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4月9日:暁の明星

 幼稚園に入った俺は、自転車をゲットした


 オヤジが知り合いから貰ってきた、子供用の自転車だ


 長い間使ってなかったらしく、埃をかぶって、所々錆ていて


 それでも俺は、行動範囲がずっと広くなった事が嬉しかった


 予定の無い時は、町を探検して回った


 早起きをして、幼稚園に行く前も探検して回った


 あの公園は割とすぐに見付かった


 でも、あのお姉さんは見付からなかった

 

 俺は出来るだけソコに通うことにした


 手がかりは、ここだけだった


 本当は朝だけでなく、夜遅くまでここに居たかったけど


 あまり遅いとオフクロに怒られるから、チャイムが鳴ったら帰った


 一人でブランコにのって、砂場で遊んで、滑り台を滑って、ジャングルジムに登って


 他の誰かが来たら、退く事にしていた


 誰かの邪魔はしたくないし、されたくもなかった


 「あの・・・一緒に遊びませんか?」

 

 ある時、一人の女の子が声をかけてきた


 何度かここで見かけた事のある、俺より背の高い多分年上の女の子


 でも俺は、女の子と遊ぶなんて恥ずかしくて


 「あっ・・・!」


 逃げ出してしまった


 


 あのお姉さんには、なかなか会えなかった


 あの子と顔を合わすのが気まずくて


 あまり昼にはあの公園に行かなくなっていた


 それでも朝だけは、毎日通っていた


 そして、ある寒い冬の朝


 公園の入り口から、こちらを見ているコートの女の人が居た


 ゆっくりと近づいてくるその顔は


 捜し求めていた微笑みそのままだった


 「オーキ君・・・?」


 無言でうなずく


 「まあ・・・大きくなったのね」


 そう言ってお姉さんは目を細める


 覚えていてくれた


 喜んでくれた


 それが、たまらなく嬉しかった


 「どうしたの?こんな朝早くに」


 あの日と同じ様に、しゃがんで目線を合わせながら、優しく訊かれる


 綺麗な顔が間近にあった


 優しい瞳に見つめられた


 困った


 まさか会いたかったなんて言える筈もなく


 会ってどうするのかなんて考えてもいなかった


 お礼でも言おうか?


 でも、それすらも気恥ずかしくて


 ドキドキして


 言葉が出なくて


 顔が熱くなって


 恥ずかしさばかりが膨らんできて


 それが涙となって滲み出てきて


 ますます感情が昂ってきて 


 嗚咽が本泣きになるのに、そう時間はかからなかった


 「あら・・・ひょっとして、また帰れなくなっちゃったのかな?」

 

 俺は困っているお姉さんにブンブンと首を振ると


 「あっ・・・!」


 結局、居た堪れなくなって逃げ出した




 それからは、もうあの公園で待つ事は止めた


 また、町を探検する事にした


 もっと楽しい場所が、在るかもしれないから・・・・


 


 ある日の休日、たまたまあの公園に行くと、お姉さんが居た


 あの女の子と一緒に・・・・・・


 どういう事かと呆然としていると


 俺に気付いたお姉さんが、女の子の手を引いてやってきた


 「オーキ君、こんにちは」


 あの日と変わらぬ笑顔


 でも俺はそれを、後ろめたくて直視出来なかった


 するとお姉さんは、俯く俺の前にあの女の子を立たせて言った


 「娘の渚です」


 えっ!?


 俺はお姉さんの言った意味がすぐには理解出来なかった


 理解なんてしたくは無かった


 でも、その時すでに知ってしまっていた


 “娘”という言葉の意味と、“娘が居る”という事がどういう事かを


 「こんにちわ。古河渚です」


 恥ずかしそうにしながらも、女の子は礼儀正しく自己紹介をしてくれた


 でも、すでに俺の耳には届いていなかった


 「渚の方が二つ年上ですけど、お友達になってくれませんか?」


 あの日の優しい笑顔なのに、見たくはなかった 


 あの日の優しい声なのに、聞きたくはなかった


 もう何も見えないし、何も聞こえなかった


 「「あっ・・・!」」

 

 背後で二人の声が仲良くハモッた


 俺はまたも泣きながら、逃げ出したんだ


 


 ああっ、今にして思えば、


 俺はどれだけ早苗さんを困らせて、渚さんを傷つけたんだろう?


