一年S組佐山先生
「あら、センセイ、おはようございます」
「げっ、フランソワ……!」
「げっ、とはなんですか、失礼な。それに、私のことは「フラン」と呼ぶよういつも言っているでしょう?」
「あ~、すまん、おはよう。でも、「フラン」は勘弁してくれ。お前の親父さん、こええもん」
「まあ! いくじなしですこと!」
貴大が学園の廊下で遭遇した、金髪縦巻きロールの絵に描いたようなお嬢様。それが、フランソワ・ド・フェルディナン。フェルディナン公爵の一人娘であり、次期当主として大いに期待されている才女だ。
高等部一年にして学生ギルドのギルド長(生徒会長のような者)を務め、学内ダンジョン探索、レベルアップ、スキル習得なども意欲的にこなす、誰もが認める完璧な模範生徒だ。
当然、擦りよる者も多いが、「強いものが偉い」という王国の風潮を体現するかのように、弱い者には目もくれない。
どこまでもストイックに自分を高め、また、志を同じくする者たちで学内ギルドの要職を固めている。将来、国政・国防に彼女らが関わるのを期待する声は多い。
そんな彼女が、なぜ、パッと見うらぶれたダメ人間である貴大に積極的に関わろうとするのか。二人の出会いは、貴大がこの学園に赴任した日に遡る……。
………………
…………
……
「フランソワ様、聞きまして? 何でも、グレゴール教官の代わりの新しい迷宮実習の先生が、今、学園に来ているそうですわ!」
「あっ、私、見ました! エリック先生の隣を歩いていた方ですわよね? 黒髪黒目で、オリエンタルな方でしたわ!」
「私も見ました! 確かにオリエンタルでしたが、その……何だか、みすぼらしくありません? あの方」
「ですわよねぇ~? エリック先生も、なぜあんな方を連れてこられたのか……理解に苦しみますわ」
今日も、教室の中央に陣取る私の周りで、姦しい取り巻きたちが管を巻いている。みすぼらしい? 馬鹿馬鹿しい。外見だけで実力が分かるほど、貴女たちは熟達していないでしょうに……。
「強いか、弱いか。大事なのは、その一点のみです」
ギョッと硬直する女子たち。私の機嫌を損ねたとでも思ったのか、すぐさま意見を合わせてくる。
「そうですわね、フランソワ様! その通りですわ!」
「流石、フランソワ様! 的を射た意見ですわね!」
白々しい……とはいえ、この程度の付和雷同にも慣れたもの。苛立ちもしない。公爵家に生まれた私は、常にこのような者たちに囲まれて育ったからだ。
「あ、もうすぐ朝礼の時間ですわ! では、フランソワ様、失礼します」
「「「失礼します」」」
朝礼直前に慌てて席に戻るだなんて、どうにもだらしがない。私は、だらしがない者は嫌いだ。そういう輩は、たいていが未熟者だから。これからこの国を担っていく人材としての自覚が足りないのではなかろうか?
「は~い、みんな、席に着いて~」
この夏から、私たち「1・S」クラスの担任となったエリック教諭が入ってくる(この学園は、夏と冬の終わりに担任が代わる。一つの価値観に囚われるのを防ぐためだ)。
若いながらも魔物学、魔法学に造詣が深い秀才だ。高等部一学年トップのSクラスに配属されるだけの実力も持ち合わせており、尊敬に値する人物だと言える。しかし……。
「はい、こちらが、入院のために休業なされたグレゴール先生に代わり、皆さんの実戦訓練を担当することとなったタカヒロ・サヤマ先生です」
わずかにざわつく学生たち。無理もない。屈強なグレゴール先生の代わりと紹介されたのが、ひょろひょろとしただらしがない格好の青年とくれば、誰だって疑問に思うだろう。
今だって、「あ、どうも。佐山です」と、あまりにも短い口上を述べた後はぼんやりしている。なんですか、この男は……?
「サヤマ先生、質問です。先生のレベルはいくつなのでしょうか?」
生徒の一人が疑問の声を上げる。そう、それは気になるところだ。こう見えて、レベルは高いのかもしれない。高等部の教官ともなれば、最低でもレベル150程度は求められるのだが……。
「あ、あぁ? レベル? レベルか。250です……あっ!?」
静まり返る室内……何だろう、これは。この男なりに場を和ませようとしたのか? しかし、面白くもなんともない。
250と言えば、ヒト種も含めた生物の限界点。それへ到達できる人間など、それこそ勇者か聖女、それに類する者たちだけだ。なりたくてもなれない。それが250というレベルだ。
彼は、自分がそうだと言った。「自分は勇者と同格だ」と言ったのだ……馬鹿馬鹿しい。人々の手には負えない強大な魔物などへの抑止力となり得る存在が、手付かずのままでいるはずがない。
冗談を言うにしても、もう少しエスプリを効かせることはできないのか。まるで「勇者ごっこ」に興じる子どもの戯言だ。出来損ないの冗談を口にした本人も私たちの反応を見て戸惑っているし、エリック教諭も苦笑いしている。
「は、はは……え~、サヤマ先生はこれでも、【迷宮探索】や【罠回避】、【脱出】といったスキルを習得しているエキスパートです。皆さん、しっかりと学んでくださいね」
「それでは、私はこれで……」と、そそくさと退室するエリック教諭。残されたのは、どうにも頼りなさげに見える……いいえ、先ほどの話が真実なら、迷宮探索のエキスパートである青年だ……真実、なのかしら?
