メリッサからの手紙
修正完了。修正前のものをまちがえて投稿してしまうなんて……。
M.Cの仕業じゃ!
「メリッサ、メリッサ、メリッサ……う~ん、やっぱり思いつかんな。聖都で優介がセクハラまがいのことをしたのは、ベラって名前の人だったし……」
孤児院からの帰り道、貴大は広げた手紙に視線を落としながら、首をひねる。
手紙には、『タカヒロ・サヤマへ 大事なお話があります。サン=ヴェルデ教会で待っています。 貴方の仲間、メリッサより』とだけ書かれている。大層な木箱に納められていたぐらいだから、さぞ重大事かと思いきや、とんだ肩透かしだ。
「そもそも、メリッサなんて知らない名前だしなぁ。いたずら? それとも本当に何かあるのか? う~ん……わからん。こういう時は……」
貴大は、手紙をくしゃくしゃに丸めて、屋台脇のくず籠に放り込んだ。そして、振り向くことなく歩き去っていく。
「気にせん方がいいな。詐欺か何かかもしれんし。大体、サン=ヴェルデ教会跡地とか、街から30kmぐらいの距離じゃねえか。よっぽどの用なら、会いにくるはずだ」
そう結論付けた貴大は、うんと大きく伸びをして、ふっと息を吐く。細かいことばかりを気にしていては、夜眠れなくなる。だから、大事なこと意外はあまり気にしない。それが彼の生き方だった。
「さ~て、市場にでも寄って帰るか。たまには晩飯を作るのもいいもんだ」
塩漬け魚にしようか、豚の腸詰にしようか、些細なことで頭を悩ませる貴大。メリッサからの手紙のことは、もうすっかり彼の頭の中にはない。夕飯という一大事を前にして、誰とも知れない相手からの手紙のことなど、考える余地などなかった。
そのはずだった。しかし―――。
「……ん? なんだ、お前。何か用か」
彼の肩に、一羽の伝書鳩がとまった。誰かの使い魔だとしても、純白の鳩はグランフェリアでは珍しい鳥だ。思わず、しげしげと鳩を眺める貴大。だが、そんな彼の肩を、鳩は数度、クチバシで突っつく。
「おいおい、穴が開くっつーの。わかった、わかった。手紙を受けとりゃいいんだろ」
足にくくりつけられた金属製の筒から、丸められた手紙を抜き出す貴大。すると、鳩は一声鳴いて、いずこかへと飛び去っていった。
「何だったんだ……」
貴大は、手でひさしをつくり、鳩が飛んでいった先を見つめるが……当然、空を行くものの行く先などわかるはずもなく、すぐに地上へ視線を戻した。
「さて、何なんだか、この手紙は……」
先ほど受け取った手紙をくるくると延ばしていく貴大。そして、文面全体が読み取れるように紙を広げきったところで……うっ、と短くうめいた。なぜならば……。
『タカヒロ・サヤマへ 人からの手紙を捨てるなんて、酷いと思います。でも、今回だけは許してあげるので、サン=ヴェルデ教会に早く来てくださいね。 貴方の仲間、メリッサより』
まるで、彼の行動を監視していたかのような言い回しだ。思わぬ形で釘を刺され、思わずたじろいでしまう貴大。
「な、なんだ? ストーカー? ストーカーなのか?」
急いで、探知系スキル【マインド・レーダー】で自らの周囲を探る貴大。半径1km以内で彼に意識を向ける者がいれば、すかさず探知できるはず。しかし、それで発見できたのは、冒険者の少女、アルティのみ。いつもと変わらぬ結果に、彼は焦りを強くする。
「こわっ……! なんか寒気がしてきた。はよ家に帰ろ」
両肩をこすり、顔を青くして帰路を急ぎ始める貴大。そんな彼の後をつける者は、赤毛の少女しかいなかった。
いつも通りの帰り道。いつも通りの風景。何の異変も、そこにはなかった。
「タカヒロ! タカヒロ! 我はジャム! イチゴのジャムがよいぞ! バターをたっぷり塗って、これでもかというぐらいのせてくれ!」
「はいはい」
貴大は、こんがりと焼いたトーストに、バターとジャムを塗りたくる。パンもジャムも、パン工房〈クラリス〉自慢の逸品だ。その組み合わせは、混沌龍の舌すら魅了していた。
「はぅぅ~! た、たまらんのだぁ……!」
バターの程よい塩気と、イチゴのジャムの甘味、酸味。そして、トーストのさくさく、もちもちと小気味良い食感が相まって、「イチゴジャムトースト」は、ルートゥーの口の中で幸せのトリオを奏でていた。
「知らんぞ。そんな不健康そうなもんばっか食って」
