VSクレクレ厨
最近、オレの娘の様子がおかしい。
家でも、ギルド会館でも顔を会わせる時間が明らかに減った。
暇さえあれば、ネズミ……タカヒロ・サヤマの後をつけ回っているそうだ。
一か月前、「憤怒の悪鬼」の首を切り飛ばしたアルティは英雄と褒めたたえられたが、今ではすっかり変り者扱いされるようになってきた。「倒したはいいけど、余りの恐怖に頭がおかしくなった」と陰口を叩く奴らも出てきたぐらいだ。
「「憤怒の悪鬼」を倒したのはオレじゃない。ネズミだ!」だと? じゃあ、なんで奴のレベルは150のままなんだよ。おかしいじゃねえか。どうせ、「憤怒の悪鬼」が倒れた後に来たネズミを見て、勘違いしただけだろう。
まったく、本当にあのネズミ野郎は……。
どうやら、最近は自分が身につけた独特なスキルを切り売りして貴族や商人連中のガキどもに媚を売っているようだ。どうにも腹が立つ。てめえも元とはいえ冒険者なら、なんでオレらには黙っていたんだよ!
だが、スキルは身につけた奴のもんだ。人がどうこう言うもんじゃねえってことも分かっている。分かっては、いるんだがな……。
「なんでお前はそんな大事なことを私たちに教えない!」
「なんでって言われてもな……だって、お前ら、【スキャン】とかいらんだろ? 「魔水晶のクーペ」は充分な数が揃ってるんだしさ」
「そういう問題じゃない!」
「何でも屋とはいえ、ギルドに所属する身なら貢献すべきだろう!」
「入会時の契約書には、「スキルの知識をみんなで分け合いましょう」なんて書かれてなかったぞ。むしろ、ギルドの姿勢として「冒険者の資産ともいえるスキルの開示を不当に迫る輩から身を護る」って明記されていたはずだ。だいたい、覚えたスキルの情報を金で売り買いしてるお前らが言えた口かよ」
「ぐうっ……!」
「それとこれとは話は別だ!」
「俺は、たまたまなったもんだけど、教師ってヤツを楽しんでんだ。ガキどもはお前らと違って素直でカワイイしな。お前らは、どうせ貴族や騎士連中に高い金払ったり頭を下げたりしたくないから俺を締め上げようってんだろうが、そんなことしたら悪名が轟いて、ソロでやってる有能な奴はギルドを離反しちまうぞ」
「お前が素直に教えれば問題ないだろう!」
「そうだ! そうしろ!」
定例会にて、ギルドの幹部連中がネズミを糾弾している。
情けない……気持ちは分かるが、男が一度決めたことを曲げちゃあならねえだろう。ギルドの規則ならなおさらだ。それに、認めるのは癪だが、ネズミの言うとおりだ。冒険者は元来自由であるべきだ。覚えたスキルをどうこうしようが、それは本人の自由なんだ。
「もういい、そこまでだ」
「キリングさん!?」
「旦那!」
ネズミ以外の奴らが血相を変える。まったく、本当に情けない……。
「ネズミ、おめえはもう帰っていいぞ。スキルを教えるか、教えないかは好きにしろ。強制はしねえ」
「あいよ~。じゃあ、お暇させてもらうわ」
さっさと定例会の場を後にするネズミ。残された幹部たちは騒然としている。
「ど、どうする?」
「いや、奴も人間だ。仕事を回さないようにして、金をチラつかせれば……」
「まどろっこしいわ! いっそ、囲んじまえ!」
どうにも聞き捨てならない。仕事を回さない? 金? 囲む? 冒険者が!?
