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  東方鼬紀行文 作者:辰松
良いお年を
二、幻想鼬
其之二十八、鼬迷いの竹林へ赴く事、下
 てゐに連れられて、二人が暴れている真下の辺りへ向かう。時折流れ弾が降って来て非常に危ない。他の兎達はと言うと、てゐに言われてさっさと逃げてしまった。
 竹が焼け焦げる臭いに、俺は小さく鼻を鳴らす。

「竹薮焼けた……だな」
「まんまじゃん」

 正確には現在進行形で焼けているのだが、まあそれはさておき。

「で―――どうすんの? 何とかして止める? 私は手伝わないけど」
「うむん……」

 まあ―――止めても良いのだが。妹紅のお相手も一応知り合いなのだし。
 ただ、アレがかぐや姫だと言う事は、多分彼女(ヽヽ)もこの辺に居る筈なのだ。一度会っておきたいのだが―――。

「あら」

 と。背後から、正にその彼女の声。
 振り返ると、何時かと全く変わらず、青と赤の前衛的な服に身を包んだ銀髪の女性が立っていた。名前はそう、確か……。

「八意永琳―――だっけか」
「ええ。貴方は八切七一だったわね」

 この唐突な再会にも、特に驚く様子も無く彼女は頷いた。そして何と俺の名を覚えている。一度名乗っただけなのに、大した物である。

「久しいな。千年振りにはなるか」
「そうね……私にとっては、久しいと言う程の時間ではないけれど」
「……んう。そう言やお前さん不老不死か」

 億単位で生きている―――とか何とか、もう一人の方から聞いた気がする。ならば確かに千年程度、如何程の物でもあるまい。

「それで―――」

 永琳女史―――慧音女史と同じく、彼女にもこの呼称が相応しい―――は、俺から視線を外し空を見上げた。釣られて顔を上げれば、音と光を撒き散らす二人。

「―――あの娘に、会いに来たのかしら」
「あの娘ってのが、かぐや姫じゃなくて妹紅の事を指してんなら、まあそうだよ」

 ふうん、と永琳女史は気の無い返事をして、俺に向き直った。

「あんなが、蓬莱の薬を飲んでいたと言う事にもだけど。彼女が貴方と知り合いだって事には、とても驚かされたわ」
「成り行きだ、成り行き」

 適当に答えながら尻尾に腰掛ける。……あの喧嘩は、どうなったら終わりなのだろうか。やっぱり何方かが死ぬまで続けるのか。生き返るけど。
 空を見上げてそんな事を考えていると、横から服を引っ張られた。てゐである。

「……ねえ、ちょっと。あんた師匠と知り合いだったの?」

 師匠―――多分永琳女史の事であろう。

「まあ、なあ。千年くらい前に会った」
「じゃあ……姫様とも?」

 姫様―――これは間違いなくかぐや姫だ。

「そうな。知り合いっつうかまあ、本当に知ってるだけなんだが」
「……ふうん」

 てゐは首を傾げて口を尖らせる。俺が一体何者なのか、計り兼ねているらしい。まあ、多少長生きな普通の鼬である。
 と、ふと永琳女史に聞きたかった事を思い出した。

「なあ、永琳女史よ」
「……女史?」
「何か賢そうな雰囲気だから。嫌か?」
「別に。それに貴方は、嫌だと言ってもそう呼ぶのでしょう」
「……むむむ」

 会話も殆どしていないのに、俺の性格が分析されている。この人怖い。

「聞きたい事が有るんだが」
「何かしら」
「……千年前よ。俺ぁお前さん等を助けたじゃねえか」
「そうね。感謝しているわ」
「あの助けよ。本当、必要だったか?」
「……」

 永琳女史はほんの少し驚いた様な顔をして、俺に目を向けた。

「どうしてそう思うのかしら」
「……今もっ回会っても改めて思うんだが。お前さん、何か怖ぇのよ」
「怖い?」
「ん……底知れねえ、っつうか。俺なんぞが要らん手ェ出さんでも、自分等でどうとでも出来たんじゃねェかな、と……」
「まあ、そうね」
「うぉいっ」

