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亡霊葬稿ダイホーン だれが変温の哺乳類を操っているのか/コリカンチャとカト●チャはインカに違うのか 作者:烏田かあ

第五章『魅せられて』

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①スウィート・チン・ミュージック

 今度は熱唱を始めてしまったミケランジェロさん。
 お気に入りのキャラなのですが、困ってしまうこともしばしばあります。
 勝手に動きすぎて、なかなか本筋が進まないんです。
「勉強教えてもらってたら遅くなっちゃって。うん、大丈夫。佳世の家だよ? 独りで帰れるって」
 まだ何か言おうとするおばあちゃんに「バイバイ」を押し付け、小春はスマホをポケットにしまった。
 今でこそ「大丈夫?」を連呼するおばあちゃんだが、小学生の頃はもう少し物分かりがよかった気がする。子供だけで遊園地に行った時も、クラスメイトと肝試ししたいと言った時も、「いいよ」しか言わなかった。

 歳を取って心配性になった?
 いや、小春が小学生の時点で、おばあちゃんは古稀こきを迎えていた。
 口うるさくなったのは、たぶん、孫娘の興味がおばけからメールやファッションに移りつつあるから。本当は男子と一緒だなんて知ったら、同席せねば! と家を飛び出すかも知れない。

 考えてみれば、家族に嘘をついて男子と過ごすなんて、生まれて初めての体験だ。
 ネオンがやけに原色で、鼓動が一回一回跳ねるのは昂揚のせい?
 馬鹿な。
 なぜ男なんかと夜歩きしただけで興奮しなければいけないのか。
 これは罪悪感だ。
 中学の帰り道、友達に誘われてファミレスに寄り道してしまった時も、この現象が起きた。
 大体、相手はあの女と見れば、千葉の遊園地のお姫さまにも手を出すエテ公だ。「男子」ではなく「オス」と呼ぶのが正しい。動物となら、佳世の飼っていたセキセイインコ♂と一緒の部屋で寝た経験がある。

 小春は心臓のリズムを整えながら、マイク型の電飾が付いた看板を見送り、店内に戻る。
 週末の待合室は、のど自慢の予備軍で溢れかえっていた。
 現代日本はストレス社会だ。花金はなきんくらい水木みずき一郎いちろうばりにシャウトしなければ、月曜日から溜まりに溜まったフラストレーションを発散出来ない。待たずに入れたのは、本当に運がよかった。
 スーツ姿の会社員に大学生風の集団、男女の交じったグループ――もう一〇時を回っていると言うのに、高校生っぽい女の子も結構いた。この子たちも家族に嘘をついた? ではなぜ悪びれもせずに男と腕を絡ませ、屈託なく笑うことが出来るのだろう?

 答えの出ないまま、小春はまだまだ待たされそうな恨めしげな顔たちを横切り、部屋に戻る。
 ドアを開くと同時に溢れ出たのは、ほげぇ~♪ と酒で焼けた毒電波。
「帰って来たヨッパライ」だ。
 円形のステージには、歯科検診のごとく口を開き、細い首に血管を浮かせたミケランジェロさんのお姿があった。心なしミラーボールが千鳥足だ。
 一方、梅宮改はビロード風のソファに腰掛け、受付で借りたマラカスを振っていた。小春を見た途端、奴は狂おしいシャカシャカを中断し、いけすかない薄ら笑いを浮かべる。
「中学生みたい。制服脱がせて失敗だったりしちゃったかなあ。お巡りさんに見られちゃったら、完全に補導だったり」

「脱ぐ」――。
 その言葉を聞いた瞬間、パーカーの下が妙にスースーし始める。
 服を引きちぎり、冤罪をちらつかせる――。
 追い詰められていたとは言え、大胆な真似をした。父親と医者以外の男に肌をさらしたのなんて、生まれて始めてだ。カラオケまでの道のりで大分頭が冷えたはずなのに、なぜか顔がカッカする。

「せめて髪下ろしてくんない?」
「これは私のトレードマークなの!」
 断固拒否すると、小春はゴムで束ねた前髪を撫で、そっぽを向く。
 梅宮改が視界から消えると、カッカしていた顔が少し冷めた。
「下ろしたほうがかわいいのに」
 スネたように独り言を呟き、奴は子供っぽく唇を尖らせる。三親等以外の異性から始めて「かわいい」と言われた小春は、カッカどころか顔面を沸騰させ、テーブルの上のグラスを曇らせた。

「わ、私の髪型なんてどうでもいいの! 説明してもらうよ、梅宮!」
 真っ赤な顔を誤魔化すために怒鳴ると、小春は咳払いし、乱れた呼吸を整える。
「お堅いなあ。もっと気軽に改とかたっちゃんとか呼んじゃってよ」
「う・め・み・や!」
 階段状に声量を上げながら、小春は四回テーブルを引っぱたく。

