悪魔とお姫さまと魔改造迷宮
背中に視線が突き刺さる……誰だよ、俺を凝視してるのは。
学生たちではない。あいつらはそんなことはしない。学生たちの関心事は、俺が今、黒板に書いているようなお役立ちスキルであり、決して俺自身ではない。
例外として、フランソワは俺にも興味をもっているようだけど……でも、今は授業中だ。さすがのあいつも、俺だけを見る、なんてことはしていない。
レオン先生でもない。あの人は、授業を参観する時は、特定の一カ所ではなく教室全体を見ている。授業の内容に、学生たちの反応、教師の働きかけなど、まるで俯瞰しているかのように授業を観るんだ。
レオン先生はきっちりした人だからな。漠然と、ただ観ているだけ、なんてことはしない。その証拠に、あの人の授業評価は誰よりも正確だ。理路整然と要点のみをまとめたレオン先生の授業評価は、俺なんかでもすごく分かりやすい。
そういった意味では、俺はあの先生のことが嫌いじゃない。回りくどく長話をされるよりかは、よほど好感がもてる。実際、レオン先生が二・Sの担任だって聞いて、結構嬉しかったもんな。いわゆる、「お偉いイースィンド人」っぽい先生じゃなくてよかったーって……っとと、今はそれはどうでもいい話だ。
今は、刺すような視線で俺を見ているのは誰か、という話だ。
まったく、一体、誰が……………………いや、まぁ、うん。本当は、分かっているんだ。でも、現実を直視したくなくて、少し他の可能性を考えていました。
うん、分かっているんだ。俺を凝視しているのは誰か、ってことは。だって、あんなにあからさまなんだもの……。
「あの、ドロテア、様? なにか……?」
「先生、『様』はつけなくともかまいません。ここでは、私は一生徒。そして、貴方は教師なのですから」
「あ、そうですか……で、ドロテア、さん? なにか俺に言いたいことでも……?」
「いいえ」
俺を散々ガン見しておいて、「いいえ」はねえだろう……でも、そんなツッコミを入れるとややこしくなりそうなので、黙っておく。
ドロテア・イザベル……なんとかなんとかバルトロア。あのバルトロアの第三王女様だそうで、銀髪碧眼の美少女だ。さらりとした長い髪と、均衡のとれた体が相まって、やたら美しい。
しかし、なまじ美しい分、眉間にしわが寄った顔がやたら怖い。美人が怒ると怖くなるって、本当だったんだな……でも、俺、ドロテアさんとは初対面だよ? なんで親の仇みたいな目で見られているの?
俺、なんか悪いことしたっけな…………あぁ、してたわ。三年前、バルトロア王都の要塞城、地下宝物庫に忍び込んで、色々漁らせていただきました。
でも、それは元の世界への帰還方法を探してのことであって、物品は何も盗っちゃいない。誰も傷つけていないし、何も壊しちゃいない。
そもそも、俺の顔を見たのは、警備の騎士たちと、ちびっちゃいお姫さまだけだ。手配書は凶悪そうなデフォルメが過ぎて、分かる人にしか分からん似顔絵になってたし、そもそも、俺は魔の山で死んだ、ってことになってるはずだ。
鉄のカウフマンに追い詰められて魔の山に踏み込んだはいいが、〈カオスドラゴン〉が住まう魔境を越えられるわけがない。今ごろは、塵一つ残さずこの世から消えているだろう。
冒険者時代、こっそりと探ってみたんだが、バルトロア騎士たちは口を揃えてこう言っていた。俺たちのことを、「城に忍び込んだまではいいが、追い詰められて勝手に自滅したアホ」とすら評していた。
……まぁ、いいけどな。死んでいる、と思われた方が、めんどくさいことにならずに済む。事実、手配書はとっくの昔に撤去されていたし、半年後の調査では、「あ~、そんな馬鹿もいたな」という認識だった。
だというのに、なんでドロテアとやらは、敵意のようなものすら視線に籠めて、俺を見ているんだ? 優介がネグリジェをめくろうとしたロリ姫さまならいざしらず、お前と俺は何の接点もないじゃん。
……あのロリ姫から、話を聞いていた? いやいや、話だけで明確なイメージなんてもてるわけがない。いくら言葉を重ねようが、実在する人物を脳裏に描くことなどできはしないからな。
じゃあ、なぜだ? なんで、あいつは俺を睨んでいるんだ? 下手人としてひったてようってんなら、もう護衛の騎士を呼んでいるだろうし……あ~、わからん! さっぱりわからん!
