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イースィンド、滅亡の危機

今回は、まじめにバトル。

 王暦732年。


 イースィンド王国は今、滅亡の危機に瀕していた。


 きっかけは、些細なことだった。


 あるものが、王都に接近しつつある。その一報が、国境警備隊から伝えられただけ。それだけだ。


 だが、その一報は、王国滅亡の通知と同義だった。


 「アレ」が王都に辿りついたならば、一夜でグランフェリアの街は灰燼と帰す。とあるエルフ族の学者は、こう断言した。


 力なき民たちは、迫りくる黒き影に誰もが怯え、涙を流した。冒険者、騎士、歴戦の猛者たちであっても、今回ばかりは死を覚悟した。


「ちくしょう、死にたくねえよぉ……!」


「なんで! なんであんなのが!」


「ああいうのは、勇者がなんとかしてくれるんだろう!?」


 阿鼻叫喚とはこのことか。大の大人が泣き喚き、恐怖のあまりに這い蹲って嘔吐する。未だ接敵していないにも関わらず、砦の中は絶望に満ちていた。


 ……いや、厳密にいえば、そうではない。


「へへっ、奴さんから会いに来てくれるなんてな。手間がはぶけるってもんだぜ」


「さて、害獣退治としゃれこむか……」


 冒険者と騎士の長は、


「お父様、参りましょう」


「…………あぁ」


 大貴族の父と娘は、


「イースィンドに生きる者たちよ! 今こそ、持てる力の全てを尽くして戦う時! 怯むな! 臆するな! 我らが倒れれば、この国の森や大地、愛する者の全てを失うと知れ!」


 そして、国王は、諦めてなどいなかった。


 比類なき難事において、闘志を燃やす者。仲間や部下を鼓舞する者。彼らの存在は、他の何よりも砦に集った者たちを勇気づけた。


 だが、依然として、迫りくる「モノ」が脅威であることは変わりない。


 暗黒の絶対者。


 一つの種族の頂点。


 魔の山の主。


 数々の異名で万民に恐怖とともに知れ渡り、今まさにイースィンドを襲わんとしているモノの名は……。


 混沌龍、〈カオス・ドラゴン〉といった―――。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「足手まといになるかもしれねえけどさ。オレも、戦ってくるよ」


 ここは、グランフェリアの東50kmに位置するボルス砦。王都防衛の要の一つだ。良質の魔導レンガで築かれた大砦は、何者をも寄せつけないといわんばかりの威容を誇っている。


「うちの母さんはさ、いい人なんだよ。街の連中も、気のいい奴らばっかりでさ。お前も知ってるだろ? 死なせたくねえよな……死なせたくねえよ」


 そこの大部屋の一つで、俺はアルティと向かい合って座っていた。勝気なアルティが、珍しく神妙な顔をして、泣きそうな声で想いを語っている。周りを見渡せば、大部屋にいるのはそんな奴らばかりだ。


「オレが戦えば、その分あいつらが生きられるだろう? もしかしたら、〈カオス・ドラゴン〉から逃げられるかもしれねえ。だから……」


 ここで、ぐっと声を飲み込むアルティ。言いたいことはわかっている。きっとこいつは……。


「だから、おめえも一緒に戦ってくれ! おめえはこの国の人間じゃねえし、戦うのが嫌いだってのも知ってる……でも! でも、今回だけは……今回だけは、一緒に戦ってくれ……! 頼む……いや、お願いします……!」


 涙をこらえて、俺に頭を下げるアルティ。こいつがこんなことをするなんて、普段の様子からは考えられない。それだけ真剣ってことなんだろう。


 ……それも仕方ねえか。なにせ相手は、〈カオス・ドラゴン〉。レベル250の、BOSSモンスターだ。


 〈カオス・ドラゴン〉。魔の山に住まう、龍族の頂点に位置する存在。


 レベル280の〈ヤマタノオロチ〉、レベル300の〈天上龍〉などの例外を除けば、混沌龍はまさしく龍族最強。豊富な属性攻撃を繰り出せる爪や牙と、あらゆる攻撃を軽減する鱗を備え、更には、超広範囲・状態異常付与のブレスまで吐いてくる。


