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姫様大冒険!

 悪魔が聖職者と手を組み、悪魔を探している。


 とんだ与太話もあったものだ。失笑すらかえない茶番劇だ。


 悪魔など、すぐそこにいるではないか。薄桃色のシスター服を着た少女の隣を、悠々と歩いているではないか。


 なぜ、そのことに気づかない? なぜ、悪魔の化けの皮を暴けない?


 おそらく、未熟なシスターなのだろう。レベルはそれなりに高そうだが、洞察力がなさすぎる。


 ドロテアは、もどかしさに歯噛みした。


「捜査する側に回り、自らへの疑いの目を逸らさせる。更には、スケープゴートまで用意する。単純だけど、いい手だわ」


 ぎゅうと握り締めた手は、血の気を失い、白く染まっていく。眉間にはしわがより、目は剣呑に細められた。


「どうする? この機に乗じて、洗いざらい、教会に打ち明ける? ……いいえ、それは悪手。私が関与したと知れば、あの悪魔は報復をためらわないはず。きっと、『あの日の光景』を記録した映像水晶を、ところかまわず撒き散らし始めるに違いない。それは私の破滅を意味する」


 つい、親指の爪を噛んでしまうドロテア。普段はするはずもない、子どものような所作は、彼女に余裕がないことの表れだ。


「でも、教会があの悪魔の尻尾をつかんだのに、私は何もしなくていいの? 報復を恐れて手を出さないことが、本当に正答なの? 考えなさい……考えるのよ、ドロテア。何ができるか。どうすればよいのか」


 ドロテアは、苛立たしげに自室をうろつき始める。爪を噛み、ぶつぶつと何事かをつぶやき続ける。それでも、妙案が思いつかなかったのか、遂にはベッドの縁に腰を下ろし、頭を抱える第三王女。


 自分は、このまま体を後ろに倒し、泣き寝入りするしかないのか。


 悪魔を滅する、その機会を、おめおめと見逃すほかないのか。


 そもそも、何故あの日の自分は、悪魔の前で醜態を晒してしまったのか。


 消してしまいたい。あの日の不甲斐ない自分を、消してしまいたい。やり直せるものなら、やり直したい。ああ、あの日に戻りたい――――。


 ドロテアは、羞恥と後悔で身もだえした。


「ドロテア様? どうかなさいましたか?」


「エ、エレオノーラ!?」


 ドロテアが顔を上げると、そこには二歳年下の留学生仲間がきょとんとした顔をして立っていた。


 エレオノーラ=ブランケンハイム。優れた武官を多く輩出しているブランケンハイム伯爵家の末子であり、将来を有望視されている才女だ。


 武で名をはせる伯爵家の中でも、エレオノーラは特に秀でている。槍を振るわせれば、同レベル帯で彼女に適うものは一人もいない。


 特別なスキルや武具の恩恵ではない。彼女には、生まれ持っての槍さばきの才があった。


 十四歳の若さにして「白銀槍のエレオノーラ」という二つ名で呼ばれる少女。彼女は、ドロテアの焦燥しきった顔を見て、甲高い声をあげた。


「まあ~~っ!? ド、ドロテア様! どうなさったのですか!?」


 淑女にあるまじき足音を立て、ドタバタとドロテアの元へ走り寄るエレオノーラ。


「ああ、ああ、なんておいたわしい……! ドロテア様のそのようなお顔、私は初めて見ました! なにが……なにがあったのですか?」


「い、いいえ、何も……」


「猿ですか!? イースィンドのオス猿どもが、汚らしい手でドロテア様の玉体に触れたのですか!? ゆ、ゆ、許せないっ!!」


「エレオノーラ。落ち着いて……」


「かくなる上は、私の槍でイースィンドのオス猿どもを血祭りにあげてみせます! ドロテア様、安心なさってください!」


「…………」


「お任せください! ドロテア様の懐刀、エレオノーラ=ブランケンハイムめに万事をお任せください! きっといいようにしてみせます!」


 血気盛んに、第三王女の部屋で槍を振り回す灰色髪の少女。


 荒れ狂うものを見ている内に、自身は冷静になっていくのが人間というものだ。悪魔と忌まわしい過去により乱れていたドロテアの心が、落ちつきを取り戻していく。


 そして、一言。


「【フローズン・ソーン】」


 「白銀槍のエレオノーラ」さんは、あっという間に氷像となりましたとさ。





「正体はバレたくない。しかし、ご自身の手で、とある人物の悪行の証拠をつかみたい、ですか」


 数分後、〈冷凍3〉状態から元に戻ったエレオノーラは、何食わぬ顔をして茶をすすっていた。


「ええ、できれば、関与したことすら疑われたくないの。何か良い手はないかしら……」


 その対面で、ドロテアはティーカップを持ったまま、テーブルに視線を落としていた。彼女はわかっていたのだ。そのように都合のよい方法などないと。だから、問いかける言葉にも力はなく、語尾は消え入るように小さかった。


