キレイなミケロッティ
「じゃあ、フォルムは正式な管理員じゃあないんすか?」
「ええ……フォルムを始めとする、下級区で暴力をふるう実動部隊は、全員ミケッロッティの息がかかった元ならず者たちです」
あの後、子どもたちを部屋に戻して、ブライト孤児院院長であるシスター、ルードス=ブライトと佐山貴大は話をしていた。
「下級区管理員長の男爵・ミケロッティに目をつけられて、身体を差し出しなさい、さもないと孤児院への援助金は止めますよ、ときたか……」
「でも、私は神に身をささげたシスターです! そんな、純潔を散らすなんて……」
「そうは言っても、シスター。他に手立てはないんでしょう?」
「そう……です、が……」
悔しそうに臍を噛むルードス。
「だったら、中級区の管理員長に不正を報告すればいいじゃないですか。シスターなら、上級区にだって行けますよね」
「それが……検問所でミケロッティの部下に止められるんです。それどころか、私は下級区でだって満足に動けません。これでは、他のシスターに頼むことも……子どもたちでは役所に入れませんし……」
「うわ~……そこまでするか……どんだけ好色なんだよ、ミケロッティとやらは」
呆れる貴大。しかし、ルードスはまだ三十二歳の女盛りだ。その上美人で、シスターという侵しがたい存在でもある。気持ちは分からなくもなかった。
「まあ、話は分かりました。でも、オレじゃあどうにもできない。すみません」
「あっ……い、いえ、すみません。初対面の方にこんな踏み入ったことをお聞かせしてしまって……」
最初の「あっ」というのは、期待が外れたことによる落胆の声だろう。しかし、シスターらしく厚顔無恥ではないようで、それ以上の期待はもう態度にすら表していない。
「すみません……じゃあ、お暇します」
「いいえ、こちらこそすみません。何のお構いもできませんで」
「別にいいっすよ。じゃあ、これで」
見送ろうとするシスターを押し止め、貴大はそそくさと孤児院の外へと出ていった。
(最後の最後でお願いを躊躇ったか……ありゃあ、自分でため込んで自爆するタイプだな)
先ほどのシスターの追い詰められた顔を思い出す。その顔には、悲痛な決意と絶望がにじみ出ていた。
(大人しく妾になるか、寝所でスケベ貴族の命を狙うか……はてさて)
いずれにせよ、ろくなことにはならなさそうだ。
(可愛い犬っ娘にほいほい着いてきたらこれか……あ~、も~!面倒なことになりそうだ)
おせっかいの悪い癖が顔をのぞかせ始めたところで……ふいに、裾を引っ張られた。
見ると、クルミアが上目づかいで貴大の服の裾を遠慮がちにつかんでいる。その足元には愛犬ゴルディの姿もある。
「おっ? なんだなんだ?」
「わんっ! わんわん!」
堰を切ったかのように吠えたてる一人と一匹。懇願なのだろうか、その必死な姿からは「助けて」という意思が伝わってくる。
「そんなわんわん言われなくても、どうにかしてやるさ。大人しく待ってろ」
「くぅ~……」
ぐいぐいとクルミアとゴルディの頭を撫でると、踵を返してまた歩き出す。
その背中が曲がり角に消えるまで、クルミアたちはジッと貴大を見つめていた。
「お~い、帰ったぞ~」
「……ずいぶん時間がかかったようですね。もしや、何か仕事をされてきたのですか?」
事務仕事の手を止め、主人を出迎える使用人。相変わらずその顔には表情と言うものが無い。
「いや、仕事はこれからだ。ユミィ、ついてこい」
「……かしこまりました、ご主人さま」
主の様子から事態を察したのだろう。何も聞かずに出立の準備をするユミエル。
常の鉄仮面ぶりはどうかと思うが、こういった、多くを聞かない使用人の性格が貴大は嫌いではなかった。
………………
…………
……
「潜入成功。そちらはどうだ?」
『……問題ありません。視界は良好です。屋敷内はもはや丸見えです。おーばー』
「冗談で教えたことをいちいち言わんでいい……! ったく、じゃあ、引き続き、脱出経路の確保と警戒を頼む」
『……了解しました。おーばー』
「くうっ……! お前って奴ぁ……!」
融通がきかないのか、おちょくられているのか、どっちだ……? 遠隔会話スキル【コール】を通して聞こえてくる無機質な声からは、相変わらず冗談なのかどうか判別できない。
「っとと、もう敵地内だ……気をつけるか」
冗談に気を取られている場合じゃない。ここはすでに敵地だ。
別に、この屋敷の戦力程度なら屋敷もろとも粉砕できる。
が、今回はわけが違うんだ。
そう、今回の目的は「敵の殲滅」ではなく、「敵の洗脳」。誰に気づかれることなく目的を達成する必要がある。
理想的な展開としては、「朝、起きたらミケロッティが善人になっていた。それ以来、下級区への搾取も止め、民のために身を削って尽くすようになりましたとさ。めでたしめでたし」となるのが望ましい。誰かに見つかってしまえば、「賊が何かをした」と怪しまれてしまうからな。