わからない分、恐ろしいし、居心地の悪さを感じる。
まるで、針のむしろに座らされているかのような気持ちのまま、午前中の座学の時間は過ぎていった……。
「はい、今日は学園迷宮地下5階、大広間にて、実戦形式の組み手を行いまーす」
結局、何も分からないままに午後の実習の時間に突入しました。
ってか、昼飯の時間まで、ずーーーっとドロテアに睨みつけられたままだった。用があるのかって何度聞いても、「いいえ」ってバッサリ切り捨てられるし……もう、訳ワカメ。
しかし、いつまでもドロテアのことで煩っていてもしょうがない。実習だ、実習! 今は実習の時間だ! 余計なことは、シャットアウトだ! 迷宮に安全装置があるとはいえ、実剣をふるっての訓練だ。集中せねば。
……しかし、学園迷宮も、学生同士の組み手ぐらいでしか使い道がなくなったよなぁ……。
このクラスの奴らは全員、最下層のBOSSまで倒し終わっているし、雑魚をゴリ押しで倒せるぐらいのレベルにはなった。この学園迷宮は、敵の種類は豊富な方だったけど、パターンや対処法を覚えたらどうってことないし……。
実際、攻略中はあんなに悩み、苦しんでいた学生たちが、今では「楽勝ですね。ふふん」とか、「この程度の迷宮に手こずっていたことが信じられない」とか言っちゃうぐらいだ。
若者たちの成長のため、苦心して学園迷宮を作り上げた初代学園長、哀れ……。
でも、まぁ、仕方ない。これも「若者たちの成長」の結果だ。初代学園長にとって、ある意味では本望だろう。案外、学園迷宮を「余裕」と断言する今の学生たちの姿に喜んでいるかもしれないしな。
ま、そんなことをいつまでも気にしていてもしゃーないか。さっさと地下5階に移動しよ。
「………………あれ?」
おかしい。各階へと移動するためのポータルゲートが起動しない。起動のために備え付けられた魔石を触っても、ゲートが現れるどころか、起動音すら発さない。
「あれ? あれれ?」
何度試してみても、結果は同じだ。魔石は反応せず、ゲートは現れない。手のひらで叩いても、台座を揺らしてみても、うんともすんともいわない。
「先生? なにか問題でも?」
「あ、ああ、フランソワ。ポータルゲートが起動しないんだわ」
「まぁ……故障でしょうか?」
「う~ん、かもしれん……」
「先生、なにかあったのですか?」
異変に気がついたのか、他の学生たちも寄ってきた。そいつらに、ポータルゲートが使えそうにないこと、どうやらすぐには直せそうにないことを伝える。
すると、次席のヴァレリーを皮きりに、学生たちがこんなことを言いだした。
「なあに、地下5階なら、走ればすぐにつきますよ」
「ですね。上層の魔物など、いてもいなくても同じようなもの。蹴散らしながら進んでも、何の問題もないでしょう」
「むしろ、ちょうどいいウォーミングアップになりますよ!」
なるほど、確かに。今のこいつらなら、地下5階まですぐに行けるだろう。元々、体を温めるのは必要だったんだ。手間がはぶけて、ちょうどいいかもな。
そう思い、「じゃあ、走って地下5階まで行くか」と、学生たちに伝えようとしたところで……。
どこからともなく、笑い声が聞こえてきた。
『…………はっはっはっはっはっ…………』
「っ!? だ、誰だっ!?」
何ともいえない、怪しげな笑い声……それは、学園迷宮入口の広間全体から聞こえてくるようで、不気味に響く。
……いや、違う。笑い声の発生源は、一点に集中してきている。下へと続く階段脇の壁から、聞こえるようになってきている。そして、そこからは……。
『…………くふ、くふふふふふ…………楽勝? 余裕? 上層の魔物など、いてもいなくても同じようなもの?』
「お、お前は……!?」
