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フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~ 作者:気がつけば毛玉

聖女来訪編

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孤児院にて

 春はどんな季節?

 そう問われた時、人は何と答えるだろう。

 花が咲き誇る季節。

 甘酸っぱい恋の季節。

 陽気なリズムを刻む祭りの季節。

 人によっては、春野菜の季節ともいうだろう。ことことじっくりと煮込まれた、カブや玉ねぎ、そら豆などの柔らかな春野菜は、舌の上でとろけてしまう。この季節、夕食に肉より野菜が多いことに文句をいうものなどいない。

 恋や祭り、食べ物に花と、春を表すために多くの言葉が用いられる。しかし、そのどれもが正しく、どれもが誤りだ。

 どれか一つではない。全てだ。春という季節は、全ての楽しみ、喜びを内包した季節なのだ。

 その春という季節の中でも、五月は最も春らしい月といわれる。

 イースィンド北部に位置するグランフェリアも、五月に入ってようやく水がぬるみ、風も柔らかなものとなっていた。人々は安息日になるとこぞって行楽に出かけ、街の近くの丘陵や花の名所でピクニックシートを広げる。

 そんな麗らかな五月も……何でも屋、佐山貴大にとってしてみれば、絶好の昼寝日和にしか過ぎなかった。

「ZZZ……くかー……」

「あむ、あむ」

 下級区に居をかまえるブライト孤児院の裏庭で、貴大は芝生に寝転がり、大きな口を開けて眠りこけていた。その体によじ登ろうとしているのは、この春からブライト孤児院の一員となった一歳児、ワールムだ。

 犬のような耳と尻尾をぴこぴこと震わせ、ワールムは横たわる貴大の体を山に見立て、どうにかして登ろうとする。が、貴大が寝返りを打つたびにころりと転がっては、きょとんとした顔で「貴大山」を見つめていた。

「くすくす……こーら、おイタしないの。さ、ねんねしましょうね」

「あんまー!」

 それでも貴大山踏破に意欲を見せるワールムをひょいと抱き上げたのは、同じくこの春から孤児院に入った少女、ネネだ。八歳ながらもしっかり者といわれる彼女は、ワールムを抱いたまま孤児院の中へと入っていった。

 やんちゃなワールムがいなくなったことで、静けさを取り戻す孤児院の裏庭。港の方から微かな喧騒は聞こえるが、それも葉擦れの音と相まれば、子守唄のようなものだ。

 そよそよ、さらさら、と風に優しく撫でられ、ここぞとばかりに高いびきをかき始める貴大。

 すると、どこからともなく、黒猫の影がちらつき始めて……。

「な~……」

 猫のようなしなやかさで楢の木の幹を伝って降りてきたのは、黒猫獣人の少女、ニャディアだ。この春、九歳になったばかりのニャディアは、涼しげな顔で、しかし、歳相応の好奇心の強さで瞳を光らせ、大口を開けて眠りこける貴大へと近づいていく。

「なぅ~」

 ニャディアは貴大を直視はしない。脇に視線をずらし、興味がなさそうなそぶりを見せている。しかし、彼女が一歩進むごとに、確実に両者の距離は縮まっていく。そして……。

「にゃん」

 ニャディアは、貴大を触れられるところにまで近づいていた。それでも目を覚まさない貴大を、今度はじっと見つめる黒猫少女。彼女はひざを曲げて、ただただ観察を続ける……が、不意に、その手を貴大の鼻へと伸ばした。

「ふごっ……むぐ、むご……」

 鼻をつままれ、顔をしかめる貴大。それでも目を覚まそうとしないのは、よほど眠りが深いのか、それとも鈍感なだけなのか。とにかく、鼻を封じられても口で浅く呼吸し、何とか眠りを保とうとする貴大に、黒猫少女は笑いを抑えられなくなったようだ。

「ふふっ、ふふふ……」

 彼女の笑顔を見れば、孤児院の誰もが「珍しい」というだろう。それほどまでに、ニャディアは冷静沈着な子だった。それが、どうだ。何でも屋の青年にいたずらをして、くすくすと笑う姿は、まさしく幼子のそれで―――。

「ぶあっっくしょい!!」

「にゃっ!?」

 どうやら、やりすぎたようだ。鼻をつままれっぱなしだった貴大が、盛大なくしゃみをかました。その大きな音に驚き、黒髪と尻尾を逆立てたニャディアは、目にも留まらぬ速さで逃げ出した。

