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怪しきは罰せよ

 事の始まりは、メリッサの言葉だった。


「あのね、あのね、最近ね、街に悪魔が出るんだって」


 春の終わりも近づいた、五月下旬のある日。貴大宅に入り浸るようになったシスター服の少女が、夕食の席で突拍子もない話をし始めた。


 教会の聖女、メリッサは、役職と清楚な外見に似合わず、食事の際に話をするのが好きな娘だ。


 町娘のように、「この前、こんなことがあった」、「今日はこんなことがあった」と、雑多な出来事について、あれこれ喋る。


 それらは他愛のない内容ばかりで、聞き手の一人、貴大は、いつも半分以上は聞き流している。

 

 しかし、「悪魔」などと物騒な単語が出れば、気にもなろうというものだ。


 大皿に盛られた野菜炒めに向けていた目と体をメリッサに向けて、「悪魔ぁ?」と聞き返す貴大。


「そう、悪魔。こわいんだよ~。一昨日の夜、路地裏で、真っ黒な悪魔がねずみを食べてたんだって。信者さんが何人か、見たって言ってたの」


「はぁ? 真っ黒な悪魔って……『タール・デーモン』とかか?」


 貴大は、全身黒い悪魔の姿を思い浮かべる。タール・デーモン。レベル100の下級悪魔だ。この悪魔は、大きな単眼を除き、爪の先まで黒い。


「う~ん、違うんじゃないかな。レベル100の魔物が街の中で動いていたら、すぐに騎士団の人にバレると思うな。わたしの『聖女レーダー』にも引っかかってないし……」


「そうだなぁ。俺の探索スキルも反応してねえし。何かを見間違えたとかじゃねえの?」


「ううん。ほんとにこわがってたし、悪魔はどろどろにとけて石畳の間にしみこんでったみたいなの。人間じゃ、そんなことできないよ」


「ああ? 融けたぁ? ……魔物だろうなぁ、そりゃ。悪魔じゃなくて粘液系かな……?」


 液状に姿を変えて逃げる生き物など、考えられない。スライムか、アクア・ジャムか。粘液で体を構成する魔物を思い浮かべる貴大。


 しかし、メリッサはまた、頭を横に振った。


「ううん、スライムとかじゃないの。信者さんが言うには、山羊のような角に、蝙蝠みたいな翼があったって。姿かたちは、悪魔そのものだったって。それが、石畳の隙間に消えたんだって」


「う~んんん……?」


 貴大は、更に首をかしげ、あごに手を当てて考え込む。そのような悪魔などいたか? 一体、悪魔の正体とは? 深く考えてはみたものの、すぐには思いつかない。


 メリッサも同じく、眉根を寄せてうんうんとうなっているが、それだけだ。


 戦闘の経験が豊富で、強大な魔物が跋扈する領域をも活動範囲とするカンストレベルの二人が、そろって熟考するも、これだという答えが出ない。


 信者たちが見た魔物とは、何だ――――?

 

