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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

コロッセオ編

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危険な優勝賞品

 少し話はさかのぼり、フランソワの発案によって補習が行われた日のこと。

 その晩、貴大は自室で頭を抱えていた。

「こんなん見なきゃよかった……」

 ベッドに腰をかけた彼が広げていたのは、カミーラから受け取った羊皮紙だ。

 ストルズで行われる闘技大会の賞品リスト。遺跡から出土したモニュメントや、ユニークモンスターが落とした用途不明の石ころなど、珍品奇品が並んだ横長の羊皮紙。説明文と挿絵に彩られたそれに目を落とし、貴大は深々とため息を吐いた。

「やっぱり、『死霊都市Z ~ゾンビは生肉の夢を見るか?~』の起動用アイテムだよな、これ……」

 無差別級大会の優勝賞品。『壊せないガラス瓶』と名付けられた品物の絵を指でなぞって、貴大は珍妙な名前を口にする。

「このマーク……やっぱ、そういうことだよな」

 緑色の液体で満ちた円筒形のガラス瓶には、満月に三つの三日月を組み合わせたような紋章が描かれている。

 貴大の世界では、ある意味、ありふれた標識。ゲームや、漫画、映画などで幾度も目にするポピュラーな記号。それは、名をバイオハザードマークといった。

 生物学的危害を意味するこのマークは、細菌やウィルス、使用済みの医療器具、果ては生物兵器など、『病毒をうつしやすい物質』に刻まれる烙印だ。

 一たび漏洩すれば甚大な被害に繋がるバイオハザード物質は、扱いや廃棄に細心の注意が求められる。梱包に梱包を重ねて封じ込め、施設や移送手段にも厳格な規則、基準が設けられる。

 このマークがつくということは、物が何であれ、危険な物質だということだ。それは、貴大が見つめる『壊せないガラス瓶』――いや、ゾンビ化ウィルスも同じだった。

「万が一でも起動したら、とんでもないことになるぞ。それこそ、街の一つや二つは消えるかも」

 かつて、《Another World Online》において、同名のイベントアイテムを起動したことがある貴大は、当時の光景を思い出した。

 風に乗って拡散する培養液。ウィルスに侵されるNPCたち。変質していく鳥獣に、腐敗臭が漂い始める中世の街。

 そして、プロローグが終わった後――始まる、サバイバルゲーム。

 無数のゾンビ、いや、感染者たちを相手取り、プレイヤーは生き残りをかけて戦うこととなる。怪物たちから身を隠し、薬草を喰らって傷を癒し、ウィルスが体に回る前にワクチンを作る。それをイベント用に出現した街に散布すれば、プレイヤーは生還を果たせる。

 逆に言えば、それが出来なければ、そこで終了だ。ゾンビの爪に、牙に倒れたプレイヤーは、自らもゾンビとなり、感染拡大の尖兵と化す。心臓を、頭を砕かれても再生し、永遠に暗闇をさ迷う不死者となるのだ――。

 もちろん、それはゲームの設定であり、実際は所持金減少などのデッドペナルティを受け、スタート前に戻される。ゾンビ化はなかったこととなり、プレイヤーは健全な体を取り戻すのだ。

 そういった意味では、このイベントアイテムは、何ら危険性のないものなのだが――。

 しかし、この世界〈アース〉は、やり直しのきく仮想現実ではない。れっきとした現実世界であり、死んでしまえばそこでお終いだ。それこそ、超常の力でも働かない限り、復活の奇跡など起きえない。

 そのことを理解していたからこそ、貴大は闘技大会の優勝賞品をこの上なく危険視していた。

 もしも誰かが封を開けてしまえば、空前絶後の大惨事が巻き起こる。人々が暮らす現実の街が、ウィルスの脅威に晒されるのだ。ゾンビはゾンビを生み、嘆きは悲鳴へと変わる。誰かがワクチンを作るまで終わらない惨劇が幕を開ける。

 そのように恐ろしいバイオハザード物質を優勝賞品にするなど、貴大には考えられないことだった。

「まあ、でも、しょうがないのかもな。〈アース〉の奴らは、イベントアイテムは使えねえから」

 貴大は、〈アース〉に来てから培った経験則から、わずかに警戒を緩めた。

 イベントアイテム、イベント専用のスキルは使えない。無理に使っても効果がなく、発動すらしない。作ること、習得することはできても、使うことは決してできない。

 まるでVRMMOのNPCノンプレイヤーキャラクターのような性質。〈アース〉の人々にはそのような特徴があることを、貴大はそれまでの経験から知っていた。

 エルゥが仕込んだ惚れ薬がいい例だろう。同じものを摂取しても、アース人のエルゥには効果が現れず、地球人の貴大には効果が現れた。PCプレイヤーキャラクター専用のアイテムで、NPCからの好感度を一時的に倍加させるフェロモン薬は、貴大のみ効果を発揮したのだ。

