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ドラグーン

 敵の第一陣をはね除け、後背に回り込む船団を退却させた第8軍団。


 これでほっと一息つけるかと思ったが、やはりアインゴッドという男は甘くなかった。


 雨が止まぬうちにけりを着ける気なのだろう。

 攻勢を緩めてくるそぶりは見せなかった。

 敵軍は果敢に襲い掛かってくる。


 敵の第二陣に対抗させるため、俺はリリスとギュンターの部隊を下げると、代わりに竜人シガンと人間の傭兵の部隊を前線に上げた。


「戦はまだまだ長引く、主力は温存しておきたい」


 後方に下がる命令に不満の声を漏らすリリスにそう言って労いの言葉をかける。


 リリスはそれでも不服そうだったが、黙って下がって貰うと、今度は俺が前線に立った。


 俺は基本的に前線に立つタイプだが、ここまで突出するのは初めてかもしれない。

 珍しくジロンに注意されるくらいだった。


「だ、旦那、突出しすぎでは? 万が一旦那の身に何かあれば、第8軍団は壊滅します」


「このままじゃ俺に万が一がなくても壊滅するよ。壊滅を防ぐにはこれしかない」


 俺はそう言い切ると、ジロンに下がるように命じた。

 しかし、ジロンは頑なに拒否する。


「あっしは参謀としても戦士としても無能です。ですが、旦那の忠臣でさ。旦那より後に死ぬことはありません!」


 と震える足を叱咤し、俺の後ろに付き従ってくれた。


 その姿を見て俺はジロンを改めて見直したが、感謝の言葉をかけている暇はなかった。


 敵軍の第二陣がやってきたからである。

 俺は迫り来る敵兵を見て迷った。

 この期に及んで慈悲の心が芽生えてしまったからだ。


 なんとか彼らの生命を奪うことなく、追い返すことはできないか、真っ先に考えてしまったのである。


 しかし、そんな器用な真似ができるほどの力は俺になかった。

 そのことを残念に思いながら、俺は魔法を詠唱した。

 古代魔法の秘術で詠唱に時間が掛かったが、その分、威力は折り紙付きであった。

 


 《猛り狂う黒炎の書》と呼ばれる禁書に記載されている禁呪魔法、



炎魔人(イフリート・ノヴァ)