壁の中から滲み出てくるかのように、タキシードを身に纏った、禿頭の中年男が現れた。
まるでゴーストのような登場の仕方に、息をのんで驚く学生たち。彼らを前にして、やや肥満体形の男は、たるんだあごを揺らし、更に笑う。
『まさか、学生たちにそのようなことを言われるとは…………ふふふふふふ……』
「あ、貴方は、初代学園長……!?」
俺の隣で、フランソワが両手を口に当てて驚いている。よく分かったな……いや、中庭に立派な銅像が立ってるし、校舎に肖像画も飾っているから、いやでも気づくか。
そう、こいつは王立グランフェリア学園の、初代学園長。この学園迷宮を造り、最下層のBOSS〈オルター・エゴ〉に意識を移した男だ。
以前、〈オルター・エゴ〉の中から姿を現した時、そう聞いた。教育のためにそこまでするかと、舌を巻いた覚えがある。
……でも、なんで今、そんな人が現れるの? 故障しているポータルゲートを直しに来たとか? あの人、一応、ここの管理者だしな……でも、様子が変だ。笑っているけれど、目が笑っていない。
なんなんだ……?
「その姿は、初代学園長、ですわよね? 一体、どうして……?」
『そう、私は初代学園長。後進の教育のため、この迷宮に意識を残留させた者だ』
フランソワの問いかけに、穏やかに微笑みつつ応えるおっさん……やっぱり、目が笑ってねえぞ?
でも、学生たちは、あまりの驚きのためそれに気づいていないのか、「おお~!」なんて声を上げて興奮している。
俺の懸念を置いてけぼりにして、初代学園長と、学生たちの対話は続く……。
『諸君、どうかね? この学園迷宮は? 忌憚のない意見を聞かせてくれたまえ』
「は、はい! とてもよい鍛錬の場だと思います!」
『ああ、緊張しなくていい。思ったまま、答えてくれていいんだよ? 例えば……ヴァレリー君。君なら、単独踏破も可能なのではないかね?』
「はい! 初代学園長先生! 充分に、可能であると思います!」
『そうか、できるか。素晴らしい成長だ。では、そんな君にとって、この迷宮は歯ごたえがないのではないかね? 正直に、答えてくれたまえ。いいかい、遠慮せず、正直に、だよ? さぁ、答えなさい』
「は、はい……少しだけ、物足りないな、と思うところはあります」
『そうか、そうか……他の者はどうだね? これはアンケートのようなものだ。率直な意見こそ、私は嬉しく思う』
「そうですね……正直に言えば、単調すぎるとは思いました。罠や魔物の配置に、一定のパターンが見られましたよ」
「私は、乗り越えてしまえば価値が薄れるという、試練の性質への対処が欠けているとは思いました。変化に乏しいな、という印象です」
「授業で学ぶような凶悪な魔物が、学園迷宮には少ないように感じました。正直、私たちの相手としては物足りないものばかりでした」
一度堰を切ってしまえば、出るわ出るわ、まさしく忌憚のない意見が、学生たちから飛び出してくる。
それを受けて、初代学園長は、『そうか、そうか……』と、にこにこしながらうなづき、そして……。
『思い上がりも甚だしいわ、この小童ども!!』
と、血走った目を見開き、彼らを一喝した。
『私は知っているぞ! 貴様らがこの迷宮を侮っているということを!! 私が造った、この迷宮を!! この、ゴミ虫どもがっ!!』
…………学生をゴミ虫呼ばわりするなんて、俺でもせんぞ……初代学園長、相当キてるな。
『楽勝? 余裕? 物足りない? この迷宮の価値もわからぬカボチャ頭どもが、何をぬかすかっ!!』
顔を真っ赤にして怒り狂う初代学園長……まあ、気持ちはわかるけどさ。学生たちを思い、一生懸命に造った迷宮を、当の学生たちに「超余裕(笑)」とまで侮られたら、俺だってキレる。