 もっとも、俺はこの後渚さんに、


 さらにトンでもない事をしちまうんだが・・・・・・。






 

 4月9日(水)


 目覚ましの音で起きると、時計は二時を指していた。

 当然夜中の・・・だ。

 しかし悲しいかな、誤作動の類ではない。

 あらかじめ自分の意思でこの時間にタイマーをセットし、コイツは忠実に職務を全うしてくれたのである。

 つまり俺には、こんなふざけた時間に起きねばならない理由があるのだ。

 まあ、いわゆる『早起きは三文の得』の実践である。


 のそのそとパジャマから私服に着替え、顔を洗って適当に寝癖を直す。

 それにしたって眠い・・・。

 ガキの頃から早起きには慣れてはいたが、さすがに早過ぎだ。

 かの三国志の“超世の英傑”曹操や、フランスの“英雄皇帝”ナポレオンも、三時間程度しか寝ていなかったというが、その内慣れる物なのだろうか?

 てか、睡眠は学校で補えばいいが、俺の場合もっと切実な問題が起きていたりする。

 『寝る子は育つ』と言うのは、科学的にも実証されているらしい。

 成長ホルモンが最も出るのが、夜中から朝方にかけての睡眠中なんだとか・・・・・・。

 

 起きてますけど!!


 両親も低いから遺伝的な要因もあるんだろうが、おかげで俺の成長はすでに止まった様だ。

 高1の一学期に身体測定で測った時の身長は165cm。

 で、この前あった2年の身体測定で測った身長が163cm・・・・・・。


 縮んでますけど!?


 この歳で止まるどころかマイナスって・・・!?

 何かの奇病だろうか・・・?

 このままいくと、10年後には143、100歳になる頃には・・・・・・、


 うわっ!!2年前に消滅してるよ!!


 いや、まあ、そんなに長く生きられる筈もないし、はなから長く生きるつもりは更々無いからどうでもいいのだが、それより、今まで四捨五入すれば辛うじて170だったのが、出来なくなってしまった事がショックである。

 そういえば、曹操やナポレオンもチビだったな・・・・・・。

 フッ・・・これも英雄としての宿命か・・・・・・。

 まあ、デカイ英雄も沢山いるが・・・・・・。


 春先の夜気の寒さも、満天の星空の感動も、俺の眠気を覚ますには至らなかった。

 うつらうつらしながら、チャリに跨り暗い夜道を走り出す。

 例えチャリでも、居眠り運転は本当に危険なので皆さん真似しないように。

 気がついたら車道の真ん中走ってたとか、脇の林に突っ込んだりとか、下手したら死んでいたかもしれないと思う事も割とよくある・・・。

 それでも、これから仕事だから寝ている訳にもいかない。

 やや記憶が曖昧なまま、何とか仕事先に辿り着いた。

 「おはようございます」

 「おはようさん。いつもの様に用意出来てるから」

 「すんません。行ってきます」

 挨拶もそこそこに、壁にかかった自分のメットを取って駐車場に向い、そこに停めてある担当の原付のシートにまたがりキーを回す。

 こっからは寝ぼけてはいられない。

 エンジンの振動を体に感じながら気合いを入れ直し、俺は再び暗い夜の帳へと走り出した。

 チャリに乗っている時より遥かに強い風が眠気を覚ましてくれる。

 さすがに単車で居眠り運転は洒落にならないからな。

 やった事あるけど・・・・・・。

 本当に、未だに死んだり、人を撥ねたりしてないのは、運が良いだけだ。

 まったく、こんな事に運を使ってるから、普段ついていないんだろうけど。

 くれぐれも良い子もいい大人も真似しないように・・・・・・。

 

 最初の目的地である住宅街に着いた。

 原付を家の前で停め、前に備え付けられた鞄から束を取り出し、ポストに突っ込む。

 そう、すでにバレバレだと思うが、俺の仕事とは新聞配達だ。

 もう半年近くやっているので慣れた物だが、月毎に配達する場所が増減するので、ソコは注意しなければならない。

 朝早すぎるのは辛いが、とにかく一人でやれる気楽さがいい。

 コンビニでも働いた事があったが、このオーナーが盆暗で、店の金や商品が無くなっていくのを俺の所為にしたあげく、大学辞めた自分の子供働かせるから辞めろときた。

 去り際に言ってやりたかったが止めておいたよ。

 「パクッてんのは、アンタが一番信用してる調子のいいリーダーだよ」と。

 俺は一目見て信のおけない人間だと思ったし、実際堂々と裏の倉庫にあるジュースを勝手に飲み始めたり、自分の鞄に雑誌を入れてるのを目撃した事がある。それも、そいつ一人じゃなく、バイトの同僚数名がだ。

 知らぬはオーナーばかりなり。

 そもそも、俺が入る前から起きていた事件の犯人が、俺の筈ないだろ?

