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灼熱の闘い

 イースィンドの南東、バルトロアの南に、一つの半島国家がある。


 長靴のような形の、食と海運の国。サースリアと呼ばれるこの国は、とある奇妙な特徴を備えていた。


 それは、国の中に国があるということ。サースリアの領土の中に、サースリアからは独立した国家があるのだ。


 一つは、聖都サーバリオ。『教会』と呼ばれる宗教組織の総本山であるこの国は、何と、一つの街がそのまま国となっている。


 尖塔や城壁から見渡せば、ほとんど全ての領土を視界に収めることができる国。世界最小として知られる国が、サースリアの国土に小さな穴を開けるように存在していた。


 もう一つも、同じような形だ。サースリアの中にあって、サースリアではない。かの国は、宗教とはまた違った力によって、街を国へと変えていた。


 その名は、ストルズ。傭兵と観光によって成り立つ、箱庭の王国だ。


 大草原の中、異彩を放つ円形の闘技場コロッセオ。その周りに建てられているのは、ほとんど全てが飲食店と宿泊施設だ。


 独り身の傭兵たちが暮らすアパルトメントもあるにはあるが――多くの家庭は、『自宅兼店舗』という形を取っている。


 何故ならば、ストルズは観光都市だから。闘技場でのショーを観るため、もしくは戦いで名を馳せるため、連日のように多くの観光客や旅人、腕自慢の冒険者たちがストルズに集う。


 これを見逃す手はないと、ストルズ市民たちは自宅を食堂や宿屋に変えているというわけだ。それでも、毎年、街の拡張工事が行われているというのだから、闘技場の人気は推して知るべしだ。


 特に、年に一度の夏大会では、宿屋不足が深刻なこととなる。飛び入りで宿を取るのはまず不可能。近隣の村や町の宿ですら、夏は予約で埋まっている。


 これほどまでに盛況な闘技大会は他になく、たった二日でストルズは巨万の富を得る。これが一年間の収益となると、何とサースリアの税収すら上回る。


 この経済力と、一騎当千とも讃えられる傭兵団。そして、ストルズへ向かう人々が道中で落とす『分け前』。これこそ、箱庭の王国がサースリアの中で独立を保てている理由だった。


 今年も、夏がやってきた。ストルズの――コロッセオの季節が、やってきた。


 人々は集う。かの地へ。漢と漢がぶつかりあう、古の闘技場へ。


 太古の野生を甦らせるために。滾る闘争本能を燃え上がらせるために。人の限界を目に焼き付けるために。


 今年も、東大陸中から、老若男女がストルズに集まってくる――!


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」


 円形の闘技場に響き渡る大歓声。それはビリビリと大気を震わせ、人々を熱狂の渦へと呑み込む。


 その熱気に影響されないのは、闘技場に立つ戦士ぐらいのものだろう。彼らは、何万もの観衆が放つ『合作』よりも、なお熱い闘志を滾らせて、自分自身を炎と燃やす。


「てめえ……! そのふざけた格好ごと、ぐちゃぐちゃに叩き潰してやるぜぇ……!」


 今まさに闘技場で巨大な両刃剣を振り上げている〈グラディエイター〉もそうだった。


 筋骨隆々としたスキンヘッドの大男は、裸の上半身の至る所に血管を浮き上がらせて、ごう、ごう、と大剣を振り回す。


 その度に生じた風が渦を巻き、客席と闘技場を仕切る透明な障壁バリアに小石がビシビシとぶつかった。


 離れていても伝わる男の膂力に、観客はごくりと生唾を呑み込む。一体、あれが振り下ろされたら、どれほどの破壊が巻き起こるのか。あれを耐え切れる者は、果たしてこの世に存在するのか。


 そして、『彼』は一体、どのような動きを見せるのか。


 誰もが固唾を呑んで見守る中――遂に、〈グラディエイター〉が動いた!