 しかし、エレオノーラは、悄然とした第三王女に向かって、不思議そうな声をあげた。


「お忍び用の、〈蝶の仮面〉を使えばよろしいのでは?」


 〈蝶の仮面〉とは、装着した者の姿かたちを変えてしまうマジックアイテムだ。男が女に、少女が熟女に、老人が若者に。身につけただけで思うがままに姿を変えられる蝶を模した仮面は、王侯貴族御用達の一品だった。


 エレオノーラは、それを使って正体を隠せと言う。しかし、ドロテアはそれでは駄目だと、ゆるゆると首を横に振った。


「〈魔水晶のクーペ〉や【スキャン】を使われてしまえば、どうしようもないわ。私のステータスは多くの者が知るもの……特に、ジョブは誤魔化しようがない」


 力が全ての世界で、王族が人の上に立てるのは何故か。それは、神が彼らにユニークジョブを……通常のものとは一線を画した、力あるジョブを与えるからだ。


 第三王女である彼女も、例外ではない。ドロテアは、〈プリンセス〉というユニークジョブを、生まれながらに与えられていた。


 このユニークジョブが、今回は枷となるのだ。イースィンド国内の〈プリンセス〉を数えるのは、片手で足りてしまう。そのように少ない人数では、数に紛れて隠れることなどできはしない。


 例え姿を変えたところで、【スキャン】一つで早々に見破られるのが関の山だ。ドロテアは、もう一度、首を横に振った。


「う~ん……【スキャン】を使われそうになったら姿を隠すとか」


「駄目ね。〈魔水晶のクーペ〉や【スキャン】の発動は一瞬よ。瞬時に、私の情報は相手に渡るわ」


「遠くから見張るとか」


「それも駄目ね。私の目的は、対象を見張ることではなく、犯罪の証拠をつかむこと。遠すぎれば、咄嗟の事態に即応できないわ」


「そうだ! 留学生仲間に〈サモナー〉がいましたよね? 使い魔をくっつけてもらえば……」


「同郷の者とはいえ、他者に情報が洩れるのはまずいの。それに、相手は一筋縄ではいかない相手。貧弱な使い魔など、ひねり潰されるに決まっているわ」


「う~ん……」


 少し前のドロテアのように、首をひねるエレオノーラ。その姿を見て、第三王女はふっと短く、息を吐いた。


 自分だって、考えた。あらゆる可能性を、考えた。あの悪魔に引導を渡すためには、何をすればいいのか考えたのだ。


 それでも結局、静観するしかないという結論を出そうとしていた。出さざるを得なかったのだ。


 悪魔の報復が恐ろしい。あの日の醜態が恥ずかしい。その気持ちは、何にも勝った。好機が訪れたのにも関わらず、一歩も踏み出せないほど、ドロテアを縛りつけていた。


 沈むドロテアの正面で、エレオノーラは明るく、打開案を口にしていた。


「カウフマン様に協力していただくとか……ああ、他者の介入は駄目なんでしたよね。う~ん、遠望のマジックアイテムを使うとか……建物の中が見えませんね、あれは。ええと……【スキャン】を打ち消す! とか……それができたら、苦労はしませんよね。あはは……」