 目茶苦茶あっさり肯定された。

「何だそりゃぁ……俺格好悪……」
「ふふ」

 助けてやるヨ(キリッ)なんて言ってた自分に軽く自己嫌悪である。頭を抱える俺に、永琳女史は小さく笑った。

「姫様は、嬉しかったそうよ?」
「あん?」
「男の子に助けられるのはお姫様の仕事―――ですって」
「……んが」

 何だそりゃぁ。……でも、まあ。

「まあ―――なら、良いや」

 良い事にしよう。した。よし。

「ところで永琳女史よ」
「何かしら」
「あの喧嘩、どれくらいで終わるかな」
「……日によるわ。丸一日続く時もあれば小一時間で終わる時もある」
「むぅ」

 それはまた面倒な事だ。やはり多少の危険を冒しても止めるべきだろうか。やだなあ。

「ただ―――」
「ん?」
「今日は随分と、姫様の方が優勢ね。普段はもっと五分五分なのだけれど。早く終わるかも知れないわ」
「ふむ」

 言われて見上げれば確かに、服や身体の損傷は妹紅の方が幾らか多い。妹紅の動きはどうも精彩に欠け、些か直進的と言うか、何か感情をぶつけているだけの様な―――。

「まあ、今日の喧嘩からして憂さ晴らしだったみたいだし……精神状態が余り良くないのね」
「憂さ晴らし?」
「一番最初に、『あいつが来なくて苛つくから相手しろ』と言っていたわ」
「…………」

 沈黙する俺を、笑いを含んだ目で見てくる永琳女史。『あいつ』が果たして誰の事なのか、聡明な彼女は良く分かっているらしい。
 残念ながら聡明に非ざる俺には分からない。分からないったら分からない。

「……そんならまァ、終わるのをのんびり待つとしようかい」
「あら。あの娘が負けても良いのかしら?」
「負けたって死にゃせんよ」
「それはそうね」

 何とも投げ遣り気味な会話である。
 さておき俺は『窓』を開き、茣蓙やら小机やらを出して茶の準備を始める。てゐが物凄く変な物を見る目で此方を見ているので、キメ顔で笑い掛けてみる―――大丈夫だ、問題ない。

「……師匠。私もう永遠亭に帰ってますね」
「そう。分かったわ」

 問題だったらしい。この世の全てが一気にどうでも良くなった様な顔をしたてゐは、永琳女史に一言断って去って行ってしまった。

「ねえ」
「ん?」

 キメ顔が宜しくなかったのだろうか、と表情を作る練習をしていると、永琳女史が声を掛けて来る。小机の上の茶器を指差して、曰く。

「私も良いかしら」
「……どぉぞ」

 軽く肩を竦めて、座布団を出して敷く。永琳女史はその上にそっと正座した。格好から何から日本人離れしている割に、行儀作法の成った御人である。

 ―――って。日本人離れと言うかそもそも、地球人ですらないのか。良く考えれば彼女、すぐ近くの衛星とは言え、元異星人である。宇宙人である。いんべーだーでえいりあんでぷれでたーである。
 ……最後のは違う気がするが。

「……ふーふー」
「……」

 そんな思いと共に改めて目を向けると、宇宙人はお茶を吹いて冷ましていた。……猫舌なのか、宇宙人。

「……熱いのは苦手なのよ」

 俺の物言いた気な視線を感じたか、永琳女史は言い訳がましくそう言った。別に悪いとは言っていないが。

「熱いから美味いんだろうに」
「飲めない物は仕方ないわ」

 言いつつ、永琳女史は茶菓子に出した煎餅を奇妙な物を見る目で眺めている。もしかすると、煎餅を知らないのだろうか。

「ほれ」
「む」

 異星間異文化交流な気分を味わいながら、煎餅を手に取り食べて見せる。永琳女史も意を決した様に手を伸ばした。
 しかし千年近く地球に居て煎餅を知らないと言うのは何故だろう。……ただ単に、駄菓子の類なぞ口にする機会が無かったのかも知れない。

「……これ、歯に挟まるのだけど」
「く」

 と、煎餅を齧った永琳女史は困った顔でそう言った。思わず笑いを漏らす俺。先程までの凛とした様からのこの落差―――そうかこれがギャップ萌えか。……いやいや。

「美味しいけど、これは欠陥ね……何とか直せないかしら」

 そんな事を呟きながらまじまじと煎餅を眺める永琳女史。流石宇宙人、些かズレた思考回路である。

「時に永琳女史―――」

 ズレている、で思い出したが。

「その服って、お前さんの趣味なの? 宇宙人の流行?」
「……厭味?」
「いやいやいや」

 ジト目で見てくる永琳女史に、ぶんぶんと手を振って否定する。
 ……しかしこの反応から鑑みるに、その赤青互い違いの服装が、地球において余りにハイセンス過ぎる事を自覚しているらしい。