 そういった意味では、異世界人である自分には、NPC的な〈アース〉の人々とは違い、PC的な性質が備わっているのかもしれない。貴大はそう考えていた。

 アース人にはNPC的な性質がある。だから、彼らはイベントアイテムの封を破ることはできない。現に、彼らはあのアイテムに『壊せないガラス瓶』という名前をつけているではないか。それは、誰も使うことができなかったという証明だろう。

 貴大は、そのような判断から警戒を緩めていたのだが――少なからず、懸念もあった。

 それは、イレギュラーの登場。効果がないまでもイベント用スキルを使ってみせた人工聖女、メリッサのような存在と――自分と同じく、PC的な性質を持つ人間。そういった者が、あの危険なイベントアイテムを手にすれば、何が起きるのか。

 貴大の脳裏に、親友の笑顔がよぎる。かつて、14歳の少女に躊躇いなく【カウント・デス5】をかけた男。変わらない笑顔で、楽しそうに斬りかかってくる青年。

 彼ならば――倉本蓮次ならば、嬉々としてウィルスを振りまくかもしれない。グランフェリアの街に。貴大がいる街に。

 そんなことはさせられない。街の人々のために、自分のために――そして何より、彼自身のために。罪を犯させるわけには、いかなかった。

 そのためには、あのイベントアイテムを手に入れる必要があった。誰かの手に渡る前に、バイオハザード物質を消去する必要があった。しかし、そのためには、ストルズの闘技大会で優勝しなければならなかった。

 階級別や無差別級など、それぞれの大会で頂点に立つ者にしか開けられない宝箱。コロッセオの王座に安置されたそれが開く瞬間、自分はその場にいなければならない。誰よりも早くイベントアイテムを手に入れて、一刻も早く消去しなければならない。

 万が一にも、他人の手に触れさせてはならない。起動させる隙を与えてはならない。宝箱が開いた瞬間、斥候職の力を活かしての強奪も考えたが、優勝者は東大陸の頂点に立つ猛者だ。貴大ら〈フリーライフ〉の面々を追いつめたカウフマン級の相手ならば、逆に取り押さえられることは十分に考えられた。

 万全を期すならば、合法的に王座に近づき、優勝賞品を手にする必要があった。

 だから貴大は同居人たちにアリバイ工作を頼み、一路、ストルズへと向かった。

 そして、ふるい落としのために行われるバトル・ロワイアル形式の予選を勝ち抜き、トーナメントの第一回戦でも鮮やかに勝利を決めたのだが――。

「よくもガルディさんをヤりやがったな」

「マッチ棒みてえな腕をしやがって。ええ? どんな汚え手を使ったんだ?」

(へるぷみー……)

 針のむしろに座らされ、早くも胃壁に穴を開けようとしていた。

「おめえみたいなひょろ男が、どうやってカオス・ドラゴンを倒したっていうんだ」

「オレには分かるんだ。お前には覇気がねえ。強者の波動が伝わってこないんだよ」

 傭兵として働くストルズの男たちは、縦の繋がりも、横の繋がりも強い。彼らは一致団結して、どのような困難にも立ち向かう。だが、それは国王への忠誠や、仲間意識によるものではない。

 家族だからだ。ストルズの国民たちは、血の繋がりがなくとも、皆、家族なのだ。

 国王を父と慕い、仲間たちを兄弟と見なす。肥沃な領土を持たない小国であるがゆえに、彼らは家族としてまとまり、力を合わせて生きてきた。

 そんな彼らだからこそ、仲間が――いや、家族が、噛ませ犬のようにやられたら黙ってはいない。たとえ相手が黒騎士であったとしても、家族の名誉を守るためならば噛みついてみせる。

「いいか。次の次まで勝ち上がるんだ。そして、俺と闘うんだ」

「その次は俺だ。決勝まで行けると思うな」

(ひええ……!)

