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東方鼬紀行文  作者: 辰松
二、幻想鼬
29/29

其之二十九、鼬九尾狐と共に猫を狩る事

書けぬ…書けぬぞぉ…

 迷いの竹林訪問より数日後。

 四月中旬のある朝方、我が栖由邸の書室にて。


「猫を飼いたいと思う」


 床にぺたりと寝そべって、金平糖など食べつつ本の頁を捲る九尾狐―――八雲藍に、俺はおもむろにそう言った。


「うん……?」


 藍が本から顔を上げ、胡乱な目で俺を見る。本日、紫は式に任せられない大切な用が有るとか―――何でも外から大妖が来るそうな―――で、今日は彼女だけが遊びに来ているのである。


「だから、猫を飼う」

「……はあ。それを、なんで私に言う?」

「なんでも何も」


 ぴし、と彼女を指差す。


「お前さん猫好きだろう」

「む……っ!? いや、私は、別にそんな」

「お前さんが今熱心に読んでるそれは何だオイ」


 東京に居た頃手に入れた世界猫全集第二版全八二七頁・ほぼ全貢にある色彩豊かな挿絵が印象的―――である。


「と、言うかお前さん。隠してる積もりだったのか」

「う、ぐ……ゆ、紫様には言ってくれるなよ」

「……いや、何で?」

「そうと知ればあの方はきっと、私の目の前で嬉々として猫を虐めるに違いない」

「お前さんはそう言う目であいつを見てんのか」


 そもそも紫も大概勘が良いからして、気付いてないなんて事は有り得ないが―――それは言うまい。

 ……まあ。もし藍がこんな事を言っていると知れば、紫は嬉々として猫を虐めるやも知れない。


「それで……何なんだ。猫飼うって、それを私に言ってどうする」

「猫を飼う為には、先ずは猫を捕まえにゃ。お前さんなら多分、何処に猫が居るか知っとるだろ」

「……まあ、この幻想郷に私が知らない猫は居ないが」

「……」


 わあ予想以上。


「ま―――まあ、その圧倒的猫力で協力して欲しいっつう話でな?」

「何だ猫力って」


 知らん。


「で、どうよ」

「……断る」

「えー」


 ふん、と鼻を鳴らして本に目を戻す藍。若干想定外である。この猫好きなら喜んで協力してくれるだろうと踏んでいたのだが。


「何でよ。良いじゃないの手伝ってくれても」

「私が見付けた可愛い猫の居る場所全十七カ所―――何でお前に教えてやらねばならんのだ」

「……」


 本当に予想以上にアレである。何だこいつ。


「まあ―――何だ。猫飼うならやっぱり、多頭飼いだと思うんだ俺は」

「当然だな」

「で、この屋敷は広いからな。沢山飼おうと思う訳だよ」

「……」

「つまりな。お前さんが協力してくれて、猫を集める事が出来りゃあ、お前さんはウチに遊びに来る度猫達と戯れる事が」

「よし行こう直ぐ行こう」


 藍は瞬く間に立ち上がり縁側から庭に降りた。目を綺羅々々と輝かせ尻尾をゆらゆらと振り、俺を手招きしている。


「……。いや、まあ、良いけど」


 友人の何だか嫌な新しい一面に戦慄しつつ、俺は上機嫌の藍に続くのであった。




◇◆◇◆◇




 と、言う訳で。


「やっぱり此処だな。野良猫が一番多いのは」

「まあ、そうだろな」


 やって来ました人里。

 『窓』で近くまで移動し門から入る。不法侵入が趣味な何処ぞの紫婆とは違うのである。あいつは玄関と言う物が何の為にあるのか分かっていないのではなかろうか―――まあ、言うだけ無駄であるが。


「……で、お前は何で人間に化けてるんだ?」

「何、気にすんな」

「お前、黒髪似合わんな……」

「うるせえよ」


 藍は顔を知られているらしく、門番に挨拶等されていた。そして俺はと言うと、まだ此処に来るのは初めてであるが、恐らくは此方では未だ珍しい眼鏡の為だろう。顔は覚えられていた様で、藍と一緒に居るのを大層驚かれた。