「おめえら、何をガチャガチャガチャガチャ言ってやがる!! オレらは何だ!? 誇り高い冒険者だろうが!! いくらスキルを身につけてえからって、貴族や商人みてえに汚え手段と金や数の力に頼るたあ、どういうこった!?」
静まり返るギルドホールの会議場。
だが、すぐさま反論が返ってくる。
「いや、でも、奴が学園で教えたスキルは、すでに十は超えると聞きますよ。道具で代用できるスキルばかりですが、あの数は魅力的です。最近はどうやったのか、金にも名誉にもなびかない「あの」図書館の魔女と懇意にしているとか……取引材料が何であるかは知りませんが、まだまだ奴のレパートリーは増えそうです。いいんですか? 騎士団や貴族連中に差をつけられても」
「コールド・ベルト」のノルだ。「騎士団や貴族連中」を強調して、オレの自尊心を煽ろうとしている。だが……。
「じゃあ、ノル。おめえのグループで秘伝にしている、【アイシクル・エッジ】の習得方法を教えてくれよ」
「あれは! 駄目ですよ、あれだけは! あれが記された古文書を見つけるのに、どれだけ苦労したと思ってるんですか!?」
「それと同じだ。あいつも、「フリーライフ」として迷宮探索に励んでいた時期があったろう。長けりゃ、一ヶ月も街にいなかったこともあった。分かるだろ? スキルは楽して手に入るもんじゃねえ。だから、見つけたスキルはグループが好きにしていいんだ。当然、ネズミであろうとだ」
「しかし! 十はあるのだったら、少しぐらいは共有しても……」
今度はザックスか。何てしみったれたことを……。
「おめえ、「骸骨男爵の庭園」で、「トレジャー・ルーム」を見つけたそうだな? じゃあ、そいつも共有とやらをしてくれよ。金は腐るほどあるって自慢してたよな?」
「うぐ……!」
言いたいことが分かったのか、今度こそ全員口を閉ざした。なんとも居たたまれない空気が漂っている。こういうのは冒険者らしくねえ。
「もういい。解散だ。どうしても教えてほしけりゃ、貴族の坊ちゃん連中みたいに頭を下げな。あのネズミによ」
冒険者としての誇りってのは厄介なもんだ。特に、「ネズミ」と呼んで蔑んでいる相手に物を頼む時はなおさらだろう。オレだって、今のアイツにそんなことはできない。
苦虫を噛み潰したかのような連中を尻目に、オレも似たような顔をしながら会議室を後にした。
「親父!」
会議場を出たところでアルティに出くわした。オレが出てくるのを待っていたのだろう。そして、いつものことだが、ネズミのことを話し出す。
「なあ、最近噂になってるけど、ネズミはスキルをたくさん知ってるんだよな? 今日の会議もそれについてだったんだろ? だったら、【首狩り】も覚えてるんじゃないか? いや、そうに違いない! やっぱり、「憤怒の悪鬼」を倒したのはアイツなんだよ」
確かに、アイツの小器用さは、オレも認めてはいる。だが……。
「まだ言うか……いいか、昔からアイツは、サポート役としてはかなり優秀だったが、モンスターと対峙する勇気は無かった。チョロチョロと逃げ回ってばかりだ。グループの仲間がいなくなっちまって、レベルが150から上がってねえってことは、一人じゃろくに高レベルの魔物も倒せねえってことだ。そんな奴が、【首狩り】を決められるとは思えねえ」
そうだ。いくらレベルが高いからって、勇気が伴わなきゃスライム一匹倒せねえ。いや、アイツはガキでも倒せるような低レベルの魔物なら躊躇せずにサクサク殺しちまうから、もっと情けねえな。
「いや、アイツはまだ実力を隠してんだよ! そう……秘めたる強さを!」
何を言うかと思えば……。
「秘めた強さって何だ? 何でんなもん隠す必要がある?」
途端に言葉に詰まるアルティ。
「それはほら……隠したいから隠してるんだろ!?」
なんだそりゃ。お話にならねえ。
「仮に隠していたとしてもだ。お前、見ているだけで分かんのか?」
「うぅ……!?」
やっぱり、何も掴めてねえか。時間の無駄だ、無駄。なんとかして止めさせ……。
「じゃあ、明日、オレと一緒にネズミの後をつけて、親父の目で見極めてくれよ!」
「なんだと?」
は? オレがネズミの後をつけるって? じょ、冗談じゃねえぞ!
「親父になら何か分かるかもしれねえ! な? お願いだよ!」
「う、うぐっ」
上目づかいで見るんじゃねえ! 断るに断れなくなるだろうが……!
「絶対、アイツには何かあるはずなんだ! スキルの件だって、それを証明している!! なあ、付いてきてくれよ、親父!! 一生のお願いだ!」
ぐっ……ま、まあ、アルティがそこまで言うなら……。
「ああ、分かった、分かった」
「そうか! じゃあ、明日はよろしくな、親父」
どうやら、オレまでネズミ観察をするはめになったようだ。冒険者ともあろうものが、人の後をこそこそと……ぐっ、くそ、あのネズミ野郎め!
次の日、朝飯を食ったオレは、早速アルティに付いてネズミの調査をすることにした。
「で、ネズミは今日、どう動くんだ?」
「オレもまだ完璧に把握できちゃいないけどよ……」
「ああ、だいたいでいい、だいたいで」
そんな細かく知りたくねえよ、今のアイツの事なんざ。
「分かった。それなら……」
さて、だらしがねえ人間ってのは、どんな一日を送ってるんだ?
「まあ、今日みたいな日だったら、09:00に住み込み従業員のユミエルってガキに起こされて起床。顔を洗って飯を食って歯を磨いてトイレに行って、10:00には家を出る。で、「まんぷく亭」のランチタイムの助っ人として14:00近くまで働いた後は、看板娘のカオルが作った飯を食ってそのまま休憩だな。今日は天気がいいから、16:00ぐらいまで公園で昼寝でもするだろうさ。途中、獣人のクルミアが、愛犬のゴルディを連れてアイツにからむこともある。そして、昼寝が終わった後は、16:30からまた「まんぷく亭」で仕事だな。今日は週末だから、21:00まではかたいな。で、夜食は家でユミエルが作っているから真っ直ぐ帰宅するんだ。そして、22:00ぐらいには飯を食い終わって、風呂に入るんだが、奴は長風呂でさ……23:00が過ぎねえとあがらねえんだ。でも、ここからはトントン拍子で、23:20には牛乳を飲んで、23:30には歯を磨き、23:40に便所で出すもんを出す。そうこうしている内に、もう0:00だ。あとは、本を読んだり、映像水晶を見たり、布団を被ってごそごそしていたりとまちまちなんだが、まあ、だいたいは2:00過ぎには寝ちまうな。まったく、いったいいつ修行しているんだか……オレは、布団を被ってごそごそしているのが怪しいと思うんだが、親父はどう思う? ……親父?」
「………………お、おう」
なんだ?
