グランフェリアへ
「すると、キリングさんはイースィンドの冒険者の元締めってことですか?」
魔の山の裾にある森林地帯……その脇にポツンと建っているのが、俺たちが雨から逃れるために飛び込んだ山小屋だった。
そこで、キリングのおっさんと俺たちは初めて出会ったんだよな……第一印象最悪だったけど。
「おう、オレが「スカーレット」の親分よ」
んで、山小屋ん中で倒れたれんちゃんを介抱し始めたあたりでキリングが服を着終わり、自己紹介となったんだが……まさか、こんなところで大物に出くわすとは夢にも思っていなかった。
「スカーレット」。
それは、イースィンド王国どころか西ヨーロッパでも有数の力を持った冒険者グループだ。俺たちが直前までいたバルトロア帝国の冒険者たちとは違い、「強い者が偉い」と体で表現しているかのようなパワーファイター揃いだと聞いていた。
中でも、その頂点に君臨する「グラビトン・ファイター」……「皆殺しキリング」の名前は中央ヨーロッパにも響き渡っていたぐらいだ。
そんな奴とこんな辺鄙な場所でたまたま出くわすなんて、夢にも思わないだろう? だから、何度も「ホントにあのキリングさん?」と聞き直しているところなんだが……。
「オレも不思議なんだけどよ。ここぁ、魔の山ってわけじゃねえけど、それなりにレベルが高い化けもんばっかり出てくるところだ。レベルは140ぐらいって言ってたな……おめえら、どうやってここまで来た?」
逆に聞き返された。確かに、魔の山付近の森は中級者にとっては難所……出現モンスターの平均レベルは160もある。そんなところにレベル140の若造がいたら、おかしくも思うだろう。
でも、本当のことは言えない。「レベル250の三人組で~す!」なんて言ったら、ろくなことにならないのはこれまでの経験からよく分かっている。
ましてや、相手は西ヨーロッパに大きな影響力を持つ冒険者……下手なことは言えなかった。
「あ、その~……恥ずかしいんですけれど、力試しに来て、ボコボコにされちゃいまして~……」
優介ナイス! 本来ならここいらの雑魚相手に手間取ることなんてないんだけど、「カオス・ドラゴン」戦と山越えで俺たちは心身共にボロボロだ。これなら、説得力も出るというもので……。
「なにぃ……? おめえらみてえなひよっこが、魔の森で力試しだとぉ……?」
あ、キリングさんが恐い顔してる……ダメっぽいぞ、これはぁ!?
流石、歴戦の冒険者……! 俺たちごときのウソじゃあ、騙されやしないってか……?
「気にいった! 若ぇのに、根性があるじゃねえか!」
……あ、そうか。キリングさん、見た目通り脳筋なんだ……。
がはがは笑いながら、優介の背中をバンバン叩いている……微塵も疑ってはいないようだった。
「最近の若ぇ奴らは腑抜けでなぁ……オレなんかレベル145の頃からここに通ってるってのに、一緒に来るのは150、160越えた奴ばっかりだ! それなのに、140か! ちーとばかし背伸びし過ぎだが、肝っ玉は据わってるようだなぁ、おい!」
疑うということを知らなそうな顔に、ちょっとばかし罪悪感が……! ま、まぁ、これもトラブルを起こさないためだ。分かってもらいたい。
「げほっ、じゃ、じゃあ、キリングさんはレベル上げでここに来ているんですか?」
優介が、咳込みながらも問いかける。あ、それは俺も聞きたかった。こんな超有名人がこんなところに通っているだなんて……やはり、レベル上げだろうか? それとも定期的に出される依頼か……少しばかり、気になった。
「おう、レベル上げよ。一年に一回はここで山籠りすんのよ。ただなぁ……」
「ただ?」
「それだけじゃねえんだ。見ろ、あの山を……おめえらも知ってるとは思うが、魔の山っつう恐ろしい化けもんの住処だ」
「「はい、知ってます」」
つか、そこから降りてきました! という言葉は飲み込んで、話の続きを待つ。