「分かっているわよ。この服装が、地球で浮いている事くらい」
「はあ。んじゃ何で」
「姫様が、良く似合うから着ていなさいって言うのよ」
「……」

 パワハラであった。

「地球では―――って事は、月では普通なのか」
「まあ、そうね。一昔前の流行だったけれど、浮く程ではなかったわ」

 流石宇宙人である。この床屋の前に立ってくるくるしていた方がまだ目立たなさそうな服装も、別段おかしくはないらしい。

「個人的にはどうよ、その服装」
「悪くないと思うわ。此処では変な目で見られるけど」

 やっぱり彼女も宇宙人である。

「なら、貴方はどう思うのかしら」
「凄く変」
「……あ、そう」

 永琳女史は若干残念そうな顔をして、冷めたお茶を啜った。……だって変なんだもん。仕方ないじゃない。
 心中言い訳しつつ、俺も茶を啜る―――と、その時。

「のあああああ―――!」

 物凄い絶叫と共に、空から妹紅が突っ込んで来た。炎の欠片を撒き散らしながら俺のすぐ横の地面に衝突し、二三度バウンドしてからずざざざと滑って止まる。
 どうやら叩き落とされた様だ。凄絶である。

「ふふん……口程にも無い」

 等と芝居掛かった台詞と共に、もう一人も降りて来た。懐かしのかぐや姫である。袖の広い薄桃の洋服に長いスカート―――何方もフリル付き―――と、永琳女史とは違い随分様変わりしている。
 が、その髪も服もあちこち焼け焦げ、薄ら煙を上げている。髪の方は既に再生しつつある様だが。

「さ、そろそろ降参なさい……今なら土下座して靴を舐めるだけで許してあげる……!」

 びしりと妹紅を指差し、高らかに言うかぐや姫。芝居掛かり過ぎ―――と言うか、それは姫様ではなく女王様だ。
 それにしてもこのかぐや姫、ノリノリである。

「……こんッのォ……調子に、乗ってんじゃ―――」

 地に伏せっていた妹紅が身を起こし、その手をかぐや姫に向けて掲げる。

「ねえぇえッ!!」

 叫ぶと共に掌で火炎が爆発し、かぐや姫を襲う―――ってか範囲広いって。危ないって。
 若干恐々としつつ茶器類を素早く片付け、茣蓙や小机の真下に『窓』を開き丸ごと落とし込み自分も退避。因みに、永琳女史は疾うに消えていた。流石。

「輝夜ァァぶっ殺ォォす!!」
「やれるもんならやってみなさい!!」

 いや、無理だろ殺すのは。お互い。
 ともあれ俺は、立ち上がり炎翼を広げた妹紅の背後側へと降り立ち、また尻尾に座り直す。頭に血が上った妹紅は、俺の事も目に入っていない様だ。

「……て、え?」

 と。俺に背を向けた妹紅を挟んだ向かい側に居るかぐや姫が、漸く俺に気付いて目を瞬かせた。よ、と小さく手を上げてみせる俺。

「……久し振りね、貴方。何時から其処に居たの」
「あ? 何言ってんだテメエコラ」
「貴女じゃないわよ。後ろ」
「……あのな。そんな手に引っ掛かるかよ幾ら何でも」

 妹紅はどうやら、ああッあそこにUFOがッ的なアレだと思っているらしい。ちょっと面白いので、俺は黙ったまま放置する事にする。

「卑怯な真似してねえでとっとと―――」
「……貴女の愛しの鼬だけど」
「嘘っ!?」

 瞬間、これ以上無いと言う程の速度で振り向く妹紅。しかし彼女の目に入るより一瞬早く、俺は『窓』で逃避する。

「って、居ねえじゃねえかぅおわぁぁああ!?」
「よ、妹紅。遊びに来たぜ」

 猛然と向き直った妹紅が、眼前に現れた俺に驚愕し、退け反って奇声を上げる。大袈裟である。

「い、いきなり出て来んな! 心臓止まるかと」
「何、直ぐ動き出すから良いだろお前さんの場合」
「そう言う問題じゃねえよ」

 そう言う問題なのだ。後は俺が楽しいか否か。そして楽しいから問題無い。

「って、お前やっと来たのかっ。遅過ぎる、何やってたんだ」
「遅いって、まだ二十日ぐらいしか経ってねえだろうに」
もう(ヽヽ)二十日なんだろ。直ぐ来いよ」
「俺だって暇じゃねえのよ。幻想郷ここにゃあ来たばっかなんだから色々有ったの」
「私の優先順位はそんなに低いのかよ」

