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第二章 4月22日 倒すべき敵
 「それで……どのくらい噂は広まってる?」
 「ん~、この学校ではそんなでも無いけどぉ、中学の時の子からの問い合わせが多いかなぁ……何人かから電話で訊かれたよぉ」
 三限の後、やってきた門倉を連れ、人気の無い特別教室棟の前に来ていた。
 なるほど……地域の情報網を甘くみていた……。
 クラスや部活が違えばほとんど個々の面識が無い高校での俺の知名度なんて高が知れてるが、地域ぐるみで付き合いのある小学校・中学校となると、変わり者である俺の事は父兄を含めほとんどの人に知れ渡ってしまっている。
 まったく親しくも無い奴のおばさんとかに、いきなり挨拶されたりする事も珍しくない。
 そんな所では、誰かが“俺ぽい”と思った瞬間、“俺じゃないか?”に変わり、“俺だろう”と噂が広まっていく。
 それに何より、“お袋”が居るからな……。
 『うちの子が女の子を助けた』
 などと自慢気に言いふらしたりはしないだろうが、入院した事くらい井戸端で話してそうだ。
 既に秋生さんは知ってたし……。
 まあ……不本意ではあるが是非も無いか。
 学校で騒がれないだけマシだろう。
 「そうか……とりあえず、訊かれたら適当に誤魔化しておいてくれ。TVに出た感想とか聞きに来られてもウザイしな」
 「うん。わかったよぉ」
 口止めすると、門倉は素直に頷く。
 こいつは俺の性格も解ってるし、これで大丈夫だろう。
 「それにしても……大変だったね……」
 「……大変なのは俺じゃねえよ」
 「そうだね……」
 「それより、話は変わるが、選挙の候補者について何か知ってるか?」
 これ以上は気持ちが沈むだけだろう。
 そう判断して、時事ネタに話題を変える。
 「ああ、うん……生徒会長に立候補する予定の人で私が知ってるのは、今の所智代ちゃんと『山下』君だけかなぁ。当日になったらもっと出てくると思うけどぉ」
 こいつ、智代が選挙に出る事を知っているのか。
 まあ、それは選挙も近いし不思議でも何でもないが、それより問題は挙がったもう一人の名だ。
 「そうか……やはり“奴”が出るのか……」
 「うん……前々から彼も言ってたしね」
 『山下 登』
 名前は逆に今時珍しいくらい平凡な名だが、その人となりは傑出していると言っていい。
 家は代々の大地主で父親は代議士、成績は常にトップクラスでスポーツ万能、留学経験も有り数ヶ国語を話せ、空手や剣道の段持ちだとも聞いている。
 おまけに長身で美形。当然女子にモテモテで、教師からの信頼も篤く、小中でも生徒会長だったらしい。
 まさに完璧。エリート中のエリート。生まれながらの支配階級。
 それが山下という男だ。
 「あんなに胡散臭い奴は他に居ないのにな……凡暗な輩にはそれがわからんらしい」
 「あ、あははっ……」
 やべっ、つい本音が……。
 まあ、わざとだが。
 苦笑を浮かべる門倉も、奴の信者と言う訳ではないから、これくらい平気だろう。
 奴とは同じクラスになった事も無いし、正直、面識は無いに等しい。
 そう、それこそ一度擦れ違っただけじゃないだろうか?
 数人の取り巻きの女子と談笑しながらやってきた奴と、擦れ違いざまに一瞬目が合っただけ。
 だが、それで十分だった。
 明らかに人を見下した視線。愉悦に歪んだ口元。耳障りな下卑た笑い声。
 俺は直感で理解した。
 ああっ、こいつ見てくれだけで中身腐ってるな、と……。
 「でもぉ、智代ちゃんにとっては、かなり厳しい戦いになると思うよぉ……」
 「だろうな……」
 それでも、奴に人気が有るのは事実だ。
 何しろ、これ程わかり易い人間は他に居ない。
 生まれ、成績、経歴、肩書きだけは最強だ。
 奴をよく知らない人間程、奴を支持するかもしれない。
 成績はともかく、知名度も、経験も無い智代にとっては、もっとも厄介な相手になるだろう。
 「ねえ、オーキ君……」
 「ん……?」
 「……ううん、やっぱりいいや……」
 真剣な表情で何かを言いかけて、しかし門倉は首を振って曖昧に微笑む。
 彼女が言おうとした事は何となくわかる。
 だが、俺は、
 「……そっか……じゃあ、悪いが噂の件頼むわ」
 「うん。またねオーキ君」
 気付かぬふりをして踵を返す事で話を切り上げ、後ろ手を振りながら教室へと戻った。



 教室に戻ると、ふとある事が気になって、当人に訊く事にした。
 「……何だね?」
 やはり邪魔なのだろう。ノートの手を止め不自然に長い前髪をかき上げながら、席の前に立った俺を眼鏡越しに男が睨む。
 「いや……そういや、お前は選挙に出るのかな?って思ってな」
 「……ふうっ……ああ。副会長に立候補するつもりだ」
 暫くの沈黙の後、一息ついてから末原は面倒そうにそう答えた。
 ほう、副会長か……。
 「何だ?言いたい事があるなら言ったらどうだ」
 「いや、らしいと言えばらしいんじゃないか?」
 「別に俺は、トップになる事に執着していないだけだ」
 「……」
 微妙に噛み合って無いが、聞きたい事はあちらから全て喋ってくれた感じだった。
 さすが末原だ。話が早い。
 「邪魔したな」
 「ふん」
 俺が去ると、彼はツンとしながら再び予習の続きを始める。
 こいつも気障ったらしい奴で、主に男子の一部から嫌われてはいるが、俺は不思議と憎めない。
 それは多分、彼から陰湿さの様な物を感じないからだ。
 別に俺は真面目な優等生は嫌いじゃない。
 真面目な優等生“ぶってる奴”が嫌いなだけだ。
 「偽者なんかに負けるなよ」
 「え?川上君何か言った?」
 「いや、何でも無い」
 「そう」
 席に座ると同時に思わず出た呟きを仁科に聞かれ、火照った顔を寝る振りで隠した。


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