 尾行を継続したのは正解だった。
 あともう少しでわけの判らない行為をしている男に、佳世をかっさらわれるところだった。

 夜の墓場で水牛の頭蓋骨を振り回す――。

 文章にしてみると、本当にわけが判らない。
 女を縛ったりすることくらいはしていると思ったが、またベクトルの違うわけの判らなさだ。世界観が日野ひの日出志ひでししている。

「オマエが何者で何してたか、納得いくように説明しろ」
「知っちゃうと危ないかも知れないけど、いい?」
 ミケランジェロさんが置いたばかりのマイクを取り、梅宮改は小春にインタビューする。
「危ない?」
 小春は首を傾げるばかりだ。
 まさかアフリカ的な呪術で、覗き見ると災いが降り掛かるとか? 少し違うかも知れないが、わら人形で有名なうし刻参こくまいりも、誰かに見られると五徳ごとくかぶったほうに呪いが跳ね返ってくる。

「あのねえ……」
 きょとんとする小春を見た梅宮改は、落胆の溜息をマイクに乗せる。
「小指のないオジサマたちが銃撃戦してる現場に遭遇したら、張本人に事情訊く?」
「次の日の朝刊を待つ」
 小春は即答する。
 ドンパチの直後で気の立っているオジサマたちに、仁義なき戦いの理由を訊く? コンクリの湯船に浸かり、東京湾へ入浴するのと同じだ。

「でしょお?」
 クドく聞き返した奴は、鉄砲の形にした手を小春に向ける。
「小春ちゃんがやってるのは、まさにオジサマたちへのカウンセリングなわけ」
「オマエが文太ぶんたのアニキや松方まつかたのオジキの仲間ぁ? オマエは私のクラスメイトだろ」
 梅宮改の大袈裟さに小春は苦笑してしまう。そりゃ「梅宮」で自称「たっちゃん」だが。
「だ・か・ら・さ・あ……」
 一音ずつ強調した声に合わせ、梅宮改は小春の鼻先をマイクで叩く。小春は一打に付き一段階背中をリクライニングし、ついにはソファに沈んだ。

「水牛の鼻は何を噴き出しちゃった? ピーナッツ? 鼻くそ?」
「串」
「その串は何しちゃった?」
「墓石を豆腐みたいにブッ飛ばして、鐘にヒビ入れた」
「オジサマたちが小一時間ピストルごっこしたとして、同じことが出来る?」
「出来……ない」
 状況を理解するに従って声がしぼみ、小春の顔から血の気が引いていく。
 組員総出で撃ち合っても、せいぜい墓石が水玉模様になる程度だ。
 本堂を倒壊させ、鐘を砕く?
 バンダイ臭が強すぎて見失いがちだが、広島的抗争より遥かにヤバい。

「小春ちゃんのお見立て通り、あれは日曜朝八時の撮影じゃない。現実の戦闘、殺し合いだ。俺の射線に小春ちゃんが割り込んじゃってたら? 今頃、高い時給のバイトさんたちにマグロ拾いされちゃってたよ、小春ちゃん」
 奴の発言に誇張はない。
 実際、金串を喰らった怪人は、電車を遅延ちえんさせる弾け方をした。
 ネギトロ状態の肉片を自分に置き換えようとしても、小春の脳内にはモザイクが広がるばかり。無加工で見せるには刺激の強すぎる映像に、自主規制が掛かっている。

「確かに俺と小春ちゃんはクラスメイト。けどノートを集める時くらいしかお話ししたことがない。俺が危害を加えないって、どうして言い切れちゃうの?」
 冷たい口調で訊くと、梅宮改は不躾ぶしつけにマイクを突き付け、反論を求める。
 悔しいが、小春には沈黙しか返せない。
 奴に付いて断言出来るのは、女の尻をホーミングしていることくらい。何に怒り、何を憎み、何に喜ぶのか、記憶を証人喚問しても「?」以外は出て来ない。

 考えてみれば、のこのこ奴に付いて来ていい理由は一つもない。
 メタリックな仮面と未確認生命体を見た小春は、東映の流儀に従って前者をヒーローと決め付けた。
 だが「平成」の善悪は複雑だ。
 仮面の中にもやたらイライラする凶悪犯や、思い通りにならない邪魔者を排除しようとする913がいる。そもそも、あんなわけの判らない戦いに善悪があるかも怪しい。
 墓石を砕く仮面とバズーカ抱えたテロリスト、どこが違う? 外見で判断していいなら、カバは温厚な動物だ。だが現実には、アフリカで一番多く天国直通の片道切符を発行している。

 ここは逃げ場のない「密室」だぞ!
 小春が自分の迂闊うかつさに気付いた途端、別室からの音漏れを控え目に流しているだけだった部屋が、声高に主張し始める。隣室の「こなぁ~ゆきぃ~」がすっかり聞こえなくなってしまった。
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