 の呪文を唱える。



 その呪文を詠唱し終えたとき、緑の草原は茜色の地獄絵図と姿を変える。

 あちらこちらで炎の火柱が立ち上がり、人を燃やし、焦がしていった。

 炎の柱に触れたものは即座に燃え上がり、火だるまとなる。

 文字通り灰となり、骨一つ残さず、この地上から姿を消し去った。


 火柱周辺の雨はあっという間に蒸発し、その蒸気によって大やけどを負った兵士もいたことだろう。


 それほどまでに強力な魔法だったが、それでも敵軍の猛攻を止めるまでには至らなかった。


 敵軍は容赦なく俺に襲い掛かってくる。


 敵兵の放った矢の嵐が俺に襲い掛かるが、それをはね除けたのは竜人のシガンの槍であった。


 彼は俺に突き刺さる予定だった矢をその剛槍で払い落とすと叫んだ。


「アイク様、ご無事か」


「お前のおかげで命拾いしたよ」


 俺はそう言うとジロンの方へ振り返った。


 今の流れ矢を受けていなければいいが、そう思い振り返ったのだが、幸いなことにジロンも無傷であった。


 なかなかに幸運な男だが、目の前に刺さっている大量の矢を見て、顔面を蒼白にさせていた。


「だ、旦那、やっぱりもう少し後ろに下がって指揮をした方がいいんじゃないですか?」


 ジロンはそう進めてくるが、俺の意志は変わらない。


「第8軍団の将は味方に背中は見せても、敵に背中は見せない。だからこそ俺みたいな若輩に皆、命を預けてくれるんだ。今更それを変えられるか」


 それに、と俺は続けると、本日二発目の禁呪魔法を放った。


「ここまでくればもはや前線も糞もない。後退させていたリリスとギュンター殿も前線に投入しろ。総力戦だ」


 そう言い切ると同時に、《太陽光(ソーラレイ)》の魔法を手のひらから放つ。


 俺の手のひらから放たれた太陽の光は一直線の筋となり、何百人もの敵兵を串刺しにした。


 罪深いことであったが、これも戦場のならいであった。


 俺が慈悲の心を芽生えさせた数だけ、味方である第8軍団の団員たちが死んでいくのだ。


 敵から悪魔だの怪物だの罵られようとも、ここで手を抜くわけには行かなかった。


 唱えられる数だけの禁呪魔法を放ちながら、指揮をし、味方がやってくるのを待った。


 その味方とはリリスたちのことではない。

 北方にいるはずのセフィーロの軍団でもなかった。


 先日、一緒に王都に潜入した金色の髪を持つ女性が指揮をする部隊がそろそろ増援に駆けつけてくれる頃合いだと思ったのだ。


 無論、白薔薇騎士団のアリステアは魔王軍の人間ではない。


 先日、魔王軍に協力を申し出てくれはしたが、まだ互いに信をおいているわけではなかった。


 だが、それでも彼女ならば駆けつけてくれると俺は信じていた。


 ゆえにこのような無謀な賭けに出たのだが、その賭けはどうやら俺の勝ちのようだ。


 見れば敵軍の後方から悲鳴のようなものが聞こえる。


 どうやらアリステアは後方に待機させていた白薔薇騎士団を従え、敵軍の後方に回り込んでくれたようだ。


 彼女は真っ白な馬に跨がると、剣を振り上げながら突進していた。

 その姿を見てジロンは思わず口にする。


「た、助かった」


 その言葉は俺が言いたい言葉でもあった。

 ここに来ての白薔薇騎士団の参戦はこちらにとって幸運以外の何物でもない。

 彼女は俺が考案した新兵器を携え、次々と敵軍を葬り去る。

 その姿を見てジロンは尋ねてきた。


「旦那、あれはなんですか?」


「あれか? あれはドラグーンだよ」


「ドラグーン? なんですか、そりゃ、竜騎士のことですか?」


「漢字と意味は違うがその通りだよ、あれは竜騎兵だ」


 竜騎兵(ドラグーン)とは竜を駆る騎士――、のことではない。

 前世では小型の銃を持った騎兵のことを指す。

 マスケット銃や小銃を携えた騎兵のことだ。


 無論、この世界には『まだ』マスケット銃は存在しないが、火縄銃ならば存在する。


 竜騎兵を組織することも可能だ。


 実際、前世においても伊達政宗という武将が騎兵に火縄銃を持たせ運用し、多大な戦果を上げた。


 俺がそれを真似してはいけない、などという決まりなどない。

 使えるものは全て使う。それが俺のポリシーだった。


「理屈は分かりましたが、なんで雨の中、銃を撃てるんですか?」


「あの銃は銃身を切り詰めてある。だから懐に入れられるんだ。彼女たちは皆、レインコートを羽織っているだろう」


「なるほど、でも馬上だと二発目は撃てないんじゃないですか。弾は込められないし」


「二発目など不要だ。竜騎兵の役割は敵を強襲し、敵に銃弾を浴びせ、そのまま敵陣を切り裂くことにある。要は一発撃ったら銃は捨てて、剣や槍に持ち替える。だから問題はない」


