。
基本的に、ミッシェルは殺人を良しとしない。
都市の軍名が南部方面治安維持軍という正式名称である事からもわかる通り、その目的は治安維持。
レジスタンスの殲滅ではない。
彼等もまた人類の一員であり、本来であれば仲間であったかもしれぬ同胞なのだ、とミッシェルは考えている。
ただ少し、その立ち位置が異なっただけの……。
かと言って、都市に許容量がある以上、彼等を受け入れる事は出来ない。
今は滅びたあの"都市"と、同じ轍を踏むわけにはいかないのだから。
なので、ミッシェルは自分自身の思いとは別に、部下から上げられる全ての作戦立案書に許可を出す。
事後報告で核の使用を告げられても、やり過ぎだと文句を言う事もしないのだ。
レジスタンスは敵ではないと思うものの、完全なる仲間でも味方でもないのだから。
都市の住民たる部下達を優先するのは当然だった。
それと――公にされる事はないが、レジスタンスにも内通者がいた。
廃棄した食糧生産プラントをそれとなく提供したり、無防備にしておいた食糧貯蔵庫を襲撃させたり……。
回りくどい手段ではあったが、レジスタンスの者達が最低限生き延びられるように、ミッシェルがそれとなく手を差し伸べていたのである。
そして、今回。
ミッシェルは椅子に深くもたれ掛かり、目を閉じ思考する。
レジスタンスが新型兵器を開発するなど、そんな事は不可能である。
内通者からの報告はなく、そんな余力がレジスタンスにあるはずがない。
となると、他都市からの間者か、或いは……。
(生き残っていた研究施設がどこかにあったか? ない、とは言い切れないが……可能性は低いな。いや、今は――)
敵性体の性能に思考が向かいかけるのを強制終了させて、この先の展開を予想した。
ヒイラギ中尉が出ていたのなら、敵を見逃しているとは思えない。
となると、レジスタンスの拠点を割り出していると見るべきだ。
そこにカルマン少尉が合流するとなると、レジスタンスの拠点は戦場となるだろう。
カルマン少尉は性格に難があるが、その戦闘能力は高く評価されている。
強化外装を着用した屈強な五名の兵士からなる機甲化分隊。
超科学にて改造手術を施された機械化兵達は、強化外装による超荷重をものともしない。
中でもカルマンは、こと戦闘に関しては天才なのだ。
それこそ、殺人機犬のような一世代前の量産兵器よりも、余程に強い。
この戦力が無力な人々に向かえば、その隠れ家の者達が皆殺しにされる可能性が高かった。
(一つの拠点に、千名前後の集団が隠れ住んでいたはず。となると、カルマン達なら皆殺しにするのも容易、か……)
数秒で思考し、結論を出すミッシェル。
「――最優先目標は、謎の敵性体の性能把握です。レジスタンスは脅威ではありませんが、殺人機犬を超える戦力を持つとなると無視出来ません。徹底的に分析するように、ヒイラギ中尉に伝えなさい。それと、カルマン少尉にも無理をせぬように、と」
そこでミッシェルは一瞬思い悩み、やはりはっきりと告げておく事にした。
「グラサム大佐、ここで貴方の動かせる最大戦力を投入したのは、間違いではないと評価します。ですが、未知なる敵が相手では、まず差し向けるべきは代わりある機械兵にすべきでした。私はこれ以上、誰も失いたくはないのです。わかりますね?」
「ハ、ハハッ!! お優しい言葉、このグラサム、感動の極みであります。犠牲が出る事なきよう細心の注意を以って任務にあたるように、再度命令致しますれば、どうか御安心を!!」
「はい。それでは、良き報告を期待します」
命令を伝え、通信を終える。
画面が消えるなり、ミッシェルは大きく溜息を吐いた。
これだけ言っておけば、隠れ住むレジスタンスの討伐よりも、謎の敵性体へ注意が向くだろう、と。
正体不明の敵には悪いが、時間稼ぎに利用させてもらう事にしたのだ。
後は内通者に連絡して、状況を利用して上手く立ち回るように指示しておくだけである。
ジギルも苦笑を浮かべ、上司であり友でもあるミッシェルを労う。
「お疲れ様、ミッシェル。大変ですね、部下の不満をそらしつつ、レジスタンスを庇うのは」
「ええ……。でも、仕方ない。彼等の言い分ももっともだし、公平性という点では、我等に非があるとも言えるのだし。そもそも、皆を潤せるだけの資源がないから、彼等に我慢してもらうしかないのだし……」