 闘技場の乾いた土を抉り、猛進する猪首の戦士。彼ははちきれんばかりの筋肉をいからせ、鉄塊のような剣を振り上げた。


 硬さ、重さ、速さ、鋭さ、高さ。破壊力に繋がる全てを備えた男の一撃は、巨獣すら叩き潰すと――そう、斬るのではなく、叩き潰してしまうのだと怖れられていた。


 ついた二つ名は、『スカッシュ(ぺしゃんこ)・ガルディ』。彼の剛撃を受けてしまえば、人間など一たまりもないだろう。きっと、床に落としたミートパイのように――中身を撒き散らして、潰れてしまうに違いない。


 そう考えたからこそ、気が弱い観客は細く目を閉じた。


「喰らえやああああああああああっ!!」


 咆哮が、コロッセオを揺らす。


 昨年度の大会から一年。更に荒々しく、更に雄々しく鍛え上げられた重戦車が、今、破壊の一撃を振り下ろした!


 巻き上がる大量の土砂。ドン、と腹の底まで響く重低音。決まった。ガルディの一撃が、コロッセオごと『彼』を粉砕した。


 強引に勝利をもぎ取る決定打。それを棒立ちで受けてしまえば、結果は明らかだろう。この勝負、『スカッシュ・ガルディ』の勝ちだ。


 誰もがそう思い、緊張から握りしめていた拳をそっと解いた時――立ちこめていた土煙が、晴れた。


「……がはっ」


 そして、見た。切り裂かれた首から鮮血を噴き出し、ゆっくりと倒れていくガルディの姿を。観衆と同じく、呆けた顔をして、転移の光に包まれていく〈グラディエーター〉を。


「え……?」


 誰かの呟きが、その場にいる者たちの総意だった。


 何が起きたのか。どうして攻めに入った大男が倒れているのか。観衆には分からない。


 彼らが知覚できたのは、結果だけだった。『大男が負けた』という結果だけ。どのようにして大男は倒されたのか。それは素人には分からなかった。


 いや、たとえ熟練の戦士であっても、過程を、手段を、見極められたかどうか。


 『彼』が、大剣が振り下ろされる瞬間、ショートソードを横薙ぎに振っただけ。


 この事象が見えていた者は――そう、多くはない。


 だから、誰もが言葉を無くした。それが見えた強者は、絶技に対する戦慄と畏怖から。それが見えなかった者は、理解不可能な光景による思考の硬直から。


 誰もがみんな、言葉を無くした。


 夏季武闘大会が始まってからずっと、狂騒に包まれていたコロッセオは、水を打ったように静まり返っていた。


 誰も、何も喋らず、身動き一つ取りはしない。まるで世界が静止したかのように、コロッセオは凍りついていた。


 ――だが、それは決して、長くは続かなかった。


「うおおオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」


 破裂。そして、響き渡る大歓声。


 主催者である傭兵王をして、後に「前代未聞の大歓声だった」と言わしめる爆音が、コロッセオを――いや、ストルズの街を揺らしていた。


「黒騎士っ!! 黒騎士っ!! 黒騎士っ!! 黒騎士っ!!」


 圧倒的な強さを見せつけた『彼』を――漆黒の全身鎧に身を包んだ人物を、観衆は手を叩き、床を踏み鳴らして絶賛する。


 龍殺しの英雄を。正体不明の英傑を。大国を救った時の人を。


 誰もが呼んだ。誰もがその名を叫んだ。「黒騎士」と。「黒い鎧兜の騎士」と。


 あまりにも露出が少なく、情報も出回らないため、一時期は存在すら疑われていた謎の勇者。だが、彼はこうしてここにいる。灼熱の太陽の下、強者が集う闘技場で、その力を存分に発揮している。


 ここに伝説が再臨した。龍すら屠る万夫不当の黒騎士が、自分たちの目の前にいる。


 その事実を呑み込んだ観衆たちの熱気は、否が応にも増していった。


 年に一度の大闘技大会。人種も性別もレベルも問わない、何でもありの『最強』を決める闘い。血と汗が染み込んだ強者の聖域に、また新たな名が刻まれようとしていた。


 少なくとも、観衆の多くはそれを期待していた。見飽きた常連たちではない。新たな強豪、黒騎士の雄姿を、余すところなく見てみたかった。龍すら殺す力を、是非、対人戦で奮ってみて欲しかった。


 だが、黒騎士の中の人は――佐山貴大は、


(あちい……だりい……)


 黒い兜の下で、辟易とした顔をしていた。




全四回戦のトーナメントを、黒騎士の中の人は勝ち上がることができるのか?


そして、彼が危険視していた優勝賞品とは?


それでは次回も、ロ●トルー! ファイ!

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