魚を獲ろう
書く→途中でタブクラッシュ→書く→途中でタブクラッシュ→書く→ノーパソのマウスパッドが『1ページ前に戻る』動作を認識。
心が折れかけました^^;
しかし、八月連載終了に向けて、更新、更新!
王立グランフェリア学園、高等部二年S組の生徒たちが、地中海に浮かぶ名もなき島へと漂着してから、二十四時間が経過しようとしていた。
海流の狂い。着の身着のままの漂流。大海獣クラーケンの復活。浜に乗り上げた船の、魔導機関の停止。
さあ、絶望しろと言わんばかりの出来事が、若者たちへと襲いかかった。温室で育った子どもたちは、予期せぬ災禍に巻き込まれた。
ナイフどころか、着替えの服すら持たぬ彼らに、無人島での二十四時間は長い。夜闇が、獣が、魔物が、飢えが、彼らの心身を疲弊させていく。
救助が来る前に、必ず、脱落者が現れる。彼ら自身、そう考えていたのだが――。
「タカヒロ~。このサマードレスはどうだ? 燃えるような赤と模様が情熱的であろう?」
「はいはい、そうだな」
「……ご主人さま。競泳用水着とパーカー、ビーチサンダルです」
「はいはい、お前も似合ってるよ」
「タカヒロくん、これ、美味しいよ? はい、あーん」
「はいは……ひいっ!? 毒パイナポォッ!?」
無人島の西海岸、学生たちの前で、四人の男女がいちゃついていた。
砂浜に座り込み、木の棒の先端をナイフで削る貴大。彼にまとわりつき、果物を差し出すメリッサ。ファッションショーに興じているのは、貴大と共に暮らしているユミエルとルートゥーだ。
真夏のビーチを桃色に染め上げていく男女を前にして、悲壮感になど浸れるはずがない。いちゃつきながら作業を進めていく貴大を前にして、学生たちはみな、「地中海の海は綺麗だなぁ」などと、思考を明後日の方向に飛ばしていた。
「よし、できた。おい、お前ら、集合ー」
「いよっ、タカヒロくん先生!」
「……ひゅーひゅー」
囃したてる少女たちの尻をぼいんと蹴飛ばした貴大は、集まってきた学生たちの前にばらばらと数本の木の枝を放った。
「今から、こいつを使って魚を獲るぞ」
長さにして一メートル、ほぼ直線に近い枝は見るからに硬く、先端は鋭く尖っている。持ち手と思われる部分には蔓が巻かれ、余計な分枝、皮は全て払われていた。
「それは、槍……いや、銛、ですか?」
一人の学生が、しげしげと枝を見つめながら質問をする。
「そうだ、銛だ。返しもついていないし、射出装置もないけど、まあ、お前らぐらいのレベルなら力技で何とかなるだろ」
拾い上げた銛を片手で何度か回し、持ち手を相手に向けて差し出す貴大。彼は、もう一方の手の親指で浜を指して、にっこりと笑った。
「んじゃ、獲ってこい」
「ええええええええええっ!?」
てっきり、手取り足取り教えてもらえるとばかり考えていた学生たちは、大いに驚いた。
彼らにとって、魚とは『鑑賞するもの』、『食卓に上るもの』であって、『銛で突いて獲るもの』ではない。獲ってこいと言われても、どうやればいいのかすら分からないのが上流階級の子弟というものだ。
「んだよ、お前ら、泳ぎは得意なんだろ? 海に潜って、銛で突く。簡単じゃねえか」
「で、ですが……」
王都が海に面しているだけあって、イースィンドは水に関するスキルが多彩だ。水中呼吸のスキル。水上歩行のスキル。水流操作のスキル。およそ水に関して考えられるだけのスキルを、イースィンドは開発、保有している。
加えて、国立の教育機関では、水練にも力を入れている。夏場になると、週に三度も四度も行われる水練の結果、学生たちは類稀なる水泳技術を身に着ける。海を、川を、池を泳ぐイースィンド学生の姿は、しばしば、流れる水のようだとも讃えられる。
水のスキルと、水泳技術。二つが組み合わされば、余程のことがない限り、溺れるということはない。溺れる心配がなければ、魚の一匹や二匹、すぐに獲れるはずだ。
貴大はそう考えて、渋る学生たちの内、数人を海へと放り込んだ。
「ヴァレリー。お前、槍が得意だったよな? じゃあ、銛も扱えるって。頑張れよ」
そう言い残した貴大は、残った学生を引き連れ、砂浜から離れていった。