 口を尖らせて不満気な妹紅。駄目だこりゃ、明らかに拗ねている。

「何よお前さん、そんなに淋しかったの?」
「ばッ……!? だだ、誰が淋しッ……訳有るかァボケぇ!」
「あーはいはい」

 動揺し過ぎで噛み噛みな妹紅の頭に手を置いて、良い子良い子と撫でてやる。餓鬼じゃないぞ、等とぶつぶつ言っているが―――実際満更でもないのである。避けないし。

「……ねえ、ちょっと」
「お?」
「ん?」

 と、背後から声を掛けられた。振り返れば其処には、憮然とした表情のかぐや姫が。その傍らには何時の間にか永琳女史が立っている。

「何だ輝夜か……お前もう帰って良いよ、用無いから」
「んなっ」

 妹紅のぞんざいな言葉に、絶句するかぐや姫。

「か……帰れ? いきなり喧嘩売られたかと思ったら目の前でいちゃつかれて、仕舞いに帰れですって!?」
「い、いちゃついてねえよ馬鹿!」
「うざっ! 反応する所うざっ!」

 どうやらお怒りらしいかぐや姫がうがーと吠える。それにしても今も昔も、偉く俗っぽいかぐや姫である。

「まァ、お前さんも久し振りな。元気そうで何よりだ」
「はあ……そうね、久し振り。生憎元気以外でいるのは難しいのよ」

 溜息混じりに挨拶を返すかぐや姫。相も変わらずの美少女であるなあ、等と考えていると妹紅に袖を引っ張られた。

「おい、七一。そんな奴に挨拶する必要無いぞ」
「あ、あのねえ……一応私達も知り合いなんだけど」
「ちょっと会っただけなんだろ。ほら七一、行こう」

 ぐいぐい袖を引く妹紅。女の勘と言う奴か、考えていた事が分かったのだろうか。
 ……まあ、父親がこのかぐや姫に惚れて云々とかそんな経緯を妹紅は持っている訳で。その辺のアレで、俺には彼女に近付いて欲しくないのかも知れない。

 久し振りに会ったのだし、ちょっと話して行きたかったのだが―――まあ、また今度妹紅が居ない時にしようか。

「そんじゃまた今度なァ、かぐや姫ェ」
「……ええ、またね」
「だから挨拶すんなっ」

 呆れを含んだ顔のかぐや姫に見送られ、俺は半ば引き擦られる様に竹林を連行されて行くのであった。



◇◆◇◆◇



 引かれるままに十数分程竹林を歩き、辿り着いたのは小さな掘っ建て小屋であった。明らかに歪んだ建て付けの悪い戸を半ば蹴破る様に引き開けて、妹紅は中に入って行く。

「狭いけど、その辺に座ってて。お茶入れるから」
「んむ」

 言われるままに卓袱台の傍に腰を下ろし、ざっと見回してみる。片付いている―――と言うよりは単純に物が無いのだろう、酷く殺風景な部屋である。
 家自体も、お世辞にも上等とは言えない。戸の建て付けの悪さは先程見た通りだし、隙間風も入りそうだ。

 己が不死で病気にもならないからか、それとも長く生き過ぎたからか。どうも色々と無頓着である。今だって、服がぼろぼろなのを気にする様子も無い。

「ふん、ふ、ふん……」

 その妹紅はと言うと、上機嫌で鼻唄混じりに茶を沸かしている。何がそんなに嬉しいのか―――って、まあ、俺が来たからなのだろうが。千年超も放置したのに、随分と懐かれた物である。