ミッシェルは友からの労いに、小さく苦笑して答えた。
機械化帝国アルムスバインが、本気でレジスタンスを壊滅させるつもりがない――この事実を知る者は少ない。
中央の上層部と、各都市の一握りの者が知るのみである。
もしも資源がふんだんにあったならば、最初の大戦すら起こり得なかっただろう。
個人主義が過ぎれば、他人が利益を得る事に対する不平不満が溜まりやすくなる。
それに生死がかかっているとなれば尚更だ。
現状、帝国が所有する食糧生産プラントで、全人類が満足する食事を用意する事は不可能だった。
全員を満足させる衣食住を用意する事など夢のまた夢で、どうしても我慢を強いられる層が出てくる。
滅んだ都市の例を出すまでもなく、それは明白。
だからこそ、ミッシェルの父たるアルムスバイン皇帝は、その独善によって都市外部の者を見捨てたのである。
――融和など、望むものではないな。
滅ぼしはせぬが、救いもせぬ。
せめて、都市から出るオコボレを、それと知られぬように分配するがいい――
皇帝の言葉である。
こうした事情を知る者は少ない。
賛同が得られぬという判断であった。
「それでは、私は連絡を行います」
「ええお願いね、ジギル」
一礼し、ジギルは颯爽と去って行った。
そしてミッシェルは、一人部屋に取り残される。
「――滅び、か。このような状況では、どうあっても最後の日の到来を遅らせるしか出来ないのかも知れないけれど……抵抗勢力としての敵がいるというのは、案外――」
目を閉じて、思う。
世界が滅びに向かっているのだとしても、ミッシェルはそれに抗うと決めていた。
その為ならば、どれだけでも非情に、冷酷になれるだろう。
今はレジスタンスも脅威ではなく、それどころか確かな敵として、部下達の生きる目標にすらなっている。
ミッシェルとしては、このままの状況が続く事を祈るのみ。
そんな状況なのに――
(――それにしても、謎の敵性体、ね)
ふと、気になった。
聞き流していたが、それなりの戦力であるように思える。
どこからやって来たのかも不明である以上、無視は出来ない。
ともかく……問題児であるとはいえ、優秀な部下が向かったのだ。
間もなくその正体も判明するだろう。
(――しかし、レジスタンスが調子付かねばいいのだけど……)
もしも、彼等の存在が"都市"にとって害悪になったその時は――
ミッシェルはその憂鬱な想像を振り払うように、思う。
(――いっそ嵐でも来て、全てを吹き飛ばしてくれたらいいのに……)
滅びへの恐怖、疑心暗鬼、敵を見出す事でしか生きる目的を持てないような、閉塞感の漂うこの世界。
大気は汚染され、昼間でも太陽が見える事はない。
神に救済を求めるのが甘えだとしても、願わずにはいられない。
ミッシェルはそんな自分を自嘲するように、また一つ溜息を吐いたのだった。
◆◆◆
ジュージューと、鉄板でものが焼ける音がする。
周囲には香ばしく美味しそうな匂いが漂い、多数の子供達が目を輝かせて集まって来ていた。
「クアーーーッハッハッハ! 間もなく焼ける故、順番に並ぶが良い。それと、忘れずに部位を持ってくるのだぞ!」
ヴェルドラだった。
ヴェルドラが鉄板で、お好み焼きを焼いているのである。
その鉄板はどうしたとか、火力はどうやっているの? とか、そんな細かい事を考えてはいけない。
ヴェルドラだから、なんでもアリ、なのである。
「おお、焼けたぞ。どうれ、最初は貴様か? 部位はどれだ?」
お好み焼きが焼きあがるなり、ヴェルドラは先頭に並んでいた子供に声をかけた。
「これです! 強力な電動モーターを内蔵した"ドリルアーム"です!」
「ドリルアームだと!? なんと、格好いいではないか! よし、交換してやろう!!」
「ありがとうございます!!」
「次は誰だ?」
「はい! これと交換でいいですか?」
「おお、"キャタピラ"か。うむ、問題ない。熱いから、火傷しないようにな」
「やったー! ありがとう、お兄ちゃん!!」
「うむうむ!」
そんなやり取りを交わしつつ、ヴェルドラは子供達が持ち寄った部位と交換で、焼きあがったお好み焼きを手渡していく。