遠浅の海に腰を下ろした学生たちは、騎士見習いヴァレリーを中心に集まって、相談を始める。
「どうする……やるのか?」
「やるしかないだろう。やらなければ、今夜の食事は果物と草だけだ」
「でも、やれるのか? 僕は魚を棒で突くなんて、したことがないぞ」
海水パンツに学園指定のパーカーという、揃いの恰好をした男子学生たちが不安げに銛を持ち上げてみせる。
「簡単だ。俺の槍捌きは、水中であっても鈍らない。父直伝の【アクア・ランス】は伊達じゃない」
「おおー!」
ヴァレリーの頼もしい言葉に、男子学生たちはわっと沸いた。彼らの眼差しから、尊敬の念を感じた赤髪の少年は、気をよくして、勢いよく立ち上がった。
「見てろ。今から、あの魚を突いてくる。一分もかけずに、戻ってくる」
前方を銛でヒュッ、ヒュッと二度薙いだヴァレリーは、【水上歩行】、【水中呼吸】、【クイック・スイム】のスキルを発動し、いくらかの助走の後、華麗なフォームで海の中へと飛び込んだ。
まさしく流れる水が如く、沖でゆったりと泳いでいる大魚へと高速で迫るヴァレリー。
どこまでも透き通った地中海の水の中では、その姿は飛んでいるようにも見えて、華麗さに加え、たくましさ、力強さを感じさせた。
「くらえっ! 【アクア・ランス】!」
目標に接近したヴァレリーが、青く輝く銛を突き出す。【アクア・ランス】の効果で水の抵抗をなくした銛は、目にも留まらぬ速さで、灰色の大魚へと突き刺さった!
そして、大魚は木端微塵に弾け飛んだ。
「……よし、次!」
「ちょっと待とうか、ヴァレリー君」
気を取り直し、次なる標的を探すヴァレリーへと、ツッコミ代わりの魔法の水弾が放たれた。
一方、残った学生たちは、貴大に引き連れられて、無人島の南海岸へと移動していた。
三日月型の入り江となった海岸は、西側海岸と違い、海に踏み込めばすぐにも胸まで沈むような深い地形となっている。
代わりに、波は穏やかで、群れをなした色とりどりの小魚が、舞い踊るように入り江を彩っていた。
「わぁ……」
幻想的な光景に、女子学生たちがうっとりとした顔を見せた。
男子学生たちは男子学生たちで、あごに手を当て、目を細めている。
願いが叶うならば、この入り江を切り取って、永遠に保存しておきたい。学生たちがそう思うほどに、無人島の南海岸は、一つの美として完成していた。
「おらよっと」
そこに、丸太組みの筏が一隻浮かべられれば、期待はどこまでも高まっていく。
これから、この素敵な入り江で何が始まるのだろうか。私たちは、一体、何をさせられるのだろうか。
期待に胸を高鳴らせた女子学生、ベルベットが、貴大の目を見て手を挙げる。
「先生、もしかして、釣りをするのでしょうか?」
釣りを趣味とする貴族は、意外に多い。狩猟は性に合わないとする貴族でも、いざ釣りとなると途端に張り切る者がいる。
ベルベットも、その内の一人だった。渓流に糸を垂らし、魚がかかる時を待つ。魚はかからなくてもいい。釣果は上がらなくてもいい。無心になれる一時が、彼女はたまらなく好きだった。
その至福の時間を、このような場所で過ごせるのならば――。
スポーティーかつ、クールな少女、ベルベットは、珍しく興奮していた。
「うーん、釣りっちゃあ釣りだけど……まあ、やってみりゃ早いか。弓を持ってる奴、筏に乗り込みな」
「ほほう。ようやく、僕らの出番ですか」
「私、弓の腕には少々、自信がありまして」
個人収納空間から弓を取り出して、びょんびょんと弦を弾く少年少女たち。
武門の嗜みとして弓を所持していたベルベットも、彼らに続いて筏に乗り込む。
「それで、先生。獲物は何でしょうか? 水棲の魔物ですか?」
ベルベットは、無心で過ごせる釣りの過程も好きだが、獲物との格闘も好きだ。
針にかかった魚を、知恵と力で引きずりあげる。その駆け引きは、いつも彼女を高揚させる。
(弓と矢を使うということは、大型の獲物を狙うのだろう。もしかすると、以前、海沿いの街で見た『捕鯨』のようなことをするのかもしれない)
鯨に矢を放ち、銛を打ち込み、遂には背中に乗り込んで、剣を突き立てる。