「安い茶っ葉だけど……」
「お構いなく」

 鷹揚に頷いて、出された湯呑みを手に取り茶を啜る。……口には出さないが、確かに安物である。長く生きるからこそ、こう言う所に気を掛けるべきだと思うのだが。

「……えへへ」

 目を上げると、妹紅が卓袱台に頬杖を突き、俺を見てにへらと笑っている。気色が悪い。何がそんなに嬉しいのか―――以下略。

「楽しそうだな?」
「んうっ……な、何がだよ」
「……別に」

 慌てて表情を引き締め怒った様な顔をする妹紅に、やれやれと頬を掻く。

「で、何だ……どうだったよ。俺と別れてから」
「どう、って」

 妹紅は言葉を探す様に、ちょっと首を傾げた。

「……旅しながら妖怪退治屋とかやって……何百年かしてから、八雲に―――ってか七一に会う為に此処に来て」
「で俺は居なくて、しかしかぐや姫が居たと」
「そんな感じだな」

 先日少し聞いたのとそう変わらない内容である。わざわざ言う様な事は特に何も無かった、と言う事か。

「七一の方は……どうだった?」
「どうもこうも、色々あったな」
「だから色々って」
「かくかくしかじか」
「分かるか」

 分かってくれよ其処は。流れ的に。

「まあ……平安京に腰据えて、鬼と仲良くなったり鵺と知り合ったり九尾狐と遊んだり死の桜見に行ったり」
「色々過ぎだろ……」
「平安京を出てからは、まあ地蔵様に会って二人旅―――」
「地蔵ォ?」

 妹紅が頓狂な声を上げる。

「地蔵って―――あの地蔵? 石?」
「まあ、その地蔵菩薩だな」
「……本当に、お前は、変な奴だな」

 一語一語区切る様に、妹紅ははっきりとした発音でそう言った。知ってる。

「まあ地蔵菩薩っつっても、見た目は丸きり女の子―――」
「あ゛?」

 と。乙女―――少なくとも外見年齢上は―――にあるまじき濁った声と共に、妹紅の雰囲気ががらりと変わる。

「女って、何だよ」
「だからよ、その地蔵様の見た目が女の子だったって」
「……女と、二人旅……」

 妹紅の顔がみるみる不機嫌そうになっていく。

「ちなみに、それ、何年くらい……」
「まあ……二、三百年一緒に居たかね」
「……私、五十年……」

 低い声で呟いた妹紅は、ふくう、と頬を膨らして横を向いてしまった。

「……何怒ってんのよ」
「……」
「年数で負けたからって拗ねるこたねぇだろう」
「……」
「……もこ」
「お前は」

 俺の言葉に答えず無言で口を尖らしていた妹紅の、その名を呼ぼうとした途端。怒った顔のまま此方を向いて、妹紅が口を開く。

「お前は、いっつもそうだ」
「……」
「本当は目茶苦茶察し良い癖に―――こう言う(ヽヽヽヽ)話になると、全然分かってない振りするんだ」
「……」
「私が―――妬くのも分かってる癖に、何でも無い様な顔して話すんだ」
「……」
「分かってる。……お前は私の事、何とも思ってないんだ」
「……」