 不意に、光が差し込んだ。


「今、何て言ったの?」


 立ち上がって、エレオノーラに詰め寄るドロテア。


「え? え? 苦労はしませんね、って……」


 第三王女の豹変に、目を白黒させるエレオノーラ。それでも、ドロテアは止まらず、エレオノーラの腕をつかんで問い詰める。


「その前よ。貴女、【スキャン】をどうすると言ったの?」


「え? えっと、打ち消せたらいいなって……」


「それよ! その手があったんだわ!!」


 感極まり、エレオノーラを抱きしめるドロテア。冷静沈着で知られる彼女がこのように感情を露わにすることは珍しかった。


「ああ!? ああ! ドロテア様! ドロテア様が私の体ををををを……!?」


 しかし、エレオノーラはそのことにも気づかず、一人、感極まっていた。違う意味で。






 深夜の中級区住宅街は寂しげなものだ。


 人通りは皆無に等しく、時おり、野良猫が路地から路地へ駆け抜けていくだけ。


 みながみな、灯りを消して寝静まっている。明日の労働へ向け、体と心を休めている。


 出歩くとすれば、飲み屋帰りの中年男か、警邏で街を回る警備隊員か。


 とにかく、人の姿もなければ、女の姿は特にない。


 治安が良いとはいえ、深夜の街を女が出歩くなどもってのほか。それが、イースィンドの常識だった。


 だというのに、魔素灯の灯りから身を隠すように街を行く、一人の少女がいた。


 小麦色の髪に、そばかすが浮いた顔。垂れた目じりに、太い眉毛。田舎から都会へ出てきたばかりです、といわんばかりの顔をした少女が、注意深く辺りをうかがいながら、一人、歩いていた。


 彼女の名は、ドロテア。バルトロア帝国第三王女の、ドロテア・イザベル・フォン・ローザリンデ=バルトロアだ。


 見た目からは、そうだとはわからない。ドロテアは、あのように野暮ったい外見の少女ではない。まるで別人だ。


 しかし、そう思わせることこそ、彼女の目論見だった。


 正体を隠すために、〈蝶の仮面〉を用いて、出来る限り自分とはかけ離れた外見となったドロテア。彼女は一路、ある場所へと向かっていた。


 何かから隠れるように。誰にも見つからないように。


 塀の上に寝そべった黒猫がその様を、興味深そうに見つめていた。


「この辺りね。悪魔が現れたのは」


 ドロテアが、足を止める。そこは、薄暗き路地の突き当たり。三方をアパルトメントに囲まれた、袋小路であった。


「最初はネズミ。次は猫。悪魔の獲物は、段々と大きくなっている……」


 キュポン。コルクの栓を抜く音が、袋小路に響いた。次いで、わずかに粘り気のある液体が、石畳に広がっていく。


「悪魔は本能を押さえられなくなっている。血への渇望に、歯止めが効かなくなっている」


 むわりと、血臭が辺りに立ちこめる。その匂いに顔をしかめ、ドロテアはガラス瓶を足元に置いた。


 準備は整った。二度に渡って捕食が行われた場に血を撒けば、きっと奴はやってくる。うまくヒトに化け、それでも本能を押さえられなかった、醜い獣がやってくる。


 あの悪魔が、やってくる――――。


『血、ダ……血ノ、匂イ、ダ……』


「来たわね、悪魔」


 夜闇から滲み出てくるように、黒い人型が現出する。口も、鼻もなく、老婆のように曲がった背中の、悪魔。目だけがギラギラと怪しく光る、黒い悪魔。


 悪魔は這いつくばり、地面に染みこもうとする血液に顔をつける。すると、ジュルジュルと音を立て、石畳に広がった赤黒い血が、悪魔に吸い取られていく。


 ドロテアは、嫌悪感にまたも顔をしかめた。


『足リ、ナイ……足リナイ……』


「それが貴方の本性というわけね。何て醜い……」


 悪魔が顔を上げる。そこには無数の細かい触手が蠢いていた。悪魔は、それで血液を吸い取ったのだ。


 それでも足りないとばかりに、全ての触手がドロテアに向けれられ、うねり、屹立する。


「こうも直接的な行動に出るとは思わなかったわ。今夜は証拠をつかめればいいと思っていたけれど、予定は変更します。輸血用のものとはいえ、ヒトの血液を美酒のように飲み干す貴方は危険すぎる……ここで、討たせてもらう!」


 スラリと、腰に佩いたレイピアを抜き放つドロテア。その凛々しい姿を、悪魔はジッと見つめる。


「【スキャン】で私を探るつもり? でも、無駄よ。私はスキルを無効化できる」


 ドロテアの胸元で、琥珀の宝石をあてがったペンダントがキラリと光る。それは、【スキル無効化】の効果をもつマジックアイテム、〈断絶の首飾り〉だ。


 かけられたスキルを、任意で三度まで無効化できるアイテムは、国王からお守り代わりに持たされたもの。ドロテアは、親の愛情にこの上ない感謝を捧げた。


 このアイテムが、今回の調査の決め手だ。〈蝶の仮面〉で姿を変え、〈断絶の首飾り〉で【スキャン】を防ぐ。


 アイテムの組み合わせで、完璧に正体を隠すことができるとわかった以上、ドロテアがためらう必要などどこにもなかった。


 四度、【スキャン】をかけられる前に、悪魔を切り刻む。


 あの日の光景をおさめた映像水晶をばら撒かれて、なるものか。


 ドロテアは、これまでにないほどの闘志を燃やし、果敢に悪魔に斬りかかった。






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