幸せの味に蕩ける混沌龍の少女をジト目で見つめるのは、貴大だ。彼は、バターを塗ったトーストにシナモン、ブラウンシュガーをまぶして軽く焼いた「シナモントースト」を食べている。
「よいではないか。岩や海水、毒すら己の糧にできる混沌龍にとって、大事なのは美味か、そうでないかだ。我は、どうせならば美味なるものが食べたい。美食は心の養分だぞ、タカヒロ」
「だからって、行儀が悪いのはどうかと思うぞ」
口の周りをジャムでべとべとにしたルートゥーは、「人間の姿は口が小さくていかんな」と笑い、袖でジャムを拭い取ろうとする。しかし、それをやんわりと止め、代わりに濡らしたハンカチで彼女の口を拭ってあげたのは、メイドのユミエルだ。
「……袖はそのように使うものではありませんよ」
「す、すまぬ。わぷっ」
むずがゆそうにするルートゥーの頭を左手で固定し、ついには綺麗にジャムをふき取ったユミエル。無表情ながらも満足げにうなづき、彼女は自分の席へと戻る。そして、食べかけのトーストを、小さな口でリスのようにさくさくとかじっていく。
「そういやあ、ユミィがトーストに何か塗ってんの見たことないな。ジャムとか塗らないのか?」
ユミエルが口にする、あまりにもプレーンなトーストを見て、貴大が疑問の声をあげる。しかし、ユミエルは首を振り、「これでいいのです」と言い返す。
「……クラリスご夫妻のパンは、何もつけなくても十分に美味しいものです。むしろ、ジャムや野菜のペーストなどを塗ってしまうと、私には味が濁ってしまうように感じます」
「ふ~ん。そんなもんか」
「……はい」
パンしか食べないわけじゃないから、それも個人の自由かと納得する貴大。それから、今度はベーコンの厚さの好みについてなど、話題の花を咲かせつつ、何でも屋〈フリーライフ〉の朝食の風景はしばらく続いた。
「……そういえば、ご主人さま。手紙がきていますよ」
「ん? 俺にか? 珍しいこともあるもんだ」
朝食の片付けも済み、さて、仕事に出かけようというところで、ユミエルが貴大に封筒を差し出した。きょとんとした顔で、それを受け取る貴大。
「う、ん? この封筒、何も書いてない。誰からだ……って、これは!」
封筒から手紙を抜き出した貴大。そして、丁寧に三つ折りにされた手紙を開き、その紙面に目を落として……驚きの声を上げた。
『冷血人間タカヒロ・サヤマへ いくら春とはいえ、野宿は寒かったです。何でサン=ヴェルデ教会に来てくれなかったのですか? 私はずっとここにいるので、早く来てください。 貴方の仲間、メリッサより』
「だから、大事な用ならお前が来いよ!!」
意地でも動こうとしないメリッサに、思わずツッコミを入れる貴大。自分から訪ねてこようとせず、人を動かそうとするとは何事かと腹を立て、彼は手紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てた。
「……よろしいのですか?」
それを見たユミエルが貴大に問いかけるが、彼は顔をしかめて「かまわん、かまわん」と手をふる。
「いいんだよ。横着する奴の呼び出しとか、どうせろくなことじゃねえわ。しかも知らん奴からの手紙だしな」
「……そうですか」
いつもなら、ここで「食後の一休みでも」と言い出す貴大だが、出鼻をくじかれた形となり、やれやれと首をふって玄関に向かう。
「んじゃ、いってくるわ。ユミィ、ルートゥー」
玄関まで見送りにきた二人の少女の頭をぽんぽんと撫で、貴大はドアノブに手をかけた。そんな彼の背中に送られる、少女たちの声。
「……いってらっしゃいませ」
「うむ。しっかり励んでくるのだぞ」
やたら偉そうに家主を見送る居候にも慣れたのか、苦笑しながら家を後にする貴大。今日は、外壁工事に道具屋のおつかい、そして迷子の子犬探しと、仕事が盛りだくさんだ。さて、精々お仕事を頑張りますかと、彼は朝日に照らされた街を歩き出した。
しかし―――仕事中もかまわず届く「メリッサからの手紙」に、彼は悩まされることとなる。
重たい魔導レンガを運んでいると、現場監督から手紙を渡される。
『タカヒロ・サヤマへ 先ほどは言い過ぎました。怒って手紙を捨ててしまうのも、無理はないことかと思います。でも、この穏便な私でもいら立つほど、街の外での待ちぼうけは辛いものなのです。早くサン=ヴェルデ教会に来ていただけると嬉しいです。 貴方の仲間、メリッサより』
