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親しい者に別れを告げて

「まぁ、急な話だねぇ。あんたたちがいなくなると、寂しくなっちゃうよ」


 ご近所に住んでいるヴィーヴィル夫人はそう言ってくれた。


「えええ~? ジパングって、遠いんだろ? せめて、これでも食って体力つけときなよ!」


 クラリス夫妻の旦那さんの方は、そう言ってできたてのパンをくれた。


「……」


 鍛冶屋のマークさんは、黙って手を突き出してきた。そして、餞別代りに装備を磨いてやろうと、それだけ言って後はもう口を開かなかった。あの人は最後の時まで無口だったな……。


「ええ~!? あんたたちがいなくなったら……わたしのお店の目玉商品が減っちゃうじゃなーい!? ねっ、ねっ、最後に大放出とか……ないかな?」


 ミーシャさんは商魂たくましい人だった。俺たちが冒険のついでに得たものを流していた道具屋は、彼女がいればこれからも安泰に違いない。


 いい人たちばかりだった。みんなみんな、お人よしでお節介で、裏表がなくて……こんないい人たちが住んでいる区画に住めたことは、俺たちにとって何よりの幸いだと言えた。


 俺たちは、金も力も持っている。やろうと思えば、どこでだって生きていくことができただろう。でも、所詮は異邦人だ。街で生活するには、文化や風習の理解も、人と人との繋がりも、全然足りてはいなかった。


 俺たちの世界のように、マニュアル化された世の中じゃないんだ。ルールも何も知らない俺たちは、買い物一つ取ってみても、店主の逆鱗に触れてしまって追い出され、店先で途方に暮れるということもざらだった。


 そんな俺たちの穴を、彼らは埋めてくれたんだ。時にはこちらが引いてしまうほどに首を突っ込んできて、この街のあれこれを付きっきりで教えてくれたりした。その中でも特に、町内のまとめ役のヴィーヴィル夫人には世話になった。


 一軒家をぽんと買ってしまうジパング人の少年三人組……そんな怪しげな奴らに、よくもまあ怯まずに声をかけられたと思うよ。あの人が皮切りとなって、他の人たちも声をかけてきてくれてさ……ほんと、ヴィーヴィル夫人には頭が上がらない。


 そんな人たちに別れを告げるのは、少しばかり胸が痛んだ。お世話になった礼として、物と言葉しか返せないのかと、変な罪悪感に襲われてさ……一年にも満たない付き合いなのに、こんな感情が湧いてくるとは思いもしなかった。それだけ、彼らに恩義を感じているってことなんだろう。


「あ~? ジパングに帰るって……別に帰らんでもいいじゃねえか。この街で楽しくやってようぜ」


「バカねぇ。ユースケたちはあんたと違って親孝行者なの。家族を残して他の国で勝手気ままな冒険者暮らしなんて、できるわけないでしょ」


「あんだと~!?」


 冒険者の奴らは……まぁ、いつも通りだったな。モンスター相手に斬った張ったの大立ち回りを日常の場とする彼らは、人との別れにも結構ドライなところがあってさ。引き留める者もいたっちゃあいたが、基本的に「まぁ、好きにすれば?」という感じだった。


 ご町内の人たち相手に別れを告げて、ちょっとしんみりした様子でギルドホールを訪れた俺たちに、「なに、お別れだって? そんなことより酒でも飲もうぜ!」とか言っちゃうぐらいだからな……逆に「寂しくなるから行かないでくれ~!」って泣く方が違和感あるか。


 別れを惜しんだのは、それなりに付き合いのある数人ぐらいと、れんちゃんのファンの女性冒険者たち……あと、スカーレットの親子ぐらいか。


 アルティは、そりゃあもう怒った怒った。「勝ち逃げなんて許さねえからな!!」なんて、顔を真っ赤にして怒り狂っていたね。あいつは、若くして父親に目をかけられている俺たちがよっぽど気にいらないのか、度々タイマン勝負を挑んできてさ……んで、負けまくったわけ。


 容赦なくアルティを魔法で転ばせまくった優介はともかく、俺とれんちゃんは、なるべく相手の自尊心を傷つけないようにしてたんだが……それが裏目に出たようで、俺なんか「逃げてばっかじゃなくて本気でやれよ! ネズミ野郎!」とまで言われたぐらいだ。


 そんな相手に勝たずしては眠れないとばかりに怒って怒って……その場で勝負をさせられて、最後だからって負けてやったら本気でキレられた。その時も容赦なかった優介相手にも「いつかぶっ飛ばす!」って言ってたし……どうしろってんだ。


 まぁ、娘さんは最後の最後までそんな感じだったよ。でも、親父さんの方はそうじゃなくてな……ギルドホールの奥にある応接間の奥の椅子にどっかと座って、珍しく神妙な顔をしてこう言ったんだ。


「……この国にずっと住まないか?」


 ってな。


 キリング曰く、俺たちはまだまだレベルは低いけれど(当時、140~150ぐらいと偽っていた)、冒険者としての素質があるとのこと。逃げ回ってばかりのネズミ(俺のことね)でも、そこを直せばサポートとしての腕はいいと褒めてくれた。