肉を、脂を得るための行為ではあるが、それ以上に、ドラマチックな何かを感じさせる、大々的な狩り。
ベルベットの頭の中では、幼い頃の記憶が鮮明に蘇っていた。
「こうやって、水面近くを泳いでいる魚をいるわけよ……ベルベット、聞いてるかー?」
「はっ!?」
思い出に浸っていたベルベットを引き戻したのは、ビンと空を裂く弦の音と、貴大の名指しの注意の声だった。
「じゃあ、後は頑張ってくれ。もうすぐ日暮れだから、ほどほどにしとけよ」
「はい!」
話を聞いていなかったベルベットを残し、貴大は入り江の岸へと泳ぎ去っていった。
筏に残った学生たちは、各々、弓に矢をつがえ、海面に向かって狙いを定めている。
「え、えっと……何を、するのでしょうか?」
「ベルベットさん、聞いてなかったのですか? 珍しいですね。ほら、この入り江には魚がいるでしょう? 先生は、あれを狙いなさいとおっしゃいました」
「魚を、ですか……!?」
ベルベットが隣を見ると、早速、一人の男子学生が魚に矢を放っていた。
水面近くをたゆたっていた魚は、頭を矢で貫かれ、矢ごと水面へと浮かんでくる。それを水流操作のスキルで引き寄せた男子学生は、「意外に面白いな……」と呟きながら、再度、弓に矢をつがえた。
彼に倣い、ベルベットも自前の弓に矢をつがえ、手近な魚をいってみる。見事、矢は命中し、魚はぷかりと浮かんできた。
それを水流操作のスキルで引き寄せながら、ベルベットは大きく一つ、頷いた。
(……やっぱり、何か違うっ!!)
彼女にとっての釣りは、あくまで釣竿を使うものだけのようだった。
日が沈む頃、貴大一行と学生たちは、西の海岸へと集まっていた。
魚を獲りに出かけなかった学生たちが、元冒険者の貴大、メイドのユミエル、そして野宿のプロフェッショナル、メリッサの指導を受け、西海岸に即席のかまどを作り上げていた。
そこで火を熾し、午前中に集めた木の実、海で獲ってきた魚を焼こうというのだ。学生の大部分は、このようなアウトドア体験は初めてであり、おっかなびっくりとしながらも、どこか期待で目を輝かせている。
「いいか、外で食うもんは絶対に焼け。とりあえず焼け。生とか、生焼けで食おうだなんて、絶対に考えるなよ」
「き、寄生虫がいるから、ですよね?」
「そうだ。何でも生で食べれるマッドシスターの言うことは信用するなよ。遭難中に腹を壊したら、難儀するだけじゃ済まんぞ」
料理ができる学生、カミーラたちと一緒に、魚の内臓を抜きながら、貴大は加熱の重要性について語っていた。
「……焚き木は燃えやすいものから順に、網目状に組んでいくのが基本です。木と木は、重ねて置いてはいけません」
「それはどうしてですの?」
「……空気の通りが悪くなります。火は、空気がないと燃えないと、ご主人さまに教わりました」
日常的に炊事を行っているユミエルは、自分で暖炉に火をつけたこともないようなお貴族様を集め、着火の基本について教えていた。
「これはね、とっても美味しいんだよ。コリコリ、ぷりぷりしていて、味もとってもいいんだー」
「ひいっ!? あ、悪魔の魚! 悪魔の魚ーっ!?」
「あれ? どうしたの? ねえ、このタコ、美味しいよ?」
そしてメリッサは、ドロテアにうねり、触腕を蠢かすタコを突き付け、彼女を失禁の危機に陥れようとしていた――。
三者三様の態を見せ、漂流二日目の夜は更けていく。水源を確保し、食料の調達方法も知り、学生たちは安心と安全を手に入れていく。
このまま、何事もなければ、海路を封鎖しているクラーケンは倒され、救助隊が島へと派遣されるだろう。そして、二・Sの学生たちは、無事、親元へ帰ることができただろう。
だが、ここは整備されたキャンプ場ではなく、前人未踏の無人島だ。安心は油断へと繋がり、安全はたやすく崩れ去る。
サバイバルは、『食』が満たされただけでどうにかなるほど甘くはない。次なる危機は、すでに、二・Sの学生たちに忍び寄っていたのだ――!
無人島ということで、あえてB級リポート風に引き。
ちなみに、魚を矢でいって釣る、というのは、実際にある釣りを参考にしました。
残酷? いえいえ、お魚は学生たちが美味しくいただきました。ご安心ください。