その顔は満足そうで、次々と集まる部位を見て嬉しそうに目を細めていた。
お好み焼きを受け取った子供達は、嬉しそうにそれを頬張り、感極まったような絶賛の声を上げる。
「美味しい! これ、すっごく美味しいです!!」
「なんだこれーーー!? 熱くて、舌が痛い。でも、止められない!!」
味は飽きないように色々と変わるとはいえ、子供達が普段食べているのは同じものだ。
当然、そこに冷たい熱いという温かみはなく、味の広がりもない。
天然モノと人工モノ、その違いは明白だった。
だが今、ヴェルドラが用意した見慣れぬソレは、初めての味わいと熱を、子供達の口の中で爆発させた。
忠告を受けたのに、口を火傷する者もいたほどである。
「クアーーーッハッハッハ! どうだ、美味いか? 慌てるなよ、まだまだ材料は残っておるぞ!!」
ヴェルドラの周囲に子供が集まる。
あっと言う間に、ヴェルドラは子供達のヒーローになった。
食べ物で釣っているだけなのだが、ヴェルドラは有頂天だった。
何故こんな事になっているのかと言うと――
この閉塞感漂う地下の空間で、将来に希望も持てない変わらぬ日常を過ごす大人達。
それでも子供達だけは、そんな毎日の中でも楽しみを見出そうとする。
子供達が自分達で考えた遊び――ロボット相撲。
それは廃棄された部品を集め、動けるロボットを作成し戦わせるというものだ。
特に性能の良いロボットは遠隔機動兵器群に組み込まれ、実戦に採用されたりもする。
それは子供達にとって最高の栄誉となるのだ。
大人達が持ち帰ったガラクタの山を漁り、これはと思える部品を発掘する。
それを自分達で仕組みを探り、自分のロボットへと組み込んで。
自分が考える最高の機体を作り上げるのだ。
年長者は幼い者に、惜しげもなく技術を教える。
皆が切磋琢磨する事こそが、この遊びをより面白くすると考えているからだ。
勝者の決まった出来レースほどつまらないものはなく、飽きるのも早い。
だからこそ、それぞれが相手の技術を褒めあい、そうする事で自分の技術を高めていく……。
子供達はそんな環境で、かなり高いレベルの科学技術を身につけていた。
その日――
子供達はいつものように集まって、他に何をするでもなくロボットの調整を始めていた。
そんな中、子供達の前にふらりと現れたのが、ヴェルドラだったのである。
………
……
…
ヴェルドラは拗ねていた。
理由は簡単。
ラミリスとベレッタが持ち上げられて、ヴェルドラだけが放置されたからである。
シャルマ達との面談の後、ヴェルドラ達は拠点へと案内された。
完全に信用された訳ではないが、害はないだろうと判断されたのだ。
何よりも、ラミリスの能力が魅力的だった。
「それではラミリス様は、水を自在に操れる、と?」
シャルマの問いに、ラミリスは鼻高々に答える。
「まーーーね! アタシってホラ、出来る女だし?」
「おおお! 素晴らしい。そんなラミリス様に、是非ともお願いしたい事があるのですが……」
「なになに? まあ言ってみなよ。アタシって優しいから、聞くだけなら聞いてあげる!」
「いやいや、ラミリス様のような偉大な人には、大した事ではないと思いますよ?」
「偉大!? アタシが? アンタ、なかなか人を見る目があるよね。感心よ!」
「ははは、それほどでも御座いません。それでお願いというのはですね――」
ラミリスが水を自在に操れると肯定した途端、シャルマの意を受けたリンドウがすかさず話を引き継いだ。
そしてラミリスをお世辞で持ち上げつつ、自分達のお願いを聞いてもらうべく交渉を開始したのだ。
お願いとは、水の貯水槽を満たして欲しいというもの。
流石に満タンにするのは無理だろうけど、少しでも貯水が出来ればいい、という切実な期待からの頼みであった。
この世界での水は、何にも勝って貴重である。
雨が降る事など滅多にない上に、仮に降ってもその雨は汚染されている。
少しづつ濾過して無害にするのに、かなりの時間を要するのだ。
超獣が跋扈する人類を拒む地下の異界では、独自の変異を遂げた植物系の超獣が、簡単に水を濾過して溜め込んでいたりする。
しかしそうした溜め池は、超獣達の水飲み場であり……そこから水を奪うのは、レジスタンス組織――黎明の光――の戦力では、かなりの犠牲を覚悟する必要があった。
