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スキルの使い過ぎは注意しましょう。

 今日は、タカヒロさんが授業をなさる日だ。


 多くの学生が心待ちにしている授業は、Sクラス担任に抜擢された私ですら学ぶことが多く、書の知識を重視し、経験を軽んじる我々教師陣の認識すら変えつつある。


 それでも一部の先生は、学生主体となってスキル身につけ、学園迷宮に潜ってレベルアップする行為を「這いまわる経験主義」だと批判をしている。


 確かに、知識を身につけることは大切だ。しかし、私はそれを実践に繋げなければ意味がないと思っている。


 王立学園高等部の学生にとって、書で学ぶ段階はもう過ぎている。


 学習、実践、評価のサイクルでスキルを学び、「将来に役立てる」ためにこの学園はあるのだ。それなのに、ただ知識を蓄えるだけで満足してしまうようでは本末転倒ではないか。


 博識である=偉いのではない。覚えた知識を、実際に役立てられるかどうかで、その人の評価を見るべきなのだ。「強い者が偉い」というこの国の風潮は、それを如実に表していると思う。


 実際に、この国で最高峰の知能を持つ、あの「図書館の魔女」エルゥさんも、タカヒロさんの活動中心の教育に感化されたのか、暇ができては学園迷宮に潜り、身につけた知識を実践に活かしている。


 その実践の中で、新たに見つけられたスキルの組み合わせや工夫は数知れない。やはり、覚えた知識は実践を経て磨き上げられるものなのだ。


 そう結論付けた教師は、私だけではない。「使うために学ぶ」……その方針に感銘を受けた多くの教師や、貴族の家庭教師などが、仕事の合間を縫ってはタカヒロさんの授業を参観に来る。


 持ち前の謙虚さで「え!? 俺はそんなに大した人間じゃねえよ……!? ヤメテ!」と、タカヒロさんは、教室の後ろで学生たちと共に学ぶ教師たちの視線に恥ずかしそうにしているが、そこは教育の発展のために我慢していただくしかない。気持ちは分かりますが……私も研究授業の時はいつも緊張するものなあ。


 教育姿勢を同じくするエルゥさんの教師就任により参観する教師の数は分散されたが、それでもまだまだ冒険者という知識の実践者として一日の長があるタカヒロさんの、経験を元にした授業の人気は高い。


 私も、今から楽しみだ。今日はどのような話が聞けるのだろう……。




「レベルを上げて物理攻撃。これでたいていの魔物は何とかなる」


 なんと……!


 座学の時間に発せられた「魔物に対する最も有効な攻撃手段は何か」という問いに対する、余りにも単純すぎる答え。どのような根拠があってのものだろうか。黙して続きを待つ。


「もちろん、【物理軽減】や、一瞬だけ物理攻撃を完全に防ぐ【ポイント・ガード】なんかのスキルを持っている魔物はゴロゴロいる。そもそも、【物理無効】持ちのゴーストのように、物理攻撃が意味をなさない奴もいる。こういった魔物相手に物理攻撃は割に合わないと、お前らは思っているだろう」


 その通りだ。スキルがあるにも関わらず、物理攻撃など……私は「雷撃魔術師」だから、余計にそう思ってしまう。【ライトニング】などの攻撃魔法で、近づく前に消し炭にしてしまえばいいのではあるまいか。


 前衛職でも、多彩な攻撃スキルがある。単純な物理攻撃など、最後の手段ではないのだろうか。よく分からない。


「そんなお前らに、いいものがある……よっと」


 ゴトリと教壇の上に、一メートル四方の籠を置くタカヒロさん。何だろう、あの箱は。ゴトゴトと揺れている。中に何か入っているのか……?


「東方諸国で入手した一品でな……これには、東方諸国の迷宮に生息する魔物が入っている」


「「「っ!!!?」」」


 ザザッ、と音を立てて仰け反る私たち。と、東方諸国の魔物だって!?