 筋骨隆々とした男たちが、選手控室のベンチにぽつんと座っている貴大を囲む。

 顔だけで人が殺せそうなほどに厳しい傭兵たち。四方から彼らの威圧を受けた貴大は、兜や鎧の下で冷や汗をかいていた。

 のんべんだらりとした生活を送っている貴大は、身体能力はさておいて、切った張ったの世界にはあまり縁がない。そのような環境で毎日を過ごしている青年が、筋肉達磨たちに重圧などかけられようものなら一たまりもない。

 戦いを生業とする者が放つ殺気は、刃のような鋭さと、岩石のような重さを合わせ持つ。そのようなものを受け止め続けたら、試合が始まる前に参ってしまう。そう考えた貴大は、殺伐とした選手控室から出て行こうとした。

 そそくさと筋肉包囲網の隙間をすり抜け、石造りの部屋を横切り、そして、簡素なドアをそっと開いて――。

「きゃあああああああああああああああああああああっ!!!!」

「黒騎士様よおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

「サインを!! 握手をしてくださあああああああいっ!!!!」

 閉じた。

 コロッセオの通路を隙間なく埋める、うら若き乙女たち。血飛沫がけぶる漢の闘いを見るために、イースィンドから、バルトロアから、東大陸各国から集まってきた彼女らは、やはり『強い男』には目がなかった。

 龍殺しという噂と、第一回戦での動き。はるばるストルズまで来るような人間が、噂の黒騎士を――そして、ガルディを下した猛者を、放っておくはずがない。

 だから彼女らは、黒騎士の元へと押しかけてきたのだが――これが、選手控室の男たちを大いに刺激した。

「いい身分だなぁ、おい。女にキャーキャー言われて満足か?」

「ほら、どうした、行けよ。女どもがお前を呼んでるぜ」

 立ちつくす貴大を、先ほどよりも険しい顔をした男たちが囲む。

 武に、闘争に人生を捧げた彼らは、表情だけでこう語る。

「軟弱極まりない」と。

「闘いではなく、女を漁りに闘技場に来たのか? この屑め」と。

 そして、「ちょっと羨ましいぞこの野郎」と。

 刺すような嫌悪と、どろどろとした嫉妬心。それら二つが合わさって、選手控室は一触即発の空気に包まれる。

 名前を告げず、顔も見せず、声すら出さない、得体の知れない相手。黒い鎧の騎士に対する、不信感、警戒心も混ざっていたのだろう。男たちの殺気は、止まることを知らずに高まっていった。

 これはまずいと思った貴大は、再度の脱出を決意するも、背中から伝わってくる黄色い声が彼の足を止めた。

 今、通路に出れば、自分はもみくちゃにされてしまうだろう。どさくさに紛れて、兜を脱がされてしまうかもしれない。それだけは避けなければならないのだが――かと言って、これ以上、控室にもいたくなかった。

(前門の虎、後門の狼とは、このことか)

 貴大が、真夏の暑さとは違った理由から、ぽつり、ぽつりと汗を浮かべ始めた時――。

「おめえら、よさねえか」

 厳とした声が、選手控室に響いた。

「キ、キリングさん」

 たった一言で、借りてきた猫のように大人しくなる荒くれたち。彼らの視線の先には、彼ら以上に頑強そうな漢が立っていた。

 彼は、キリング。まるで岩から削り出したオーガのような男は、名をキリング・ブレイブ=スカーレット=カスティーリャと言った。

 冒険者のキリング。『皆殺しキリング』。〈グラビトン・ファイター〉のキリング。どれも彼を指す言葉であり、どれも彼を讃える言葉だ。

 硬く、太い、腕と脚。分厚い鉄板のような胸板。鎧のように盛り上がった背筋に、剣すら弾く鋼の腹筋。老いてなお漢の中の漢と讃えられる巨漢は、ずしり、ずしりと足音を響かせ、貴大へと近づいていく。

 その歩調に合わせて、貴大から遠ざかっていく男たち。気がつけば、控室の入り口には、貴大とキリングしかいなかった。

「次は、オレと勝負だ」

 たっぷりと間を置いて、キリングが黒騎士に言葉を投げかける。

 老年にさしかかった〈グラビトン・ファイター〉の顔は、穏やかにすら見えた。むき出しの敵意も、殺気もなく、その声からは余裕や威厳が感じられた。

 だが、違う。彼の体の内には、燃える闘魂が渦を巻いている。対戦者を喰らおうとする猛獣が、今か今かと唸り声を上げている。

 何てことはない。こいつが一番、闘いたがりじゃないか。貴大は、そう思った。

「おめえがサマ師かどうかは、オレとの闘いで分かる。オレを倒せば、誰もおめえに因縁やいちゃもんなんてつけねえよ。だからな……」

 大きく、ゴツゴツとした手を貴大の肩に載せ、キリングは言った。

「本気でヤれ」

 ずしりと指が喰い込む肩の痛みと、真顔のキリングの迫力に、貴大はおしょんしょんちびりそうだった。


次回、キリング戦、○○○戦。

ちょっぴり長めの予定。
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