道具屋のおつかいで、〈青りんご湿布〉を運んでいると、納品先でこんなものが紛れ込んでいたと手紙をつき返される。
『タカヒロ・サヤマくんへ お仕事大変そうですね。そんな貴方を呼び出してばかりなんて、軽く自己嫌悪……>< でも、大事な話があるんです。サン=ヴェルデ教会で待っているので、仕事が終わったら来てください。 貴方の仲間、メリッサより』
迷子の子犬を確保すると、その子犬が何やら手紙をくわえている。
『タカヒロ・サヤマくんへ まだかな、まだかな~? タカヒロくん、私はサン=ヴェルデ教会で待っているよ? 花占いにも飽きたので、そろそろ来てくれると嬉しいなあ……。 貴方の仲間、メリッサより』
「しつこいっ!!」
全ての仕事を早め早めに終わらせたため、まだ午後三時を少し回ったばかりの時間だ。自分の足なら、十分にいって帰ることができる。そう判断した貴大は、とうとう手紙の主、メリッサに会いにいくことにした。
「も~、何なんだよ、こいつは~。かまってちゃんかよ。くそっ、めんどくせえ……」
ぶちぶちと文句を垂れながら、南へ続く街道を走る貴大。【ブースト】と【インビジブル】を併用しているため、その姿は疾風そのものだ。
まさしく風のように30kmの道のりを駆け抜けた貴大。そんな彼の目の前には、古ぼけてあちこちが崩れた教会が建っていた。
「ここだよな。遠めで見たことはあるけど、入ったことはねえから……ああ、ここで合ってんな」
かろうじて崩落せずにすんでいる入り口上部の陶製のプレートには、「サン=ヴェルデ教会」とある。間違いなく、メリッサに指定された場所だった。
「うへっ……あちこち錆びて、腐ってる……」
数十年以上も前に放棄された教会は、どこもかしこも損傷が目立つ。入り口ホールの天井に至っては、丸ごと抜け落ちてしまっている。
「本当にこんなところにいるんだろうな……いたずらじゃねえよな……」
踏みしめるごとにぎしぎしと鳴る床板に怯えながら、貴大は礼拝堂へと進む。さほど大きくもない教会だ。誰かがいるとしたら、そこしかない。そう考えた彼は、難儀しながら少しずつ進んでいく。
やがて、短くて長い道のりを終え、礼拝堂入り口へとたどり着いた貴大。ため息を一つ吐き、彼は、礼拝堂の中をひょいとのぞき込んで……。
「は~、ここが礼拝堂……か……」
そこで、聖女を見た。
あちらこちらに穴が開き、そこから光がさしている礼拝堂の、祭壇の前で―――。
一人の少女が、両手を組み、頭を垂れて、神に祈りを捧げていた。
貴大は、それを見て思う。
「白い」、と。
何が? 少女の白髪が? 淡い白桃色の神官服が? 髪にかけられたヴェールが?
違う。どれも違う。貴大が白さを感じたのは……少女、そのものだ。
じっと祈りを捧げる少女に、貴大は言いようのない「神聖さ」を覚えた。それが、貴大が感じた白さだ。光り輝くような、穢れなき白だ。少女の姿は、それを感じさせた。
「あ、う……」
声を発することすらためらうような空間で、それでも、少女だけは自由に動く。祈りの構えを解き、貴大へとゆっくりと振り向く。そして、彼の元へと、歩いてくる―――。
「こんにちは、タカヒロ・サヤマくん。私がメリッサです」
どこまでも澄み切った笑顔を貴大に向け、メリッサは無邪気に微笑む。
それを前にして、貴大はなぜか心臓の鼓動が激しくなるのを感じた。それを誤魔化すように、彼は口を開く。
「お、俺に何の用だ? それに、仲間って何のことなんだよ」
しかし、メリッサは答えない。ただ、にっこりと笑ったまま、更に貴大へ近づく。
「お、おい? 何を……」
そして、貴大の手を掴み、メリッサはにこにこと微笑み……。
「仲間ですよ、私たちは。すぐにわかります……【ソウル・バインド】」
最上位の拘束スキルを、発動させた。
「…………っ!?」
魂までも縛りあげられ、全身が硬直し、声すら発せずに倒れふす貴大。そんな彼を愛おしげに見つめ、メリッサは膝をつく。そして、貴大の頭を己の膝にのせ、彼の頭を撫で始める。
「辛かったでしょう? 悲しかったでしょう? 孤独だったでしょう? でも、大丈夫。私がいます。貴方には、仲間がいます。貴方を仲間にしてあげます」
そしてぼんやりと光りを放つメリッサの手のひら。響き始める、ヴィーム、ヴィームという重低音。
それは、洗脳スキル【ブレイン・ウォッシュ】……他者を意のままに操るスキルの、魔性の光と音だった。