名もなき悪魔
キャラクターデザインの件で何だか盛り上がっているので、こちらを更新。
他が色々と忙しいのですが、週一ペースで更新できたら……いいね!
さて、内容の方ですが、久々にエリック登場。
初等部で充実した毎日を送っているようです。
「せんせえ、こわいはなし、して?」
(ほうら、きた)
王立グランフェリア学園に勤める教師エリックは、子どもたちのおねだりに、くすりと笑みをこぼした。
この春に初等部の一クラスを受け持つことになってから、何度目の催促だろうか。数えるのも馬鹿らしくなるほど、『こわいはなし』をしたなぁと、エリックはこの半年を思い返す。
首なし騎士や、エビル・ワーム。シャドウ・ゴーストや、紫煙の魔女。魔の山に住まう混沌龍の話もしたし、悪神の逸話もおどろおどろしい口調で聞かせてみせた。
なまじ魔物学が専門だけあって、子どもたちが「もっと、もっと」とねだっても、彼の引き出しは尽きることがなかった。むしろ、すっかり乗り気になって、芝居がかった声も、自然と口をついて出るようになった。
「楽しみながら魔物について学べるから」とは、一体誰に対する言い訳だったか。高等部では味わえなかった、子どもと触れ合う楽しさを知ったエリックは、休日返上で図書館や劇場へ通い詰めた。
何のために? 優れた物語や語り部に学び、それを活かして、子どもたちに『こわいはなし』をするためだ。元々凝り性なエリックは、水を吸うスポンジのように、語り部として成長しつつあった。
「それじゃあ今日は、名もなき悪魔の話をしようかな」
こほんと咳払いを一つ。耳慣れない言葉と、絶妙な間は、子どもたちの好奇心を駆り立てる。案の定、少しの時間も我慢できなかった男子たちが、エリックの服の裾や袖を掴んで、不思議そうな声を上げた。
「え? え? なにそれ?」
「あくま? あくまって、くろいやつ?」
「しーっ! せんせえがしゃべるから、しずかに!」
しっかり者の女子たちの注意を受けて、わずかに声のトーンを落とすやんちゃ坊主たち。それでも、もったいぶるかのように、にこにこと笑って教室を見渡すエリック。
この『待ち』によって聴衆の期待感を高めるのは、講談師から得たテクニックの一つだ。焦らすような沈黙に、ざわざわと騒がしかった教室内が、徐々に、徐々に、静かになっていく。
教壇に立つエリックを見つめる、三十人の子どもたち。遊びたい盛りの少年少女が、じっと席に座り、声もあげずに聴き耳を立てている。
頃合いかな。そう判断したエリックは、名もなき悪魔にまつわる、『こわいはなし』を始めた。
そいつは、腹が減っていた。
きゅうきゅうと、切なくお腹を締め付ける空腹感で、いつも顔をしかめていた。出来ることなら、お腹一杯ご飯を食べたい。からっぽのお腹を満たしたい。
食べたい、食べたい、食べたい。そいつは、それだけを考えて生きていた。
いや、正確に言えば、少し違う。考えるだけの賢さは、まだそいつにはなかったからね。ただ、食欲というのは本能だ。考えなくても、お腹が減れば食べ物を食べる。それは、どのような生き物だって同じだ。
だから、そいつは食べた。そいつは本当にお腹が減っていたから。『食べられそうな奴』から順に、バリバリ、むしゃむしゃ、頭から丸かじりにしていったんだ。そして、そいつが閉じ込められている小さな闇の空間は、誰かを食べた分だけ、少し、広くなった。
それから、また少し時間が経って、そいつはまた、お腹が空いた。これは、当然だね。私たち人間も、一日三食、ご飯を食べるもの。一日一度の食事では、全然、足りやしない。もちろん、そいつは、『食べられそうな奴』を食べたんだ。
お腹が空いていたからね。そいつにとっては、食べられるものなら何でも、この上ないご馳走だったのさ。たとえそれが、自分と同じ種族だとしても――――お腹が空いていたもの。食べる以外にしょうがなかったし、それはとても美味しかったんだ。
それに、そいつは気付いていた。食べれば食べるほどに、自分が大きく、強くなっていることに。頭も冴え、考えることすらできるようになったことに。賢くなった頭は、そいつに多くの発見をもたらしたんだ。
他にも、似たような存在がたくさんいた。ずる賢そうな目をした悪魔たちが、暗闇の中で蠢いていた。そいつは、彼らを見て、こう思ったんだ。にっこりと笑って、こう思ったんだ。
「ああ、美味しそうな奴らだな」
って。
そいつを囲んでいた悪魔たちも、同じように思ったんだろうね。そこからは、まさに地獄絵図のようだった。