そのための、【スキャン・ビュー】(動きを止めることで使うことができる遠望スキル。半径3キロの俯瞰図を視界に展開する。建物内の生体反応は赤いマーカーで表示される)を発動させたユミィのバックアップだ。
俺の隠密系スキルと組み合わせた結果、警戒厳重な王貴区に入ってからも誰にも見つかることなくミケロッティの屋敷まで来ることができた。
貴族や王族連中は金に飽かせてえげつのない罠や監視のためのマジック・アイテムを用意しているからな……用心に越したことは無い。
「さ~て、いい子に「洗脳」してやるぞ、悪代官め……」
シスターの話を聞いた時はひき肉にしてやろうかと思ったが、そんなことをしても代わりのクズはいくらでも着任してくる。それならば、今いるクズを善人に変えれば、不毛な応急手当といたちごっこはしなくて済むだろう。
なにより、悪徳貴族の首をぽんぽん飛ばしていたら国の警戒を上げてしまい、いつかは見つかるかもしれない。それは望ましくない。
だからこその「ミケロッティ洗脳」なのだが……。
「まずいな、部屋の中にミケロッティじゃない誰かがいるぞ……」
王貴区は往来の警備が厳しいため、警戒心の緩い貴族は屋敷内までガチガチに警護の手を入れない。ミケロッティもそうだと思っていたのだが……。
「【レーダー】(半径100メートルの人やモンスターの反応がMAPに映し出されるスキルだ)に映るミケロッティの部屋内の人数はニ人だけ……これなら速攻で眠らせば、いけるか……」
【スリープ】で「眠り2」状態にして、【記憶操作】(読んで字のごとくのスキル。人格までは操作できない)で頭をいじってやればいいだろう。気づかれることはないはずだ。
「【ブレイン・ウォッシュ】は「誰も見ていない状態でなければ行えない」、ってマニアックな条件があるからなぁ……」
それに、元は年に一度のイベント用スキルだ。これを逃せば、一年間は使えなくなってしまう。
だからこそ、ミケロッティ以外は必要ない。早々に眠ってもらおう。
「よし、【インビジブル】……」
【インビジブル】は、オレが持っている中で最も優れた隠密系スキルだ。【光学迷彩】とは違い完全に透明化できる。しかし、一分しか持たないという制限もある。早急にことを済まさねば……。
いつでも【スリープ】が発動できるようにして、ミケロッティの寝室のドアを開け、中へと滑りこんだ。
すると、
「はおっ! はおっ! お、おおお! もっと、も、もっと鞭をぉぉ!!!!」
「ほーっほっほっほ! 豚! これがいいの、薄汚い豚め!!」
ピシャーン! ピシャーン!
「ぶひぃぃぃぃぃ!!」
豚が、いた。ミケロッティという名の、豚が。
「 」
「おーっほっほっほっ!」
「ぶひぃぃぃぃぃ~~~~!!!!」
「 」
『……ご主人さま、あと20秒で【インビジブル】の効果が切れます』
「……はっ!!」
俺の理解を超えた光景に、意識が別世界へ旅立っていたようだ。危ないところだった……!
「ユミィ、ナイスアシスト!」
『……お役に立てたようで幸いです』
「そして変態ども! 喰らえ! 【スリープ】! そして、【記憶操作】! そんでもって、【ブレイン・ウォッシュ】!!」
自分でも雑だな~、と思ったけど、まあ、うまくいって良かった。
ヴィンヴィンと発光しながら妙な音を立てる掌を、ミケロッティの脂ぎった禿頭に押し当てて八分ほど……そろそろ、【ブレイン・ウォッシュ】は完了だ。
『……私の知っている情報だと、ミケロッティはSとMどちらもいける口だそうです』
「…………知りたくなかったなぁ、それは……できれば一生」
『……そうですか、それは失礼しました』
スキルの条件とはいえ、汗と脂でぬめつく頭皮を触り続けるのは苦行に等しい。更にはいびきのBGM付きだ。何で俺、こんなに頑張ってるんだろ……と、人生の空しさすら感じる。
(っとと、やっとスキル完了か)
光も音も止んだ掌をミケロッティの頭から離す。うう……なんか妙にテカテカぬめぬめしてる。
「そうと分かれば脱出だ! ユミィ、退却準備!」
『……さー、いえっさー』
「だからそういうの止め!」
力が抜けそうな肯定の言葉を耳に、俺は合流地点へと急いだ。
「よし、合流完了。問題はないか?」
「……ありません。おーるぐりーんです」
「決めた! もー、決めた! お前にオレの世界の戦争ものの映像水晶はもう見せん!!」
「……ああ、そんな御無体な」
相変わらず、こいつは感情が読めん。本当に残念なのか?
ともあれ、オレたちは警戒厳重な王貴区を突破すべく、夜の闇へと走り出した。
後日、下級区の様子を見に行ったら、ものっそい笑顔で住民と一緒にドブ掃除に励むミケロッティの姿があった。
うわ、キレイなジャイアンみてえ……周りの住民も引いてる……まあ、めでたしめでたし、かな?