 そして、付き合いは浅いけれど、お前たちは他の冒険者にはない何かを持っているのが分かる。オレは、それがどうにも気になってしかたがないんだと、いつもガハガハ笑っているキリングとは思えないほどに真剣な顔で引き留めの言葉をかけられた。


 ゆくゆくは、この中の誰かと娘を結婚させたいとも言ってたぐらいだ。よっぽど俺たちは気に入られていたんだろう。(結婚云々はさておき)嬉しいことだと思う。


 でも、結局全部断った。俺たちは故郷に帰りますと明言して、ギルドホールを後にしたんだ。


「あれでよかったのか?」


「いいって。なに、貴大。お前、アルティと結婚したかったの?」


「まさか。ただ、あそこまで引き留められたんだ。お前らはどう思ってんだろって思ってさ」


 とっぷりと日が暮れた頃、てくてくと帰り道を歩く俺たち三人組。口に出すのは、先ほどのキリングとの別れのことだ。


「あそこまで評価されていることは嬉しいけれど……やっぱり、俺は帰りたいな。それに、俺たちの力は本物じゃない。他の冒険者とは違う……命もかけずに、楽して手に入ったものなんだ。それを評価されて、娘までやろうだなんて言われて喜ぶだなんて、何か違うと思う」


「だな。こう、褒められれば褒められるほど辛いっていうか……それに、力を隠して生活するってのも息が詰まりそうだしな。やっぱり人間、身の丈に合った生き方がいいってことだな。俺たちは超人って柄じゃねえよ」


「だね。俺もそう思う」


 れんちゃんも優介も、キリングの引き留めに少しも帰郷の意志を揺らしてはいないようだ。それどころか、冒険者として生きるのが段々と辛くなってきた、この世界で生きることはやっぱりできないと言う。


 その気持ちは分かる。この世界に落ちてきてからの二年間……特に、定住したこの一年で、俺たちは自身がこの世界で生きるべき存在ではないということを、痛いほどに理解していた。


 例えば、レベルがそうだ。俺たちはカンストしたレベルを、異世界転移という異常事態の中で唯一の幸いだと喜んでいた。でも、この世界で生きれば生きるほど、それは俺たちと他の人たちとを仕切る壁だということに気付かされる。


 この世界で生きる人たちは、歳とともに……そして、努力によって段々とレベルを上げていく。でも、俺たちはどうだ? もう上がることのないレベル……それによって生じる力の差は歴然で、一般人として生きるためには、その差を隠さなくてはならない。


 他の人と合わせた偽りのレベルを設定しなければならない。それに見合う力量の持ち主として振る舞わなければならない。レベルアップを至上の喜びとして表情を操作しなければならない。


 違いを隠し、人に合わせる……それは、想像以上に俺たちの精神に負担をかけた。


 考えてもみろよ。親しくなった人が、俺たちが【ジャミング】で偽装表示した仮想のレベルが上がったのを知って、「お祝いをしよう! 一杯やろうぜ」って喜んでくれるんだぞ? こんなの詐欺と一緒だ。まともな精神の持ち主なら、いつまでも耐えられるもんじゃない。


 じゃあ、レベルを隠さなきゃいいって? できるわけないだろう。単身で小さな街なら根こそぎ滅ぼせる化けもんが身近にいたら、人間どう思うかなんてアホでも分かる。


 レベル一つとってもこれだ。他にも、数々の違いが……この世界で生きている人たちと俺たちの違いが、俺たちを「異邦人」だということを意識させる。それは悲しいことだ。辛いことだ。「お前らとあの人たちは根本から違う」と突きつけられるようなものだ。


 だからだ。俺たちはこの世界の住人じゃないと思い知っていたからこそ、キリングの誘いもああも簡単に断れたんだ。このままこの街で冒険者を続けていたら、いつか絶対に歪みが生じる。


 元の世界に帰るべき……それは、ちょっとやそっとじゃ揺るがない、俺たちの変わらぬ意思になっていた。


「でも、みんないい人だったよね。家族のことも、レベルのこともなかったら……」


「あぁ、ここに住んでたかもな」


 元の世界に帰る……それはもう決めたことではあるが、それでも親しい人たちとの別れは悲しいもんだ。一年足らずとはいえ、お世話になったり、一緒に冒険に行ったりしたからな……その人たちへの想いは、違いを意識した今でも曇るものではない。


 しかし、俺たちはもう決めたんだ。元の世界の人たちと、この世界の人たち……両方を天秤に載せて、元の世界に残してきたモノの方が重いと判断したんだ。この世界への別れは、もはや決定事項。変えたくても、望郷の心がそれを許しちゃあくれなかった。


 だから、俺たちはそっと頭を下げる。お世話になった人たちに……その人たちが住むこの街に。俺たちが一年の時を過ごした、グランフェリアの街に。


 それから、どれほど頭を下げていただろう……示し合わせたかのように頭を上げた俺たちは家に戻り、唯一の荷物である拡張空間内蔵リュックサックを背負い、その日の内に街を出た。






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