……なんだ???
なんか、今、背筋がゾッと……。
「まあいいや。ほら、親父。ネズミのところに行くぞ」
「お、おお……おい、ちょっと待て。行くぞっつったって、どこにいるか分かってんのか? 時間から予想でもしてんのか?」
「ちげえよ、親父。最近、【マーキング】ってスキルを覚えてさ。それを使ったんだ。対象は一人だけなんだけど、どこにいるか分かるようになるんだ。他にも、【クレアボヤンス】って、壁一枚を透視できるようになるスキルや、【スニーク】っていう足音を消すスキルを覚えたんだ。どれも便利でさ……「ライトストライカー」ってすげえな!」
オレの知ってる「ライトストライカー」のスキルと違う。
母さん、何だか家の娘が怖い。
「ほら、親父。ちょうどアイツも家を出たみたいだ。さっさと行くぞ」
「あ、ああ」
そのままオレは、アルティに引き摺られるように一日中連れ回された。
心身ともに疲れて帰宅し、今は自分の部屋で煙草を吹かしている。頭に浮かんでくるのは、アルティが執着しているネズミ……タカヒロのことだ。
今日の奴は、普通に働き、普通に生活を送っていた。昔の……ニ年ぐらい前は持っていた、眩しいばかりの冒険心を失ったかのように。あれでは、一般的な中級区民と同じだ。
昔の奴なら、何の問題もなかった。何でも屋ではなく、冒険者グループ「フリーライフ」時代のタカヒロだったら、オレはなんの文句も……あるが、鍛えるだけの余地はあった。
だが、今の奴はもう駄目だ。人間として大事な部分がごっそり抜け落ちて、すっかり腑抜けちまってる。今は相方に尻を蹴飛ばされて何とか生活できているようだが、オレには分かる。ありゃあ、長続きしねえ。
一本芯が通ってなけりゃあ、人間ってやつぁ一人で立つことすらできねえ。周りの奴らが支えて何とか立たせても、いずれは一人で……最悪、周りを巻き込んで崩れ落ちちまう。
オレも冒険者になって四十年ぐらいだ。そういう奴らを山ほど見てきた。愛する者か、プライドか、はたまた金か……芯を無くしちまった奴がどうなっちまうのか、嫌というほど知っている。
アルティには、そんな奴に関わって欲しくねえ……ねえんだが、同じく、止める言葉も思いつかねえ。今のアルティはタカヒロに夢中だ。どうすりゃいいってんだ……。
家のかかあに知恵を貸してもらうかな……でも、あいつはアルティに甘いからなあ……。
オレは、釈然としないもやもやとした気持ちを誤魔化すかのように、パイプを吹かし続けた……。
………………
…………
……
「なんだったんだか……」
今日は、アルティに加えて、キリングの親父もストーキングに参加していた。二人して雁首並べてこちらを窺う様は、俺の精神をガリガリと削っていく。想像してみろよ、誰かに一日中監視されるってのをさ……結構辛いぞ?
最近はアルティが【マーキング】を覚えたのか、撒いても撒いても見つかってしまう。アイツも冒険者としての活動があるから毎日のことじゃあないが、どうにも鬱陶しい。
そろそろガツンと言うべきだろうか……でも、何て?
どうやら、俺が「憤怒の悪鬼」を倒すところを見ていたらしいアルティに、「いや、俺は弱いんですって」と言っても信じないだろう。
適当なことを言ってごまかしてもいいが、下手なことをしゃべったら俺がレベルを偽っていることが何かの切っ掛けでバレてしまうかもしれない。そうしたら、厄介な依頼を押し付けられてしまうかも……。
……【記憶操作】を使うか? いや、あれは一日以内の出来事に関する記憶しか弄れない。あれから結構経っている……どう頑張っても無理だ。
【ブレイン・ウォッシュ】だって一年先まで使えないし、例え使えたとしてもこの街は「スカーレット」の目が至るところにある。無理にアルティを人気がないところに連れ込めば、キリングが飛んでくるだろう。
結局は八方ふさがりってことか。どうにもままならんなぁ。
ままならないと言えば、最近、仕事が増えてきたような気が……。
ま、まあいい! まだ許容範囲だ! 取り返しはつく!
どうやって仕事を減らすか、それが問題だ。
そんなことを考えながら、俺はさっさと家に帰った。
ネトゲで例えるならば、
学園生徒=素直な初心者
ギルドの幹部=クレクレ厨
誰だって、
「あの」「そのスキル」「どうやって覚えるんだ」「教えろ」「無視かよ」「教えろ」
とくれば教えたくなくなるはず。主人公もそうです。
その関係で、今後貴族との諍いもあるかも・・・。
さて、次回は、色々することが増えた主人公がいよいよ夜逃げします。お楽しみに!