自由の聖女様
「人工聖女?」
人工って……人の手で作られたとか、そんな感じの意味の? え? 聖女って作れるもんなの?
聞きなれない言葉に、思わずオウム返しをしてしまう。そんな俺を見て、メリッサはくすりと笑い、言葉を続けた。
「聞いたことないよね、人工聖女だなんて。だって、普通は『聖女』だけでいいもんね。でもね、私は違うの。聖女じゃなかったんだけど……無理やり、聖女にさせられたの」
「は? ど、どうやって……?」
「それはね……これを、見て」
「っておーい!? ストップストップストップ!!」
言うが早いか、胸元のボタンを外し始めるメリッサ。い、いかん! こいつ、聖女じゃなくて痴女だったのか! 人類にはまだ、穢れなき乙女のバストは早すぎるー!
「ね? 見て……」
「はしたないっ! 年頃の女の子が胸を見せるなんて、はしたないっ!」
必死に顔をそむける俺に、何とかして俺の視界に入ろうとする人工痴女メリッサ。
ん? 人工痴女……何かエロいな。
……ではなく! いかんいかん! 思考がピンクに染まりつつある! 誰かこいつを止めてくれ!
そんな俺の願いもむなしく、メリッサは俺の顔をがっしりとつかみ、自分の胸を見るように強制してきた。
「ほら、ここ……見て」
「あああ、今日で俺の童貞が奪われるのか……って、んん? なんじゃこりゃ」
淡い白桃色の神官服をはだけたメリッサの胸。そこには、三つのふくらみが……三つ?
「え? 何これ? カラータ○マー?」
乳帯に包まれた二つの丘の間、胸の中心からやや上辺りに、丸い石が埋め込まれている……え、ほんとに何これ? こっからビームでも出るの?
「カラー○イマーってなに? ダンジョン・コアの違う言い方?」
「ああ、これ、ダンジョン・コアなのか。最近、どっかで見たなと思ったけど、だからか。こないだ、初代学園長のおっさんがいじくってたもんな。なるほど、なるほど………………って、えええええええええええ!? ダ、ダンジョン・コア!?」
ダンジョン・コア!? ダンジョン・コアっていったらあんた、一つあったらダンジョンが作れちゃうアイテムですよ!? ダンジョンの奥深くに安置されていて、魔素を地脈からぐんぐん吸い上げては、魔物やアイテムをぽこぽこ生み出してるアレですよ!?
んなもん胸元にめり込ませて、何してんの!?
「ちょ、危ねえって! 外せ外せ! んなもん外しちまえ!」
女の子の胸元に手を伸ばすことなどできず、手をあたふたと振っては慌てる俺。ダンジョン・コアを埋め込んでいるなんて、尋常じゃねえな! はよ外さにゃ、何が起きるかわからん。そう思って、外せ、外せと言ったんだが……。
なぜかメリッサは、悲しげな顔をして微笑むばかり。
何で……。
「これね、外せないの。私と融合してるらしくて、これを外すと私も死んじゃうの」
「はぁっ!?」
まさしくカ○ータイマー。巨大化しないだろうな、こいつ……。
「私ね、これのせいでレベル250になっちゃったの。何もしなくても、魔素がどんどん私の体に入ってきてね……研究者の人たちは『成功だ!』って喜んでいたけど、私、失敗したら魔物になっちゃうって知ってたから、怖くて、怖くて……私、今でも怖いの」
「で、でも、レベルが250になったら、もう魔素の入りようがないだろ。魔素の大量摂取で、魔物にならずに済むんじゃないか」
俺がそう言ったら、メリッサはまた、悲しげに笑った。
「レベル250だなんて、怖い魔物といっしょだよ」
「あ……」
確かに、そうだ。カンストレベルは化け物と同義だ。それは、俺だって十分に知ってる。俺もカンストレベルだから、それはわかっている。でも……。
「力を使わなければ、普通の人間と一緒だ」
そう。強すぎる力を使わなければいい。化け物と呼ばれたくないのなら、化け物の如き力を使わなければいいんだ。そうすりゃあ、俺みたいに、普通の生活を送ることが……。
「それはできないの。だって私、命令には逆らえないから。私に埋め込まれたダンジョン・コアには、そんな機能もあるの」
「はぁ!?」
要するに、こういうことか? 教会の研究者が、そこらの女の子にダンジョン・コアを埋め込んで、成功するかしないか定かじゃない人工聖女への改造を行ったと。んで、それをコントロールするために制御装置でもつけたと。
聞けば聞くほどにえげつないな。どこの世界でも、宗教の暗部ってこええ……。
「私ね、これまでいっぱい、したくもないことをさせられてきたの。おっきくてとっても怖い魔物を倒したり。血の赤色しかないような戦場で、ほとんど死んでいるような人たちばかりを回復魔法で治したり。人工聖女の『失敗作』の処分をさせられたり……いやだった。とっても、とっても、いやだった」
……何でも言うことを聞くカンストレベルの奴がいたら、そんな感じで使い倒されるわな。多分、メリッサが話しているのは、ほんの一例だけだろう。人を使うことに慣れた人間が下す命令は、もっと過酷で休みがないもんだ。
「でもね、この力があったから、貴方を見つけられた。私と同じ存在の、貴方を」
「そうなのか………………って、はああっ!? お、俺、人工聖女じゃないぞ!?」
何言ってんの、この子!? 俺が女にでも見えたってのか!? 俺には胸もなければ、カラータイマ○もねえぞ!