『だが! だが、私も教育者だ! 不出来な学生を前に、何もせずに手をこまねいてはいられない!』
バッと両手を広げ、大仰な身振りで学生たちを見回す初代学園長。
『そこで、私は学園迷宮を改造した! 多種多様な強敵! 複雑さを増した迷宮! そして、のぼせあがった貴様らのレベルを強制的に100にするという制限をかけた!』
「なっ……!?」
おお、学生たちが焦ってる。レベル制限のフロア効果は、確かに学園迷宮にはなかったもんな。未知の体験というやつだ。
『さあ、これを乗り越えられるものなら、乗り越えてみせるがいい! ふはっ、ふははははははははは……!』
言いたいだけ言い放って、姿を消した初代学園長。おっさん、大人げないな……。
「ど、どうする……?」
「どうするって……初代学園長の怒りを鎮めるためには、言うとおりにするしか……」
ざわめく学生たち……無理もない。それだけ、あのおっさんは迫力あったからな。でも……。
「こ、こんな怪しげな企みなど、つきあっていられるか! 先生方への報告が先だ。僕は帰らせてもらう!」
学生たちが戸惑うなか、男子生徒の一人、アベルが我先に学園迷宮から去ろうとしていた。
そう、別に律義につきあうこたぁないんだ。初代学園長もむきになってるし、どんな鬼畜迷宮ができあがっているかわからん。そんなめんどくさそうな迷宮にわざわざ挑むなんて、しなくていいだろう。
そう思っていたんだけど……。
「っ!? あーーーーーーー…………」
迷宮の出口の扉に手をかけたアベルの足もとに、ぽっかりと大きな穴が開き、奴はそこへ落ちていった。え? 何この展開。
『ふふふふふ……逃がさん。誰も逃がさん。この迷宮から出たければ、踏破以外に道はない。もしも、脱落したり、逃げようとしたら……こうなる』
どこからともなく初代学園長の声が聞こえてくる。そして、同時に、壁に何らかの映像が映し出される。そこには……。
「アベルっ!?」
先ほど、落とし穴へとボッシュートされたアベルが、何かの触手で拘束されている姿が映っていた。
『や、止めろ! 僕をどうするつもりだ! その触手で、何をするつもりだ!? や、止めろ……! やめ、止めろぉぉぉぉぉおはははは、ははは、やめっ、はははははは!!』
微細な触手によって、全身くまなくくすぐられるアベル。特に、わきの下や足の裏は、念入りにやられている。容赦のないくすぐりにより、アベルは涙や汗、よだれを撒き散らし、笑い続ける。
「ひ、ひどい……!」
あまりに凄惨な光景に、女生徒の一人が震える声で呟いた。確かに、ひどい。二重の意味でひどい。拷問みたいなくすぐりもひどいけれど、アヘ顔になるまでくすぐられた野郎の半裸姿を見せつけられるとか、ひど過ぎる。見ている側にとっても罰ゲームだわ。
『どうかね? これで君たちも、真剣になれるというもの……さぁ、私は上層部BOSSの間で諸君らを待っているぞ! ああなりたくなければ、ここまで辿りつくんだな! ははははははは…………』
初代学園長の笑い声が聞こえなくなると共に、アベルの映像も途絶えた。
途端、ざわつきだす学生たち……まぁ、無理もない。誰だって、ああなりたくはないだろう。女生徒の中には、悲惨な将来を想像したのか、涙目の者までいる。
う~ん、落ちつかせるのに、少し時間がかかるかな、これは……。
そう思った矢先、涼やかな声がざわめきを貫くように響いた。
「何が問題なの? 上層部を踏破すればいいだけの話でしょう?」
頼もしい言葉を事もなげに言い放ったのは、グランフェリア学園の誰でもない。留学生であるドロテアだ。彼女は、あっけにとられる学生たちを見回し、更に続ける。
「自信がないのなら、ここで待っていなさい。私があの狂人を倒し、あなた達を解放してあげるから」