「んで猫は何処いずこに」

「ついて来い」


 藍に先導されて歩き出す。金色の九尾がゆっくりと左右に振れているのは、猫に会うのが楽しみだからであろうと思われる。


「ところで―――どうだ、最近。幻想郷には慣れたか?」


 と、顔を前に向けたまま藍がそんな事を聞いて来る。珍しくも俺を気遣う様なその言葉は、やはり機嫌が良いからだろうか。


「まあ……ぼちぼちだな。知り合いにゃあ大体会ったし、家も落ち着いたし」

「ああ、家と言えば―――」


 横を歩く俺の顔を覗き込む様に、藍が此方へ振り向いた。


「前々から思っていたんだが、何だあの家。何で妖怪屋敷になってるんだ」

「天狗じゃ! 天狗の仕業じゃ!」

「は?」

「いや何でもない」


 実際天狗の仕業である。

 余談だが、我が栖由邸の有様を噂に聞いてか、あれから文は訪ねて来ない。別に怒っちゃいないのだが。


「まあ、何でも良いが……。猫を襲ったりしないんだろうな」

「俺の言う事は聞くよ。お前さんも、要らんちょっかい出された事はねえだろ」

「……紫様は、矢鱈と頭上の天井を鳴らされていたが」

「ありゃ俺がさせたの」

「……」


 家鳴やなりと言う妖怪達によるちょっとした嫌がらせである。身長一尺程の小鬼の様な姿をしており、名の通りぎしぎしと家を鳴らす妖怪だ。

 尚その時、延々鳴らされ続けた末に紫は妖力弾を撃ち込んだ。天井に穴が空いた。非情である。


「……まあ、何でも良いが」

「うむ」


 腕を組み尊大に頷くと、藍は呆れ顔で前に向き直った。


「お前は、アレだな。昔会った時から全く変わらん」

「何時までも少年の心を忘れずに居るのさ……」

「……何馬鹿な事を言ってる。紫様じゃあるまいに」

「お前さん、結構ギリギリな発言するよな」


 主への忠誠心はどうした。俺としては勿論どうでも良いが。


「……っと、こっちだ」

「ん? おォ」


 藍がふと脇道に反れた。大通りの喧騒を離れ、狭い路地裏を縦に二人並んで歩いて行く。左側の建物は飯屋か何からしく、食べ物の香りがぷんと匂ってきている。

 そう言えば、もう直ぐ昼飯の時間である。猫捕獲を終えたら藍に狐蕎麦でも奢ってやろうか。

 そんな事を考えながら歩く内、視界がぱっと開ける。


 其処にあったのは、小さな空き地であった。

 長らく手入れする人もないのか随分と荒れており、雑草の類が伸び放題である。恐らくは、周りの建物を建てた際に土地が余り、通りに面していないが故に放置された結果なのであろう。


「……ほほう。結構居るじゃねえの」

「そうだろうそうだろう」


 人っ気がなく日当たりが良いからであろう、其処には十数匹程の猫達がたむろしていた。

 中の数匹が、俺達に気付いて気怠げに頭を上げて此方を見る。俺の横でにこにこしている藍を見ると、途端どうでも良さそうに目を閉じた。馴れているらしい。


「さて……」


 一番近くで寝転がっている三毛猫に歩み寄り、少し離れた所でしゃがみ込む。三毛猫は薄目を開けて此方を見遣るが、逃げる様子はない。結構、と地に手を付いて距離を詰める。


「よォにゃんこ。調子はどうよ」

「にあ」

「そりゃ良かった。で、物は相談なんだがな」

「みい」


 投げ出された前足の肉球をふにふにしながら話し掛ける。三毛猫は少し迷惑そうな顔をしているが気にしない。


「お前さん、うち来ないかい」

「なああ」

「左様か」

「にい」


 俺は我が家に繋げた『窓』を開くと、三毛猫を抱き上げ中に入れる。三毛猫は特に抵抗するでもなく『窓』の向こうへと消えた。一匹目げっとである。


「おい、八切……」

「うん? 何だ」

「……いや、何でもない」


 その様子を見ていた藍が、実に物言いたげな顔で声を掛けてきた。しかし、首を傾げる俺を見て口を閉じる。何だと言うのか。


「よし、次お前さん」

「にゃ」


 藍に背を向け、とりあえず目に付いた黒猫に狙いを定める。


「どうよ最近」

「に」

「そうかそうか。うち来るかね」

「ぐるぐる」

「宜しい」


 黒猫を抱き上げ『窓』に入れる。早くもニ匹目である。この調子で十匹は欲しい所だが。


「……八切」

「うむ?」

「お前、猫と喋れるのか」

「んな訳なかろう」

「…………そうか」


 微妙な顔で佇む藍であった。




◇◆◇◆◇




 そんな感じでしばらく猫を狩り、取り敢えず十一匹捕獲。『窓』の向こうを覗くと、庭をうろつく猫達とそれを遠巻きに眺める妖怪達と言う構図が出来上がっていた。言い付け通り要らん真似はしていない。