「くすくす……見ればわかるよ。タカヒロくんは、男の子。でも、私と同じ、レベル250。勇者でもない、普通の人間なのに、レベル250。私といっしょ」
「あ、ああ、そういう意味な」
ふ~、ちょっと焦った。これで、「タカヒロくんも人工聖女なんだよね?」とか言い出したら、とんだ電波ちゃん……。
「怖い人たちに働かされているのも、いっしょ。私といっしょ」
「……怖い人?」
「ほら、鞭でびしばしタカヒロくんを叩く悪い妖精と、怖ーいドラゴン……タカヒロくんは、あの人たちに利用されているんだよね?」
「え、ええ?」
「タカヒロくんはどんなことをされて、レベル250になったの? 私といっしょで、ダンジョン・コアを埋め込まれたの? それとも、もっと怖いこと? でも、安心して。私が助けてあげるから。だから……タカヒロくんも、私を助けて、ね?」
やっぱりこいつ、電波ちゃんだ。言ってることが、ぶっ飛んでるよ。
はぁ? 俺がお前と一緒で、怖い人に操られているって? そいつらにレベルをカンストさせられたって? てんで的外れ……。
『……ご主人さま。今日の仕事は、これとこれとこれとこれと……』
『タカヒロ! 帰りに、チョコデニッシュを買ってきてくれ。では、仕事に励んでくるのだぞ~』
……あながち、間違ってない! 俺の生活、他人から見ればそういう解釈もできるのか! おおおおお……何という……何という……!
「泣いてるの? タカヒロくん。でも、大丈夫。これからは二人で助け合って生きていこうね。怖いのなんて、二人でやっつけちゃおうね。だって、同じ境遇の仲間なんだから……」
優しく俺を抱きしめてくれるメリッサの手をとり、逃げ出してしまいそうになったのは秘密だ! 特に、家の二人には……うう、奴隷根性が染み込んでらぁ。
「ええ!? じゃあ、タカヒロくんは普通の人なの!? 普通に魔物を倒して、レベルアップをして、レベル250になっただけなの……!?」
「まぁ……そう、だな。そういうことだ」
やたら優しい目で俺を見つめるメリッサに事情を説明したら、やたら驚かれた。まぁ、普通にレベルアップで250になるなんて、この世界では至難の業だからな。でも、本当のことを言ったら、ますます話がややこしくなるから、そういうことにしておこう。
「じゃあ、タカヒロくんは誰にも利用されてなんて……」
「いません。俺は、自由です」
本当は色んなしがらみがあるけれどね! でも、メリッサよりはよっぽど自由だ。他人の命令には絶対服従だなんて、考えただけでもぞっとする。
「そんな……仲間がいた、って思ったのに……これで自由になれるって、思ったのに……」
やっぱり、他人の意のままに操られる生活は相当きついんだろうな。希望に瞳を輝かせていたメリッサは、今ではぺたりと力なく座り込んでいる。
「タカヒロくんも操られていると思ったのに……だから、支配から解き放ってあげようと思って、【ブレイン・ウォッシュ】まで使ったのに……」
そういうことだったのか。俺の精神が誰かに支配されていると思ったから、まずは【ブレイン・ウォッシュ】で誰かの影響を洗い流したかったんだろう。
そして、自由になった俺に、メリッサに命令を下せる奴を殺させようとしたわけだ。
……おっかねえええ!!
かわいそうな子、って思いかけたけど、やっぱこいつ、おっかねえよ! マッドネス聖女だよ!