「まぁ、いいや……」などと呟きつつ、あくびを隠そうともしないその姿を見ていると、どうにも信じがたい。
「え~、じゃあ、授業を始めるが……え~と、お前らの強さの基準が分からんな。この中で一番強いの、誰?」
教室中の視線が、私に集まる。確かに、レベルが一番高いのは私だ。名乗りを上げる。
「私ですわ、サヤマ先生」
「お~、お前か。いかにもって感じだな。んじゃ、まあ、【スキャン】」
???
なんだろう? 男の右目を覆うように、小さな魔方陣が発生した。
???? 何かのスキル? しかし、見たことが無い。
「レ、レベル128……!?」
「!!」
……驚いた。どうやらあの魔方陣で、他人のレベルを読みとれるらしい。自己のレベルを読みとるために使うスキル【ステータス】を改良したものだろうか。まあ、これぐらいならば「魔水晶のクーペ」でもできる芸当だ。
「おいおい、ウソだろう……!?」
……なにやら衝撃を隠しきれない様子。無理もない。私のレベルを初めて知った教員は、誰もが同じ反応をする。たゆまぬ努力と英才教育によって鍛えられたレベルは、平均レベル110のこの学年において一歩も二歩も抜きん出ているからだ。
今頃はあの男の脳内で、「どのように指導すればよいのだろう? 自分にできるのか?」と、葛藤の嵐が吹き荒れていることだろう。
………………
…………
……
(参ったな……どうすりゃいいんだよ……俺にできるのか……?)
財に任せて何でもできる環境で育ち、十五~十六歳にもなって百前半程度のレベルの坊ちゃん穣ちゃんたちに、「お前ら今まで何やってたの?」と言い放ちたくなる。
レベル128? 同レベル帯のダンジョンモンスター(ダンジョン内のモンスターの総称)を段階的に殺して回りゃあ、150オーバーもあっという間なんだぞ。そこまで半年もかからんわ。
「先生、どうなされたのですか? 午前中の座学の時間は始まっていましてよ」(キリッ)
うわぁ……レベル128のドヤ顔……なに? もしかして、128ってほんとに高いの? 試しに、一番前の学生を【スキャン】で調べ………………うわぁ……うわぁ……112って……。
家のユミィなんて、レベル150だぞ? 「錆びない、焦げ付かない鍋」が欲しいとかアカツキのおっさんがぼやいてたから、材料採りに一緒に何回か近くのダンジョン(国が封鎖してたみたいだけど、こっそり入った)に潜っただけであっさりそれぐらいにはなった。
それに比べて、128……グレゴール教官なにやってたんすか……。
インテリ眼鏡に騙されて、国の最高教育機関にぶち込まれた俺。王族すら通うと言われるこの学園での仕事を断れば、お上に睨まれてしまう……(あいつら、嫌がらせのやり方が陰湿なんだ……)。
渋々引き受けたものの、こうもレベルが低かったら何を教えればいいのかすら分からない。
「えっと……少し聞くけど、お前ら、スキルってどれだけ覚えている……?」
「はい、先生。1学年は平均60スキル、最も習得している私で82ですわ」(キリッ)
ドヤ顔うぜぇ……! しかも82って、初心者レベルじゃねえか!? それでその自信!? ……何だか頭痛がしてきた俺。二日酔いのせいだと思いたい。
まあ、何はともあれ、教育方針は今、決まった。中級者向けの指導ではなく、≪Another World Online≫における大手初心者救済ギルド、「フジ教導隊」(オレもお世話になりました)のやり方を参考にすればいいだろう。
「はい、じゃあ、これからの方針が決まりましたー」
そう伝えると、ビシッと姿勢を正す学生たち。こういうところはいかにもエリート校っぽい。
「皆さんには、午前中だけで五つ、スキルを習得してもらいま~す」
「「「!!!!!?!?」」」
おー、驚いとる驚いとる。オレも、「フジ教導隊」の人に「三時間もあれば十はスキルを覚えられるよネ☆」って言われた時は「え……無理です……」とドン引きしたもんだ。その半分の五だぞ? やれないこたぁない。
「先生……お言葉ですが、そのようなことができるとは思えません。ふざけるのはお止しになってくださいませんか?」
え~……オレだってこんな仕事したくないんだから、モチベーション下げるなよ~……。
「できない、と、お前はそう思っているんだな?」
「ええ、そうです。スキルは知識の蓄積と実践の双方が組み合わさって、初めて習得できるものです。それをわずか三時間ほどで五つもだなんて、夢物語です」
「ですわですわそうですわ」と、追従する周りの学生たち……もう、帰っていいかな?
「あ~、まあ、お前たちがそう思うのも無理はない。でも、できるもんはできるんだ」
細けえこたぁいいんだよ! オレだって、なんでスキルが習得できるのかの原理までは知らんしな。
≪Another World Online≫とはやっぱり違うのか? と思ったけれど、ユミィはこのやり方でスキル習得しまくったしな。
「じゃあ、試しに、五分で【隠蔽1】のスキルを覚えてもらう。これができないようなら、別にオレをクビにするようエリックに伝えてもらって構わない」
「……いいでしょう。講師ともあろう方がそこまで言うのなら、やりましょう」
ほっ……学級崩壊はしないようだ。こういうところは、規律が確立されたエリート校ってやつにありがたみを感じる。
さて、なにはともあれ、「フジ教導隊」式ブートキャンプ、始まりだ!