第二章 4月22日 来襲!岡崎パーティー
ようやく帰りのHRも終り、晴れて苦役から開放される。
何かひどく疲れたな……寝てばっかだったのに。
気疲れからか、いつも以上に長く感じた一日だった。
「川上君、お疲れ様」
「ああ、またな」
「うん。また明日」
労いの言葉をかけてくれた仁科に軽く手を挙げて応え、教室を出る。
すると、何やら廊下の空気が妙な事に気づく。
明らかにいつもとは喧騒のトーンが小さく、代わりにひそひそ声が聞こえて来る。
何だ?と訝しげに廊下の先に目を向けると、直ぐにその正体にいき当たった。
長身の岡崎さんと金髪……春原さんの三年問題児コンビだ。
上級生の不良二人が二年の教室棟来たのだから、穏やかな空気で無いのはわかる。
しかし、この時はそれだけではなかった。
彼等の前には、並んで歩く三人の少女達。
渚さん……!?
その中の一人に渚さんが居た事にまず驚く。
だが、サプライズはそれだけでは終わらなかった。
……と、あれは確かナベの飼い主さん達に……まさか、一ノ瀬さん!?
渚さんの隣には以前会ったナベの飼い主の双子の姉妹、それと岡崎さんの後ろに隠れるようにもう一人、一ノ瀬さんまでが一緒だった。
見事に見知った顔ばかりだが、あの人達知り合いだったのか……?
同じ学年なんだから不思議は無いが……。
てか、一ノ瀬さんに見つかるとマズくないか!?
「あっ、オーちゃんです」
と思ってる間に見つかった!
「ん?オーちゃん?……って、川上じゃんか!」
「どうも」
「えっ?何?渚ちゃん川上とも知り合いなの?」
「あれ?あんた確か……ボタンを苛めてた奴よね?」
「違うよお姉ちゃん。ボタンがお世話になってる人だよ」
「っ!!」
「ど、どうしたことみ?」
「いじめっ子……!」
暫くぼ~としていた一ノ瀬さんが、急に岡崎さんの後ろに隠れてしまう。
俺に気付いたのだろう。やはり彼女には嫌われてるか……。
すると、ボタンの飼い主さんの髪の長い方の確かお姉さんに三白眼で睨まれる。
「何?あんたことみの事も苛めてた訳?」
「い、いや……その……色々ありまして……」
「色々って何よ?」
何と答えていいかわからず、苦笑する他ない。
事情を説明しようにも、あれを言う訳にもいかないだろうし……。
「杏ちゃん、待ってください。オーちゃんは女の子をいじめたりする子じゃないですっ」
もう謝って逃げるか?と思っていたら、ありがたい事に渚さんが擁護してくれた。
ありがとう渚さん!
「どうかな?川上だって男だしね。ことみちゃんにHないたずらでもしたんじゃないのぉ!?」
「なんですってぇ!?」
しかし、それに感動したのも束の間、興奮して鼻の穴を広げた春原さんが指をわきわきさせながら余計な口をはさみ、それに激昂した飼い主さんに更に詰め寄られる。
気が強そうだが、この人もなかなか……などとアホな事を考えて現実逃避してる暇は無い。
ここは天下の往来。遠巻きに人だかりも出来始めている。
これではまるで、本当に一ノ瀬さんに悪戯して咎められてるみたいじゃないか!
マズイ!マズ過ぎる!!
あやちゃんを助け出した事が広まる前に、痴漢野郎として認知されかねない。
こうなっては、是非も無し。
た、助けて~渚さ~ん!
プライドをかなぐり捨てて、哀願の視線を渚さんに送る。
それに気付いてくれたのか、息を飲んだ彼女は眼差しは“任せて下さい!”と言っていた。
頼みましたよ渚さん!
「ま、待ってください!これにはきっと何か訳があるんだと思いますっ!私も昔オーちゃんにスカートをめくられてしまいました。でも、男の子は好きな女の子を苛めたくなる物だって、お母さん言ってましたっ!」
「それ、幼稚園の頃の話ですから!!」
これには堪らずつっこんだ。
ああ、もう、まったく鎮火になっていないどころか大炎上。
それじゃあ、俺が痴漢の常習犯&一ノ瀬さんを好きみたいじゃないですか!