「心配するな。こいつ自体はレベル80程度だ。体力も多くはないし、動きも鈍い。はっきり言って雑魚中の雑魚だ」


 ほ、本当だろうか……? むむ……【スキャン】で見れば、確かにレベルが80と表示されている。これなら、何かあったとしても、私でも余裕で倒せる。ふ~……。


「じゃあ……ベルベット。お前、こいつを倒せるか?」


「ええ……レベル80程度の魔物など、私の【クレッセント・キャリバー】で一刀両断です」


 前の方の席に座るベルベット・ライン・ランジューさんが指名される。レベル119の「ソードダンサー」の彼女ならば、確かに苦でもないことだろう。クラスのみんなもそう思っているのか、タカヒロさんの意図をつかめずに首をひねっている。


「別に何してもいいぞ。とにかく、こいつをたたっ切ってみな。安心しろ。こいつには【物理軽減】なんかついちゃあいない。スキルを使わない物理攻撃でも、当たりゃあお前のいう通り一刀両断だ」


「そうですか。では、魔物を籠から出してください。私はいつでも大丈夫です」


 しゃらり、と片刃の剣を鞘から抜き放つベルベットさん。その姿からは余計な気負いが感じられない。


「そうか、じゃあ、やってみろ」


 バカッと、無造作に箱を開け放つタカヒロさん。


 そこから飛び出したのは、何とも奇妙な形の魔物だった。


 一抱えほどの大きさの純白の球体が、ふわふわと空中を浮いている……ゴーレムの類だろうか? 魔物学を修めている私でも見たことがない形状の魔物は、依然、ふわふわと教室の中空に浮かんでいる。


「先生。これを、切れと?」


「何だ、拍子抜けしたのか? でも、魔物は外見で判断するもんじゃあないぞ……いいから、さっさとやってみな」


「分かりました……行きますっ!」


 ダッと教室の床を蹴り、魔物との距離を縮めるベルベットさん。それに呼応するように、魔物の表面が赤く染まる。反撃する気か!?


「今更遅いっ!! 【クレッセント・キャリバー】!! ……えっ!?」


「「「ああっ!?」」」


 今、確かにスキル発動の宣誓は為された! だが、ベルベットさんの【クレッセント・キャリバー】は発動しない!? 剣を振り上げたまま、硬直してしまっている。


 まさか、あの魔物は……!


「くっ……!? く、【クレッセンきゃあああ!?」


 真っ赤な球体となった魔物が、再度スキルを発動させようとするベルベットさんのがら空きとなった胴体に体当たりを入れる。


 たまらず吹き飛ばされるベルベットさん。


 更に攻撃を加えようと迫る魔物。


 その体が再び直撃するその刹那、球体は二つに分かたれ、魔素へと変わって霧散した。見れば、ダガーを手にしたタカヒロさんが彼女の傍に立っている。彼がやったのだろう。


「げほっ、げほっ、す、すみません、先生……油断しました……」


「いやいや、油断以前の問題でな? こいつは、【オートシール】持ちの魔物だ。臨戦態勢となったこいつがいる部屋では、スキルは一切使えなくなる。それでも無理に使おうとすれば、反動による硬直が生じるのはお前が体験した通りだ」


 やはり! あの魔物は【シール】系のスキル持ちだったのだ。それならば、【クレッセント・キャリバー】が発動しなかったのも頷ける。


「なっ……!? なぜ、それを言ってくださらなかったのですか!?」


 激昂するベルベットさん。皆が見ている前で無様な姿を見せたこと、そう仕向けようとしたタカヒロさんのやり方を承服しかねているのだろう。


「いや、お前、言ったら意味ないだろ……初めて出会った魔物は、「ボクはこんなスキルを持っているよ。気をつけてね!」って教えてくれるか?」


「そうですけど……でも!」


「それに、なんでお前、一回スキルが失敗したのにまた使おうとしたんだ? スキル不発によって隙ができたとはいえ、アレは単体じゃ弱い魔物だ。あそこで物理攻撃に切り替えていたら余裕で勝てたぞ」


「くっ……!」


 とぼとぼと席に戻るベルベットさん。その顔は、恥辱や怒りなどの様々な感情が入り混じって歪んでいる。


「さて、分かったろう。お前らは、スキルに頼り過ぎている。咄嗟に剣を振れないのがその証だ。次々にスキルを覚えて嬉しいのは分かるが、それに振り回されちゃあ何の意味もない」


 心当たりがあるのか、多くの生徒が痛いところを突かれたとばかりに俯いている。【ライトニング】で倒せると思っていた私にも耳が痛い話だ。


「今回出した魔物だけじゃない。【シール】系……つまり、お前らのスキルを封印するスキルを持った魔物はどこにだっている。そんな魔物相手には、いくらスゲー威力のスキルだろうが、何の役にも立たない」