 俺がそう言い切ると、アリステア率いる白薔薇騎士団は、第一撃を打ち終え、突撃をしていた。


 敵陣は綺麗に真っ二つに切り裂かれる。


「なかなかの采配ぶりだ」


「以前、旦那がぼっこぼこにしてやった娘の指揮とは思えませんね」


 ジロンはそう茶化すが、アリステアも先ほどまで顔を青ざめさせていたオークにそこまで言われたくないだろう。


 俺は、


「……本人の前では絶対に言うなよ。ともかく、今は攻め時だ。真っ二つにした敵軍の一方を包囲殲滅するぞ。第8軍団に指令を下せ」


 そう命令を下すと、第8軍団は一糸乱れぬ行動で敵軍を包囲した。


 先ほどまで劣勢に追いやられていた軍団とは思えぬ素早さである。

 敵軍を包囲した第8軍団はあっという間に敵兵を殲滅していく。

 大混乱に陥った敵軍は、もはや先ほどの勢いを保てなくなっていた。

 俺はそれを見て勝利を確信したりはしない。

 敵軍の半分を壊滅したとはいえ、まだ敵軍の将は健在であった。


 彼はローザリアの宿将と謳われる武人である。この程度でへこたれるわけがなかった。


 ただ、俺は敵の半分を包囲殲滅し、アリステアと合流したとき、笑みを漏らした。

 彼女から吉報を聞いたからである。


「アイク殿、今し方ですが、セフィーロ殿率いる第7軍団が王都攻略に駆けつけたそうです」


 アリステアの報告を聞いて俺は文字通り一息ついた。


 この戦の趨勢はまだ定まらないが、少なくとも彼女の言葉で、俺は戦略的な勝利を確信したからである。


 アインゴッドはいまだ健在であり、この勝負の行方は分からないが、少なくともこれで王都リーザスは魔王軍の手に落ちる。


 それはこの戦の当初の目的である。

 つまり魔王軍は戦略目標を達成した、ということになる。

 俺は魔女セフィーロの手腕を信頼していた。


 今頃、彼女はお得意の《隕石落下(メテオ・ストライク)》で王都リーザスの城門に大穴を開け、城攻めを進めていることだろう。


 粉砕の戦鬼の異名を持つ旅団長が破城槌で城門を破壊し、マンティコアのクシャナが門番を打ち倒し、人狼のベイオがその嗅覚でアイヒスを見つけ出す。

 

 その光景を信じて疑わなかった。

 ゆえに安心して戦場に集中できる。

 安心して王都をセフィーロに任せると、目の前の敵を倒すことに集中した。

 敵軍の数はおよそ3000。

 こちらの数もおよそ3000である。

 ほぼ同数である。どちらもまだ戦意旺盛であった。


「それにしてもあのアインゴッドという奴は化け物ですか? 普通ここまで兵を減らされたら、退却するものですが、いまだ戦意を保っている。いや、それどころか開戦当初より戦意旺盛に思えるのですが」


 ジロンはそう評するが、それには俺も同意であった。


「まったく、化け物だよ、あの老人は。ジロンには伝えたかな、アインゴッド将軍とはリーザスの王宮で出会ったって」


「それは初耳です」


「その時、廊下で会話したのだが、その時話しただけでも傑物だと分かったよ。それにこの男は死に場所を求めている、ってな。恐らくだが、アインゴッドは最後の一兵になるまで戦うだろう」


「しかし、兵たちはどうでしょうか? 流石にそろそろ逃亡する兵も出てくるのでは?」


「出てくるかもな。だが、それでもあの老人は最後まで戦うよ」


 俺はそう宣言すると、第8軍団、それに白薔薇騎士団に号令をした。


「今さら、敵将に投降を勧めても無駄だ。アインゴッド将軍は自決さえされないだろう。ならば我が魔王軍も彼の勇気に全身全霊をもって応えたいと思う」


 俺がそう命令を下すと、第8軍団の諸将たちは無言で頷いた



 ドワーフの王ギュンターは俺の側まで馬を走らせてくると囁いた。


「しかし、厄介なものだな。武人の矜持(きょうじ)という奴は。まあ、ワシも人のことはいえないが」


 ギュンターとアインゴッド、種族は違えど似たようなところがあるのだろう。


 会話を交わしたことはないが、その生き方に共感めいたものを覚えているのかもしれない。



次いでやってきたのはサキュバスのリリスだ。

 彼女も武人の端くれなのだろうか、強敵に対する賞賛を惜しまない。


「アインゴッドの奴はなかなかの用兵家ですね。それにその忠義心もあっぱれです。あそこまで主に忠節を尽くせるのは魔王軍でも私くらいですよ」


 アイクさまの為でなければあそこまで奮闘できませんけど、と付け加えた。



 次にやってきたのはエルフのアネモネだった。

 彼女はアインゴッドをこう評した。


「かの将軍には守りたいものがあるのでしょうか。彼からは我らエルフが森を守るときに発するような意気込みを感じます」


 

 俺は部下たちの言葉に耳を貸すと、持ち場に戻るように命令を下し、突撃をするように命令を下した。


 勝敗の行方は分からなかったが、恐らく、次が最後の戦いとなるだろう。


 勝つにしろ、負けるにしろ、俺が死ぬか、アインゴッドが死ぬまでは決着が付かないだろう。



 改めて決意をすると、号令を下した。


「全軍、突撃せよ!」


 その言葉と共に、第8軍団と白薔薇騎士団は突撃を始めた。


 数十秒後、ローザリア最後の軍隊と剣を交え合う。

 勝敗の行方は――

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