 尚、ウチの妖怪が俺の言う事を聞くのは、主に菓子の為である。遇に悪さをする奴も居るが、少し虐めると大人しくなる。


「……まあ、こんなもんで良いか」

「そうだな」


 十一も居ればもう十分であろう、と猫捕獲を打ち切る事にする。ちなみに藍は、俺が猫を捕らえている間中、他の猫達と戯れていた。何だかつやつやしている様に思う。

 何はともあれ、後は昼飯でも食って帰ろうか―――と。そう思った、その時であった。


「……にゃあ」

「ん?」


 立ち去ろうとした背後から、猫の鳴き声。その低めの声に呼び止める様な雰囲気を感じて振り返る。

 其処に居たのは、真っ白い、年老いた猫であった。此方をじっと見据える金色の眼が経た年月の重みを感じさせる。おお、と藍が口を開いた。


「白か。久し振りに見たな」

「白?」

「人里の猫の親玉だ。一番の年寄りだが喧嘩も強い。で……」


 藍が指差した先で、白とやらの尾が揺れている。何だ、と良く見れば先端が分かれ始めている様に見える。


「化け掛けてるのか」

「そうだ。どうやら幻想郷では、外よりも化け猫に成るのが多くてな」


 化けた猫は大抵、迷いの竹林や妖怪の山へゆくのだ―――と、藍はそう言った。この化け掛けの白猫も、もう直ぐ里を出て行くのであろう。


「ふむぅ……」

「……」


 顎を摩りながら白を見詰める。老猫は、静かな眼で此方を見返している。

 人里のボス猫だと言うから、多分、群れの猫が乱獲されていると聞いてやって来たのだろう。勿論同意の上であるから敵意を持たれる筋合いは無いし、彼も解っているのであろう、此方を見定める様に凝視するばかりである。

 ―――それにしても、化け猫。


「おい八切……真逆とは思うが、白も連れて帰る積もりか?」

「いかんかな?」

「いや、別にいかん訳じゃないが……あれは気難しいぞ。私は触らせて貰った事すらない」

「ううん」


 しかし―――化け猫である。是非とも家に欲しい。


「なァ白とやら、うちに来る気は無いかね」

「にゃ」

「そう言うなよ。中々悪くない所だぜ」

「にゃん」

「むむむ」


 手強い、と眉根を寄せ、また顎を摩る。どう勧誘した物かと頭を捻っていると、藍が俺に指を突き付け何やら大声を出す。


「や―――やっぱりお前、猫と喋ってるだろう! 明らかに意思疎通してるじゃないか!」

「何言ってんのお前さん……猫と鼬が喋るとか童話じゃねえんだから……」


 現実見ろよ引くわー、と呆れ顔をしてみせると、藍は頭を抱えてしまった。


「は、腹立つ……」

「おいおい落ち着けよ」

「にゃあ」

「ほら、白もこう言ってる事だし」

「……」


 藍は両の米噛を押さえて深呼吸している。苛立ちを治めようとしている様だ。―――嗚呼、最初に会った時と比べて、何と成長した事だろう!