「で、でも、先生! 【封印無効】の効果を持つ装飾品を身につければ……!」


 ウェルゴ君が意見を述べる。そうだ。各種状態異常を防ぐ装飾品を使えば……。


「まあ、それも一つの手だな。だが、何でもかんでも防いでくれるアクセサリなんて存在しない。【シール】を怖れて、今度は麻痺らされてボコボコにでもされるか?」


「……っ!」


 確かに……特殊な効果を持つ装飾品は、一つしか装備できない。それは絶対的な決まり事……神が定めたこの世の摂理だ。だからこそアクセサリは、より悪い事態を防ぐためのものが選ばれる。「封印」など、重度の「麻痺」や「眠り」などに比べたらかわいいものだ。


「話を戻すぞ……って、どこまで話したっけな。まあ、つまり、スキルに頼り過ぎちゃいけない、って言いたいんだ。スキルがつかえないから、物理攻撃を行うんじゃあない。物理攻撃が通じないからスキルを使う……この心構えを、お前らは身につけなくちゃならない」


 以前とは比較にならない速度でスキルを習得しているSクラスの生徒たち……いや、後ろで参観する私たち教師陣も声を無くす。


「スキルという便利なものだけを支えとしては、それが無くなった時の動揺も大きい。頼るべきなのは、全ての基礎となる物理攻撃だ。あくまで、スキルは状況に合わせて使うもの……スキルに頼りっぱなしのままじゃあ、そんな判断もつかなくなってくるぞ」


 カーーー……ン、カーーー……ン


 授業の終わりを告げる鐘の音だ。もうそんな時間なのか。タカヒロさんの授業は時間の進みが早く感じる。


「おっと、もうこんな時間か。そうだな……午後は、さっき言ったことの復習も兼ねて、スキルを使わずに迷宮を攻略するぞ~。そうすりゃあ、どんな時にどんなスキルが必要なのか、不必要なのか分かるってもんだ。そういうことで、じゃあ、解散~」


 呑気な声を上げて教室を出ていくタカヒロさん。だが、席を立つ者はいない。誰もが、自らの思い違いを痛感し、打ちのめされているのだろう。


 我が国のスキルは確かに強力だ……しかし、それに頼り切ってしまったら、いざというときどうなってしまうのか。私たちはまざまざと見せつけられた。


「くぅ……!」


「あっ!? ベルベットさん!?」


 瞳に涙を浮かべ、教室を出ていくベルベットさん。声はかけられるが、誰も止めようとはしない。今はそっとしておこう……そんな空気が漂っていた。


 しかし、私はあの子の担任だ。傷心を癒やすことはできないかもしれないが、話を聞いてあげることはできる。誰かに話を聞いてもらうだけで、幾分かは心の負担は減るものだ。それすら今の彼女には不必要かもしれないが、やるだけのことはやろう。


 そう思い、私はベルベットさんを追って教室を出た。




 それにしても、タカヒロさんも少しばかりやり過ぎじゃないだろうか。スキルに頼り過ぎることの弊害を説くにせよ、もう少しやり方があったのではなかろうか……。


 最近、タカヒロさんは学園の注目の的だ。


 画期的なスキルの習得法もそうだが、つい先日、「図書館の魔女」エルゥさんを連れてきたことから、更に脚光を浴びた。


 幾度にも渡る勧誘をにべにもなく追い払ってきた図書館所属の研究員を、いったいどうやって連れてきたのだろうか。ともかく、彼に対する学園の対応が変わりつつあり、最近、ゆっくりと話をする暇がない。


 それに合わせ、今日のようなやり方を見ていると、どうにも彼を遠く感じてしまう。高い評価を受け、彼は変わってしまったのだろうか……。


 そうこう考えているうちに、校舎脇のベンチに座っているベルベットさんを見つけた。膝の上で手をギュッと握りしめ、その拳に涙の粒をとめどなく落としている。これは良くない。早速声をかけよう……おや?