 そんな奴が、王都目がけて、ゆっくりと、でも、確実に飛んできています、ときたら……俺でも逃げ出したくなる。


 奴の進路上の砦に戦える者は全て集められたが、果たして勝てるかどうか……いや、無理だな。レベルがカンストした奴が十人はいなきゃ倒せない。もしくは、噂のチート補正がかかった勇者様でもいなきゃ……でも、どちらも今はいない。


「み、見えたぞぉーっ! 〈カオス・ドラゴン〉だぁーっ!!」


 結局、決定打に欠けたまま、混沌龍が来てしまった。終わった。この国は、お終いだ……。


「……答えちゃくれねえか。いいよ、オレだって怖いもんな。ここから逃げても、誰も責めやしねえって。でも……でもな……」


 ガクリとうなだれる俺を見て、アルティは儚げに笑う。そして、優しげに俺の肩をさすり、大部屋から出て行った。


 言葉の続きは、なんだったのだろう。追いかけて聞き出すべきなのだろうか……。


「……ご主人さま」


「今度はお前か、ユミィ……」


 アルティと入れ替わりに、ユミエルがやってくる。こいつは、今回の緊急招集で呼ばれちゃいねえけど、頑なに俺から離れようとしなかった。俺は、ユミエルを逃がそうと思ったんだが……結局、ユミエルは俺の言うことを聞こうとせず、ここまでついてきてしまった。


「今からでも遅くない。ユミィ、逃げるんだ」


「……嫌です」


 首を横にもふらずに、じっと俺の目だけを見つめ、ユミエルが俺の言葉を拒否する。こいつは、わかっているのか? ここにいれば、どうなるかって……。


「死ぬぞ。逃げなきゃ、死ぬ」


「……ご主人さまが戦うのならば、私も戦います。ご主人さまが死ぬのなら、私も死にます」


「っ! そんな、どっかで聞いたような台詞は、冗談でも言うなよ!」


「……冗談ではありません。私は、本気です」


「くっ……こ、この……!」


 「死ぬ」なんて口にするユミエルに、ついカッとなって頬をはろうとしてしまう。それでも、ユミエルは動じない。俺の目だけを、じっと見つめている……。


「くぅ……なぁ、わかってくれよ。俺は、お前に死なれたくないんだ」


「……それは私も同じです」


 俺たちの話は、堂々巡りを見せてしまう。


 仕方ない。俺たちは仲間だ。お互いがお互いを思いやっていることは、言葉にしなくてもわかる。仲間だからこそ、譲れない。それは仕方のないことだって、わかってはいるんだ。


 でも―――。


 それでも、俺はこの子を、死なせたくないんだ。


 だから……。


「……ご主人さま。私は、私は、あなたと……」


「【スリープ】」


「ごしゅじん、さ、ま……?」


 眠りの霧に包まれ、崩れ落ちるユミエルを抱きかかえる。これで、この子は大丈夫。俺がうまく立ち回れば、こいつは死なずに済む。


「すまん、ユミィ……元気で、な」


 そっと小さな体を、床に横たえる。そして、絹のようなユミエルの髪を一度だけ撫で……俺は、大部屋から飛び出していった。






 戦いは、すでに始まっていた。


 〈グラビトン・ファイター〉のキリングが重力を操作し、混沌龍を地面に叩きつける。


 フランソワの親父さんが指揮する魔導大隊が、【ブラスト・ランチャー】を一斉射する。


 全身鎧とフルフェイスの兜で身を固めた騎士団長が、両手にもった長槍で果敢に攻め立てる。


 ……が、相手はカンストレベルの〈カオス・ドラゴン〉だ。それでどうにかできる相手ではない。


『ぬるい! ぬるいわっ! 前座にしても、手を抜きすぎだ!』


 〈カオス・ドラゴン〉が翼を大きくはためかせれば、それだけで暴風が吹き荒れ、レベルの低い者から順に吹き飛ばされていく。死者は出ていないようだが、隊列はぐちゃぐちゃだ。


「おおおおおおお! 喰らいやがれぇぇぇぇぇぇええええ!!!」


『なんだ、それは攻撃か? 蚊ほども感じんぞ!』


 負けじとキリングが突撃するも、腕の一振りで弾き返され、気絶させられてしまう。


「【メイルシュトローム】!」


 イースィンド王が大量の水を操り、十メートルはあろうかという〈カオス・ドラゴン〉を濁流と渦で捻じ切ろうとする。だが、混沌龍はまるで動じず、口を大きく開いて息を吸い込んでいる。


 まずい、あれは―――っ!!