 そんな事を考えている間に藍は平静を取り戻したらしく、ゆっくりと息を吐き出した。


「ふぅぅ……もう良い。お前に真面な答えを求めた私が馬鹿だった……」

「ばーかばーか」


 殴られた。




◇◆◇◆◇




「……ついて来てるじゃないかッ!」

「いや、怒られても……」


 昼飯時と言う事で、猫の溜まり場を後にした俺達は里の蕎麦屋へ向かっていた。そしてその後ろを、付かず離れず追ってくる白い影。


「何か……観察されてるっぽいなあ」


 白い老猫は、俺の一挙一投足を見逃すまいとでもしているかの様に凝視している。

 いやんそんなに見られたら照れちゃう、等と我ながら気色の悪い事を考えていると、藍が羨ましげ―――と言うよりは嫉妬の篭った声を出す。


「なんで貴様は……そんなに簡単に猫に懐かれてるんだ……」

「いや、懐いてるって感じじゃなかろ……」


 と言うか、貴様って。昔に戻っている。


「糞ぅ……鼬の癖に……」


 物凄く不満げな顔で呟く藍。俺が会ったばかりの猫と親しげなのが余程気に入らぬらしい。―――否、気に入らぬ、と言うよりは納得出来ないのやも知れない。


 猫と言うのは決して人懐こくはない獣である。先程、あの場所の猫達は藍をあっさり受け入れていたが、其処まで漕ぎつけるにもそれなりに時間が掛かった事だろう。

 その辺りの苦労と、俺のあっさり加減に、藍にも思う所があるのであろう。


 等と藍の心中を想像している内に、蕎麦屋に到着した。屋号は英里庵えいりあん―――凄いネーミングである。

 蕎麦屋に入ると、白は何処ぞへ消えた。外に出れば戻って来る様な気はする。


 藍は当然と言うか狐蕎麦を、俺は月見蕎麦を注文する。ずるずると啜っている内に、藍の機嫌は幾分宜しくなったらしく、ほくほくした顔で油揚げを齧っている。


「やっぱ、狐だし、油揚げ好きなのか?」

「それはな。当たり前だ」

「―――まあ。だよなあ」


 古くから、狐の好物は鼠の油揚げであるとされ、狐を捕らえる罠にもしばしばそれが使われた。其処から豆腐の油揚げを稲荷に供える様になり、故に狐は油揚げが好きだと言われる様になったのだそうだ。大元は鼠なのである。

 ―――藍も鼠を食うだろうか。


「なあ、藍」

「何だ?」

「例えばさ、猫が鼠捕ってきたら、それ食う?」

「……貴様は私を馬鹿にしているんだな。そうなんだろ」

「いや、これは本気」


 何故か殴られた。理不尽だ。




◇◆◇◆◇




 蕎麦を食い終え店を出て、何処からともなくまた現れた白に追われつつしばらく歩くと、山の方から急速に黒雲が広がって来た。どうやら一雨来そうである。


「藍、傘要る?」

「ああ……借りよう」


 『窓』から引っ張り出した蛇の目傘を、渡すか渡さないかの内に、もうぽつぽつと来た。随分足の速い雨雲であるなあ、と怪訝に思いつつ傘を広げる。

 周りの里人達は、急な雨に慌てて建物の軒先に入り出す。先程まではからりと晴れていたモノだから、濡れぬ先の傘の実践者は余り居ない様だ。


「……あ。白」


 と、付かず離れずを保っていた白が此方へ歩いてきた。濡れるのは嫌だったと見える。白は俺と藍を見比べた後、藍の足元へ身を寄せた。藍が勝ち誇った顔で俺を見る。


「どうだ!」

「ああ、うん……」


 こんな時なんて言ったら良いか分からなかったので、適当に言葉を濁して歩き出す。藍は白を抱え上げ肩に乗せると、俺の後について来る。


 しかし強い雨、と傘を傾け空を見る。降り出して十分と経っていないのに、すっかり土砂降りだ。今は書生姿故、足元が洋靴ブーツだから良いが、普段の草履ならおちおち歩けもしない程である。


 山―――幻想郷に山らしい山は妖怪の山しかない―――の方から雲が広がってきた事を思うと、もしかすると妖怪の仕業ではなかろうか。そんな事を何とは無しに、藍に言ってみる。


「……そうかも知れんな」

「え? マジでか」


 かなり適当な考えだったのだが、藍はこくりと頷く。


「今日、外から妖怪が来ていると言う話はした筈だな?」

「おう。聞いた」

「それが、同時に二人来ていてな。両方ともかなりの大妖で、眷属も沢山居ると言うから……少し荒れているのかも知れん」

「へえ……」


 片方は水妖だと聞くしな―――と、藍は締め括った。……しかし、とすると。


「……早く帰った方が良いかもな。俺の家、アレのすぐ下じゃねえか」

「……そう言えばそうだな」


 取り急ぎ『窓』を開き帰宅する俺達であった。




◇◆◇◆◇




「あら。お帰りなさい」

「……只今、不法侵入者」


 俺達を出迎えたのは、猫を膝に乗せた紫であった。勝手に淹れたらしい茶を横に金平糖を齧りながら、縁側から妖怪の山を眺めている。

 猫達はと言うと、皆縁側から上がって座敷に居た。柱で爪を研いでいる奴が居るが……まあ良かろう。


「お前さん、今日は忙しいんじゃなかったのかい?」

「そりゃあね。今はちょっと小休止、よ」


 そう言って、紫は山に目を戻し、一口茶を啜った。小休止なら他所でやって貰いたいモノである。


「……で、あの山は一体どうしたのです」


 藍の言葉に釣られる様に、俺も山へと視線を向ける。豪雨の降り注ぐ妖怪の山は、何と火勢を上げている。上は大水、下は大火事―――何ともはや。制御された炎なのか、余り燃え広がる様子がないのは幸いである。