「ごめんね、迷惑かけて……駄目だね、私って。早とちりばっかりで。ぐずで、間抜けで……人に迷惑ばっかりかけて……」
う、むむ……それでも、女の子がしょんぼりしているのは、いただけない。何とかして元気になってもらおう……。
「ねえ、タカヒロくん」
「うん?」
暗い顔のメリッサが、俺の目をじっと見てきた。やばい。元気にするとか、そんな問題じゃない。この目は……。
「私を、殺して?」
やっぱりか!? 死にかけていた俺や、出会ったばかりの頃のユミエルのような目をしているから、そうくるとは思ったが……随分とストレートだな、おい。
「聖人認定……ううん、優秀な人を洗脳して帰るって言って出てきたから、このまま帰ったらタカヒロくんの正体がばれちゃうよ。私は絶対にしゃべらないけど、命令されたらいやでもしゃべらなくちゃいけなくなるから……私、タカヒロくんに迷惑をかけたくない」
儚げに笑う人工聖女様が、俺の右手をつかみ、自分ののどへともっていく。
「それに、私、もうこれ以上やりたくないことをしたくない。死にたいって叫んでいる兵士の人を無理やり生かして戦わせるのも、怖い魔物と手足がもげちゃうような戦いをするのも、どれもこれもしたくない。自由になれないのなら……もう、私、死にたい」
俺の左手も、メリッサののどにもっていかされる。このまま力をこめて、首の骨でも折ってくれというのだろう。カンストレベルなら、それができると視線で訴えるメリッサ。
「自分じゃ死ねないように命令されているから……お願い、タカヒロくん。私を、殺して」
そして、目をつむるメリッサ。若いのに、人生に疲れてしまったのだろう。両目から流れる涙が、それを如実に語っている。
まあ、死ねば楽になれるだろう。もう嫌なことはしなくて済む。それは、確かだ。
でもな……でも、人生、そんな幕引きじゃ、つまらんだろう?
「バーカ」
「あいたっ!?」
死を望む15歳に、拳骨をくらわせてやる。俺に自分を殺せって? おいおい、冗談言うなよ。
「お前なあ、俺になんて依頼をするんだよ。俺を誰だと思っているんだ」
「え? ええっ?」
何だ、こいつは。そんなことも知らずに、俺に会いにきたのか?
「知らねえのか? じゃあ、教えてやるからちゃんと覚えておけよ」
そう言って、俺はメリッサに教えてやる。俺が何なのか。俺は誰なのか。
カンストレベルの元冒険者? 違う。
地球出身の異邦人? それも違う。
俺は……俺を正しく言うならば――――。
「俺は、自由な人生……何でも屋〈フリーライフ〉の、佐山貴大だ」
これに尽きるだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まだ、夢を見ているようだ。
あっという間……あっという間の出来事だった。
人工聖女になって、五年……その間、私を支配するための媒体でもあり、恐るべき力を与えていたダンジョン・コアは、あっという間に取り外されてしまった。
タカヒロくんに手を引かれ、やってきたのは王立グランフェリア学園の地下迷宮……そこで私は、一人の人物と引き合わされた。
「あ~あ~、ダンジョン・コアをこんな形で使うなんて……〈ダンジョン・クリエイター〉の風上にも置けんな。これだから教会の連中は美学というものを知らない……」
初代学園長を名乗るその人物は、私の胸に埋め込まれたダンジョン・コアを見て、大いに嘆いた。その様子から、この人でも無理なんじゃないかと思ったんだけど……でも、初代学園長は、どうやら尋常ならざる人物だったようだ。
嘆いていたのは、ダンジョン・コアの使い方が「なっていない」かららしい。迷宮と一体化し、五百年以上も生きてきた〈ダンジョン・クリエイター〉は、「なっていない、なっていない」と嘆きの声を上げる。
「人をダンジョン化させても、地脈から魔素を吸い上げる機能と、〈ダンジョン・クリエイター〉に操作されるという機能しか残らないじゃないか! しかも、成功率は恐ろしく低い……こ、こんなことで貴重なダンジョン・コアを無駄にするとは! 許せん! 許せん!」
はげた頭を真っ赤にして、怒り狂う初代学園長。彼は、その勢いのまま、私のダンジョン・コアへと手を伸ばした!