そう言って、返事も待たず、学生たちに背を向けて歩き始めるドロテア。
だが、その背中に言葉を投げかける者がいた。そう、やはりというべきか、彼女に負けじと声を上げたのは、フランソワだった。
「待ちなさい。誰も、自信がないとは申しておりません。この程度の難事に臆する者など、二・Sにいようはずがありませんわ」
フランソワの声に、ドロテアは振り返る。しかし、その目はどこか疑わしげだ。それを自分への……いや、グランフェリア学生への挑戦と受け取ったのか、フランソワは更に気炎を上げる。
「初代学園長からの挑戦? いいでしょう、喜んで受けましょう。突発的に生じた壁を喜んでこそ、グランフェリアの学生というものですわ。そうでしょう、みなさん?」
「おおーっ!」
「そうだ! 臆することはない!」
やっぱり、あの金髪くるくるロールのお嬢はリーダーシップがあるなぁ。自信に満ちた姿を見せつけることで、ガタついた学生たちを一気に立てなおした。
「そう。なら、行きましょう。いつまでもここにいては、時間の無駄だわ」
「ええ、言われずとも。さっ、みなさん、行きますわよ」
「おおーーーっ!!」
ドロテアは、なぜか俺を一度、キッと睨んで。
フランソワは、率先して先頭に立ち。
学生たちは、二人の後に続いて、学園迷宮上層部地下1階へと降りて行った。
……俺、放置ですか。臨時とはいえ、先生なのになぁ……。
まぁ、こういう時、「先生! どうすればいいんですか!?」と群がられないよう、放任主義に徹したかいがあるというものか。
しかし、全く顧みられないのも、寂しいもんだな……学生の成長を喜ぶべきなんだろうか。
「ま、いいや。俺は俺で、のんびり攻略しよ」
初代学園長とは顔見知りだし、そもそも、俺は学園迷宮を侮るような発言はしていない。そんな俺に、悪さはせんだろ……って!?
「うそだろっ!? 俺のレベルまで100になってる!! な、なんで……!?」
『それはね。君も、同罪だからだよ』
「なっ、なにぃ!?」
気がつけば、俺の後ろに初代学園長が立っていた。奴は不敵に笑い、言葉を続ける。
『君のスキル教授法や、迷宮に関する知識はとても優れている。その証拠に、学生たちはみるみるうちに新しいスキルを覚え、学園迷宮を破竹の勢いで踏破していった。だが、それゆえに学生たちは増長し、基礎の大切さを忘れてしまった……』
「ええっ!? それ、俺のせいなの!? 調子にのりやすいのは、お国柄じゃ……」
『ノン! 絶対にノン! さぁ、君も基礎の何たるかを、その身に刻んできたまえ!!』
突然、バカン! と音を立て、俺の足もとの床が二つに割れる。その下には、当然のことながら下のフロアが。
「うおっ、おおお!? て、てめええええええ!!」
満足げな初代学園長の笑顔が、上にスライドしていく。いや、違う。俺が下に落ちているんだ。
「うおおおおおおお!」
伸ばした手も、空を掴むばかり。駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ! レベル制限ダンジョンで最も避けるべきは、確認ができていない場所に飛び込むこと! 落とし穴なんて、一番引っかかっちゃいけない類のものだ!
モンスターに囲まれたらどうする? 部屋そのものが罠だったらどうする? あああ、考えれば考えるほど、嫌な未来しか浮かばねーっ!
でも、レベル100の、いつもと比べて力が出ない体では、抵抗らしい抵抗もできない。結局、俺は何もできずに下のフロアへと落ちていく。
なるようにしかならんということか……なんか、前もこんなことあったなぁ。
腹をくくったのか、達観してしまったのか、妙に冷めていく心のまま、俺は魔改造された学園迷宮上層部へと落ちていった。