 夕食を食べるのも忘れ、物思いにふける二人。


 そんな彼らを笑う者がいた。


「ふふ、人間は物を知らぬな。我には、わかるぞ」


 何でも屋〈フリーライフ〉に居候している混沌龍、ルートゥーだ。可愛らしい少女の姿をした混沌龍は、ゴスロリ服のフリルを揺らし、口元を押さえて小さく笑う。


「んん? ルートゥー、お前、わかるのか?」


「当然よ。我は千年の時を刻んだ混沌龍ぞ。我にわからぬことの方が少ないわ」


「はいはい、スゴイなー。んで、悪魔の正体って何なんだ? 教えてくれないか」


 やたらと大仰な言葉を吐き、胸を張るルートゥー。共に住み始めて一ヶ月。そのような尊大な言動にも慣れたのか、貴大は苦笑しながら続きを求める。


「ククク……よかろう。我が婚約者たっての懇願だ。教えてやろうではないか」


 婚約者、の部分で、貴大は思わず反論しそうになる。だが、彼はさっさと答えを知り、もやもやとした気持ちを晴らしたかったので、ぐっと言葉を飲みこんだ。


 その甲斐もあって、ルートゥーは悪魔の正体について、すんなりと口にした。


「それはな、おそらく『ブック・インプ』よ」


「ああ!」


 ポンと己の手を叩く貴大とメリッサ。彼らには、その名前に聞き覚えがあった。


「とるに足らぬ小悪魔だが、逃げ隠れには長けておる。あやつらは、自らの体を薄紙のように変えられるからな。排水のための石畳の隙間に潜り込むなど、朝飯前だろう」


「ああ、そういうモンスターもいたなあ! あいつは確かに、紙みたいにほどけるからなあ。それを、『融けた』って勘違いしたんだな、きっと」


「そうかも! すごーい、ルートゥーちゃん! 物知りー!」


「ふふふ……なに、我は偉大な混沌龍だからな!」


「知ってるよー! でも、そんなの抜きにしても、すごーい!」


「ぬははは! もっとほめるがよいぞ!」


「すごーい! すごーい!」


 気をよくして高笑いをするルートゥーに、彼女を褒め称えるメリッサ。さりげなくパフパフラッパを鳴らして場を盛り上げるユミエル。


 何でも屋〈フリーライフ〉の食卓は、今日もにぎやかだった。


「しかし……ブック・インプか」


 騒ぐ三人娘をよそに、貴大は沈思する。


 ブック・インプ。その名の通り、本に住まう悪魔。


 主に悪魔使いが召喚し、本に封印したまま持ち運びする。他には、宝箱にしまわれた奥義書に、自然発生したブック・インプが潜んでいる場合もある。


 いずれにせよ、本にかかわりのある悪魔だ。本あるところに、影が見え隠れする魔物だ。ブック・インプは、本とは切っても切れない関係にある。


 本。悪魔。本に潜む、悪魔。本と、悪魔……。


「……もしかして」


 街中に自然発生するはずもない悪魔。その出現はおそらく、人為的なものだ。誰かが街に、ブック・インプを放ったのだ。


 低級とはいえ、悪魔を使役する人物。


 それは、誰か。本の悪魔を操る者は誰か。


 貴大には、心当たりがあった。






「さあ、吐け! 悪魔を召喚して、何しようとしてやがった!」


「何故だ! 何故バレたああああああ!?」


「そっか。犯人はエルゥさんだったんだ。ちょっとあっちでおはなししよ?」


「ひぃぃぃぃぃぃぃ……!!」


 王立図書館の地下、立ち入り禁止区画の一室にて、引きつった悲鳴が上がった。


「許してー! 許してくれー! 好奇心が! 研究者は、好奇心に抗えない生き物なんだー!」


「許してもらえるかどうか、神さまに聞いてみよ?」


 以前、教会最強の聖女と「おはなし」をしたことがあるエルゥは、顔を青白く染めて、連れて行かれまいとあちらこちらにしがみつく。


 黒髪のエルフは、テーブルに、本棚に、果ては床の石材の隙間にまでつかまろうとする。


 が、レベル相応の聖女の膂力によって引き剥がされ、ずるずると引きずられていく。


 地獄へと。聖女が誘う、地獄へと。


 エルゥにできることは、もはや声を上げることだけだった。


「まだだー! まだ、私は何もしてなかったー! 未遂だ、未遂ー! 私は無実だー!」


「んん? ちょっと待て。まだ、何もしていないだと……?」


 エルゥが発した言葉に、貴大、メリッサはピタリと止まる。それを見てチャンスと思ったのか、エルゥは己の無罪についてまくしたてる。


「そう! そうなんだ! 私はまだ、何もしていない! 【サモン・デーモン】について書かれた本は入手したけれど、まだ何もしていないんだ! 無実! 私は無実だ!」


「う~ん……?」


 どうやらウソではないらしい。貴大らは、腹を見せた犬のように全面降伏の態度を見せるエルゥの様子から、そう判断した。


「じゃあ、【ブック・インプ】は誰が……」


 悪魔を呼び出し、使役している者がエルゥではないとすれば、犯人は一体誰なのか。


 なまじ確信していただけに、余計に頭を悩ませる貴大。


「わ、わかってもらえたようだね? で、では、私はこれで……」


 その後ろで、そろり、そろりと悪魔召喚の本を抱えて部屋から出て行こうとするエルゥ。


「【サモン・デーモン】は教会に禁術指定を受けているよね? そんなイケナイ本は、燃やしちゃいます。【ディバイン・ジャッジメント】」


「アッアーッ!?」


 そして、災いの種となる禁書ごと、神をも恐れぬエルフに天罰を下す聖女。神の雷を受けたエルゥは、黒こげとなり、どうと倒れた。


「アブブブブブブ……」


「こいつが犯人っぽかったんだがなぁ……実際、やろうとしてたし」 


「ほんとの犯人は誰なんだろうね~?」


「さあな。だけど、街ん中に悪魔がいたら、おちおち昼寝もできやしない。捜査を続けるぞ」


「らじゃー!」


 ビシッ! と、自分の頭の横にチョップをくらわせるメリッサ。ガキってのは何で、映画や劇の登場人物の真似をしたがるんだと苦笑する貴大。二人は並んで、立ち入り禁止区画の研究室から出て行く。


「あがががが……」


 後に残されたのは、灰となった禁書と、燃え尽きたマッチのように床に転がるエルフの研究員だけだった。






新作を書いたので、そちらもよろしく!


タイトルは「体育館裏に来い。」


私の作者ページから、アクセスどうぞー。

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