 ベーグルをくわえたタカヒロさんが向こうから……。




「ふんふ~ん……ん? おぇあ!? ど、どうしたベルベット!? 魔物の攻撃がそんなに痛かったのか!?」


「いいえ……」


「じゃあ、皆の前でぶっ飛ばされたからか? す、すまん、俺があんなことしたから……」


「いいえ、いいえ……! そうじゃない! そうじゃないんです、先生! ただ、私は、自分が不甲斐なくて……」


「不甲斐ない? ど、どういうことだ?」


「だって、そうじゃないですか!? 先生のおっしゃる通り、私はスキルに……【クレッセント・キャリバー】に頼りっぱなしでした……【クレッセント・キャリバー】があれば、どんな魔物だって倒せると増長していました……それが、情けなくて……」


「いやいやいや!? そりゃあ違うぞ!」


「先生……?」


「えーとだな……【クレッセント・キャリバー】は、習得するのが難しいスキルだ。俺だって知識として知ってはいるけど、めんどくさ……いやいや! そのだな……そう、適性がないため、習得できていない」


「先生でもですか……?」


「そうだ、俺も習得していない。そんなスキルを身につけているお前はスゴイ。だから俺は、今日、お前を選んだんだ」


「え……?」


「【クレッセント・キャリバー】をこの短期間で習得できるお前は優秀だ。でも、更なる高みを目指して欲しくて、あえて厳しく当たったんだ」


「そうだったのですか……?」


「お、おう、そうだ! うん、そうだそうだ。お前は、まだまだ強くなる。だからこそ、スキルを適切に使うということを覚えて欲しかったんだよ」


「先生……!!」


「お、おお……どうやら分かってくれたようだな! じゃ、じゃあ、俺はこれで……」


「先生! ありがとうございました!! 午後の迷宮実習、先生の教えを胸に頑張ります!!」


「ぅあ!? あ、ああ、はい……まあ、頑張ってくれ」


「はい!」




 そのまま、タカヒロさんは去っていった。ベルベットさんは、先ほどの落ち込みぶりがウソのように晴れやかな顔で立ちあがり、伸びをしている。


 ………………ふ、ふふふ……あははは!


 何を勝手に距離を感じていたんだろう。タカヒロさんは、あの夜、私の頼みを聞いてくれた優しいタカヒロさんのままだ。周りに持て囃されるようになった今でも、それは変わってはいない。


 私が、ちっぽけな自尊心を傷つけないために、「あの人は特別だから」と自分に言い聞かせ、遠くに感じていただけだ。彼は少しも変わってはいない。


 やはり、私はまだまだ未熟だ。意識はしていなかったが、若くして王立学園Sクラス担任に選ばれたことから天狗になっていたのだろう。自分を伸ばすことへの意欲を失いかけていた。


 これから、もっともっと多くのことを学ぼう。様々な経験をしよう。彼に……タカヒロさんに卑屈な思いを抱かずに済むように。胸を張り、視線を合わせ、対等に付き合えるように。


 それは、私が教師として……いや、人として一回り大きく成長するために、とても大事なことだと思えた。




………………

…………

……




「ふ~……ベルベットが泣いてた時はマジで焦った。でも、何とかなって、よかったよかった」


 「オンナノコ」が泣いてたら、妙に焦るんだよな……ずりいよ、女って。


 だが、まあ、結局は(その場の思いつきで……いやいや、チガウヨ?)何とか言い聞かせて立ち直ってもらえたから、良しとしよう。


 その後も、迷宮実習を終え、「ぜひ、当家でおもてなしを」と迫る貴族や上級区の家庭の使いっぱしりどもの手から何とか逃げ出せた俺。エリック曰く、俺の授業は高い評価を受けているからだそうだ。


 ≪Another World Online≫の初心者救済ギルド「フジ教導隊」のブートキャンプ方式が仇となったか……!


 このままでは、俺の時間は学園関係者に奪い尽くされそうだ……。


 俺はそんなの嫌だね。自分の自由な時間がろくに持てなくなる生活なんてまっぴらだ。俺はこの世界で、自由に生きると決めたんだ!


 …………そう決めたんだがなぁ……。


 なんで週一とはいえ、どんどん仕事が増えていくんだろうか……。


 お節介で成り行き任せな自分の性分が恨めしい。


「はあ……世の中ままならんなあ……」


 さてと、明日は……げっ……冒険者ギルドの定例会、か……。


 アルティが妙な様子だから、色んな意味で近づきたくない……ぐっ、しかし、サボれば肉体的に痛い……!


 はあ、しょーがねえ……出るとするか。


 はぁ……。


 ため息を吐き吐き、俺は仕事大好きメイドちゃんが待つ家へと帰った。






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