 いや、俺も紛らわしい事はしたけど。

 ミスって落とした凹缶や、包装に穴を開けちまったカップ麺何かを、こっそり買い取ってたんだが、うっかり買った袋を忘れて見付かっちまったんだ。

 当然、ちゃんと買った物だと言って、レジの履歴まで調べてその時の容疑は晴れたが、あれは相変わらず俺を疑っている目だったね。で、しばらくしたら突然辞めてくれだ。

 俺もとうに愛想が尽きていたから渡りに船だったが、その時のオーナーの台詞がまた笑える。

 「君みたいな子は、他の店に行っても多分使ってもらえないだろうから、仕方なく今まで使ってあげてたけどね・・・」

 奇遇ですね。僕も一度やると言ってしまったので、仕方なく貴方の元で働いてました。

 まあ、バイトだからって適当に選んではダメだと教訓にはなったけどね。

 つっても、この町はそんなに大きな町ではないから、良い働き口あまりなく、選好みも出来ないのが現実だが・・・。

 この新聞配達も、親の知り合いの知り合いって伝手でやれる事になった物だし。

 高校生という事で配達のみのオミソ扱いだが、自給にすれば1,000円超えているし、毎日あるからまとまった金にはなるので、自分の食い扶持と小遣いくらいは稼げている。

 だから、まあ、この仕事に有り付けた事はラッキーなんだろう・・・。

 もちろん、バイトなんてやる必要ないのが一番幸せなんだが・・・・・・。


 仕事を終えた頃には、夜も白み始めていた。

 夜と朝の境目の曖昧な時間・・・一日の中で一番好きな時間だ。

 俺には仕事を終えた後、決まって行く所が二つある。

 その一つが“あの場所”だ。

 この町で、一番好きな場所だ。

 一番好きな瞬間を、一番好きな場所で迎える。

 とても贅沢だろう?

 それは、町外れの森の中にある、チョットした広場だ。

 昼間はたまに散歩に訪れる人や、子供達の遊び場になる事はあるが、照明などは無い為、暗い内に人が来ることは稀である。

 だから俺は、ガキの頃にここを見付けて以来、誰にも教えない“秘密の場所”にしたんだ。

 もっとも、ここを好きになった理由は、たんに人があまり来ないからというだけではない。

 何と言うか・・・初めてここに来た時“歓迎”された気がしたんだ・・・。

 それだけでなく、ここは一種の“パワースポット”の様な気がする。

 ここに来るだけで、精神が浄化され、不思議な力が身体に流れ込んで来るような気がするのは、たんにマイナスイオン云々という話だけじゃないだろう。 

 実際、何度かここでは不思議な体験をしているし。

 サッカーをやっていた頃は、ここで毎日の様に“秘密の特訓”をしていた。

 木と木の間に使われなくなったネットを張ってゴールにしたり、倒れていた木を拾ってきて多少手を加えてベンチにしたり・・・まあ、誰も見ていないのをいい事に、好き勝手にやらしてもらってた訳だ。

 そのベンチに座って、缶コーヒーを飲みながら空を見上げる。

 満天の星空は、すでに薄れかけている。

 もうじき、星々は強烈な太陽の光に飲み込まれるだろう。

 でも、そんな中で尚、東の空で懸命に光り輝く星があった。

 “明けの明星”金星である。

 俺の一番好きな星だ。

 あの星を見る度に思う。

 例え太陽や月にはなれなくとも、あの星の様にありたいと・・・・・・。


 山間が赤く染まり、闇が影となって伸びてゆく。

 夜明けだ。

 仕事の後の夜明けのコーヒーがまた格別である。

 何となく報われた気がする瞬間だ。

 「よしっ!」

 残っていたコーヒーを飲み干し、立ち上がって瞳を閉じ深く息を吸い込む。

 十分リフレッシュ出来たので帰るとしよう。

 まったく、これでこの後、あの退屈な学校に行かずに済むなら最高なのにな・・・・・・。 

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