悪魔たちが互いの血肉を喰らい、己の力へと変えていく。一匹、また一匹と消えていき、その分、強力な悪魔が誕生する。東洋の呪術に『蠱毒』というものがあるそうだけど、この弱肉強食の宴は、まさにそれだね。閉じられた空間の中で、悪魔たちは食べて、食べられて、一つになっていった。
そうして、最後に残ったのが、そいつだったんだ。いや、もしかすると、そいつを食べた別の悪魔なのかもしれない。でも、顔だけは、確かにそいつそっくりだった。顔だけは、ね。他の部分は歪に曲がりくねって、まるで虫や蛇を魔女の大釜で混ぜてしまったような体になっていたんだ。
君たちも、見たら怖くて動けなくなってしまうかもしれない。それほど、そいつは恐ろしい『何か』になってしまっていたんだ。それこそ、自分を閉じ込めている檻を破壊できるほどに、強く、恐ろしい、強大な『何か』に。
ここまで来ると、もうそいつを止める術はない。同じ場所にいた誰かは、みんなそいつが食べてしまったのだから。そして、食べ物がなくなったのだから、そいつは当然、外へと行きたがる。
『あおるるるううう』
そいつは、意外にも可愛い声をしているんだ。まるで機嫌のいい赤ちゃんみたいに、ころころとした声を発する。でも、見た目は悪魔そのもの。これは、そいつが恐れられる所以の一つだね。
『ああーむ、あーむぅ』
そいつは、貯えた力を使って、外へと行こうとするよ。そう、闇の卵の殻を破り、僕たちが暮らす世界へと生まれてこようとするんだ。もしも君たちがその光景を見たら、すぐさま逃げ出すことをオススメするよ。
何故かというと、そいつはとっても強くて――――
『ああああああーーーーーう!』
【即死攻撃】すら持っているんだ。
「あっ、名もなき悪魔! えいっ、えいっ! 退け悪魔ー!」
『あんまー!?』
封印を自力で破いた名もなき悪魔は、桃色シスターの一撃を受けて、地獄に堕ちた。
【即死攻撃】の瘴気を纏った長爪で、確かにこの女の肩を切り裂いたはず。並みの人間ならば、それだけで死んでしまうということを、名もなき悪魔は本能的に理解していた。
が、メリッサは超元気。何と、悪魔の渾身の一撃は、少女の柔肌にかすり傷一つ負わせることができなかったのだ。
「悪魔の攻撃なんて、聖女には効きません!」
ふんす、と鼻息荒く、仁王立ちでVサインを決めてみせるメリッサ。
薄れゆく意識の中、名もなき悪魔はその姿を見て、「ああ、チートってこれか」と思ったとか。
「おいっ、どうしたっ!? 何か変な気配がしたんだが……」
名もなき悪魔が遺した魔素の煙すら晴れた頃、メリッサがいる部屋へと、貴大が飛び込んできた。さすが斥候職といったところか、悪魔の出現を、いち早く察知して駆け付けたのだ。
「ううん、何でもないよ。ちょっとね、虫がいたの」
しかし、のほほんと笑うメリッサの姿を認め、貴大は肩の力を抜く。
「何だ、虫か。悪魔っぽい気配だったから、何事かと思った。俺の察知スキル、敏感過ぎるのが珠に傷なんだよなあ」
「あはは、タカヒロくんってば、スキルまで大げさなんだから」
ほっと息を吐いた貴大と、あっけらかんと笑うメリッサ。釣られて貴大も笑い、部屋の中は朗らかな雰囲気に満ちていった。
こうして、『第二回・ハロルド夫人の父の別宅掃除』は、つつがなく終了した。
以前、アビス・アントが出現したため、少々警戒していたんだが、何にもなかったよ。帰宅しての夕食の席で、貴大は笑いながら同居人たちにそう話したとか。
「このように、時限爆弾のように仕かけられた、名もなき悪魔を封じた壺は、どこにあるのか予想ができません。君たちが大きくなって、古びた洋館を買い取ったりしたら……もしかすると、先人が遺した悪魔の壺が、隠し扉の中に潜んでいるかも」
「……っ!」
「それとも、この学園の地下にも、隠されているかもしれない……!」
『ギクッ!?』
「おや、初代学園長。こんにちは」
豊かな魔物学の知識に加え、最近のエリックは、トークも、ユーモアも身につけつつある。凝り過ぎた結果、少々やり過ぎてしまうところがまだまだ未熟だが、彼の成長性には大いに期待できる。
それが、現在のエリックの評価だった。
次回、カオルが登場予定。
今度こそ、カオルは脱かませ犬なるか。お楽しみに!
※現在、活動報告にて、フリーライフのキャラクターデザインを公開しております。ここまで読んでくださった方を裏切らない良い出来なので、是非是非、ご覧になってください^^
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