「今日幻想郷(ここ)に来た妖怪二人が、ちょっと喧嘩してるのよ」

「そりゃまた何で」

「……勘違いと考え無しと小さな悪意の集積、かしらね」

「つまりお前さんの所為か」

「私の悪意じゃないわよ」


 ともかくも、大妖怪の喧嘩騒ぎらしい。何とも端迷惑な連中である。


「……止めて来るかな」

「その必要は無いわ」


 正直雨は好きではないし、そうでなくとも余り降り続くのは困る。そう思って呟くと、紫が俺を止めた。


「もうそろそろ、着く頃だもの―――」


 ―――そう、言い終わるか言い終わらないかの内に。

 妖怪の山の中腹から、凄まじい轟音と閃光が広がった。木々を舐めていた豪火が消し飛び、雨雲が吹き散らされ、ついでに何やら複数の悲鳴が上がる。


「…………何、今の」


 思わず頬を引き攣らせる俺。一方紫と藍は、何でもない様な顔をしている。


「博麗の巫女よ」

「巫女、って……あの、華とか言う?」

「ええ」


 ……あのやたらに頼りなさげな少女。確かに強い霊力は感じたが―――いや。いやいや。幾ら何でも今のはどうなんだ。


「それじゃ、後始末に行って来るわ」

「行ってらっしゃいませ」

「……」


 ぼけっとしている間に、紫はスキマへと消えて行った。ふと空を見れば、見る見る黒雲が消えてゆき太陽の光が射して来る。その様は、中々に感ずる物のある光景であった。


「……まあ、良いか」


 大自然の美に心を洗われた俺は、瑣事に捕われる事を止めた。

 ―――思考停止とも言う。




◇◆◇◆◇




「猫に名前を付けます」

「うむ」


 さて。

 かりかりと金平糖を齧る俺と藍の前には、十一プラス一匹の猫が居る。成り行きでウチに来ていた白は、どうやら此処に住まう事を決めたらしい。俺の事をずっと見ていたのは、値踏みでもしていたのであろうか。

 尚、白には名は付けない。元から付いているのだから必要有るまい。


「で―――まず、こいつの名前は天狗だ。次、河童。んで、鬼―――」

「待て待て待て待て」


 順繰りに指差しながら名付けていく俺を、横から藍が止める。


「何だお前天狗に河童に鬼って。猫に付ける名前かそれが」

「えー。犬に付けとる奴ァ居るぜ」

「居るかそんな奴ッ」

「多々良勝五郎先生を知らんのか」

「……誰だ?」


 いやまあ。知ってる筈がないけれど。


「と言うか、本当に本気か? 私は絶対に嫌だぞ」

「むむむ……」


 ペットに妖怪の名前を付ける、と言うのは俺のささやかな夢だったのだが。……まあ確かに、妖怪が実際に居るこの幻想郷では、名前を呼ぶ時に些かややこしいかも知れない。

 河童はともかく、天狗も鬼もウチには来るのだし。


「んじゃ、お前さんはどんな名前が良いんだ?」

「む? そうだな……」


 藍は少し頬に手を当ててから、名前を呼びながら猫を指差していく。


「あまりりす、まあがれっと、ええでるわいす……」

「止めろ止めろ止めろ止めろ」


 背筋にぞわぞわ来る名前を連ねる藍を慌てて止める。


「な―――何だその名前」

「か、可愛いだろうが」

「可愛い過ぎるわッ。少女趣味全開じゃねえか」


 全く以て俺の趣味ではない。絶対に人前で呼びたくない。呼べない。断固拒否である。

 と言うか。西洋の花の名前なんて一体何処で知ったのか。


「じゃあどうするんだ」

「ああ、うん……花の名前ってのは良いかも知らんな。ただもうちょっと和風によ―――」

「ふむ。つまり、例えば―――」




 ―――と、言う訳で。


 俺は黒猫を指差し。


「お前さんは、蜜柑」


 藍が、三毛猫三匹に。


「お前達は、梅、椿、桜だ」


 俺が、白黒のブチ猫二匹に。


木天蓼またたび、福寿草」


 藍が、赤っぽい猫二匹に。


「牡丹、山茶花さざんか


 俺が、トラ猫ニ匹に。


すすき仙人掌さぼてん!」


 ……。


「何か、違う……」


 俺が名前を付けた方の猫達を見つつ、微妙な表情で呟く藍であった。


 知らんがな。



ちょっと変更:猫の名前

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