 シャカシャカと必死に手足を動かし、元いた楢の木の上へ登っていく黒猫少女。そして、葉と枝の間に己の身を隠し、じっと貴大を見つめ始めた。まるで猫のように。

「んあ……んん……くかー……」

 それでも、貴大は目を覚まさない。よほど夢の世界が心地よいのか、大きなくしゃみをしたにも関わらず、しばし身じろぎした後、すぐさま寝息を立て始めた。

「くかー……くかー……」

 春の日差しが柔らかく降り注ぐブライト孤児院の裏庭にて、佐山貴大は思う存分眠りこけていた。





「タカヒロ! タカヒロ! おてつだいおわったよ! おきて~! 遊ぼう!」

「んあ……?」

 睡眠欲に一切逆らわず眠り続けていた貴大だが、さすがに腕をつかまれ、ぶんぶんと上下に振られては、起きざるを得なかったようだ。

 目を覚ました彼が最初に見たのは、わんこの顔。横から自分の顔をのぞき込むゴールデンレトリバーは、へろへろと舌を出し、つぶらな瞳で彼の顔をじっと見つめている。

「ふああ……よう、ゴルディ。おはようさん」

 寝転がったまま空いた腕を伸ばし、ぐしぐしと大型犬、ゴルディの頭を撫でる貴大。すると、ゴルディは尻尾をぶんぶんと振りたくり、彼の顔を舐め始めた。

「うぷっ、こらこら、俺の顔は飴じゃねえんだぞ」

「わたしもいるよ~!」

 むくりと上体を起こした貴大に、今度は彼の腕をつかんでいた少女が抱きつく。彼女の名は、クルミア。短めのベビー・ブロンドの髪と、犬のような耳と尻尾が特徴の、犬獣人の女の子だ。

 ゴールデンレトリバーのような特徴が現れたクルミアは、その体まで大きい。180cmを越える大柄な彼女に抱きつかれた貴大は、たまらず後ろへと倒れこんでしまう。

「おいおい、起きりゃいいのか、寝りゃいいのか、どっちなんだ」

 苦笑しながらクルミアの頭も撫でる貴大。わんこたちは、その優しい手つきにうっとりと目を細めている。

「よっと」

 わんこたちをしばらくの間撫でた後、貴大は弾みをつけて一気に立ち上がった。そして、一つ大きく伸びをして、軽くストレッチを始めた。足や腕を伸ばし、寝ている間に固まった筋をほぐしていく。こうしておかなければ、これから始まるタフなわんこたちとの遊びにはついていけないからだ。

 ぐっ、ぐっ、と手足や関節の曲げ伸ばしを続ける貴大を、わくわくした顔で見つめるクルミア。そして、すっかり見慣れてしまった貴大のストレッチが終わる瞬間、わんこたちは彼へと飛びかかろうとして……。

 ぐう~、と、お腹を鳴らしてしまった。

「わぅ……」

 気恥ずかしげな顔を、少し赤く染めるクルミア。十歳になってから、この少女は「恥じらい」というものを覚えたようだ。以前ならかまわず「おなかすいた!」と食堂へ突撃していたのだが、今は、お腹を押さえて気まずげに顔をそらしている。どうやら、貴大に大きなお腹の虫の音を聞かれてしまったことが、よほど恥ずかしかったらしい。

「ははっ、そういやあ、もうおやつの時間だもんな。食堂にいこうぜ。シスターが何か作ってくれてるだろ」

「うう……わぅ」

 恥じらいを見せるクルミアの頭を少々荒っぽく撫で回し、彼女の背中を押して孤児院の食堂へと向かう貴大。

「あのね? ちがうの……わぅぅ」

「はいはい。わかってますとも。俺はなーんも聞いてないさ」

 十歳となり、発音器官が発達しきったとはいえ、まだまだ子どものクルミアだ。誤魔化しのうまい言葉が見つからず、結局口をつぐんでしまう。

 貴大は、そんな彼女の頭を撫で、にこにこと笑いながら歩き続ける。ゴルディは、そんな二人を見守るような視線を向け、てくてくと後をついていった。





「タカー! タカタカー! まだー!?」

「うっせえ、ケビン! そんな簡単にパンケーキができると思うな!」

 クルミアと一緒に食堂へと向かった貴大が目にしたのは、飢えた餓鬼の群れ……ではなく、お腹をすかせた子どもたちだった。貴大は、ブライト孤児院の子どもたちの母、ルードスが、何かを作っているとばかり思っていたが、どうやら何も用意されてはいないらしい。

 子どもたちの中でも年長者のお姉さんたちが、パンケーキでも作ろうと四苦八苦しているようだが、いかんせん、手が足りなかった。なにせ、ブライト孤児院の子どもたちは、総勢十九人だ。パンケーキ一枚つくるにも、全員分作ろうとすれば、三十分はかかる。