 口を閉じたままの俺に其処まで言うと、妹紅は顔を俯けて黙り込んだ。……酷く、居心地の悪い沈黙。

「―――ああ、もう!」

 それを振り払う様に、妹紅が勢い良く立ち上がる。隣室に消えたかと思うと、瓶を抱えて戻って来る。

「酒!」
「え」
「だから、酒ッ」

 やっぱり怒った様な顔のまま、妹紅はさっきまで茶を飲んでいた湯呑みに酒を注ぐ。

「……折角お前が来てるのに―――何か、雰囲気悪いし。酒」
「……ん。すまんね」
「馬鹿」

 全くだ。馬鹿である。



◇◆◇◆◇



 で。
 無難な世間話等しつつ温めた酒を酌み交わし、半刻程の後。

「……ひっく」

 今俺の眼前には、酔っ払いが居る。

「……その地蔵とか言う奴も」
「うん?」
「お前に惚れてるに決まってる……」

 俺の数倍のペースで杯を空けている妹紅は、酒気で真っ赤に染まった顔で、じっとりとした半眼で、低く鬱々とした声で、呟く様にそう言った。

「……、いや―――」
「いやじゃなあぁぁあいッ! 三百年も一緒に居たんなら絶対惚れてるッ!!」

 と思ったら、突然くわっと目を見開き絶叫する。

「どうせお前は……そう言う……傍に居たら……」

 そしてまた俯いてぼそぼそ呟き出す。躁鬱的である。

「……酔ってんのか」
「当たり前だ素面で出来るかこんな話!!」

 自明な事を聞くとまた怒鳴られた。すっくと立ち上がったかと思うと俺を見下ろし、感情の高ぶりにか覚束ない喋り方で熱弁し出す。
 相変わらず―――酒に呑まれ易い奴だ。

「お、お、お前は―――変な奴で馬鹿の癖に、何時も何時もからかったりする癖に―――」
「はあ」
「何かちょっとした気遣いとかが、む、無駄に上手くって―――落ち込んでたら直ぐ気付いて優しくなるし―――」
「……はあ」
「ほ」

 惚れるじゃないか馬鹿ッ―――と叫んで、手に持っていた湯呑みを床に投げ付けた。酔いどれ妹紅が割れた破片を踏むと危ないので、手元に繋げた『窓』を開き受け止める。
 その様を見た妹紅が、ほら見ろッ、と喚く。

「ど―――どうせ割れたの踏んだら危ないとか、そんな事考えてんだ!」
「……」

 何だか思考回路が読まれている―――いや、それはさて置き。何と言うか彼女は、俺の事を美化し過ぎではなかろうか。長らく会わない内に思い出補正でも掛かっているのだろうか。当社比一.五倍なのか。

「馬鹿の癖に……馬鹿の癖に……」

 叫び終えた妹紅はふにゃりと崩れ、畳に突っ伏したまま呻いている。ともすれば昔以上に酷い酔い方だ。

「……大丈夫かー」

 声を掛けつつ尻尾でほふほふ叩く―――途端、勢い良くがばぁと起き上がり尻尾にしがみつく妹紅。何だか食虫植物ハエトリソウ的な動きであった。
 尻尾捕り妹紅。

「……」
「……」

 むすっとした顔を半分尻尾に埋め、妹紅が上目遣いで俺を睨んでいる。俺は何処吹く風と目を逸らし、湯呑みを傾け熱燗を啜った。
 またも―――しばしの沈黙。

「……七一」

 ふと。
 妹紅の険しい表情が緩み、何処かすがる様な目付きになる。

「七一……私は」

 尻尾を離して身体を起こし、切羽詰まった声で呼び掛ける。何を言う積もりか、予想は付く―――付いてしまう。
 困った事に。

「私は、七一、お前が―――」
「俺の人生哲学は」

 だから、その言葉を遮って。
 俺は、知らん振りをする。
 何時も通り、今まで通り。
 無責任で、不義理で、些か卑怯な言葉を吐く。

「のらりくらり、なんだよ」
「ッ……、……」

 妹紅は言葉を切られ、ぎゅっと口を引き結ぶ。何だか今にも泣き出しそうな顔をして、すん、と小さく鼻を鳴らし―――不意に、きっと目を尖らせる。

「この、馬鹿七一ッ!!」
「ぎゃんッ!?」

 思い切り。振り上げた足を、俺の尻尾に振り下ろした。

「馬鹿、馬鹿、馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ーッ!!」
「ぎ、い、ぐッ……」

 痛い。非常に痛い。尾は獣の急所である。それを何度も何度も踏み付ける。死ぬ程痛い。
 ―――避ける気には、なれないのだけれど。

「……馬鹿っ」

 最後に一ツ、そう吐き捨てて。
 涙目の俺には構わず、妹紅はくしゃくしゃになった尻尾を枕にしてごろんと寝転んだ。

「寝るッ」
「……そ、そうか」

 宣言通り、十秒もしない内に寝息が聞こえて来る。色々不安定なこの酔っ払い、意識が落ちるのも早い。
 俺は大きく息をつき、卓袱台に突っ伏し脱力する。

「―――何やってんだろなあ、俺ぁ」

 本当に、全く。



 翌朝。
 起床した妹紅は、特に妙な素振りを見せるでも無く俺を送り出した。
 酒の勢い、本当に何も覚えていないのか、それとも全て心に仕舞っているだけなのかは―――。

 妹紅のみぞ知る。
男女交際と言うものをする気のない鼬。
のらくら。




あと、聡明な女性に隙があったりすると凄く可愛いと思う


+注意+
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