「こ、こんなもの! こんなもの、このままにはしておけない! 知っていれば、タカヒロくんに頼まれずとも取り外していたとも!」
そして、初代学園長の手が私の胸に吸い込まれていき……それが引き抜かれると同時に、私のダンジョン・コアも取り出されていた。
「え? ……え?」
呆然とする私に、初代学園長は言った。
「ふ~、これでダンジョン・コア……いや、君は無事だ。もう、誰かに操作されることもないだろう。ただ、上がってしまったレベルは、私には下げようがない。すまないね」
そして、私から抜き出したダンジョン・コアを大事そうに抱え、初代学園長はどこかへと消えていった……。
これだけだ。これだけのことで、私の悩みは全て消えてしまった。
私は自由だ。これで、私は自由だ……でも、あまりに急な展開に、頭がついていかない。なんだか、ぼーっとしてしまう……。
「うまくいってよかったな。まあ、初代学園長は無駄に長生きしてるし、自分の迷宮が攻略されたら激怒するぐらい迷宮大好き人間だからな。ダンジョン・コアの扱いには慣れていると思っていたけど……いや、何とかなってよかった」
私の手を優しく握って隣を歩くタカヒロくんが、なにか言っている……でも、なんだろう。よくわかんないや。
でも、いやな気分じゃない。とても……とても、軽やかな感じだ。重たい荷物を全部降ろして、背中に羽が生えたような気分だ。
頭の中に、いやなことが浮かんでこない。私、今、やりたくないことについて、考えていない。前は、どんな時でもそればっかり考えていたのに……。
こんな気分、いつ以来だろう……。
ふわふわと浮き上がるような心と足で、ただただ歩く。タカヒロくんに連れられ、彼が行く道をいっしょに歩く……。
でも、そんな時間も、終わりのようだ。タカヒロくんが、私の手を離した。
「あっ……」
思わず、未練を含んだ声を上げてしまう。……未練? 何に対しての? わからない、わからない。ふわふわしたままじゃ、わからない……。
「ほら、ついたぞ。ここが俺の家だ。今夜はもう遅いから、泊まっていけ」
指し示されるがままに、目の前の建物をよく見てみる。レンガと石組みのお家……タカヒロくんのお家だ。とっても、温かそうなお家……でも、私はまだ、ここに入っちゃいけない気がする。
「ううん、いいの。私、聖都に帰るね。やらなくちゃいけないことがあるから……」
「あっ、おい!?」
未練を断ち切るように、転移スキルを発動させる。途端に光に包まれる私の体……これでいい。私はまだ、ここにいちゃいけない。私を操っていた人たちの魔の手が、ここにまで伸びてしまう。
だから……私は、聖都に帰る。するべきことをするために。いつかタカヒロくんと笑顔で会えるように。だから、さようならは言わない。代わりに私は、「またね」と手をふった。
「ありがとうね、タカヒロくん。本当にありがとう……じゃあ、またね」
「おい、メリッサ! メリ」
転移スキルが発動し、目の前の景色が切り替わる。温かな人、温かなお家。そんな景色から、暗い森へと変わってしまった。
こんな場所にいると、自由になったけれど、私は一人ということ実感してしまう。
……いや、違う。私には、友だちがいる。離れていても、つながっている友だちがいる。
タカヒロ・サヤマくん。私にこれ以上ないものをくれた、かけがえのない友だち。
……勝手に友だちって言っていいのかな? 友だちがいたことないから、わかんないや。
今度会った時に、タカヒロくんに聞いてみよう。
そう決めた私は、聖都へ向けて歩き出した。
「ねえねえ、タカヒロくん。私、この街の教会に勤務することになったよ。えへへ、すごい? すごい?」
「ああ、すごい……昨日の今日でカタをつけてくるなんて、すご過ぎる……やっぱ、カンストレベルってこええ……」
「そんな、照れちゃうよ……」
「誰もほめとりゃせんわ!」
一夜明けて、ここはイースィンド王都グランフェリア。私は「元・怖い人たち」とお話をしてきて、晴れて自由の身となった。それどころか、「元・怖い人たち」が、
「何でも言うことを聞きますうううううう!! 犬の真似をしろと言うのなら、喜んでしますううう!! だから、だから、命だけはあああああああ!!」
って、なぜか泣きながら頼んできたから、私が夢見た「普通のシスター」として、友だちのタカヒロくんが住む街で働けることになった。
人工聖女をつくるのも、もう止めてしまうそうだ。研究所に捕らわれていた身寄りのない子どもたちは全員教会が責任をもって保護するらしい。
いいことばっかり! それもこれもタカヒロくんのおかげだ。
「ありがとうね、タカヒロくん」
「恐ろしい……最近、パワーインフレを起こしている……ジャ○プの漫画かよ……」
当の本人はなにやらぶつぶつとつぶやいているけれど、きっと照れ隠しだね。まったく、タカヒロくんってシャイなんだから……ふふっ。
さあ、これから、どうやって生きていこうかな。選択肢は無限に広がっている。自由な人生は、私の手の中にある。
急ぐことはない。のんびり、のんびり決めていこう。自由な人生を、楽しんでみよう。
私は、〈フリーライフ〉を名乗った男の人の隣で、そんなことを考えていた。
これで、フリーライフのヒロインは全員登場!
次章から、貴大と彼女らのにゃんにゃんにゃんな話が繰り広げられます。
と、いうわけで、次章、「肉編」。
お楽しみに!