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亡霊葬稿ダイホーン だれが変温の哺乳類を操っているのか/コリカンチャとカト●チャはインカに違うのか 作者:烏田かあ

第一章『最悪男』

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③シェフ大泉 夏野菜スペシャル

「……今まで悪い虫が付かないようにしてきたのに」
「ム・シ?」とオウム返しし、佳世は首を傾げる。うっかり愚痴を聞かれてしまった小春は、意味なく両手を振り、急いで取りつくろう。
「最近、天井裏からヘンな音が聞こえてくんの。黒い悪魔かなーって」
「ミント置いてみたら? 害虫とかネズミさんとかは、ミントの香り――メントールが苦手なんだって」
「へぇ~」と予期せず雑学を仕入れた小春は、トリビア的な相づちを打つ。
 ミント――いいかも知れない。
 きっと、この胸の苦々しさもすーっとさせてくれるだろう。

 サンドイッチを取ってくれた――。
 シュールストレミング級に臭いセリフを除外すれば、道案内レベルの親切だ。
 小春なら、サンキューの一言で済ませる。
 ところが佳世の反応と言ったら、王子さまの求婚を受けたお姫さまそのもの。
 間違いない。
 あの目には梅宮改のワイシャツが赤いマントに、ズボンが白いタイツに見えている。ジャージにポロシャツをinした体育教師が、雪駄せったで廊下を巡回する音は、白馬のひづめに聞こえていることだろう。

 完全に醒ヶ井小春の責任だ。佳世から男を遠ざけすぎたのだ。
 父親以外の異性と話した経験のない箱入り娘が、「車のドアを開けてくれた」レベルのレディファーストに心を奪われる――。
 ご近所のマダムたちとの井戸端会議で、情報収集は出来ていたはずだ。
 こんなことなら、一度、手も握れないような小僧でもあてがっておけばよかった。毒性の低いウィルスで免疫を作っておけば、T―ウィルスの毒牙に掛かることもなかったはずだ。

「春ちゃん、梅宮くんのこと嫌い?」
 悲しそうに問い掛けた佳世は、後悔のあまり押し黙る小春を覗き込む。
 好きな人だ。友達にも親しみを持って欲しいのだろう。
「好きではない」
 即答した小春は、グサリと目の前のプリンにスプーンを突き立てる。
「嫌いなんだね……」
 的確に小春の発言を翻訳し、佳世は苦そうに笑った。

「あいつ、評判最悪じゃん」
「悪く言ってるの男の子だけじゃない?」
 確かに、佳世のおっしゃる通りだ。
 奴をディスるのは、年齢=彼女いない歴な負け組どもだけ。さかりの付いた小娘どもは、さいたまスーパーアリーナに来たように大歓声を送っている。噂ではブロマイドやうちわも流通しているらしい。

「同姓の評判が悪い奴に、いい奴はいない」
「時々、女子会のOLさんみたいな発言するよね、春ちゃんって」
「実際、取っ換え引っ換え女変えてるし。中学の頃、転校繰り返してたらしいよ、あいつ。何でもクラスの女全員と不適切な関係になっちゃ、学校にいられなくなってたんだって」
「噂でしょ?」
「いーや真実だね。リアルだね。実在の人物や事件、団体等と関わりのあるノンフィクションだね」
 早口で断言した小春は、むすっと腕を組み、がに股気味に足を開く。
「でも女の子が好きになっちゃうのは判る気がするな。梅宮くん、優しいし」
やさすぃ!? あいつが!?」
 ぐちゃっ! とあんぱんを食いちぎり、小春は梅宮改を睨み付ける。がに股+お口くちゃくちゃな様子は、傍から見たら完全に山賊の親玉だ。

 お忙しい奴は教壇に移動し、女子と喋っている。
 お相手は今野こんのさんに北山きたやまさん、クラスの中でも派手な二人だ。
 軽くパーマを当てた茶髪に、具を見せるのが目的としか思えない丈のスカート。がっつりデコられたスマホには、巨峰のようにストラップが実っている。

 小春自身、いつかは佳世の目に止まってしまうと思っていた。
 梅宮改は何かと話題になりやすい男だ。
 中でも体育祭の花形競技、クラス対抗リレーは記憶に新しい。
 アンカーを任された奴は華麗な走りを披露し、全国大会にも出場している陸上部員たちを一人、二人とごぼう抜きしていった。「きゃぁぁ! 梅宮きゅーん!」と失神した女子の数は、二桁に達するとも言われている。

「梅宮くん、料理も得意だったよね? そういうところもポイント高いんじゃないかな」
 佳世は自分と小春の机を眺め、いたたまれなそうな表情を見せる。
 あんぱん、焼きそばパン、メロンパン――。
 食卓に用意された昼食は、どれもヤマザキさんのお手製だ。
 改めて見直してみると、お日さまのロゴが問題提起している気がする。
 一七の女子としてどーよ?

「どーせ私は、料理も洗濯もおばあちゃん任せですよ」
 痛いところを突かれた小春は、自虐的にヤケ酒もといヤケ牛乳をあおる。
 確かに梅宮改は名コックだ。調理実習の時はターメリックやらクミンやら持ち込み、カレー粉から作っていた。噂では野菜も皿も自作してきたらしい。
 畑を開墾かいこんし、野菜を育て、皿を練る――。
 片故辺かたこべ学園では、これを「日本一長い調理実習」と呼ぶ。

 ちなみに同じ日、小春と佳世の班は鍋一杯分のヘドロを製造した。
 どーすっべ、これ。家庭科の成績が「1」になんぞ。
 って言うか、先生の命が危ない。
 ――ってな具合に議論を重ねた結果、小春は最寄りのスーパーへ走った。
 ボンカレーみたいね。
 ↑先生の感想だ。
 料理の味を表現するにあたって、小春はこれ以上的確なたとえを聞いたことがない。

「つーか、顔、顔でしょ。世の中結局、顔なんだよ」
 スレた口調で毒突いた小春は、気付かれないように奴のご尊顔を観察する。
 線が細く、切れ長の目で、髪がサラサラのアイドル系?
 なまっちろく、四六時中眠たげで、どこか無頓着な感じのするサブカル系?
 いや、奴の輪郭には男性特有のたくましさと言うか、骨の硬さがある。軽く脱色し、緩めにパーマを掛けた髪も影響してか、一七歳にしては大人っぽい。

 彫りの深さは西洋人も真っ青で、容姿を形作る各パーツが、墨で陰影を付けたような存在感を放っている。無害そうに緩んだ目尻とは裏腹、眼差しは野心的だ。かすかに青みを帯びた双眸そうぼうは、地中海の太陽のようにぎらぎらとした光を滲ませている。
 情熱的な顔立ちは、ファンの皆様の間で「レアル・マドリードの選手」とか評されているらしい。小春にはいいとこ、バルセロナの結婚詐欺師にしか見えないが。
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