 そのうえ、食べ盛りの子どもたちが小さなパンケーキ一枚で我慢できるはずもなく、ベラやアリッサ、メイたちお姉さん組は、ひたすらにフライパンを返し続けた。それでも、需要に供給が追いつかないような状況で、貴大たちは食堂へとやってきたのだ。

「料理ができる人、発見!」

 思わぬ援軍に大いに喜んだお姉さん組の面々は、有無をいわさず、貴大を食堂へとぶち込んだ。そして、今に至るまで、貴大はパンケーキを作り続けている。

「ちくしょー……なんで俺、休みの日に労働みたいなことしてんだ……」

 せっせせっせとパンケーキを作り続ける貴大。一枚焼ければ、すぐさま次の一枚が要求される状況は、どこか屋台での仕事に似ていた。

「そういわないの。後で大きいの焼いてあげるから」

 右隣で、同じようにパンケーキを焼いているのは、最年長の少女ベラだ。ベラは額に汗かき、フライパンの中身をじっと見つめている。

「そうそう。蜂蜜もたっぷりかけてあげるから。頑張って。ね?」

 焼けたパンケーキを皿に移し、蜂蜜をかけている少女アリッサは、にこりと笑って貴大を励ます。妹、弟たちのためにせっせと働く少女たちにそこまでいわれて、なおも文句を垂れるほど貴大は子どもではない。「二枚だぞ」とだけ告げて、黙々とパンケーキ作りに勤しんだ。

 その結果、午後三時のおやつの時間は、それほど時間をかけずに済ませることができた。パンケーキ作りに従事した者たちは、テーブルを囲んでふー、と長い息を吐いていた。

「むぐ……やっぱり、ルードスさんはハンパないな……こんなことを毎日やってんのか」

 自分用に用意された大き目のパンケーキを咀嚼しつつ、貴大は感嘆の声を漏らす。それを耳にした少女たちは、えへんと胸を張り、誇らしげに語り出す。

「そりゃそうよ。わたしたちのお母さんだもん。お母さんは、何でもできるんだから」

「料理も、お洗濯も、裁縫も、私たちの百倍……ううん、千倍は早くできるわ!」

「うお……あながち嘘でもなさそうなのが、ルードスさんのすごいところだな」

 マグカップになみなみ注がれたミルクでパンケーキを飲み下し、改めて感心する貴大。しかし、そんな彼は一つ気になることがあった。

「でもさ。そのルードスさんが、何で何の準備もしないまま、どっかにいってるんだ? この前、似たようなことがあった時は、下ごしらえぐらいは済ませてあっただろう」

 そう、完璧ママ、ルードスが切り盛りするブライト孤児院において、子どもたちのおやつが準備できていないなど、あり得ないことだ。

 以前、急な用事が入った時も、できる限りのことはしていたルードスが、今回は何もしていなかった。それが、貴大にはどうにも気になった。

「それが、私たちもよくわからないんだけど、上級区の教会から呼び出しがかかったって……本当に突然のことだったみたいで、おやつの準備をする暇もなかったみたい」

「上級区の教会ぃ? なんでまた?」

「さあ?」

 どうやら、子どもたちもよくは知らないようだ。そろって首をかしげる貴大と少女たち。

 だが、その疑問はすぐさま氷解するはずだ。当の本人が帰ってきたのだから。

「ただいま~、みんな。あら、タカヒロさん。こんにちは」

「こんにちは、ルードスさん」

 シスター姿のルードスが、食堂に姿を見せた。手に提げた籠をテーブルに降ろし、貴大へと挨拶をする。

「ああ、ちょうどよかったです。タカヒロさんへの預かり物が……」

 そう言って、ルードスは籠の中から小さな横長の木箱を引っ張り出す。そして、それを貴大へと差し出した。

「へ? 何ですか、これは?」

「私もよくは知らないのですが、聖都サーバリオから速達で送られてきた品だそうです。私、これをタカヒロさんに渡すようにといわれまして」

 受け取りはしたものの、身に覚えのない贈り物に、いぶかしげな表情を見せる貴大。そんな彼を見て、ルードスも怪訝な顔をする。

「聖都サーバリオのお知り合いからではないのですか? 私、てっきりタカヒロさんに神職のご友人がおられるものかと……ここに名前が刻んでありますが、見覚えはないのですか?」

「名前? ……いや、知らない人です」

「あら? では、どなたかしら。メリッサさんって」

 聖都サーバリオからの贈り物。おそらくは、手紙が入った横長の木箱。

 その裏には、確かに、「貴方の仲間 メリッサより」と刻まれていたが……貴大はメリッサという名前には、まったく心当たりがなかった。





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