背に腹はかえられないが、それを行うのは最後の手段である。
そうした状況に現れたのがラミリスであり、シャルマ達がラミリスにお願いするのも無理のない話なのである。
「任せといて! そんな事なら、このアタシにとっては楽勝よ!!」
ラミリスは単純だった。
褒められて嬉しくなり、アッサリと申し出を受け入れたのである。
調子に乗ったラミリスは、案内された先にあった貯水槽を、生み出した水で満タンにした。
これにはシャルマやリンドウ、ザザなんかも、目と口を全開にして驚愕する他ない。
期待以上、いや……そんな話ではないのである。
ギリギリで生活しても一年しか保たないと思われた水の残量が、ふんだんに使っても三年は耐えられる程に満たされたのだから、彼等の驚愕も当然だ。
「す、素晴らしいわラミリス様! 天が貴女をつかわして下さったのでしょう。貴女との出会いに、心からの感謝を!」
「本当にありがとう御座います! 後は水の濾過がもっとスムーズだったら……」
シャルマやリンドウの感謝の言葉を受けて、ラミリスはフンフンと大きく頷く。
「水の濾過? そんなの楽勝じゃん。ベレッタ、やっちゃって!」
と、ここでベレッタに命令した。
ベレッタも、これが問題に繋がるのでは――と思いはしたものの、先程の食べ物の件よりもマシだろうと了承する。
「それがラミリス様の望みとあらば――」
と言うなり、貯水槽に貯められた水に含まれる重金属等の有害物質を究極贈与『機人形之王』の『鉱物操作』によってかき集め、簡単に水の浄化を行ったのだ。
そうしてベレッタも、感嘆と賞賛を浴びる事になった。
「す、すごい!! 戦闘だけではなく、この様な機能まで!?」
「まさに万能兵器……信じ難い技術力ですね……」
とまあ、そんな感じに。
ベレッタはラミリスと違い淡々と仕事を終えるなり、最後に一つ言葉を発した。
「――ついでだし、一つ指摘しておこう。先程君が言った『水の濾過がもっとスムーズだったら』という言葉だが、その原因は濾過装置の不調にある。リムル様が仰っていたのだが、機械にはメンテナンスが必須である、と。この機械は、長き間、連続稼動させていたのではないかな?」
と。
そしてその指摘は正しく、この避難シェルターに備わっていた濾過装置は、一切整備される事なく稼動し続けていたのである。
この装置を止める事は水の供給の停止を意味するので、ある意味仕方のない話ではあったのだが……それが機械の寿命を著しく縮めていたのもまた事実。
それだけならまだ驚く程ではなかったのだが……。
「ベレッタ、それ修理出来るの?」
「可能ですが――」
「それじゃあ、直してあげなよ!」
「……」
煽てられて調子に乗ったラミリスが、いい気分でベレッタに命令した。
ベレッタは何か言いかけたものの、諦めたように命令に従ったのである。
こうしてベレッタが濾過装置の機能低下を指摘した上に修理までして見せた事から、そうした分野でも引っ張りだことなったのだ。
「やはり、ラミリス様は高名な科学者だったのですね?」
「まあね、まあね!」
「もし宜しければ、他の機械類なども見ては頂けませんか?」
「オッケー、任せなよ! 行くよ、ベレッタ!!」
そんな会話をしつつ、ラミリス達はヴェルドラを置いて去って行った。
「あれ、我は?」
というヴェルドラの呟きは、一人取り残された貯水場に空しく響いたのだった。
………
……
…
と、そんな感じに置いていかれたヴェルドラは、面白くないと思いつつ拠点に戻って来た。
そこで、ロボットの調整をする子供達と出会ったのである。
ここの住民に肩入れするのは、もっとこの世界の事情を知ってから――と、先程相談したばかりであったが、拗ねたヴェルドラには関係ない。
そんな会話など忘却の彼方に投げ捨て、思うが侭に子供達の王様になっていた。
そして今、香ばしい匂いと子供達の歓声につられるように、大人達もヴェルドラの周りに集まり始めていた。
その騒ぎは当然シャルマ達にも届き――
ヴェルドラの前に慌てて彼等が戻って来たのは、それから間もなくの事であった。
最初にやらかしたのは、やはりあの人。
ヴェルドラさんでした!
やるなよと言われれば、やる。
それが、お約束!!