「あそこになぁ、「カオス・ドラゴン」ってぇ魔物がいんのよ。オレぁな、そいつと戦いたいのよ。戦って、戦って、戦って……最後には勝ちたいわけだ。「カオス・ドラゴン」はこの辺りじゃあ最強生物って言われてるからなぁ。そいつに勝てば、オレが最強生物ってわけだろ? オレぁな、それを目指してんのさ」
「「…………はい」」
それ、さっきボコボコにしました。なんて、とても言えなかった。少年のように目をキラキラと輝かせて、「だからな? アイツが住んでいるところの近くで、心も体も引き締めてるってぇわけだ」と語るキリングに、そんなこと言えるわけがないだろう。
よかったぁ~……「カオス・ドラゴン」を追い払うだけに留めて。もし倒していたら、キリングの顔を直視できんかったわ。
「と、いうわけだ。分かったか?」
「「はい」」
「そうか、分かるか! いや、家の娘と嫁なんて、歳を考えろとかぬかしゃぁがるからなぁ……やっぱり、男の夢は男にしか分からんわな! がはは!」
どうやら俺たちはこの筋肉お化けに気に入れられたようだ。背中をばんばんと叩かれながら、「おぅ、あれも食え、これも飲め」と干し肉や酒を振る舞われていく。
勧められるがままにどんどん口に入れていったが、変な罪悪感で、肉も酒も妙に苦かったのを覚えている。
「雨も止んだし、下山するかぁ。山ぁ降りたらおめえらはどうすんだ?」
あれから一晩経ち、充分な休息と食事をとった俺たちは山を降りることとなった。ちょうどキリングの山籠りも終了のようで、「麓の村まで送ってやらあ」と申し出てくれた。ここいらの地理に疎い俺たちは、もちろん申し出を受けたんだが……。
降りた後のことか。グランフェリアに行こうとは決めていたけれど、どうやって行くのかはよく知らない。適当に乗合馬車がある街まで行って、そこからグランフェリア行きに乗ればいいかなとは思っているが……そう伝えたら、キリングが分厚い胸板をどんと叩いた。
「おめえらもグランフェリア行きか! 俺も家が王都でな……よっしゃ、そこまで乗せてってやらあ。乗合馬車なんぞ、かったるくて乗れたもんじゃねえぜ! 迎えに翼竜車が来るから、それに乗せちゃらあ!」
「マジッすか!?」
「どもっす!」
この申し出は非常に嬉しかった。キリングの言うとおり、王都まで乗合馬車に乗って行ったら何日かかっていたことやら……翼竜車(翼竜に騎乗+吊り下げ式の籠付き)なら、一日もあれば王都に着くことができる。
流石に一般人が乗りまわすのは無理があるけれど、ギルド長のお供となれば不自然には思われないだろう。まさに、渡りに船というやつだった。
「いいってことよ! まぁ、オレに任せとけ!」
「「あざーっす!!」」
未だうんうん言いながら眠るれんちゃんを担ぎ直し、がははと笑って、魔の森のモンスターどもをガンガン葬りながら進んでいくキリング。
俺たちが手出しをするまでもないその勇ましい姿に、多くの冒険者たちを束ねるカリスマとはこういうものかと、感じることができた。
「……ひっ! うわああああああ!?!?」
「な、なんだなんだぁ!?」
途中、キリングの背中で目を覚ましたれんちゃんが少し暴れたけれど、まぁ、れんちゃんがパニくるほどキリングは男らしいってことで……。
「で、親父。そいつら誰だよ」
麓の村まで降りた俺たちを待っていたのは、幾人かの年若い冒険者たちと、その先頭に立つ赤毛の少女だった。
親父ってことはキリングの娘なんだろうが……父親に似ず、少しばかり小柄な少女は、ガラの悪い目つきで俺たちをジロリと睨みつけてくる。
「おう、アルティか。こいつらはなぁ、オレの山小屋から一緒に降りてきた奴らで……」
「山小屋ぁ!? 一緒にぃ!?」
キリングが説明を終える前に、一気に不機嫌になる少女。怒りを全身から発して、ズンズンとキリングに詰め寄る。
