【カウント・デス5】
【カウント・デス5】。
スキルによって定められたカウントが0になった瞬間、相手を死に至らしめることができるスキルだ。それにスキルの最高位を示す5の数字が付いているとなると、効果はさらにえぐくなる。
まず、カウントは三日間……七十二時間だ。一つ低位の【カウント・デス4】が五分で相手に死を与えることを考えると、とても実用的とは思えない長さだ。
だが、【カウント・デス5】には、このスキルにしかない特殊な副作用がある。それは、衰弱……このスキルにかかってしまうと、全身から力が抜け、思うように体が動かせなくなるんだ。
更に、じわじわと死に向かうように、段々と体は衰弱してゆき……そして72時間後、スキルをかけられたものは命を落とす。
≪Another World Online≫じゃあ、精々体が重く感じる程度だったけれど、スキルの効果が現実に反映されるこの世界なら……設定通りに、【カウント・デス5】をかけられたものは衰弱して、死ぬ。
「ユミィ!? おい、ユミィ!!」
現に、倒れたユミエルの顔からは生気が抜け落ちている。抱き起してやるも、目を閉じたまま、風邪をひいた時のように口から短い息を吐いている。何度呼びかけてもピクリともしない。これが、【カウント・デス5】の衰弱……。
「れんちゃん! 早く解除しろ!!」
このスキルは、使用者が解除するか、使用者が絶命するか……たった二つしか止める術がない。どんな薬や回復スキルでも、症状を緩和することすらできないんだ。
そんなスキルをかけるなんて……悪ふざけだとしてもやり過ぎだ。幸い、即死スキルじゃない。
今ならまだ間に合う……そう思って声をかけたが、れんちゃんはにこにこと笑ったまま、動こうとしない。
「何やってんだ! 早く!!」
「駄目だよ、せっかくかけたのに。解除しちゃうなんて、意味が無くなるだろ?」
「はぁっ!?」
「駄目」……れんちゃんは、確かにそう言った。女の子が相手なら絶対に手をあげないような奴が、小柄な女の子に【カウント・デス5】をかけて放置って……あり得ない。れんちゃんはそんな奴じゃない。
「冗談はいいから! 早く解除しろ!!」
「だから、駄目だって言ってるだろ? ワガママ言うなよ」
焦りに突き動かされてれんちゃんに詰め寄るも、少し困った顔をするだけで、「【カウント・デス5】解除」とは決して言おうとしない。
「何で駄目なんだよ!? このままだとユミィは死ぬんだぞ!!」
そう、このまま解除されなければ、当然の帰結として……ユミエルは、死ぬ。
蘇生スキルもある。蘇生アイテムもある。だけど、肉体が粉砕されたり、即死スキルで魂が抹消されれば……生き返る事は、できない。
ここはゲームの仮想空間じゃないんだ。ある種の現実世界であり……だから、人は死んだらそれきりだ。俺たちの世界と同じように、基本的に死んだ奴は生き返れないんだ。
それは、異世界に来てからの生活の中で実感できたことだろう? この世界はゲームじゃない、死んでもダンジョンの入り口やホーム(拠点)に戻って生き返りはしないって……れんちゃんも、分かっているはずだ!
「分かってんのか、れんちゃん!!」
「ああ、分かってるさ。これで貴大は俺と本気で戦ってくれる……だよな?」
「な……!?」
俺には、れんちゃんの言ってる事が理解できない。
……戦う? 誰と誰が? ……なんで?
混乱する俺に、れんちゃんは親しげに、朗らかに話しかける。か細い少女が、俺のすぐ後ろのソファーでぐったりしているにも関わらず。まるで、俺しか目に入っていないとばかりに、とても親しげに……親友だけでいる時の、繕っていない無邪気な顔を向けてくる。
「俺はさ、模擬戦とかじゃなくて、いっぺん本気の貴大と戦いたかったんだよ。お前と体を動かすのは楽しいもんなあ……俺が大好きな時間の一つなんだ。それが、本気ともなるとどれだけ楽しいだろうかってさ……ずーっと前からやってみたかったんだよ。でも、貴大は誰かのためじゃないと、どんなことにも本気を出せないタイプだろ? だから、ユミエルちゃんには人質になってもらったんだ。ほら! これで必死になってくれるだろ? ははっ」
「え? あ、れん、ちゃん……?」
れんちゃんは、俺には理解できない理由を、名案を思い付き、実行したとばかりにどこか誇らしげに俺に話してくれる。
楽しみだ、楽しみだと、俺との戦いを渇望している……でも……!
「そ、そんなこと俺はしたくない! 何でそんなことしなけりゃいけないんだ!? な、なあ、よく考えてみてくれよ……? 本気で戦ったら、どっちかは死ぬ……そんなの、俺、したくねえよ! 止めよう、そんなこと……な? なっ?」
俺はれんちゃんに縋りついて、考え直してくれるよう懇願する。普段のれんちゃんなら、こんなこと絶対にするはずがない。よく考えれば、自分がどれだけ非常識で残酷なことをしようとしているのか、分かってくれるはず……。
「……うん、分かった」
ほ、ほら! ほらな! れんちゃんは優しい奴なんだ! 言ったら分かってくれ……。
「人質が足りないんだよな? じゃあ、もっと色んな人に【カウント・デス5】をかけてくるよ」
「…………え?」
「近くに、行きつけの定食屋があるんだよね? まずはその人たちかな……」
「や、やめ……!」
「そうだ! 話に出ていた孤児院の子どもたちを使うのはどうだろう? たくさんいるんだよね? だったらさ、ドミノみたいにさ、パタパターって倒れていくように調整してさ……」
「止めろおおおおおおおおおおおお!!!!」
これ以上、れんちゃんの口から酷い言葉は聞きたくはなかった。だから、俺はあらん限りの声で叫び声を上げ……リビングには、静寂が訪れた。
俺とユミエルの荒い息だけが聞こえる……そのような異様な空間で、れんちゃんは、満面の笑みを浮かべていた。俺の憔悴した様子を見ては、にこにこと笑うんだ。
戦士職は使えないはずの……いや、そもそもプレイヤーには使えない【カウント・デス5】を使った事といい、残酷なことを躊躇いなく実行したり、提案したりした事といい……とても、以前のれんちゃんと同一人物だとは思えない。
でも、偽物なんかじゃない。俺のフレンドリストは、ログイン状態のれんちゃんが、俺の目の前にいると教えてくれている。
本人だ。でも、れんちゃんとは思えない。一体、離れ離れになってからの二年間、何があったのか。分からない……俺には、分からない。
「いい感じだ! その調子で、俺と戦ってくれよ? 俺を殺さなきゃ、ユミエルちゃんが死んじゃうんだからさ。でも、今すぐにって訳じゃない。ギリギリまで粘った方が、本気を出してくれそうだからね。だから、いつ戦うかはお前に任せるよ。俺は、あの荒野でお前を待ってるから……じゃあね」
本当なら、れんちゃんを縛り上げてでもこの場から逃がさず、【カウント・デス5】を解くように説得しなくちゃいけないんだろうけど……俺は結局、れんちゃんが玄関から悠々と出て行くのを、見ている事しかできなかった。
怖かったんだ……せっかく再開できた親友の、豹変した部分をこれ以上見てしまう事が。
親友の悪意を、これ以上暴いてしまう事が。
だから、止められなかった。
後を追わなくちゃいけない。いや、それよりもまず、ユミエルを介抱しなくちゃいけない。するべきことはたくさんあった。
でも、すぐには動けなかった……動きたくても、動けなかった。