てか、あの時の事憶えてたのか……。
「な、渚ちゃんのスカートめくったってぇ!?」
「あんた、スカートめくりなんて子供みたいな事まだやってんの!?」
いや、確かに最近やりましたけど。
「いや、だからそれは、子供の頃の話ですよ。一ノ瀬さんとは、本屋でちょっと一悶着ありまして、誤解されたと言うか……」
「本屋……?」
「一悶着って何よ?」
「……川上、ちょっと来てくれ」
「あ、はい」
それまで事の成り行きを傍観していた岡崎さんが、急に神妙な顔つきで俺を手招きしたので、ひとまず助かったとそれに続く。
「と、朋也くん……?」
「ちょっとこいつに話があるだけだ。直ぐ戻る」
隠れる場所を失い不安そうな声をあげる一ノ瀬さんを置いて、岡崎さんは一団から少し離れたトイレ前のへこんだスペースに俺を連れてくる。
「少し変な事を訊くが、違ってたら忘れてくれ。本屋での事って、ひょっとして、“ハサミ”と関係あるか?」
その単語を聞いた瞬間、たちこめる暗雲が魔法のハサミによってジョキジョキと切り裂かれ、光明がさすイメージ映像が脳内でながされる。
俺の苦悩をわかってくれる人が、ここに居てくれた!
「は、はい!そうです!」
「やはりそうか……おおよその理由はわかった。お前も災難だったな」
「まあ……慣れてますけどね」
岡崎さんの溜息に苦笑で応え、俺達は誤解を解くべく皆の元に戻った。
「おい、ことみ。その……なんだ、やっぱりお前の早とちりみたいだぞ」
「……いじめない?」
「いじめない。こいつはそんなに悪い奴じゃねえって」
「そうですよ、ことみちゃん。オーちゃんはとっても優しい良い子です」
「……」
二人になだめられ、ようやく渚さんの後ろに隠れていた一ノ瀬さんが顔を出す。
しかし、飼い主さんはそれでおさまってはくれない。
「二人で何話してたのよ?」
「男同士の話だよ」
「そういう言い方されると、余計あやしく思えてくるんだけど?」
「そうだよ!男同士の話なら僕も混ぜろよ!で、その時の渚ちゃんのパンツの色は?」
「え?ええっ!?」
「最低ね……」
「ちげえって!誰がわざわざ呼び出してパンツの色を訊くんだよ!本屋の一件について訊いただけだって」
「それなら別にここで話せばいいじゃない」
「いや、だからそれは……お前がそうやって詰め寄って来るからだろ」
「何よ?あたしの所為だって言うの?」
「杏ちゃん、いじめっ子?」
「違うわよ!」
ひとまず窮地は脱した様だが、依然矛先が二転三転するカオスな展開が続いている。
てか、誰かこの状況を収拾してくれ。
春原さん……には期待出来ないし、飼い主さんの妹さん……はオロオロしてるばっかか。
……俺がやるしかないか……。
「あの……それでみなさん何故ここに?」
俺は必殺『本題に入りましょう』を使った。
「ああ、そうだった。こんな事してる場合じゃねえよ」
「そうですっ。仁科さんまだ教室に残ってくれてるでしょうか?」
「仁科?」
渚さんの口から、また思いもよらない名前が出てきた。
接点なんて無さそうだが……この人達が仁科に一体何の用だ?
まさかシメに……て、渚さんと仁科に限ってそんな訳はないだろうが……。
「オーちゃんお知り合いですか?」
「え、ええ。同じクラスです。さっきまで居たんで、まだ居ると思いますが……」
「そうですか。ありがとうございます」
「いや……じゃあ、俺はこれで……」
「はいです」
気にはなったが、ここが引き際と俺はみなさんに頭を下げて退散する事にした。
まあ、問題になるような事は起きないだろう。
この時の俺は、そう気楽に考えて帰宅したのだが……。