「オレが付いていくのは反対で、こいつらならいいってか!? こんな、ひょろっとした奴らなら!!」
そう喚き立て、俺らを指差してくるキリングの娘。うん、まぁ、おっしゃる通りひょろっとはしておりますが……そこまで露骨に言わんでも。特に優介は「もっと肉を付けたい……」ってちょっと悩んでんのに。
「おめえはまだレベル100を越えたばっかだろ。それにな、こいつらは確かにひょろっとしてるが、魔の森を突っ切って山小屋まで来るような根性を持ってんだぞ? しかも、レベル140ぐれえでだ。まぁ、着いた頃にはボロボロになってて、レンジなんかは倒れちまいやがったけどな! がーっはっはっ!」
「「「なっ……!?」」」
これには、キリングの娘だけじゃなくて、後ろで見ていた若手冒険者たちも驚いたらしい。どうやら、若手にとってあの山小屋に行くというのは特別な意味を持っているらしい。
キリングの説明の後に、嫉妬とも尊敬とも判別できるようなおかしな感情が籠った顔で、俺らを見つめてくる冒険者たち。
「おら、分かったんならさっさと街に帰んぞ。こいつらも翼竜車に乗せて帰っから、準備してやれ」
「「「……はい」」」
更には、高価な翼竜車に躊躇いなく乗せてやるという彼らのリーダー……「あ~……嫉妬が渦巻いているようだ……」という優介の呟きに完全同意せざるを得ない流れだった。
でも、そこは組織の……それも体育会系のボスが言う言葉だ。冒険者たちはきびきびと動いて、あっという間に客人用の籠の準備を終えた。
「じゃあ、ユウスケは俺の籠に、レンジはザックの籠に、タカヒロはアルティの籠に乗れ。今からなら、飛ばしゃあ夜には街に着く。急げよ」
「「「はい!」」」
そして、俺たちは指示された通りの籠へと乗り込む。まだ地べたに着いてはいるが、これを翼竜が持ち上げて空を行くわけだ……専用に育てられた翼竜のパッシブスキルで、風も寒気もシャットアウトするらしい。高価なわけだ。
「んじゃ、出発するぞおおお!!」
全員が乗り込んだのを確認したキリングが、一番乗りとばかりに飛び上がってゆく。みるみるうちに遠ざかる翼竜の姿に、かなりの速度が出ていることが分かる。
余計な風は防げるらしいが、Gとかは大丈夫なんだろうか。ちょっと心配になってきたので、顔を上げて翼竜の翼あたりに目をやったら……キリングの娘、アルティがこちらをじっと見ていることに気がついた。
「……ん? どうした? 行かないのか?」
今や、麓の村の広場に残っているのは俺たちだけだ。他の冒険者たちはもう全員飛び立ってしまっている。何かトラブルでも起きたのか? そう思って声をかけようとしたところで、アルティが先に口を開いた。
「街に着いたら手合わせしてもらうぞ」
それだけ言って、額に上げていたパイロットゴーグルをグイとはめ直し、翼竜の手綱を引っ張るアルティ。
すると、俺が言葉を返す暇もなくぐいぐいと上昇を始める翼竜&籠。思った以上のGに上げかけた腰を落としてしまい、それを見たアルティがふんと鼻を鳴らして更に速度を上げた。
そして、遂には先を行く翼竜に追いつき、それどころか追い越そうと躍起になって先頭に立とうとする。それをさせじとキリングがリードすれば、アルティはますます速度を上げる。
ジェットコースターなんて比較にならないような速度と揺れに、キリングの籠に乗った絶叫マシーン嫌いの優介が青い顔をしていたっけ……。
こうして俺たちは、イースィンド王国を半日で横断した。旅の情緒もくそもない道のりだったが、まぁ、目的地であるグランフェリアに着けたので良しとしよう。
それにしても……。
(ずいぶんと男勝りな娘さんだなぁ……ちょっと苦手なタイプかも)
これが、俺がアルティに抱いた第一印象。
そのイメージに違わず、アルティは男真っ青な勝気っ娘だったはず……それがどこをどうしてどうなったらストーカーになっちゃうのか……俺は未だに分からずにいる。