「伏せろぉぉぉおおおおおお!!!!」


 俺の声が届いたのか、それとも経験則で「龍族のアレ」が来るのがわかっていたのか、視界に移る奴らが身を固めていた。


 でも……俺は知っている。〈カオス・ドラゴン〉のブレスは、伏せたり、遮蔽物に隠れたところで、避けきれるものではないと―――。


 やがて、混沌龍が口をこちらに向けた。


 途端、ゴオオオオオオオ! と、ジェット機のエンジンが放つような轟音を響かせ、黒色のブレスが俺たちを呑み込んだ。


「ぐあああああああっ!!」


「ひっ、ひいいいいいっ!?」


 なんらかの状態異常を付与する超広範囲のブレスは、〈カオス・ドラゴン〉と相対する全てのものに、等しく死を…………与えなかった。


「えっ……!?」


 ダメージはある。俺にも状態異常が付与された。だが―――致命傷ではない。それどころか、俺にとってはかすり傷みたいなものだ。


 辺りを見渡せば、どいつもこいつも倒れてはいるが、死んじゃいない。〈毒〉や〈麻痺〉で苦しんじゃいるが、今すぐ治療しなければ命にかかわる、という奴はいない。


 手加減……されたのか? 一体、なぜ……。


『我は、強者との出会いのみを望む! 弱者は邪魔をするな! 地に伏せておれ!』


 なるほど、そういうことか。思えば《Another World Online》でも、〈カオス・ドラゴン〉は天上龍への進化を目指し、強者との戦いを至上の喜びとしている、という設定があった。それは、ゲームそっくりのこの世界でも変わらない、ということか。


 なら、俺が考えている手は、絶対に成功するはず! いや、成功させなければならない!


「はああああああ! 喰らええええええっ!!」


『なにいっ!?』


 砦の上から跳躍し、〈カオス・ドラゴン〉の眼前へと迫る。そして、手にもったナイフを、思いっきり奴の眉間に突き立ててやった!


『おおおおおあああああああああっ!!?』


 決まった! 会心の一撃だ! これで倒せはしないが、奴は思い知ったはずだ。


『おのれ……! 小癪な真似を……! 貴様の仕業か! 貴様の…………な、この波動は、まさか!?』


 目と目が合った。奴は、噛りつくように俺を見ている。間違いない。俺は奴のターゲットとなった。おそらく、先ほどの一撃と、俺の体に満ちた魔素から、俺が強敵であると判断したのだろう。


 これで、奴は俺を追いかけてくるはずだ。奴が望んでいるのは、強者。喜び勇んで、俺と戦おうとするだろう。他の何ものにも、興味を示さずに……。


『待てっ!』


 後ろから、〈カオス・ドラゴン〉の声が聞こえる。続いて、羽ばたきの音が。


 全速力で逃げ出した俺を追いかけ、奴が飛んでくる。砦から離れ……みんなから離れ。これでいい。


 後は、追いつかれるまで逃げ回り……そして、できる限りの時間を稼ぐために戦おう。


 フランソワが、あと二日あれば、勇者が到着すると言っていた。それまで、時間を稼ぐのが俺の役割だ。


 死ぬかもしれない。いや、きっと死んでしまうだろう。いくら同じレベルとはいえ、俺は単独で〈カオス・ドラゴン〉を倒せるほど強くはない。


 おそらくは、もって一日……だが、イースィンドの人たちにとっては、かけがえのない一日だ。


「さよなら、ユミィ……」


 正体を隠すため、念のために被っておいたフルフェイスの兜の下で、俺はくぐもった声でつぶやいた。







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